第42回沖縄平和行進に参加して(参加者感想)

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沖縄地方青年女性部部長 金城雄介

 

五月十六日に三単産全国の仲間が沖縄入りし、県立武道館にて五・一五全国結団式が行われました。今年も南部戦跡コースの副団長を全港湾が担い、全国結団式で沖縄地方青年女性部部長金城雄介が「南部戦跡コースの副団長として安全にコースを引っ張って行く」と決意表明を行いました。全国結団式終了後、琉球サンロイヤルホテルに移動して三単産・結団式を行いました。三単産の団長に全港湾東北地方の矢内誠也、副団長に全港湾関東地方の寶納雅行、全国一般の南守、全日建の晋山邦弘を選任し「平和行進に向け一致団結して頑張っていきましょう」と声をあげました。終了後の平和学習会では、講師に沖縄タイムス記者の阿部岳氏をむかえ、今の沖縄の辺野古新基地・高江ヘリパットの現状等を勉強しました。

初日は、県民広場から出発し自衛隊基地前を通り西崎運動公園で昼食をとりました。午後のコースは、西崎運動公園から糸満ロータリー向けに歩き、真栄里入り口に入りました。真栄里入り口前では、二〇分程、妨害に遭い行進する事も出来ませんでした。真栄里に入り、南部戦跡コース団長・高教祖の金城比呂子先生のアナウンスで、慰霊碑などの説明を聞きながら給水ポイントに向かいました。給水ポイントから、到着地点のひめゆりの塔までの妨害はあったものの、沖縄の気温より熱い行進団の熱いシュプレヒコールをしながら無事にゴールしました。

二日目は、平和祈念公園から昼食場所である南城市中央公民館に向かいました。出発式では、国籍を問わず沖縄戦で亡くなった二四万余の全ての戦没者に弔いの意を込めて黙祷を掲げました。当日のコースは道幅も狭く、雨も降っていて足元が悪いままの出発でした。ですが、行進団の熱い思いが、雨も止ませ昼食地点では、すっかり晴れてとても暑かったです。午後は、南風原町役場まで歩きました。二日目のコースは、起状が激しいコースで、到着時間も少し遅れてはいましたが無事にゴールしました。

三日目は、宜野湾市役所から出発し、南ウイングコース・北ウイングコースに分かれ、米軍普天間基地を囲うように宜野湾市海浜公園に向かいました。最終日でもある三日目は、行進団の疲れも感じないほどシュプレヒコールが続きました。南ウイングコースは、信号機右折が多く大変ではありましたが、無事に宜野湾市海浜公園につくことができました。午後からの県民大会では、約二、〇〇〇人が参加され、辺野古新基地建設反対、基地のない平和な沖縄をつくろうと声を上げました。

最後になりますが、平和行進に参加された三単産の皆様、街宣車を派遣した横浜支部、先導車を担当した横浜支部の新井さん、アンプ調整をして下さりました中央本部、青年部をサポートして下さりました沖縄地本の皆様、本当にありがとうございました。この熱い思いを胸に、これからも平和活動、組合活動を頑張っていきます。

 

 

神戸支部青年部長 吉村 知

 

2019沖縄平和行進に参加してきました。日程は5日間、初参加でしたので、当初は不安な気持ちでした。沖縄に到着すると、現地は梅雨入りという事もあり、雨天の中全国結団式の会場である県立武道館アリーナに向かいました。そこで各組織のこの度の活動の意気込みを発表し、一人一人、意識を確実に高める事が出来ました。そしてホテルに戻ると三単産による結団式を始め、続く平和学習会においては、パワーポイントを使い沖縄の現地の活動家による目線でより深くリアルな内容に、沖縄が受け続けている深刻な爪痕の深さを認識しました。その後は沖縄の青年部主宰の食事会が催され、楽しいコミュニケーションがとれました。

2日目は初日行進で、20km先のひめゆりの塔を目指しました。レンジャーを志願した私は、独特の緊張感と責任感がありましたが、全国の300人以上の仲間と共に一歩一歩力強く行進しました。午前中から数台の右翼による妨害行為や誹謗中傷等がありましたが、シュプレヒコールと団結という武器の前に、私達を一歩も止める事が出来ませんでした。そうして無事到着したひめゆり資料館を見学して、語り部の方々のお話を伺い、生きたくても死んでしまった、この悲しい犠牲の上に存在する憲法第9条の意味を理解するだけに終わらず、後世にまで存続させられる活動を今後も携わっていきたいと思いました。

3日目は行進2日目、平和祈念公園から19km先の南風原町役場に向かいました。この日は前日と180度変わり、右翼が全く見られず少々面を食らった部分がありましたが、それでも最前列で横断幕を持ち、時には宣伝カーからシュプレヒコールを叫ぶと、後ろから返ってくる声の熱量に、頼もしさを感じました。その後の交流会では沖縄の方々が地本を上げてBBQ交流会を開催してくれました。そこでは過去に共に活動、学習、そして呑み明かした仲間がいて、更に覚えていてくれて、風化していかない仲間の絆の深さに、活動の素晴らしさを再認識しました。

4日目、行進も最終日は快晴の中、宜野湾市役所から8km先の海浜公園を目標に、総勢600名以上の仲間と共に行進しました。この日は行進開始と共に右翼の団体による妨害がありました。非常に激しかったのですが、県道から手を振ってくれる地域住民の方々や、すれ違う車の窓から笑顔をくれた子ども達に力をもらい、欠ける事なくこの3日間歩く事が出来ました。そしてホテルに戻った後夕食の懇親会があり、そこでは民謡が演奏され、会場全体仲間たちと舞い踊り、この4日間を労いました。

私はこの4日間を通して、仲間達との絆と、前進する行動力を身につける事が出来ました。しかしこれで完結ではなく、邁進し続ける事により、一人でも多く影響を与える事の出来る組合員になりたいと思います。最後に、この度の沖縄平和行進が無事に終われるよう尽力してくださった沖縄支部の皆様はじめ、中央執行委員の方々、そして先導の沖縄支部の金城さん、団長の小名浜支部の矢内さん、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

 

 

横浜支部上組名古屋分会 假宿 真也

 

5月16日から20日まで初めて5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました!16日には全国結団式、三単産結団式、平和学習会が行われました!様々な方の話を聞いて沖縄の歴史や現状など学びましたが、僕の中ではこれが日本の中で起こっていることなのかと信じれませんでした。

行進1日目は県民広場からひめゆりの塔まで「辺野古新基地建設をとめるぞ」、「安倍政治を許さないぞ」などシュプレヒコールを上げながら歩きました。ひめゆりの塔に到着後ひめゆり資料館を見学しました。今の自分より一回り違う子達が「解散命令」の名の下で米軍包囲網の中に放り出されて命を落としたと知り、その無念さを思うと胸が痛みました。

行進2日目と3日目はレンジャーを担当しました!最後尾から先頭までの行進団の隊列整理や車の交通整理など他のレンジャーと連携をとりながら取り組みました。体力的にも辛かったが、行進団の中には障がい者や子供達が声を上げている姿をみて元気をもらいました。

3日目のゴール地点宜野湾海浜公園では県民大会が行われ約2千人が集結しガンバロー三唱で平和への思いを1つにしました。沖縄平和行進で学んだ事や経験したことを1人でも多くの人に伝えて興味を持ってもらいたいと思います。そして1日でも早く沖縄に基地がなくなる日を願っています。

 

 

横浜支部上組東京分会  岩本  拡

 

私は、5月17日から20日にかけて3日間、5・15沖縄平和行進に参加しました。私は昨年に引き続き2回目の参加でした。今年は去年より一週遅かったため沖縄で梅雨入りしてからの平和行進となり雨での行進を覚悟していました。しかし3日間雨も降らず快適に行進することができました。

今年は初日の一発目のシュプレヒコールをやらせてもらい気合を入れて元気にやることができました。行進団に戻った際よかったよ!と言ってもらいとても励みになりました。

行進2日目は日差しがとても強く体調を崩す人もいましたが、地元の応援してくれる方々や手を振ってくれる子どもたちに元気をもらい歩ききることができました。

行進3日目はコースは短いコースでしたが最終日ということもありシュプレヒコールもみんな力強く一体となって素晴らしい行進となりました。

去年に引き続き今回の平和行進でも沖縄の方の話を聞いたり、沖縄の現状を見たり、聞いたりして今まで自分がいかに沖縄の基地問題について無関心で無知であったかを痛感させられました。平和行進に参加することで、戦争反対や基地反対を訴えること以外に、参加者全員が地元に帰ってこの貴重な経験を家族や仲間に伝えることが重要な役割だと思います。そして、いつか沖縄の基地問題が解決しこの平和行進がなくなることを心から願っています。最後に今年も我々を受け入れて下さいました沖縄地本の皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

大阪支部  青年部部長  林 涼史

 

2019年5月16日(木)〜20日(月) 沖縄平和行進に参加させて頂きました。自分自身沖縄平和行進の事前学習会に何度か参加してましたが、沖縄平和行進自体は初めての参加でした。行進に参加して、自分の中でイメージしていた以上に悲惨な現状を見て感じました、沖縄県という狭い島にだだっ広く広がる米軍基地、日本にある米軍基地の70パーセントがここにあると聞きました、そして基地がある事によりヘリの墜落事故、暴行事件等々起き、起こした米軍基地の兵隊は日米地位協定に守られてほぼ捕まる事がなく、やりたい放題の現状に憤りを感じました。この現状を変えて行く為にも今後も行進は続け、米軍基地を沖縄から切り離す方法を考えていかないといけない問題だと思いました。貴重な経験させて頂きありがとうございました。

 

 

関西地方大阪支部 河村崇人

 

今回、沖縄平和行進に初めて参加して学ぶ事も多く本当に貴重な経験が出来ました。勉強不足でのスタートでしたが、考えさせられる事、感じた事も多く、先輩から「1度は経験しておくべき」という言葉の意味がわかりました。3日間の行進では炎天下の中、約45キロを歩きました。全国から多くの団体が結集して、皆同じ目的を持って行進している姿を見て、「これが団結か!」と実感しました。実際に参加しないとわからない、言葉では表現できない事だと思いました。

平和行進後、5月20日(月)には2014年から辺野古基地建設の反対運動をしている方に現地案内をして頂きました。ゲート前に座り込み工事車両を止めようとする約50名の人達が、機動隊に強制排除されている光景を目の当たりにし「同じ日本なのに沖縄では大きな問題がある」と色々考えさせられ複雑な気持ちになりました。また1日、朝、昼、夕方の計3回工事車両の出入りがあり、朝には沖縄平和行進から流れてくる人が多く約300名もの人が集まり工事車両の出入りを阻止できたそうです。数の力の凄さを知った反面、なぜもっと人が集まらないのかと疑問を抱きました。

自分や家族、身近な人の問題なら動こうとする人は多いはず。しかし、沖縄の人口145万人に比べるとあまりにも少ないと思い、関心がある人が少ないのかと感じました。5日間でたくさん学び、感じ、考えさせられ一生忘れられない経験が出来ました。

 

 

東海地方清水支部青年部 後藤 允

 

私は、今回の沖縄平和行進で、初めて他の地方の組合員の方達と交流を持つ事が出来ました。色々と話をする中で、様々な問題を抱えながらも、仲間たちと協力し合って、解決に向けて団結して進んでいく姿を感じる事が出来ました。全国に沢山の熱い気持ちを持った仲間がいる事を知り、大変感動しました。以前の職場では、組合も無く、経営者側の一方的な要求で、賃金をカットされるという、憂き目にあうことがありました。なす術も無く、悔しい思いをしました。しかし、今の職場に転職した時は、強い組合がある事を知り、非常に安心した記憶があります。その時の気持ちを今一度思い出し、組合の素晴らしさ、団結する事の意義、たたかう事の意義を、新しく入社した若い世代に伝えて続けていきたいと思います。

今回は、メンバーの一人として参加させて頂き、本当にありがとうございました。沖縄滞在中に、見て、聞いて、感じた事は一生忘れずに、平和への気持ちを熟成し続けていきたいと思います。

 

 

東海地方清水支部青年部 大西 健悟

 

今回初参加となった沖縄平和行進で、右も左もわからない状態でした。沖縄が返還されてから、47年という年月が経った今でも、色々な問題がある事を知りました。辺野古の新基地建設やオスプレイなど、自分たちの住むところではない問題があり、とても良い勉強になり、良い経験となりました。デモ行進をしている時には、温かい声援で出迎えてくれる人も居れば、妨害をしてくる方も居ましたが、温かい声援のおかげで頑張って歩く事が出来ました。また、今回デモ行進をする事によりドローンの禁止が認められたと聞いて、参加した甲斐があったと感じました。まだまだ沖縄には沢山の問題が残っているため、今回だけではなく参加できる機会があれば、積極的に参加をしていきたいと思います。

 

 

東海地方清水支部青年部 副部長 竹田昇平

 

今回、初めて沖縄平和行進に参加するので事前に沖縄の歴史の資料を見てから行きましたが、実際に米軍基地があるせいで、オスプレイの部品が小学校の校庭に落ちてきたり、昼夜問わず米軍が飛行訓練をしている為にうるさくて迷惑していたりと、初日に行った結団式と平和学習会で沖縄のいろんな問題を知って驚く事ばかりでした。

行進1日目、県民ひろばからひめゆりの塔まで一歩一歩沖縄の事を思いながら歩きました。途中、右翼による行進の邪魔がはいりましたが、無事に到着する事が出来ました。2日目は途中の邪魔が入らず、行進終了後に沖縄青年部によるBBQ交流会が開かれ、他の地方の人と楽しく交流する事が出来ました。3日目、右翼の妨害を受けながらも目的地の海浜公園まで到着する事が出来ました。そこに集まった人の数を見てこれだけの人達が全国から沖縄のために1つになって歩いていたんだと思って驚きました。

今回の沖縄平和行進に参加してみて、最初は右翼の妨害や行進による渋滞を見て沖縄のためになっているのかと思いましたが、車から手を振ってくれたり、頑張ってと声を掛けてくれたりする住民もいたので行って良かったと思えました。今年の平和行進は終わりましたが、沖縄の問題が解決したわけではないので、これから沖縄に目を向けて沖縄に対して何が出来るかを考えていこうと思いました。

 

 

東海地方清水支部青年部 八木拓海

 

今回の沖縄で僕は勉強してきた以外の色々なことを学ぶことができました。今まで歩いてきた所が戦争の時アメリカ兵から逃げてきた場所で、ものすごく胸が苦しくなる思いになりました。特に1日目のひめゆりの塔で見てきた戦後の物資と戦争を味わった人の話を聞いて、自分は本当にいい環境で育ってきて恵まれているんだなと実感しました。

沖縄平和行進をやる理由を身近で味わう事ができて、今までの歴史を振り返ると復帰して47年も経過しているにも関わらず、アメリカに沖縄を支配されているように感じました。今回のこの活動を通して沖縄の問題が少しではありますが伝わりました。本当にいい勉強にもなりましたし、これからこの気持ちこの悲惨だった沖縄を身近の人に伝えていき、もっと共感を与えられるようにしていきたいと思います。

 

 

関東地方鹿島港支部 山本恭平

 

2019年5月16日から5月20日の日程で開催された5・15沖縄平和行進に参加させていただきました。予報では三日間雨という事だったのですが、沖縄県民の思い・全国の人たちの思いが天に届いたのか三日間雨は少ししか降らず、思い切ってシュプレヒコールをしながら行進することが出来ました。

三日間行進を行っていく中で思うことがたくさんありました。一番気になったのが、「辺野古新基地建設の問題」です。ジュゴンをはじめ、絶滅危惧種262種を含む5,800種以上の生物が確認されている辺野古・大浦湾の豊かな海が今まさに破壊されつつある。

世界的にも希なこの美ら海を破壊してまで、米・日両政府が建設を強行しようとしている新基地こそは、V字滑走路と軍港、オスプレイやステルス戦闘機F35Bの駐機場、弾薬搭載エリアを有する最新鋭の巨大な軍事基地にほかならない。しかも、辺野古弾薬庫には、使える核兵器の配備が計画されている。このようにアメリカはやりたいことをやる。それを許していいのだろうか。沖縄の人たちの思いを無視し、自由にさせている。このような事はあってはいけないと思いました。

沖縄の為に何が出来るか。自分は感じたこと・沖縄で思ったことを地元に持ち帰り仲間たちに伝えていき、沖縄の事を一つでも知ってもらえるよう活動していきたいです。良い経験が出来ました。本当にありがとうございました。

 

 

関東地方鹿島港支部 高木 涼

 

5月16日から20日の5日間で5.15沖縄平和行進に参加しました。行進前には沖縄タイムスの阿部 岳さんに沖縄の基地問題の現状を教えてもらいました。辺野古新基地・高江ヘリパッドを作ることでジュゴンが住む海、ヤンバルクイナが住む森の破壊や豊富なサンゴ群落などの色々な生物が住む沖縄の海を壊している。さらには、国が先頭に立ってそれを行い沖縄の人たちの民意を無視しているという現状を聞きました。

行進が始まり、僕たちは南部・戦跡コースを行進しました。南部コースでは、ひめゆりの塔・平和記念公園など戦争に関わる所も通りました。途中、妨害の車や人たちがたくさん来て「何しに来てるんだ?」「お前らがやってるのは平和運動とは言わない」という声を聞いて、再度自分たちの行動・運動に対する気持ちを確認することが出来ました。

沖縄の自然破壊、民意を無視した政治は許せないし、これからも戦争なんて起こさせないように小さいことでも行動して次の世代の人たちにも伝えていくことが大事だと思いました。最後になりますが、受け入れて下さった沖縄地本の方々本当にありがとうございました。

 

 

関西地方阪神支部内外フォワーディング分会 古川泰礼

 

2019年度沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。事前に平和行進学習会に臨み、同平和行進に参加しましたが、全日程を終え、少し時間が経つにつれ思うことは、沖縄について、あまりに無知な状態で参加してしまったという事です。沖縄の歴史、米軍基地問題をしっかり勉強し、把握してから参加すべきだったと後悔しております。「基地の無い平和な沖縄」を訴え、平和行進に参加したのですが、人は、自分の身に降りかかってこない事だと他人事であったり、自分には無関係な事と捉えがちになると痛感しました。ただ、平和行進を終え、無事に帰路に着くことができたのは、行進に携わった方々の協力・尽力によるものだと感謝しております。

 

 

関西地方本部築港支部商船港運分会 平山敬仁

 

5月16日(木)から5月20日(月)までの5日間の沖縄平和行進に今回初めて参加させて頂きました。当初は率直に申し上げて右も左も分からない中での行動に多少の不安と緊張感を感じておりました。

16日沖縄到着日に沖縄地方本部の方に頂き、初めて他地方の方にお会いする瞬間でしたが、すごく優しそうな方に出迎えて頂き良かったです。また、空港からホテルまでの送迎の際に私と日本海支部の方2名でホテルまで送迎され、2名で行動できるのが羨ましく思っている中でその方々から昼食のお誘いを受けた際は非常に嬉しかった事を覚えております。

同日の夕方、沖縄タイムスの記者を招き辺野古移設に関する問題や日本政府と米軍との関係性の実態など様々な事を学ばせて頂きました。私はその話の中で地元民は当然の事ながら渦中の末端で働いている従業員の方々はこの問題についてどのように思われて責務に従事しているのだろう、政府や会社から受けて使命に心底同意しながらこの件に関わっているのだろうかと疑問を持ち、記者の方に尋ねるとやはりこの件に反対の気持ちを持ちながらも上層部からの指示であり、自身の仕事に関わる問題なので致し方なく自身の気持ちを押し殺しながらこの件に関わっている方もいると伺いました。私はそれを聞いたときにその方々に同情を覚え、すごく辛いだろうなと思い、この1件にはそのような方々の気持ちも背負って行進を頑張らないといけないなと改めて気持ちを引き締め頑張ろうと思いました。

翌日から3日間、天気は梅雨入りを宣言された中、雨が降りそれほど暑くはないだろうと油断しておりましたが、1日目から曇りでも突き刺さるような日射と紫外線に見舞われながら行進がスタートしました。

暑い中ではありましたが、初めは意気揚々と歩き始め、皆と共にシュプレヒコールを行い、時には沖縄の実態や景色に目を向ける余裕も持ちながら行進をしておりました。行進を続けていく内にその余裕がなくなり、徐々に気持ちが折れそうになっておりましたが、行進中に沿道で声を掛けてくださる住人、マンションなどの建物内から手を振ってくれる子供、応援の意味を込めたクラクションを鳴らしてくれる運転手などの様々な応援を受ける事で気持ちを継続させることができました。行進中、歩いて疲れ果てながらも沖縄の現状を目の当たりにして、私個人としては沖縄のこの和やかな環境を壊すような米軍基地はこの地に必要があるのかを考えておりました。私個人としては必要ないのではと思います。この沖縄平和行進で米軍基地がある事で安全、安心な生活よりむしろ性的暴行や騒音問題など被害を受けて恐怖の中で生活を送る事の方が多いのではないかと思いました。これからも沖縄平和行進は必要不可欠なものであるなと再度認識させられました。

最後となりますが、これからも沖縄平和行進を引き続き行われ、沖縄の未来が明るいものとなるよう祈る中でこれからの活動に私も頑張って生きたいと思います。この度はこのような貴重な経験をさせて頂き有難うございました。

 

 

関西地本築港支部 須藤裕之

 

今回の平和行進に参加し、率直な感想を言うと本当にきつかった。しかし、今までは平和行進というものは知っていたものの何のための行動なのかを知らず、今回参加したことでその意義や実際に行進が行われる時期は辺野古への土砂搬入がstopされている事からその重要性を知る事が出来ました。

沖縄には大半の米軍基地が集中しており、今も尚、県民の方々が多くの不自由を抱えながら生活している。米軍ヘリが小学校の上空を飛行する事が許され、罪の無い子供たちがヘリ飛行時にはシェルターへ避難するという不合理な事実には非常に驚かされました。

参加した各々が何を思って今回の行進に挑んだのかはそれぞれ違うかもしれないが、沖縄を守りたい、その気持ちは今回参加した1,200名に共通したものだと考えます。しかし、自分一人で今回の行進に参加していたらやり遂げる事は出来ていなかったかもしれない。周りに同じ意志を持ってあるく仲間たちがいたからこそ3日に渡り闊歩を続ける事が出来たと思います。この経験をもとに、今後の組合活動をより良いものとしていきたい。

 

 

四国地方徳島支部 近藤貴麿

 

5月16日~20日の5日間で第46回5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。到着した初日に県立武道館アリーナにて全国結団式が行われ、平和行進を皆さんと共にやり遂げようという気持ちになりました。その後ホテルへ移動し、三単産の団結式と平和学習会がありました。講師は沖縄タイムスの阿部岳氏で、沖縄の基地の現状を報告してもらい学習しました。日々の過酷な取材と労力に驚きました。

全港湾は南部戦跡コースへ行進しました。1日目は県民広場からひめゆりの塔へ行進しました。沖縄戦の時と同じルートで南へ行進し、鈴木誠一副委員長の「祈りながら歩いて欲しい」という言葉が胸に響きました。当時の状況や戦争の恐怖を自分でも感じながら日本軍や一般市民がいかに追い詰められて悲惨な状況下にいたのかを思い知りました。一歩一歩祈りを込め、踏み締めて歩きました。

2日目は平和祈念公園から南風原町役場への行進にて青レンジャーもさせて頂きました。体力の消耗は激しかったですが集まった全国の仲間達と居ると、自分も少しでも何か協力をしたいと思い頑張りました。大変いい経験になりました。

3日目は宜野湾市役所から海浜公園へと行進しました。この日は普天間周辺の現状を見ながら行進し、地元沖縄の方々の行進団への応援の声もありシュプレヒコールも掲げる事が出来ました。行進の途中にお年寄りから子供まで手を降ってくれたりして嬉しさともっと頑張ろうという気持ちになりました。沖縄の様々な問題や基地の状況、自分が実際に来なければ感じる事の出来なかった多くの事がありました。やはり1人でも多くの人に力強く関心を持ってもらう事が重要である事と、一人一人が団結する事の大切さを学びました。この行進を地元に持ち帰ってみんなにしっかり伝えていこうと思います。

最後にお世話になった沖縄地本の方々、全国の三単産の皆様本当にありがとうございました。沖縄に平和な未来が来る事を信じます。

 

 

四国地方香川県支部 枦山茂隆

 

今回、初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。行進では沖縄戦の中で一番の激戦区であった、南コースを歩きました。また、最も過酷な戦いが行われた場所ということを聞いていましたが、今はとてものどかで自然が綺麗でした。しかし、戦時中に負傷兵を最後まで看護をしていた女学生達がいたというひめゆりの塔では、住人たちが集団自決したガマなどを見て戦争の残酷さを知る事で、自分達が今歩いているこの場所では、悲惨な歴史があったのだと考えさせられました。
また、平和祈念資料館を見学して、戦時中に多くの無関係な人々が、戦争に巻き込まれ、米兵に見つかれば殺されてしまうと感じ、捕まるくらいなら死んだほうがマシだと集団自殺を考えてしまうほど悲惨な状況であった。そのような中で看護をしている女学生達は毎日、負傷兵の手術に追われ麻酔なしでの手術で骨を鋸で切断していたと知り、とても胸が痛くなりました。戦争をしても何も生まれなく、家族も友達も自然も何もかも失ってしまうと感じる中で、私は戦争の重みを受け止め平和な暮らしを守ることを第一に考えていくことが大切だと思いました。そのためには米軍基地の撤去はどうしても必要であり、平和行進への意気込みが強くなっていきました。
行進の初日はわからない事が多く、不安な気持ちでスタートしましたが、行進経験者の仲間や沖縄の方々の応援等に助けられ無事に三日間の行進をすることができました。特に印象に残っているのは全港湾の仲間の熱いシュプレヒコールと沖縄の人達が手を振ってくれたり、『頑張って』と声をかけてくれたりしたことです。
最後に、これまでの自分これからの自分について考えました。沖縄の基地問題・戦争という悲惨な歴史を繰り返さないことや本土と沖縄の人たちとの温度差があるということは事実であり、沖縄で感じた事や学んだ事などを沖縄の人達の気持ちをできるだけ沢山の人に伝えていかなければいけないと思いました。そして一日でも早く基地問題が解決し、綺麗な海と自然がいつまでも守られ、県民の方々が静かな沖縄で暮らせる事を願います。

 

四国地方松山支部 宮内 渉

 

5月16日から20日までの5日間、沖縄平和行進に初めて参加しました。不安や緊張がある中でも、精一杯活動に取り組みたいと思い出発しました。

初日は移動や全国団結式、三単産団結式、平和学習会がありました。全国団結式は県立武道館アリーナで行われ、平和行進に参加する人達が集結、予想以上の人数と熱気の中、皆が一致団結できる全国団結式となりました。三単産団結式では、一人ずつ自己紹介を含め平和行進の意気込みを発表し合いました。一人一人がしっかりと自分の考えを持ち、その意気込み聞くことによって自分も頑張ろうと思えました。平和学習会では、講師に沖縄タイムス編集員の阿部岳さんに来ていただきました。学習会では沖縄の現状や歴史、沖縄戦の悲惨さ、そして今沖縄が抱える様々な問題を再確認することができました。

二日目は行進初日となり、県民広場で出陣式終了後、距離も長く歩けるか心配もありましたが、戦争中にどの様な気持ちで沖縄の人々が逃げていったのか、一歩一歩感じて行こうと思いスタートしました。行進の途中、右翼団体による妨害がありとても攻撃的で正直怖かったです。緊張して言葉はかんでしまいましたが、精一杯の声を出しシュプレヒコールをしました。真剣に取り組んでいるとあっという間に、ひめゆりの塔についていました。

しっかり歩きとてもしんどかったですが、戦時中降りそそぐ砲弾、迫りくる米兵、食料や飲み水も満足にとれず常に死と隣り合わせの中、逃げなければならなかった人達のことを思えばしんどいとも思えなくなりました。

行進二日目は記念公園を出発して、南風原町役場を目指しての行進でしたが雨予報の中、天気は晴天でとても暑かったです。歩くのに必死で余裕はなく、周りの風景を見ることで今の沖縄を知りたいと思っていましたがとても残念でした。平和行進二日目も無事に怪我無く、だれも欠けることなく終えられて良かったです。

行進最終日は宜野湾市役所を出発し、南ウイングコースを歩き海浜公園を目指しました。最終日という事もあり、行進団にも力が入りシュプレヒコールの声も大きく一致団結できていると感じる瞬間でした。沢山の人達の思いが一つになり、平和行進をできたことは非常に意味ある行動だと学ぶことができました。海浜公園到着後、県民大会がありました。県民大会では平和、人権、環境について考えることができとても良い経験となりました。

平和行進最終日の夜は、三単産夕食懇親会がありました。三日間、共に歩き一致団結して一つの行動を無事に終わらせる事ができた仲間達との懇親会はとても楽しく有意義な時間でした。平和行進の感想を発表する時間があり、一人一人が学んだことや感じたことを聞けて良かったです。

平和行進を終えて感じたことや学んだことは沢山ありますが、沖縄の現状や歴史、自分自身勉強不足でわからないこともあります。これからもしっかり勉強して、今後の組合活動に活かしていきたいと思います。参加された皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

四国地方新居浜支部 松田聖貴

 

私は、今回、五月十六日から十九日までの五日間、平和行進に参加させて頂きました。そこで、私は、聞くだけでは分からない沖縄の現状を目の当たりにしました。
一日目、私達は、平和行進全国結団式に参加させて頂きました。これから行われる平和行進に向けて、参加者の方々の行進に対する熱い思いを受け、自分自身も頑張ろうと硬く決意しました。
次の日から、平和行進が始まりました。三日間で合計で約42㎞ほどの道程を歩かせて頂き、道中では、シュプレヒコールをさせて頂きました。熱い思いを声に乗せて、シュプレヒコールを行いました。
一日目の行進後には、ひめゆり平和祈念資料館の見学をさせて頂きました。そこでは、沖縄戦での悲惨な爪痕を証言映像という形でしたが、戦時中の実際の様子を聞き、見ることが出来、私は、もうこのような戦争を起こさないよう、活動していかなければならないと、強く思いました。
私は、この平和行進で平和の尊さ、この平和を守っていくために何をしていくべきか深く考えさせて頂きました。この経験をこれからの活動に生かし、頑張っていこうと思います。

 

九州地方関門支部 宮前尚命

 

今回、初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。初日、県立武道館アリーナにて全国結団式を行ない、ホテルに戻って三単産結団式、平和学習会をしました。今までは、戦争のこと、沖縄の歴史、基地問題など客観的な感覚でした。しかし、結団式での高良鉄美さんの話、平和学習会での阿部岳さんの話を聞いて戦争は悲しみしか生まないと初めて心から思えました。そのために自分たちが沖縄県に来て平和行進をやるこ事の意味を知りました。

行進初日は曇りで風もあり歩きやすい天候でした。沖縄県庁からスタートし、ひめゆりの塔へ行進。私は普段運動不足おせいか足腰が痛くなり、めげそうになりましたが皆の熱い気持ちや地元の温かな応援のおかげでなんとか完歩することができました。

2日目は、平和祈念公園から南風原町役場までの行進でした。沖縄は梅雨入りしたにもかかわらず晴天になりました。沖縄の日差しと暑さはものすごいものでしたが体が行進になれたのか初日より楽に行進できました。

3日目は宜野湾市役所から宜野湾海浜公園までの行進、そして県民大会でした。3日目の行進は午前中だけでしたがシュプレヒコールのも力が入り参加者全員が一体となって平和を訴えました。

4日間を通して、沖縄の歴史、沖縄が抱えている問題を知り感じることができました。このことを身内や地元の仲間、次の世代の人達に伝えていかなければならないと思いました。また全国の組合員と交流を深めることができ、とてもいい4日間をすごすことができました。ありがとうございました。

 

 

九州地方関門支部 宮里 勉

 

5月16日から20日までの日程で、第42回5・15沖縄平和行進に参加してきました。初日は、県立武道館アリーナで全国結団式が行われ、各代表の方々から挨拶をいいただき、最後に平和運動センターの山城博治議長のガンバロー三唱で4日間の平和行進が始まりました。終了後、ホテルで三単産・結団式が行われ、平和学習会では講師の阿部岳さん(沖縄タイムス記者)に沖縄の現状について学び、初日は終了しました。

行進1日目は、南部・戦跡コースに参加し、県庁前の県民ひろばからひめゆりの塔まで約19kmを歩きました。このコースには、戦時中日本軍が本島南部に後退する時に通った場所がありました。そこでは、南部へ逃れようとする住民と撤退する部隊が混在し、米軍の標的になり、無差別な攻撃で多くの住民が命を奪われ犠牲になったそうです。沖縄戦による死者は約20万人と言われています。ひめゆりの塔では、平和祈念資料館を見学しました。そこには看護要員として動員された学徒隊が突然の解散命令で戦場に放り出され沢山の方が亡くなった事が記されていました。館内には沢山の遺影が掛けられており、戦時中の悲惨さを改めて思い知らされました。

行進2日目は、平和祈念公園から南風原町役場まで約17kmを歩きました。道中には所々に戦争で受けた痕跡があり、戦闘の凄まじさを感じました。いつどこから銃弾や砲弾が飛んでくるか分からない中、飢えや怪我で苦しんでいる人がこの地に多勢いた、その状況を思うとやるせない気持ちになりました。

行進最終日は、普天間基地包囲南ウィングコースを宜野湾市役所から宜野湾海浜公園まで約9kmを歩きました。ゴール地では「平和とくらしを守る県民大会」が開催され約2000人が集まり、参加者全員のガンバロー三唱で4日間の平和行進は終了しました。

沖縄では、復帰して47年経った現在も様々な問題を抱えています。基地の建設、基地による騒音、事故、米兵による凶悪犯罪など、沖縄に米軍基地がある限りこの問題に解決はありません。1日でも早く平和な島沖縄を取り戻す為にこれからも県民と全国の仲間が一丸となって闘い続けなければならないと思いました。

 

 

九州地方関門支部 戸田政茂

 

5/16九州支部の方々と本土復帰47年5・15沖縄平和行進のため沖縄県へ行きました。沖縄県は梅雨入りし小雨の中移動し、全国から集まった仲間達と5・15沖縄平和行進のための結団式を行い、団結頑張ろうで締めホテルにて三単産・結団式をし、平和学習会では講師『阿部 岳』さんが、沖縄の現状について説明してくださり、沖縄の地がどれだけ危険で迷惑しているなど勉強になりました。平和行進初日は沖縄県庁前に集まりレンジャーとして参加し、ひめゆりの塔まで当時歩いたとされている道のりを歩きました。途中右翼に激しく邪魔され止まったりしましたがシュプレヒコールを上げて負けることなく一歩一歩沖縄の地を歩きました。歩いていると高齢者の方々や親子連れの人達から励ましや感謝言葉をもらいました。

二日目は平和祈念公園から南風原町役場まで、終わってからは沖縄地本でバーベキューをして全国の仲間と交流を深めました。準備等をしてくださった沖縄支部の皆様には感謝しています。ありがとうございました。

最終日は晴天の中、地元では味わえないような沖縄の暑さに驚愕し、宜野湾市から海浜公園、基地の周りを歩きました。午後からは海浜公園野外ステージにて県民大会がありガンバロー三唱で沖縄平和行進が終了しました。

この歩いた三日間、平和行進で各所を歩き当時の事や現状を思うと胸が痛くなり、これからの子供達に戦争を体験させてはいけない。危険な基地の撤退。沖縄本土の平和を願う気持ちが一層強くなりました。今回、戦闘機など飛んでいる所は確認できなかったがオスプレイ事故、新基地建設、騒音被害などで恐怖や不安の中で生活している沖縄の人を思うと1日でも早く現状を変えて、平和な沖縄を目指し平和行進をしなくていい日が来るように団結して頑張ってもらいたいです。

今回沖縄平和行進に参加し貴重な体験ができ、これからの沖縄のために少し貢献できたのかなと思いました。これから多くの事に積極的に参加し勉強し伝えていこうと思います。そして今回参加された方お疲れ様でした。ありがとうございました。

 

 

九州地方博多支部 園田大輔

 

1日目那覇空港に到着した時に戦闘機が配備されていてこれが沖縄なんだなと改めて感じました。ホテルチェックイン後すぐに徒歩で全国結団式の会場県立武道館アリーナへ移動、移動中にも自衛隊の車両と数台すれ違いました。全国結団式には様々な団体総勢500人が参加しており、平和運動センターの山城議長が「一致団結して平和を守る戦争の道は許さないという声を上げていきましょう。」と挨拶されていました。全国結団式終了後三単産結団式、平和学習会を行いました。学習会では沖縄タイムスの阿部岳記者から講話があり、辺野古新基地問題、高江ヘリパッド建設問題、オスプレイ墜落問題について話をしていただきました。中でも印象に残った話が米軍のヘリコプターの窓枠が宜野湾市立普天間第二小学校に落下し男児1人が落下物の影響で飛んだ石が手に当たり怪我を負うという事件でした。その後も保育園に米軍機の部品が落下する事件もおきているにも関わらず政府が取った行動は同小学校にシェルターを設置するというものでした。避難回数は年間600回を越えており、一日約三回から四回避難しているそうです。その話を聞いて今回の平和行進の大切さを感じました。

平和行進1日目 行進は中北部、基地コース、南部戦跡コースに分かれ私達三単産は南部戦跡コースを行進しました。出発式を県民広場で行い~泉崎交差点~R58~軍港前~自衛隊基地前~高良あおぞら公園~R33豊見城バイパス~豊崎~沖水高前~川尻橋~R331~糸満ロータリー~真栄里入口~真壁~伊原~ひめゆりの塔まで行進しました。ひめゆりの塔到着後ひめゆり平和祈念資料館を見学しました。施設の中には当時の資料や身に付けていた所持品などが展示されており見学する中で沖縄地上戦終盤は若い女の子ですら機関銃や手榴弾などの使い方を訓練し当時の教育の天皇のためお国のためという教えに何も疑問を抱かず当たり前に受け入れられていたという今の時代では信じられない話に言葉が出ませんでした。またこういう時代を繰り返さないためにも今を生きる人もたくさんの事を勉強し学んでいかないといけないと強く感じました。

行進2日目 平和記念公園平和の火を出発しR331~具志頭交差点~南の駅やえせ~向陽高校前~奥武入口~県道48号線~稲峰交差点~県道77号線~大里農村改善センター~仲間入口~喜屋武交差点~南風原陸軍病院壕前~南風原町役場まで行進しました。行進中は初日より沿道、民家から手を振ってくれる方、ありがとうと言ってくれる方も多く、3日間の行進を通して思った事は長時間の道路封鎖や交互通行などにもほとんどの方が文句も言わずに応援してもらってとても意味のある行進なんだなと感じました。行進終了後は沖縄地本にてBBQ交流会に参加し沖縄支部の青年部の方たちとも交流しました。

行進最終日 最終日は2コース合同で出発式をして宜野湾市役所を出発し南コースは長田交差点~沖国大前~真栄原GATE~真栄原交番前~上大謝名~森川公園~宜野湾海浜公園まで行進しました。最終日はレンジャーをさせてもらい、行進の誘導、交差点の封鎖しました。最終日ということもあり右翼団体の妨害も激しかったです。宜野湾海浜公園到着後野外劇場にて「平和とくらしを守る県民大会」が行われ北コース、南コース合わせて1000人を超える方が参加しました。3日間の行進を悪天候にも右翼団体の妨害にも負けずシュプレヒコールをしながら一致団結し歩ききることができました。普段テレビでしか見ることの無い現実を間近で感じて団体で何かを訴える力強さを実感しました。各地方の方とも親交を深めることができ、仕事や組合活動の話など多くのことを学ぶことができました。中々体験できないことを目で見て、耳で聞いて、肌で感じてとてもいい経験になった5日間でした。この経験をこれから先に活かせるように頑張りたいと思います。

 

 

九州地方博多支部 武田巧也

 

5月17日から5月19日にかけて「第42回5・15平和行進」が行われ、博多支部から2名参加しました。72年5月15日に沖縄が本土に復帰して47年が経過し、78年から毎年5月15日前後に平和行進が行われ、今回が42回目となりました。

1日目はホテルチェックイン後、県立武道館アリーナへ移動し全国結団式が行われ全国から多くの団体が参加しており平和行進の規模の大きさに驚きました。全国結団式では平和運動センターの山城議長を始め海外からの参加者の方からの挨拶があり全国結団式終了後、三単産結団式が行われ2日目から始まる平和行進に向け団結を深めることが出来ました。

その後、沖縄タイムス編集員の阿部さんを講師に向かえ平和学習会をしました。学習会では記者の人にしか体験できないような講和を聞くことが出来、機動隊が一般の人にきつい言葉を言ったり、米軍が事故を隠蔽したりなどの話を聞き私達が新聞を見ても分からないリアルな現実を知ることが出来ました。また、小学校に米軍ヘリの窓枠が落下、その後も保育園に米軍機の部品が落下という事件を受け政府はシェルターを設置するだけという杜撰な対応は許されるものでなく平和行進を通し「基地撤去、新基地建設反対」と強く発言していこうと思いました。

行進1日目は県民広場で出発式を行い泉崎交差点~R58~軍港前~自衛隊基地前~高良あおぞら公園~R33豊見城バイパス~豊崎~沖水高前~川尻橋~R331~糸満ロータリー~真栄里入口~白梅の塔~真壁~伊原~ひめゆりの塔までの約19kmを「命どう宝」、命こそ宝という意味の言葉をスローガンに掲げ行進し、途中、行進の最前列を歩きながらシュプレヒコールをさせてもらい行進の一体感を感じながら1日目を完歩しました。ひめゆりの塔に到着し、ひめゆり資料館を見学。資料館ではガマと呼ばれる洞窟のレプリカが展示されていて、この中で約140人の人が避難していたと書いてありました。ガマの中は暗く声を出すと米軍に見つかってしまうという恐怖に怯えながら避難していたそうです。他にも戦争を経験した人の話が冊子で残されていて当時の恐ろしい体験を読ませてもらい、二度と同じことを繰り返してはいけないと改めて感じました。

行進2日目は平和祈念公園~R331~具志頭交差点~南の駅やえせ~向陽高校前~奥武入口~県道48号線~稲嶺交差点~県道77号線~大里農村改善センター~仲間入口~喜屋武交差点~南風原陸軍病院壕前~南風原町役場までの約15kmを行進しました。2日目はレンジャーをさせてもらい、行進の安全と一般車両の交通整理をして1日目では分からなかったレンジャーの大切さを感じ、責任感のある役割を体験できました。行進終了後、沖縄地本にてバーべキュー交流会をし沖縄地方の青年部の方々と交流を深めることができました。

行進3日目は宜野湾市役所から宜野湾市海浜公園を北ウイング、南ウイングと二手に分かれ私は南ウイングを約7km行進しました。南ウイングは宜野湾市役所~長田交差点~沖国大前~真栄原GATE~真栄原交番前~上大謝名~森川公園~宜野湾市海浜公園を目指すコースで道中、一般の方からの「がんばれ!」「ありがとう!」など声援や拍手をたくさんの方から頂き基地のない平和な沖縄を作りたい気持ちや辺野古新基地建設をを止めたい気持ちが強く伝わりました。その後、「5・15平和とくらしを守る県民大会」が宜野湾海浜公園屋外劇場にて行われました。大会参加者は1000人を超え平和運動センター幹事、大城由美子さんから基地建設の現状を聞き「辺野古新基地建設NO」という沖縄の圧倒的な民意を無視し絶滅危惧種のジュゴンや豊富なサンゴ群落などの生物多様性の美ら海を埋め立てることは観光立県沖縄の未来を崩壊させる暴挙であると感じました。

この3日間を通したくさんの妨害や罵声を受けましたが、参加者全員が毅然とした態度で行進を行い、また、各休憩場でお茶や塩アメ、休憩のための敷地を提供してくれた多くの方々の協力があり3日間無事に完歩することが出来ました。最後に、私はこの平和行進をいずれやめなければいけないと思います。なぜなら、世界的に平和を実現できればこの平和行進を行う必要がなくなると思うからです。しかし、これにはとても時間がかかるはずです。ですから職場の人や家族、友人などに今回体験した貴重な体験、平和の大切さ、戦争の愚かさを伝えていくことが私に出来る平和活動であることと信じ今後5・15沖縄平和行進に参加できる機会があれば、是非参加していきたいです。

 

 

九州地方長崎県支部  桑原将太

 

2019年5月16日〜5月20日私は、今回初めて5.15沖縄平和行進に長崎県支部として参加し、南部〜戦跡コースを三日間、シュプレヒコールを掲げ行進しました。平和行進前日には、平和学習会が行われ、沖縄の米軍基地問題、嘉手納基地、普天間基地、辺野古新基地建設問題と、様々な問題を抱えているという沖縄の現状を知ることができました。その後は、三単産の結団式を行いました。

行進1日目は、ひめゆりの塔を目指し県民ひろばから行進しました。今回歩いた南部〜戦跡コースは、沖縄本土戦の中でも激戦地で当時の沖縄の人々が逃げ歩いた土地で、山道を歩いてる山の中にまだ戦時中に亡くなられた方が埋まっているかも知れないと聞き、ものすごく心が痛みました。1日目のゴールであるひめゆりの塔では、ひめゆり平和祈念資料館を見学し、子供達がひめゆり学徒隊として、戦争に参加させられていた事知りし衝撃を受けました。

行進2日目は、平和祈念公園で出発式を行いスタートし、南風原町役場までシュプレヒコールをあげながら行進しているとお年寄りや、子供達から手を振ってくれたりしてくて、疲れていても頑張らなければという気持ちになりました。夜は、沖縄地本にて青年部・BBQ交流会があり、他の支部の方達ととてもいい交流ができました。

行進3日目は、宜野湾市役所で出発式を行い普天間基地を取り込むように南ウイングと北ウイングコースで分かれて行進しました。最終目的地である宜野湾海浜公園では、県民大会に参加し大勢の方達との団結ガンバローは、凄かったです。

3日間の行進で、右翼の妨害もありましたが、みんなが全力を出しきれたのも、コース各所に給水所を設置してくださった地元自治体の皆さんのおかげで無事に完歩できたと思います。それと、全国の仲間と目標に向かって行動することの、素晴らしさを学びました。今回、初めて平和行進に参加し不安がありましたが、仲間達と励ましながら完歩する事ができ、そして、この平和行進をやり遂げた全港湾の仲間との絆をこれからも大切にしたいと思いました。最後に、沖縄と同様に私が住んでいる佐世保にも米軍基地があります。このような問題を解決するために、行動し声を上げていかなければならないと強く思いました。今後このような活動や運動には、積極的に参加し、周りに伝えて行こうと思います。

 

 

九州地方長崎県支部 馬場祐一郎

 

5月17日から19日にかけて第31回5.15平和行進が行われました。72年5月15日に沖縄が本土復帰して47年が経過し今回が42回目。今年は、中北部・基地コースと南部・戦跡コースの2コースに分かれて行進しました。三単産、全港湾・全国一般全国協・全日建連帯の団としての参加で自分は南部・戦跡コースを行進しました。南部・戦跡コースの出発式は那覇市の県民広場で開かれ、沖縄平和運動センターの比嘉京子副議長が「戦争でもって平和が訪れることはない。沖縄の現状を皆さんと一緒に考えていけたら」とあいさつ。その出発前日の飲み会の時にレンジャーにならないか、と誘われ何もわからなかったがこれも経験あるのみと思いレンジャーへ。レンジャーの仕事内容的には行進団の保護と交通整理が主にと聞いてそこまできつくないだろうと思っていました。しかしいざやってみると歩き走り歩き走りの連続に加え右翼との激しい戦闘が・・・。少し甘く見過ぎた所もあったかと思えました。

行進初日、雨予報だったものの天候にも恵まれ暑い陽射しの中、沖縄県庁からスタートし、ひめゆりの塔へと行進を始めました。慣れない日差しや暑さに負けそうになりましたが、皆の熱い気持ちや地元の温かな応援のおかげで自分の気持ちを奮い立たせて完歩することが出来ました。

2日目は、右の方の反対運動もなく平和の火から南風原町役場までのゴールを目指しました。平和の火の前で出発式を始める前に、国籍や軍人、民間人を問わず沖縄戦で亡くなった約24万人の方に黙祷をし、戦争をしてはいけないと心に誓いました。

シュプレヒコールも体験でき声は枯れませんでしたが大声で訴えられたかなと思います。

平和行進最終日はレンジャーをしながらのシュプレヒコールを行いました。本当に暑い中でしたが、みんなで一生懸命声を出し、最後まで頑張ることが出来たと思います。最終ゴール地点に着いたときは、今までの活動の中で一番の達成感を味わうことが出来ました。

今回の活動を経験し他にも様々な活動に参加したいと思いました。とても貴重な経験が出来、又、良い勉強となった事で今後の自分のためになりました。本当にありがとうございました。また機会があれば是非参加したいと思います。

 

 

九州地方苅田支部 久冨神聖

 

この度、第42回 5.15 平和行進に初めて参加させてもらいました。初めての参加だったので不安と緊張でいっぱいでしたが各支部の方々に支えて頂きました。
行進初日では梅雨入り予報が嘘のように雨が降ることなく天候にも恵まれ、県民ひろばで出発式を終え、ひめゆりの塔に向けてスタートしました。なれない暑さの中約19キロの道のりを歩く中何度も心が折れそうになりましたが、皆さんと共に大きな声でシュプレヒコールをする中、地元の方々の「頑張って」や「ありがとう」など、温かな声援や拍手を頂き事で折れそうな心が復活し完歩することができました。ひめゆりの塔に着くと少しの時間ですがひめゆり平和祈念資料館を見学することができました。中に入って資料を見るたびに鳥肌が立ったのを覚えています。240名のひめゆり学徒隊は約3カ月間で136名もが犠牲になり、この犠牲者の中には、突然の解散命令で取り残されて逃げる事も出来ずに亡くなった人や負傷した友達を助けるために逃げ遅れて亡くなった人や自決した人も多くいたのをしり、この様な惨劇を二度と繰り返さないよう強い気持ちで行進したいと思い初日が無事に終えることができました。
行進二日目ではホテルからバスで移動をし、平和祈念公園から南風原町役場を目指しスタートしました。初日に感じた事を活かし大きな声で行進することができました。
夜には、沖縄地本の方々とバーベキューをし、最終日に向けて親睦を深め2日目を終えました。
行進最終日では出発後すぐにシュプレヒコールをかけさせてもらいました。噛んでしまったとこもありますが大きな声でかける事が出来ました。これも、色々な方々の話を聞く中で自分の反戦の気持ちが強くなったからだと思いました。そして宜野湾海浜公園屋外劇場につき「平和とくらしを守る県民大会」が開催され無事に終了しました。今回参加させてもらい感じた平和の思いや、戦争の悲惨さを多くの人に伝えて行きたいです。最後になりますが沖縄地本の皆さん受け入れ、準備等ありがとうございました。

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部 花枝寛朗

 

私は今回、初めて沖縄平和行進に参加させていただきました。沖縄に向かう途中、現地はどのような状況なのか、全国の方々とうまく会話ができるかなど不安を感じながら向かいました。現地入りすると、全国結団式を行いました。自分の予想をはるかに超えた人数が集結し驚きを感じたとともに、精一杯この活動に取り組みたいと感じました。 その後は、ホテルで三単産結団式・平和学習会がありました。

学習会では、沖縄の抱える問題・現状など様々なお話をいただきました。そのお話の中で、基地があることにより昼夜問わずヘリや戦闘機が上空を飛び、その部品などが小学校に落ちてくることもあると聞きました。自分では想像もしたこともない日常です。基地があることで毎日不安を抱えて生活をしている方々がいることに心が痛くなりました。

行進は、南部・戦地後コースを行進しました。初日は、県民広場からひめゆりの塔までの19キロの行進でした。気温が高い中の行進でしたが、みんなでシュプレヒコールをあげながら行進をしました。自分もシュプレヒコールをさせていただき、緊張しつつも大きな声でゴールできたと思います。行進していると、多くの方々が手を振ってくれたり、「暑いけど頑張って!」と声をかけてくれたりして下さる方がいました。長距離の行進に正直きついと思っていた自分がいましたが、このような温かい心を持った方々の為にも頑張らなくてはいけないと気持ちを強く持つことができました。行進を続けていくとガマがあり、戦争の爪痕を見て感じました。ガマの中で恐怖心を持ち、身を隠し生活をしていた当時のことを考えると、今の平和な生活にありがたみが込み上げてきました。ひめゆりの塔では、当時の遺品や写真、記録があり戦争の実態、犠牲者の悲しみ・叫びが自分の胸の中に深く刻み込まれました。

2日目は、平和記念公園から南風原町役場への道のりでした。平和記念公園の平和の礎には、国籍や軍人、民間人の区別なく沖縄戦の戦没者の氏名が刻銘されており、沖縄の歴史の中で培われた平和の尊さを感じました。コースは、登り坂が多く大変な道のりでしたが他の支部の方たちとの会話や旗の持ち合いをし、良い雰囲気で行進しきることができ、団結感が増したと感じました。この日の夜はバーベキューが行われ、みんなとのコミュニケーションをとることができ、とても楽しく過ごせました。料理を振舞ってくださった沖縄地本の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。

平和行進最終日もシュプレヒコールをしながらの行進でした。3日目ということもあり、緊張もほぐれ良い雰囲気の中、行進をすることができました。途中右翼による妨害もありましたが、妨害に屈さない大きな声でのシュプレヒコールをしながらなんとかゴールすることができました。安ど感もありましたが、それ以上の達成感を味わうことができました。自分たちが貫徹することができたのは、応援の声、給水して下さった各支部の多くの方々の支えがあったからです。自分たちの取り組みに手を差し伸べてくださった人たちへの感謝の気持ちを忘れず持っていたいと思います。

実際に沖縄平和行進に参加し、米軍基地の存在に反対な方もいれば、賛成な方もいて様々な意見を目で見て肌で感じました。この問題は、双方の意見を尊重しあい力ではなく、何らかの方法を見つけ解決しなければならない問題だと思います。そして、二度と同じ過ちを繰り返してはいけないと強く感じました。

今回、沖縄で暮らす方々の声、全国の仲間の声を聞き、たくさん得られるものがありました。全国の仲間と交流・団結できたことや沖縄の現状を直接体感でき、とてもK長で追い経験ができました。今後戦争の教訓を忘れず平和なことを当たり前だと思わず生活していく必要があると感じました。

 

東北地方ひたち支部青年女性部 栗原拓哉

 

沖縄平和行進は初参加なので期待と不安の中で当日を迎えました。初日の平和学習会で沖縄タイムス記者の阿部氏より沖縄の現状報告を聞く機会がありました。そこで辺野古新基地建設に対する県民投票の結果、賛成19%、反対72%、どちらでもないが9%と約7割の方が反対という話を聞き、しっかりと活動しなくてはならないと思いました。平和行進がスタートし、初日から長距離を歩き大変ではありましたが、沿道からたくさんの方の声援をいただき、最後まで元気に更新することが出来ました。

しかし、自分たちと同じ世代の人達からの応援の声は少ないと感じました。そこには家庭の事情等たくさんの理由があり、声をあげられない人たちもいると思います。しかし、この問題に関して無関心な人も数多くいると思います。これは、地元茨城で行っているJCO臨界事故集会に参加したときにも同様な感想を持ったことを覚えているからです。自分を含めてですが、もっと自分の地域で起こっていることにアンテナを張って、自分の思いや考えを伝えたり、周りの人と意見交換したりするような、アクションを起こしていかなければいけないと感じました。

沖縄県民、日本国民が納得できる結果を勝ち取り、沖縄平和行進を良き思い出として語れる日が一日でも早く訪れる日を心から祈っています。それまで私も共に闘っていきたいと思います。

 

 

東北地方ひたち支部青年女性部 進藤光夫

 

今回が初めての沖縄平和行進参加となり、正直不安もありましたが、初日の結団式で地元の方々から沖縄の現状や問題のお話を聞いているうちに、不安が消えて平和行進へのやる気がどんどん満ち溢れてきました。ホテルに戻ってからの平和学習会では沖縄の現状や基地の歴史、新基地建設問題などを詳しく知ることが出来ました。

平和行進初日はレンジャーをやらせていただき、妨害もすごかったですが、みんなでひるむことなく行進することが出来、団結の力は本当にすごいなと思いました。そして、沖縄県庁前の県民広場からひめゆりの塔まで約19㎞の道のりを更新し、無事レンジャーの役目を果たすことが出来ました。ひめゆり資料館では、戦争によって亡くなった方々の写真などがあり、本当に胸が苦しくなりました。もう絶対に戦争など起きてはならないと強く思いました。平和行進2日目は平和祈念公園から南風原町役場まで焼く15㎞の道のりを行進しました。行進中は現地の方々が手を振りながら「頑張れ!」と励ましてくださり、小さい子供たちからも「バイバイ、頑張ってね」と言葉を掛けられ、一日でも早く平和な沖縄になってほしいと心から願いました。平和行進最終日は米軍の普天間基地を囲むようなコースを約8㎞行進し、最終日だけあって、行進もより一丸となって行進しているのを感じました。そして、ゴールである宜野湾市海浜公園に到着した時の達成感は一生忘れられない経験になりました。その後の県民大会で現地の方からの日本政府への思いや訴えを改めて聞いて、これからの沖縄、そして日本を危険のない平和な国になっていくよう活動していきたいと思いました。今回、貴重な経験をさせていただき、本当にありがとうございました。この経験を若い人たちにもしっかりと伝えていきたいと思います。

 

 

東北地方塩竈支部塩竈分会 清野泰広

 

16日から20日までの5日間で行われた、沖縄平和行進に参加しました。16日、15時から県立武道館アリーナで、全国結団式をしました。そこでは、平和行進をやろうと思ったきっかけや、行進するにあたっての団長の注意事項などを確認しました。17時からは、全港湾、全日建、全国一般の団体で結団式を行い、その後平和学習会に参加し、沖縄の歴史について学ぶことができました。

17日、9時から県民広場で出発式をやりました。多くの人が行進に参加し沖縄を変えようという思いを強く感じました。初日はひめゆりの塔に到着した後、ひめゆり資料館を見学し、ひめゆり学徒が戦時中どんな思いをしていたのかを学び、また戦争の傷痕があり心が痛くなりました。

18日、9時から平和祈念公園で出発式を行いましたが初日より参加者が多くいました。この日の懇親会は、沖縄地方青年部がBBQを準備していただき、各地方、青年部の仲がより一層深まったと感じました。

19日、最終日は9時から宜野湾市役所で出発式をやりました。最終日は沖縄で学んだことや沖縄の方の気持ちを聞いたからこそ、シュプレヒコールも大声で訴えることが出来ました。目的地である海浜公園に到着後は県民大会に参加しました。沖縄の市長や、議員、団長の話を聞き、反戦平和や基地問題について改めて考えていきたいと思いました。

今回私は、初めて沖縄平和行進に参加しました。本当に貴重な体験をさせて頂きました。この体験した経験を生かし、自分の地方でも広め未来をより良くしていきたいと強く思います。

 

 

東北地方塩竈支部塩竈分会 木村拓哉

 

今回、初めて沖縄平和行進に参加させていただきました。正直、自分の中で理解できていない部分もあったので、事前に勉強会を開いていただいてから参加しました。教わった事を踏まえて現地に行き、たくさん思う事がありました。

全港湾は、実際に戦場であった南部コースを行進しました。何の罪もない人々が次々と死をつげている場であり、実際に平和祈念公園で20万人余りの人の名前が刻んであり、心が痛くなりました。行進中には、元気に手を振って応援してくれる子供達、年配の方を目にして絶対に戦争を阻止しなければいけないと思いました。

3日目に、普天間基地の周りを行進しました。沖縄の約10%を占める米軍基地、街づくりなどの地域開発にも大きな障害になっていると聞きました。航空機の騒音、ヘリコプターの墜落、米軍による少女暴行など、大きな不安を抱えて生活している県民の為にも早く撤去しなければいけないと思いました。基地従業員の人件費、光熱水料、基地の建設費を日本が負担している事も、全く理解できませんでした。

辺野古の新基地建設に関しても、ジュゴンが住む美ら海、サンゴを失っては、いけない  ただ県民の不安が多くなるだけなので絶対にダメだと思いました。その他にも、たくさんの問題がありますが、沖縄の問題でなく、日本の問題として国民一人一人が考えていかなければいけないと思いました。行進をしていて応援してくれる人もいれば、興味もなさそうに見ている人もいて残念だなと思う部分もありました。

生きたくても戦場で失われた数多くの尊い命を忘れず、平和な未来を作る為にも、実際に見た沖縄の現状、感じた事を、支部の仲間、身近な人、友人など多くの人に伝えて一日でも早く沖縄、日本の平和の力になれる様活動していきたいと思いました。

 

 

東北地方酒田支部 後藤真太郎

 

5月16日〜19日、5.15沖縄平和行進に参加させていただきました。今回初めての参加でしたが、基地問題や戦時中の事を事前に調べて平和行進に望みました。

16日は全国結団式とホテルで三単産結団式と学習会がありました。沖縄は現在も日本の法律が通用しないという話を聞き憤りと何とかしたいという気持ちになりました。

17日県民広場で出発式をし、自分達は南部·戦跡コースを回る事となりました。県民広場からひめゆりの塔までの行進でした。ひめゆり資料館では戦争の悲惨さを強く感じました。

18日平和行進2日目は、祈念公園から南風町役場まで行進しました。住宅地を通って行きましたが、通っている所は全て戦争の傷跡が残っていて、まだ不発弾もあるということで自分達がこうして行進する事で何か変わっていけばいいと思いました。

19日行進最終日、3日間集大成として全体が普天間基地を囲うように歩く事となりました。妨害もありましたが、皆が声を出し全力を出し無事にゴールする事が出来ました。

今回、沖縄平和行進に初めて参加して、自分が今まで聞いていた話と現地で聞く話とは違いがあり、戦争の残酷さなどを子供たちにそんな思いをさせてはいけない。日本を戦争が出来るようにしてはいけないという事を強く思いました。沖縄の綺麗な自然を破壊する基地建設、昼夜問わず飛び交う米軍ヘリ、そして住民が安心して生活出来ない米軍基地は沖縄だけの問題ではなく日本の問題だと感じました。沖縄での活動を通して政府に訴え、そして自分が地元に持ち帰りみんなに訴えることが大事だと思いました。

 

 

東北地方酒田支部 菅原啓資

 

今回、第46回沖縄平和行進に参加させていただきました。私自身初めての参加でしたので実際に現地での活動をしっかりと経験して来ようと思っていました。ホテルで行われた三単産の学習会では、沖縄タイムズ記者  阿部岳さんを迎えて基地設立での自然破壊やオスプレイの爆音問題などの話を聞きました。

行進初日は日差しも強くなく雨雲はあるも、土砂降りにはならず丁度良い天気で初行進となりました。戦争跡地を行進し、現地の住民の方々から手を振って応援していただいたりもしました。

行進2日目の朝は小雨が降っていましたが昼には快晴となり、強い日差しの中南風原町役場を目指しました。初日の疲れも残っていましたが、現地の方々の応援もありこの日も最後まで行進することができました。

行進3日目は最後の行進を終えた後、県民大会に参加しました。会場では基地問題や自衛隊の増強問題など1日でも早い解決を望む人ばかりでした。

今回初めて平和行進に参加して、自衛隊、オスプレイ、自然破壊、爆音問題など人が住む場所にはあってはならないことだと思いました。1日でも早く問題が解決して平和行進などなくなるような沖縄になってほしいと思いました。

 

 

東北地方小名浜支部 矢内誠也

 

5月16日から20日の5日間5.15沖縄平和行進へ参加しました。私は今回3単産の団長として活動させていただきました。

初日県立武道館アリーナで行われた、全国結団式へ参加し、平和運動センター議長の山城さん、平和フォーラム共同代表の藤本さんをはじめ、現在の沖縄の現状また、行進へ向けての意気込みなどを聞き、気持ちが高まりました。ホテルへ戻り3単産の結団式を行いました。隠れて参加者の自己紹介や意気込みを聞きました。今回はほとんどの方が初めての参加ということだったのですが、全員が強い気持ちを持って行進をしようと思いました。その後平和学習として、新聞記者の方を講師に招いていただき、現状の沖縄や過去の米軍関連の事故、事件の話を聞きました。数年前から参加をさせていただいておりますが、この間にも新たな事故も増え続けていることに怒りを覚えました。

そして行進1日目、県民ひろばからひめゆりの塔までの約17キロの道のりを歩きました。スタートしてから多くの仲間がシュプレヒコールをあげるため街宣車へ来てくれました。早い段階から妨害行為をする車が来ており、例年よりも多く粘り強く着いてきた印象でした。そんな妨害にも負けることなく17キロ歩き抜くことができました。

翌2日目は平和記念公園から南風原町役場までの約12キロ。前日の疲労、またアップダウンの激しいコースのため疲れは見られたものの、強い気持ちで足を進めました。1日目とは違い、妨害行為などはほとんどなく、スムーズに進むことができました。

最終3日目は宜野湾市役所から宜野湾市海浜公園までの約7キロのコースでした。スタート地点には南コースと中北部コースの2コースがそろって、スタートをするためかなりの人数で出発式を行いました。最終日も妨害行為は南コースには少なかったが、中北部コースはとても大変だったと聞きました。4日間を通して、全国各地の仲間とともに活動をし、大きなケガもなく、夜には楽しく島酒を飲み交わせたことを財産とし、今後も頑張っていきたいと思いました。

 

 

東北地方小名浜支部 齋藤正樹

 

本土復帰47周年5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。私は今回が初めての参加で今までに参加してきた仲間達からの色んな体験を聞いて考えさせられてきた中での参加でした。行進前日に行われた5.15全国結団式の講演では平和憲法の意義として基本的人権の重要性や日本の憲法が世界を意識していること、沖縄と憲法の関係性について教わりました。その後、三単産・結団式の平和学習会では復帰47年の沖縄基地現状報告を沖縄タイムス記者の阿部岳さんから教えていただきました。写真や動画を交えての講演はどれも衝撃を受けるものばかりで平和行進への意欲がより一層湧きました。

行進初日、右翼団体の妨害行為が例年よりも激しく数も多く面食らう部分もありましたが前日聞いた沖縄の歴史、現状が頭の中に過ぎり妨害行為に負けないようにシュプレヒコールを上げました。

行進2日目は南部.戦跡コースでレンジャーをさせて頂きました。初めての行進でのレンジャーには不安がありましたが、行進団やほかのレンジャーの皆様の協力のおかげですごく達成感のある行進ができました。

行進3日目は中北部.基地コースと南部.戦跡コースで米軍普天間飛行場を包囲するようなコースで歩き辺野古の新基地建設反対や普天間の返還平和憲法の維持を求めて、戦地の跡を当時の思いを馳せながら完歩する事ができました。その後宜野湾市海浜公園で行われた「平和とくらしを守る県民大会」に参加しました。

今回、沖縄平和行進に参加して、今までに聞いていた話と実際に聞いた話、触れたものとでは誤差があり戦争の辛さや残酷さ命の尊さに触れ、二度と戦争のできる国にしてはいけない、沿道から笑顔で「頑張れ」と笑顔で手を振ってくれた子供達にそんな思いをさせてはならない闘いをしなければいけないと感じました。そして、沖縄の自然を破壊する新基地建設、危険な戦闘機が昼夜飛び交い県民が安心して生活が送れない米軍基地は沖縄.日本にいらないと政府に訴えていかなければならないと強く思いました。この経験を広げていき、次の世代に受け継げるように活動していきたいと思います。

 

 

東北地方小名浜支部 齋藤直道

 

本土復帰47周年5・15沖縄平和行進に参加させて頂きました。今回初参加で、参加した方々から教えて頂いたことを踏まえて、この沖縄の問題が本当に悪いことなのか、いいことなのか自分の目で確かめようと思い参加しました。

5月16日の5・15全国結団式では、現在の沖縄の状況や「沖縄には沖縄の、日本には日本の民主主義がある」これが安倍首相の民主主義の在り方であるとか、基本的人権の重要性、選挙の大事さなどを教わり、全国の仲間で、沖縄を平和にと強い意志を持って結団式が行われました。

全国結団式が終わり三単産での学習会では、「沖縄タイムズ記者  安倍 岳さん」を講師に学習会を行いました。学習会の内容は、戦争当時の沖縄の悲惨さや、現在の沖縄の問題、米軍戦闘機墜落の証拠隠滅、メディアの役割、沖縄問題は本土問題、本土は無責任など、私が考えたことがない内容ばかりで、さまざまな問題があり平和行進を風化させてはならないと意欲がより一層湧きました。

行進初日は南部・戦跡コースで県民ひろばからひめゆりの塔へ約20km行進しました。行進している途中、一般の小さい子や大人の方々が手を振ってくれたり、頑張ってなど声を頂き、命を無駄にする戦争は二度としてはいけないものだと再確認にしました。

行進2日目は、平和祈念公園から南風原町役場まで約17Km行進しました。初日より300人多い約650人で行進し、途中上空をヘリなどが飛び交いこんなものがいつ落ちてくるかもわからない、落ちたらひとたまりもないなど思いながら行進しました。

行進最終日は、宜野湾市役所から宜野湾市海浜公園まで約7Km行進しました。初めてのレンジャーをやらせて頂き、最初はわからないことがあったんですが周りの方々にサポートしてもらい充実したレンジャーを務めさせていただきました。その後、県民集会に参加しました。

今回、沖縄平和行進に参加して、戦争の辛さや戦争で亡くなった多くの命の尊さを改めて感じ、二度と戦争をしてはいけない、国は軍事力を所持してはいけない、子供達にそんな思いをさせてはならない、沖縄の問題を国民に知って欲しい絶対に風化してはいけないと感じました。そして、沖縄の自然を破壊する新基地建設、危険な戦闘機が昼夜飛び交い、県民が安心して生活が送れない米軍基地は、沖縄・日本にはいらないと強く思い、政府に訴えていかなければならないと強く思いました。最後になりましたが受け入れ等、沖縄地本の皆様ありがとうございました。そして行進団との団結が出来た事に感謝致します。この経験を広げていき、地域ごとにも原発問題などさまざまな問題を風化させないように私の周りの方々から伝え受け継げるように活動していきたいと思います。

 

 

東京支部浪速通運分会 山本勝広

 

第42回5.15沖縄平和行進に参加する機会を得ました。右翼の激しい妨害活動にあいながらも、レンジャー隊の活躍も有り最終日に抜けるような青空の元、宜野湾海浜公園に到着することが出来た。全港湾だけを見れば最年長といえる私が三日間の厳しい工程を貫徹出来たのは、若い仲間達の迸るエネルギーと、沿道から我々に手を振ってくれた沖縄県民の笑顔で有ることは他ならない。観光地としての沖縄しか考えたことのない私。今回平和行進に参加し、沖縄の現状を肌に感じ、もっと知りたい、もっと、もっと勉強しなければとそんな気持ちにさせられた。新基地建設反対と唱える一方で、基地と共に発展してきた沖縄、基地建設による自然破壊で、基地が有るが故に地元企業による乱開発が抑制されていると言う識者もいる。知れば知るほど分からなくなる沖縄の問題。右翼のやり方は暴力的で反社会的であるが、本土から来てガタガタ騒ぐな!と言う言葉が、勉強不足のままこの地にやって来た私には多少考えさせられた。また、それを決定づけたのは、最後の夕食時に起きた出来事だった。

平和行進を貫徹し、歓喜の酒を酌み交わす私達に、挨拶に立つ壇上の女性から、この後皆さんは、夜の平和行進だと連日歓楽街に繰り出して行きますが、私は女性の立場で戦後の沖縄を勉強してきました。あまり知られていない事実ですが、戦後沖縄では米軍による沖縄女性陵辱事件が多発しました。それを解決するために政府は安易に、韓国や朝鮮、本土等から慰安婦として多くの女性を連れて来ました。皆さんも労働問題、戦後の沖縄問題を勉強し、考えてくれるならば当然夜の平和行進などとおおっぴらに騒ぎ立てることは慎むべきだと…。正直この一喝に私は頭をガツンと叩かれたような衝撃を受けた。正直自分の活動の意義に迷いも感じた。そんな私に、沖縄本土最北端に立つ、祖国復帰闘争碑の一文が勇気と力、仲間が団結し繰り返し声を上げ続ける意義と必要性を教えてくれた。

「沖縄の祖国復帰は実現した。しかし県民の平和への願いは叶えられず、日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。しかるが故に、この碑は喜びを表明するためにあるのでもなく、増して勝利を記念するためにあるのでもない。闘いを振り返り、大衆が信じ合い自らの力を確かめ合い、決意を新たにし合うためにこそありと」

 

 

関東地方横浜支部青年部長 寳納雅行

 

沖縄が本土復帰して47年第42回「5・15平和行進」が今年も沖縄の地で5月16日から20日に開催された。関東地方からはオブ参加者も含め7名で参加しました。全国結団式が県立武道館アリーナで行われ沖縄平和運動センター山城議長より明日から始まる平和行進で声をあげ国民主権を取り戻そうと団結した。戦跡コースの副団長を全港湾沖縄地本の金城雄介青年部長が担い力強いスピーチをしました。その後ホテルにて全港湾、全国一般、全日建連帯の三単産結団式、平和学習会が行われた。学習会では、講師に沖縄タイムス記者の阿部岳氏をお招きして、沖縄の現状報告やメディアの役割や存在意義など今の政府の在り方を問題定義し非難されました。三単産の団長に東北地方の矢内誠也さんが選出され団を引っ張りました。デモコースは沖縄戦でもっとも激戦が行われた「南部・戦跡コース」です。

初日は県民広場からひめゆりの塔を目指し(約18㎞)昼食を西崎運動公園にて2日目は平和記念公園から南風原役場まで(約15㎞)昼食を南城市中央公民館にて最終日は宜野湾市役所から宜野湾海浜公園まで(約7㎞)3日間をトータル(約40㎞)皆で完歩しました。梅雨入りしたはずの沖縄は晴天に恵まれ行進にも力が入り皆で反戦、反基地の声をあげ平和運動をしました。午後から県民大会が開催され平和な沖縄を!基地のない沖縄を!平和行進の総括がされました。まとめとしまして、私自身三単産副団長を立候補して行進団に声掛や団長、レンジャー、行進団の皆に負担の掛からぬよう努力したつもりではありますが至らないところもあったと思いますが、皆の力で団結して乗り越えたと思います。県民の民意を無視した今の政府の在り方にノーの声をこれからも反戦、反基地に声をあげていこうと思います。最後になりますがバーベキューや平和行進の準備をして迎えて下さった沖縄地本の皆様ありがとうございました。交通整理をして下さったレンジャーの皆様、行進団で声を枯らせシュプレヒコールをした仲間に感謝します。これからも共に頑張ろう!!

 

 

名古屋支部 高山文彦

 

今回で沖縄平和行進の参加も3回目となりました。全国の青年部の仲間と会える事は喜ばしい反面、もし基地が自分の近くに来た場合を想像すると嫌だなと思う中、沖縄県民に大きな負担をかけている事から、罪悪感と共に少しでも負担軽減に向けて、協力出来ればと思いながらの参加でした。

行進1日目に自分の中では過去最大の右のお友達の妨害を受けましたが、改めて考えると彼らこそ、県民投票の結果を受けて焦っているかなと思います。

今回、講師に来て頂いた阿部さんから紹介して頂いた基地の引き取り運動や「新しい提案」のような取り組みは素晴らしいと、思うのですが結局は沖縄の過去の歴史と今の現状を知ってもらい、関心を持って貰う事がスタートで、沖縄地本の山口委員長のお言葉にもあったように沖縄から基地が無くなり沖縄平和行進自体が無くなる事がベストだと思うので、今後も地元での運動を続けたいと思います。

阿部さんから紹介頂いたマルティン・ニーメラー牧師の言葉「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。彼らが私を攻撃したとき、私の為に声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」との言葉が刺さりました。全日建が弾圧を受けていますが、全港湾もターゲットになり兼ねません。今後も正しい事は正しい、間違っている事は間違っていると主張し続けて行きたいと思います。

最後になりましたが、苦楽を共にした行進団の仲間と、受け入れてくれた沖縄地本の皆さんに本当にありがとうございました。

 

 

名古屋支部 青年部部長 太田 光

 

今回、2019年の第42回沖縄平和行進に参加して私は4回目の参加となりました。初めての平和行進は全港湾に加入して3年目に、一昨年には2回目の参加とし副団長、去年には団長を務め、そして今年も沖縄の地へと参りました。

今回の平和行進では視察がありませんでしたが、戦争の悲惨さ、基地の危険性、学習会で学ぶ度にいつも同じ感情が芽生え、やはり平和というものは自然に訪れないものなのだと思いました。

基地のない平和な島を実現させるために、国民の自由を奪われないために沖縄県民のみならず日本国民全体で重要だと改めて痛感しました。

最後になりましたが、一緒に行進した全国の皆さん。そして、今年も細部まで気に掛けて我々を受け入れて下さいました沖縄地本の皆さん。本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 


全港湾の19春闘個別賃金交渉〔終報〕

回答額平均3、754円(回答率74%)
妥結額平均3、907円(妥結率81%)

全港湾の個別賃金闘争は、全闘争分会の74%が有額回答を受けたが、まだ残り26%の分会が回答待ちの状況となっている。納得できる回答額を目指して各地方賃金交渉が続けられているところではあるが、まもなく夏季一時金闘争への切替準備となってくること等から、不本意ではあるが、本日5月17日現在をもって19春闘の集計を終了とする。また、合わせて今年から春闘集計データベースの変更もおこなったことから、19春闘の回答額に関しては前年対比をおこなわず、金額の発表のみとさせていただく。
faxn1817


全港湾の個別賃金交渉、追い込みへ

19春闘は中央港湾団交の進展がなかなか見られなかったことから各港湾労組の個別賃金交渉についても足踏み状態が続いていたが、5月9日の第8回中央港湾団交において議事録確認がおこなわれ、交渉が小団交の場へと移されたことを受け、個別賃金交渉についても各組合ともようやく本格交渉に乗り出した。
全港湾の個別賃金交渉についても、今後、妥結が進んでいくと思われるが、すでに連合の集中回答日からは2ヶ月が経過しており、まもなく夏季一時金闘争というところまでずれ込んで来ている。
5月11日現在
速報分会回答状況:140分会中100分会(71%)に有額回答が示され、回答額平均は4、033円、率で1.31%となっている。その内40分会(40%)が妥結し、妥結額平均は4、448円となっている。
faxn1816

 


中央港湾団交、議事録確認で再スタート

小団交開催で課題点を整理、後日団交再開へ
日曜日毎の就労拒否行動は当面延期の措置
第8回目の中央港湾団交が5月9日に開催された。ゴールデンウィーク期間中、一時休戦となっていた中央港湾団交が再開され、業側からどんな回答が出されるかが注目となっていた。
団交冒頭、業側より、産別制度賃金の問題と事前協議制度違反の問題につては時間を要することから、小人数での小団交を開催して解決策を模索することとし、中央港湾団交については長期休会として、見通しのついた段階で改めて第9回目の中央港湾団交を再開する形にさせてほしいとの提案があった。そして、小団交開催期間中は日曜日毎の就労拒否・荷役阻止行動については延期してほしいとの求めがあった。また、19春闘諸要求の内、アライアンスに係る港湾事業の業域と港湾労働者の職域について、65歳定年制度について、港湾年金の支給要件について、労災企業補償制度についての回答が示された。特に港湾年金の支給要件については、65歳の誕生日までを支給要件の対象とするとの回答があった。そして、以上の点について議事録確認する形ではどうかと(案)文が示された。
この回答に対し、全国港湾の糸谷委員長は「ようやくスタートラインに立てた」ことは評価するとしたが、まだまだ回答としては不十分であるとし、産別制度賃金、事前協議制度違反の問題は大変重要な問題であり、この問題についての見通しがつかない限りは妥結はあり得ないとし、休憩をとって組合側の意見集約を図った。
その結果、現段階で産別制度賃金の問題と事前協議制度違反の問題の解決を図ることは非常に困難との判断から、小団交での交渉に応じることとし、その間は日曜日毎の就労拒否・荷役阻止行動(5月12日、日曜日以降)について延期をするとした。業側の示した議事録確認(案)についても了承するとした。ただし、議事録確認(案)は、あくまで今後交渉を重ねていくスタートのものでありゴールではない、事前協議違反問題でも沖縄で再び違反が起きれば、その時は行動に入ることもあり得るものである等々の諸注意を合わせて確認し合意とした。最後に、第1回目の小団交を5月14日に開催することを確認した。
faxn1815
19春闘第8回中央港湾団交 議事録確認


港湾春闘一旦休戦、GW期間のストは解除

国民生活への影響を考慮し、港湾春闘一旦休戦、GW期間のストは解除
5月9日に改めて交渉を再開し要求実現へ
第7回目の中央港湾団交が4月24日に開催された。団交の冒頭、業側より「GW期間中(4月28日~5月6日)のストは国民生活に影響が大きく、一旦、春闘を休戦してほしい」との休戦要請が出された。組合側からは「何ら回答がないまではどうにもならない」としたが「国民生活への影響は真剣に考える必要がある」とし、一旦休憩をとって議論を重ねた。その結果、現状の回答では到底納得できないが国民生活への影響は避けるべきとのギリギリの判断となり、業側からの提案を受け入れ、GW期間中のストライキは行わないと決断するに至った。
そして、その後の話し合いにより、5月9日に第8回目の中央港湾団交が開催されることとなった。組合側より、連休あけには諸要求の回答を全て揃えておこなうよう強く要請した。また、日曜日毎の反復ストライキについては連休中は解除したが、以後の分までは解除していないことから5月12日(日)以後の就労拒否体制については変わっていないことを改めて確認した。
全国港湾労働組合連合会は、独禁法・産別最賃の問題、事前協議の問題は時間を要しているが重要な問題であり、5月8日に闘争委員会を開催して今後のたたかい方について検討をおこない、闘争強化を改めて図っていくとした。
faxn1814
全国港湾プレスリリース