原水禁広島大会に参加して

原水禁広島大会に参加して

 今回初めて原水禁広島大会に参加させていただきました。8月4日から6日までの3日間で、折鶴平和行進、被爆70周年原水禁広島大会、7つの分科会(平和と核軍縮 1、沖縄と東北アジアの非核化への課題)、国際会議、広島市主催平和祈念式典、原水禁結成50周年シンポジウムに参加しました。
 被爆70周年原水禁広島大会での原爆被害者の原爆投下直後の惨状の語り、高校生代表のスローガン「微力だけど無力じゃない」と「年が経ち記憶が薄れ忘れてはならないことを語り継ぐ語り部が減ってきている、原爆投下の当事者の第一世代の孫の第三世代の私たちが語り継いでいかなければならない」、広島県原水禁代表の「私たちは、確かに原爆の被害者だが同時に原爆投下の原因たる戦争の加害者でもある」という言葉に、もう二度と同じ悲劇をくりかえしてはならない、原爆を、その投下原因になりうる戦争を無くさなければならないと強く思いました。
 今回三日間参加して、知識としては知っていましたが、広島に住む人たちの非戦争、核兵器廃絶の願いに強く共感する三日間でした。一人一人の声では小さいでしょうが皆で集って声を上げ続けなければならないと、絶対に戦争を起こしてはならない核兵器廃絶を目指して団結して頑張りましょう。
 最後に暖かく迎えてくれた地本広島の全港湾の仲間の皆さん三日間本当にありがとうございました。(関東地方鹿島港支部 青年部長 栗俣和夫)


長崎平和学習会に参加して

長崎平和学習会に参加して

 七月十九日に、長崎市において長崎平和学習会が開催されました。総勢で七〇人の参加でした。四国地方青年部から私と新居浜支部の村上さんとで参加しました。
 まずはじめに、A・B・Cの3コースに別れ被曝遺構巡りをしました。私は、Bコース(山王神社コース)でした。一番印象に残ったのは、被曝鳥居(爆心地から三〇〇メートル)です。強烈な爆風により片方の柱は吹き飛ばされ残った片方の柱の上の部分の笠石がねじれて角度が変わっていたこと、熱線により石の表面が剥がれ落ちて、その部分の奉納者の名前が読めなくなっていたことです。私は、目と体で当時の原爆の爆風と熱線を感じることができました。
 次に、被曝講和として下平さくえさんの話を聞きました。お話の中で、米軍は原爆の威力を知るために偵察機も一緒に飛んで記録を残している事知り、私は腹立たしくおもいました。次に、高校生平和大使の活動についてお話がありました。全世界を駆け巡り活動しているのを知りました。次に、中川拓弁護士による安保法制(戦争法)による憲法破壊の講義を受けました。今の政権がどのように憲法を変えようとしているか、変わればどのようになるのかを丁寧に教えていただきました。
 私は、この学習会で学んだことは戦争の恐ろしさと原爆の恐ろしさ、そして今戦争のできる国になろうとしている事です。絶対に戦争はよくないので国民一人一人が自覚を持って抗議していかなければならないと思いました。地元にこの気持ちが伝わるようにこれからは活動していこうと思いました。そして、この学習会に一人でも多く参加できるように考えていこうと思います。(伊達 健太)

 長崎平和学習会に参加して

  今回、七月十九日の長崎平和学習会に参加させていただきました四国地方の村上です。
 高校生一万人署名活動実行委員会の活動報告を聞いて、すばらしい活動をしているんだなと思いました。高校生が世界に向けてこのような活動をしていると思うと日本の平和だけでなく世界の平和に繋がっていくんだなと思いました。
 長崎の証言の会・山川さんによる山王神社コースに参加して、原爆の爆風は秒速二〇〇メートル、熱線は一〇〇〇度以上と説明を受けました。話だけでは想像がつきませんでしたが、実際に山王神社二の鳥居、大楠を見ると原爆の威力に驚きました。鳥居の表面は熱線でとけ、大楠の中には大きな石入っていました。すさまじい威力の原爆を二度と使わせたくないためにできる限りがんばろうと思いました。
 下平さんの被爆体験談を聞いて、自分の家族のこと、友達のこと、周りの人々のこと全て耳をふさぎたくなる内容でした。戦争、核爆弾の恐ろしさを再度痛感しました。今後戦争を起させないよう活動できたらと思いました。
 今回の平和学習会に参加して得た知識や話を少しずつでも周りの人に伝えていきたいと思いました。(村上真也)

 


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して

建設支部太平ビルサービス分会 松岡昭二

 5月14日から四泊五日で〝5・15沖縄平和行進〟に行って来ました。初日、市民劇場で「復帰43年 第38回5・15平和行進全国結団式」が行われました。テーマは、『全国の力を結集して止めよう辺野古新基地建設』です。次に、三単産・全造船結団式で、全港湾沖縄地方本部執行委員長より、沖縄の現況説明と歓迎の挨拶を受けました。その後、元宜野湾市長・伊波洋一講師による沖縄平和学習会にて、辺野古新基地建設反対の闘いと日本の平和について講義を受けました。
・沖縄戦での戦死者は約20万人(内訳:沖縄県民約12万人、県外約7万人、米兵約1.3万人)が戦争の犠牲になった
・米軍は住民を捕虜収容所に入れている最中に、必要な土地を確保(接収)して米軍基地を建設したという事実が特に印象に残りました。
 二日目、早朝にホテルを出発。快晴の中、瀬嵩海岸(せたけ海岸:大浦湾を挟んで辺野古の反対側)で、出発式。大浦湾の青く透き通った海を見ながら抗議行進。その後、キャンプ・シュワブゲート前にて「埋め立て阻止!」の座り込み行動と『5・15平和とくらしを守る辺野古現地全国集会』に参加しました。
 三日目、ギラつく太陽の下、宜野湾市役所にて出発式。普天間包囲コースを宜野湾海浜公園野外劇場まで平和行進。後、集約集会に参加しました。午後からは、南風原(はえばる)陸軍壕病院跡、糸満平和祈念資料館を見学、戦争の痛ましさを肌で感じました。
 四日目、米軍嘉手納飛行場を遠目に見学、午後より沖縄セルラースタジアム那覇にて県民大会。『戦後70年 止めよう辺野古新基地建設!』をテーマに35,000人が集まり、新基地反対を訴えました。稲嶺進名護市長、翁長雄志沖縄県知事の言動は力強く、沖縄県民の民意を代表するすばらしいスピーチでした。
 *翁長知事「どうか、日本の国が〝独立は神話〟だと言われないように安倍総理、頑張ってください。沖縄人(うちなーんちゅ)をないがしろにしてはいけない!」

オスプレイが事故

 私たちが帰阪した5月18日に、また輸送ヘリ「オスプレイ」が事故を起こしました。米ハワイ州オアフ島のベローズ空軍基地で墜落。事故機から黒煙が立ち上り、炎上する様子が映し出されました。乗っていた海兵隊員1名が死亡(後日もう1名死亡)、21名が負傷して病院に搬送されたとの事でした。事故機は沖縄県宜野湾市の米海兵隊普天間基地に配備されている24機と同型です。乗組員の死亡はこれで累計40人に達しました。沖縄の人たちは常に事故の危険に脅かされています。
 来年はまだ行ったことのない人が参加して、この沖縄の現状を感じて運動していってほしいと思います。

辺野古座り込みに参加して

建設支部 飯塚淳平

 沖縄平和行進と同じ時期に辺野古座り込みに参加してきました。キャンプシュワブゲート前のテント村では、朝6時に集合し、7時頃の海保入場阻止座り込み(警察の引き剥がし・拘束)、昼前に島ぐるみバスが到着しゲート前をデモ行進、午後からも工事車両進入時は随時対応、参加者からのアピールや歌を交えた集会、テントを排除しようとする国交省との対峙、という闘いを毎日展開されています。この闘いは沖縄だけの問題ではなく、反戦・平和を希求する気持ち、自然環境、民主主義、法治主義、人権、地方自治、そのすべてが蹂躙されています。この事実は、本土に住む私たちにとっても他人事ではありません。
 非暴力直接行動でたたかうにはとにかく数の力ということで、辺野古に行ける人は行って、行けない人は関心を寄せて情報を広めることや、「戦争につながるものはいやだ」と発信したり、地元のデモに参加したり、取り組み強化してやっていきましょう。
 現地で聞いた「仲間が集まれば、なんとかすることができる」という言葉は、私たちが労働現場でたたかう時と同じです。5・17大阪市解体の住民投票に対する闘いは「オール沖縄」にならったものでもありました。辺野古新基地を止めて安倍政権の暴走を止めよう!


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部部長 下條智史

 2015・5・15平和行進、全国結団式が5月14日(木)那覇市、パレット市民劇場で開かれ県外各地から多くの仲間が集まり辺野古新基地建設阻止!思いをひとつに平和行進を成功させようと四単産で全国結団式に参加した後、三単産・全造船機械・結団式&事前学習会が宿泊ホテル内で開かれ本土団長には、全港湾横浜支部の石原茂治さん・副団長に、日本海七尾支部の秋元良和さんが任命され事前学習会の講師には、元宜野湾市長の伊波洋一さんが辺野古新基地建設反対の闘いと過去の米兵が起こした事件、事故の話や過去に基地が返還され土地改良により大型スーパーやデパートなど観光施設などで雇用も生まれ沖縄に取って米軍基地は、他国の脅威と沖縄の安全を脅かし危険と隣合わせで生活しているとこを全国のみんなに知ってもらいたいと分かりやすく話してくれてとてもいい学習会で初日の日程を終え、翌朝平和行進の出発式が行われる名護市辺野古の瀬嵩の浜に向かい瀬嵩の浜からは、移設予定地が見渡せ予定地を囲うようにフロートで規制されフロートを挟むように海上保安庁とカヌー隊が睨み合っていました。瀬嵩の浜には、1200名の行進団が集結し辺野古大浦湾コースの座り込み行動場所のキャンプシュワブゲート前まで6.6キロの平和行進がスタートしました。日差しが強く途中、給水休憩を入れ残りの長い登り坂を力強く行進団は隊列を切らす事なくキャンプシュワブゲート前に到着しゲート前で座り込みしている市民団体と一緒になって座り込み行動をしました。
 2日目は南コース、北コースに分かれ普天間基地を包囲する形の行進となり四単産は、南コースを行進し自分は、南コースの副団長として初めて大勢の行進団ともに行進し今、沖縄が抱えている問題を平和行進の行動で変えていかなければならないと思いました。また、南コースは、2004年8月13日訓練中操縦不能となったCH53Dヘリコプターが墜落した現場の沖縄国際大学の前を通り集約集会が行われる海浜公園までシュプレヒコールを上げながらひとりひとり思いを踏みしめて無事、事故怪我なく宜野湾海浜公園野外劇場に到着し集約集会で南コースが1200名、北コースが1400名と主催者発表があり鳴り止まない拍手と指笛で会場は平和行進の成功を確かめた2日間の5・15平和行進は無事終え明日の県民大会に向けガンバロー三唱で集約集会終え
 3日目の朝は普天間基地が見下ろせる嘉数高台と嘉手納飛行場が見下ろせる嘉手納道の駅に視察に行き米軍の施設が土・日は、休みのため嘉手納基地から飛び立つ戦闘機の騒音は聞けなく普天間基地に配備されているオスプレイが普天間基地の滑走路脇に止めらている状況でした。午後から辺野古新基地建設阻止行動沖縄県民大会に参加し会場のセルラースタジアムは、予想以上の35000人の参加者が集結し沖縄県知事初め党派を超えオール沖縄を超えオールジャパンになり沖縄の基地問題を日本の問題として考えてもらえるように訴え辺野古には基地を造ららせないこと確認して辺野古新基地建設阻止行動沖縄県民大会は大成功で終わりました。沖縄県知事が言った沖縄県民は奪われた土地に基地が造られた事はあるが沖縄県民が提供して基地を造らせたことは一度も無い!その発言で動かされた沖縄県民の声が今の辺野古新基地建設反対の盛り上がりになって沖縄から全国、世界へ向け平和の大切さを広めていきたいと思いまた。

第38回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本 河野貴博  

 4単産の皆さん5・15平和行進暑い中お疲れ様でした。怪我、熱中症など1人も出さず完結出来たのば皆さんのお陰です。今年は課題が出来たので来年の平和行進では改善して頑張って行きます。また、伊藤顧問、中央本部鈴木委員長の話しを聞いてとても勉強になりました。伊藤顧問が言った、皆さんの地元にも戦地の傷跡があり、それを家族や子供達と一緒に戦地の傷跡を見て学んでほしい事、鈴木委員長の話しでの辺野古問題は沖縄の問題ではなく日本の問題だと言う事でした。
 自分達も沖縄の戦地の傷跡を再度回って勉強しないと行けないと思い、辺野古問題や原発問題、沖縄県民としてではなく、日本国民として今直面する問題を4単産と団結して頑張って行きたいと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本 金城秀直

 三日間通しして、1日目はレンジャーをして交通整理や行進者に呼び掛けをして、みんな団結してるなーと思いました!レンジャーでは車を停めたり初めてだったのでなかなかうまくできなかったので、次また出るときは、自分から率先してやりたいと思いました!2日目は救護車ででした。ケガ人がいなくて良かったです!3日目の県民大会では暑いなか、みんなが団結して無事終われたので良かったです!三日間いい体験ができました!お疲れ様でした!

第38回沖縄平和行進に参加して

沖縄地方青年女性部書記次長 金城雄介

 今年の平和行進は、役員になって初めてでした。1日目は、本土参加者を迎えました。無知過ぎていろんな方に迷惑をかけたことが平和行進の反省点です。2日目は、レンジャーとして頑張りました。初めてのコースでやりずらさはありました。3日目は、宜野湾市役所からのいつものコースで楽しくできました。途中、列が2つ、3つに別れましたが無事ケガ人が出なくて良かったです。最終日は、セルラースタジアムで県民総決起大会ということで、誘導係をしました。
 3万5000人が集まり、皆の思いが凄いなと感動しました。全然球場内に収まらないので、外に設置していたスクリーンにも沢山の人が集まりました。とても日差しが強く暑いなか集まったことが、日本政府に届くことを願ってます。安全な生活を、ぜひ取り戻したいです。日本政府の暴走を止めるには、皆の団結がかかせないです。
 1、2、3、団結!!

第38回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部副部長 山城 隼

 自分は今年の5.15沖縄平和行進でレンジャーの交通責任者のアンカーを務めさせてもらいました。毎年レンジャーで参加してますが去年まではずっと赤レンジャーの班長でした。今年からは初めての交通責任者のアンカーする事になり緊張でした。また今年の行進は今までとは違う辺野古のコースで不安もありました。そして一日目の辺野古に行き大浦湾海岸で出発式を終えて大浦海岸からキャンプシュワブまでの6㎞ちょっとのコースを行進しました。今年は初日から炎天下でかなり気温も上がり、また辺野古コースはアップダウンで道幅も狭く行進団の皆さんも大変そうでしたが、皆で団結しながら無事にゲート前に到着する事ができました。そして初日の行進を終え夜は四単産での懇親会も大いに盛り上がりました。
 二日目は毎年最終日に行進する宜野湾市役所から宜野湾コンベンションまでの慣れたコースでしたが、今年は例年より行進団の人数が多かったせいか途中で隊列がバラバラになったり交差点で隊列が途中切られたりと自分的にはあまり納得のいかない行進にはなりましたが、二日目も無事に何事もなく終える事ができたのでほっとしました。二日目の四単産懇親会は毎年恒例の沖縄地本BBQ~で大盛り上がりで楽しかったです。
 三日目は平和行進では初めてのセルラースタジアムでの県民大会で自分たちは交通整理で参加しました。特に今年は辺野古新基地建設問題あり、この大きいスタジアムにどれぐらいの参加者が来るのか予想もつきませんでした。いざ県民大会が始まると総勢3万5000人と驚くほどの人数でスタジアムに全然入りきれないほどの県民が集まり、県民大会は大成功で今年の5.15沖縄平和行進を終える事ができました。
 だけどまだ沖縄平和行進は終わってはいません。辺野古新基地建設を阻止し、そして沖縄から基地がすべてなくなり沖縄が平和を取り戻すまで平和行進を続けていきたいと思います。最後になりますが2015 5.15沖縄平和行進に参加された皆さん本当にお疲れ様でした。

第38回沖縄平和行進に参加して

沖縄地方青年女性部副部長 知念裕太

 今回辺野古の大浦湾をみながら行進してみて、この海に基地はいらない。この自然を守っていきたいと、改めて思いました。沖縄だけではなく日本の問題として考えてもらえるよう、沖縄青年女性部を中心に団結し今後も辺野古の抗議行動、座り込みを行っていきたいと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部 書記長 與儀泰寛

 今年の平和行進はレンジャーの班長をさせてもらいました。例年のコースとは違って行進距離が短くなりましたが、何より辺野古基地周辺を直接行進できたことが良かったと思います。多くの行進者参加者と共に沖縄の現状を共感できたことに嬉しく思います。
 これからの沖縄基地問題はどうなるかわかりません。より一層厳しくなるはずです。県民のみならず日本全国民の反戦・反基地の意志が強まってきている中、我々全港湾青年部が率先して行動を起こしていかなければなりません。沖縄地本青年部としても出来る限りの活動はやっていきたいと思います。来年の平和行進も頑張ります。


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して

東海地方名古屋支部青年女性部 上條清隆

 私は去年に引き続き今年も参加しました。今年は例年と違い、行進距離が少なく物足りないと思ってたのが大きな間違いでした。梅雨入りしてなかった分、日射しが肌に突き刺さる暑さだったのを今も覚えてます。行進だけを考えると間違いなく去年のほうが楽でした。視察のほうでは【南風原陸軍壕病院跡】へ行きました。ガイドさんに案内され濠の中に入りましたが暗くてとても狭い上に濠内は湿っていました。当時の置いたと思われる薬瓶や米兵に火炎放射器で濠内を焼かれた時に残った杭があり戦時中あの中で無念にも亡くなられた方達の悲痛の叫びが聞こえてくるような重々しい空気でした。その後 2度目となる【ひめゆり平和祈念資料館】に行きました。去年時間がなくて見れなかった所を見ましたがとても衝撃を受けたのはひめゆり学徒さん達の写真とプロフィールでした。その中には私の娘と同じ年の子がいました。言葉を失いました…胸が締め付けられました…この子達はお国の為 お国の為と大人達に言われ続け、訳もわからないまま戦争に加担させられ好きな物も食べられず、好きな事もやれず、色んな事を我慢して過ごしていたのだろうと思うと改めてどこの場所でやろうが戦争は駄目だ!!という気持ちになりました。自分の娘が戦争の犠牲になったらと考えると嫌です絶対に嫌です 気が狂いそうになります。ふと思ったのですが、安倍首相を筆頭に政府の皆さんはこういう所をちゃんと真剣に見たことがあるのか?と思いました。そして普天間基地の見下ろせる高台へ行き その後 嘉手納基地がある道の駅に行きましたが去年と違い、日曜という事もあって嘉手納基地周辺はびっくりするぐらい静かでした。基地が無くなれば毎日がこういう静かな沖縄になるんだと思いました。
 嘉手納道の駅後セルラースタジアムに向かい集会に参加しましたが沖縄の暑さと人の熱気で圧倒されました。確認出来る人数で35000人と言っていましたがスタジアムに入りきれなかった人達もいたのでもっといると思います。翁長知事の辺野古新基地建を絶対に設断念させるという並々ならぬ信念のこもった演説があり鳥越俊太郎氏も熱い演説してました。肉眼では見れませんでしたが会場内に民主党政権の時の元総理大臣だった鳩山由紀夫氏も来てました。興奮冷めやらぬ状態で閉会しました。スタジアムを出ると案の定待ってました!!とばかりに黒い車の人達が大好きなヘイトスピーチをやっていて、暑いのに元気だなと思いました。
 ホテルの部屋に戻り自分に何ができるか?少しでも何かやれることはないのか?自問自答で沖縄の滞在が終わりました。今年は戦後70年の節目であり沖縄では戦後27年後の本土復帰43年目です。沖縄は27年前まで米軍占領の統治下に置かれ日本でありながら日本の憲法は無効でした。米軍占領下の中、沖縄を我が物顔で好き勝手やり、犯罪まで平気で犯していた米兵達。それが今まで我慢してきた沖縄県民の怒りを煽り民意を示しました。そして27年後、条件付きで沖縄が復帰しました。当時、沖縄の方達は返還を大いに喜んだと思います。ですが現状はどうですか?当時の人達はこれを望んだのでしょうか?米軍関連施設が約70%を占めている沖縄は返還されたと言えません。そして今、翁長知事を筆頭にあの当時と同じように沖縄は民意を示してます。安倍政権はこれを無視して強行策に取りかかってます。それを阻止するのは簡単にはいかないしキレイ事だけで理想を追い求めても無理なことも分かってます。結局 私もその中の一人だと思いますが今まで数十年沖縄に任せて見て見ぬふりをしてきた自分勝手な奴でした。多分それは日本中で自分に危害がなければそれでいいと思ってる人間のほうが多数を占めてるのではないかと思ってます。福島や他の土地の原発も沖縄の基地問題と同じように外国政府や日本政府、企業は関心がない事を分かってるので強行策が出来るのです。私達の一番の敵は【無関心】ではないでしょうか。それを一人でも多く【関心】に転換させる努力をしないといけません。いつか絶対!に沖縄の事、福島の事を日本全体で考えていけるようにしたいと思いました。皆さん共に頑張りましょう。

第38回沖縄平和行進に参加して

名古屋支部 杉本 恒

 私は名古屋支部の杉本恒と申します。今年、沖縄平和行進には初めて参加させていただきました。出発日が近づくにつれ、自分の中で「今、沖縄に行って俺は何が出来るんだろうか?たった1日辺野古の座り込みに参加したところで力になれるのだろうか?」そういった思いをいだいたまま沖縄の地を踏みました。
 15日のキャンプシュワブを目指す行進、座り込みへの参加そして、現状。16日の普天間基地を囲む大行進。途中米軍ヘリが墜落した沖縄国際大学があり、あの事故を風化させないために焼け焦げた木の記念碑を見たときは胸が痛くなりました。その後、南風原の陸軍病院跡地やひめゆりの塔、嘉手納基地などを見学し、戦争の恐ろしさ、残忍さを思い知らされました。それと同時に今まで抱いていた「僕には何が出来るんだろう?」という思いが解決されました。
 僕の役目は沖縄の現状、戦争の残忍さ、そして、戦争は2度と起こしてはいけない。この事を友人や家族、子供達に伝えていくことです。最後に私達、平和行進団の受け入れに尽力を尽くして下さった沖縄地本の方々本当にありがとうございました。この2015沖縄平和行進は私にとって一生涯忘れる事の出来ない思い出になりました。


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して

関西地方神戸支部青年部部長 小林 進

 今回で3度目となる沖縄平和行進への参加。空港についてホテルまで移動…変わってない光景、琉球サンロイヤルホテル見て沖縄に来た実感と今年は自分自身に残せる何かをしようと思えた。今回より関西の青年部部長として何もしないわけにはいかないと同時に失敗してはいけないという緊張があった。
 結団式を無事に終えて1日目も学習会で終わる、学習会で一番記憶にしているのはやはり辺野古の話だ。2年前、帰りの空港に向かう前に視察をして今ではテレビにも報道されるほどになってしまった場所だ。
 そして行進1日目も辺野古の埋め立てを阻止するため座り込みをしているキャンプ・シュワブゲートを目的地とした行進が開始される。ここで今回はなにかしてみたいと思う気持ちのためレンジャーに初参加してみることにした。部長という立場で関西のメンバーから離れて行動することになるのだけど、お咎めなく行かせてくれた関西の方々には感謝しています。
 いままで行進団のなかにいた自分だけどレンジャーとして団をみるとすごく長い列ができていた、こんなにも職種もちがう人たちが集まって一つの目的のため歩いていく…なんとも心強いものがあった。でも、みなさん仲がいいのはいいけどお喋りしすぎて列がまばらに伸びていくのは苦笑いしかでなかった。それでも声掛けには反応してくれたのはよかった。1時すぎたくらいだったかな、目的地のキャンプ・シュワブゲートに到着した。そう、今回はいままでと違ってコースも違うし歩く距離もかなり短くなっていた。
 運動不足の自分には助かったが、色々変更してでもやらなければならないことがあるのだろう。
 お昼を終えて3時半くらいだったか全国集会がはじまった…座り込みの人数がかなり多いせいか真ん中で何か喋っているようだが一番端にいた自分には声が聞こえなかった。その間に道路を見ているとチラホラとアメリカの人かな?車を運転している姿もみえた、この人もこの沖縄で普通に過ごしているだけの一般人かもしれない…そう思うといったい何が悪いのかと考えると出てくるのはやはり「戦争」だと思える。自衛のためにといい着々と憲法をかえようとする政府が問題だ。そもそも自衛のためと言って銃口を他国に向けている時点で許してくれる国なんてないでしょ。辺野古の埋め立てもその準備の一つのように感じられる。だから、まずこういうところから阻止できなければこの国でまた戦争がはじまってしまう恐れがある。そんな未来は必要ない。
 そして、二日目は今まで最終日に歩いていたコース、つまり普天間を囲むように歩いて宜野湾海浜公園をめざすルートだった。行進の参加者も増えたなか市街地を歩いていくのを守るレンジャーはなかなか大変だったがやりがいもあった。子供連れの方や仕事仲間の方々と沢山いて長い行進団ができていた。そうなると急ぐ市民の方々に色々言われながらも笑顔でやり過ごして無事にレンジャーをやり通せてよかったと思える。ただ、初日と違って街中を歩くという事は文句を言ってくる人ばかりではなく応援してくれる方々も沢山いた。海浜公園について少ししたら集会が始まった、いつもはここで県民大会があるのだが今回は集会として集まり県民大会は明日となっている。そして、レンジャー二日間おつかれさまと挨拶をしてお昼ご飯にうつった。今回の平和行進は歩くのはこの二日だけなのだ。あまりにも短いようだがこのあとの予定もみっちりと詰まっていた。
 集会を終えてまず南風原陸軍壕病院跡の視察だった。初めてみる壕病院跡、入ってみると湿気のせいかさほど暑くなかった。一番後方を歩いていた自分はちょくちょく後ろを振り返った真っ暗だったLEDのライトがあるからいいもののライトがないと何もない真っ暗闇でしかなかったそんななかでうめき声や叫び声が響くとなると恐怖でしかないだろう。
 外に出ると明るかった。そりゃまだ4時ぐらいだ、明るいに決まっている。でも陽の光を浴びて空が見えるととても開放的だった。そのままちょっとした丘を超えて資料館に向かった。その道にも名前があったが覚えていない…ただその道を戦時中に女学生が飯をかついで走った道だと資料館で放映されていた。資料館はそんなに広くないものの映像を見ていたらゆっくりと見ている時間はなくなった。戦車の残骸が展示されていたのは驚いた。今度はバスで糸満平和記念資料館に向かった5時頃につき閉館が5時半という短い時間だった。何度来てもここは悲しくなるばかりだ。
 ホテルまで戻って、今度は沖縄地本でのBBQだ。恒例行事だが外で食べる肉とビールは美味かった。沖縄地本方々、毎年ありがとうございます。その日はホテルの近くにあるラーメン屋にいったあんかけラーメンは美味しかったが結構はらに溜まった。
 三日目はまず高台から普天間基地を見下ろした、二年前にはなかったオスプレイがずらっと並んでいた。これが今の現実、二年前に平和行進で反対運動しても防ぎきれなかった現実だ。だけどまだ諦めてはいない、まだできることがあるはずだ。この国を今一度戦場に戻さないためにできることはしよう。その高台は普天間が見えるだけじゃなく、その周辺には沖縄戦の傷跡がいくつか残っていた。普天間の次は嘉手納基地の視察だ。でかい基地だった。この設備を用意するのに何億だかかかっているはずだ。
 そして、沖縄セルラースタジアムにておこなわれた沖縄県民大会これは凄まじいものを感じた。そのスタジアムに県民大会のために3万5000人が集まったのだからその熱気は凄かった。途中飲み物を切らした時は熱中症になるのではないかと思えるぐらい暑かった。沢山の人の声を聞き隣にいた知らないおじいちゃんと手を握って平和を願った。ホテルに戻ると気が抜けたのか、疲れがドッとでたので少し寝た。この日の晩御飯はよく食べてよく飲んでよく騒いだ、水割りだったが泡盛も飲んだ以外にものめた。その後、関西でお疲れさま会をしたあとにラーメンをまた前日と同じ店に食べにいった。そこの店主のおばちゃんが平和行進の参加にとても感謝していた。だからまた来年も来るから…と言ったあとに自分がこられなかったら関西からくるやつにこの店勧めておくからと、挨拶をしてホテルにもどった。後は神戸に帰るだけだ、出発までお見上げを買ってのんびりと過ごした。帰りの飛行機は天候のせいでよく揺れた、飛行機の苦手な自分はあまり落ち着かなかった。神戸に着くとまだまだ涼しかった。
 今回の平和行進の参加で感じたのは、県外の頼もしい仲間とも色々やってみたいと思うのと関西にこんなに心強い方々がいることがわかった。反戦はあたりまえだけどそれをどんなに一人で叫んでいても紙くず同然だが仲間がいれば武器にも力にもなる。戦争をなくすことは安易ではないことは分かっている。それでも何もしないで戦争にまきこまれてから後悔するよ、自分のため家族のため未来のために今できることを仲間とやっていければと心より思う。

第38回沖縄平和行進に参加して

関西地方神戸支部姫路伊藤分会 梅村

 昨年に引き続き今年も5・15沖縄平和行進に参加してきました。
 今年はスコールに遭遇することもなく、辺野古キャンプシュワブ前での座り込み行動や視察、県民集会が入っていて体力的には少し物足りない全日程となりました。皆さんご存じの通り 政府が普天間基地の唯一の解決策として辺野古の大浦湾を埋め立てて新しい基地を建設しようとしています。戦時中に銃剣とブルドーザーによって土地を強制的に奪われた沖縄に今度は政府が主導で新しい基地を建設しようとしているのです。今回高台から海兵隊普天間基地、道の駅の展望台から空軍嘉手納基地を見ましたがその距離の近さに驚きました。関西には伊丹空港が街中にあり日々旅客機が離発着をしていますが深夜は飛んでいません。伊丹より滑走路・格納庫が民家に近い場所にあって飛んでいるのは民間機ではなくオスプレイをはじめとする軍用機で深夜であろうと関係なく離着陸を行います。騒音、危険度は比べ物にならない事はすぐに想像できました。そんな危険な基地を中心にして沖縄県全域で他府県では考えられないような非日常が何十年も続いています。その非日常を取り除くのではなく数十キロ離れた辺野古に移動させるのが問題解決になるでしょうか??
 沖縄以外に基地を持っていけないから沖縄におしつけるのではなく日本から米軍基地を無くすという事が唯一の解決策だと気付きながなにもしない何も出来ないそれが政府で私たち国民が選挙で選んだ代表なんだと思うと本当に腹が立ちます。私自身、平和行進に参加して沖縄の問題を直接自分の目で見て沖縄の仲間と触れ合うまでは真剣に沖縄の問題について考えた事はありませんでした。もっと早く沖縄問題に自分自身が積極的に参加していればもっと多くの行動を仲間と共にできたと今後悔しています。全港湾はそういう気付きのチャンス・学びのチャンスを毎年提供してくれています。私のように後々で後悔しない為に是非積極的に沖縄平和行進に参加してほしいと思います。
 今後自分自身に出来る事は何かを考え行動しなければいけないと感じました。政府のやりたい放題させておくと国民の思いは無視され続けると思います。沖縄だけでなく日本中で行動を起こして政府が国民世論を無視できない状態にしないといけないと思います。私たちの子供が戦争に荷担する事のないような将来にしないといけない!そんな事を考えた今年の平和行進でした。1人では無力ですが団結すれば強いです!皆さん共に頑張りましょう。


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して

新潟支部リンコー運輸分会 伊藤 康広

 ある有識者の言葉です。「本土の人々の無関心が、沖縄米軍基地における最大の問題点の一つであり、遅々として進捗せず、また差別的な扱いになっている原因である。」この言葉から私の5・15沖縄平和行進は始まりました。少なくとも私はそちら側の人間であったように思います。
 5月14日に新潟を発ち、到着後の団結式、決起集会、四単産交流会、平和学習会を経て15、16日の平和行進及び17日の県民大会に参加させて頂きました。15日は辺野古移設・埋め立ての渦中である名護市大浦湾の湾岸線からキャンプシュワブゲート前までを、16日は世界で最も危険と言われている普天間飛行場がある宣野湾市の市役所から宣野湾海浜公園までを、シュプレヒコールを上げながら行進してきました。全港湾日本海地方の仲間と共に、全国一般の山口連帯から車椅子で参加されている麻田夫妻の手助けもしながら、右翼団体の妨害もありましたが、沿道の方々の声援もあり、非常に心強く行進することが出来ました。そして普天間飛行場の沖縄への一刻も早い返還と、辺野古への新基地建設は絶対に阻止しなければならないという感情が、私の中でふつふつと湧いてきました。県民大会に於いては、報道にもありました通り約3万5千人が会場に集結し、「辺野古新基地NO」「我々は屈しない」と、アピール行動を全員でして士気を高めました。沖縄県知事をはじめ各界から著名人も多数加わり、大盛況の内に県民大会は終了しました。
 平和行進と県民大会の空いた時間を使い、県内各地への視察も行われました。世界大戦中唯一地上戦が繰り広げられた沖縄。日本政府によって、連合軍が日本本土に上陸するまでの時間稼ぎの為に捨て石にされた沖縄。今もなおその跡地は生々しく、なくなった方々を思うと非常に心が痛みました。
 嘉手納基地では視察中に航空機が離着陸する様を目の当たりにし、日本国土の0.6%に過ぎない所に、74%の米軍基地が存在していることの理不尽さを改めて痛感しました。その米軍基地に対して、沖縄経済は全体の5%程しか頼ってないのです。終戦直後はその多くを依存せざるを得ませんでしたが、戦後70年、沖縄本土復帰から43年目を迎えた今、すでに米軍基地は必要ないのです。沖縄の空にも米軍は目を光らせています。沖縄上空を民間航空機が飛行する際、那覇空港を中心に半径90㎞の上空には飛行高度制限がかかっているそうです。日本の空なのに。基地の撤退返還が沖縄経済の更なる向上の為の雇用を生むこと、安心安全が取り戻せることは、もはや火を見るよりも明らかです。
 基地の撤退返還は紛れもない明確な民意です。民主法治国家にあって、民意を無視した行為は断じて許されません。また、海の上では海上保安庁が、丘に上がれば警察機動隊が我々反対派の人々と睨み合っていますが、沖縄は日本です。日本の為に日本人同士が対立し合うこの不毛な状況は、一刻も早くやめるべきです。
 最後になりますが、この度は沖縄平和行進に参加させて頂き誠にありがとうございました。とても有意義で非常に勉強になったと共に、自分のこれからの生き方を考え直す貴重な経験と良い機会になりました。今後は自分で見たもの、聞いた事、感じた事を少しでも多くの人に伝え、沖縄基地問題が日本の問題であるということを確認してもらえるよう、関心を持ってもらえるよう尽力していきたいと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

日本海地方七尾支部 高澤 健太郎

 5月14日~18日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。5月14日に那覇に着いてすぐ、全国結団式がパレット市民劇場で開かれ県外各地から仲間が集まり、会場に入りきらず立ち見やロビーにまで溢れた人の多さにビックリしました。その後、ホテルにて三単産・全造船機械の計105名の結団式と平和学習会が行われ、事前に学習して来ましたが改めて沖縄の危機を再確認しました。
 15日には大浦湾沿いから辺野古キャンプシュワブゲート前までの行進では埋め立て予定地を実際に見ながら行進しましたが、初めて見る沖縄の海はコバルトブルーで本当に綺麗な海でした。この綺麗な海を埋め立てて基地を作ろうとしているなんて怒りを覚え、行進中精一杯シュプレヒコールをさせて頂きました。その後キャンプシュワブゲート前に着くと市民団体の方々が「ありがとう」「一緒に頑張りましょう」と声をかけてくれました。暑い中、毎日ゲート前で座り込みを続けている人もいて、驚いたと共に強い思いと団結力が伝わり一緒に座り込みを行ないました。
 16日は、宜野湾市役所から宜野湾海浜公園野外劇場の普天間包囲コースで行進でした。街中での行進と言うこともあって県民の方々から手を振ってくれたり声を掛けて頂く場面が多々あって地元でのデモ行進とは違い、大変好意的な事に驚きました。午後から南風原陸軍壕病院跡や資料館で沢山の資料を見学させていただき、女子学生たちの想像を絶する悲しい出来事や実際にあった戦火の場所を目の当たりにし戦争は2度としてはいけないと改めて実感しました。
 17日の県民総決起大会では3万5千人もの人が集まり、沖縄県民の方々の熱意、沖縄の基地問題を日本の問題として考えてもらえるように訴え基地は絶対いらないという思いが伝わってきてとても感動しました。
 最後に、民意は示しても国は力づくで押し進め、反戦反基地、反原発など安倍政権の問題は山積みですが、集団で叫び続ければ必ず動かせると信じ、皆さん一致団結して頑張りたいと思います。本当に貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。

第38回沖縄平和行進に参加して

日本海地方境港支部 宇城 裕人

 私は、ニュースなどにあまり関心がなく、沖縄のことについて正直あまり知りませんでした。平和行進に行く前に青年部の勉強会をして沖縄の基地問題、戦争について学びました。実際に沖縄に行き、沖縄の現状を知り、衝撃を受けました。それは普天間基地についてです。
 普天間基地は、周りが市街地であり、「世界で最も危険な基地」と呼ばれています。市街地の上空を軍用ヘリが飛ぶなど、事故がおきたら大惨事になります。移転すればいいと言う訳ではなく、沖縄から、基地自体無くさないといけないと思いました。
 今回の平和行進で、たくさんのことを学びました。沖縄のことだから自分達に関係ないと思わずに、同じ日本で起きていることなので、皆で力を合わせて、この問題について向き合っていかなければならないと思いました。地元に帰ったら、会社の人達、家族、友人にも伝えていきたいと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

日本海地方七尾支部 秋元 良和

 約15年前に高校の修学旅行で来た以来の沖縄。町をバスで移動していてすごく発展している事に驚きました。でもそれは初日の学習会で納得しました。沖縄は基地の跡地を利用して都市化を行い、観光客を増やしアジアの結節点としてハブ空港として機能しているからです。地元では、実際は基地に働いている人もいるから基地反対じゃない人もおるやろうという声を聞いていたのですが間違えでした。沖縄の人達は基地に依存するのではなく、自分達の力で経済発展をして基地を追い出そうとしているのは地元ではあまり知られていないので、みんなに教えていかなければと思いました。
 行進1日目。副団長としての役割が分からず、団長の石原さんにアドバイスと指示をしてもらいながらキャンプシュワブまでの6.6kmを行進しました。地元でもデモ行進は何回も参加していますが、地元ではたんたんと歩いて終わり、周りの人も冷めた感じですが、平和行進は周りの人も手を振ってくれたり、頑張れと声をかけてくれるなど好意的な事に驚きました。行進の後は座り込みをしました。暑い中、毎日ここに来て座り込みをしている人もいて、すごいなあと思いました。
 行進2日目です。副団長として点呼をとって行進がスタートです。南ウイングの先頭を全港湾が歩くという事で一番前で歩きました。街中という事もあって交差点を渡る時など大変そうだったのでレンジャーのみなさんは大変だったと思います。大きな声でシュプレッヒコールをしていたのですが、右翼の妨害もすごくてすごくびっくりしました。暑い中、そして初めての平和行進だったのですが、沖縄地本の人達、日本海地本、石原団長など、みなさんの協力があって無事に終われた事が良かったです。熱い気持ちのまま、本島の南部の視察に行きました。南風原陸軍壕病院の跡地や資料館を見学して戦争が始まればこんなに狭い中で生活をし、電気も何も設備が無い中での手術をした話を聞いて絶対に戦争のできる国づくりには反対していかないといけないと思わされました。夜は沖縄地本の人達が開いてくれたバーベキューの交流会でした。日本海のメンバーも、この時は仲良くなっていて楽しい一時でした。
 そしていよいよ最終日です。本島の中部へ行き嘉手納道の駅へ行って来ました。お昼から県民総決起大会です。セルラースタジアムへ向かう道がすでに人でいっぱいで、すごい人数が集まるんだと思いわくわくしながら行ってみると、すでに球場がいっぱい。席に座って始まるまで待っていても次から次に人が集まってきて驚きました。
 今回、平和行進に参加させてもらい感じた事は沖縄の人達は反戦、反基地の元翁長知事を就任させ民意は示しても国は力づくで押し進めている。その戦争法案を閣議決定をし暴走する安倍政権を作り出したのは、僕達本土の人間の責任でもあるという事。若い人の選挙離れを、僕達青年部がどんどん動員へ行ったり、今回感じたこの思いを家族、親戚、職場の仲間や友人などにしっかり伝えて、反戦反基地、反原発など問題は山積みですが、しっかり地元で活動していきたいと思います。貴重な経験をさせてもらえてありがとうございました。そしてこれからも、労働運動を頑張っていきたいと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

新潟支部臨港分会 松田 祐樹

 5月14日~18日まで沖縄平和行進に参加してきました。初日は、パレット市民劇場で全国結団式に参加しました。北は北海道、南は鹿児島の仲間が沖縄に集結、会場に入りきらないくらいの人が集まりました。その後はホテルに移動して、三単産・全造船結団式と平和学習会に参加しました。平和学習会では、元宜野湾市長の伊波洋一さんによる「沖縄における普天間基地の現状」という講義をうけました。戦争の話、戦争直後の話、米軍基地の話、今抱えている沖縄の問題などいろいろな話を聞かせてもらいました。漠然と参加していた私も伊波さんの講義を聞き沖縄への関心がもてました。「本土の無関心。」そう言われたときとても恥ずかしくなりました。沖縄初日に、自分自身の気持ちをかえることができる講義を聞けてよかったと思います。
 行進初日。バスで瀬嵩海岸に移動し、そこで出発式が行われました。私はレンジャーとして行進に参加しました。シュプレヒコールはできませんでしたが、やりがいのある役ができよかったです。行進終了後はキャンプシュワブゲート前にての座り込み行動と5・15平和と暮らしを守る辺野古現地全国集会に参加しました。
 行進2日目。出発式は宜野湾市役所で行われました。初日の行進とは違い、国道を歩いたので地元の方の声援をたくさんもらい頑張って行進ができました。途中右翼の妨害がありましたが、参加者全員が団結し無事歩ききることができました。ゴールしたときの達成感は今でも忘れられません。
 最終日は、本島中部視察と県民総決起集会に参加してきました。決起集会では3万5千人もの人が集まりとても迫力のある集会でした。沖縄の民意は新基地ノー。行進、視察、県民集会全てにおいていい経験になりました。無関心じゃいられない。戦争できる国日本になる前に、1人1人が立ち上がり声に出し戦わなければいけない。そう強く感じた4日間でした。貴重な経験させていただきありがとうございました。

第38回沖縄平和行進に参加して

日本海地方直江津支部 渡辺 裕也

 私は、全港湾日本海地方直江津支部の代表として、今回初めて沖縄平和行進に参加させていただきました。沖縄には一度行ったことがありましたが、その時に見られなかった沖縄の怖く恐ろしい実態と、現地の方々の強い願いの声と行動を見て、聞いてきました。
 沖縄平和行進前日、私は沖縄空港についてからすぐに、沖縄平和行進の参加者による全国結団式が行われ、参加しました。壇上に上がる方々が辺野古新基地建設について講演され、韓国人の方の講演もあり、日本だけの問題ではないのだと強く思い知らされました。その日の夜に、全港湾・全国一般・全日建・全造船の4単産による結団式と平和学習会が行われ、沖縄と米軍の基地問題の歴史を学び、単産同士の結束が強くなったと思いました。
 沖縄平和行進はゼッケンと鉢巻きをして3日間行われ、1日目は名護市の瀬嵩海岸から約8km先のキャンプ・シュワブゲート前まで歩き、そこで座り込みを行い、2日目は宜野湾市役所から約7km先の海兵公園まで歩きました。2日間、炎天下の中を歩き「沖縄に基地は要らない」や「憲法の改悪を許さない」などとシュプレヒコールで平和への願いを叫びました。行進の最中、右翼団体によるヤジや妨害行動がありましたが、レンジャーの方々のおかげで、無事に行進を終えることが出来ました。2日目の夜に4単産でBBQ交流会が行われました。各地方の方々と沢山話しをして親睦を深めることが出来たと思います。
 3日目になり、午前中は嘉数高台に登り普天間基地を遠くから見学しました。飛行場にはオスプレイが止まっていて、平和学習会の時に見た、オスプレイが起こした悲惨の動画を思い出し、基地周辺にある施設を見て大丈夫なのかと不安に思いました。
 午後からは那覇市のセルラースタジアムにて、県民集会が行われました。約3万5千人の人々が集まり、参加者全員が青いプラカードを掲げ「辺野古新基地NO」「私たちは屈しない」と叫びました。行進こそありませんでしたが、兵器による恐怖と戦争の傷跡を見て学び、辺野古新基地建設反対・戦争反対の意思を強くして3万5千人の人たちと心を一つにできたと思います。
 この3日間で沢山の人々とふれあい、戦争の歴史を学び、強い意志をもって平和行進に取り組むことが出来ました。また一刻も早くこの問題が解決できるように、地元に帰ってからも沢山の人に沖縄の現状を知ってもらい、平和活動を続けていきます。最後に、このような貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。

第38回沖縄平和行進に参加して

日本海地方敦賀支部 藤上 大河

 5月14日から18日に5・15沖縄平和行進に初めて参加しました。沖縄に到着し、パレット市民劇場まで行き、5・15全国結団式に参加しました。全国から平和行進のために多くの人が参加していて、初日から平和行進の凄さを実感しました。その後、ホテルにて、三単産・全造船機械結団式を行い、元宜野湾市長の伊波洋一氏による平和学習会も行いました。辺野古新基地建設反対の闘いと日本の平和についての話があり、沖縄の普天間基地の現状や、基地反対の意見の強さが伝わりました。
 行進初日、出発式は瀬嵩の浜で多くの人達と団結を深めて、辺野古新基地反対の思いを訴える良い幕開けとなりました。出発式を終え、4キロほど歩き、キャンプシュワブゲートにて、座り込み行動をし、米軍基地反対を訴えました。
 2日目は宜野湾市役所で出発式をし、約8キロほど歩き、歓海門をくぐり、宜野湾海浜公園屋外劇場で、5・15平和行進集約集会が開催されました。そこで、沖縄の歴史や辺野古新基地反対の思いが聞く事ができとても感動しました。その後劇場を離れ、南風原陸軍壕病院跡資料館、糸満平和記念資料館へ行き、戦争の悲惨さを感じました。
 3日目は、行進はなくセルラースタジアムで県民集会が行われました。スタジアムの動員人数は3万5千人で、スタジアムは満員となり、外にも多くの人が集まっていました。超党派実行委員の人などが辺野古新基地問題について、熱く語っておりとても感動しました。最後は今まで聞いた事のない3万5千人での、団結がんばろうをし、集会は終わりました。この集会で一刻も早く、沖縄県民の人達に平和な暮らしをしてほしいと強く思いました。
 今回、本当に貴重な体験ができ、沖縄で学んだ事をたくさんの人に伝えていきたいと思いました。最後に、平和行進や視察などいろいろな準備をしていただいた沖縄地本の皆様、本当にありがとうございました。

第38回沖縄平和行進に参加して

日本海地方舞鶴支部 藤本 一輝

 私は、今回初めて沖縄平和行進に全港湾日本海地方舞鶴支部代表として参加させていただきました。沖縄平和行進には初めて参加するということもあり、以前参加したことがある舞鶴支部青年部組合員と事前学習会をし、沖縄の抱える問題、現地でどのような活動をするのかを教えてもらいました。
 5月14日に現地入りし平和学習、15日から17日の間平和行進、県民集会という日程でした。 平和学習では、普天間基地のオスプレイ配備問題、辺野古への新基地移設問題等を中心に詳しく教えていただき、沖縄に対する気持ちが大きく変わり、平和行進で力いっぱい抗議の行進をしようと思いました。
 今回の平和行進の中で一番印象に残っていることは、17日に体験した県民集会です。那覇市のセルラースタジアムに三万五千人もの人々が集まり辺野古への新基地反対を訴えました。これだけ多くの人が沖縄のことで団結できるのは、とても凄いことだと思うと同時に鳥肌が立ちました。
 また、現地視察で訪れたひめゆりの塔と南風原陸軍壕病院跡では、数多くの資料、そして実際に戦時中に使用された場所に自らの足で立つことができ当時の悲惨さがどれくらいのものかを知ることが出来ました。想像を超える内容ばかりで思わず涙が浮かびました。
 今まで戦争や平和について真剣に考えたことが無かったので、この平和行進に参加し、より一層戦争や平和に対する意識が高まりました。今の安倍政権は、確実に戦争への道に進んでいます。沖縄住民の声、基地移設による環境破壊等を無視して、強引に政策を進めています。中でも沖縄県民の声を無視していることがなにより許せません。
 平和行進で学んだこと、体験したことをもっと多くの人に知ってもらえるよう様々な人たちに伝えていきたいです。そして、いつか本当の平和が訪れるまでこれからも闘っていきたいと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

日本海地方伏木支部 見角 達矢

 2015年5月14日~18日まで、沖縄平和行進に参加して来ました。初日は、那覇市内での全国結団式、ホテルへ戻っての三単産・全造船結団式、元宜野湾市長の伊波洋一さんを講師に迎えての学習会が行われました。伊波さんからは、普天間基地の現状について話していただきました。
 二日目。最初の行進は、辺野古の対岸にあたる瀬嵩海岸で出発式を行い、大浦湾の綺麗な海を眺めながら、辺野古新基地建設反対を訴える行進をキャンプ・シュワブゲート前まで行いました。そのまま、ゲート前での座り込み行動~辺野古現地全国集会となり、たくさんの現地の方のお話を聞くことが出来ました。
 三日目。この日は宜野湾市役所で出発式を行いました。普天間基地包囲コース南ウイング(市役所~宜野湾海浜公園野外劇場)を、普天間基地返還を訴えながら行進しました。行進の途中には、米軍ヘリ墜落事故(2004.8.13)の起きた沖縄国際大学を通りました。幸い、人的被害は無かったものの、日常生活のすぐ近くにこのような危険が潜んでいるのは怖いと感じました。行進後は、本島南部視察として、南風原町と糸満市の資料館を視察しました。体験談・資料など、当時のことが伝わり、今の平和に感謝しました。また、沖縄からの基地の撤廃を強くおもいました。夜には、全港湾沖縄地方青年部によるBBQ交流会が開催され、大勢の仲間と楽しい時間を過ごすことが出来ました。
 四日目。午前中は、本島中部の嘉手納基地の視察に行きました。
戦闘機が飛んでいるところは見れませんでしたが、待機しているオスプレイの数には驚きました。午後からは、沖縄セルラースタジアムで「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設 沖縄県民大会」が開催されました。場内は35,000人と、大変多くの仲間で埋め尽くされました。大会では、知事をはじめ、たくさんの方から、沖縄の負担、本土の問題など聞き、大変勉強になりました。
 この平和行進に参加することで、良い経験になればと思っていました。しかし、現地では地元の方が長い間戦い続けています。その中で、初参加とは言え、何をしていいのか分からない。では駄目だと思いました。今回得た知識、取り組んだ行動をしっかり次に伝え、来年の参加者にはよりいっそう力強い行動を取ってもらえるよう頑張りたいと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

日本海地方伏木支部 吉久 泰弘

 5月14日から5月18日にかけて2015年5・15沖縄平和行進に初めて参加しました。5月14日15時より5・15全国結団式がパレット市民劇場で開催され全国からたくさんの人が集結した。終了後、17時より全港湾、全国一般労働組合、全日建、全造船機械が集まり、三単産、全造船結団式がありみんなで団結をしました。18時30分より平和学習会を行い、講師に元宜野湾市長の伊波洋一さんに、沖縄における普天間基地の現状の話しをしていただき今の基地の現状、沖縄の現状が大変勉強になりました。
 1日目は、瀬嵩海岸で平和行進出発式が始まりいよいよ2015沖縄平和行進が始まった。ものすごく良い天気、気温の中、辺野古沿岸をシュプレヒコールしながら行進し、途中、辺野古海底調査を阻止するためにカヌー隊の方々にエールを送りながら行進しました。昼からはキャンプシュワプ新ゲート前で座り込み行動全国集会をし、みんなと団結しました。
 2日目は、普天間基地包囲コース南ウィングコースを行進し初めてのレンジャーとして参加しました。途中、反日本軍に行動の妨害がありましたが、レンジャーとして行動団を安全にゴールまで誘導が出来ました。昼からは、本島南部を視察し、南風原陸軍壕病院跡や糸満平和記念資料館を見学しました。
 3日目は、本島中部視察、昼よりセルラースタジアムで行われた県民集会に参加しました。全国の人々、沖縄の人々、総勢3万5千人が集結し、凄い観衆で圧倒されながらの集会になり感動しました。
 初めて沖縄平和行進に参加して、やはり沖縄、辺野古に基地はいらないと痛感しました。沖縄だけの問題ではなく全国民で反対していかなければならないと思いました。平和行進、レンジャーと貴重な体験をさせていただき本当にありがとうございました。


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して  

四国地方新居浜支部森実分会 石川圭佑 

 私は、全港湾四国地方新居浜支部の組合員としてこの度、「沖縄5.15平和行進」へ参加させていただきました。高松空港から飛行機に乗り、沖縄の地へと足を進めました。沖縄は、もう真夏日ほどの暑さであり四国と沖縄の温度差におどろきました。4日間平和学習会、平和行進、基地視察とてもいい経験ができました。平和行進では、レンジャーをやらさせていただき行進団を無事送り届けることができてよかったです。
 今回沖縄平和行進に参加して沖縄の現状これから沖縄がどうあるべきか体で感じることができたと思います。これからも基地のない沖縄を日本を目指して皆さんで頑張りましょう!最後に沖縄で一緒に行動をされた全港湾や各労働組合の皆様お世話になりました。

第38回沖縄平和行進に参加して  

徳島支部 上川尚大

 今回、沖縄平和行進に初めて参加しました。今までは先輩方の話を聞いただけで、なにをすればいいのか不安でした。しかし、実際に自分自身で参加して、沖縄の現状、問題、歴史を学び日常では体感する事のない沖縄の現状を知ることができました。そして、沖縄の問題に対して共に活動し立ち向かう仲間たちの迫力には圧倒されるばかりでした。「平和行進時の団結力」「三万五千人の県民集会」共に沖縄(日本)に対する平和への思いが強く感じる活動でした。   
 この沖縄の問題で、共に活動する熱い仲間たちの行動を持ち帰り、言葉や文章で伝えて行くのは難しいかもしれません。だからこそ、多くの仲間たちにも現地に足を運び肌で感じ実感してほしい。初めて気づく事も多くあるはずです。今回の沖縄平和行進に参加できたことは、自分にとて大きな経験になりました。この経験を大きな一歩にして行きます。

第38回沖縄平和行進に参加して  

四国地方 十川 賢一

 5月15日・16日の平和行進、17日に開催された県民集会に参加させていただきました。今年は、全造船機械労働組合も加わり4単産として行動することになりました。
 初日の行進は、瀬嵩の浜から出発してキャンプ・シュワブまで移動し、到着後は新ゲートで座り込み行動をしました。新ゲート付近のフェンス越しから見た米軍基地の光景は、基地のない所に住む私には感じる事のない緊張感がありました。沖縄の人々は、日々このような緊張感の中で生活を強いられていると思うと、絶対に基地など必要ないと感じました。
 2日目は宜野湾市役所を出発し、歓海門屋外劇場までの行進でした。街中では住民の方々の力強い応援を受け、最後までやり遂げようと改めて思いました。大人に交わり小さな子供でさえ、沖縄の平和を勝ち取る為に大きな声を出して闘い、自分たちの力で沖縄の美しい海を守ろうとしていると感じました。自分が子供の頃はそんな事を考えたこともなく、周囲の環境の違いで子供たちまでもが、平和や環境の問題を真剣に考える姿を見て、沖縄の現状を知らなかった自分が恥ずかしく思えました。
 沖縄に滞在している間に色々な方の話を聞いて、普天間基地は世界一危険な場所にあることや、辺野古の新基地建設では自然豊かな山を削り、サンゴやジュゴンのいる美しい海を埋め立てて作るということを知りました。
また、日本の国土の0.6%の面積しかない沖縄県が、日本の在日米軍施設の74%を負担している事や、沖縄県の面積の18.4%を米軍施設が占めている事実を真摯に受け止め、少しでも虐げられている沖縄県民の力になれたらと思い沖縄平和行進の全日程を終える事ができました。
 今後は、この事実や現状を知らない家族や友人等に伝えて一緒に考えていこうと思いました。今回、参加できた事を誇りに思い、また機会があれば進んで参加したいです。まだ沖縄平和行進に参加していない職場の仲間にも、進んで参加するように伝えていきたいと思います。今回は、たいへん貴重な体験の場を与えていただきありがとうございました。

第38回沖縄平和行進に参加して

四国地本高知支部 渡辺義隆

 2015年、第38回5・15沖縄平和行進に初めて参加してきました。出発前に高松空港会議室にて長尾委員長による事前学習会を開いて頂き、太平洋戦争で唯一地上戦が行われ県民の4人に1人が殺された事や、屈辱の日(主権回復の日)など沖縄県の歴史について講義して頂きました。
 その後、現地に入りパレット市民劇場にて「5・15全国結団式」、ホテル会場にて「四単産結団式」「平和学習会」に参加しました。学習会では、「世界一危険な基地 普天間」の現状や米軍基地返還跡地利用による街づくり等のお話を聞き、1日でも早く沖縄から基地を撤退・撤廃させなければならないと強く思いました。
 行進初日は、瀬嵩海岸にて抗議船とカヌー隊と一緒に出発式に参加し、人の多さに驚きました。初行進でしたので緊張していましたが、仲間の声に勇気づけられ自分もシュプレヒコールを上げる事が出来ました。そして、キャンプ・シュワブゲート前での座り込み行動に参加してきました。
 2日目は、宜野湾市役所から普天間基地南ウイングを行進しました。2日目もやはり緊張してしまいましたが、県民の皆様から手を振ってもらったり、声をかけて頂いたおかげで初日より大きな声を上げ、手を高く挙げる事が出来ました。
 本島南部視察では南風原陸軍壕病院跡、糸満平和記念資料館、ひめゆり資料館を見学してきました。まだ幼い女学徒が看護補助要員として動員され、当時の間違った教育で終戦(敗戦)後に自ら命を絶った事を知り、心が痛くなり改めて戦争は2度としてはいけないと改めて実感しました。
 3日目は、本島中部視察で嘉手納基地が一望できる道の駅、普天間基地が一望できる嘉数高台を視察してきました。当日は日曜日という事もあり、轟音を聞く事は出来ませんでしたが、基地と住宅との距離に驚きました。この距離で低空飛行訓練やオスプレイが離着陸しているのを想像するだけで恐怖を感じました。
 そして、セルラースタジアムで行われた県民総決起大会に参加しました。総勢3万5千人もの県民が集まり、辺野古新基地建設反対を訴えました。私は鳥肌が立ち、胸が熱くなりました。この思いを持ち帰り、まずは家族に、そして友人に伝え反戦・平和運動を広げていかなければならないと思いました。
 最後になりましたが今回、四国地本の代表として参加させて頂きましたが、四単産の仲間に支えられ、無事に平和行進を終える事ができました。そして2日間、行進団が安全に進めるように気温30度・湿度80%の中を走り、身体を張って守ってくれたレンジャーの皆さん、そして参加された皆様、本当にお疲れ様でした。


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方ひたち支部青年女性部幹事 薄井 栄人

 5月14日~18日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。今回の5・15沖縄平和行進は行進に加え、辺野古キャンプシュワブゲート前での座り込みがあり例年とは違った平和行進だったと思います。昨年に辺野古新基地移設反対運動に参加させて頂き、今回また座り込みに参加することができました。
 5月14日は那覇市パレット劇場での全国団結式、ホテルに戻り、三単産・全造船団結式、平和学習会が行われました。平和学習会での前宜野湾市長の伊波さんの講義では沖縄戦、戦後沖縄が本土復帰してからの歴史、オスプレイの危険度など詳しく知ることが出来ました。オスプレイが実際に飛行している映像を見た際、オスプレイが起こす風により木々が倒れ、その下に居た人たちが怪我をする映像はオスプレイがどれほど危険か一目でわかるものでした。
 15日の大浦湾沿いから辺野古キャンプシュワブゲート前までの行進では埋め立て予定地の海を実際に見ながら行進しましたが、こんなきれいな海が埋め立てられ基地を作ろうとしている国策に疑問と怒りを覚えました。その後キャンプシュワブゲート前での座り込みでは1年近く毎日ゲート前で座り込みを続けている反対派のみなさんの強い思いと団結力が伝わってきました。
 16日の行進は宜野湾市役所から2つのコースに分かれての行進で、今回初めてレンジャーをさせてもらいました。交通整理をしながらの行進でしたが、南ウイングコースで約1200人もの人たちが大声でシュプレヒコールをしながら行進する光景は団結力そのものでした。初めてのレンジャーでわからないことも多く不安な気持ちがありましたがおおきな事故もなく行進でき達成感と共にとても貴重な経験が出来ました。
最終日には午前に普天間基地が見渡せる高台と嘉手納基地が見渡せる嘉手納道の駅で視察し、どちらも住宅街の真上を戦闘機やヘリ、オスプレイが飛んでいる状況でした。世界一危険な基地といわれる理由が目の前にありました。市民が安全に暮らすためにも米軍基地はいらないとより強く思いました。午後からセルラースタジアムで行われた県民大会では3万人収容のスタジアムに3万5千人の人達が駆けつけ沖縄県民の民意が目に見えるものとなっていました。
 初めての沖縄平和行進はとても貴重な経験ができました。この実際に目で見て肌で感じたことを一人でも多くの人に伝え、行動し沖縄に米軍基地がなくなるまで頑張っていきたいと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方ひたち支部青年女性部 塙 廉也

5・15沖縄平和行進に参加して、初めは沖縄の今の現状が学習会や日常のニュースで知る程度で、あまり沖縄の問題がどのくらい深刻なものか、普段は考えることがなかったので、それを知る機会になました。
 平和行進では、暑さのなか全港湾の旗を掲げ、大きな声を出しての行進は予想以上に辛かったが、車のドライバーや沿道に出てきている現地の人たちの声援がとても励みになりました。また、行進中に全港湾の他の支部の人たちと順番に旗を持ちあったり、平和行進を通して団結することができました。初めて行ったシュプレヒコールでは、最初は恥ずかしさもありましたが、大きな声を出して、最後まで反対運動を行おうと思い、頑張りました。三単産をはじめ、多くの人たちと声をだし、平和行進を終えたときは、辛かった半面、やり遂げたときの達成感が大きく、とてもいい経験ができました。座り込み行動では、キャンプ・シュワブゲート前で1年以上も続けていたり、ゲートの出入り口付近で軍人に向かって、反対運動をしている人たちを見ると普段とは全く違う生活をしているので、とても考えさせられました。
 この五日間の沖縄平和行進を通して、現地の人たちの声を聞いたり、自分で経験してみると他人事ではないと、沖縄だけではなく日本の問題だということを知らされました。まだまだ、基地問題や米兵の問題、集団的自衛権の行使などたくさんありますが、これからも活動を続け、平和な沖縄として、早く復帰できるようにと改めて思いました。今回、組合の出張は初めてだったのですが、他の支部との交流することで、全港湾のよこの繋がりの大事さなども学ぶことができました。自分が初めての経験ばかりで、たくさんのことが得られた平和行進でしたが、この経験を周りの人たちにも伝えていき、今後も活かしいきたいと思いました。今回、沖縄平和行進に参加させて頂き、ありがとうございました。

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方青年婦人部塩竈支部塩竈分会 佐々木裕一

平成27年5月14日~18日の5日間沖縄平和行進に参加しました。 5月14日 仙台空港7時35分発、福岡空港9時45分着 10時30分の福岡空港発に乗り換え12時15分沖縄に到着しバスでホテルに移動し、ホテルから徒歩でパレット市民劇場へ、5・15全国結団式が開催された。『基地の無い平和な沖縄を作ろう』毎年、全国から集まり地域を行進しています。
ホテルに戻り三単産全造船機械結団式を行い講師に伊波 洋一さん(元宜野湾市長)が辺野古新基地建設反対の闘いと日本平和についての学習会を行いました。
実際、今現状の話を聞いてみると、知らないことが多く、この学習会でおおくの事を学び初日は終わりました。
2日目は6時50分ホテルロビーに集合、バスで行進出発式が行われる、瀬嵩海岸へ移動し到着後、出発式が行われ その後、海上を見ながらデモ行進をしてキャンプ・シュワブゲート前に到着、昼食、休憩後、辺野古新基地建設阻止の米軍基地建設が、強行されている事に抗議し全員で周囲を行進しゲート前で座り込み行動をしました。
私は、レンジャーという行進を安全に行うように任されました。行進団の中には小学生くらいの子供が自分で作った旗をかかげて、お父さんと一緒に『沖縄の海を汚すな!!魚を殺すな‼』と叫びながら歩いている姿を見て心を打たれ涙が出そうになりました。
子供や沖縄県民の為に日本の皆で早く不安を解決し平和な土地にしたい気持ちになりました。キャンプ・シュワブゲート前では基地から出てくる米軍達に米軍基地は日本に要らないなど叫んでいたが、これは、日本の問題だと心から思いました。
3日目は7時20分ホテルロビーに集合し宜野湾市役所へ行き、到着後、出発式をし市役所を出発、私は、南コースの普天間包囲コースを歩き前日はレンジャーをやったので今回は約1200人の大勢の中でシュピレヒコールをやり少し恥ずかしさもありましたが昨日出会った子供の事を思いだし、頑張らなければと思い声が嗄れるまでコールをしました。なかなか出来ない体験ができ勉強になりました。その後宜野湾海浜公園野外劇場に集まり南コースと北コースの約3600人の人達が集まり、集会をしてその後ホテルまで移動し三単産・全造船機械の方たちとBBQをし交流をして色々な地方の方と話をして仲良くなりよい経験が出来ました。
4日目7時50分集合し本島中部・嘉手納道の駅・嘉数高台を視察しました。高台からは米軍基地のオスプレイ見れて近くに家や学校などがありその上を飛んでいると思うとますます沖縄に米軍基地は要らないと感じました。セルラースタジアムで沖縄県民大会に参加し約36,000人の方が集まり『辺野古新基地NO!!』我々は屈しないなどと声をあげました。私は何でこんなにも、米軍基地反対の人達がいるのに安部総理は何故、県民の話を聞き入れないのか不思議でたまりません。
5日目は9時集合し東北地方の方と国際通りを観光し14時15分の飛行機で宮城県に帰ってきました。
今回沖縄平和行進に参加させていただいて日本全員一致団結し米軍基地をなくしていかなければならないと思いその為には私が沖縄で学んできた事を地域、会社の方たちに沖縄の現状を伝えていき、そこから、組織を拡大し日本全員で沖縄の米軍基地をなくそうと心から思いました。

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 佐藤 直樹

私は、今回はじめて5.15沖縄平和行進に東北地方塩釜支部三陸分会を代表して参加しました。
平和行進に参加する前に地元宮城で勉強会や講習などに参加し、事前に歴史や文化などを勉強しました。
今回は例年とは行進するコースが違うようで5月15日の行進初日は大浦湾の海を見ながらキャンプ・シュワブを目指す4.6㎞のコースを歩きました。この日は快晴で海が本当に綺麗でした、この綺麗な海を基地建設で埋め立てようとするのは非常に残念でなりませんでした。それを阻止する為にも皆一丸となってシュプレヒコールを唱えました。
5月16日の2日目行進は普天間基地方位を方位する8.2㎞コースです。二手に分かれて普天間基地周辺を歩きました。事前に勉強はしていましたが想像以上に民家や学校の目と鼻の先に基地があるのです。誰が見ても危険と判断出来ます。私は前日よりも声を大きく胸を張って行進しました。
そして私がこの沖縄平和行進で1番心に残ったのはひめゆりの塔の視察です。資料館で沢山の資料を見学させていただき、女子学生たちの想像を絶する悲しい出来事を目の当たりにしました。私よりもずっと年下の女性や男性が若くして亡くなっていく、全て戦争が招いた結果なのです。
二度と戦争はしてはいけないと強く考えさせられました。
戦争を過去の出来事にせず、そして忘れては行けないと思います。
この平和行進は沖縄だけじゃなく日本全体に関わる問題です。未来の子供達の為にも皆が一丸となって「平和」に向けて一歩一歩進んで行けたらいいなと思います。

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方青年婦人部塩竈支部塩竈分会 小野田 冬馬

5月14日から18日の4泊5日で沖縄平和行進に参加してきました。元々戦地だった場所を3日間かけて歩くはずでしたが、今回は東コースの辺野古と南ウイングコースの2日間だけでした。宮城県では沖縄に関する事をほとんど報道しないので、沖縄について初日にあった学習会で色々な事を知りました。カヌー隊、海保問題、辺野古への新基地建設場所、辺野古の自然が作った綺麗に輝くコバルトブルーの海、色々と知れました。自分が心に残ったのは辺野古の海です。実際に見た海の綺麗に心を奪われました。こんな綺麗な海を埋め立てて基地を建設するなんて考えられない、絶対に守りたい、そう思いました。辺野古の海岸で行われた団結式で実際にカヌー隊が海保(海上保安庁)と戦っている所を見ました。岸壁から男性1名、女性1名が大声をあげていました。カヌー隊がんばれ、海保は帰れ、出ていけ。大声をあげていました。声は出ませんでしたが、カヌー隊に諦めて欲しくないと思いました。団結式も無事に終わって行進の初日が始まりました。
自分の後輩が初参加でレンジャーをやってくれました。レンジャーは行進を安全に行うための人たちで、交通整理が主な仕事です。後輩から聞いたのですが行進中、前が詰まって自分の目の前に親子がいて、子供が回りの旗より小さい旗を持っていました。その子が持っていた旗には、海のお魚さんを殺さないで、と書いてあり、こんなに子供までもが海を守りたいと思っているんだと思い、少し感動しました。
子供が頑張っているのに、自分たち大人が頑張っていかないといけない、辺野古の海を守りたい、という思いが更に強まりました。辺野古行進の終了地点は座り込みを313日している米軍基地前でした。 24時間断行中と言う看板があり、沖縄の人たちの思いを実感しました。
2日目の普天間基地包囲コース行進は全港湾で前列を取り、昨日レンジャーで出来なかった分、強くなった思いをシュプレヒコールでぶつけてきました。途中で右翼の邪魔が入りましたが、右翼のメガホンに負けないくらい皆が声をあげてくれたので、シュプレヒコールが止まることなく出来ました。目的地に付いたときには、達成感が溢れて来ましたが、自分の思いは冷めることはありませんでした。この強い思いを今度は支部に持ち帰って組合員にぶつけて、更に多くの参加者を出していきたいと思います。
3日目は視察と沖縄県民集会でした。自分たちは立ち見をするために最上段まで上がり集会を見ていました。自分の隣にいた沖縄県民のおじさんと少し話ができるチャンスがあったので、色々と聞きましたし教えてもらいました。沖縄県民集会に参加した人数は全体で35,000人も参加しました。こんだけ、参加者がいるのに一向に沖縄の問題が悪い方向に少しずつ近づいているのが不思議です。ただ、ずっと闘い続けている沖縄の人たちがいる限りこの闘いは終わりません。参加者全員の思いは1つなのだと思いました。基地がなく平和で綺麗な海を持つ日本の沖縄を作る、これが沖縄県民の思いだと思いました。
闘いが終わるときは、沖縄県民全員が笑顔になり平和を取り戻していると思います。自分に出来ることが何なのか、今はわかりませんが沖縄県民と人間の鎖に心も思いを同じ、二重の鎖、二重の団結をして共に戦っていきたいと強く思いました。

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方青年婦人部塩竈支部三陸分会 鈴木 新平

今回5月14日から5月17日に行われた5・15沖縄平和行進に参加してきました。 1日目は現地に到着後すぐに全国結団式に参加しました。その後、ホテルにて三単産・全造船機械の計105名の結団式と平和学習会が行われ、講師として元宜野湾市長の伊波洋一にお越しいただき平和行進にあたって基地の危険性、過去の事故についてわかりやすく説明していただき翌日の平和行進への意欲と繋がりました。
2日目から行進が始まりました。出発式を瀬嵩の浜で行ない、キャンプシュワブゲート前を目的地として行進が開始されました。自分自信このような大勢の行進というのは初めての経験で、しかも慣れない暑い日差しの中で本当に目的地までたどり着けるのかと少し不安な状況でのスタートとなりましたが、海の見えるポイントではカヌー隊の皆さんから、民家の前を通れば住人の皆さんから「がんばれー」と後押しをもらい無事キャンプシュワブゲート前に到着することが出来ました。キャンプシュワブゲート前では市民団体の方と一緒に座り込みを行ないました。
3日目は普天間基地の周囲を周るコースとなり、北ウィングと南ウィングと分かれ、私は南ウィングのコースを行進しました。
なぜ基地というだけで危険性があるのに、目の前に民家や学校・幼稚園などがあるのか、国はこれをみて何とも思わないのかと感じました。目的地に到着し、集約集会を行ない平和行進が無事成功して終えることが出来ました。
4日目はセルラースタジアムで行われた県民大会に参加し、計3万5000人の参加者とともに普天間飛行場の閉鎖・撤去、辺野古の新基地建設反対を訴えることが出来ました。
今回参加してみて、一番感じたことはこの問題を沖縄の問題とせず、日本の問題としてより多くの人に知って欲しいと思いました。自分が見てきて感じてきた、基地の危険性、戦争を悲惨さなどこれから広めていけるように頑張って行きたいです。貴重な経験をありがとうございました。


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方青年婦人部小名浜支部 會澤宏之

今回初めて、平和行進に参加させていただきました。平和行進に行く前に、事前学習をしましたが、自分の中では全てを理解することができませんでした。その際、事前学習の講師の方に「実際に見て感じてきなさい」と言われました。
平和行進に参加して、なぜアメリカの基地がいらないのか、辺野古に座り込みするのか、沖縄の民意はどうなのか。疑問に思っていたことが吹っ飛ぶかのように一目瞭然でした。その感じたことや気づいたことを、今度は自分たちが伝えて行かなければと思います。そして、この平和行進を全国に広め沖縄の海、沖縄の環境を、日本を、平和にして行かなければと思いました。
平和行進を通して、全国の仲間と絆を深めることができ、横の繋がりを深めることができました。平和行進に参加でき大変勉強になりました。沖縄のみなさんありがとうございました。

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方青年婦人部小名浜支部 矢内誠也

今回初めての平和行進への参加でした。事前に学習をしていったものの、想像を上回る現状でした。平和学習や資料館、ひめゆりの塔の見学は本当に自分にとって貴重な体験となりました。戦争の悲惨な状態を見て繰り返してはいけない、起こしてはいけないと強く感じました。なぜ政府は国の軍事力をあげる、集団的自衛権の行使を容認するなど考えられないことを言っていると思います。3万5千人も人々が集まっても、自分達の仲間が全国から集まり訴えても政府は全く見向きもせず強行しようとしているこの現状。これだけのことをしてもダメならば全国各地でもっともっとこの動き、気持ちを広げ訴えていかなければいけないと感じました。
福島でも原発の問題があり、全国の人々に助けてもらい、これからも協力してもらわなければいけないと思っています。沖縄の問題も福島の問題もみな想いは1つだと思います。安全で安心して暮らせること、平和が第一なこと。
シュプレヒコールやゼッケンにもあった通り『命どう宝』だと思います。これから先も沖縄と福島の闘いは続くと思いますが全国の仲間と共に声をあげ頑張りたいと思います。
貴重な体験をありがとうございました。

第38回沖縄平和行進に参加して

東北地方青年婦人部小名浜支部 青木勇祐

5月14日から18日までの4泊5日間で沖縄平和行進に参加してきました。参加するにあたって学習会や説明を受け事前に勉強はしてきたものの正直どういう問題なのかあまり理解していない状態での参加でした。そんな中で参加初日から元宜野湾市長の学習会を受けることができ、今の沖縄では米軍絡みの事件が毎月数十件起きているということ、普天間基地の周りには住宅や学校が多く危険だということ、オスプレイの実用性の無さなど現地の人ならではの話を聞くことが出来、とても勉強になりました。
2日目は瀬嵩海岸からシュワブゲートまでのデモ行進・座り込み行動をしました。この日はデモ行進をする際の交通整理を担当することになりました。デモ隊の外からの参加になりましたが、みなさんの熱い想いを肌で実感することができ貴重な体験をさせて頂きました。
3日目は宜野湾市役所から宜野湾海浜公園野外劇場までの約10キロのデモ行進に参加しました。この日はデモ隊と一緒に行進しシュプレヒコールをして沖縄の問題を市民そして日本に訴えました。デモ行進自体は経験がありましたが今回は規模が大きく賛成派の人達との衝突もあり今までとは違うデモ行進でしたが普天間基地の移設反対など沖縄が実際に抱えている問題をしっかりと訴えることが出来たと思います。
4日目の最終日にはセルラースタジアムで行われた県民集会に参加しました。そこには3万5000人という人が集まりこれだけの人が集まり活気のある集会でした。今回の平和行進に参加してみて最初はなんで反対なのかもわからない状態での参加でしたが学習会や実際に現地を見て、そこに住んでいる人の話を聞いているうちに自分のなかで米軍基地反対という考えをもつことが出来ました。基地があるせいで事故や騒音に苦しんでいる人、自分の家族が座り込みやカヌー隊として反対行動をしていて国から暴力を受けている人,この他にも様々な問題があるのに賛成なんて言える訳がありません。なかには基地がないと生活していけない,雇用の問題などから賛成をするしかないなどの意見も聞きましたが元々なかったものと思えばなんてことありません。実際に今の沖縄県はハワイと同じくらいの観光客で賑わっており基地がなくてもそういった問題は補っていけるはずです。
今回の平和行進で感じたこと自分が思ったことを支部に持ち帰って広めるとともに自分の家族や身近な人などより多くの人に今の沖縄がどんな問題と闘っているかというのを教えたいと思います。また来年から参加する人には自分みたく訳のわからない状態での参加ではなく事前にしっかりと勉強し自分の考えを持った上でこの平和行進運動に参加して欲しいと思いました。