フクシマ連帯キャラバン参加者感想文集

3月14日から21日にかけて「2019フクシマ連帯キャラバン(第6回目)」が実施されましたが、参加者より感想が寄せられましたので、ここに全文掲載をさせていただきます。(順不同)

 

 

 

ひたち支部青年女性部 古内厚志

今年もフクシマ連帯キャラバンや地元団体の仲間とともに、茨城県において東海第二原発再稼働阻止のため自治体への要請を行いました。東海第二原発の稼働は今まで茨城県と東海村のみが同意権を持っていましたが、昨年4月に周辺5市にも事前了解権を拡大しました。そんな中、昨年11月に規制に適合したとして、廃炉ムードから一転、運転認可がなされました。日本原電は勢いに乗り、地元同意を得ていないにも関わらず2023年には再稼働を目指すことを表明しています。電力供給というライフラインや従業員の雇用を盾に反対意見を封じ、利益を優先し住民の生命や財産のことは二の次とする日本原電の姿勢は無責任かつ傲慢であり、生活を支えるインフラ事業に関わる資格はありません。また、福島第一原発事故の収束も先が見えず、未だに多くの人が故郷を追われている中で補償の打ち切りをし、被害者を切り捨てる東京電力を中心に再稼働に向けた安全対策工事費などに約3000億円の融資をするなどという電力会社の暴挙は許せません。

東海第二原発の半径30kmには約96万人の住民がいます。自治体が策定を急いでいる広域避難計画は住民の被爆が前提にある上、避難にかかる時間、避難困難者への対応、避難誘導統制など多くの問題を抱え、もはや実行できる避難計画など誰にも作れないことは明白です。また、簡単に避難と言いますが、計画にある1か月という避難期間は生活基盤を破壊するには十分な期間です。住民を長期間避難させる要因が、自然災害ではなく人が創り出した原発であることがそもそも受け入れられません。大企業や一部の人間が利益を享受するために、原発の周辺で暮らす住民の生命が担保とされることは人道に反します。日本国憲法で保護されている個人の生命・財産が政府や大企業により脅かされている現実に、全港湾、フクシマ連帯キャラバン、地元の人間として、仲間と連帯し断固として闘い抜いていこうと思います。

ひたち支部青年女性部 薄井栄人

3月14日からスタートしたフクシマ連帯キャラバン隊の茨城行動とさようなら原発全国集会へ参加しました。

茨城行動ではキャラバン隊とは別のコースの県民会議要請コースに参加し、茨城平和擁護県民会議、自治労、全港湾で笠間市・小美玉市・鉾田市・茨城町・大洗町の5市町へ要請行動を行いました。東海第二原発は原子力規制委員会による20年運転期間延長審査に適合し再稼働への動きが強まる一方、UPZ圏内の15自治体では広域避難計画策定も難航している状態が続いています。今年の要請行動も3つの自治体が広域避難計画の策定ができたと公表していますが、話を聞く限り現実性のある避難計画は程遠い内容となっていました。

日本が所有する原発の中で一番古く、UPZ圏内の人口が96万人と一番多い東海第二発は半径5キロのPAZ圏内の人々が避難するまで30時間以上かかるとも言われ、避難計画の策定は現実的に不可能に近くこのような中で、原発を再稼働させることは絶対にあってはいけないと思います。

今回で6回目となる茨城行動は再稼働反対と公表している自治体も出てきて、これまで毎年要請行動を行ってきたことが一つの結果として繋がったと思います。しかし事前了解の権限を持つ6市村はいまだに再稼働に関して言葉を濁しています。再稼働させないためにも今後のキャラバン行動と地元の脱原発に関する活動に積極的に参加して闘っていきたいと思います。

さようなら原発全国集会では、1万人の原発反対と声を上げる人たちが集まり、キャラバン隊も多くの人に認知されてきてステージに登壇したときは歓声が聞こえました。武田団長がスピーチした中で「核と人間は共存できない、命を守るためにみんなで家族や友達に伝えていきましょう」という発言は多くの人たちにと届いたと思います。原発の恐ろしさをしらない人たちへ1人でも多く伝えていき反対の声が国に聞こえ、日本から原発がなくなるまで頑張って活動していきたいと思います。

ひたち支部青年女性部 木村貴弘

今回初めて、フクシマ連隊キャラバンの全日程に参加させていただきました。私は、キャラバン活動を通して福島の現状を学び、原発は要らないと改めて感じました。印象に残ったのは、帰宅困難区域にある浪江中学校の生徒会の言葉です。中学校の昇降口に書いてあったその言葉は「世界一安心して楽しく遊べる学校」という言葉でした。それを見て私は、原発に対しての怒りが込み上げてきました。なぜ子供たちは安心できないのか。なぜ楽しく遊べないのか。原発事故さえなければ…原発があるから子供たちにそう思わせるような悲劇が起きるのだと思いました。人の暮らしを奪っていくのが原発事故です。私たちはこのような原発事故を決して許してはいけません。しかし国や電力会社は原発再稼働を推し進めています。このようなことは許せません。私は、全ての原発が廃炉になるまで、一致団結して闘っていかなければならないと思いました。

いわき駅と福島駅で原発に賛成か反対かのアンケートを行いました。そこで、ある中学生にこう言われました。「原発ってなに?」福島に住みながら原発の存在すら知らない子供たちがいます。私は、これだけ悲惨な事故を起こした原発について子に教える親や先生が減ってきていると感じました。原発事故から8年が過ぎた今、原発事故が風化しつつあると思います。私たちは、あの事故をもう起こさせてはなりません。そのために私たちは、子供たちや周りの人に原発は危険なものだと教えていかなくてはなりません。そうしなければ、次の世代を担っていく子供たちは、原発の恐ろしさを知らないまま大人になってしまいます。そしてまた、原発事故の悲劇が繰り返されることになりかねません。

私たちの世代で原発再稼働にストップをかけ、全ての原発廃炉に向けて、頑張っていかなくてはならないと思いました。団結の力で安心して楽しく暮らせる日本を作っていきましょう!

東北地方酒田支部 田中 俊介

16日から18日の3日間、フクシマ連帯キャラバンに参加しました。

16日、福島市で行われた県民大集会に参加し、その後「原発は必要ですか?」という内容で、福島駅前で街宣行動と街頭アンケートを行いました。アンケートでは地元の方々のたくさんの意見が聞けました。まず、必要という意見では「身内が働いているから、他の発電にしわ寄せが来る」などの意見があげられ、不必要という意見では「あの事故は二度と起こしてはいけない、被害者をこれ以上増やしてはいけない」という意見が多く聞けました。しかし、どちらでもないという意見も2割ほどあり、去年と比べると徐々に風化しているのではないかと感じました。

17日は、被災地の現地視察を行い浪江町、富岡町などに行きました。帰還困難区域の空間放射線量が3〜4μ㏜に対し、除染がされていない山道では5倍くらいの15μ㏜という放射線量の高さに驚きました。

18日は、福島県庁へ要請行動をした後、新潟市にある柏崎刈羽原発差し止め訴訟の裁判を傍聴しました。原告側は、問題点を指摘した準備書面や、福島原発事故後、世界では安全システムへの転換が進み、安全を確保できるような対策が導入されているのにも関わらず、柏崎刈羽では基本的な安全対策の転換なく再稼働を認めることは許されないと主張されていました。しかし東京電力からは、原告側の敷地の液状化問題に対する反論の準備書面が陳述されたが、その内容は、これから実施する工事計画認可段階で対応することになり現時点で対策ができていないからと非難する原告側の主張は失当だというものだという東京電力の態度に、怒りを覚えました。

今回キャラバンに参加し感じたことは、まず原発とは何かを知ってもらうことが大事だと感じました。放射性廃棄物が仮置き場に山積し、まだまだ考えて行かなくてはいけない課題がたくさんあると思います。また、原発事故の話をしっかりと家族に伝え、全国の原発が廃炉になるように活動していきたいと思います。

東北地方青年婦人部小名浜支部 武田陽介

3月14日から21日の8日間、フクシマ連帯キャラバンに団長として参加しました。6年目となる今年も各労働組合、民主団体の青年層が中心となり、福島、茨城、新潟、東京で現地視察、自治体要請、東電への申し入れや省庁要請を行ってきました。

14日は結団式を行い、15日は福島県いわき市の放射能市民測定室「たらちね」を訪問し、いわき駅前で街宣行動及び街頭アンケートを行いました。この施設は2011年に開所され、放射能から子供や家族を守るために作られた事の説明を受けました。スタッフの方から「目に見えない、臭わない、感じないからこそ、これからも可視化して子供の安全、安心を守っていきたい。」との話もありました。いわき市は福島第一原発から直線距離で30km圏外から60km圏内に位置しています。国が指定してない地域でも、まだ放射能の危険性に恐れている人たちがいる事を知り、やはり原発事故がもたらした代償は8年経った今でも大きいと感じました。

16日は、「福島2019原発のない福島を!県民大集会」への参加、福島駅前で街宣行動及び街頭アンケートを行いました。集会の中で、高校生平和大使の「今も、これからも原発事故について考えて行かなくてはいけない。」との言葉を聞き、廃炉が確定していても、保障の問題や、中間貯蔵施設などの問題がまだまだ山積していると改めて感じました。

2日間の街頭アンケートでは「原発は必要だと思いますか?」という内容で、延べ320名のアンケートを取り組みました。いわき駅前も福島駅前も昨年より原発について「わからない」と言う方が増えた印象でした。当時小学生や中学生だった子供たちが「原発はどんなものなのか」を、事故を経験した大人たちがしっかりと伝えなかったからこその結果だと思います。

17日は、双葉町出身の方の案内により、浪江、富岡と現地視察してきました。帰還困難区域は震災時と何も変わっていませんでした。安倍政権は、原発事故が無かったかのようにし、保障の打ち切りや帰還困難区域の解除を進め、避難している人たちや、住民を苦しめている実態があることを忘れてはなりません。

18日、19日、茨城班は「東海第二原発30km周辺自治体への要請」、新潟班は「福島県庁要請・柏崎刈羽原発見学」の2班に分かれました。私は茨城行動に参加し、周辺自治体へ「再稼働・広域避難計画」についての要請書提出をしてきました。しかし、県や市町村が考えている避難計画には、福島原発事故の教訓が生かされているとは感じず、もっと住民を第一に考え計画を策定してほしいと感じました。

20日は、東電、省庁申し入れを行いました。被災地を見たからこそ、話を聞けたからこその想いを意見する事が出来ましたが、各省庁はマニュアル通りで国民の事を本当に考えているのかわからない回答でした。しかし、同世代の内閣府原子力防災担当の方は、「原発は動いていても、止まっていてもリスクを伴う発電所なので、しっかりと安全について考えていきたい。」と意見を聞いた時は、国もしっかりと考えてくれていると感じましたが、経産省の方に「脱原発を求める声が半数を超えていますが?」と質問に対しては、「例え、10割が反対しても廃炉になるという問題でもないし、7割が賛成しても再稼働をするのかといってもまた難しい問題」との回答に、自分たちの声が国に届いていない事の悔しさと、これからもっと行動を起こさなくてはいけないという気持ちになりました。

最終日は「3.21さようなら原発全国集会」に参加し、フクシマ連帯キャラバン隊の経過報告、想いをステージで話す事が出来ました。

最後に、この8日間を経験して、やはり「人と核は共存できない」と改めて感じることが出来ました。「福島県は復興した。」と言われていますが、実際、除染土や放射性廃棄物は、まだ福島県の中間貯蔵施設に保管されています。廃炉が決まったからと言って、これから考えて行かなければならない問題がたくさんあります。

私は福島県いわき市の出身で福島第一原発から50キロ圏内の場所に住んでいますが、市には避難者と呼ばれる方がまだ帰れずに住んでいます。帰れない人がいるという事は福島の現状は何も変わっていません。国は帰還困難区域を解除し、避難者への保障の打ち切りなど、国は原発事故を無かった事にしようとしています。脱原発社会を実現する為には、労働組合として国に訴えることが一番大事かと思いますが、私自身、まずは一番身近にいる家族、友達に「自分が原発に対してどんな思いで、どんな考えなのか。キャラバンで何をしてきたのか。」をしっかりと伝えることが大事なのではないかと感じました。やれる事はたくさんあります。全国の原発の再稼働を阻止し、廃炉になるまでキャラバン行動は続けていきたいです。

日本海地方新潟支部 松田祐樹

3月14日から18日の日程でフクシマ連帯キャラバンに参加しました。今まで部分的に参加した事はありましたが、今回は初めてキャラバン隊として参加しました。

現地に行って、見て聞いてたくさん感じるものがありました。被害にあった東北地方青婦部の話の中で、「未だに何も変わっていない」その言葉がとても胸に残っています。表向きには復興が進んでいるとか、放射能の被害もほとんど無いと国は言っているが、未だに地元の人達は苦しんでいました。

いわき放射能市民測定室「たらちね」という施設を訪問した際、説明してくれた方が「3・11の震災について報道はあまりされていないが、私達にとっては毎日が3・11です」と言っていました。目に見えない放射能と日々生活している。子供達を自由に遊ばせたい。でも汚染されている実態があるなか抵抗があるけど、コミュニティで行くとなると行かなければならない。危ないと分かっていても周りに言うこともできない。親世代が当たり前にやっていたことができない。海にも入れないし、砂遊びもさせてやれないと言っていました。私も子供がいます。天気がよければ普通に外で遊ばせているし、砂遊びもさせます。夏になれば海に行くし川にも行きます。そんな当たり前のことができない。それが原発事故。絶対に子供世代に残す事はできないと再認識しました。

いわき駅前と福島駅前で街宣行動とシールアンケートを実施しました。街宣行動では事故を風化させないことを強くアピールしました。シールアンケートでは「原発は必要ですか?不必要ですか?どちらでもない。」という内容でアンケートを実施しました。私がこの行動で感じたのは、事故が現に起きた福島の人でも原発が必要だといっていたこと。また2割の人がどちらでもないと答えていた事。そもそも原発がなにかわからないという青年層がいる事に衝撃でした。若い子に伝えられるぐらい自分自身も勉強しなくてはと強く思いました。

フィールドワークでは、被災地や帰還困難区域を視察しました。いたる所にバリケードがされ、とても異様な雰囲気でした。人1人歩いていない状態に違和感を覚えたのが正直なところです。町が死んでいました。帰還困難区域を抜けてちょっとした所では人が普通に生活をしていました。ほんの数百メートルで変わるのか疑問でした。

新潟の行動では、柏崎刈羽原発再稼動差止訴訟を傍聴し、その後報告集会にも参加しました。地元新潟での行動には今後積極的に参加をしていきたいと改めて思いました。

14日から18日の行動で多くの事を知り、また感じることができとても勉強になりました。福島の事故を絶対に風化させない事、全国にある原発の稼動を許さない事。今後の活動に繋げていきたいです。

日本海地方新潟支部 那須野智広

3月14日(木)~21日(木)の日程で行われた、フクシマ連帯キャラバンに18日(月)の新潟の行動から参加しました。新潟柏崎刈羽原発の視察や東電の申し入れ、経産省への申し入れを行いましたが、総じて思ったことは、国は確かに福島の原発事故を無かったことにしている。しかし、福島のいわき駅前、福島駅前で行われたシール投票(必要、不必要、分からない)の結果を見たときに、分からないという意見が昨年より増えているという現状にこの事故が福島県内でも非常に風化しているという現状に驚きました。

このキャラバンの目的は、確かに原発の再稼働を阻止し、廃炉にするのはもちろんですが、分からないという意見を少なくし、福島の事故を風化させない事。1人でも多くの人に「原発は危険なのだ」というのを知ってもらう事だと思います。

故郷に帰りたくても帰れない人がまだまだ多くいる現状。自主避難者に対する国の対応。原発事故後、貧困や格差が進み、家族がバラバラになり、避難先で様々な嫌がらせをされ自己嫌悪になり、自らで命を絶つという悲惨な現状を知りました。

この事故は福島で起きましたが、全国には多くの原発があります。どこでこの悲惨な現状が起こっても不思議ではありません。「人間と核は共存できない」その事を多くの人に知ってもらいたい。国は専門的な言葉を使い、何が本当で嘘なのか言わず、原発は「安全で必要」としか言いません。この先、原発の何が危険で、事故を起こすとどうなるのかを誰が聞いても分かるよう伝え「わからない」という人がいなくなる様取り組み、キャラバンもそういった取り組みをしてもらいたいと思いました。

最後になりましたが、今回キャラバン隊に参加した仲間と運動が出来たことに感謝し、

被害にあわれた人全員が1日でも早く元の生活に戻る事が出来るよう微力ながら取り組んでいきます。

日本海地方直江津支部青年部 渡辺敬介

私は3月18日から21日にかけて、フクシマ連帯キャラバンに後半部隊として参加しました。

新潟県にある東京電力柏崎刈羽原子力発電所のPR館で、東電から福島原発事故の教訓をふまえた対策について説明がありました。東電に、「現状電力は足りているのだから原発を再稼働する必要ないじゃないですか」と伝えたら、「今メインで稼働している火力発電に頼るとCO2の排出により、地球温暖化が進む」と言われ、環境を気にしているのなら、まず福島を気にしろと思いました。約7000億円かけて、原発再稼働を進めようとしています。東電から「福島原発事故の教訓をもとに、さまざまな対策をして頑張っています」と言われ、その予算があるのなら避難者への補償や原発廃炉、再生可能エネルギーの導入に使ってもらいたいと思います。

原発事故から8年が経ちましたが、未だに福島原発の廃炉にむけたスケジュールや工法も定かではありません。そんな中、原発を再稼働させようとしている東電に被災地を見て、被災者の声を聞いてもらいたいと思いました。

いわき駅前と福島駅前での「原発は必要か、不必要か、わからない」との問いのシールアンケートの結果を見て、とても驚きました。「わからない」と答えた人が約25%もいて、わからないと答えた人の意見で「興味がない」というものがありました。わからないと答えた人の多くが、震災当時、小学生や中学生という年代が多く、原発のおそろしさ、被災地の現状を理解していないのを感じました。これが風化につながっていくと思います。

避難者への補償や原発事故の収束、原発再稼働反対、脱原発社会の実現のために、まず地元で行動し、そして風化させないために、たくさんの人に原発のおそろしさを伝えていきたいです。

東北地方八戸通運支部 今堀尚樹

3月14日から16日の3日間、初めてフクシマ連帯キャラバンに参加しました。初めての参加で何も分からない状態でしたが、団長含め先輩方が指導してくれたおかげで3日間の活動をする事が出来ました。

福島原発事故については、ニュースで聞いた事がある程度でしたが、キャラバンを通して、原発や放射能の恐ろしさ、現地の現状を知る事など多くの事を学ぶことが出来ました。いわき市の「たらちね」を訪問した際、避難区域と避難解除区域が道路1つで区切られていると聞き、放射能は恐ろしいものなのに国のざっくりした感じに驚きました。また、子供を外でなるべく遊ばせたくないという気持ちや、海や山に連れて行ってあげられない事と、子供の「遊びたい」という気持ちに葛藤したという話を聞かせてもらい、自分がその立場だったらどれが正解なのか悩みました。現地に行ったからこそ、地元の方の悩みや問題がわかったので貴重な経験になりました。

いわき市で街宣活動をした時に、シールによる原発は必要か不必要かのアンケートを行い様々な意見があり驚きました。てっきり皆がみんな原発は不必要だと言ってくれるのかと思っていました。しかし、必要という声もあり、理由としては電力が足りなくなると不安がっていました。また、不必要という人は被害にあった方が多く、まだ自分の家に帰れていないと聞いた時に、放射能の恐ろしさや原発はいらないと強く感じる事が出来ました。

震災から8年たった今でも事故収束の目途がたたず、汚染水や放射性廃棄物の問題も増え続けているので、国はもっと深刻な問題として動かなければいけないと思います。キャラバンを通して、原発を再稼働させたくないと強く感じましたし、この活動を通して普段接することない人達と一緒に活動や話をする事が出来、自分にとってすごく貴重な経験になりました。

東北地方八戸通運支部 松川 豊

私は今回、フクシマ連帯キャラバンに参加して、今の福島の現状を改めて知ることが出来ました。政府は「復興は進んでいる」と言っていますが、何も変わっていないという事です。さらには被災者に対する補償金も打ち切るという話がでているので、今回の活動が少しでも国に影響を与え、国が国民一人一人の事を考えてくれるように願っています。今後も全国の仲間と共に協力して頑張っていきたいと思います。

東北地方八戸通運支部 石鉢雄哉

今回の福島キャラバンでは、自分がいかに無知であるかを痛感しました。初日に訪ねた、いわき市の「たらちね」では、食べ物の汚染状態を検査や、自身の汚染状態などを検査してもらえる設備を見学させていただきました。とても高価な設備を使用しているのにもかかわらず、汚染に苦しんでいる人のために営利を目的とせず、費用を最小限におさえる努力をしているとの事でした。自分達の食べる物が安心して食べられるものだと思ってもらいたいと考えているので低コストで続けているとの事でした。それは被災者の方達の事を本当に案じているからこそできるのではないかと思います。

また、午後からはいわき駅前にて街宣活動を行いました。このような経験は初めてでしたが、実際に被災者の方の経験を聞くことができ、貴重な意見が聞けた事を嬉しく思います。アンケートの結果を見てもやはり反対意見が多いように感じました。震災当時に恐ろしい思いをしたから、また事故が起きるのではないかと思うと怖いから等、多数の意見を聞けました。その中で自分が今まで思いもしなかった様な意見も多く、自分の勉強不足を感じるとともに、「やはりこのままではまずい。原発を直ちに廃炉にするべきだ」という考えを改めて強く抱きました。

翌日は福島市で県民集会に参加しました。そこでは予想以上の人が会場に集まっている事に驚きました。それこそ被災者の方達の原発に対する反対意識が強いのだろうと感じました。それぞれの方達のスピーチを聞いて、この会場に集まっている方達とこれからも脱原発運動を続けていきたいと思いました。

自分が参加した3日間でたくさんの貴重な意見や話を聞くことができ、良い経験をさせていただきました。この経験を無駄にせずより良い活動が出来るように頑張っていこうと思います。

八戸通運支部 滝本春仁

今回初めて福島連帯キャラバンに参加しました。被災された方の生の声を聞いて、あの時どれだけの恐怖や不安があったのか、自分の想像をはるかに超える経験をしていた事を聞いて言葉を失いました。それなのに国は、福島で起こった事故を無かった事にしようとし、復興支援の打ち切りや柏崎刈羽原発の再稼働など同じことを繰り返そうとしています。その話を聞いてとても怒りがこみ上げてきました。

最終日、代々木公園で行われた、さよなら原発全国集会の中で、団長が話した「核と人は共存出来ない」という言葉がとても印象に残りました。これからは、自分に出来る事は少ないかも知れませんが、若い人達に自分が経験した話をし、福島の原発事故を忘れないように、また1日でも早く原発を廃炉にするために、これからも活動を続けていきたいと思いました。

名古屋支部青年女性部 羽賀達也

今回が初参加だったのですが個人的な理由で初日から3日間しか参加できなかったことがすごく心残りでしたが、3日間という短い期間でも大変貴重な経験が出来ました。

初日に東京の連合会館前で集合したときに同じようにキャラバンに参加する人を平和フォーラムの人達が見送りと激励に来てくれたところから始まりました。今回が初参加だったので少々心細さはあったのですが、同じように全港湾から参加してきた青年部の方々の中に知っている人が何人かいたのと、平和フォーラムの方々の応援にとても勇気付けられました。

また、結団式でも、全国各地から様々な単組の人達が一つの部屋に集まり、自己紹介を入れながら交流を深め、最後に今回のキャラバン隊の団長である武田さんから締めのお言葉を頂き、キャラバン隊としての団結を深めました。その後の懇親会では皆打ち解けた形でしっかりと交流を深めました。

2日目の午前中に訪れたいわき市にある「いわき放射能市民測定室 たらちね」で職員の方から聞いた「子供たちに食べさせる食品が本当に安全な物か知りたい」という言葉は未だに覚えていて、子供を想う親の気持ち、そして何より放射能という見えない恐怖と未だにたたかっているいわき市の人達の現状を改めて思い知りました。他にもいわき駅や福島駅で行った街宣活動ではシール投票も行い、ビラを配るだけではなく、様々な人たちの意見を聞くことも行いました。「やはり再稼働は怖いから早く廃炉にしてほしい」、「もうあんな恐怖は味わいたくない」等否定的な意見が多かった中、高校生や若い世代の方からは「よくわからない」、「難しい」等といった意見が大変多く、今後どんどん事故を忘れていく世代が増えていくことを実感し、これからも運動を続けていくことが大切だと思いました。

最後に3日間という短い期間でしたがキャラバン隊に参加できたこと、サポートしてくれた方々への感謝の言葉と共に感想としたいと思います。

名古屋支部 赤木 敬

今回の福島連帯キャラバンには全日程参加させて頂きました。参加した動機は「福島連帯キャラバンとは何か?」を知りたかったからです。キャラバンに参加する前の僕の原発に対する考えは「よく分からないけどやればいいんじゃないの?」というものでした。愛知県には原発がないのであまり話題になることはないのです。ただ、今回のキャラバンでの活動で帰宅困難区域の視察や、各自治体への要請行動を経験して原発事故の恐ろしさや、事故後の影響を目の当たりにして、やはり原発は一刻も早く廃炉にすべきだと感じました。

いわき市、福島市での街宣行動では原発についてのアンケート調査をしましたが福島県民の方でも「必要かどうかわからない」という回答が多く驚きました。やはり事故から時間が経つにつれ人々は無関心になっていくし、こういう現実があるから東海第二原発での再稼働に向けたなし崩し的な工事が行われたりするのかなと感じました。

茨城県内での各自治体への要請行動や東京での各省庁への質疑応答でも「調査中、検討中、〜のようにしようと思ってます」という回答が多く、実のある答えはほんの一部だったように感じました。

原発に関する問題はとても複雑で賛成したから増えていったり、反対したからすぐ廃炉になるというものではないです。

ただ、キャラバンのような活動は、原発問題を野放しにしないためにも必要だと感じましたし、事故の現実を風化させないためにも続けるべきだと思います。大切なのは自分たち大人が原発に対して正しい認識をして判断すること、そして周りの人や次の世代の人たちへ伝えていくことなんだと思いました。キャラバンでは別組織との交流を含め、貴重な体験をさせて頂きました。

最初から最後まで通しで参加して本当によかったと思います。機会があればまた参加したいと思いますし、周りの人にも参加することをお勧めしたいと思います。ありがとうございました。

以 上