中央港湾団交一時休憩、明日(9日)再開


中央港湾団交一時休憩、明日、9日、再開

 第6回目の中央港湾団交が4月8日開催された。団交の冒頭、組合側より第5回中央港湾団交開催時に上積み行動の詳細を次回伝えるとしていたことについて、4月14日(月)以降の夜荷役拒否を上積みとすると通告、その後、業側から回答を受けた。しかし、業側からの回答に大きな前進は見られなかった。そのため、組合側より産別最賃の具体的引き上げ等の回答を再再度求めた。その結果、業側は検討に少し時間を要するとし、交渉を一時休憩とし、明日、4月9日13時30分再開とした。従って、13日(日)以降のストライキについては、明日の団交を受けての判断となる。
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※港荷労協の団体交渉も4月8日におこなわれ、基準内4400円の回答が示された。しかし、組合側は納得できる回答にないと返上、団交は休会となり、9日に開催される中央港湾団交後に再開される。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

八戸支部 秋山 寛貴

今回青年対策会議に参加して、震災の話や原発の話をいろいろ聞いた中で一番印象に残ったのは鈴木中執の「組合で決まった事に後で文句を言うという事は、戦っている三役に後ろから石を投げているようなものだ」という言葉です。
決まった後で文句を言っている時もあったなぁと反省しました。
名古屋支部の部長が、青婦部に興味を持ってない人をどうしたらいいのかアドバイスくださいと言ったシーンも印象に残りました。
どこの支部もそのような問題があって、みんな悩んでいるのだと思いました。
自分の支部も全員が全員興味を持っているわけではないと感じていたけど、名古屋支部の部長の本気具合を見て、どうすればみんなが同じ方向を向くかもっと考えないとないと思いました。
慰霊碑や津波が来た時から止まったままの時計を見た時、片づけなどあれだけ大変な思いをしたのに自分の中で震災が風化していたことに気づきました。
震災を受けたことを忘れずに、命を落とした仲間がいた事を忘れずに生活なり仕事をしていくことが防災にもつながると思うので、支部で震災のdvdを見たりするなどして風化させない努力をしていきたいと思います。
最後に東北の三役をはじめ各支部の部長や参加者全員で協力して、悪天候の中青年対策会議を成功できて、東北のつながりはすごいと感じました。
そして懇親会は毎日楽しかったです。
初めて会う人がほとんどでしたが、いろいろな意見や考え方を聞けて、感心することや見習わなければならないことが多かったです。
今回青年対策会議を東北でやるということで参加できましたが、また機会があれば参加したいと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部八戸支部部長 栄田祐貴

今回この青対の準備として約一年、東北のみんなと、いろんな案を出しあい、青対を上手く進行して中身ある三日間にしよう。全国のみんなに東北地方青年婦人部の元気な姿を見てもらおう。と始まった2月8~10日第17回全国青年対策交流会議が、宮城県多賀城市で行われました。
しかし、78年ぶりの大雪を記録し、交通機関が麻痺し、スケジュールも大幅に乱れてしまいましたが、みんなと協力し、迅速にスケジュールの変更など行い、青対を無事に終える事が出来ました。
仙台港の視察では、震災時の状況や被害の大きさ、その後の対応など、詳しく説明を受け、改めて災害の恐ろしさ、命の尊さを実感しました。また、福島第一原発の問題は今もなお被害をもたらし、目に見えない放射能が人々の身体に襲いかかっていて、自宅に帰る事の出来ない人が沢山います。
二度とこのような事故が起こらぬよう、自分たちは、一致団結し原発ゼロを訴えていかなければなりません。
この三日間を振り返って、一人一人、意見は違うけど、目指す所は一緒なんだと実感し、全国の仲間と深い絆を作る事ができ、改めて全港湾の素晴らしさを感じました。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方八戸支部 佐々木聖也

僕が17回全国青年対策交流会議で一番思ったのは、全港湾の規模と目標がとても大きいという事でした。僕にとって初めての青対でしたが東北以外の全港湾の方々との交流会で自分の知らない事や支部ごとに違う意見を聞く事ができ、とても勉強になりました。原発問題や憲法改正問題についても、表面上の事だけではなく、安部政権の狙いやなぜ原発を稼働したがるのかという理由まで深く掘り下げて説明して頂きました。僕は青対に来るまでは全港湾とは利益を勝ち取るための組織だと思っていました。ですが原発反対、戦争反対を掲げ戦い、生活の向上だけでなく安全も勝ち取るための組織だということが分かりました。その他にも個人的に心に残っているのは民主主義は多数決ではなく少数の意見を汲み取ることという言葉です。今の国会が民主主義ではないと改めて思いました。これらの事は今回の青対に来なければ分からなかった事です。本当に来てよかったと思いました。それでもまだまだ分からないことがたくさんあるのでこれからも組合活動に参加し勉強していきたいです。

第17回青年対策交流会議に参加して

八戸支部 三浦太一郎

 私にとって初めての参加であり、開催地方の三役として重責を担って始まった、第17回全国青年対策交流会議は、75年ぶりという大雪に見舞われ、その後の進行に不安を感じさせるスタートとなりました。
しかし“東日本大震災から立ち直った東北を全国の仲間に見せよう”というテーマのもと、東北地方青年婦人部の強い団結力を発揮し、何とか成功させることが出来ました。共に成功へ導いてくれた東北や全国の仲間を始め、手助けしてくださった方々に深く感謝しています。
 自分の住む八戸も地震や津波の被害があり、会社や社有車、重機、その後の仕事に多大な影響を与えました。しかし、視察に行った仙台港の震災当時の様子を知り、改めて震災の怖さや命の尊さを知ることが出来ました。また、壊滅的な被害を受けながらも、復興が進む港の様子も見ることができ、貴重な経験が出来ました。
しかし、復興が進む港とは対照的に、福島第一原発の問題は全く見通しが立たず、今も多くの人が帰宅できずにいたり、目に見えない放射能の恐怖に怯えたり、将来に大きな不安を感じている現実があり、今後への課題も多くあることを知りました。
この状況を打開するためにも、また、同じような惨事を二度と起こさせないためにも、全港湾として一致団結し、原発ゼロを訴えていかなくては、と思いました。
 今回の青対は、全国の仲間と絆を深めるのは、もちろんのこと、仲間を守るため、生活を守るために、どのように行動するべきかを学び、また、そのための課題を見つけることができ、とても有意義な3日間になりました。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部八戸通運支部部長 古里昭太

第17回全国青年対策交流会議が2月8日から10日までの3日間ホテルキャッスル多賀城で行われました。自分は初めての参加で、さらに1人での参加だったので緊張と期待でいっぱいでした。
初日の脱原発の講義では自分なりに何ができるか、これからどう行動にうつしていけばいいのかなど考えさせられる講義でした。
2日目に、実際に被災地に行き慰霊碑や震災を受けて止まったままの時計など、
やはり時間はたったにもかかわらず、震災の爪痕は生々しく残っていて改めて胸にくるものがありました。
3日目には全国の青年部の人達とのグループになり、
分散会を行い、大変充実した意見交換ができたと思います。
3日間を振り返ってみると、被災を受けた人達、実際には被災を受けていない人達それぞれが、力を合わせてやっていかなければならないのだと改めて思いました。
まだ脱原発の問題や、復興がまだ進まず滞っている地域があるとゆうこともふまえて、
これから自分たちはどうしていけばいいのか、次の世代に途切れることなくどう伝えていけばいいのか、3日間の経験をいかして、自分にできることをやっていこうとおもいます。みなさん3日間本当におつかれさまでした。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部書記長 郡司 忠

2月8日から10日に宮城県「ホテル多賀城」で行われた第17回全国青年対策交流会議に参加させていただきました。今回の青対は「東日本大震災を風化させない」という題で開かれました。
初日には、東北地方本部委員長の鹿糠委員長、塩釜支部委員長の長南委員長、千葉副委員長から大震災当時と現在に至るまでのお話をお聞きしました。当時苦労されたのは、交通機関の麻痺、連絡手段がなかったため安否確認がすぐにできなかったことが大変だったとお話聞きました。組合員の雇用守るために賃金を法律通りに戻したり、津波で被災された瓦礫の処理や海上コンテナの回収、タイヤの洗車、冷凍関係などの処分作業を行いながら組合員の雇用を守ってきたとお話を聞きました。津波の対策としては、防災マニュアルを個人が各自把握し、避難経路を頭に入れてくこと、避難場所を会社が3階建ての建物を建てたとお聞きしました。
2日目には現地視察ということで南三陸町に行く予定でしたが、前日に大雪が降ったと言うことで仙台港の視察のみとなりました。視察後中央本部の松本書記長から原発事故についてお話がありました。昔アメリカが核の水爆実験を行った際に、マグロ漁船に乗っていた方が被曝した、その実験した地域は60年経とうとしている今でもまだ戻っていない、また放射能の危険性についてお話を聞きました。全国の50数カ所の原発を廃炉にするのにも100年かかると聞き驚きました。脱原発運動だけではなく他の運動でも今市民運動が中心になっているが、国を動かすのにも労働組合が中止になっていかなければいけないとお聞きしました。
3日目には「震災時に我々労働者の条件を守るために今後、組織としてどのような強化をしていくか?」「現在も収束していない原発について」の2つのテーマについて分散会が行われ様々な意見を聴くことができました。
私たち地元で恥ずかしい話でありますが、原発事故を経験したにもかかわらず、風化されつつ問題があります。様々な集会に参加していますが一番感じるのは若い人が少ないのではないかと思います。今若い私達が先頭に立って取り組んでいかなければ今後自然と風化されていくのではないかと思います。何このような事故を起こさせない、仲間たちに同じ思いもさせたくありません。正直何ができるかわかりませんがみなさんと共に頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部書記長 平子瞬也

 2014年2月9日・10日・11日の3日間に渡って、東北地方青年婦人部が受け入れを行い宮城県塩釜市の塩釜公民館と多賀城市のキャッスル多賀城で第17回青年対策交流会議の参加報告書です。東北では4年前に行われていますが、震災後ということもあり全国の仲間たちからの要望もあり東北での開催になりました。
 1日目は集合場所の塩釜公民館には午後からの大雪で予定を大幅に変更することになりました。我々東北の仲間たちは午前中の集合をかけていたため集合場所に着くことができましたが全国の仲間たちは飛行機が飛ばない空港もありました。何名か参加できない地方もありましたが午後三時からは始まりました。まず始めに東北地方青年婦人部部長瀧野進哉部長の挨拶で始まり、続いて東北地方本部鹿糠委員長の挨拶がありました。中央本部執行委員の鈴木中執・小柳中執の挨拶もありました。その後講演と題しまして鹿糠委員長に震災当時の体験談やどう動いたのか話していただきました。また塩釜支部執行委員長の長南委員長と千葉副委員長に支部を守るためにどのような行動をしたか、組合員を守るために会社とどう交渉したか、震災翌日からの町の様子などを話していただきました。
 2日目は視察を南三陸の方を予定していましたが、記録的な大雪で予定を変更して午前中は仙台港のみの視察と説明を塩釜支部の親の方々に行ってもらい震災が起きた時の状況や埠頭の状況などの説明を写真等使って分かりやすく説明していただきました。午後には松本中央本部書記長を講師に脱原発や組合活動について中央本部の取り組みやこれからの課題について自分たちに何が足りないのか、また脱原発への活動を何故するのかなど詳しく講演していただきました。自分は原発から54キロの所に住んでいます。福島は第一原発から30キロ圏内は放射能によってかなり汚染されていることは間違いありません自分たちの故郷へ帰れない避難者はかなりいます。国や東電にこれからも訴え自分たちの福島を取り戻せるために活動していかなければいけないと思います。
 3日目最終日は分散会を行い、大震災が起きたときの対策をテーマに分散会を行ってもらいました。全国の仲間たちが我々東北の仲間たちと共に対策を考えることはとてもいいことだと思いますし震災を經驗した東北の我々・違う観点から支援していただいた全国の仲間たちだからこそ組合のつながりが発揮した絆は計り知れないのだと実感しました。
 最後に自分は今回東北地方青年部書記長として準備してきましたが至らぬ点があり全国の仲間たちに迷惑をかけてしまいました。各地方のみなさん大変だとは思いますが受け入れをこれからもよろしくお願いします。来年は関東地方での開催になりそうですが関東地方のみなさん頑張ってください。本当にみなさん3日間お疲れ様でした。