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国際交流

PBH訪問団に参加して 松永英樹

全港湾 中央執行委員  松永英樹

 2012年2月13日から19日まで第4回中央執行委員会で確認されたPBH争議支援訪問団に青年対策委員として参加した。

 今回の訪問団は日本の労組による支援連絡会議で企画され、全港湾が7名、全国港湾からは藤木さん、またITFアシスタントの田口さん、レイバーナウより高須さん、平野さんで構成された。訪問団は13日の夕方に成田空港に集合し、今回の行動目的を確認し、いざハワイへと出発した。

 およそ6時間を経て到着して訪問団は時差ぼけもなんのその全港湾のメンバーが先頭にPBHの前でのビラまき宣伝行動を行い、日本人観光客や地元住民に支援を呼びかけた。この行動では鈴木中執が大声を張り上げ呼びかけていることに対し、外国人が「何を言っているのか?」とILWUのメンバーに聞いてくるなど注目を引いていたし、自分もPBHの喫煙場所近くに陣取り、日本人にタバコを吸う間にビラを渡し、支援の説明を行なった。しかし日本人観光客は国内でも同じように「われ関せずの」感じが強く、外国の地でも労働運動の大変さを痛感させられた。

 2日目はPBHキャンペーン委員会との会合の後、ハワイ大学教授のピューエット教授による「ILWUによるハワイ労働運動史に関する学習会」が開催され、プランテーション(サトウキビ畑)の労働力確保のために連れて来られた労働者が人種格差の壁を乗り越えながら労働組合が設立されたことを学んだ。午後からはホテル観光業界のマフィ会長との懇談に参加した。懇親で前ハワイ市長でもあるマフィ氏は争議解決に向けて今までも公私にわたり支援してきたそうで、今回の日本からの支援行動にも大変感謝しているし、今後は州議会議員に立候補する予定であり当選すればその立場でも支援を続けると、大変頼もしくうれしい発言があった。

 3日目は行政でもあるハワイ州観光局への申し入れ行動を行い、マッカートニー局長とウチヤマ局次長が対応してくれ、二人とも観光局の役人らしく、日本から来た我々を感謝して歓迎するなど友好的な対応をとってくれた。本題についてはやはり日本の観光客に与える影響を危惧しており、旅行代理店の主力であるJTBにお願いしているのか?また圧力は掛けられないのか?など解決に向けた助言までしてくれた。
 観光局との交渉を終えた後、日本の旅行会社への申し入れ行動を予定していたが、拒否をされたようでILWUハワイ支部の見学となった。

 午後からは行動の最大の目的である抗議行動(ハワイ?外国ではラリー)を行い、我々訪問団はILWUハワイ支部からいただいた赤いTシャツを着込み、全港湾の鉢巻、腕章、「労働組合を認めろ!」のプラカードを胸に下げ、抗議行動に挑んだ。

 ハワイでの抗議行動はラリーというように(解釈が違うかも?)行進、歩きながらシュプレヒコールを行なうものであった。以前台湾での抗議行動に参加した事もあったが今回のようなやり方は初めてでもあり少し戸惑ったが、シュプレヒコール自体もリズムを取り入れての大変一体感のある抗議行動だった。訪問団の青年部からは日本でもこういう抗議行動を取り入れたいとの声も上がっていた。

 抗議行動も最高潮に達した時、訪問団を中心にPBHハヤシ社長へ直接抗議するべく本社に詰め寄ったが、ドアは硬く閉ざされ、ガードマンと思われる男がしきりに無線機を使いどこかに連絡を行なっていた。訪問団は日本とは勝手が違うこともあり、ドアを叩くといった様な行動は出来なかったが、玄関前で大声を張り上げ抗議しラリーの元へ戻った。後で聞いた話だが、この時ラリーに備えてホテルにいたポリネシア系のガードマン(こちらは体格も大きく、人相も悪い方々)が本社前に向かおうとしていたとの事であった。

 訪問団は再びラリーと一緒になり、報告をすると共に「必ず勝利するまで支援する。」
「正義は勝つ。」と叫び続け、抗議行動を終えた。
      
 その後ILWUハワイ支部に戻り、PBH組合員との交流会が行なわれた。交流会では今日が誕生日の闘争組合員へケーキを贈り仲間みんなで祝うサプライズも用意され、大変アットホームな交流会となった。訪問団を代表して全港湾からは「港湾労働歌」を披露したところ大変喜ばれ、とても日本では闘争中の交流会とは思われないような、盛り上がった交流会だった。
 
 4日目にはハワイ港の視察、5日目の最終日にはハワイ州議会の見学もさせていただき、ハワイの港湾情勢や行政の形態、内容を垣間見ることが出来た。
 今回の支援訪問団に参加して感じたことは、やはり連帯、団結が闘争当事者へ勇気を与え、支援が安心、「やっている事が間違っていない。」「勝つまで闘う。」といったことを改めて感じた。また、思った以上に明るく闘争を続け、家族ぐるみで取り組んでいることにある種の感動も覚えた。このことを日本へ持ち帰り、急には出来ないが、そういう支援や闘争が出来る全港湾にするためにも自身の一層の努力が必要なことも痛感した。全港湾は現在十数分会が闘争中であり、いろいろな支援も必要としているし、連帯の取り組みも必要とされている。解決に向けての一層の連帯、団結が必要だが、今回若い青年部と一緒に行動できたことは早期解決はもとより、今後の全港湾の発展、運動の強化に繋がると確信し、報告とする。

写真中央が筆者の松永中執