第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

青年部部長 井上 友寛

 今年は2月8日~10日の日程で宮城県多賀城市に於いて中央本部主催の全国青年対策交流会議が全国から101名の参加で開催されました。関西地本からは9名、うち支部から2名が参加しました。当日は、何十年かの記録的な大雪により、スケジュールの変更が多々ありました。交流会議の内容は講師として、東北地方本部鹿糠委員長、新妻副委員長、青年婦人部瀧野部長らが、東北港についてと大震災当時と現在に至るまでどの様な活動をしてきたかを話されました。当初は、南三陸町へ視察に行き、防災庁舎にて献花する予定でしたが、大雪による悪天候のため中止となり、仙台塩釜港視察と中央本部松本書記長による震災に対する中央本部の対策と経過及び東日本大震災によって起きてしまった原発事故と現在の福島についての学習会となりました。仙台塩釜港視察の途中、津波により不幸にもなくなられた組合員に対し、全員で黙祷と献花を行いました。日程の最後に10班に分かれての分散会を行い、①震災時に我々労働者の条件を守るために今後、組織としてどのような強化をしていくか?②現在も収束していない原発についてという内容で討議しました。
 皆それぞれ考えを述べましたが、そう簡単に結論の出るテーマではなく、これらの事をふまえて、これから一組合員として行政、国、財界相手にどれだけたたかっていくことが出来る組織であるかという方針でまとまり、全日程を終了しました。
 私は10年間、青年部で活動してきました。今年で青年部を降りるのですが、全国青年対策交流会議には5年前から参加しており、今年で6回目。5年前の初参加がこの宮城県でした。様々な出来事がありましたが、最初と最後がこの宮城であることは一つの区切りだと思っています。これまで全国の青年部員と学習し、交流そして絆が深めれたことが自分にとって何よりも自信になりました。本当に良い経験をさせてもらう事ができました。ありがとうございます。

第17回青年対策交流会議に参加して

神戸支部富士テクノトランス分会 小林 進

 出発日からひどく雪が降っていた、無事に仙台空港に着いたものの他の便の到着が遅れ、2時間ほど仙台空港で待機となった。そんな雪が降り続いたせいで当初の予定だった視察が中止になったのは残念だった。ほとんどの日程に講演会があった。震災の話と原発の話。震災の経験談から震災当時から今までの復旧の話。阪神大震災当時、自分はまだ小学生だったので神戸港がどうなっていたのかなんて知る由もなく神戸港もこんな復旧作業をしていたのかなと思っていた。なにより今、神戸で震災が発生したとき自分はどうするべきかを考え、津波対策は考えておかないと危ないだろうと思った。
 そして原発。普段テレビで放送されないことや原発について自分が知らないことがたくさんあって勉強になった。自分たちの扱いきれない力を無理にでも使おうとする行為にこれからも抗議しなければならないだろう。
 夕食の時には、最終日の分散会を話しやすくするために、他の支部の人と卓を囲むことになった。確かにこれはよかった。分散会も自己紹介を軽くすればスタートできるしなにより話しやすかった。分散会のお題から少しずれることもあったが、自分の支部の青年部がかかえる悩みとかも相談しあえた。分散会の時間だけじゃ話しきれないことが沢山あったが、また来年の交流会もいい話ができればいいなと思えた。知らない土地で知らない人と繋がりをもてればそれも強さや支えになることを学べた。

第17回青年対策交流会議に参加して

神戸支部姫路伊藤分会 梅村 健

 東北地本の皆さん、3日間、交通機関が麻痺するほどの大雪の中でしたが、本当にありがとうございました。大変有意義な時間を過ごさせて頂きました。私自身は、全国青対に参加するのは昨年に続いて2回目でしたが 一年ぶりに再会した仲間、初めて会った仲間、全国行脚した時にお世話になった仲間との再開で、非常に楽しい会議でした。 
 今年、印象に残ったのは、直に同世代から聞いた震災当日の話、避難生活の話、そして原発の問題でした 震災以後、仕事はどうなるかという不安、いつ地元に帰ることができるか判らない不安と、福島第一原発の事故で見えない放射能との闘いのなか、非常に不安定な精神状態だったんだと感じました。私は防災の意味合いからも原発には反対ですが、東北の若い仲間が主体的に、「原発に反対するんだ」、「福島第一から20キロ圏内がどうなっているのか、現状を直に見てほしい」、「自分たちで出来る事からアクションを起こそう」と話していることに共感しました。自分に何が出来るのか、どこまで出来るのか分かりませんが、この青年対策交流会議での出会いを今後最大限活用できたらなと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

関西地方建設支部太平ビルサービス分会 大森 健児

 2月8日~10日まで仙台で行われた青年対策交流会へ参加させていただきました。
 私自身、会社に入社して間もない事もあり、組合の事について右も左も分からない状態で参加したのですが、関西代表の方や全国から参加された方々に色々な事を教えて頂き大変勉強になりました。
 今回は大雪などの影響でスケジュールの変更を余儀なくされ現地視察などは出来ませんでしたが、震災についての講義を受け、震災や原発の恐ろしさについて再度強く反対運動を起こし今回の原発と同じような事故を起こさないように活動していかないといけないと感じました。印象に残っている事は、現地の人の話をたくさん聞けたことです。震災の被害の大きさはテレビなどのニュースにより強く感じてはいましたが、実際には私自身はその当時、普通に会社に出勤し普段とあまり変化の無い生活を送っていたため、言い方は悪いですが少し、自分には関係ないといった気持ちがあったと思います。しかし現地の人の話を聞き実際に亡くなられてもおかしくない状況を体験した人の話、原発の近くに住んでいて実家に住めなくなった方の話を聞いて、ニュースでは伝わらない程の苦労などが数多くあった事を知りました。
その他被災した現地に住んでいて活動に参加している方の元気な姿を見て私自身も色々と頑張っていかなければならないと元気と勇気をもらいました。非常に充実した3日間でした。有難うございました。

第17回青年対策交流会議に参加して

関西地方建設支部太平ビルサービス分会 東 尚貴

 私は初めて全国青年対策交流会議に参加しました。1日目は雪の影響がすごく予定より2時間程遅れてのスタートになりました。東北地方の方々、中央本部の方々の話を聞き勉強しました。2日目は今回の会議で一番関心があった現地視察の予定でしたが大雪のため、予定変更を余儀なくされて行く事ができず非常に残念でした。その代わりに仙台港に行くことになり現在は復興していましたが、被災当時の写真を見せてもらうと、数トン近くありそうなコンテナがすべて崩れており、津波の恐ろしさを強く実感しました。3日目には各班に分かれて2つの課題ついて討論をおこないました。2日間夜の懇親会で一緒にご飯を食べたメンバーだったため、積極的に取り組む事ができました。
 初めての参加でしたが充実した3日間を過ごす事が出来ました。有難うございました。

第17回青年対策交流会議に参加して

関西地本阪神支部全日検神戸分会 坪井 雄志

 2014年2月8日から10日にかけて第17回青年対策交流会議が開催されました。東北地方青年婦人部4役、鈴木、小柳中央執行委員による開会式に始まり、その後、鹿糠東北地本委員長による講演「震災前・震災後・そして今の東北港」が開かれました。「震災前、震災後の仕事量の変化」や「組合員の安否確認や雇用を守ろうとみんなで意思統一したこと」などを話されていました。 
 次に、長南塩釜支部委員長、千葉塩釜支部副委員長による講演「塩釜支部の取り組み」が開かれました。「10年後、20年後のことを考え放射線量を計測している。」や「道路の段差などを改善するよう市に申し入れたりしている。」等々を話されて1日目は終了しました。
 2日目は、バスで高砂コンテナターミナル、フェリーターミナル、などを視察しました。最後に訪れた三陸運輸仙台港事業所では震災により亡くなられた4名の方々に花を手向けました。その後、松本、鈴木、小柳中央執行委員による「労働組合の目的」、「原発関連」等々を中心に講演されました。内容としては「労働三権」や「原発の恐ろしさ」などを話されていました。
 3日目は、1班から10班に分かれての分散会が開かれました。「震災時、我々、労働者の条件を守るために今後、組織としてどのように強化していくか?」、「現在も収束していない原発について」の2つをテーマに各班で熱い議論が繰り広げられ、まとめの発表では、「会社側の突きつける条件に一時妥協することになると思うが、その際、期限や日程を決めておかなくてはならない」、「人の手によって収束できない原発は動かしてはならないし今より反原発運動を強めなければいけない」等々、様々な意見が出されました。
 その後、閉会式に入り、最後は、来年の開催地ということで関東地方横浜支部石原青年部長による「団結ガンバロー」で締めくくりました。私の感想としましては、地元の被災者の方々の話を聞き、非常に参考になりましたし、あれだけの大災害が起きたにも関わらず、町が復旧していたのがとても意外でした。そして、あれだけの大災害を乗り越えたせいなのか大雪によるたくさんのスケジュール変更があったにも関わらずみんなで協力して対応していた東北地方の主催者の方々には驚かされました。「私も頑張らなければならない」と改めて感じた3日間でした。

第17回青年対策交流会議に参加して

関西地方築港支部商船港運分会 貞金 俊和

 今回の青年対策交流会議に初めて参加させて頂きました。78年ぶりの豪雪に見舞われ、日程を大きく変更しなければならない状況と、交通網の麻痺により、途中参加の方、欠席になられた方がいる中で、全日程に参加出来た事は非常に幸運だと感じました。
 「震災前・震災後・そして今の東北港」では鹿糠東北地本委員長、長南塩竈支部委員長、千葉塩竈支部副委員長による被災者の生々しい被災時状況、避難方法、安否確認の難しさ、荷役機器の回収、貨物の洗浄、支援物資の配布、そして全港湾東北地方全体で雇用確保を業側へ要求した事を聞きました。この大震災にも関らず、仲間の安否確認を行い、使用者側へ雇用確保を訴えた組織力に驚きました。それと同時に震災に対する準備不足も考えさせられました。
 初参加で感じた事は、青年部として重要なのは他地方の組合員との交流であり、学習後の夕食、その後の二次会等でお互いの情報交換や、活動報告、世間話を通じて交流することで全港湾の繋がりを強化し、お互い切磋琢磨する事と痛感しました。
 最後になりますが、この悪天候でもスケジュール変更を行いながらも、滞りなく進行された東北地方青年婦人部の方々の組織力に感動しました。今後とも青年対策交流会議が継続される事をお願い致します。

第17回青年対策交流会議に参加して

大阪支部青年部長 松下泰士

 2014年2月8日(土)~10日(月)第17回青年対策交流会議が宮城県多賀城市にある、ホテルキャッスルプラザ多賀城で行われました。今回関西地本からは9名、大阪支部から1名で参加しました。今場(仙台)は何年に一度の大雪で飛行機が遅れたり、欠航になったりと交通に影響が出ました。
 今回は東北で開催されるという事で、3.11の東北地震、津波の経験そして今、津波で、問題になった原発問題の講義がありました。鈴木、小柳中央本部執行委員、松本中央本部書記長、鹿糠東北地本委員長、長南塩竃支部委員長が講師として講義していただき、地震、津波が来た時どのようにして逃げるべきか、原発事故というのは自然災害と密接していて、原発事故からの放射能の恐ろしさ、原発を今日本が再稼働させようとしているのは大企業のからみ、そして日本を核武装するために原発を残そうとしているといった話をしていただき、原発というものがどういうものかという事を、改めて確認できたと思います。
 最終日には、今後組織としてどのように強化するのか?現在も収束していない原発という難しいテーマを分散会し、同じ青年部員同士色々な意見を言い合えて、すごく刺激を受ける事ができました。また、初日、2日目と夜の交流会でも昨年の青対で知り合える事のできなかった人とも出会えて、今回自分自身が一番学び、得た物は新しい出会い(人)だと思いました。仲間との繋がりをこれからももっともっと大切にしていきたいです。来年も楽しみにしています。

第17回青年対策交流会議に参加して

神戸支部富士テクノトランス分会 倉本政治

 2月8日からの3日間、東北(仙台)で第17回青年対策交流会議に参加させてもらいました。「東日本大震災を風化させない」というスローガンのもと、現地で学び、見聞きしてきました。
 初日は、東北地本の鹿糠院長が震災当時、最初にしたことは組合員の安否確認でした。なかなか連絡も取れないなか、懸命にいろいろな支部の人の安否確認をしたという話に感動しました。
 青年部員から、「自分自身の家族は心配ではなかったのですか?」という質問が出されましたが、「家族は自立しているし、何よりも全港湾が大好きです」と返答してくれました。心を打たれた言葉でした。
 2日目は雪のため、予定を変更して仙台港を視察しました。写真を見ながら、今と震災当時を比べてみましたが、あらためて震災の恐ろしさが分かりました。
 3日目は分散会、震災対策や意見交換など貴重な体験ができました。これから支部に帰って、活用できたらいいなと思いました。
 あと、3日間変更などが多く、苦労されたと思いますが、3日間受け入れてくださった東北地本青年婦人部の皆さん、ありがとうございました。