第22回青年対策交流集会に参加して(参加者感想 その2)

第22回青年対策交流集会に参加して(参加者感想 その2)

 

東北地方青年婦人部部長 井坂雄太

 

今回、自分の地元である東北地方での開催ということで、今まさに東北地方青年婦人部が取り組んでいる原発問題をテーマに皆さんに学んでもらうことにしました。震災から8年という月日が流れているのにも関わらず、何も変わらず忘れられつつある福島をもう一度見つめ直してもらいたい、そして自分たちが活動していることを理解してもらいたい、そういう思いで原発問題というテーマにさせてもらいました。

初日は分散会から始まりその内容も一つに絞りました。原発は必要か不必要かです。結果は八割が不必要残りはどちらでもない、必要だと思うという意見が出ました。必要と答えた人の中には今の仕事、家族友人が働いているからといった内容がありました。まさにその通りの意見だなと実感しました。二日目はフィールドワークです。まさに原発の被害を受けている現地をみんなに見てもらいました。帰還困難区域の境界を見てもらい、いったいこの境界が何の意味でこうなっているのか、そして震災から何も変わっていない風景、住めるといわれている地域でもゴーストタウンのように人がいない現状、車が通れるといわれている道路でさえも移動中にガイガーカウンターの警告音が鳴り響く現状、移動中の車内では参加してくれたみんなの不安そうな表情も確認しました。やはり聞いてみると無味無臭の放射能は怖い、普通の空気なのに何が違うのかわからない、みんなそう感じていました。

車内では、東北地方青年婦人部武田書記長とひたち支部古内部長が話し手となり、とても聞きやすく丁寧な説明でみんな寝ることもなく聞いてくれていました。みんなに感謝します。

フィールドワークが終わるとすぐに分散会を行いました。まずは初日に分散会のテーマであった必要か不必要かという意見が現地を見てからどう変わったのかを聞きました。全員が無いほうがいいに変わりました。ではこれから全港湾としてどう取り組むべきかテーマに上げました。フクシマ連帯キャラバンの強化や、全国各地にある行動に積極的に取り組むこと、国を変えるためにしっかりと選挙活動にも参加する等たくさんの意見が出ました。

最後に分散会のまとめとしては、満場一致で原発はいらない、そして団結して活動に取り組む。みんなそう言った意見を出してくれました。現地を見てからの参加者みんなの意見がとてもはっきりとした意見に変わっていました。懇親会ではさすが青年部と言わんばかりに全員が一つとなりどこの席を見ても違う地方のメンバーで盛り上がっており、余興のフラダンスショーに釘付けになるというザ・男という姿も見られました。個人情報なので名前は伏せますが特に一番年上の方が釘付けになっていました。

今回開催にあたって運営という立場になり、うまくできるか東北地方のみんなが不安を抱えていました。しかし、さすがは全国の青年部、行動一つ一つにみんなが積極的に動いてくれて、我々運営側をサポートしてくれました。改めて全国の青年部の横のつながりのすごさに感激しました。3日間全体の動きを見ていて1日経つごとにみんなの言動や行動が力強いものになっていくのが肌で感じられました。今回のこの素晴らしい経験で得たものをこれからの組合活動に生かしていき全国各地の最高の仲間とともに今後頑張って活動していきたいと思います。

ここに来るまで、全国の方からご支援いただいた物販やいろいろな意見をしていただいたおかげでとても素晴らしい第22回青年対策交流会議ができました。今回は東北だけでなく全港湾として作り上げられたものだと感じました。とても素晴らしい経験をさせていただき本当にありがとうございました。今回参加してくれたみんな、めちゃくちゃ愛しています!

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部財政部長 塙廉也

 

第22回青年対策交流集会に参加して、多くの事を学び貴重な経験をさせて頂きました。今回、原発についてどう考えているか、福島の現状をみて、今後の脱原発運動に青年部としてどう取り組んでいくかをテーマに7つの班に分かれ、分散会を行いました。

初日の分散会では、原発についてあまり気にしたことがない、反対だが明確な理由がないなどの意見がありました。

二日目のフィールドワークでは、福島第一原発を見たり、ガイガーカウンターで放射能の数値を確認したりと福島の現状を見てもらいました。私は、開催地方ということで、フィールドワークで説明を受けるバスとは別でしたが、説明を受けなくても分かるとおり、原発事故から8年経ったとは思えない状況を目の当たりにしました。道路はバリケードでふさがれ、帰還困難区域の境界線、道路一本挟めば住めるといわれている区域も人がいないのが現状です。フィールドワーク後の分散会では、福島の現状を見た後なので、活発な意見交換ができました。みんなから出た意見では、放射能は感じてわかることが出来ないため怖いというのが多く、その通りだと思いました。地震や津波の災害だと助かったかも知れない命が原発事故により奪われ、今もなお福島県の人々を目に見えない恐怖で苦しめている。このような第2の福島を生み出さないためにも、日本には原発はいらないという意見に纏まりました。初日より原発反対という意見がひとりひとり強まっていたと感じました。

今後の脱原発運動に青年部として青年部としてどのように取り組んでいくかのテーマについては、まず脱原発フクシマキャラバンの拡大、原発問題の重要性をわかりやすく、全港湾の仲間や家族、友人に伝えていき福島の現状を知ってもらう。そして、風化させないために脱原発運動を継続していくことが重要だと思いました。

今回の青対で、全国の仲間の横のつながりのすごさを再認識するとともに、これからもみんなで活動を続けていかなくてはいけないと思いました。開催地方ということで、不安もありましたが、今回の青対はすばらしいとの声もきこえ、最後にはみんなで盛り上がり良い雰囲気のまま終われたと思います。東北地本の井坂部長、武田書記長をはじめサポートした東北の仲間や、盛り上げてくれた全国の仲間のおかげで貴重な経験をさせてもらえたことに感謝しています。3日間、ありがとうございました。

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部副部長 川崎広太

 

今回の青年対策交流会議は、題名の通り以上の充実した素晴らしい交流会議でした。

被災地フィールドワークでは、全国のみんなに福島の現状を知ってもらい、何とか脱原発に向けて、バスの中でも外でも、常にみんなで話合い考え合いました。地元東北地方のみんなが積極的に他の地方のみんなに説明している光景はとても感慨深い光景でありました。みんなで一致団結して頑張っている姿を目の当たりにすることができ、私もまず行動せずにはいられませんでした。みんなに現状を知ってもらいたい一心でたくさんの話ができ、大変貴重な体験となりました。鈴木副委員長が総括でおっしゃっていたように、ひとりひとりが何かしら成長できた、成長したことを感じられた、そんな青対であったと私も思います。分散会においても、話し合いの内容を初日と二日目に分けるなど、大変工夫された内容になっていました。デーマは一つだが、課題をいくつかに分けたことで、体験した前と後では、各班のみんなが思っているいろいろな思いや意見がたくさん出てきて、大変充実した分散会となりました。一つのテーマでみんなと「交流」し「対策」を「会議」する。まさに青対の真骨頂だったと思います。もっと出来たなと思えること一つ挙げるとすれば、初日の各地方活動報告を、資料を基にもっと聞いてみたかったかなと思いました。各地方の活動を全体的に唯一聞ける場でもあるので、事前に資料を作ってもらう(活動報告する・資料を作ることを分からない地方もいたので)、事前に作ってもらった資料を配布する時間を設ける等をしてみてはいかがかなと思いました。これは、次回の青対に活かせる経験だと個人的に思いました。

初日、二日目を終えていくにつれて、他の地方からも「今回の青対はすごいね」「現場で素晴らしい経験が出来たよ」等の声が上がっており、その言葉が大変嬉しかったです。特に小名浜支部の武田書記長、ひたち支部の藤枝書記長、この二人の見事な働きぶりが全てを成功に導いてくれたと思っております。無論、他の支部みんなの協力もありましたが、それを上回る行動を支部として出来ました。みんなの核となり、何事にも屈しない大きな大きな存在であり、全ての行動で私たちを導いてくれた井坂部長、それを見事な引き立て役として、時には先頭に立ち、言葉や行動で支え続けた古内青年部部長。みんなを率先して先導し、常に周りを盛り上げ続け、すべての場面で必ず聞こえた声を出し続けてくれた薄井副部長。傲慢になることなく、周りのみんなに声をかけ、盛り上げてくれ、面倒見がよい、みんなから頼られる存在の木村。体は大きいが、常に黒子役に徹しており、謙虚にナイスプレーをし続けていた塙財政部長。みんな一丸となって、誰一人文句を言う事も無く、ひたすら青対を成功させようという気持ちで、一致団結した見事な活躍ぶりでした。私は、ただただ勉強し、ただただ楽しんでいるだけで。いや、本当に勉強になり最高に楽しむことが出来ました。それは、他の支部のみんなも同じだと思います。これは、東北地方のみんなの頑張りがあったからこそだと思います。最高の青対にしてくれて本当に感謝しております。

私たち青年部は、常に行動し頑張らなくてはならないと思っております。頑張れば頑張った分、行動すれば行動した分、必ず自分の血となり肉となると思います。そんな経験をさせてくれた、みんなの熱量を感じ自分を熱くさせてくれた青年対策交流会議でした。最後になりますが、第21回まで青対を繋いでくれた皆様、そして、今回の第22回をこんなにも素晴らしいものに作り上げてくれた東北地方の皆様を誇りに思います。重ねて御礼申し上げます。おつかれさまでした。

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部部長 古内厚志

 

なぜ青年対策交流集会は必要なのか。不要論も囁かれる中、確かにいろいろな地方、支部、分会で積極的に開催地に手を挙げられない状況もあります。ならば無理にやらなくてもいいんじゃないかな?そんな声も聞こえてきそうな雰囲気が漂っています。

若者はその時代に足りない物に敏感です。かつて、物やお金が足りない時代に青年達は死に物狂いで働き、様々な物を生み出し、後に高度経済成長と言われる日本の礎を築きました。政府も諸外国に負けない国力を付けようとあらゆる事業を奨励しました。その一つが原子力発電です。国と電力会社が主導し創設された日本原子力発電株式会社により、日本の原子力事業はスタートされました。もう60年以上前の事です。目先の利益や便利さに心を奪われ、最終的な処分方法も確立しないまま始まった原子力事業がもたらした結果の一つが福島第一原発事故です。放射性物質を撒き散らし、地域コミュニティを分断し、新たな差別を生み出し、そこに住む人の日常をぶち壊した。紛れもなく人によってもたらされた事実がそこにはあります。原発という我々が生まれる前からそこにある物、それがもたらした結果のツケを我々若者が将来に渡り払い続けるのです。

では、今の日本に足りないものは何でしょう。「自分らしさ」ではないかと思っています。政府の言いなり、大人の言いなり、米国の言いなりになって米軍基地を受け入れ、原発推進の片棒を担ぎいできました。今の若者は自分のやりたいようにやる人が多いと言われています。それ自体は批判の対象になっていますが、若者はこれからの時代に必要なものに気付いているのだと感じます。雇用や経済という大人の事情は理解しますが、だから反対してはいけないのか。若者らしく、青年部らしく、自分の考えを発信すればいいと思います。御上に忖度して受け入れる必要なんて無いって原発事故でわかったはずです。安全神話やお金に誤魔化されて受け入れた結果、嘘つきじゃん!と誰もが言うでしょう。そう思わせる光景が福島にはあるのです。

これを発信する一番の場所はどこか?東北地方青年婦人部は迷わず青対を挙げます。そうやってご当地の問題を全国の仲間と共有し、みんなで勉強して知識を蓄え、交流して団結を深め今後の運動を展開するエネルギーを交換できるのが青対です。日本の労働組合が弱体化したのは組合員がバラバラになってしまったからです。国の労働組合敵視政策によって若者はじめ、労働組合を敬遠する人は間違いなく増えています。将来組織を担う若者に力を与え、全国規模で横の繋がりを強化していかなければ、全港湾も衰退していくだけと考えます。時代の変わり目に差し掛かっている港湾、日本全体の秩序や労働者、市民の生活を守るには、組織や地域の垣根を越えて全国の仲間との連帯、団結し問題に立ち向かうことが必要です。今回の青対でも、参加された皆さんは学習内容、懇親会を通して肌身で実感したことと思います。私自身も今回作ることが出来た仲間との絆や得ることが出来た経験を活かし、まずは地元から取り組み、全国に展開できるような運動を作っていきたいと思います。

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部書記長 藤枝知博

 

今回の青年対策交流集会は、私にとってかけがえのない経験となりました。もちろん東北地方での主催だったことは大きな要因の一つですが、今まで経験したことのない達成感があったのは、全国の仲間との団結を今までの活動の中で一番強く感じることができたからだと思います。

初日は、全国の仲間を迎え、中央本部・来賓の方々の挨拶をいただき、その後分散会が開かれました。分散会のテーマは「原発について」。初日は、原発を必要と考えるか、不必要と考えるかというお題でした。身近に原発が無い支部の方もいる中それぞれがどう考えているのかとても興味がありました。結果的には福島第一原発事故が起こった今、必要と考えている方はほぼいませんでした。

二日目は、被災地を巡るフィールドワークでした。何度見ても心が痛む風景です。家の前に立てられたバリケード、荒れ果てた家屋、人気の無い帰宅困難区域。全国の仲間からは様々な質問が上がりました。いつになったら復興するのか、避難解除された地域はどうなっているのか。私も少ない知識の中で、復興は何一つ進んでいないことを周りの仲間に伝えました。フィールドワーク中の案内では、なぜ放射能は怖いのか?という話がありました。それは「分からないから」です。目に見えない、匂いもない。ただ言えることは基準値を超える放射線を浴び続ければ人は死んでしまう。放射能の恐怖は無くならない。そんなところに戻ってきたい人はそう多くないでしょう。報道も少なくなり風化しつつある中、事故当時と変わらない現状を見てショックを受けた方は多くいたと思います。ぜひ、全国の仲間にこの現状を伝えてもらい各地での脱原発運動を強くしていって欲しいと思います。この日の分散会では、前日の考えから被災地を見てどう変わったかなどの意見交換がなされました。初日はどちらでもないという意見もありましたが、最終的には全員が不必要という意見になりました。

懇親会は、二日間通して大騒ぎ・大盛り上がりでした。私は、懇親会の場が一番団結を感じられるところだと思っています。初めて会う仲間もいる中、最初は挨拶すらもままならない状態からたった二日間で肩を組んで一緒に踊るまで打ち解けることができます。そしてみんなそれぞれに感謝を忘れません。運営側は、全国の仲間へ精一杯のおもてなしをし、全国の仲間は運営側へ労いの言葉をかけてくれる。お互いの苦労を分かち合えるからこそできることだと思います。この団結が全港湾の強さだと思います。

今回、改めて全国の仲間と交流できることの重要さを感じました。それぞれの課題は違うかもしれませんが、仲間と連帯してその課題を克服していく。それができなければ何も変えていけないと思います。私も原発についてもっとよく理解し、地元での運動に繋げて行きたいと思います。地元の運動を全国の仲間と分かちあえる日を楽しみにより一層力強く脱原発の声を上げていきたいと思います。

 

東北地方ひたち支部青年女性部副部長 薄井栄人

 

6/1~6/3の3日間、福島県いわき市小名浜オーシャンホテルにて第22回全国青年対策交集会が開催された。今回で参加2回目となる青対は原発に関するテーマでの開催で、全国の仲間と共に活動することができる数少ない環境の中で、原発に関して学べることにより、とてもいい刺激を受けることができた。

初日の中央本部鈴木副委員長の挨拶では、青対の歴史を話していただき、重要性を知ることができた。東北地本新妻委員長からは震災で学んだこと、原発事故後の問題がいまだに続いていることを聞くことができた。開催地から東北地方青年婦人部井坂部長の、青対を東北地方で開催した理由、「青対をなくしたくない」「福島原発事故を知ってもらいたい」など今後の青年部活動をするうえでとても大切なことを教わることができた。

2日目のフィールドワークでは、帰還困難区域との境目のバリケードや福島第一原発、津波と原発事故の被害を同時に受けた地区、原発事故当時に住民が実際に避難に利用したルートをたどり、たった1回の原発事故がどれだけの被害を生んだか、8年たった今の福島を一緒に見て肌で感じることができた。初めて見るひとにはかなりショッキングな光景だったと思うが、メディアで取り上げられることが少なくなり原発事故が風化しつつある今だからこそ自分の目で福島の今を知ることが重要だと思う。ガイガーカウンターの数値がいきなり上がり警報が鳴る、人がいない町、ゲートによって隔離されている区域、見えないが目の前にある放射線、すべてが8年前から全然変わっていない。この現実を全国の青年部の仲間と共感できたことがとてもいい体験になった。ホテルに戻ってからの分散会では各々どう感じたか、今後どうしていけばよいかを活発に話すことができたと思う。

3日目の分散会での発表は各班でまとめた意見を発表し、さまざまな意見を聞くことができた。同じテーマあってもとらえ方や見方が変わればたどり着く答えが変わり、また新しい考え方を知ることができる分散会を全国の仲間たちと3日間できたことはとてもいい経験になり今後の活動に役立つヒントを見つけられたと思う。中央本部総括では「人として、国民として、労働組合員としてスキルアップしている」「この経験を持ち帰り地元でどう広げていくかが大事」とこれから活動していくうえでのモチベーションを上げることができた。

この3日間全国の仲間たちと学び、交流し、たくさんの意見を交換することができたと思う。再会する人も初めて会う人も分散会やフィールドワーク、懇親会などで仲良くなることができた。2次会のカラオケでは同じ曲を歌い続ける異例のカラオケだったがみんなで歌い、笑い、各地方関係なく肩を組みながら全員で楽しむことができた。この貴重な体験ができる青対を無くさないためにも全国の青年部が1つになり活動していかなければならないと改めて感じた。フィールドワークを通して原発事故の現状を知り、見えない放射線の怖さを知り、核に関しての考え方、とらえ方が変わった今、福島だけでなく各々の地元で起きている原発問題や反核運動に関心を持ち行動し、全国の仲間と情報を共有することが大切だと思う。今年も地元の東海村でJCO臨界事故集会が開かれるが、まずは地元の私たちがしっかり運動を盛り上げていき、全国の仲間たちにしっかりと報告ができるように地に足をつけて運動をしていきたい。

 

東北地方ひたち支部青年女性部幹事 木村貴弘

 

今回初めて青年対策交流集会に参加させていただきました。原発についてのフィールドワークや分散会を経験し、とても勉強になりました。分散会に関しては、全国の青年部と原発に対しての討論を行いました。原発が無い地方の人もいて、関心がないのではないかと不安もありましたが、最初から関心を持っていただいていたので安心しました。分散会で原発の濃い内容を全国の青年部と話し合い、自分のスキルアップになりました。

フィールドワークに関しては、福島の現状を肌で感じることとなりました。見るのは2回目ですが、何度見ても福島の現状は変わっておらず心が痛みました。福島を見ていつも思うことがあります。何故自分の家なのに帰ってこられないのか。何故福島の子供が安心して学校生活を送れなくなってしまったのか。すべてはこの日本に原発があるからです。

原発は私たちの生活を一瞬で奪っていきます。その中、国は国民の平和な日々などと言っています。しかし、原発がある以上平和な日々・安心した暮らしは到底できません。子供たちが安心して暮らすためにいち早く原発を廃炉にしなくてはなりません。そのため一人一人が原発は危険なものだと周りの人、子供たちに伝えていく必要があります。私は国の政権を変えられるよう原発廃炉になるまで取り組んでいきたいと思います。

 

 

東北地方青年婦人部塩竈支部塩竈分会 小國巧美

 

6月1日から三日間、東北福島で行われた青対に参加した。今回の青対は原発をテーマに分散会、被災地フィールドワークを行なった。

1日目は各地方活動報告、現状での原発に対してどう思うかを分散会で話し合った。分散会は7班に分けて行われ、自分の班では原発不必要という意見とどちらでも良いという意見が出た。メリット、デメリットを考えるとデメリットの方が大きいので原発は必要ない。安全性を確実に確保できるなら原発はあっても良い。風力発電や火力発電でなんとかなるなら必要ないのではないか。震災での原発事故後、現状子供を安心して外で遊ばせられない。事故での直接的な影響もあるが間接的な影響もかなり大きい。処理する際に費用がかかり過ぎる。原発が必要か不必要かで言えば不必要がほとんどの意見だった。

2日目は被災地フィールドワークに参加し、最初に夜ノ森の帰還困難区域を見学し境界の確認をした。次に富岡駅を目指し、近くの陸橋から福島第二原発を確認した。富岡駅周辺は以前行った時にくらべ被災した家屋が無くなり、駅も新しく建て直されていた。その後に震災時のままなっている請戸小学校を見学し、地区で亡くなった人達の慰霊碑に黙とうをし、昼食をはさみ、津島へ震災時にみんなが避難に使った道を辿り向かった。津島ではガイガーカウンターを使って放射線量の確認を行なった。道端がとくに高い数値が出ていた。その後カウンターの数値を確認しながらホテルに戻った。

2日目の分散会が行われた。前日の分散会での議題も含め、フィールドワークに参加しての感想、原発に対しての想い、全国の脱原発に向けた青年部の取り組みについて話し合った。前日の分散会以上に、原発に対しての強い反発をみんなの意見から感じることができた。目に見えないモノへの恐怖や不安などの意見が多かった。これまで以上に積極的に脱原発のイベントへの参加はもちろん、声を上げて継続して取り組んで行くことが大切だと気付いた。

今回の青対に参加し全国の仲間との交流を通して、改めて仲間との繋がりの大切さを実感した。そして、その繋がりを作ることの出来る青対の素晴らしさを感じた。今後、支部分会で今回感じた事を広めていきたいと思う。今回参加できて本当に良かったと思いました。

 

 

東北地方青年婦人部宮古支部 遠藤翼

 

2011年3月11日のあの日から8年が経ちました。震災の傷跡から、少しずつ復興に向かっています。しかしその中でも未だあの悲劇の生々しさがそのままの形で残っている場所そこが福島でした。私は事前フィールドワークに参加できず、実際にこの目にするのは初めてだったのですがネットやメディアから得る情報より実際に現場で目の当たりにした光景に言葉が出ませんでした。帰宅困難区域という言葉は知っていましたが、実際にどのような場所なのか、現状はどうなっているのかを目の当たりにし、全てが想像以上の光景でした。たった、塀を一枚隔てて人間が住んではいけない場所がこの日本にあることが信じられません。塀の外から覗ける光景はこちら側と何も変わらないとてもキレイな街でした。しかし、未だあの悲劇から立ち直れない人達のことを思うととても胸が苦しくなります。そして現場でガイガーカウンターを使用して初めて放射線というものを目にしたとき正直、気持ち悪かったです。なぜなら目に見えなく臭いもしなく、それでいて浴び過ぎれば身体にとてつもない悪影響があると知っていたからです。なぜ人間はこのような物質?を制御できると思ったのか不思議でした。

自分が小さい頃は、原発は夢のエネルギーとして学校で教わっていました。なぜなら1機で何万世帯の電力をまかないつつ、火力発電のようにco2を排出しないクリーンで安全なエネルギーだと教わりましたが、今このような事故がおきてからはとてもそうは思えません。たしかに、我々人間は電気がなければ便利な生活ができませんが、危険と隣り合わせのそんな便利さに魅力はないと思うしその犠牲になっている人達のことを思うと、あの日からの復興はまだまだ道半ばだと思っています。そしてそのような状況の中で開催された青年対策会議ですが各地方の仲間とこの気持ちを共有できたと思っています。

分散会では沢山の意見や素直な気持ち、感想などとても内容の濃い時間になりました。そして皆の真剣な考えは東北地方だけではなく全国共通なのだと改めて気付かされ青年部としての団結がより一層強くなったと感じました。また、全国の原発に関する様々な問題についても考えるとてもいい機会になりました。

その他に夜の懇親会などで全国の仲間と沢山話す機会があり、親睦も深まった3日間でした。これからも全港湾青年部として積極的な行動と発言ができればと思います。また、日頃から支部の財政や休みの関係で活動に参加できなく申し訳なく思っていますがこれからも参加できる範囲はありますが積極的に行動していきたいです。

皆さん、3日間お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

 

 

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 阿部敬義

 

今回は東北開催で受け入れ側というのもあり、いつもとは違った緊張感があった青対になったと思います。私は初日から3日間の参加ではありましたが2日目のフィールドワークでバスの運転手を任されたこともあり初めての事だったので内心不安と緊張でいっぱいでした。

そんな中始まったフィールドワークでは全国の皆さん、そして東北の仲間の協力のお陰でスムーズに行えたと思います。私自身何回も見ていた福島の現状をマイクロバスの高い車高でいつもと違う視界の中見たわけですが、道路脇の生い茂る木々やなかなか舗装されない道路などあり、こういったものも原発事故の影響のひとつなのだろうと改めて思いました。

私は年齢的にも東北開催での青対はたぶん今回が最後になると思いますが、こうやって受け入れ側として参加できた事が嬉しく思っています。

また今回東北青年婦人部の固い絆が改めて感じられましたし、全国の仲間と絆も繋がったと確信しています。そして福島の原発問題は我々東北で戦っていきながら、全国に発信していくことが大事だなと思った3日間でした。

 

 

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 佐藤新

 

6月1日から6月3日まで青年対策交流集会に塩釜支部三陸分会から部長の小林と副部長の阿部と幹事の小野寺の4人で行ってきました。

1日目は分散会で各支部分かれ班を作り原発についての意見交換をしました。それぞれどういった考えや気持ちを話し合いました。夜は懇親会で交流を深めあいました。

2日目午前8時半から午後15時くらいまでの間、原発の現地の視察をみんなで行き実際の現場がとういう状況なのか目で見て感じてきました。戻ってきてからまた分散会が始まり、その日現地を見てどう感じたか、考えが変わったかなどを話し合い各班次の日の発表のためにそれぞれ意見交換や今後の活動にはどうするか話し合いまとめました。またその日の夜も最後の懇親会をし、1日目よりもさらに交流が深まりました。

最終日3日目、前の日分散会で各班それぞれまとめた意見と今後どうするかの目標を発表し合いました。各班から色んな考えや気持ちのまとまった話を聞けることができました。

私がこの3日間で感じたことは、原発はそこにあること自体が間違いだと思うことと、何かあってからでは危険でどうすることもできないと思いました。私はこの目で見てきた福島の状況を私の周りにいる身近の人達にも伝え、少しでも広まるように声をかけ伝えていきたいと思います。この青年対策交流会議はこれからもずっとあり続けてほしいので私もこの活動にできる限り協力し、周りの人達と頑張っていきたいと思います。

 

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 小野寺勇人

 

6月1日から3日にかけて私達三陸分会は福島で開催した青年対策交流集会に参加してきました。1日目は各支部が別れ、班を作りテーマに沿った話し合いの時間が設けられました。テーマが組合関係なくあなたは、原発を必要だと思いますか?不必要だと思いますか?でした。各々意見が出ました、原発が無くても他で電力を補えると思える、もしそれでも電力が足らなかったら節電をすれば普通の生活はできるだろう。しかし、原発がなくなったら原発で働いている作業員の仕事はどうすればいいのか?と色々な意見が出て1日目は終わりました。

二日目は、原発、津波で被災した地域を見学する日でした。皆で帰宅困難区域に向かいました、現地に着くと道路一本挟んで放射能が高い帰宅困難地域、その隣が居住地域と説明されました。正直その説明と光景を目の当たりしたら驚きを隠せません、道路一本挟んだだけで帰宅困難地域と居住地域ってこの差はなんなの?と。車で移動中積んでいた放射能測定器が一部の区間で鳴っていました、車の窓から横を見ると自然豊な川があり、あそこは放射能が高いから入れないと説明を受け非常に残念な気持ちになりました。現地視察を終えホテルへ戻り各班に別れ今日の感想を言い合いました。

三日目になり各班の代表者が意見をまとめ発表する事になりました、私達の班は、原発はいらない、自然を壊し目に見えない恐怖に怯え住めなくなる地域が出てくるのなら原発を廃止してほしいと発表をしてきました。

この青対に参加し改めて原発の恐ろしさを勉強してきたと思いました。

 

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 小林頌悟

 

6月1日から6月3日まで 小名浜で行われ全体で63名の方が参加しました。三陸分会からは、小林、阿部、小野寺、佐藤の4名で参加しました。私は青対参加 2回目で部長での参加は初めてでした。

1日目の活動報告、自己紹介では北海道から1名で20歳の方が参加をされている事を知り驚きました。その日の分散会では 7つの班に分かれ私は6班でした。分散会の内容は組合抜きで震災前の原発の印象について議論しましたが、正直私は原発について組合なしで考えると何も感じなかったです。学校の授業で少しだけ触れたことがありましたが、非常にクリーンなイメージが強かったためあまり考えてなかったのが正直な所です。

2日目はフィールドワークで今の福島の現状を見ました。 高速道路を移動中、汚染土が積み上げてあるのやモニタリングポストの表示を見るとなんだか気持ち悪い感じがし、夜ノ森に着き帰還困難区域ともう住める地域の境目を見て、道路一本で分けられている現状を知り、自分が住める地域だった場合道路一本で大丈夫といわれても戻る気は起きないと思いました。また、小さい子供がいた場合、フェンスで区切られた8年前から手付かずの所を、目には見えない放射能があるから入れないと説明も出来ないと思いました。

そして一番印象が強かったのが、両側帰還困難区域なのに道路だけは通れる地域です。復興の為とはいえ本当に大丈夫なのかと感じ、常にガイガーカウンタを持っている訳じゃないし不安になりました。請戸小学校のエピソードでは 生徒の事を信じ高台に生徒を連れて行く先生の勇気に感動しました。津島では原発からかなり離れた所にあるが、その日の風でそこの線量が高いという話を聞き、津波から逃げなければいけない人が津島で多く被曝したと聞き、目に見えない物なので被曝したことにも気づかない方も多かったのではないかと思いました。

その日の分散会では、今の福島の現状を見て考えは変わったか、これからどのような活動をしていくかを話し合いました。もしその立場になったとき帰る家だけではなく故郷も失い子供にも思い出を話せても見せてやれない辛さや、自分が被曝しているのか分からない不安などを考えると日本各地に原発はありますが、いつこのような事になってもおかしくないので排除すべきと強く思いました。またこれからどのような活動をして行くべきかですが、まず今回のフィールドワークをなるべく多くの方に伝え 1人1人が原発反対と言う意志を持ち今の日本を変えるのは選挙だと思うので積極的に参加をして行こうと思いました。

最後に今回の青対に参加して、全港湾の強い横の繋がりを感じ、これからも組合活動に参加したいという声も聞けたことが大変嬉しく思いますし、この様な活動を失くさずに続けて行きたいと思いました。

 

 

東北地方青年婦人部酒田支部東北地方青年婦人部財政部長 田中俊介

 

6月1日〜3日まで福島県いわき市にある「小名浜オーシャンホテル&ゴルフクラブ」にて第22回青年対策交流集会が行われました。

初日の中央本部のあいさつで、鈴木誠一副委員長が「22年前長崎の佐世保で行われた青対は、労災職業病対策会議とか地方港対策会議の会議止まりで、現地で若者が集まって交流をし、横の繋がりを作るというところから、交流をつけませんか ?」という青年対策会議の始まりのお話などをしていただきました。その後は、グループに分かれて分散会をしました。テーマは、原発は必要だと思いますか?不必要だと思いますか?の内容で話し合いをしました。

2日目は、被災地フィールドワークを行いました。被災地を見た感想は視察をしてみては、避難困難区域の空間放射線量が3〜4マイクロシーベルトに対して地面の上が5倍くらいの15マイクロシーベルトという異常な放射線の高さや、何も対応がされてなさそうに警備などの配置など対応がされてない事感じました。

フィールドワーク終了後は、フィールドワークを経てどう感じましたか?また、1日目から考え方は変わりましたか?についての分散会では、「目に見えない、臭いもない、色もないのが見える恐怖よりも見えないというところが恐い」「ガイガーカウンターの音が気持ち悪かった」などの話があがりました。

青対に参加し学んだことをすること自分なりに被災地の状況などを家族や仲間に話して行きたいと思います。夕食の時は、いろんな支部の人達と交流することが出来たおかげで、飲んで、食べて楽しい時間を過ごすことが出来て嬉しかったです。

 

 

東北地方青年婦人部酒田支部 髙橋一馬

 

6月1日から3日に渡り、福島県いわき市にある小名浜オーシャンホテルで行われた、第22回青年対策交流集会(以下、青対)に参加しました。自分自身初めての青対の参加だったので、多少の不安などがありましたが、東北地方青年婦人部の仲間からの支えや全国各地から集まった仲間たちとの協力のおかげで3日間とても有意義な交流をできたと思います。

初日の開会の挨拶で、鈴木誠一副委員長から青対の成り立ちや、青対を行う意義等の話がありました。次に新妻委員長からは、3.11の震災での影響を今でも受けている福島の現状、そして原発をなくするにはどうしたらいいのかなどを今回の青対で学んで、各支部に持ち帰ってほしいという話もありました。その後、各地方活動報告と自己紹介が行われ、各地方青年部がどんな活動をしているのかを知ることができ、また自分達にも取り入れられる活動等があったので自分の支部に持ち帰って意見交換していこうと思いました。開会の挨拶が終わり、その後各班に分かれて分散会が始まりました。テーマは、「原発は必要か不必要か」でした。自分たちの班では、原発のメリットデメリットを話し合い、メリットに比べデメリットが大きすぎる、絶対的な安全保障が行われていないのであれば必要ではないという意見が出ました。その他にも、東北以外の地方の人たちがこの福島の事をどのように思っているかなど、それぞれの想いや意見を聞くことができ、とても参考になりました。

2日目は被災地フィールドワークということで、被災地である夜ノ森、富岡駅、請戸小学校、浪江町慰霊碑、津島を巡ってきました。初めて夜ノ森の帰還困難区域を見た時に、見た目では普通の街となんら変わりないこの街に人がいないという現状を知って、最初は言葉が出ませんでした。その後、ほかの場所を回ってみて、今回見た被災地は天災と人災との両方に襲われたのだと感じました。フィールドワーク終了後、被災地を実際に見てからの分散会を行いました。そこで、意見の変わった人や、更に原発をなくしていく運動に積極的に参加していこうという意見がでました。

最終日は前日の分散会の発表会でした。各班の考えや意見を発表し、人それぞれの色がでている良い発表になっていたのではないかと感じました。最後に中央本部総括でこの青対は青年部員の質の向上を図る為の会議で、今回は個々のスキルアップが見られてよかったという話を聞きました。今回の青対を通して、福島県や原発のことを各地方の人たちがどう思っているかを聞くことができ、次からの青年部の活動につなげていけるいい経験になりました。このことを支部に持ち帰りしっかりと伝えたいと思います。

 

 

東北地方青年婦人部酒田支部部長 髙橋恵太

 

今回小名浜オーシャンホテルで開催された青対に3日間初めて参加しました。

1日目の開会式では、鈴木誠一中央副執行委員長のあいさつを聞き、全港湾は戦後すぐに20代の青年達が戦後復興のためにつくったという成り立ちを知りしました。また東日本大震災直後の小名浜港には外航船が全く入港してこなかったことや、横須賀基地の米軍が一斉に帰国したことを知りました。

2日目はバスで帰還困難区域の境界までフィールドワークに行きました。この区域の現状は8年前の震災当時のままで、草木が生い茂り人も住んでないいわゆるゴーストタウンと化していました。最初に夜ノ森に行き帰還困難区域の境界を視察しました。そこでは自分達が立っている道路と目の前にあるゲートの向こうは一体何が違うのかという疑問と、道路を一本挟んだ民家も区域内の民家も同じような地震被害を受けているのにこの境界の差や区切り方はおかしいと思いました。まだ新しい住宅やアパートも沢山あり勿体ないと感じました。次に行ったのが福島第二原発まで2キロ位しか離れない富岡駅陸橋に行きました。そこで初めて自分の目で原発というものを見ました。すぐそこにある原発から放射線が漏れていたと考えるととても不気味だなと感じました。そのあとは国道6号線を北上し福島第一原発がある大熊町を縦断しました。この大熊町も帰還困難区域で、道路両脇の民家や大型店舗はバリケードがされているのに真ん中を通る国道は復興の為なのか車なら通行できこれもおかしな線引きだと思いました。次に行った請戸小学校はすぐ目の前に海があり津波被害を受けたが男の子の児童が案内した避難経路で全員が無事助かった場所であり、このエピソードはとても感動的でした。そして高台にある慰霊碑に行き黙祷し、最後に津島を放射線量を測りながら登りました。平地よりも山の方が風の流れをくい止めてしまうので草や土壌の線量は高く、草むらを歩いたりガードレールに触れたりするのに少し抵抗がありました。

フィールドワークからホテルに帰り各班に分かれ分散会を行いましたが、実際に自分の目で被災地を見ると原発はいらないと思いました。やはり目に見えない臭いもしないわからないことが一番恐怖だと感じました。原発は効率良く発電できるとは思うが、使用済み核燃料の最終処分法が無いことやトラブル時の対処法も明確なものが無い、放射線は人体に影響を及ぼす等メリットよりもデメリットの方が多く非常に恐ろしいものだと思いました。

この青対に参加してより一層脱原発への思いが高まり今回学んだことを支部に持ち帰り周りの人間に伝え、今後の脱原発運動、青年部活動に活かしていきたいと思います。

 

 

東北地方青年婦人部秋田支部 鎌田聖貴

 

今回初めて全港湾青年対策交流集会に参加させていただきました。2泊3日の日程で参加して中央本部鈴木誠一執行副委員長のお話や分散会、フィールドワークなどとても良い貴重な体験になりました。

分散会では班別に分かれ、原発について議論しました。活発な意見交換が行われ、全国の仲間達の思いや考えを聞けてとても中身の濃い分散会になりました。

フィールドワークでは原発周辺の地域や津波で流された町、子供たちがみんな津波から逃げ切った小学校、浪江の慰霊碑、今も高放射線量がある津島という地域にも行きました。原発周辺の地域では、今もなお震災当時のままで、テレビなどで見る福島の復興とは程遠いものでとても悲しい気持ちになりました。その後に浪江の慰霊碑に行き、被災者の気持ちを考えると言葉が出てこず胸が苦しくなりました。それから津島の地域で放射線を測りました。そこの放射線量は基準の数十倍も高くとてもびっくりしました。地元の人がこれから先、何十年、何百年もと見えない恐怖と付き合っていくと考えると改めて原発は不必要だなと思いました。

最後に、全国青年対策交流会議に参加して始めは緊張や不安が有ったですが全国の仲間達がとても話やすく、良い人たちだったのでとても助けられました。これからも全国の青年部同士の横の繋がりを大切にして青年部の活動に活かし、努めていきたいと思います。

 

 

東北地方青年婦人部秋田支部 佐々木駿平

 

6月1日(土)〜6月3日(月)にかけて、福島県いわき市で行われた全国青年交流会議に参加しました。

初日は、15時から始まり、中央本部副委員長の挨拶で、青年部の歴史や福島の原発についてより詳しく知る事が出来ました。分散会では、自分が今原発についてどう感じているか、話し合い「どちらでもない、反対、日本では核を禁止しているのに、何故核を使う?」などの意見を聞き、原発に興味をもちました。

2日目は、被災地フィールドワークの後、分散会を行いました。被災地フィールドワークでは、自分が思っているより帰還困難区域がひどく、道路以外が立ち入りを禁止され、自分の地域にある森林と景色が変わらないのに帰還困難区域になっていて、目に見えない放射線が改めて怖いものだと感じました。分散会では、初日に「どちらでもない」と答えていた人達も、現場を見るとみんなが「反対」と言う意見にまとまり、とても有意義な分散会になりました。

今回初めての青年対策交流会議に参加して、いろいろな方と交流を持つことができ、今まで知らなかった話しなどを聞く事が出来ました。フィールドワークや分散会を通じて、どのような行動をしていかなくては行けないのかを再確認する事が出来ました。大変貴重な3日間になりました。

 

 

東北地方青年婦人部秋田支部部長 石成大地

 

福島県いわき市小名浜で行われた第22回全国青年対策交流会議に初めて参加させてもらいました。

1日目は各地方活動報告と分散会でした。各地方活動報告ではそれぞれの地方、地域、地元での問題や支部ごとに行うレクレーションなどといった支援や行事を活発に行っているのがわかりました。

分散会では7つの班にわけて「原発は必要か、不必要か」をテーマにフィールドワークする前にどう思うのかを班ごとに意見を出し合いました。私は、原発事故前までは原発に対してただ電力発電が多い方法であり、私の県にないという理由もありあまり向き合ったことはありませんでしたが、事故後は原発の怖さや人に対して甚大な影響を及ぼすから不必要だと思いました。しかし、自分なりに勝手にほとんどが不必要だと思い込んでいたので今回の話では必要と言う意見を聞けました。

2日目はフィールドワークで実際に被災地を見て回り、その後前日の分散会から考えは変わったのかを話し合いました。フィールドワークでは開催前に事前にコースを回ったのですが、率直な感想でいつ来てもすごく悲しい思いや何も変わらなさを感じて、復興と言っているが現状は、表は綺麗に復興しているように見せているが、今でも復興なんて目処も立たないくらい裏では何年経っても進まないと思いました。そして、今現在原発や津波で被災され避難されている人々がいる中で本当の復興とは、景色などが綺麗になるのではなく、被災された町で育った人々が帰ってこられる環境や設備が整い、そこに人々が帰ってくることだと思いますが、正直8年経っても全然帰ってこないし、帰らないという人がいる中で原発は人々の地元や故郷での生活や人の人生までも破壊する危険なものだなと考えさせられました。

フィールドワーク後どう変わったかに関しては全く変わりません。むしろ怒りと憎悪しかありません。前日、必要と答えた人もフィールドワーク後は不必要に変わりましたが原発によって仕事があり、生活が出来る事や町が豊かになるなどはあり原発をなくしたくないなどという意見などもあるので人々それぞれだとは思いますが、人々の町や故郷や生活と家族などを失って人生を破壊される程のリスクがあることを少しずつでも広げていけるように理解してもらえるような行動をしていきたいと思いました。また東北地方以外で全国からの青年部から意見が聞けて、すごくいい勉強になりました。

最後に三日間裏方で動いてくださった、開催地小名浜支部、ひたち支部の方々、三役役員の方々ありがとうございました。また東北地方各支部で協力出来たことは良かったと思いました。そして各地方からの参加されたみなさん本当にお疲れ様でした。

 

 

東北地方青年婦人部小名浜支部 丹野泰希

 

6月1日から3日まで小名浜オーシャンホテルで開かれた第22回全国青年対策交流集会に参加してきました。

まず初日から7班に分かれて分散会を行い原発についてというテーマで必要か不必要かという内容で話合い自分達の班では不必要だという意見が多く、どちらともいえないという意見もありました。他にも原発があるメリットとデメリットにも考えてみた結果メリットがあまりなく現状の安全確保がない、事故が起こった際に現地だけではなく物流や経済にも与える影響は大きい、子供を安心して外で遊ばせることが出来ず、目に見えない恐怖に怯えるなど、ほんとにたくさんのデメリットばかりが出てくる結果となりました。

2日目は朝から実際に原発事故が起こり避難区域や帰還困難区域になったとこに見学に行くフィールドワークを行いました。参加者の中でも初めてそういった現場を見る参加者も多くバリケードやロープ張られた内側は帰還困難区域でそのすぐ外側は解除される矛盾やまだまだいたるところにある汚染土が入ったフレコンバックの山々や帰還困難区域の中を通る未だに高線量の国道114号など非日常な生活の景色ばかりで参加者の中でも言葉にならない複雑な気持ちだった人は多いかと思います。自分自身も福島連帯キャラバンに参加し、この現場を見てきていますが状況はいい方向に変わってきてないのではないかという不安がありました。フィールドワークが終わりまたホテルに戻りまた分散会をし、昨日に引き続き原発のテーマでフィールドワークに行ってどう感じたかや今後青年部として原発問題に取り組むかというテーマがありましたが、その中で出たいろいろな人に原発問題を知ってもらい自分達の意見を聞いてくれる政治家を選挙で選ぶというのがありました。これに自分も強い共感を持ちました。今までも自分達は反原発・脱原発を訴えデモや集会に参加してきましたがなかなかそれが政治に反映されにくかったですが自分達で変えて行くしかないと思いました。もちろんこれからも引き続き反原発運動は止めることなくより活発にし、より全国に発信しつづけるのが大事だと思います。

最後になりますが今回の青年対策交流会議は大成功に終わったと思っています。それも東北地本の伊坂部長、武田書記長らを筆頭に支部の幹事やみんなが団結して盛り上げていけたからだと思います。分散会では活発な意見がでるよう積極的に発言をしたり、フィールドワークでは他の参加者にわかりやすい説明や案内など細やかな努力の成果があったからこそだと思います。今後はこの結果を自信に変えてこれからの運動も頑張っていきたいです。

 

 

東北地方青年婦人部小名浜支部 矢内誠也

 

6月1日から6月3日までの3日間、第22回青年対策交流集会へ参加をしました。

東北の団結と誇りを持って作った内容を開催地として全国の仲間に見てもらい、現状を知ってもらおうと思いました。

1日目各地の仲間が小名浜へ集まり、15時より青年対策交流会議が始まりました。中央本部青年担当の鈴木誠一さんよりお話をいただき、続いて東北地方委員長の新妻さんからもお話をいただきました。

次に各地方の活動報告を聞きました。各地方が地元をはじめ様々な所で、色々な活動をしていることに良い刺激を受け、良いところは参考にしていきたいなと思いました。

その後各班に分かれて、分散会へと移りました。現段階での原発に対しての想いや知識についてそれぞれの考えを聞きました。原発事故や原発に対しての怖さが、あまりにも全国に知られていないことに驚きました。

私からは震災、原発事故当時の話やフクシマ連帯キャラバンについて少し話をさせていただきました。その夜は初めて出会った人もいたので、多くの方とお酒を飲み交流をさせていただきました。

翌2日目は原発事故の避難区域に指定されている地域を含む被災地へ行き、フィールドワークを行いました。事前に東北地方で考え決めたルートを全国のみなさんへ実際に見てもらいました。人が住めなくなった町、線量計の警報が鳴る地域、事故を起こした福島第一原発などを見学してもらいました。これが福島の現実、原発事故の真相です。衝撃が強く、数値の高いところを見てもらうことに戸惑いはありましたが、見ていただいて良かったと思いました。

ホテルへ戻ってから実際に被災地域をみて、どう気持ちが変化したかの話を聞くと、驚きの声また、恐ろしい、これはありえないなど率直な生の声を聞くことが出来ました。危険だ、怖い、これはおかしい、普通ではない。私達は被災地の人間が忘れかけていた感情を改めて思い起こさせて下さいました。

私達東北、福島を助けていただくには今回皆さんに見てもらったこと、思った素直な声を1人でも多くの人に地元で伝え、広めていっていただくことだと考えています。

これからも全国の仲間と共に、全国各地の原発を止め、脱原発社会へ向けて取り組んでいきたいと思います。

 

東北地方青年婦人部八戸支部部長 夏堀陸

 

今回の青年対策集会は青婦部の活動として2回目の参加になりました。福島の原発問題、東日本大震災後の福島県の状況を知る機会は今までにもあったのですが、私用があり参加することができなかった為、初めて自分自身の目で福島の現状を見ることとなりました。悲惨な現状というのは聞いていましたが、道路一本を挟んで立ち入ることができる範囲とできない範囲がある、また基準値を大幅に超える数値が出ているという事を知り、今もなお不安と恐怖を抱えながら県民は生活をしているのだとわかりました。今回の青年対策会議を通して、原発は全面的に反対してなくさなければいけないとより強く思いました。そのためにも、青森県である4.9反核燃の日全国集会をもっと広げていくこと、そして他の地方でも反核運動があるので、率先して動員していくことが大事だと感じました。また若い人にもっと選挙に行かせて、政権を変えなくてはいけません。残念ながら青森県の投票率はとても低いのが現状です。それは県民の危機感が足りないのが問題なので、もっと力を入れて運動していこうと思いました。今回の青年対策会議は東北が主となって行いました。三役、小名浜支部、ひたち支部のみなさんのおかげで大成功という形で終われました。皆さんの姿を見てこれからの意識も変わりましたし、自分自身がどうなっていけばいいのか良い見本になりました。これからも頑張って組合活動に、より八戸支部積極的に活動していきます。みなさんお疲れ様でした。

 

 

東北地方青年婦人部八戸支部 荒木地賢悟

 

今回、初めて青年対策交流集会に参加させて頂きましたが、本当に参加して良かったと思いました。私は今まで東北地方青年部の交流会や学習会、県民集会などで何度も福島に行き、震災直後から今までの福島の現状を目の当たりにしてきました。福島に行くたびに少しずつ復興されているなと感じる反面、震災から8年たった今尚、原発のせいで手付かずの地域や全くひと気の無い帰宅困難区域を見ると今でも考えさせられるものがあります。フィールドワークを行う前の分散会「組合を抜きにして個人的に原発が必要かどうか」というテーマに対して私の班では8人中2人がどちらでもよいと答えました。2日目のフィールドワークで今の福島の現状を見学し、放射線量を計測しながら目には見えない恐怖を感じ、自分の家にも帰れない人たちの気持ちを持ち帰って行われた2度目の分散会「フィールドワークを終えて原発は必要かどうか」というテーマに対しては、8人全員が原発は必要ないと答えています。現状を見たり知ったりするまでは人はイメージ出来ませんし、考えろと言われても無理だと思います。だから実際に福島の現状を見てみてから人の意見や考え方が変わる。それこそが原発は必要なのか不必要なのかという事に対する答えだと私は思っています。

夜の懇親会、これぞ青年部というパワフルな交流を見ていると本当に何でも出来るような、何でも変えられるようなそんな団結力を感じます。

最後になりますが、青対で学んだ貴重な経験や体験はしっかりと地方に持ち帰り、皆に広めていきたいと思います。全国から集まってくれた仲間たちに感謝申し上げて青対の感想とさせていただきます。ありがとうございました。

 

東北地方八戸支部東北地方青年婦人部副部長 小川諒

 

東北で受け入れをした今回の青対は贔屓目なしで成功におさめることが出来たと思っています。受け入れをすると決めてから開催まで、皆が協力して全国に呼びかけて東北一丸となって青対に向かい、そして当日集まった東北の37人の仲間達が得たものは計り知れないと思いました。

青対は自身2度目の参加で、前回参加したのは北海道でしたがその時も参加前後での意識の違いは明白でした。今回は受け入れ側ということで立場も前回と違って東北の副部長ということで書記長はじめ段取りを主にしてくれた仲間達の苦労には遠く及びませんが開催中は仲間達以上に頑張ろうと気を引き締めて臨みました。

肝心の内容であるフィールドワークも分散会も満足の行く結果で、夜の懇親会も遅くまで全国の仲間と交流を深めることができました。全体を通して東北の人たちだけが固まることもなく、側から見たら誰が東北かわからなくなるくらい皆が馴染んで交流していたと思います。

今回の青対で得たものは間違いなくこれからの活動の糧になると思っています。青年部としては残り2年程ですがこの経験を自分のために、これからの後輩達の為に活かせるように頑張りたいと改めて思いました。

 

東北地方青年婦人部八戸通運支部 岩沢

 

今回初めて青対に参加しました。始まる前は知らなかった福島の被災地の現状を知ることができ、あまり関心のなかった脱原発運動がとても重要なことだと実感することができました。そして各地方の青年部の皆さんと団結し、これからも活動していきたいと思いました。

 

 

東北地方青年婦人部八戸通運支部 滝本春仁

 

今回初めて青年対策交流集会に参加させていただきました。全国から来ていただいた人達と原発について討論をして自分たちとはまた違う考えを教えていただき新しい発見などがありました。どれだけ原発が危険な事なのか、キャラバンなどを通して自分が見て、感じてきた物をどのようにして全国の皆さんに伝えればいいかなど自分なりに考えてお話させていただきました。全国の皆さんもやはり原発と言うとテレビでしか見たことのない情報でどれくらい凄いものなのか、どれくらいの恐怖を福島の人達に与えていたのか生で見るまでわからなかったと言う意見の人たちが多かったです。

福島の現状と原発は本当に怖いものだと言う事を知ってもらえて本当今回の青年対策交流会に参加してよかったなと思いました。このような全国の皆さんと交流が出来る場を無くしてはいけないと思うので出来るだけこのような場に参加していきたいと思いました。

 

東北地方青年婦人部八戸通運支部 板橋

 

今回初めての青対参加となりましたが、学ぶ事がとても多かったです。まずは、原発についてです。今までTV等でしか知り得なかった現地の現状を直に見て考えさせられる所がいくつもありました。帰宅困難区域を見ると震災時のまま時が止まったかの様な光景には愕然としました。復興が進んでいるとはいえこの現状は何だろう、まるで忘れられているかの様な異様な雰囲気でした。こんな現状では、誰が戻りたいと思うでしょうか。道路一本の差で帰宅困難とそうでない場所の差が何処にあるのか疑問に思えました。またバス移動中のガイガーカウンターでの測定では場所によってはまだ高い放射線を測定しているのを見て、一層原発は要らないと思いました。その後の分散会では皆の意見を聞くたびに原発に対しての思いが強くなり、自分だけではなく身近な人にもっと知ってもらわないといけないと感じました。そして自分自身もより知識を得るとともに選挙にもしっかり行こうとお思います。次は懇親会です。初参加にも関わらず自分に話しかけてくれた方が大勢いた事には驚きました。またその中で、外に出てお酒を飲みに行き楽しかったです。そして改めて仲間って大事だなと思いました。最後に、今回初めての参加でしたが学ぶ事も楽しむ事もできました。ありがとうございます。

 

 

東北地方青年婦人部八戸通運支部 立山

 

自分は今回、初めての青年対策交流集会に参加しました。どんなことをするのか分からなかったので、少し緊張していました。

1日目の分散会では、原発は必要か必要でないか、と言うことに対し、無くしてしまったら現場の作業員の職が無くなる為必要だと言う意見を出しましたが、ただ被災された地区を見たら考えが変わるかもしれないと意見しました。

2日目になり、フィールドワークをしました。まだ頭の中では、原発は必要だと思いながら、夜ノ森に着きました。そこで見た光景は、予想の斜め上をいっていました。帰還困難区域である所があり、そこが3.8マイクロシーベルト以上の為住めない区域だ、住めないから国が保証する。と言う所までは分かったのですが、道路一本挟んだ反対側の住宅街は、国が住めるから何も保証しない、と聞かされ意味が分かりませんでした。どうゆう基準で測ったのか分かりませんが、国に対して怒りが込み上げてきました。現に保証されない地区には、ほとんど人は住んでおらず、家の周りは草も生え、誰も住んでいない所が沢山あり、見るに耐えない状態でした。自分も、ここに住んでいた場合、避難していると思います。道路の真ん中にあった桜並木がとても悲しげに残っていた感じで、とても印象に残っていました。いつか放射能も落ち着き、住んでいた住人が戻ってこられる用になればいいなと、心から思いました。そして、国は許せないと思いました。

次に、富岡駅陸橋に着きました。ここでは、初めて福島原発を見て、遠くからでも分かる大きさに、こんなのが爆発したのかと思うと怖くなりました。ここは、津波の被害が酷かったのですが、徐々に人も住んできていたので、良かったと思います。

バスに戻り、どんどん進むにつれ、放射線量を計る機械が反応に、時には10くらいまで上がる時もありました。

ホテルへ戻り、2回目の分散会では、自分の意見は180度変わっており、電気は地下発電や、風力発電などで補い、一刻も早く原発を無くした方がいいと言う意見を出しました。

懇親会では、全国の方々と、今日の話しなどをし、本当に、青年対策交流会議に参加出来て良かったと思いました。今後は、人一倍、脱原発を目標に、自分も講演会などに参加し、協力していきたいと思います。

第22回青年対策交流集会に参加して(その2)

 

東北地方青年婦人部部長 井坂雄太

 

今回、自分の地元である東北地方での開催ということで、今まさに東北地方青年婦人部が取り組んでいる原発問題をテーマに皆さんに学んでもらうことにしました。震災から8年という月日が流れているのにも関わらず、何も変わらず忘れられつつある福島をもう一度見つめ直してもらいたい、そして自分たちが活動していることを理解してもらいたい、そういう思いで原発問題というテーマにさせてもらいました。

初日は分散会から始まりその内容も一つに絞りました。原発は必要か不必要かです。結果は八割が不必要残りはどちらでもない、必要だと思うという意見が出ました。必要と答えた人の中には今の仕事、家族友人が働いているからといった内容がありました。まさにその通りの意見だなと実感しました。二日目はフィールドワークです。まさに原発の被害を受けている現地をみんなに見てもらいました。帰還困難区域の境界を見てもらい、いったいこの境界が何の意味でこうなっているのか、そして震災から何も変わっていない風景、住めるといわれている地域でもゴーストタウンのように人がいない現状、車が通れるといわれている道路でさえも移動中にガイガーカウンターの警告音が鳴り響く現状、移動中の車内では参加してくれたみんなの不安そうな表情も確認しました。やはり聞いてみると無味無臭の放射能は怖い、普通の空気なのに何が違うのかわからない、みんなそう感じていました。

車内では、東北地方青年婦人部武田書記長とひたち支部古内部長が話し手となり、とても聞きやすく丁寧な説明でみんな寝ることもなく聞いてくれていました。みんなに感謝します。

フィールドワークが終わるとすぐに分散会を行いました。まずは初日に分散会のテーマであった必要か不必要かという意見が現地を見てからどう変わったのかを聞きました。全員が無いほうがいいに変わりました。ではこれから全港湾としてどう取り組むべきかテーマに上げました。フクシマ連帯キャラバンの強化や、全国各地にある行動に積極的に取り組むこと、国を変えるためにしっかりと選挙活動にも参加する等たくさんの意見が出ました。

最後に分散会のまとめとしては、満場一致で原発はいらない、そして団結して活動に取り組む。みんなそう言った意見を出してくれました。現地を見てからの参加者みんなの意見がとてもはっきりとした意見に変わっていました。懇親会ではさすが青年部と言わんばかりに全員が一つとなりどこの席を見ても違う地方のメンバーで盛り上がっており、余興のフラダンスショーに釘付けになるというザ・男という姿も見られました。個人情報なので名前は伏せますが特に一番年上の方が釘付けになっていました。

今回開催にあたって運営という立場になり、うまくできるか東北地方のみんなが不安を抱えていました。しかし、さすがは全国の青年部、行動一つ一つにみんなが積極的に動いてくれて、我々運営側をサポートしてくれました。改めて全国の青年部の横のつながりのすごさに感激しました。3日間全体の動きを見ていて1日経つごとにみんなの言動や行動が力強いものになっていくのが肌で感じられました。今回のこの素晴らしい経験で得たものをこれからの組合活動に生かしていき全国各地の最高の仲間とともに今後頑張って活動していきたいと思います。

ここに来るまで、全国の方からご支援いただいた物販やいろいろな意見をしていただいたおかげでとても素晴らしい第22回青年対策交流会議ができました。今回は東北だけでなく全港湾として作り上げられたものだと感じました。とても素晴らしい経験をさせていただき本当にありがとうございました。今回参加してくれたみんな、めちゃくちゃ愛しています!

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部財政部長 塙廉也

 

第22回青年対策交流集会に参加して、多くの事を学び貴重な経験をさせて頂きました。今回、原発についてどう考えているか、福島の現状をみて、今後の脱原発運動に青年部としてどう取り組んでいくかをテーマに7つの班に分かれ、分散会を行いました。

初日の分散会では、原発についてあまり気にしたことがない、反対だが明確な理由がないなどの意見がありました。

二日目のフィールドワークでは、福島第一原発を見たり、ガイガーカウンターで放射能の数値を確認したりと福島の現状を見てもらいました。私は、開催地方ということで、フィールドワークで説明を受けるバスとは別でしたが、説明を受けなくても分かるとおり、原発事故から8年経ったとは思えない状況を目の当たりにしました。道路はバリケードでふさがれ、帰還困難区域の境界線、道路一本挟めば住めるといわれている区域も人がいないのが現状です。フィールドワーク後の分散会では、福島の現状を見た後なので、活発な意見交換ができました。みんなから出た意見では、放射能は感じてわかることが出来ないため怖いというのが多く、その通りだと思いました。地震や津波の災害だと助かったかも知れない命が原発事故により奪われ、今もなお福島県の人々を目に見えない恐怖で苦しめている。このような第2の福島を生み出さないためにも、日本には原発はいらないという意見に纏まりました。初日より原発反対という意見がひとりひとり強まっていたと感じました。

今後の脱原発運動に青年部として青年部としてどのように取り組んでいくかのテーマについては、まず脱原発フクシマキャラバンの拡大、原発問題の重要性をわかりやすく、全港湾の仲間や家族、友人に伝えていき福島の現状を知ってもらう。そして、風化させないために脱原発運動を継続していくことが重要だと思いました。

今回の青対で、全国の仲間の横のつながりのすごさを再認識するとともに、これからもみんなで活動を続けていかなくてはいけないと思いました。開催地方ということで、不安もありましたが、今回の青対はすばらしいとの声もきこえ、最後にはみんなで盛り上がり良い雰囲気のまま終われたと思います。東北地本の井坂部長、武田書記長をはじめサポートした東北の仲間や、盛り上げてくれた全国の仲間のおかげで貴重な経験をさせてもらえたことに感謝しています。3日間、ありがとうございました。

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部副部長 川崎広太

 

今回の青年対策交流会議は、題名の通り以上の充実した素晴らしい交流会議でした。

被災地フィールドワークでは、全国のみんなに福島の現状を知ってもらい、何とか脱原発に向けて、バスの中でも外でも、常にみんなで話合い考え合いました。地元東北地方のみんなが積極的に他の地方のみんなに説明している光景はとても感慨深い光景でありました。みんなで一致団結して頑張っている姿を目の当たりにすることができ、私もまず行動せずにはいられませんでした。みんなに現状を知ってもらいたい一心でたくさんの話ができ、大変貴重な体験となりました。鈴木副委員長が総括でおっしゃっていたように、ひとりひとりが何かしら成長できた、成長したことを感じられた、そんな青対であったと私も思います。分散会においても、話し合いの内容を初日と二日目に分けるなど、大変工夫された内容になっていました。デーマは一つだが、課題をいくつかに分けたことで、体験した前と後では、各班のみんなが思っているいろいろな思いや意見がたくさん出てきて、大変充実した分散会となりました。一つのテーマでみんなと「交流」し「対策」を「会議」する。まさに青対の真骨頂だったと思います。もっと出来たなと思えること一つ挙げるとすれば、初日の各地方活動報告を、資料を基にもっと聞いてみたかったかなと思いました。各地方の活動を全体的に唯一聞ける場でもあるので、事前に資料を作ってもらう(活動報告する・資料を作ることを分からない地方もいたので)、事前に作ってもらった資料を配布する時間を設ける等をしてみてはいかがかなと思いました。これは、次回の青対に活かせる経験だと個人的に思いました。

初日、二日目を終えていくにつれて、他の地方からも「今回の青対はすごいね」「現場で素晴らしい経験が出来たよ」等の声が上がっており、その言葉が大変嬉しかったです。特に小名浜支部の武田書記長、ひたち支部の藤枝書記長、この二人の見事な働きぶりが全てを成功に導いてくれたと思っております。無論、他の支部みんなの協力もありましたが、それを上回る行動を支部として出来ました。みんなの核となり、何事にも屈しない大きな大きな存在であり、全ての行動で私たちを導いてくれた井坂部長、それを見事な引き立て役として、時には先頭に立ち、言葉や行動で支え続けた古内青年部部長。みんなを率先して先導し、常に周りを盛り上げ続け、すべての場面で必ず聞こえた声を出し続けてくれた薄井副部長。傲慢になることなく、周りのみんなに声をかけ、盛り上げてくれ、面倒見がよい、みんなから頼られる存在の木村。体は大きいが、常に黒子役に徹しており、謙虚にナイスプレーをし続けていた塙財政部長。みんな一丸となって、誰一人文句を言う事も無く、ひたすら青対を成功させようという気持ちで、一致団結した見事な活躍ぶりでした。私は、ただただ勉強し、ただただ楽しんでいるだけで。いや、本当に勉強になり最高に楽しむことが出来ました。それは、他の支部のみんなも同じだと思います。これは、東北地方のみんなの頑張りがあったからこそだと思います。最高の青対にしてくれて本当に感謝しております。

私たち青年部は、常に行動し頑張らなくてはならないと思っております。頑張れば頑張った分、行動すれば行動した分、必ず自分の血となり肉となると思います。そんな経験をさせてくれた、みんなの熱量を感じ自分を熱くさせてくれた青年対策交流会議でした。最後になりますが、第21回まで青対を繋いでくれた皆様、そして、今回の第22回をこんなにも素晴らしいものに作り上げてくれた東北地方の皆様を誇りに思います。重ねて御礼申し上げます。おつかれさまでした。

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部部長 古内厚志

 

なぜ青年対策交流集会は必要なのか。不要論も囁かれる中、確かにいろいろな地方、支部、分会で積極的に開催地に手を挙げられない状況もあります。ならば無理にやらなくてもいいんじゃないかな?そんな声も聞こえてきそうな雰囲気が漂っています。

若者はその時代に足りない物に敏感です。かつて、物やお金が足りない時代に青年達は死に物狂いで働き、様々な物を生み出し、後に高度経済成長と言われる日本の礎を築きました。政府も諸外国に負けない国力を付けようとあらゆる事業を奨励しました。その一つが原子力発電です。国と電力会社が主導し創設された日本原子力発電株式会社により、日本の原子力事業はスタートされました。もう60年以上前の事です。目先の利益や便利さに心を奪われ、最終的な処分方法も確立しないまま始まった原子力事業がもたらした結果の一つが福島第一原発事故です。放射性物質を撒き散らし、地域コミュニティを分断し、新たな差別を生み出し、そこに住む人の日常をぶち壊した。紛れもなく人によってもたらされた事実がそこにはあります。原発という我々が生まれる前からそこにある物、それがもたらした結果のツケを我々若者が将来に渡り払い続けるのです。

では、今の日本に足りないものは何でしょう。「自分らしさ」ではないかと思っています。政府の言いなり、大人の言いなり、米国の言いなりになって米軍基地を受け入れ、原発推進の片棒を担ぎいできました。今の若者は自分のやりたいようにやる人が多いと言われています。それ自体は批判の対象になっていますが、若者はこれからの時代に必要なものに気付いているのだと感じます。雇用や経済という大人の事情は理解しますが、だから反対してはいけないのか。若者らしく、青年部らしく、自分の考えを発信すればいいと思います。御上に忖度して受け入れる必要なんて無いって原発事故でわかったはずです。安全神話やお金に誤魔化されて受け入れた結果、嘘つきじゃん!と誰もが言うでしょう。そう思わせる光景が福島にはあるのです。

これを発信する一番の場所はどこか?東北地方青年婦人部は迷わず青対を挙げます。そうやってご当地の問題を全国の仲間と共有し、みんなで勉強して知識を蓄え、交流して団結を深め今後の運動を展開するエネルギーを交換できるのが青対です。日本の労働組合が弱体化したのは組合員がバラバラになってしまったからです。国の労働組合敵視政策によって若者はじめ、労働組合を敬遠する人は間違いなく増えています。将来組織を担う若者に力を与え、全国規模で横の繋がりを強化していかなければ、全港湾も衰退していくだけと考えます。時代の変わり目に差し掛かっている港湾、日本全体の秩序や労働者、市民の生活を守るには、組織や地域の垣根を越えて全国の仲間との連帯、団結し問題に立ち向かうことが必要です。今回の青対でも、参加された皆さんは学習内容、懇親会を通して肌身で実感したことと思います。私自身も今回作ることが出来た仲間との絆や得ることが出来た経験を活かし、まずは地元から取り組み、全国に展開できるような運動を作っていきたいと思います。

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部書記長 藤枝知博

 

今回の青年対策交流集会は、私にとってかけがえのない経験となりました。もちろん東北地方での主催だったことは大きな要因の一つですが、今まで経験したことのない達成感があったのは、全国の仲間との団結を今までの活動の中で一番強く感じることができたからだと思います。

初日は、全国の仲間を迎え、中央本部・来賓の方々の挨拶をいただき、その後分散会が開かれました。分散会のテーマは「原発について」。初日は、原発を必要と考えるか、不必要と考えるかというお題でした。身近に原発が無い支部の方もいる中それぞれがどう考えているのかとても興味がありました。結果的には福島第一原発事故が起こった今、必要と考えている方はほぼいませんでした。

二日目は、被災地を巡るフィールドワークでした。何度見ても心が痛む風景です。家の前に立てられたバリケード、荒れ果てた家屋、人気の無い帰宅困難区域。全国の仲間からは様々な質問が上がりました。いつになったら復興するのか、避難解除された地域はどうなっているのか。私も少ない知識の中で、復興は何一つ進んでいないことを周りの仲間に伝えました。フィールドワーク中の案内では、なぜ放射能は怖いのか?という話がありました。それは「分からないから」です。目に見えない、匂いもない。ただ言えることは基準値を超える放射線を浴び続ければ人は死んでしまう。放射能の恐怖は無くならない。そんなところに戻ってきたい人はそう多くないでしょう。報道も少なくなり風化しつつある中、事故当時と変わらない現状を見てショックを受けた方は多くいたと思います。ぜひ、全国の仲間にこの現状を伝えてもらい各地での脱原発運動を強くしていって欲しいと思います。この日の分散会では、前日の考えから被災地を見てどう変わったかなどの意見交換がなされました。初日はどちらでもないという意見もありましたが、最終的には全員が不必要という意見になりました。

懇親会は、二日間通して大騒ぎ・大盛り上がりでした。私は、懇親会の場が一番団結を感じられるところだと思っています。初めて会う仲間もいる中、最初は挨拶すらもままならない状態からたった二日間で肩を組んで一緒に踊るまで打ち解けることができます。そしてみんなそれぞれに感謝を忘れません。運営側は、全国の仲間へ精一杯のおもてなしをし、全国の仲間は運営側へ労いの言葉をかけてくれる。お互いの苦労を分かち合えるからこそできることだと思います。この団結が全港湾の強さだと思います。

今回、改めて全国の仲間と交流できることの重要さを感じました。それぞれの課題は違うかもしれませんが、仲間と連帯してその課題を克服していく。それができなければ何も変えていけないと思います。私も原発についてもっとよく理解し、地元での運動に繋げて行きたいと思います。地元の運動を全国の仲間と分かちあえる日を楽しみにより一層力強く脱原発の声を上げていきたいと思います。

 

東北地方ひたち支部青年女性部副部長 薄井栄人

 

6/1~6/3の3日間、福島県いわき市小名浜オーシャンホテルにて第22回全国青年対策交集会が開催された。今回で参加2回目となる青対は原発に関するテーマでの開催で、全国の仲間と共に活動することができる数少ない環境の中で、原発に関して学べることにより、とてもいい刺激を受けることができた。

初日の中央本部鈴木副委員長の挨拶では、青対の歴史を話していただき、重要性を知ることができた。東北地本新妻委員長からは震災で学んだこと、原発事故後の問題がいまだに続いていることを聞くことができた。開催地から東北地方青年婦人部井坂部長の、青対を東北地方で開催した理由、「青対をなくしたくない」「福島原発事故を知ってもらいたい」など今後の青年部活動をするうえでとても大切なことを教わることができた。

2日目のフィールドワークでは、帰還困難区域との境目のバリケードや福島第一原発、津波と原発事故の被害を同時に受けた地区、原発事故当時に住民が実際に避難に利用したルートをたどり、たった1回の原発事故がどれだけの被害を生んだか、8年たった今の福島を一緒に見て肌で感じることができた。初めて見るひとにはかなりショッキングな光景だったと思うが、メディアで取り上げられることが少なくなり原発事故が風化しつつある今だからこそ自分の目で福島の今を知ることが重要だと思う。ガイガーカウンターの数値がいきなり上がり警報が鳴る、人がいない町、ゲートによって隔離されている区域、見えないが目の前にある放射線、すべてが8年前から全然変わっていない。この現実を全国の青年部の仲間と共感できたことがとてもいい体験になった。ホテルに戻ってからの分散会では各々どう感じたか、今後どうしていけばよいかを活発に話すことができたと思う。

3日目の分散会での発表は各班でまとめた意見を発表し、さまざまな意見を聞くことができた。同じテーマあってもとらえ方や見方が変わればたどり着く答えが変わり、また新しい考え方を知ることができる分散会を全国の仲間たちと3日間できたことはとてもいい経験になり今後の活動に役立つヒントを見つけられたと思う。中央本部総括では「人として、国民として、労働組合員としてスキルアップしている」「この経験を持ち帰り地元でどう広げていくかが大事」とこれから活動していくうえでのモチベーションを上げることができた。

この3日間全国の仲間たちと学び、交流し、たくさんの意見を交換することができたと思う。再会する人も初めて会う人も分散会やフィールドワーク、懇親会などで仲良くなることができた。2次会のカラオケでは同じ曲を歌い続ける異例のカラオケだったがみんなで歌い、笑い、各地方関係なく肩を組みながら全員で楽しむことができた。この貴重な体験ができる青対を無くさないためにも全国の青年部が1つになり活動していかなければならないと改めて感じた。フィールドワークを通して原発事故の現状を知り、見えない放射線の怖さを知り、核に関しての考え方、とらえ方が変わった今、福島だけでなく各々の地元で起きている原発問題や反核運動に関心を持ち行動し、全国の仲間と情報を共有することが大切だと思う。今年も地元の東海村でJCO臨界事故集会が開かれるが、まずは地元の私たちがしっかり運動を盛り上げていき、全国の仲間たちにしっかりと報告ができるように地に足をつけて運動をしていきたい。

 

東北地方ひたち支部青年女性部幹事 木村貴弘

 

今回初めて青年対策交流集会に参加させていただきました。原発についてのフィールドワークや分散会を経験し、とても勉強になりました。分散会に関しては、全国の青年部と原発に対しての討論を行いました。原発が無い地方の人もいて、関心がないのではないかと不安もありましたが、最初から関心を持っていただいていたので安心しました。分散会で原発の濃い内容を全国の青年部と話し合い、自分のスキルアップになりました。

フィールドワークに関しては、福島の現状を肌で感じることとなりました。見るのは2回目ですが、何度見ても福島の現状は変わっておらず心が痛みました。福島を見ていつも思うことがあります。何故自分の家なのに帰ってこられないのか。何故福島の子供が安心して学校生活を送れなくなってしまったのか。すべてはこの日本に原発があるからです。

原発は私たちの生活を一瞬で奪っていきます。その中、国は国民の平和な日々などと言っています。しかし、原発がある以上平和な日々・安心した暮らしは到底できません。子供たちが安心して暮らすためにいち早く原発を廃炉にしなくてはなりません。そのため一人一人が原発は危険なものだと周りの人、子供たちに伝えていく必要があります。私は国の政権を変えられるよう原発廃炉になるまで取り組んでいきたいと思います。

 

 

東北地方青年婦人部塩竈支部塩竈分会 小國巧美

 

6月1日から三日間、東北福島で行われた青対に参加した。今回の青対は原発をテーマに分散会、被災地フィールドワークを行なった。

1日目は各地方活動報告、現状での原発に対してどう思うかを分散会で話し合った。分散会は7班に分けて行われ、自分の班では原発不必要という意見とどちらでも良いという意見が出た。メリット、デメリットを考えるとデメリットの方が大きいので原発は必要ない。安全性を確実に確保できるなら原発はあっても良い。風力発電や火力発電でなんとかなるなら必要ないのではないか。震災での原発事故後、現状子供を安心して外で遊ばせられない。事故での直接的な影響もあるが間接的な影響もかなり大きい。処理する際に費用がかかり過ぎる。原発が必要か不必要かで言えば不必要がほとんどの意見だった。

2日目は被災地フィールドワークに参加し、最初に夜ノ森の帰還困難区域を見学し境界の確認をした。次に富岡駅を目指し、近くの陸橋から福島第二原発を確認した。富岡駅周辺は以前行った時にくらべ被災した家屋が無くなり、駅も新しく建て直されていた。その後に震災時のままなっている請戸小学校を見学し、地区で亡くなった人達の慰霊碑に黙とうをし、昼食をはさみ、津島へ震災時にみんなが避難に使った道を辿り向かった。津島ではガイガーカウンターを使って放射線量の確認を行なった。道端がとくに高い数値が出ていた。その後カウンターの数値を確認しながらホテルに戻った。

2日目の分散会が行われた。前日の分散会での議題も含め、フィールドワークに参加しての感想、原発に対しての想い、全国の脱原発に向けた青年部の取り組みについて話し合った。前日の分散会以上に、原発に対しての強い反発をみんなの意見から感じることができた。目に見えないモノへの恐怖や不安などの意見が多かった。これまで以上に積極的に脱原発のイベントへの参加はもちろん、声を上げて継続して取り組んで行くことが大切だと気付いた。

今回の青対に参加し全国の仲間との交流を通して、改めて仲間との繋がりの大切さを実感した。そして、その繋がりを作ることの出来る青対の素晴らしさを感じた。今後、支部分会で今回感じた事を広めていきたいと思う。今回参加できて本当に良かったと思いました。

 

 

東北地方青年婦人部宮古支部 遠藤翼

 

2011年3月11日のあの日から8年が経ちました。震災の傷跡から、少しずつ復興に向かっています。しかしその中でも未だあの悲劇の生々しさがそのままの形で残っている場所そこが福島でした。私は事前フィールドワークに参加できず、実際にこの目にするのは初めてだったのですがネットやメディアから得る情報より実際に現場で目の当たりにした光景に言葉が出ませんでした。帰宅困難区域という言葉は知っていましたが、実際にどのような場所なのか、現状はどうなっているのかを目の当たりにし、全てが想像以上の光景でした。たった、塀を一枚隔てて人間が住んではいけない場所がこの日本にあることが信じられません。塀の外から覗ける光景はこちら側と何も変わらないとてもキレイな街でした。しかし、未だあの悲劇から立ち直れない人達のことを思うととても胸が苦しくなります。そして現場でガイガーカウンターを使用して初めて放射線というものを目にしたとき正直、気持ち悪かったです。なぜなら目に見えなく臭いもしなく、それでいて浴び過ぎれば身体にとてつもない悪影響があると知っていたからです。なぜ人間はこのような物質?を制御できると思ったのか不思議でした。

自分が小さい頃は、原発は夢のエネルギーとして学校で教わっていました。なぜなら1機で何万世帯の電力をまかないつつ、火力発電のようにco2を排出しないクリーンで安全なエネルギーだと教わりましたが、今このような事故がおきてからはとてもそうは思えません。たしかに、我々人間は電気がなければ便利な生活ができませんが、危険と隣り合わせのそんな便利さに魅力はないと思うしその犠牲になっている人達のことを思うと、あの日からの復興はまだまだ道半ばだと思っています。そしてそのような状況の中で開催された青年対策会議ですが各地方の仲間とこの気持ちを共有できたと思っています。

分散会では沢山の意見や素直な気持ち、感想などとても内容の濃い時間になりました。そして皆の真剣な考えは東北地方だけではなく全国共通なのだと改めて気付かされ青年部としての団結がより一層強くなったと感じました。また、全国の原発に関する様々な問題についても考えるとてもいい機会になりました。

その他に夜の懇親会などで全国の仲間と沢山話す機会があり、親睦も深まった3日間でした。これからも全港湾青年部として積極的な行動と発言ができればと思います。また、日頃から支部の財政や休みの関係で活動に参加できなく申し訳なく思っていますがこれからも参加できる範囲はありますが積極的に行動していきたいです。

皆さん、3日間お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

 

 

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 阿部敬義

 

今回は東北開催で受け入れ側というのもあり、いつもとは違った緊張感があった青対になったと思います。私は初日から3日間の参加ではありましたが2日目のフィールドワークでバスの運転手を任されたこともあり初めての事だったので内心不安と緊張でいっぱいでした。

そんな中始まったフィールドワークでは全国の皆さん、そして東北の仲間の協力のお陰でスムーズに行えたと思います。私自身何回も見ていた福島の現状をマイクロバスの高い車高でいつもと違う視界の中見たわけですが、道路脇の生い茂る木々やなかなか舗装されない道路などあり、こういったものも原発事故の影響のひとつなのだろうと改めて思いました。

私は年齢的にも東北開催での青対はたぶん今回が最後になると思いますが、こうやって受け入れ側として参加できた事が嬉しく思っています。

また今回東北青年婦人部の固い絆が改めて感じられましたし、全国の仲間と絆も繋がったと確信しています。そして福島の原発問題は我々東北で戦っていきながら、全国に発信していくことが大事だなと思った3日間でした。

 

 

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 佐藤新

 

6月1日から6月3日まで青年対策交流集会に塩釜支部三陸分会から部長の小林と副部長の阿部と幹事の小野寺の4人で行ってきました。

1日目は分散会で各支部分かれ班を作り原発についての意見交換をしました。それぞれどういった考えや気持ちを話し合いました。夜は懇親会で交流を深めあいました。

2日目午前8時半から午後15時くらいまでの間、原発の現地の視察をみんなで行き実際の現場がとういう状況なのか目で見て感じてきました。戻ってきてからまた分散会が始まり、その日現地を見てどう感じたか、考えが変わったかなどを話し合い各班次の日の発表のためにそれぞれ意見交換や今後の活動にはどうするか話し合いまとめました。またその日の夜も最後の懇親会をし、1日目よりもさらに交流が深まりました。

最終日3日目、前の日分散会で各班それぞれまとめた意見と今後どうするかの目標を発表し合いました。各班から色んな考えや気持ちのまとまった話を聞けることができました。

私がこの3日間で感じたことは、原発はそこにあること自体が間違いだと思うことと、何かあってからでは危険でどうすることもできないと思いました。私はこの目で見てきた福島の状況を私の周りにいる身近の人達にも伝え、少しでも広まるように声をかけ伝えていきたいと思います。この青年対策交流会議はこれからもずっとあり続けてほしいので私もこの活動にできる限り協力し、周りの人達と頑張っていきたいと思います。

 

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 小野寺勇人

 

6月1日から3日にかけて私達三陸分会は福島で開催した青年対策交流集会に参加してきました。1日目は各支部が別れ、班を作りテーマに沿った話し合いの時間が設けられました。テーマが組合関係なくあなたは、原発を必要だと思いますか?不必要だと思いますか?でした。各々意見が出ました、原発が無くても他で電力を補えると思える、もしそれでも電力が足らなかったら節電をすれば普通の生活はできるだろう。しかし、原発がなくなったら原発で働いている作業員の仕事はどうすればいいのか?と色々な意見が出て1日目は終わりました。

二日目は、原発、津波で被災した地域を見学する日でした。皆で帰宅困難区域に向かいました、現地に着くと道路一本挟んで放射能が高い帰宅困難地域、その隣が居住地域と説明されました。正直その説明と光景を目の当たりしたら驚きを隠せません、道路一本挟んだだけで帰宅困難地域と居住地域ってこの差はなんなの?と。車で移動中積んでいた放射能測定器が一部の区間で鳴っていました、車の窓から横を見ると自然豊な川があり、あそこは放射能が高いから入れないと説明を受け非常に残念な気持ちになりました。現地視察を終えホテルへ戻り各班に別れ今日の感想を言い合いました。

三日目になり各班の代表者が意見をまとめ発表する事になりました、私達の班は、原発はいらない、自然を壊し目に見えない恐怖に怯え住めなくなる地域が出てくるのなら原発を廃止してほしいと発表をしてきました。

この青対に参加し改めて原発の恐ろしさを勉強してきたと思いました。

 

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 小林頌悟

 

6月1日から6月3日まで 小名浜で行われ全体で63名の方が参加しました。三陸分会からは、小林、阿部、小野寺、佐藤の4名で参加しました。私は青対参加 2回目で部長での参加は初めてでした。

1日目の活動報告、自己紹介では北海道から1名で20歳の方が参加をされている事を知り驚きました。その日の分散会では 7つの班に分かれ私は6班でした。分散会の内容は組合抜きで震災前の原発の印象について議論しましたが、正直私は原発について組合なしで考えると何も感じなかったです。学校の授業で少しだけ触れたことがありましたが、非常にクリーンなイメージが強かったためあまり考えてなかったのが正直な所です。

2日目はフィールドワークで今の福島の現状を見ました。 高速道路を移動中、汚染土が積み上げてあるのやモニタリングポストの表示を見るとなんだか気持ち悪い感じがし、夜ノ森に着き帰還困難区域ともう住める地域の境目を見て、道路一本で分けられている現状を知り、自分が住める地域だった場合道路一本で大丈夫といわれても戻る気は起きないと思いました。また、小さい子供がいた場合、フェンスで区切られた8年前から手付かずの所を、目には見えない放射能があるから入れないと説明も出来ないと思いました。

そして一番印象が強かったのが、両側帰還困難区域なのに道路だけは通れる地域です。復興の為とはいえ本当に大丈夫なのかと感じ、常にガイガーカウンタを持っている訳じゃないし不安になりました。請戸小学校のエピソードでは 生徒の事を信じ高台に生徒を連れて行く先生の勇気に感動しました。津島では原発からかなり離れた所にあるが、その日の風でそこの線量が高いという話を聞き、津波から逃げなければいけない人が津島で多く被曝したと聞き、目に見えない物なので被曝したことにも気づかない方も多かったのではないかと思いました。

その日の分散会では、今の福島の現状を見て考えは変わったか、これからどのような活動をしていくかを話し合いました。もしその立場になったとき帰る家だけではなく故郷も失い子供にも思い出を話せても見せてやれない辛さや、自分が被曝しているのか分からない不安などを考えると日本各地に原発はありますが、いつこのような事になってもおかしくないので排除すべきと強く思いました。またこれからどのような活動をして行くべきかですが、まず今回のフィールドワークをなるべく多くの方に伝え 1人1人が原発反対と言う意志を持ち今の日本を変えるのは選挙だと思うので積極的に参加をして行こうと思いました。

最後に今回の青対に参加して、全港湾の強い横の繋がりを感じ、これからも組合活動に参加したいという声も聞けたことが大変嬉しく思いますし、この様な活動を失くさずに続けて行きたいと思いました。

 

 

東北地方青年婦人部酒田支部東北地方青年婦人部財政部長 田中俊介

 

6月1日〜3日まで福島県いわき市にある「小名浜オーシャンホテル&ゴルフクラブ」にて第22回青年対策交流集会が行われました。

初日の中央本部のあいさつで、鈴木誠一副委員長が「22年前長崎の佐世保で行われた青対は、労災職業病対策会議とか地方港対策会議の会議止まりで、現地で若者が集まって交流をし、横の繋がりを作るというところから、交流をつけませんか ?」という青年対策会議の始まりのお話などをしていただきました。その後は、グループに分かれて分散会をしました。テーマは、原発は必要だと思いますか?不必要だと思いますか?の内容で話し合いをしました。

2日目は、被災地フィールドワークを行いました。被災地を見た感想は視察をしてみては、避難困難区域の空間放射線量が3〜4マイクロシーベルトに対して地面の上が5倍くらいの15マイクロシーベルトという異常な放射線の高さや、何も対応がされてなさそうに警備などの配置など対応がされてない事感じました。

フィールドワーク終了後は、フィールドワークを経てどう感じましたか?また、1日目から考え方は変わりましたか?についての分散会では、「目に見えない、臭いもない、色もないのが見える恐怖よりも見えないというところが恐い」「ガイガーカウンターの音が気持ち悪かった」などの話があがりました。

青対に参加し学んだことをすること自分なりに被災地の状況などを家族や仲間に話して行きたいと思います。夕食の時は、いろんな支部の人達と交流することが出来たおかげで、飲んで、食べて楽しい時間を過ごすことが出来て嬉しかったです。

 

 

東北地方青年婦人部酒田支部 髙橋一馬

 

6月1日から3日に渡り、福島県いわき市にある小名浜オーシャンホテルで行われた、第22回青年対策交流集会(以下、青対)に参加しました。自分自身初めての青対の参加だったので、多少の不安などがありましたが、東北地方青年婦人部の仲間からの支えや全国各地から集まった仲間たちとの協力のおかげで3日間とても有意義な交流をできたと思います。

初日の開会の挨拶で、鈴木誠一副委員長から青対の成り立ちや、青対を行う意義等の話がありました。次に新妻委員長からは、3.11の震災での影響を今でも受けている福島の現状、そして原発をなくするにはどうしたらいいのかなどを今回の青対で学んで、各支部に持ち帰ってほしいという話もありました。その後、各地方活動報告と自己紹介が行われ、各地方青年部がどんな活動をしているのかを知ることができ、また自分達にも取り入れられる活動等があったので自分の支部に持ち帰って意見交換していこうと思いました。開会の挨拶が終わり、その後各班に分かれて分散会が始まりました。テーマは、「原発は必要か不必要か」でした。自分たちの班では、原発のメリットデメリットを話し合い、メリットに比べデメリットが大きすぎる、絶対的な安全保障が行われていないのであれば必要ではないという意見が出ました。その他にも、東北以外の地方の人たちがこの福島の事をどのように思っているかなど、それぞれの想いや意見を聞くことができ、とても参考になりました。

2日目は被災地フィールドワークということで、被災地である夜ノ森、富岡駅、請戸小学校、浪江町慰霊碑、津島を巡ってきました。初めて夜ノ森の帰還困難区域を見た時に、見た目では普通の街となんら変わりないこの街に人がいないという現状を知って、最初は言葉が出ませんでした。その後、ほかの場所を回ってみて、今回見た被災地は天災と人災との両方に襲われたのだと感じました。フィールドワーク終了後、被災地を実際に見てからの分散会を行いました。そこで、意見の変わった人や、更に原発をなくしていく運動に積極的に参加していこうという意見がでました。

最終日は前日の分散会の発表会でした。各班の考えや意見を発表し、人それぞれの色がでている良い発表になっていたのではないかと感じました。最後に中央本部総括でこの青対は青年部員の質の向上を図る為の会議で、今回は個々のスキルアップが見られてよかったという話を聞きました。今回の青対を通して、福島県や原発のことを各地方の人たちがどう思っているかを聞くことができ、次からの青年部の活動につなげていけるいい経験になりました。このことを支部に持ち帰りしっかりと伝えたいと思います。

 

 

東北地方青年婦人部酒田支部部長 髙橋恵太

 

今回小名浜オーシャンホテルで開催された青対に3日間初めて参加しました。

1日目の開会式では、鈴木誠一中央副執行委員長のあいさつを聞き、全港湾は戦後すぐに20代の青年達が戦後復興のためにつくったという成り立ちを知りしました。また東日本大震災直後の小名浜港には外航船が全く入港してこなかったことや、横須賀基地の米軍が一斉に帰国したことを知りました。

2日目はバスで帰還困難区域の境界までフィールドワークに行きました。この区域の現状は8年前の震災当時のままで、草木が生い茂り人も住んでないいわゆるゴーストタウンと化していました。最初に夜ノ森に行き帰還困難区域の境界を視察しました。そこでは自分達が立っている道路と目の前にあるゲートの向こうは一体何が違うのかという疑問と、道路を一本挟んだ民家も区域内の民家も同じような地震被害を受けているのにこの境界の差や区切り方はおかしいと思いました。まだ新しい住宅やアパートも沢山あり勿体ないと感じました。次に行ったのが福島第二原発まで2キロ位しか離れない富岡駅陸橋に行きました。そこで初めて自分の目で原発というものを見ました。すぐそこにある原発から放射線が漏れていたと考えるととても不気味だなと感じました。そのあとは国道6号線を北上し福島第一原発がある大熊町を縦断しました。この大熊町も帰還困難区域で、道路両脇の民家や大型店舗はバリケードがされているのに真ん中を通る国道は復興の為なのか車なら通行できこれもおかしな線引きだと思いました。次に行った請戸小学校はすぐ目の前に海があり津波被害を受けたが男の子の児童が案内した避難経路で全員が無事助かった場所であり、このエピソードはとても感動的でした。そして高台にある慰霊碑に行き黙祷し、最後に津島を放射線量を測りながら登りました。平地よりも山の方が風の流れをくい止めてしまうので草や土壌の線量は高く、草むらを歩いたりガードレールに触れたりするのに少し抵抗がありました。

フィールドワークからホテルに帰り各班に分かれ分散会を行いましたが、実際に自分の目で被災地を見ると原発はいらないと思いました。やはり目に見えない臭いもしないわからないことが一番恐怖だと感じました。原発は効率良く発電できるとは思うが、使用済み核燃料の最終処分法が無いことやトラブル時の対処法も明確なものが無い、放射線は人体に影響を及ぼす等メリットよりもデメリットの方が多く非常に恐ろしいものだと思いました。

この青対に参加してより一層脱原発への思いが高まり今回学んだことを支部に持ち帰り周りの人間に伝え、今後の脱原発運動、青年部活動に活かしていきたいと思います。

 

 

東北地方青年婦人部秋田支部 鎌田聖貴

 

今回初めて全港湾青年対策交流集会に参加させていただきました。2泊3日の日程で参加して中央本部鈴木誠一執行副委員長のお話や分散会、フィールドワークなどとても良い貴重な体験になりました。

分散会では班別に分かれ、原発について議論しました。活発な意見交換が行われ、全国の仲間達の思いや考えを聞けてとても中身の濃い分散会になりました。

フィールドワークでは原発周辺の地域や津波で流された町、子供たちがみんな津波から逃げ切った小学校、浪江の慰霊碑、今も高放射線量がある津島という地域にも行きました。原発周辺の地域では、今もなお震災当時のままで、テレビなどで見る福島の復興とは程遠いものでとても悲しい気持ちになりました。その後に浪江の慰霊碑に行き、被災者の気持ちを考えると言葉が出てこず胸が苦しくなりました。それから津島の地域で放射線を測りました。そこの放射線量は基準の数十倍も高くとてもびっくりしました。地元の人がこれから先、何十年、何百年もと見えない恐怖と付き合っていくと考えると改めて原発は不必要だなと思いました。

最後に、全国青年対策交流会議に参加して始めは緊張や不安が有ったですが全国の仲間達がとても話やすく、良い人たちだったのでとても助けられました。これからも全国の青年部同士の横の繋がりを大切にして青年部の活動に活かし、努めていきたいと思います。

 

 

東北地方青年婦人部秋田支部 佐々木駿平

 

6月1日(土)〜6月3日(月)にかけて、福島県いわき市で行われた全国青年交流会議に参加しました。

初日は、15時から始まり、中央本部副委員長の挨拶で、青年部の歴史や福島の原発についてより詳しく知る事が出来ました。分散会では、自分が今原発についてどう感じているか、話し合い「どちらでもない、反対、日本では核を禁止しているのに、何故核を使う?」などの意見を聞き、原発に興味をもちました。

2日目は、被災地フィールドワークの後、分散会を行いました。被災地フィールドワークでは、自分が思っているより帰還困難区域がひどく、道路以外が立ち入りを禁止され、自分の地域にある森林と景色が変わらないのに帰還困難区域になっていて、目に見えない放射線が改めて怖いものだと感じました。分散会では、初日に「どちらでもない」と答えていた人達も、現場を見るとみんなが「反対」と言う意見にまとまり、とても有意義な分散会になりました。

今回初めての青年対策交流会議に参加して、いろいろな方と交流を持つことができ、今まで知らなかった話しなどを聞く事が出来ました。フィールドワークや分散会を通じて、どのような行動をしていかなくては行けないのかを再確認する事が出来ました。大変貴重な3日間になりました。

 

 

東北地方青年婦人部秋田支部部長 石成大地

 

福島県いわき市小名浜で行われた第22回全国青年対策交流会議に初めて参加させてもらいました。

1日目は各地方活動報告と分散会でした。各地方活動報告ではそれぞれの地方、地域、地元での問題や支部ごとに行うレクレーションなどといった支援や行事を活発に行っているのがわかりました。

分散会では7つの班にわけて「原発は必要か、不必要か」をテーマにフィールドワークする前にどう思うのかを班ごとに意見を出し合いました。私は、原発事故前までは原発に対してただ電力発電が多い方法であり、私の県にないという理由もありあまり向き合ったことはありませんでしたが、事故後は原発の怖さや人に対して甚大な影響を及ぼすから不必要だと思いました。しかし、自分なりに勝手にほとんどが不必要だと思い込んでいたので今回の話では必要と言う意見を聞けました。

2日目はフィールドワークで実際に被災地を見て回り、その後前日の分散会から考えは変わったのかを話し合いました。フィールドワークでは開催前に事前にコースを回ったのですが、率直な感想でいつ来てもすごく悲しい思いや何も変わらなさを感じて、復興と言っているが現状は、表は綺麗に復興しているように見せているが、今でも復興なんて目処も立たないくらい裏では何年経っても進まないと思いました。そして、今現在原発や津波で被災され避難されている人々がいる中で本当の復興とは、景色などが綺麗になるのではなく、被災された町で育った人々が帰ってこられる環境や設備が整い、そこに人々が帰ってくることだと思いますが、正直8年経っても全然帰ってこないし、帰らないという人がいる中で原発は人々の地元や故郷での生活や人の人生までも破壊する危険なものだなと考えさせられました。

フィールドワーク後どう変わったかに関しては全く変わりません。むしろ怒りと憎悪しかありません。前日、必要と答えた人もフィールドワーク後は不必要に変わりましたが原発によって仕事があり、生活が出来る事や町が豊かになるなどはあり原発をなくしたくないなどという意見などもあるので人々それぞれだとは思いますが、人々の町や故郷や生活と家族などを失って人生を破壊される程のリスクがあることを少しずつでも広げていけるように理解してもらえるような行動をしていきたいと思いました。また東北地方以外で全国からの青年部から意見が聞けて、すごくいい勉強になりました。

最後に三日間裏方で動いてくださった、開催地小名浜支部、ひたち支部の方々、三役役員の方々ありがとうございました。また東北地方各支部で協力出来たことは良かったと思いました。そして各地方からの参加されたみなさん本当にお疲れ様でした。

 

 

東北地方青年婦人部小名浜支部 丹野泰希

 

6月1日から3日まで小名浜オーシャンホテルで開かれた第22回全国青年対策交流集会に参加してきました。

まず初日から7班に分かれて分散会を行い原発についてというテーマで必要か不必要かという内容で話合い自分達の班では不必要だという意見が多く、どちらともいえないという意見もありました。他にも原発があるメリットとデメリットにも考えてみた結果メリットがあまりなく現状の安全確保がない、事故が起こった際に現地だけではなく物流や経済にも与える影響は大きい、子供を安心して外で遊ばせることが出来ず、目に見えない恐怖に怯えるなど、ほんとにたくさんのデメリットばかりが出てくる結果となりました。

2日目は朝から実際に原発事故が起こり避難区域や帰還困難区域になったとこに見学に行くフィールドワークを行いました。参加者の中でも初めてそういった現場を見る参加者も多くバリケードやロープ張られた内側は帰還困難区域でそのすぐ外側は解除される矛盾やまだまだいたるところにある汚染土が入ったフレコンバックの山々や帰還困難区域の中を通る未だに高線量の国道114号など非日常な生活の景色ばかりで参加者の中でも言葉にならない複雑な気持ちだった人は多いかと思います。自分自身も福島連帯キャラバンに参加し、この現場を見てきていますが状況はいい方向に変わってきてないのではないかという不安がありました。フィールドワークが終わりまたホテルに戻りまた分散会をし、昨日に引き続き原発のテーマでフィールドワークに行ってどう感じたかや今後青年部として原発問題に取り組むかというテーマがありましたが、その中で出たいろいろな人に原発問題を知ってもらい自分達の意見を聞いてくれる政治家を選挙で選ぶというのがありました。これに自分も強い共感を持ちました。今までも自分達は反原発・脱原発を訴えデモや集会に参加してきましたがなかなかそれが政治に反映されにくかったですが自分達で変えて行くしかないと思いました。もちろんこれからも引き続き反原発運動は止めることなくより活発にし、より全国に発信しつづけるのが大事だと思います。

最後になりますが今回の青年対策交流会議は大成功に終わったと思っています。それも東北地本の伊坂部長、武田書記長らを筆頭に支部の幹事やみんなが団結して盛り上げていけたからだと思います。分散会では活発な意見がでるよう積極的に発言をしたり、フィールドワークでは他の参加者にわかりやすい説明や案内など細やかな努力の成果があったからこそだと思います。今後はこの結果を自信に変えてこれからの運動も頑張っていきたいです。

 

 

東北地方青年婦人部小名浜支部 矢内誠也

 

6月1日から6月3日までの3日間、第22回青年対策交流集会へ参加をしました。

東北の団結と誇りを持って作った内容を開催地として全国の仲間に見てもらい、現状を知ってもらおうと思いました。

1日目各地の仲間が小名浜へ集まり、15時より青年対策交流会議が始まりました。中央本部青年担当の鈴木誠一さんよりお話をいただき、続いて東北地方委員長の新妻さんからもお話をいただきました。

次に各地方の活動報告を聞きました。各地方が地元をはじめ様々な所で、色々な活動をしていることに良い刺激を受け、良いところは参考にしていきたいなと思いました。

その後各班に分かれて、分散会へと移りました。現段階での原発に対しての想いや知識についてそれぞれの考えを聞きました。原発事故や原発に対しての怖さが、あまりにも全国に知られていないことに驚きました。

私からは震災、原発事故当時の話やフクシマ連帯キャラバンについて少し話をさせていただきました。その夜は初めて出会った人もいたので、多くの方とお酒を飲み交流をさせていただきました。

翌2日目は原発事故の避難区域に指定されている地域を含む被災地へ行き、フィールドワークを行いました。事前に東北地方で考え決めたルートを全国のみなさんへ実際に見てもらいました。人が住めなくなった町、線量計の警報が鳴る地域、事故を起こした福島第一原発などを見学してもらいました。これが福島の現実、原発事故の真相です。衝撃が強く、数値の高いところを見てもらうことに戸惑いはありましたが、見ていただいて良かったと思いました。

ホテルへ戻ってから実際に被災地域をみて、どう気持ちが変化したかの話を聞くと、驚きの声また、恐ろしい、これはありえないなど率直な生の声を聞くことが出来ました。危険だ、怖い、これはおかしい、普通ではない。私達は被災地の人間が忘れかけていた感情を改めて思い起こさせて下さいました。

私達東北、福島を助けていただくには今回皆さんに見てもらったこと、思った素直な声を1人でも多くの人に地元で伝え、広めていっていただくことだと考えています。

これからも全国の仲間と共に、全国各地の原発を止め、脱原発社会へ向けて取り組んでいきたいと思います。

 

東北地方青年婦人部八戸支部部長 夏堀陸

 

今回の青年対策集会は青婦部の活動として2回目の参加になりました。福島の原発問題、東日本大震災後の福島県の状況を知る機会は今までにもあったのですが、私用があり参加することができなかった為、初めて自分自身の目で福島の現状を見ることとなりました。悲惨な現状というのは聞いていましたが、道路一本を挟んで立ち入ることができる範囲とできない範囲がある、また基準値を大幅に超える数値が出ているという事を知り、今もなお不安と恐怖を抱えながら県民は生活をしているのだとわかりました。今回の青年対策会議を通して、原発は全面的に反対してなくさなければいけないとより強く思いました。そのためにも、青森県である4.9反核燃の日全国集会をもっと広げていくこと、そして他の地方でも反核運動があるので、率先して動員していくことが大事だと感じました。また若い人にもっと選挙に行かせて、政権を変えなくてはいけません。残念ながら青森県の投票率はとても低いのが現状です。それは県民の危機感が足りないのが問題なので、もっと力を入れて運動していこうと思いました。今回の青年対策会議は東北が主となって行いました。三役、小名浜支部、ひたち支部のみなさんのおかげで大成功という形で終われました。皆さんの姿を見てこれからの意識も変わりましたし、自分自身がどうなっていけばいいのか良い見本になりました。これからも頑張って組合活動に、より八戸支部積極的に活動していきます。みなさんお疲れ様でした。

 

 

東北地方青年婦人部八戸支部 荒木地賢悟

 

今回、初めて青年対策交流集会に参加させて頂きましたが、本当に参加して良かったと思いました。私は今まで東北地方青年部の交流会や学習会、県民集会などで何度も福島に行き、震災直後から今までの福島の現状を目の当たりにしてきました。福島に行くたびに少しずつ復興されているなと感じる反面、震災から8年たった今尚、原発のせいで手付かずの地域や全くひと気の無い帰宅困難区域を見ると今でも考えさせられるものがあります。フィールドワークを行う前の分散会「組合を抜きにして個人的に原発が必要かどうか」というテーマに対して私の班では8人中2人がどちらでもよいと答えました。2日目のフィールドワークで今の福島の現状を見学し、放射線量を計測しながら目には見えない恐怖を感じ、自分の家にも帰れない人たちの気持ちを持ち帰って行われた2度目の分散会「フィールドワークを終えて原発は必要かどうか」というテーマに対しては、8人全員が原発は必要ないと答えています。現状を見たり知ったりするまでは人はイメージ出来ませんし、考えろと言われても無理だと思います。だから実際に福島の現状を見てみてから人の意見や考え方が変わる。それこそが原発は必要なのか不必要なのかという事に対する答えだと私は思っています。

夜の懇親会、これぞ青年部というパワフルな交流を見ていると本当に何でも出来るような、何でも変えられるようなそんな団結力を感じます。

最後になりますが、青対で学んだ貴重な経験や体験はしっかりと地方に持ち帰り、皆に広めていきたいと思います。全国から集まってくれた仲間たちに感謝申し上げて青対の感想とさせていただきます。ありがとうございました。

 

東北地方八戸支部東北地方青年婦人部副部長 小川諒

 

東北で受け入れをした今回の青対は贔屓目なしで成功におさめることが出来たと思っています。受け入れをすると決めてから開催まで、皆が協力して全国に呼びかけて東北一丸となって青対に向かい、そして当日集まった東北の37人の仲間達が得たものは計り知れないと思いました。

青対は自身2度目の参加で、前回参加したのは北海道でしたがその時も参加前後での意識の違いは明白でした。今回は受け入れ側ということで立場も前回と違って東北の副部長ということで書記長はじめ段取りを主にしてくれた仲間達の苦労には遠く及びませんが開催中は仲間達以上に頑張ろうと気を引き締めて臨みました。

肝心の内容であるフィールドワークも分散会も満足の行く結果で、夜の懇親会も遅くまで全国の仲間と交流を深めることができました。全体を通して東北の人たちだけが固まることもなく、側から見たら誰が東北かわからなくなるくらい皆が馴染んで交流していたと思います。

今回の青対で得たものは間違いなくこれからの活動の糧になると思っています。青年部としては残り2年程ですがこの経験を自分のために、これからの後輩達の為に活かせるように頑張りたいと改めて思いました。

 

東北地方青年婦人部八戸通運支部 岩沢

 

今回初めて青対に参加しました。始まる前は知らなかった福島の被災地の現状を知ることができ、あまり関心のなかった脱原発運動がとても重要なことだと実感することができました。そして各地方の青年部の皆さんと団結し、これからも活動していきたいと思いました。

 

 

東北地方青年婦人部八戸通運支部 滝本春仁

 

今回初めて青年対策交流集会に参加させていただきました。全国から来ていただいた人達と原発について討論をして自分たちとはまた違う考えを教えていただき新しい発見などがありました。どれだけ原発が危険な事なのか、キャラバンなどを通して自分が見て、感じてきた物をどのようにして全国の皆さんに伝えればいいかなど自分なりに考えてお話させていただきました。全国の皆さんもやはり原発と言うとテレビでしか見たことのない情報でどれくらい凄いものなのか、どれくらいの恐怖を福島の人達に与えていたのか生で見るまでわからなかったと言う意見の人たちが多かったです。

福島の現状と原発は本当に怖いものだと言う事を知ってもらえて本当今回の青年対策交流会に参加してよかったなと思いました。このような全国の皆さんと交流が出来る場を無くしてはいけないと思うので出来るだけこのような場に参加していきたいと思いました。

 

東北地方青年婦人部八戸通運支部 板橋

 

今回初めての青対参加となりましたが、学ぶ事がとても多かったです。まずは、原発についてです。今までTV等でしか知り得なかった現地の現状を直に見て考えさせられる所がいくつもありました。帰宅困難区域を見ると震災時のまま時が止まったかの様な光景には愕然としました。復興が進んでいるとはいえこの現状は何だろう、まるで忘れられているかの様な異様な雰囲気でした。こんな現状では、誰が戻りたいと思うでしょうか。道路一本の差で帰宅困難とそうでない場所の差が何処にあるのか疑問に思えました。またバス移動中のガイガーカウンターでの測定では場所によってはまだ高い放射線を測定しているのを見て、一層原発は要らないと思いました。その後の分散会では皆の意見を聞くたびに原発に対しての思いが強くなり、自分だけではなく身近な人にもっと知ってもらわないといけないと感じました。そして自分自身もより知識を得るとともに選挙にもしっかり行こうとお思います。次は懇親会です。初参加にも関わらず自分に話しかけてくれた方が大勢いた事には驚きました。またその中で、外に出てお酒を飲みに行き楽しかったです。そして改めて仲間って大事だなと思いました。最後に、今回初めての参加でしたが学ぶ事も楽しむ事もできました。ありがとうございます。

 

 

東北地方青年婦人部八戸通運支部 立山

 

自分は今回、初めての青年対策交流集会に参加しました。どんなことをするのか分からなかったので、少し緊張していました。

1日目の分散会では、原発は必要か必要でないか、と言うことに対し、無くしてしまったら現場の作業員の職が無くなる為必要だと言う意見を出しましたが、ただ被災された地区を見たら考えが変わるかもしれないと意見しました。

2日目になり、フィールドワークをしました。まだ頭の中では、原発は必要だと思いながら、夜ノ森に着きました。そこで見た光景は、予想の斜め上をいっていました。帰還困難区域である所があり、そこが3.8マイクロシーベルト以上の為住めない区域だ、住めないから国が保証する。と言う所までは分かったのですが、道路一本挟んだ反対側の住宅街は、国が住めるから何も保証しない、と聞かされ意味が分かりませんでした。どうゆう基準で測ったのか分かりませんが、国に対して怒りが込み上げてきました。現に保証されない地区には、ほとんど人は住んでおらず、家の周りは草も生え、誰も住んでいない所が沢山あり、見るに耐えない状態でした。自分も、ここに住んでいた場合、避難していると思います。道路の真ん中にあった桜並木がとても悲しげに残っていた感じで、とても印象に残っていました。いつか放射能も落ち着き、住んでいた住人が戻ってこられる用になればいいなと、心から思いました。そして、国は許せないと思いました。

次に、富岡駅陸橋に着きました。ここでは、初めて福島原発を見て、遠くからでも分かる大きさに、こんなのが爆発したのかと思うと怖くなりました。ここは、津波の被害が酷かったのですが、徐々に人も住んできていたので、良かったと思います。

バスに戻り、どんどん進むにつれ、放射線量を計る機械が反応に、時には10くらいまで上がる時もありました。

ホテルへ戻り、2回目の分散会では、自分の意見は180度変わっており、電気は地下発電や、風力発電などで補い、一刻も早く原発を無くした方がいいと言う意見を出しました。

懇親会では、全国の方々と、今日の話しなどをし、本当に、青年対策交流会議に参加出来て良かったと思いました。今後は、人一倍、脱原発を目標に、自分も講演会などに参加し、協力していきたいと思います。