統一交渉日、行動を背景に回答額の大幅前進を!

全港湾回答額、他団体と概ね2、000円のひらき
統一交渉日、行動を背景に回答額の大幅前進を!

闘争分会の回答状況 
3月28日9時現在、354分会中203分会(57%)に有額回答が示され、回答額平均は2、968円、率で1.04%、昨年同時期と比べ311円の減となっている。妥結分会は依然として0分会となっている。連合や国民春闘共闘の回答額を見ると、概ね5、000円~6、000円の回答となっており、全日通も5、320円で妥結している。全港湾の回答額は概ね3、000円であり、現段階において、他団体と2、000円程度の開きが出ている。本日、3月28日の統一交渉で回答額を大きく前進させる必要がある。
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フクシマ連帯キャラバンに参加して

フクシマ連帯キャラバンに参加して

東北地方小名浜支部青年部部長 郡司 忠
 
3月8日に福島県のユラックス熱海で行われた「原発のない福島を!県民集会!」に参加してきました。福島第一原発事故から3年経った今でも事故の収束のめどが立っていません。放射能汚染による環境被害は甚大で、今でも14万人以上の人が避難生活をして苦しんでいる方が沢山います。
原発事故に対し何の対策もとれず、原発事故の収拾もできないにもかかわらず、安倍政権は危険な原発を再稼働・世界への輸出をしようとしています。この福島第一原発事故を教訓に、このような事故を二度と起こしてはならなりません。そして一刻も早く原発事故を収拾させ、元の福島を返せということを全国に発信していかなければならないという趣旨のもと集会が開かれました。大会後、フクシマ連帯キャラバン隊の出発式が行われました。
 このキャラバン隊は全港湾、全日建、全国一般の三単産の青年層で結成されました。放射能の影響は若い人ほど大きいといわれているなか、若い人の関心が薄れています。若い人から脱原発の運動をつくっていきこの運動を広めて行くと決意のもとキャラバン隊の一員として参加しました。
フクシマ連帯キャラバンは、3月9日からいわき・茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉と日比谷野外音楽堂で行われる3・15脱原発集会を目指し、各県での街宣活動・市と県への要請行動をしてきました。また、福島第一原発から10㎞圏内の現地視察、原発事故による様々な問題に取り組まれている市民団体との交流会では、原発事故の悲惨さ、そして原発事故に対しいかに東電、国の無責任さであるかに驚きました。また、国策で行われた銅精錬による公害で苦しめられた栃木県の足尾鉱毒事件では、昔から大資本と権力者が結託して住民を犠牲にしてきた実態を学習しました。
3月14日の東京行動で、被爆労働者の危険手当と賃金のピンハネをしている前田建設、原発再稼働をしようとし大手企業の利益だけしか考えてない経団連前での抗議行動・座り込みなどを行って来ました。
 安倍政権は、原発の安全確保がされたといい再稼働をしようとしていますが果たして原発は安全なのか疑問に思います。絶対に安全だと言われていた原発のたった一度の事故で、多くの人が家を失い、家族や友達と離れ離れの生活を余儀なくされた方がいる。また、高被曝線量を浴びながら過酷な労働条件で除染作業や福島第一原発の収束作業を行い大変な思いをしている人がいます。福島県内の子供の甲状腺がんの健康調査をしたら44人の子供ががんの疑いが出たと発表されました。放射能汚染された地域の人たちは、放射能と将来の不安を抱えながら何十年も付き合っていかなければなりません。私達の全てを奪い去った原発を、自分の利益の為だけに再稼働をしようとしている大手企業と国民の命と環境を顧みない安倍政権が許せません。二度と繰り返してはならない、私達にと同じ思いをさせたくないと強く思います。絶対に「再稼働停止、脱原発にする。」という思いで、このキャラバン行動で行ってきた事を全国に広め皆さんと団結し頑張っていきたいと思います。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

関東地方鹿島港支部 高橋 匠

2月8日から10日にかけて第17回青年対策交流会議に初めて参加させていただきました。
何十年ぶりの豪雪に見回れて日程を大きく変更しなければいけない状況、交通網の麻痺により途中参加の方や、欠席になられた方がいるなかで自分は3日間参加できて非常に良かったと思いました。
初日は東北地方執行委員会の鹿糠委員長の講話で震災当時の東北地方の様子を知ることができました。
二日目は南三陸町の視察でしたが、雪の影響で行けなくなり仙台港の視察になりました。ここでは塩釜支部の方々の貴重な体験談や、写真などの資料を見て震災当時の様子がよくわかりました。
最終日は各班に分かれて分散会が行われました。いろいろ意見を言ったり聞けたりしてすごい勉強になりました。
最後三日間悪天候のためスケジュールが変更して苦労されたと思いますが、東北地方青年部の皆様本当にありがとうございました。