第39回沖縄平和行進に参加して

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方阪神支部青年部員 松本宏樹

5月12日~16日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に参加させて頂きました。5月12日は久茂地市民劇場での全国結団式、ホテルに戻り、三単産・全造船機械結団式、平和学習会が行われました。平和学習会では講師として、沖縄県マスコミ労協議長の与儀さんの話しを聞き、沖縄の現状、基地の歴史、新基地問題など詳しく知る事が出来ました。
13日から3日間の行進がスタートします、僕達は南コースという事で出発式は南城市陸上競技場で行い、ひめゆりの塔を目指して歩きました。南コースは沖縄の戦時の中で一番の激戦区であり、もの凄く心が痛みました。
14日の行進は糸満市役所から東風平運動公園競技場まで午前中を行進し、昼食をとり午後は、ひめゆりの塔と平和記念資料館を視察しました。
15日の行進は奥武山運動公園のびのび芝生広場から国道58号線を北上し新都心公園を目指し歩きました。この日はレンジャーという行進を安全に行う為の警備部隊を任されまして、行進団とは別に感じるものがあり、皆さんが声を出し、意気揚々と行進している姿を見て、自分も最後まで頑張れました。その後新都心公園に東、西、南コース約2500名が集まり、集会をしてその後、ホテルまで移動し三単産・全造船機械の方々と懇親会をし、3日間本当にお疲れ様でしたと握手を交わしました。
初めての沖縄平和行進はとても貴重な経験ができました。この実際に目で見て肌で感じたことを一人でも多くの人に伝え、行動し沖縄に米軍基地がなくなるまで頑張っていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方大阪支部青年部副部長 横山 貴安基

自分自身初めての平和行進でした。貫徹できるのか不安でいっぱいでした。しかし仲間の励ましによって貫徹することが出来ました。特に2日目の視察の後、色々考えさせられて、今までの沖縄の歴史や人々の思いをしっかり背負って行進する事で自分が少しでも沖縄の平和に貢献出来るのかと思いました。そして最終日の3日目に精一杯出し切る事が出来たと思います。また自信にもなりました。解散後大阪支部として辺野古へ行き、会場視察と座り込み行動を経験しました。
辺野古の現状を目の当たりにして、更に平和運動に取り組む決意を新たに頑張らないといけない。現地での行動には中々参加出来ませんが、大阪に持ち帰り自分に何が出来るのかを再度考えたいと思います。そして自分の経験を周りに伝え、今まで以上の行動を仲間と一緒に団結して頑張っていきます。今の日本を守るのは我々青年層である、そういう思いを全国の仲間と共有し闘っていきたいと思います。皆さん大変お疲れ様でした。また、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関東地方横浜支部 山本 弥

僕の人生の中で初めて沖縄に行かせていただくことになったのが今回の沖縄平和行進でした。沖縄にもつイメージはリゾート地で観光客が沢山居て賑やかで華やかな場所だと思っていました。もちろん今回、僕たちが滞在した那覇市より北に行けばイメージ通りのリゾート地はあるのでしょ。しかしながら僕が沖縄南コース行進で経験した事は決して忘れない忘れてはならない語り継がなければならない現状でした。
初日の結団式には480人の仲間が集まり安部政権に負けずに頑張ろうと全員が決意を胸に沖縄平和行進は始まりました。正直な所、沖縄に来ることも初めてで普段、横浜で暮らしている僕には注意をしなければなかなか沖縄のニュースや現状は目や耳に入ってきませんでした。その中で沖縄でのモチベーション向上は目の前にいる沖縄の仲間と同じ方向に視野を広げ同じ方向を見ることから始まりました。地元の方の熱い言葉を耳にして韓国平和団体の言葉を聞きそして山城実行委員長の熱い魂の言葉を胸に刻みながら行進をスタートしました。関東の5月とは比べ物にならないほど暑く、日焼け止めを塗っていても日差しに肌を焼かれ一日目にして顔が赤々としてしまいました。ここ何年間も出していない大声を張り上げ全員が同じ訴えを掲げて歩きました。39回目の行進という事もあり沿道では手を振る地元の人々、幼稚園の子供が応援をしてくれてこの人々の為に、この子供達の未来の為にと恥ずかしながら行進の中で一つ一つ自分が行進をしている意味を積み重ねていきました。右翼との衝突もありながら炎天下の中、怪我人も出ずに無事に初日を終えた達成感が僕の脳を刺激しました。運動をしない僕の足には水ぶくれができていましたが痛みや疲労は寝る前になってようやく体に伝わってきました。良いことなのかそれほど歩いている時は脳が刺激を受けて覚醒していたのだと思います。
二日目の行進も炎天下の中でのスタートとなり前日から積み重ねてきた行進の意味を胸に刻み歩きました。南コースの僕は糸満市役所を出発して南風原町役場がゴールとなります。そこへ向かう道中には残酷な過去があり、シュフレヒコールも止めて歩いているとここで起きた悲惨な出来事の大きさが伝わってきました。午後になり僕は【ひめゆりの塔】【平和祈念資料館】を視察に行きました。この視察こそが僕の胸に衝撃を与え、本当の意味での行進の意味を知る事になりました。資料館の中に入ると僕が今まで訪れた資料館とは違っていました。中に展示されている資料や写真は戦争の恐ろしさや残虐性の強さを訴える物ばかりでした。テレビでは決して写ることない焼け焦げた戦死者の写真、体が真っ二つに引き裂かれた犠牲者の写真。見渡す限り目を背けたくなる資料が沢山展示されていました。そこには伝えていかなければならない戦争の実態、犠牲者の悲しみ、怒り、叫びが僕の胸の中に深く刻まれました。ここまで行進中の僕は【暑い 日差しで肌が焼かれる 足の水ぶくれが痛い 疲れた 喉が乾いた】などさまざまな愚痴が頭を駆け巡っていましたが火炎機で人体を丸々焼かれ、逃げ回る中で治療も出来ずに足は膿み、見つかれば殺されるという環境の中で数多くの犠牲者が感じていた恐怖や痛み、なにものにも例えられない感情に比べたら僕の今までの感情はあまりにも小さな事で頭に浮かんでいた事すら恥じるべきだと感じました。改めて自分の現状がどれだけ恵まれていてどれだけ自分が幸福だと感じたのと同時に政治的な事は深く分からないですが、僕が沖縄にきてやっている行動の意味は頭と体でしっかりと理解ができました。今回の活動内容について自分自身、心から活動や行動に責任を持つことの意味を気づくのが遅いですが心から感じる事が出来ました。これから僕は何をしていくのか何を伝えていくのか、本当の意味で行動にうつせるのはこれからだと思います。今回の経験は僕の人生観が変わる大事な活動だった事は確かです。貴重な経験が出来たこと心から感謝します。
あまり詳しく話せる内容は感想文には書ききれませんが全国の仲間との交流も沢山出来て、団結力の強さを感じる事が出来ました。帰宅後、残念な事に茨城県を拠点に大きな地震がありましたが今回の活動で出会った茨城県に住む仲間とお互いに連絡を取り合い【無事だよ】と報告しあったり全国の仲間から【大丈夫ですか?】と連絡が来て本当に嬉しかったです。

第39回沖縄平和行進に参加して

関東地方横浜支部 山本拓矢

今回の平和行進で感じた事は本当に参加して良かったと感じてます。全国の仲間との交流をし絆を深め情報を交換しあい良い関係を気づきあえました。地元に帰り後輩達に感想を伝え機会があれば参加してもらうよう述べたいと思います。また参加した事により今後の動員やその他の活動をする上での良い経験になりました。

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関東地方横浜支部東分会 鎌田 徹

私はこの感想文を書くにあたって沖縄の事をどう伝えるか迷いましたが、文では伝わらないと思いました。それは沖縄に行った者にしかわからない事、それを肌で感じないとわからないからだと思ったからです。そのくらい沖縄平和行進に参加している人達の気持ちは熱く、そして強い気持ちを持っていたからです。今回は3日間で県外参加者1200人余りを含むのべ約4500人が平和という二文字を願い沖縄の熱い日差しにも負けず行進しました。
私はこの人数のシュプレヒコールに鳥肌が立ち、また同時に武者震いがしました。このような経験は初めてで、自分はこれからすごい事に参加するのだと改めて実感しました。
1日目、2日目が終わり3日目の朝、身体は相当疲れているはずなのに、その疲れは殆ど感じず、むしろ調子が良いくらいでした。3日目の最終目的地、新都心公園直前での最高潮に達したシュプレヒコールは本当に力強く、最高の団結だと感じました。
この平和行進の合間に私は「沖縄県平和祈念資料館」と「ひめゆりの塔」を視察に行かせてもらいました。ここで見た光景に我が目を疑いました。これが現実に起きた事だとは信じられませんでした。しかし全てが沖縄で起き、そしてたくさんの人の命を奪った事だと知り、この悲しい現実を突きつけられ目頭が熱くなりました。私はこの日本で、この世界でこのような事は絶対に起こしてはいけないと思い、その為にこれから自分は何をしなくてはならないのか考えました。
この移動日を含む5日間でたくさんの仲間との出会いがありました。初めはなかなか打ち解けず話をするまでに時間はかかりましたが、お酒も少し入り一人一人と話すと個々が持つ熱い気持ちに深く感動を受けました。沖縄で見て、感じた事は冒頭で話した通り行った者しかわかりませんが、しかしそれで済ませるのではなく、自分なりの言葉に変え伝えたいと思います。また、伝えるだけではなく行動で示します。

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横浜支部上組名古屋分会 堀

お疲れ様です。沖縄平和行進参加にあたり、お世話してくださった沖縄地方本部ならびに各地方の参加者の方々、暑い中本当にお疲れ様でした。初めての平和行進参加の中で日を重ねるごとに各地方の交流も深まり、また行進を重ねるごとに沖縄の歴史と悲惨な戦争の爪痕、そして今沖縄が抱える現状等、身をもって感じることができた貴重な時間でした。この経験を持ち帰り、忘れかけている戦争の卑劣さや辺野古新基地問題を初めとする数々の米軍に関する問題、九条改憲を柱とする憲法改悪を推し進めようとする安倍政権の企み等、地方、支部、分会だけに留まらず家族や友達等幅広く伝え広めて今後の活動の発展に繋げていきたいと思います。

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関東地本横浜支部  河西通雄

今回、二回目の参加となる沖縄平和行進でしたが、三日間天気も良く暑い中での行進となりました。横浜支部から宣伝カーを出すということで、1日前入りして12日は参加者を空港からホテルへ折り返し送迎しました。13日からの行進では南部コース、沖縄戦で多くの犠牲者が出たところです。看護学生のほとんどが10代で南部へ逃げる中、怪我や病気で動けない人を置き去りにしなければならない、そして最後は自らも命を絶った人達の気持ちを思うと心の底から悲しくなり、痛ましく思いあらためて同じ過ちをしてはならないと強く思いました。
横浜支部の執行委員をさせていただいている事もあり、中央本部の動員によく行く事もあるのですが、これから自分が出来る事は、反戦平和運動、国民的諸課題などの動員に積極的に参加し、一人でも多くの人達に伝え、広めて行く事が大事だと改めて思いました。 沖縄や神奈川から基地が無くなるまで自分は生きているかわかりませんが、諦めずに続けていきます。

第39回沖縄平和行進に参加して

北海道地方留萌支部   指田大介

5月12日から15日までの日程で沖縄平和行進に参加して来ました。北海道からの参加だったので日差しの強さ、温度差にまず驚きを感じました。5月12日に北海道を立ち、到着後の団結式、決起集会、平和学習会、三単産・全造船機械交流会を経て13日、14日の平和行進並びに15日の県民集会に参加させて頂きました。12日の平和学習会では、沖縄県マスコミ労協議長の与儀武秀氏より、沖縄の基地の歴史や沖縄の今の現状などについての講義をして頂きました。その中でも、辺野古への新基地建設、日本全体の米軍施設の専用面積の内、沖縄の米軍基地の面積が75%近くあるなど、それらのたとえ話として「甚大な被害を被った福島に、もう一度原発を作る事が出来るか?」「47人の学級。1人が35人分のランドセルを背負い続けてるとしたら?」と言うのが特に耳に残り、とても考えさせられた。今の沖縄の現状を少しでも理解するのに分かりやすい言葉だった。
13日からいよいよ行進に入りました。今回初めての沖縄平和行進参加、また、北海道からは1名の参加という事で緊張と不安でいっぱいの中、更に副団長を任せて頂き、緊張が一気に高まりオドオドしていたのを思い出します。行進中はシュプレヒコールを切らせてはいけないと、声を掛けて歩きましたが、皆心良く引き受けて下さり、次第に皆率先してシュプレヒコールしてくれるようになりました。また今回団長を務めてくださった、日本海地方 直江津支部の稲井太一さんが行進団をとても強く引っ張ってくれた事、全国の仲間が一致団結して行進できた事、ケガ人、リタイアが出る事もなく3日間行進できた事に感謝と共に、とても誇りに思います。今回の経験で、今までより少しは胸を張れるようになったのかなと感じています。また受け入れして下さった沖縄地本の皆さん、共に行進した全国の皆さん、ありがとうございました。そして大変お疲れ様でした。そして基地の無い平和な沖縄を目指して全港湾一致団結して頑張りましょう!

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全港湾日本海地方直江津支部 稲井太一

「島唄よ、風に乗せて、沖縄の悲しみを本土に届けてほしい」
この詞はみなさんも知っている「島唄」の一節の本来の意味だと、今回の沖縄平和行進の2日目の視察の時に教えて頂きました。
私はこの歌詞を教えて頂いた時に、私たちがこの平和行進に参加する意味、そして、この行進で学び、経験した事をどうするのかと言うことを強く突きつけられ、考えさせられました。
沖縄は日本で最も凄惨な地上戦が行われた事は知っている人も多くいると思いますが、私たちが行進した南コースは最も激戦地であった糸満市や、南風原町等を行進し、大戦当時の沖縄の住民たちが、悲しみ、苦しみながら逃げ歩いた土地を当時を思いながら歩きました。
戦争法案が可決された今、このような出来事は決して過去の出来事ではなく、これからも起こり得る時代になってしまった今、我々平和行進参加者がすべき事は、沖縄の悲しみを、冒頭の唄の一節のように本土に届けなくてはならないのではないかと、考えました。
我々青年層に出来ることは声を上げ反戦平和を訴えることの他にも、自分で見て学んだ事を更に追求し、地元に持ち帰り、学んだ事を広め、そして仲間達を鼓舞する事なのではないかと思います。
それを私はこの行進を終えて考え悩み、実行出来るように邁進したいと思いました。
最後になりましたが、このような貴重な体験をさせて頂きました関係各所の皆様、受け入れ体制を取ってくださった沖縄地本の皆様、我々行進団を無事に貫徹させてくださったレンジャーの皆様、そして、私のような団長についてきてくださった三単産及び全造船機械の行進団の皆様本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部部長 下條智史

5月12日~15日にかけて5・15平和行進に参加しました。12日は、本土参加者の受け入れ全港湾61名全国一般11名全日建連帯4名全造船機械9名、計85名で那覇市にあるパレット市民劇場にて全国結団式に参加しました。全国結団式には、全国各地から500名の参加者で冒頭に沖縄平和センター議長の山城博治議長が挨拶で戦争をさせない国にしていくために、沖縄の平和に対する思いの強さを行進を通して全国に発信していくと東コース・西コース・南コースの5・15平和行進がスタートしました。また、ホテルにもどり、3単産・全造船機械結団式を行い本土団長には、日本海地方直江津支部の稲井太一さん副団長には、北海道地方留萌支部の指田大介さん全国一般は、松井一貴さん全日建連帯は、磯谷紘平さん全造船機械は、山口俊輝さんに決まり団長の団結ガンバローで結団式を終え学習会にはいりました。学習会の講師としてマスコミ労協力議長の与儀武秀さんから、米軍基地の問題を知ってもらえるように米軍基地の歴史や今の現状の話をしてもらい初日を終えました。
1日目の平和行進南コースの出発は、南城市陸上競技場~ひめゆりの塔まで16㌔の車道の広く平坦なコースで沖縄の海や空を眺めながら無事ひめゆりの塔に到着し2日目の出発は、糸満市市役所広場~南風原町役場まで17,5㌔の道幅が狭くアップダウンなコースで糸満市は、沖縄戦の激戦区で71年前に、この地をたくさんの人が逃げ回り戦争の犠牲者がいたことを思うと二度と同じ過ちを犯さないよう行進団ひとりひとりの思いを踏みしめて行進をしました。3日目は、奥武山運動公園広場~天久新都心公園まで6㌔と午前中のコースで新都心は、米軍基地が返還された、まだ新しい土地でたくさんのデパートや住宅地、飲食店が多くたくさんの観光客が訪れることで、米軍基地が返還されれば沖縄の雇用は、増え観光客も増える事を目に見える形にした町なので平和行進をしめくくるには最も適した場所なので平和行進、参加者に沖縄の現状を見てもらえて良かったです。また午後から新都心公園で5・15平和とくらしを守る県民大会に東コース・西コース・南コースに別れていた行進団が集結し無事に第44回5・15平和行進を貫徹しました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関東地本横浜支部  鶴岡勇輔

お疲れ様です。この度沖縄平和行進に参加させて頂きました鶴岡です。初参加が決まった当初は無知な私でしたが沖縄の歴史や置かれてる現状を学ぶにつれ事前学習会の決意表明の時には「今の時代を生きる我々大人が、自分の子供達の世代に平和な世界を残したい」という漠然な感情が芽生えるに至りました。
平和行進の2日目の午後、視察で平和祈念資料館とひめゆり平和祈念資料館に訪れ凄惨な戦争の事実を学ばせて頂きました。目を伏せたくなる様な写真が多々ありましたが、一番心が痛かったのはガイドさんから聞かされた慶良間列島での集団死の話です。愛が故に捕虜になる前に我が子を、兄弟を、妻を、、、そんな曲がった愛情を強いる戦争が本当に怖いと思いました。
今日、安保法が可決され様々な場所で緊張が高まってますが我々大人がやる事は決まってると私は思います。また、今回初の平和行進を貫徹して実感しました。応援してくれる一人。嫌な顔する人。激しく嫌な顔をし、騒ぐ人。でも全国から同じ意志で集まり、日に日に支え合える仲間が増えること。その全ての人が居て汗かいて、初めて今年も平和行進を次に繋ぐ事が出来たんやなと。
身の丈に合わない大それた事を言いましたが、貴重な経験をさせて頂いた全国の仲間への感謝と、沖縄から基地が無くなるその日までたたかい続ける仲間の意志を確認し、この言葉を持って終わりとしたいと思います。本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

阪神支部 松田直樹

5月12日から16日にかけて、沖縄平和行進に参加させて頂きました。その中で、全港湾青年部として南コースを行進しました。南コースは沖縄戦があった中で一番戦火の激しかった地域を巡るコースでした。そのコースを平和を訴えながら歩いて、それだけでも沖縄の暑さを感じてしんどかったですが、当時の沖縄の被災した方々は飢えや苦しみ、恐怖の中でこの暑さに耐えながら、南へと下って行ったのかと思うとやはり二度と戦争など繰り返してはならないと身を持って感じました。
今回、平和行進に参加してシュプレヒコールを初めて経験する事もできたし、全国の青年部の仲間と交流する事もでき、いい経験をする事が出来ました。

第39回沖縄平和行進に参加して

東海地方清水支部青年部部長 山崎圭祐

今年もみなさんの貴重な部費で平和行進に参加させていただき本当にありがとうございました。自分は今回の参加で去年に引き続き2回目の参加になります。今年は部長としての参加になり去年よりさらに熱い思いできました。初日の団結式でさらに熱くなり二日目からの行進に気合いが入りました。
行進初日は行進団として参加しシュプレヒコールでは一番後列まで聞こえるくらい大きな声をはりました。天気もよく、火傷するくらいの日差しの中でしたけどみんなの団結力が強く、暑さに負けない行進でした。二日目の行進ではレンジャーとして参加しました。初めてのレンジャーで不安でいっぱいでしたけどみなさんに教えてもらいみんなと協力して大きな問題もなく無事帰ってこれて夕方元気に交流ができてうれしく思いました。若い力の団結力というものはすごいと思います。
バーベキューでは沖縄地本の方々本当にありがとうございました。焼いてくれた肉で三日目、最終日の行進に気合いが入りました。最終日では二日目に引き続きレンジャーとして参加し、これまでの行進と違い妨害も半端なかったです。道をとめていれば罵声をあび、右の人達の妨害、それを耐えられたのは地元の人達の熱い声援、子供達のガンバレーと言う声があの妨害がうるさいなかでも耳に入ってきたのでがんばれました。行進が終わりレンジャーとしてみんなの安全の確保、無事に帰ってこれて感動しました。最後の夜の懇親会もみんなの団結が目に見えてわかりとても感動しました。みなさんありがとうございました!交流はとてもいいものですけど、こういった平和活動は1日でも早くなくなり平和な生活ができればと思います。来年もあるならば清水からも1人でも多く参加してがんばって活動したいと思います。平和行進おつかれさまでした。ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

東海地方清水支部   新庄 巧

初めての平和行進12日~15日までドキドキしながら初日を迎えました。12日は5,15全国結団式をやりました。会場についていきなり『労働組合出て行け』って言っている沖縄の人達がいました。あれ?俺たち歓迎されてないの?とかちょっと思ったりしました。
結団式が終わり夜は3単産、全造船機械の結団式がホテルで行われました。初めて平和行進に参加した自分は周りが知らない人だらけで黙って座っていました。終わった後は沖縄地方の方が交流の場を用意してくれて他の支部の人達とちょっと話すことができました。
13日は朝早く起きスタート地点までバスで行きました。出発式が行われ清水支部の青年部長が先頭のほう行くぞと言って先頭のほうに並びました。気候も朝は風があってこれなら大丈夫だと思っていたら昼前には日差しが強く汗だくになりました。声を出して歩いていると地元のおじいちゃん、おばあちゃんたちが『ありがとね』と言って拍手してくれたり、幼稚園の前を歩いたときは、子供が『がんばれ』と応援してくれました。自分たちがやっていることは無駄じゃないんだ。応援してくれている人もいるんだって、気持ちになりました。そんなこともあり行進初日は歩き抜くことができました。
14日は糸満市役所を出発しました。みんなシュプレヒコールやっている中自分はやろうかやらないかモジモジしていました。全港湾の団長がやってきなと言ってくれて初日にできなかったシュプレヒコールをやらさせてもらいました。思ったより緊張もなく読めました。行進は午前で終わり午後は平和記念公園の資料館を見学したり、ひめゆりの塔にいきました。そこで自分はこんなすごいことがあったんだと知ることになりました。
資料館では沖縄戦争のときの写真とかありました。壕の中におびえながら隠れている人、隠れていても見つかって米兵に射殺されている人、燃やされている人、もう死んじゃって虫がたかっている子供の写真とか見ていて言葉が出てきませんでした。ひめゆりの塔でもこんなに狭いとこで治療していたり、隠れていたんだなって今じゃ考えられないことが起きてたんだと悲しく複雑な気持ちになりました。
15日は奥武山運動公園を出発し最終日ってこともありみんなで一致団結して声を出しました。
自分はまだまだ勉強不足で沖縄のことを知らないしどんな現状かもまだまだわかりません。まだ見たことないとこも行ってみたいって気持ちになりました。この平和行進では色々学んだ部分もあり考えさせられました。この学んだとこをいろんな人達に伝えて行きこれからどうするのか考えて行きたいと思います。ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

東海地本清水支部      松下綾太

今回初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。沖縄へ行くのは3回目でした。今までは旅行で行き、きれいな空きれいな海の観光地で華やかなイメージがありました。しかし、平和行進のために集まった全国からの仲間の熱い思い、沖縄の人達の悲しみや平和への強い思いに心打たれて、この平和行進で自分ができることを精一杯出し切る決意をしました。
行進で歩いた南コースの激戦地、ひめゆりの塔、平和祈念資料館では沖縄の歴史を知り衝撃を受けました。そして行進中に沿道で応援をしてくれるおばあさんや保育園児が手を振って「頑張れ」と応援してくれる子供を見て感じた想いを地元へ持ち帰り、周りに発信することがこれから自分達がやっていかなくてはならないことだと強く感じました。
最後に受け入れをして下さった沖縄地本の皆様、全港湾をはじめに全国から行進のために集まった皆さんありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

東海地方清水支部   野口寛敏

今回初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。沖縄到着後団結式に参加し皆さんの行進に対するパワーを感じました。私は南コースを行進する事になり1日目は南城市からひめゆりの塔までを歩く道でした。団長の稲井さんや副団長の指田さんを中心に皆でシュプレヒコールをし子供達や地元の方も応援してくださり歩きながら行進をする事の意味を実感していきました。
2日目は糸満市役所から東風平運動公園まで午前中歩きました。激戦の地を通る時は、シュプレヒコールをしないと聞きました。シュプレヒコールをしない時間が長ければ長い程戦争の悲惨さを身にしみて感じました。
午後には平和祈念資料館・ひめゆりの塔を視察に行かせて頂きどちらも戦争の悲惨さがわかるものばかりで実際に起きた事なのにその現実を受け入れるのに時間がかかりました。 その時行進を行う意味を更に強く感じました。限られた時間の中だったので今度は個人で訪れてゆっくり見たいです。最終日3コース全部が集まり無事安全に行進・県民集会を終える事が出来た事により少しかもしれませんが成長出来たように思います。
最後の懇親会の時の話しで今村さんだったと思いますが来年はこの平和行進が無くなると良いと思いますと言いました。行進が無くなると言うことは私達の訴えてきた基地の無い平和な沖縄が実現された事になる、そんな日が1日でも早くきてほしいです。最後ですが中央本部の鈴木誠一さんが皆で一つの事に向かってまとまって下さい!一致団結して下さいと!
この3日間本当に一致団結して一つの目標に向かって行進し大きな力を感じる事が出来ました。この中にいれて経験出来た事が自分にとっての宝です。皆さん今回本当にありがとうございました。

第39回 沖縄平和行進に参加して

東海地方田子の浦支部  原 洋貴

5月12日~16日の5日間、5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。自分自身初めての平和行進に参加して、沖縄の現状や歴史、新基地問題など、自分の知らなかったことをたくさん学ぶことができ、充実した5日間でした。
自分が特に印象に残ったのは、2日目の午後に行ったひめゆりの塔」、「平和祈念資料館」の視察でした。資料館の中には、戦争の恐ろしさや残虐性の強さを訴えるものばかりで、戦争の怖さや犠牲者の悲しみ、叫びが自分の胸の中に深く刻まれました。それと同時に沖縄に来て自分たちがやっている行動の意味を理解することができました。
今回学んだ経験を周りに伝えていきながら、平和に関してより一層意識を高めていきたいと思います。今回貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。

第39回 沖縄平和行進に参加して

東海地方田子の浦支部  土井 康裕

5月12日~15日にかけて、5・15沖縄平和行進に参加させていただきました。自分は沖縄に行くまで、沖縄の歴史や、置かれている状況を全く知りませんでした。今回南コースを行進する事になりました。南コースは沖縄戦で米軍に追い詰められた最後の激戦地でした。南コース行進中、家族全員が戦争で亡くなり、住む人がいなくなった家の跡が今もなお所々にあることに驚きました。そして平和祈念資料館・ひめゆりの塔を視察し、犠牲者の写真や遺品を目の前に愕然と立ち尽くし、当時のあまりに悲惨な戦争だったことを思い知らされました。
平和行進中、自分たちに向かって声援や手を振ってくれる年配の方達がいました。戦争当時の事を知る年配方達の事を考えると、何度も心が打たれる気持ちになり、一層平和を願うシュプレヒコールへの思いが高まりました。
沖縄戦が終了して71年、本土に復帰をして44年を経た現在でも本土に届かない情報が多々あり、現地に居なければ知らなかった事を今回の平和行進で学ばせていただきました。自分の役目は沖縄の現状、戦争の残酷さ、戦争は2度と起こしてはいけない事を周りに伝えていくことです。今回平和行進に参加して、一生忘れることのできない貴重な経験をさせていただき、本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方建設支部 田村勇樹

近年もいま現在も沖縄では様々な問題が起こっています。周囲に住宅地が密集している普天間基地、辺野古への移設、日常的な不発弾処理、オスプレイの事故や米兵の犯罪の問題です。つい先日にも沖縄県うるま市の女性会社員が元米兵によって殺害されました。私自身も浦添市の不発弾撤去の交通規制にあい、このような問題を身に染みて感じました。
沖縄平和行進で思った事は実際に行進してみて、地元からの住民の皆様から手を振って応援してくださった事です。嬉しかったです。地元の方から応援があればこの活動に意味があるのだと実感しました。行進三日間は晴れて厳しい暑さでしたが、完歩出来て良かったです。
今回の平和行進では南コースを歩きました。1日目は南城市中央公民館からひめゆりの塔まで。2日目は糸満市役所から東風平運動公園まで、昼からはひめゆりの塔、平和祈念資料館の視察に行き、3日目は奥武山運動公園から那覇市の新都心公園まで歩きました。
特に、ひめゆりの塔、平和祈念資料館の視察で沖縄の歴史・戦争の悲惨さを学び、平和行進中は長閑(のどか)なさとうきび畑を歩いて思った事は、この悲惨な戦争の歴史を忘れてはならないと感じました。
非常に充実した3日間でした。この度は沖縄平和行進に参加させて頂きまして本当にありがとうございました!

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方  大阪支部  松崎翔

今年初めて沖縄平和行進に参加して、全国の港湾組合の人達100人弱と3日間歩いてきました。中には気合いの入ってる人、初めてで戸惑ってる人、様々な人がいてました。
歩くのはほとんど田舎道だったので、大阪市内で行われるデモに比べたら、交通量も圧倒的に少ないので、そんなにしんどくないだろうと、なめてました。案の定、初日に両足に水膨れができ、後の2日間は本当にキツかったです。人通りの少ない、田舎道ばかり歩いて、どれだけの影響力があるのか、わからないですが、こんな活動もあるんだなと、思いました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地本阪神支部 坪井雄志

私は今回の沖縄平和行進は2回目の参加でした。結団式ではたくさんの人々が集結し、「戦争しない国にするために沖縄の平和に対する強い思いを行進を通じて全国に発信したい。天気が心配ではあるが雨にも負けずアベにも負けずに頑張ろう」と力説した沖縄平和運動センター山城博冶実行委員長には迫力があり、びっくりさせられました。その後、全港湾を含む、4単産(全国一般労働組合全国協議会、全日本建設運輸連帯労働組合、全日本造船機械労働組合)でも結団式が行われ、行進に向けての事前学習会として与儀武秀沖縄県マスコミ労協議長(沖縄タイムス記者)を講師として招き「沖縄/基地問題を考えるために」が行われました。
与儀講師が「あるところに47人学級の小学校があってなんでも頼みやすい使いパシリの子が1人いて毎日35人分のランドセルを背負い登下校しているとしたらあなたはどう思いますか?」というたとえ話が非常にわかりやすかったのですが非常に悲しい気持ちになりました。
13日から15日の行進はキャンプ・シュワブゲート前を出発し、キャンプ・ハンセンゲートを経由する東コースなど、三つのコースに分かれて行われました。4単産は南コースの先頭を全港湾の宣伝カーと共に「辺野古新基地建設反対」、「米兵の犯罪糾弾」、「日米地位協定を見直せ」等々のシュプレッヒコールを力強く、訴えながら歩を進め、行進団全体を盛り上げました。
3日間の行進はとても日差しの強い中行われ、恥かしながらしんどくて吐き気がしました。しかし、そのような中でも周りの参加者やレンジャーの方々に励まされ何とか最後までやり遂げました。
行進最終日には米軍関係施設跡地の新都心公園で県民大会が行われました。「私たちは、平和行進と本大会の成功をともに確認し、日米両政府によって推し進められる米軍基地の強化、拡大に強く反対することを表明する。さらに続発する米兵による凶悪犯罪を糾弾し、日米地位協定の抜本的改正を強く要求する。戦争への道を踏み出そうとする政府の戦争政策、憲法改悪に抗し、わが国とアジア近隣諸国、そして世界平和のために闘い抜く。このことを本大会で宣言する。」(一部抜粋)の大会宣言案が採択され、最後は参加者全員で「沖縄を返せ」を熱唱し、大会を締めくくりました。
私はこの行進に参加して「沖縄の米軍基地は、県民にとって危険で、沖縄経済に対しての最大の阻害要因である」ということが強く伝わってきました。沖縄が本土に復帰してから44年が経っていますが未だに米軍基地が存在しています。辺野古新基地建設阻止を始め、沖縄からのすべての基地を撤去しなければならないと改めて感じました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方築港支部 吉田充宏

昨年に続いて2回目の参加となった沖縄平和行進。早い段階で喉が壊れてしまったため、仲間たちが次々と勢いよくシュプレッヒコールをする中、シュプレッヒコールが出来ずに悔しい思いをしました。しかしながら、今年は昨年と違い、辛い状況で仲間を鼓舞したり、皆の疲れを吹っ飛ばすために場を盛り上げたりと、自分に出来ること「役割」を意識しながら全体の成功のために行動できました。ただしこれは自分だけで成し遂げたのではなく、沖縄地本の皆さんや今回団長を勤め上げた稲井くん、竹仲くん、大野さん、鎌田さん、山田さんなどの下支えがあってこそのものでありました。この場をお借りして再会と新しい出会いに感謝申し上げます。
さて、話しは変わりますが、沖縄に行くと深く感じることがあります。それは「表」と「裏」がハッキリしているということです。海や山、自然の全てが綺麗に見える素敵な場所ですが、そのような場所で決して繰り返してはいけない過去があったと思うと感慨深い気持ちになりました。激戦区となった場所を沖縄の有名な歌「童神」を聞きながら歩いた時は、本当に本当に心の奥底から悲しい気持ちになりました。それまで平和に暮らしてきた全く戦争に関係の無い一般人が生きるか死ぬかの選択をさせられる。生があれば死があることは当然ですが、自分が殺めることを選ばなければいけないという状況は本当に残酷であり人としての道理に反した行為です。
このように、沖縄には他府県では見ることができない豊かな自然と残酷な過去があります。私は今回の沖縄平和行進を通して、人としての「道徳観」というものを改めて考えさせられました。ただし答えは簡単です。私はこれから「徳を積む」ことをします。自分のことばかりを気にして生きている人たちが多数を占める現代において、まずは自分自身を戒めながら人の役に立つことを積極的にしていきます。そして、自分の人生をもっと笑顔で楽しいものにしていきます。
最後に、沖縄の地で学んだ多くのことを無駄にしないためにも必ず地元で還元したいと思います。最高の仲間たちとの日々、成長させてくれた皆様に心より感謝致します。本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地方青年女性部副部長 知念裕太

普天間基地返還合意から20年たちますが、いまだに基地は変わらずあります。その間に米軍による凶悪な事件、事故があるたびに怒りが込みあげ、いつになれば沖縄に平和が来るのか?と考えたりします。私にも家族、子供ができて以前よりもより一層平和への思いが強くなりました。沖縄、日本から基地がなくなり、平和になるまで全港湾一致団結して頑張りましょう!

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部書記次長 金城雄介

今年の南コースは、毎年歩いてるコースとはまったく違うコースでした。距離も少し長めで、正直完歩できるか心配でした。
1日目は、学校などが多くシュプレヒコールがなかったりと行進に参加された方にはもの足りなかったと思います。
2日目は、距離も長くアップダウンが激しかったです。ですが、参加者の熱い思いがシュプレヒコールに現れてました!皆、疲れていると思っていましたが、声がかれるまで声を大にして訴えていたと思います。
3日目は、新都心公園に着くまで、シュプレヒコールがやむことはなく、邪魔が入っても負けてませんでした。これには、とても感動しました。また、今年も赤レンジャーとして、班長をしました。毎年、参加者の交通安全の為に体を張って、声を上げれることに感謝します!これから、辺野古移設反対、軍事基地撤去のためにさらに力を入れて頑張って行きたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部全検分会 義元勇多

自分は、初めて平和行進に参加してレンジャーの班長やらしてもらいました。最初は何をやるのか解らなかったけど周りの人にサポートしてもらい3日間無事終えることができました。後、この3日間で色んな人と話すことが出来てとても良い体験ができました。皆さんお疲れ様でした。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部会計監査 河野貴博

横浜支部の皆さん宣伝カーを出してくださりありがとうございました。3単産、全造船機会さん4日間大変暑い中、平和行進お疲れ様でした。今年も怪我や事故も無く完結出来た事皆さんの力のお陰です。沖縄青年分もまだまだ勉強不足ですが、少しずつ勉強していき原発問題、反戦反基地問題、全国の仲間達と団結して頑張って行きましょう。4日間大変お疲れ様でした。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部書記長 與儀泰寛

今年の5・15平和行進は猛暑の中での行進でした。今回の平和行進で私は行進団のサポートに徹しました。行進団の中には年配の方や小さな子供まで参加していたので昼食時間の際に沖縄地本青年女性部として、行進団の疲労を少しでも和らげてもらおうと思い、かき氷を提供させていただきました。やはり、暑い中での行進だったので喜んでもらえて何よりでした。来年以降も参加者の皆様にはより良い平和行進をして頂けるようサポートしていきたいと思います。
今、沖縄には米軍基地があるが故に基地の近隣住民のみならず沖縄県民にとって騒音問題や凶悪事件など、生活環境に影響を及ぼしています。教養施設等の真上を戦闘機やオスプレイが飛行する度に園児や子供達は両手で耳を塞ぎその恐怖に怯えているのが現状です。さらに、軍用機による夜間飛行訓練の時間帯も夜分遅くまで実施されているのである。県民の民意を無視して訓練している米軍には憤りが募るばかりです。昨年の戦争法案の可決により、戦地に派遣される恐れのある徴兵制のようなj法案を断じて許してはいけない。次世代を担う子供たちにとって決してあってはいけないのである。これからも平和行進を通じて基地撤廃、平和な生活を送れるよう民意を主張していきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部副部長 山城 隼

今年で2回目となる南コースの交通責任者のアンカーを務めました。今年も初日から3日間気温も上がりかなりの暑さになる予報となってましたので行進団の皆さんの体調なども気にかけながらの交通誘導をしました。また、平和行進前に行われた交通責任者会議で今年も初日から右翼団体の妨害があるとの話がありこれまで以上に気を引きして行進しました。予想通りに初日から最終日まで気温も上がりかなりの暑さになり、また右翼団体の妨害などもあり大変でしたが無事に3日間行進団の皆さんを事故、怪我もなく完結する事ができました。今年は初日から最終日までずっと右翼団体の暴言妨害などもあり行進に影響を受けましたが行進団と交通責任者との団結で大成功する事ができました。また3日間の本土参加者との懇親会でも大いに盛り上りとても楽しかったです。これからも、未来の子供たちのために沖縄の平和の為に沖縄地本青年女性部としても全基地撤去目指してしつこく諦めず最後まで戦っていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方伏木支部 田中光春

今回、初めて沖縄平和行進に参加させて頂き、沖縄の現状や問題を感じることができ大変良い経験をすることができました。沖縄での行進のコースはもっとも激戦が行われた南コースを行進しました。
1日目、南城市中央公民館で出発式が行われ、「基地の県内移設に反対しよう」「辺野古への新基地建設反対」とシュプレヒコールを上げながら、ひめゆりの塔まで行進が行われました。2日目、午前中に糸満市役所を出発し、東風平運動公園まで行進が行われた。この地域には、未だ沢山の戦没者が眠っているため、シュプレヒコールを控えての行進でしたが、妨害があったため、中央本部鈴木副委員長自ら、迫力あるシュプレヒコールを上げる場面もありました。午後からは、平和記念資料館、ひめゆりの塔などを視察しました。中へ入り資料や話を聞くと、沖縄戦の悲劇、無残さを痛感させられました。3日目、奥武山運動公園を出発し新都心公園での「5・15平和とくらしを守る県民大会」に参加しました。道中大変厳しい妨害もありましたが、行進団の迫力あるシュプレヒコールにより無事、県民大会に参加できました。
総勢2500人、3日間で4500人が平和への願いを込めて歩みを進めました。最後の懇親会では、歌と踊りで盛り上がるなか、中央本部諸見書記次長が昔を思い出し涙を流す場面もありました。最後に中央本部鈴木副委員長より「一致団結し強大な力に声を上げて行きましょう」とお話があり日本海地方直江津支部総団長稲井君のガンバロウ三唱で、全日程を終えた。復帰44年、未だ沖縄県民、日本国民の声は届いていない。「基地の無い平和な沖縄」この熱い気持ちをこれからも声に出し訴え続けていかなければならない。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方伏木支部 石原良樹

5.15沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。沖縄といえば観光地という漠然としたイメージしかなく、沖縄の現状についてはほとんど知らない状態での参加でした。しかし、沖縄は戦争の悲惨さを生々しく伝えてくれる場所でもありました。
3日間での行進は炎天下の中、体力的に非常に辛いものでしたがみんなの励ましや、地元の方たちからの差し入れなどもあり無事に完歩することができました。シュプレヒコールも何度かさせていただき、とてもいい経験になりました。この3日間の行進で戦争と平和について深く考えることができるいい機会になりました。沖縄で起こった惨状を風化させる事なく次世代に伝えていくのが私たちの役目だと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方敦賀支部 竹仲 健人

5月12日から行われた5.15沖縄平和行進に参加してきました。今回で2回目の参加でしたが、日本海地方の団長として行進することができました。  初日は、まず全国結団式が行われ、各コースの団長、副団長、本土代表が紹介されました。全港湾から南コース副団長として沖縄地本の下條さんが出て、熱い決意も聞くことができました。その後に三単産、全造船機械の結団式があり、団長として日本海地方の稲井さんがやることになり、同じ日本海地方の仲間として支えていこうと思いました。その後が学習会があり、講師として報道の方に来ていただき、昔の沖縄の話しや、今の沖縄の問題などを聞くことができ、とてもためになりました。
2日目は、朝9時から南コースの出発式が行われ行進しました。シュプレヒコールをし、元気に行進できました。沿道から小さな子ども達からの声援があり、この子ども達のためにも沖縄から基地をなくし安心して生きていってほしいと思いました。
3日目は、糸満市役所を出発し、過去に悲惨な戦争があった地を歩き、シュプレヒコールをせずに歩くことで、いろんなことを考えさせられる行進となりました。午後からは視察で平和祈念資料館とひめゆりの塔に行き、2回目ではあったのですが何度行っても考えさせられます。もう絶対このようなことはあってはならないと思いました。
最終日は、奥武山運動公園を出発し、国道58号を歩きました、昼の県民大会に向けて元気よく歩いたのですが、右翼からの妨害がありどうなるかと思いましたが無事、新都心公園に到着することができました。県民大会には総勢約2500人が集まり、3日間の平和行進は終了しました。
39回沖縄平和行進は終わりましたが、これで終わりにせずに、みんなにこの経験を伝えていき、これからもこの運動を続けていこうと思います。沖縄地本の皆様、受け入れ準備など、本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方新潟支部 平岩 良

5月12日~16日の5日間5.15沖縄平和行進に参加してしました。初日は、パレット市民劇場で全国団結式に参加しました。北は北海道、南は鹿児島、そして今年は、韓国の人たちも参加し、5.15平和行進に向けて全国の仲間が沖縄の地に集結し、団結を深めました。その後、ホテルに移動し、沖縄県マスコミ労協議長の与議武秀さんを講師に平和学習会が行われました。そこでは、「沖縄基地の歴史」「辺野古問題」「沖縄基地と抑止力」についての説明がされました。漠然と参加していた私にとって、自分自身の気持ちを変えることができる学習会になったと思います。
行進初日、バスで南城市陸上競技場に移動し、出発式の後、行進がスタートしました。行進は、東、西、南の3つのコースに分かれ、私たちは、南コースの行進に参加し、シュプレヒコールをしながらひめゆりの塔を目指しました。
2日目は、午前と午後に分かれ、平和祈念資料館、ひめゆりの塔の視察に行き、沖縄戦、そして戦争の恐ろしさを痛感しました。
最終日は、東、西、南それぞれ新都心公園に集まり、5.15平和と暮らしを守る県民大会が行われました。行進、視察を終え、全てにおいていい経験になりました。2度と戦争はおこしてはいけない、「1人1人が立ち上がり、声に出し戦わなければいけない!」と強く感じた4日間でした。普段では体験することが出来ない貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方新潟支部リンコー運輸分会 前田 正明

5月12日に新潟を発ち、到着後すぐにパレット久茂地市民劇場において5・15全国結団式が開催されました。会場には約500人が集結し沖縄平和センター議長の山城 博治氏の熱い挨拶に、自分自身も士気が高まりました。終了後、ホテルに移動し南コースをともに歩く三単産・全造船機械結団式を行い、その後、沖縄県マスコミ労協議長の与儀 武秀氏による学習会が開催されました。学習会では沖縄の現状、基地の歴史、辺野古新基地問題など事前学習で学んだこと以上に詳しく知ることが出来ました。
5月13日から南城市陸上競技場に移動し出発式の後スタートしました。途中、沿道からは小さい子供からお年寄りまでたくさんの声援をいただき無事に平和記念公園を経てひめゆりの塔まで到着しました。
5月14日は糸満市役所で出発式を行いました。この日は半日行進、半日視察という日程ではありましたが、行進の道中では悲劇の戦場の場もありシュプレヒコールを止め、静寂の行進の場が多数ありました。我々は昼から平和記念公園とひめゆりの塔へ視察に行きました。どちらの資料館も目で見るには耐え難い写真や展示物があり、心打たれるものがたくさんありました。
5月15日奥武山運動公園で出発式を行い、国道を北に向け3日間で一番大きなシュプレヒコールを挙げながら行進し県民大会の行われる新都心公園を目指しました。公園には南コースの団が1番に到着しましたが、すぐに残りのコースも合流し、総勢約2500人の集会が開催されました。安部政権の辺野古新基地建設に反対し、安保法制を強行採決しアジアでもっとも危険な国になろうとしていることを再確認し、また、原発の再稼動を許さず、脱原発の社会の実現を確認し団結ガンバローをして閉幕しました。
この度は沖縄平和行進に参加させて頂きありがとうございました。最初は不安がいっぱいで貫徹できるか心配でしたが、無事に暑い3日間ではありましたが、周りの励ましもあり怪我もなく3日間やり遂げることが出来ました。現地に行かなければわからない事がたくさんあり、勉強になりました。この経験を少しでも多くの人に伝え、関心を持ってもらうようにしたいと思います。また、沖縄の基地問題が早期に解決することを願いたいです。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方舞鶴支部 島崎 雷

私は、今回初めて沖縄平和行進に全港湾舞鶴支部代表として参加させていただきました。沖縄平和行進には初めて参加するので、これまでに参加されたことがある舞鶴支部の青年部の人達と執行部の方とで事前学習会をし、今の沖縄の抱える問題をDVDや話を聞いて、現地でどのように活動するのかを勉強してから、今年度の沖縄平和行進に参加してきました。
5月12日に現地入りし、三単産と全造船機械の方達と平和学習会をし、13日から15日の3日間で平和行進と県民大会という日程でした。
平和学習会では、沖縄の基地の歴史や、辺野古新基地問題、沖縄の基地と抑止力について学びました。沖縄タイムスの記者の方も来ていただき、話をしていただいて改めて沖縄の様々な問題を再認識し、沖縄に対する気持ちが大きく変わりました。
平和行進では、およそ2000人もの人達が行進に参加したそうです。これだけ多くの人達が団結し、沖縄の基地問題についてシュプレヒコールで訴えました。2000人もの人達の中でシュプレヒコールをした時は凄く緊張しましたが、とても良い経験になりました。平和行進で学んだ事や体験した事を、もっと多くの様々な人達に伝えていきたいです。もう二度とあんな悲惨な戦争をおこしてはなりません。また、いつかこの沖縄平和行進をしなくてもいい日が来ることを願ってこれからも闘っていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方七尾支部 大野 悟

5月12日から16日に、2016年5.15沖縄平和行進に参加しました。今回初めて沖縄平和行進に参加しました。今年は日本海地本直江津支部の稲井さんが団長をするという事もあり、同じ日本海地本として、わからないなりに精一杯活動に取り組み、少しでもサポートできればと思い平和行進にのぞみました。
5月12日にパレット市民劇場で「5.15全国団結式」が行われました。地元の人達の言葉から、体験した悲惨さと戦争への憤りが伝わってきました。そして、平和行進にかける意気込みと熱意に圧倒されました。
平和行進は初日から3日間とも天気に恵まれました。今回、南コースとして行進する事になり、初日はシュプレヒコールをしながら全国の人達と共に一致団結して、5.15沖縄平和行進に取り組みました。2日目、3日目はレンジャーとして参加し、行進の人達の誘導や交通整理のため通行を止めたりして、どれも大変な作業でした。
今回、初めて平和行進の参加であり、行進の心構え、沖縄の方々の平和への意識など、参加しなければわからない事が沢山ありました。平和行進に対する思いが低かった事、そして勉強不足など反省点は多かったですが、平和行進に参加して良かったです。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方境港支部青年部 安部宅造

5月13日から5月15日、沖縄平和行進に参加させていただきました。参加前の正直な思いは、歩くのが大変そうだなとか、訴えかけている内容や現地でどのような問題があるのか、人の話やニュースなどでしか把握していないのが現状でした。しかし、行進が始まると現地の人の思いや懸命さを知り、次第に若い世代に広めていきたいと強く思うようになりました。この強い思いを若い世代に積極的に訴えかけ、団結して頑張れば平和な沖縄、基地のない安心して生活していける沖縄が絶対に取り返せると思います。
しかし、沖縄の戦争の傷跡は深く、傷つき、悩んでいる人はたくさんいると肌で感じました。絶対に同じ過ちを繰り返さないためにも自分なりに出来ることをコツコツやっていき、これからの組合活動を増やしいろいろな世代に行進で学んだことを広めていきたいです。これからも全港湾一致団結して頑張っていきましょう。最後に皆さんの組合費を使って沖縄平和行進に参加させていただき、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方新潟支部 小鍛冶 司

5月12日~16日の5日間の日程で第39回5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。実際に平和行進がスタートしたのは翌日の、5月13日からでしたが、沖縄に着いた当日の12日は、久茂地市民劇場での全国団結式、夜には三単産、全造船機結団式、平和学習会が行われ参加しました。
私たちは、沖縄平和行進の中でも1番ハードだと言われている南コースを行進しました。最初に「南コースはつらいよ~」と言われた時は、3日間無事に貫徹できるだろうかと少し不安になりました。
行進初日、南コースのスタート地点、南城市陸上競技場で出発式を行い、その日のゴールであるひめゆりの塔を目指して、2016沖縄平和行進が始まりました。途中平和祈念公園で昼食を取り、無事にひめゆりの塔へ到着することが出来ました。
2日目の行進は、糸満市役所から東風平運動公園を目指しての行進でした。このコースは沖縄戦の中でも1番の激戦区であり、なんの罪のない多くの人々が逃げ回り、犠牲になった人々のおこつが、今も土の中に沢山埋まっているという地域でした。道が細くアップダウンも激しかったですが、時々、山と山との間から見えるとてもキレイな海を見た時、本当にこんなに景色がキレイなこの島で、戦争が行われていたのだろうかと思い、胸が痛み、今回の行進の必要性、意味を再確認させられました。
3日目の5月15日、5.15沖縄県民集会当日の行進は、奥武山運動公園から会場となる新都心公園を目指しての行進でした。平和行進最終日ということもあり、右翼の妨害行動も激しさを増していました。ここで自分が感じた事は行進団の団結力です。激しい妨害に負ける事なく、全員で団結して阻止できた事に改めて、“団結”という意味を思い知った場面でした。3日間の行進を1人のリタイアも出す事無く、無事に貫徹できた事は、行進団全員の団結力があったから出来た事だと実感しました。今回、沖縄平和行進で学んだ過去、現在の現状、これらを持ち帰り自分の身の回りの人達に伝えていきたいと思います。
最後になりますが、日常生活では体験できない貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。そして、沖縄地方本部の皆さん、各地方の参加者の方々本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方直江津支部 稲井 太一

私は今回の沖縄平和行進に全港湾、全日建、全国一搬、全造船機械の団長とゆう立場で参加をさせて頂きました。私自身2度目の沖縄平和行進の参加だったのですが、三単産及び全造船機械の団長とゆう事で、色々な思いを胸に今回は参加させて頂きました。沖縄は梅雨前とは思えないぐらいのカラッとした陽射しが強く暑い日が続いていました。その暑い沖縄に5月13日から3日間の間、全国からの仲間が結集し沖縄を守ろう、歴史を学び本土へ届けようとゆう熱い思いのこもったシュプレヒコールが絶える事なく響き渡りました。
私は二度目の参加ではありましたが、改めて沖縄の歴史、米軍基地がある恐怖を目の当たりにしました。子供たちが戦闘機等の騒音の中勉強する事が当たり前になってしまっている事実。大戦時、日本で唯一凄惨な内陸戦が起こり、沢山の尊い命が奪われてしまったとゆう事実。どちらの事も本土で暮らしている私たちには想像も出来ない事実と歴史。それを身近に感じ、学び、訴え、それで終わりでは無く、沖縄で学んだ事、経験は地元に持ち帰り更に突き詰め、広めて行く事が大事ではないかと考えました。そして、団長とゆう立場で参加させて頂いた事で、人間としても沢山学ばせて頂きました。
参加する前までは、しっかりやらなきゃ、みんなをまとめなきゃとゆう思いで頭が一杯でしたが、参加して1日1日が過ぎていく中で、きちんと示せば仲間はついて来てくれる。団長だからと気張りすぎるのでは無く、一緒に頑張っている仲間を信じて鼓舞していく事で盛り上げる道もあるとゆうこと。  私は今回の平和行進で沢山の事を学び経験し、そして、仲間との絆を得て帰ってくる事ができました。私も地元で、平和への願いを追求し広めて行くことを約束し、感想に変えさせて頂きます。最後になりますが、貴重な経験を積ませて頂き、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方直江津支部 丸山謙太

今回、平和行進に参加して様々な問題を抱える沖縄の姿を知る事が出来ました。「沖縄問題」と一言で言っても様々でありますが強く訴えるのは、戦争反対と米軍問題です。
3日間シュプレヒコールを含め、平和を訴え行進してきましたが、途中妨害される事も多くありました。そのような中、保育施設の前を通った時、幼い子供達が「頑張れ~」と声援してくれる姿にとても強く胸を打たれました。私も2人の子供を持つ父親ですが、米兵による犯罪、基地の爆音、オスプレイ等と日々この様な問題に直面され、毎日何が起こるか分からないその様な中で、子供達は安心して暮らして行けるのかと考えた時、とても恐ろしく感じました。また、戦争の恐ろしさも平和祈念資料館やひめゆりの塔など、途中様々な所で改めて思い知る事が出来ました。亡くなった子供の写真など、生々しい当時の様子を観て、やりきれない思いに涙が出ました。将来子供達が戦争の被害にあう様な事は、何があっても許される事ではないのです。
この様な問題は決して沖縄だけの問題ではなく、日本全体の大きな問題として捉え考えていくべきです。この沖縄の様々な美しい場所も、米軍によって奪われていく事はとても許しがたい事であり、静かな平和な沖縄になって欲しいと、心からそう願っています。この様な事を一人でも多くの人に伝え、知ってもらう事が今の私の役目だと考えています。今回は貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

四国地方松山支部 竹政 良一

第39回沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。事前学習で資料を読み、沖縄が日本で初めて起こった地上戦であり、そして10万人以上もの人々が亡くなったことを知り、現地に行って沖縄の歴史をもっと知り学んで帰りたいという思いを胸に参加をしました。
早速到着するとパレット久茂地市民劇場にて平和行進団結式があり、その後ホテルに戻り三単産・全造船機会結団式をしてから平和学習会が行われ、基地があることで起きる問題が分かり早く基地の無い沖縄になってほしいと、この活動に対し改めて身が引き締まる思いを感じました。
行進1日目、南城市中央公民館からひめゆりの塔まで行進をしました。街宣車に乗り緊張したけどシュプレヒコールを上げることができ、初日ということで大変でしたが、とても良い経験をすることができたと思います。
2日目は視察班と行進団に分かれての行動ということで、午前中は南部視察でひめゆりの塔と平和祈念資料館を見学しました。写真や資料を見ていると命の重さが身に染みてこれからも戦争のない暮らしが読いてほしいと思いました。午後からは東風平運動公園陸上競技場から南風原町役場を行進で、レンジャーをさせて頂きました。行進中一般車両にはクラクションを鳴らされ、怒鳴られ辛かったけれど、手を振って応援してくれる現地の方もいてこの活動は最後まで精一杯やり遂げたいと改めて思いました。その夜は沖縄地本の職場で青年部BBQ交流会を開いて頂き、各地方の青年部員の皆様と親しくなり連絡先を交換し合い繋がりが出来てとても良かったです。これからもこの広い繋がりを他の活動にも生かして行きたいと思いました。
3日目最終日は約2500人もの行進団が集まったということでした。奥武山運動公園から出発し、この日もレンジャーをさせていただき、大勢の行進団の交通整理には不安もありましたが、同じレンジャーの仲間や行進団の皆様、現地の皆様から応援をもらえたことにより、無事に新都心公園に到着し行進を終えることができました。この夜は最終日ということでホテルにて中央本部副委員長の鈴木誠一さん、書記次長の諸見力さんも参加されての懇親会が盛大に行われました。沖縄の歌を歌い盛り上がり、青年部員の方々との交流もさらに深めることができ日程が終了しました。
最後になりますが全港湾という組合は各地方から集まり、繋がりがあることを改めて知り、学ぶこともできても良い経験をすることがでたと思います。平和行進に参加された皆様、交流会を受け入れて下さった沖縄地本の皆様本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

四国地方新居浜支部浜栄分会 井上

5月12日から16日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に参加させて頂きました。12日は久茂地市民劇場で全国結団式、ホテルに戻って、三単産、全造船機械結団式、平和学習会がありました。平和学習会では与儀さんの話しを聞き沖縄の現状を知る事ができました。13日、南コースを行進することになり、私たちが行進した南コースは最も激戦地でした。沖縄の住民たちが、悲しみ、苦しみながら逃げ歩いた土地を思いながら歩きました。
視察で、ひめゆりの塔、平和祈念資料館にいきました。資料館では沖縄戦争のときの写真がありました。米兵に射殺されている人や、燃やされている人、死んでる子供に虫がたかっている写真とか見てたら戦争の恐ろしさや、残酷さ、犠牲者の悲しみが自分の中に刻まれました。今回平和行進に参加して、一生忘れることのできない貴重な経験をさせていただきました。沖縄地本の皆さん、一緒に行進した全国の皆さん、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

四国地方徳島支部共正陸運分会 藤本 浩二

5月12日から15日にかけ、沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。四国地方からに参加は、私を含め4名の参加者で松山空港で合流し沖縄へ向かいました。着いた初日は、久茂地市民劇場にて結団式をし、ホテルに戻りそこで平和学習会をしました。事前学習会をしてきましたが、学習会では沖縄の生々しい現状などの話を聞くことが出来ました。
2日目は、行進が始まりました。私たち4単産は南コースを担当し大勢の仲間と一緒に行進しました。コースは、南城市陸上競技場から出発しひめゆりの塔を目指しました。途中シュプレヒコールをさせてもらったのですが、参加者との団結力には感動を覚えました。
3日目には、午前中視察をしました。平和記念資料館では、戦争の痛ましさばかりを感じる資料に胸が痛み、平和のありがたみを改めて痛感させられました。戦争の怖さは忘れてはいけない。次世代に残す重要な資料だと思いました。
最終日は、出発式を終え奥武山運動公園から新都心公園までのコースを行進しました。最終日の行進では、非常にたくさんの人が集まり行進団の長い列と共に行進しました。たくさんの人の想いが1つになり行動し「一致団結」できたことは非常に意味のある事だと思います。5.15沖縄平和行進を通じ、私は沖縄の歴史に見て触れることができました。ここで感じ取った事を忘れず、平和の意味を考えていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

四国地方香川県支部 大谷 徹

2016年第39回5・15沖縄平和行進」に初めて参加させて頂きました。今年も全造船機械労働組合が加わっての四単組で行動することになりました。宿泊ホテルに到着後、パレット市民劇場へ移動し、「5・15平和行進全国結団式」、ホテル会場にて「平和学習会」に参加しました。学習会では沖縄県マスコミ労使議長の与儀武秀氏の「沖縄/基地問題を考えるために」のお話しを聞き、その中の「沖縄の基地の歴史」で日本の国土の0.6%の面積しかない沖縄県が日本の在日米軍施設の73.8%を負担している事や「沖縄の基地と抑止力」では駐留米軍の部隊で最も規模が大きい沖縄海兵隊について学ぶ事が出来ました。
平和行進初日、南城市陸上競技場で出発式を行い、行進をスタートしました。行進してから間もなく沿道から住民の皆様が「暑いけど頑張って下さいね」と声を掛けて頂いたり、保育園の前を通ると園児たちが「頑張ってね」と手を振ってくれました。住民の皆様の暖かい御声援を聞いて改めて身が引き締まる思いになりました。
平和行進2日目、2班での行動となった為、全員揃っての行進ではありませんでしたが私の班は午前中、ひめゆりの塔・平和祈念公園を視察しました。ひめゆりの塔では、沖縄戦末期に陸軍病院第三外科が置かれた壕の前で説明を聞き、奥にある「ひめゆり平和祈念資料館」を見学しました。資料館には戦前から戦後までの彼女たちの生活、そして戦地での彼女たちの役割などが詳しく写真などを基に紹介されていました。まだ十代半ばでの彼女たちの生き方を見て、2度と戦争はしてはいけないと強く思い、今まで以上に戦争について真剣に考えなければいけないという思いが込み上げてきました。次に向かった平和祈念公園の中にある「摩文仁の丘慰霊塔」で最後の沖縄戦の司令部として使われていた壕を視察しました。この地へ命懸けで逃げてきた多くの住民がこの丘から身を投じて集団自決を図った事をガイドさんから聞いた時、胸が熱くなりました。その後、資料館では第二次大戦から終戦までの資料などがありました。印象に残ったのが住民や軍人が殺されてそのまま放置されている写真があり今では考えられないような当時の惨状を目の当たりにし、一瞬目を背けたくなるような気分になりました。がしかし、家族や友人に伝えなければという思いから端から端まで見学しました。午後は東風平運動公園陸上競技場から行進しました。行進の途中、現地の子供が一緒になって横断幕を持ってくれて南風原町役場を目指して行進しました。
平和行進3日目、奥武山運動公園から歩いている途中、反対する団体に道を塞がれる妨害を受けましたが行進の隊列を乱す事なく、大きな声でシュプレヒコールを上げてゴール地点である新都心公園まで歩きました。県民大会では総勢2500人が集まり、辺野古新基地建設反対や平和な島沖縄を返せと訴えました。平和行進を終えてまずこの思いを自分の身内や友達等に伝えて一緒に考えていける場を設け、職場でも組合でもこの貴重な経験を生かしていけるようにしたいと思います。
最後になりますが行動を共にした四単組の皆様をはじめ、現地でお世話になりました沖縄地本の仲間の皆様暑い中、本当にお世話になりました。

第39回沖縄平和行進に参加して

鹿島港支部青年部部長 栗俣和夫

今回、2016年5・15沖縄平和行進に参加させていただきました。自分は今回で三回目でしたが初参加の方が多い中で一人も脱落者も怪我人も出さず最終日夕食懇親会では中央本部から「今回、最高のメンバーでした」の一言をいただき、今回行進できたことをとても誇らしく思います。
現在、沖縄では基地に対して無関心な人が増えてきているという話を聞きました。しかし、過去の戦争の悲惨を語り継ぐ人たちが未来を担う子供達が安心して暮らせる為にも「基地は無くさなければならない」と強く言い続けなければと再確認でき本当に良かったです。最後に参加された四単産の皆様三日間本当にお疲れ様でした。

第39回沖縄平和行進に参加して

鹿島港支部 坂本真彦

今回、沖縄平和行進に参加させていただき、とても貴重な体験が出来ました。ニュース等で普天間、嘉手納基地の問題、辺野古基地移設問題をより詳しく知れたことがとても勉強になりました。とても天候に恵まれて、子供たちやお年寄りの声援を受けながら行進できたのはとても嬉しかったです。沖縄の暑い日差しに負けず最後まで行進ができたのは地元の人の声援があったからだと思います。最後に受け入れて下さった沖縄支部の皆さん、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

九州地方苅田支部 佐藤仁志

2016年5月12日私は5.15沖縄平和行進に参加するために沖縄にむかいました。那覇空港には沖縄地本の青年部の方が出迎えてくれホテルまで送迎をしてくれました。ホテルに着くと全港湾中央本部の鈴木副委員長、諸見書記次長に出迎えて頂き、「お疲れ様、一緒に頑張ろう」と有り難い声まで掛けて頂き、沖縄平和行進を向かえるに当たっての覚悟や自覚を強く感じました。  その後5.15全国結団式に参加するためにパレット久茂地市民劇場に移動しました。結団式の会場には入りきれない程の人が集結しており遠くは韓国より参加している人達もおり沖縄平和行進の偉大さを実感しました。そして色々な人達の話を聞き、今まで知らなかった沖縄の現状、沖縄の方々の思い、強い叫びを知りました。強い気持ちを持ちこの平和行進をやり遂げようと心に誓い会場を後にし、次の三単産、全造船機械結団式の会場である琉球サンロイヤルホテルに移動しました。
結団式では各代表者が自己紹介、決意を述べ団結を固めました。その後、平和学習会が行われ、沖縄/基地問題を考えるために、という題名で講師であるマスコミ労協議長である与儀武秀氏による学習会が行われました。沖縄の基地の歴史や辺野古新基地問題、沖縄の基地と抑止力について分かりやすく話をして頂きました。一番衝撃的だったのは日本全体の米軍施設専用面積のうち、沖縄の米軍基地の面積がおよそ74%にも及ぶという事です。1972年に沖縄の施政権が米国より日本に移り日本復帰となったはずが、基地負担は変わっておらず、沖縄県民の望んだ「復帰」はまだ実現していないという事でした。何故、沖縄じゃなければいけないのか、沖縄にそしてこの日本に米軍基地はいらないと私は思い沖縄の初日を終えました。
そして沖縄2日目、沖縄平和行進の始まりです。出発式のある南城市陸上競技場にバスで移動し、出発式を迎えました、私はあらかじめレンジャーに志願していたためにレンジャーとして平和行進がスタートしました。最初は何をしていいかもわからずレンジャー経験者や責任者の方達にアドバイスをもらいながら平和行進の隊列を守りながらの行進をしました。途中右翼の妨害もありましたが平和行進を行っている仲間達は強い信念を持ち堂々と行進をし、力強いシュプレヒコールで街のかたに訴えを行っており平和行進の一体感を肌で感じ感動の連続でした。特に心に残ったのはお住まいの方々や仕事中の方々などがわざわざ沿道まで出て来て頂き、手を降り応援をしてくれた事です。レンジャーをしながら地元の方々の応援を受けることにより絶対に沖縄平和行進を成功させよう、もっと声をあげて訴えて行こうと気持ちが益々高ぶりました。。昼からもとても暑くみんな汗だくでしたが、とても力強いシュプレヒコールに駆り立てられみんな力強く行進を行っていました。この日のゴールはひめゆりの塔だったのですが、修学旅行生などがバスの窓から手を振ってくれて強い応援となり無事ひめゆりの塔に着く事が出来ました。
5月14日平和行進二日目は私達は午前中は視察班という事でひめゆりの塔~平和祈念資料館に視察に行きました。ひめゆりの塔では当時、病院として使われていた洞窟、そして資料館での展示物を見て衝撃を受けました。病院と言われていた施設も今見れば只の洞窟、そしてその洞窟の中でひめゆり学徒隊と言われる16歳位の少女達が看護活動をしていた事、きっとその当時は選択の余地はなく、与えられた命令を当たり前のように受け入れるしかなかった状況だったのではないかと私は思います。そう考えると戦争の恐ろしさ、むごさを感じ、二度とそのような事があってはならない、してはならないと強く感じ戦没された方々のご冥福を祈りました。  午前中の視察を終え、午後からは二日目の平和行進の再開です。午後からの行進という事もあり気温も高かったのですが、沖縄の方々の思いや自分達の未来の平和を強く願い、高々とシュプレヒコールを上げ一丸となり平和行進を行いこの日のゴールである南風原町役場に無事に到着する事ができました。  その後はホテルに戻り一旦休憩をし、夜は沖縄地本の方々の計らいでBBQ交流会を開催して頂きました。沖縄地本の方々、お忙しい中、段取りや片付けと本当にありがとうございました。
そして5月15日平和行進最終日の始まりです。徒歩にて奥武山運動公園に移動し、出発式をむかえました。この日が5.15沖縄平和行進の最終日という事もあり、参加人数は私達、南コースだけでも780人程になっており沖縄の平和、日本の平和を一緒に訴えれる仲間がいるという事が凄く心強く感じました。行進がスタートして間もなくしてから右翼団体による妨害もありましたが、中央本部鈴木副委員長、諸見書記次長が先頭に立ち、盾となり身を呈して平和行進の隊列を守ってくれました。その姿を見て信念の強さ、背負っている物の重みを感じ、先輩方に負けられない、今日の姿を心に焼き付け今後の活動に役立てようと心に誓いました。そして行進中には私も街宣車に乗りシュプレヒコールを上げさせてもらいました。みんなに訴えをする事、声をあげる事は、何事に関しても大切な事だと思い大変、貴重な体験をさせて頂いた事を深く感謝します。
皆様の協力もあり無事、県民大会の会場である新都心公園に到着し、県民大会を迎える事が出来ました。県民大会には2500人程の参加があり、色々な地本の色々な団体が参加しておりました。普天間基地移設による、辺野古への新基地建設、地位協定の見直し、そして一番歌われていた「沖縄をかえせ」どれも深く考えさせられるものばかりでした。沖縄の人々が沖縄をかえせと訴える、最初はよく理解出来ませんでしたが色々な話を聞くうちに理解できた気がします。自分の住んでいる場所で昔あった忌まわしい悲惨な出来事に、結びつく不安材料があればそれは安心した平和な暮らしなんて、送れるはずがないのです。戦闘機が飛び回り米軍施設施設があらゆるところに点在する沖縄が日本に返還されたと言えるのでしょうか?戦争をしない日本に米軍がいるのでしょうか?子供達の未来のため、そして今を生きる私達のために政府はもっと考えなければいけないことがあるのではないでしょうか、私は今回沖縄平和行進に参加させて頂き今までに見れなかった角度から物事が見れ、今まで気がつく事ができ無かった事にも少しは気づけるようになったのではないかと思っています。人は体験しないとわからない事沢山あると思いますが、わからない人に対してきっかけとなるように少しでも伝える事は必要だと思います。この様な貴重な体験を皆様の力を借り身をもって体験が出来たという事に心から感謝をし今後の組合活動、私生活に活用させていただこうと思います。
最後に今回の5.15沖縄平和行進にあたり盛大な受け入れから色々な心遣いをして頂いた沖縄地本の方々、そして色々な面で手本となり道標となって頂いた全港湾中央本部鈴木副委員長、諸見書記次長、そして、今回沖縄平和行進に快く送り出してくれた苅田支部白濱委員長を始め組合員の仲間達、皆さのお陰でこの様な素晴らしい体験が出来たことを本当に有り難く思い、レポートの締めとさせて頂きます。皆様本当に有り難うございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関門支部青女部 今村なおみ

5月13日~15日の三日間にわたって行われた「第39回沖縄平和行進」に参加させて頂きました。5月12日那覇空港に到着後「5.15全国団結式」会場へ、平和運動センターの山城博治議長(実行委員長)の「辺野古新基地建設を絶対再開させない。必ずや、そのままの状態で中止の判断を求める」「ここ沖縄から基地をなくすこと、憲法九条を守り戦争法案を許さない、私達は、最後の最後まで戦い抜こう」と挨拶を受け、明日から行われる平和行進の各コースの代表者からの決意表明があり、最後に議長の力強い団結頑張ろうで全員が平和行進の完歩を誓い終了しました。
その後、三単産・全造船機械団結式と平和学習会が行われ、講師から「復帰44年になるが、基地がある限り県民の望んだ復帰まだ実現していない。沖縄に基地があることは、東アジアに対する抑止力、地理的理由による中国、北朝鮮の脅威から沖縄に基地が集中していると言われているが、何の根拠もないでたらめである。なぜなら沖縄に駐屯している米兵は2600人で、内7割が海兵隊であり軍事的には沖縄でなくてもよい訳である。沖縄の基地集中は、政治的に沖縄が最適であって「軍事的」「地理的」理由ではなく「政治的」理由だけである」とのことを聞き、私は、辺野古新基地建設再開を阻止し、75%もの基地を沖縄に押し付けるのではなく本土も受け入れて、沖縄県民の問題ではなく全国民の課題として取り組み沖縄の基地負担を軽減しなくてはいけないと思いました。
13日から三日間かけ、涙の南部と呼ばれている南コースを全港湾は団の先頭で行進を行いました。
「基地のない沖縄に」を訴えながら、地上戦のすえ戦火の中を逃げ南へと追い込まれた市民の犠牲者が多数いる南コースを「二度と戦争という過ちを繰り返さない」ことを誓い、最終日15日の「5.15平和とくらしを守る県民集会」が開催される新都心公園会場まで完歩しました。会場には、各コースの行進参加者ら約2500人が集結(延べ4500人が行進)し県民大会が開催されました。
大会登壇者からは、基地問題・参議院選勝利等の訴えがあり、特に平和センター山城議長から「辺野古新基地建設を絶対再開させない。必ずそのままの状態で中止の判断を求める」「この国を主権者である私たちが、闘い抜き変えていこうと」と力強い訴えがありました。
最後に「戦争へと踏み出そうとする政府の戦争政策、憲法改悪に反対し、世界平和のために闘い抜く」との大会宣言を採択し終了しました。
私は、この沖縄平和行進を通して「戦争をするのも人間ですが、戦争をしない事ができるのも人間です」今後も平和運動に積極的に参加し、戦争の悲惨さを語り継ぎ、二度と過ちを繰り返さないこと・命の大切さを子供達に教えていきたいと思いました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関門支部 山田憲司 

2016年5月12日から16日沖縄県那覇市で「5.15沖縄平和行進」が開催された。関門支部より4名の参加をさせて頂き全国の仲間と行動を行なって来ました。初日には、「5.15平和行進全国結団式」に参加をしました。結団式では、沖縄平和センター山城博治議長より新基地建設反対運動の取り組み状況や次期参議院選挙をオール沖縄で安倍政権に立ち向かい本当の意味での本土復帰を果たしていく決意を述べられていました。私は、山城議長の話を聞き今日から始まる平和行進の取り組みに対して、「本気でやれば何でもできる、やらなければ何にもできない」ように、基地建設反対等に本気になってやらないと行けないと感じました。その後、三単産・全造船機械団結式に参加をし(沖縄県マスコミ労協)与儀武秀議長より「沖縄基地を考えるために」を題材に沖縄の基地の歴史・辺野古新基地問題・沖縄の基地と抑止力について学習をしました。その中でも気付いたことは、沖縄県の米軍基地の面積の割合は74%も占有しており県民が望んだ復帰はまだ実現していない事やなぜ、沖縄に基地がなければならないのか地理的・軍事的に考えても必ずしも当てはまらない、単に政治的に見て沖縄が最適の地域である理由について深く考えるべきだと思いました。結団式に参加をして学んだ事を胸に平和行進をしっかり歩んで行く事を自分自身また参加をした仲間と確認をしました。
私たちの行進は南コースでありました。沖縄の南では戦争の最終激戦地域でもあり悲惨な地域になっていました。初日は(南城市陸上競技場)から(平和記念公園)を経て最終地(ひめゆりの塔)まで沖縄を照らす激しい日差しではありましたがシュプレヒコールを行ない歩きました。ホテルでの懇親会では自己紹介を行ない親睦を深めることが出来ました。
二日目では、午前中に(ひめゆりの塔)と(平和記念公園)に視察に行き戦争の爪痕を見て学習をし、午後から(東風平運動公園陸上競技場)から(南風原町役場)までシュプレヒコールを行ない歩きました。夕食交流会では、沖縄地本の方がBBQを振る舞って頂き大変お世話になりました。
三日目は、沖縄本土復帰記念日であり出発地の(奥武山運動公園)に「沖縄平和センター」山城博治議長が来られ平和の大切さを力強く声をあげ最後まで完歩して行く決意を述べられ全体で団結しスタートしました。最終地の(新都心公園)では、「5.15平和とくらしを守る県民大会」が開催され全体の総括と大会決意案を採択し県民大会参加者2,500名と平和行進延べ4,500名の参加についても確認され終了しました。
沖縄平和行進に参加して学習と全国の仲間と交流をさせて頂き有難うございました。今後の取り組みの糧とさせて頂き平和運動を進めます。

第39回沖縄平和行進に参加して

関門支部門港船内分会 小原拓也

2016年5月12日から16日まで、5・15沖縄平和行進に参加させてもらいました。空港から降りて沖縄に到着したら、沖縄地本の方に迎えて頂きました。ホテルで荷物を降ろした後、5・15全国結団式の会場のパレット市民劇場に移動しました。会場では講師の琉球大学法科大学院教授の高良鉄美氏から、「沖縄を返せ」に込められた民族の怒りの事や、昔あった米軍のB52墜落事故で、万が一にも核が搭載されなくて良かったなど、聞かせてもらいました。全国結団式には、同じく米軍基地のある韓国からの参加者もいました。最後は、センター議長の山城博治氏の団結ガンバローで閉会しました。
ホテルに戻ってからは、三単産・全造船機械結団式から平和学習会まで行われました。講師の沖縄県マスコミ労協議長の与儀武秀氏から、日本全体の米軍施設専用面積のうち、沖縄の米軍基地の面積は約74%や、辺野古新基地問題で、仮に普天間飛行場が全面返還されても、沖縄の基地負担は、たったの2%しか減らないなど、知らないばかりでした。何より一番驚いたのは、沖縄の基地集中は「軍事的」「地理的」な理由ではなく、「政治的」な理由という事でした。最後に与儀氏は「福島にもう一度原発を作れるのか?47人の学級1人に35人分のランドセルを背負い続けているとしたら?」と二つの例え話をなげかけると、会場に重い空気が流れていたのを覚えています。
次の日、いよいよ平和行進が始まりました。出発式を終えた後、約20キロの道程をシュプレヒコールをしながら歩きました。シュプレヒコールでマイクを持たせていただいた時は緊張しましたが、やり始めたら、自分でも気付かないうちに気持ちがこもって、大きな声を出せていました。最後までコースを歩ききれるか不安でしたが、道中の沖縄の人達の声援や差し入れなどで、助けられ歩ききる事が出来ました。
14日午前中は、ひめゆりの塔、平和祈念資料館を見学してまわり、戦争当時の人達の写真や行動が、事細かに残されている事に、驚くとともに、陰鬱な気持ちになりました。午後の平和行進からレンジャーをさせて頂き、交通整理や隊列の誘導、声かけなどの御手伝いをさせて頂きました。夜には沖縄地本の方達が、バーベキュー交流会を設けてくれて楽しかったです。
15日、5・15平和とくらしを守る県民大会に向けて平和行進が始まると、レンジャーに慣れてきた事もあり、初日からレンジャーに参加出来なかった事を残念に思うくらいになりました。県民大会が始まると、皆の熱気がひしひしと伝わり、改めて気持ちが引き締まりました。最後は会場皆で「沖縄を返せ」を大合唱して締めくくりました。沖縄での最後の夕食は、三単産・全造船機械夕食懇親会が行われました皆で歌ったり踊ったりして楽しかったです。
今回の平和行進を振り返って、沖縄の人達の現状や素直な気持ちを肌で感じる事が出来、この活動がいかに大切なのかを、身をもって知る事が出来ました。この気持ちを少しでも福岡の人達と共有出来るように広められたらいいなと思いました。御世話になった沖縄の人達、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

門港船内分会 西川朋由樹

2016年5月12日(木)~16(月)まで「5・15沖縄平和行進」に九州からは7名参加してきました。沖縄に着いてから、すぐに「5・15全国結団式」に向かいました。沖縄平和運動センター実行委員長の山城博治議長より熱い言葉、沖縄のこれまでの歴史の話を聞きこれからの沖縄、米軍基地移設の問題、などの話しを聞きました。次に韓国から海外ゲストとして平澤平和センター幹事カンミ氏の挨拶などがありました。みなさんの決意を知り明日からの平和行進に向けて自分自身もしっかりと決意を固め歩く事を心に誓いました。その後ホテルに移動し三単産・全造船機械結団式をおこないました。
13日(金)には南城市陸上競技場にて出発式をおこない行進がスタートしました。皆で列を組みシュプレヒコールをおこないながら、戦争中もっとも激しかったと言われる南コースを歩きました。普段は見ないサトウキビ畑やキレイな海、こんなに美しい島で、あまりにも悲惨な戦争、大変な犠牲、にもかかわらず今の沖縄の現状、色々な事を考えながら皆で声をきらさず一日中歩きました。
14日(土)は朝から南部地方視察に行きました。ひめゆりの塔→平和祈念資料館を見学しました。午後からは東風平運動公園陸上競技場から平和行進をおこないました。
15日(日)いよいよ最後の行進、皆で最後の力をふりしぼり、声を上げゴールの新都心公園に、その後、5・15平和とくらしを守る県民大会に参加し3日に及ぶ5・15沖縄平和行進を終了しました。その後ホテルにて三単産・全造船機械夕食懇親会をおこないました。北海道~沖縄までの仲間1人ずつ自分が感じた今回の平和行進について感想を発表し今回の5・15沖縄平和行進の幕が下りました。
今回、はじめて参加させていただいて、平和がどれほど大事か沖縄の問題は、日本全体の問題であり、もっと真剣に向き合わなければならないと思いました。自分の家族、子供、また会社の皆に自分が経験したこと、感じた事を伝えたいとおもいます。貴重な体験をありがとうございました。
命どう宝。

第39回沖縄平和行進に参加して

長崎県支部 佐々木 清人

戦後71年…復帰44年、第二次世界大戦最後の本土決戦の地、沖縄…あの忌まわしく、そして悲しい戦争を二度と繰り返してはならない…今年も熱い戦いの日が来た…。今回の沖縄平和行進全日程は快晴に恵まれ、5・15本集会は参加人数4000人を数えた大集会になった。私は来年、定年退職を迎える私にとって最初で最後の平和行進になるだろう。そして意義ある貴重な体験となりました。
私も戦争を知らない世代の1人です、生まれて今日まで当たり前のような「平和な日」を送って来ましたが、改めて平和の有り難さ、命の尊さを教えられました。テレビ、新聞等マスコミでは終戦後から今日まで、沖縄基地問題、外国人の犯罪等が報道されて来ましたが、正直、あまり深刻に考えたことはありませんでした。しかし、思えば佐世保も同じ基地の街です、沖縄だけの問題ではありません、「第二の沖縄」になり得る可能性は十分考えられます。将来、あってはならない事ですが、日本も戦争に巻き込まれる危機が訪れるかもしれません、再びあのような悲劇を起こさないためにも今、日本国民も基地問題、平和について考える時です、そんな不安を抱いたのは私だけではないと思います。
平和フォーラム、そして学習会での沖縄米軍基地問題、その中での辺野古への基地移転問題、戦前戦後の沖縄の歴史についての講演、学習会は有意義な大変勉強になった会でした。行進中での平和資料館、ひめゆりの搭見学では戦争終決の時、沖縄住民の悲惨な光景、米軍に追い詰められ、死を覚悟し、自らの手で命を絶った若者や住民、何百何千の尊い命が奪われた現実、さぞ無念だったであろう。そのような現実を目の当たりにし、益々戦争の愚かさ、そして命の尊さを改めて感じさせられました。沖縄の問題だけじゃなく日本そして世界の平和問題として受け止め、本当の平和の意味を認識するべきだと思いました。
今回の平和行進参加で自身の勉強不足を痛感したのも事実です。地元沖縄県人の怒りと希望で反基地、反戦の運動が続いて行く事を願っています。本当の「復帰」には、まだまだ時間がかかりそうです。  今後も全国の労組、その中でも全港湾青年部の若い力を中心に全港湾の長い歴史と誇り「戦う全港湾」の志を受け継いで取り組んで行ってくれる事を願っています。子供、孫達の未来のためにも…断じて戦争の道を歩んではいけません。何ものにも代えがたいもの、それは命です。
【命どう宝!】合掌。

第39回沖縄平和行進に参加して

長崎県支部 大平幸弘

2016年5月15日全国結団式が5月12日(木)那覇市の久茂地のパレット市民劇場で行われました。実行委員長を務める沖縄平和運動センターの山城博治議長は「沖縄からあらためて反戦平和を訴えよう。安倍政権が戦争へとまい進する中、沖縄の状況をつぶさに確認し、後悔しないために何をすべきか考えよう」と語られていました。
1日目は、3コースに分かれて、全港湾は南コースで、南城市陸上競技場から出発しました。昼食地点の平和祈念公園では、沖縄戦終焉の地であり、沖縄戦で亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ「平和の礎」、戦没者の鎮魂と永遠の平和を祈る「平和祈念像」、そして摩文仁の丘の上には国立沖縄戦没者墓苑や府県、団体の慰霊塔が50基建立されている。実際に地中に埋まっている不発弾も床がガラスばりで出来ている為に見る事もでしました。
また、広場の中央には「平和の火」が灯されていて、この「平和の火」は、沖縄戦最初の上陸地である座間味村阿嘉島において採取した火と被爆地広島市の「平和の灯」及び長崎市の「誓いの火」から分けていただいた火を合火し、1991年から灯し続けた火を、1995年6月23日の「慰霊の日」にここに移し、灯したものであるそうです。 ひめゆりの塔では、平和祈念資料館で特に印象があったのは、沖縄戦で生き残った教師が犠牲になった学徒隊の黒髪を神棚に上げたり、親族が我が子の黒髪や白骨など必死にかき分けて探してる事が文章で残っていました。
2日目の午前は視察団として1日目に行ったひめゆりの塔、平和祈念資料館へと行きました。午後からは、東風平運動公園陸上競技場で昼食後行進で出発して、陸軍病院壕跡を経由して南風原町役場まで行進しました。夜は沖縄地本にて懇親会の青年・BBQ交流会で自己紹介など他の地方のかたと飲んだり騒いだりしてあっという間に楽しい時間が過ぎとてもいい交流ができました。
3日目は朝から奥武山運動公園で、出発式をしてから途中に休憩ポイントで休憩をして新都心公園まで歩きました。5・15平和とくらしを守る県民大会の会場では、南コース、東コース、西コースの3コースが集まり約2000人が集結しました。3日間での行進は全国から集まり約4500人で、1コース約30~40キロだそうです。
今後このような活動には積極的に参加し、周りに伝えて活動していこうと思います。
『子供の未来を守ろう』

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方神戸支部 魚住 幸一

今回、私が沖縄平和行進に参加するのは初めてで、山陽分会としても初参加でした。 今までに参加した人がいないので沖縄平和行進について話を聞いたりアドバイスを貰う事も出来ず、右も左も分からないまま知らないメンバーと5日間も行動するのは少し不安がありました。 しかし、懇親会を兼ねた勉強会が4月にあったので平和行進とはどのようなものなのか。また、平和とは何かという題材について語り合い、夜には懇親会で交流を深め、平和行進に向けて一致団結しました。 そのお陰で不安もなくなりました。
山陽分会では平和行進で学んだ事を皆に知ってもらおうと思い勉強会も開きます。 今回の経験を活かし来年に平和行進へ参加する人へアドバイスなどをしたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方青年部部長 小林 進

4度目の参加になると文章を考えるのもなかなか大変になると思っていたが今回の平和行進は数年の中で一番に印象深かった。まず、違ったのがコースだ。南コースは歴史を学ぶ道といっていたので目的地はほぼ同じだったが今までとは違うルートを歩くことがなによりも新鮮だった。最終日にいたっては大道路を行進した。それだけ平和行進やこの行進の意味を世間にアピールしようという想いがあったのだろうと感じた。そして今回の平和行進、自分が参加してきたなかでこれほど行進の妨害を受けたことはなかった。これが今の沖縄の現状を表しているような印象を受け、これこらもこの平和行進が続き闘っていくのだろうとも思えた。
初めて参加した5年前からシュプレヒコールの内容は差ほど変わっていないにも関わらず沖縄の今がこれほど激化していくと平和行進の終わりはいつむかえることができるのかと疑問をうかべる時もある。それでも全港湾はきっと最後まで闘い続けることを信じてまた来年も歩くのだろう。そして自分は今後参加するだろ人達の後押しができるようつとめていこと思っている。
この文章を考えている中で再び沖縄で米軍関係の暴行事件がおきている。極論から言えばこの事件も基地がなければ起きることのなかった事件であって。これから沖縄にある米軍基地の抗議活動も増えていくのだろ。来年はさらに激化するだろう平和行進もきっと全国から集まる仲間たちとぶじに終えて、いつか平和行進が勝利とともに終わる日を望んでいる。


第19回青年対策交流会議に参加して

第19回青年対策交流会議 (4)青年活動年間スローガン

「若い力は大きな力 声をあげて一歩前へ 青年部」に決定

 

 

第19回青年対策交流会議に参加して

 日本海地方青年部部長 下地真史

 全国のみなさんこんにちは。皆さん公私ともお忙しい中、日本海に集まっていただきありがとうございました。今回自分が学ばせていただいたこと、みんなで議論したことをご報告させていただきます。
 最初に今回参加された全国の青年の皆さま3日間(4日間の人も)本当にお疲れさまでした。2月の日本海ということで雪の心配をしていましたが天気にも恵まれ総勢六七名もの仲間達が全国から集まってくれました。共に今回の青対を盛り上げて下さり本当に感謝しております。今回は代表者会議と青年対策交流会議がセットになっており、初日の青年対策会議では第19回青年対策交流会議の運営全般・今後の青年代表者会議、青年対策交流会議の開催・脱原発キャラバンについて議論しました。
 冒頭中央本部鈴木誠一副委員長から「青年部は横の繋がりを大事にして元気よく意見を上げてきてほしい」と激励の挨拶をいただきました。2日目から青年対策交流会議となり最初は中央本部松本委員長から「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められる」というテーマで講座を開いていただき、3日目(午前)は富山県平和運動センター議長・山崎彰氏より「放射線の影響と原発の問題点」というテーマで講座を開いていただき、午後からは「各地方、支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」「全国青年部統一行動について」という二つのテーマについて七つの班に分かれて分散会を行いました。4日目は御二人の講座と仲間達の議論のもと全体討論を行いました。以上が大体のスケジュールになります。
 私は今回の青対で二つのことを皆さんと考えていきたい。と開会の挨拶をさせていただきました。一つは脱原発についてチェルノブイリの事故は30年前に起きているのにいまだに原状回復はできていない、つまり福島第一の事故は30年後も片付いていないこれから私達青年層が一生付き合っていかなければならないということ。二つ目は私達青年層の現状について、私たちは数々の問題を抱えているのにその問題を執行部にお任せしていないでしょうか?ということ私達の労働条件はすべて勝ち取ってきたもの、戦う事を放棄していたらいつかなくなるんじゃないかということ。その思いが通じたのか山崎議長の講座の後の沢山の質疑がありました。30分の時間をとってあったのですが予定時間を超えても手が上がり山崎議長は大変驚いておりました。全体討論も、次回開催地本ついて、各々の職場の問題、全国の青年部の協力の在り方、運動の報告等々たくさんの議論がありました。スローガンについても今年は一つにしぼり一つの目標にむかって全国の青年部がガンバローということで九州地方苅田支部港運分会田中さんの「若い力は 大きな力 声をあげて 一歩前へ 青年部」が採択されました。
 最後になりますが、今回「第19回青年対策交流会議」を開催するにあたって全面的にご協力いただいた地元、伏木支部の皆さん、執行部の大先輩方、本当にありがとうございました。参加者を代表してお礼を申し上げます。

 日本海地方青年部副部長 稲井 太一

  私はこの青年対策交流会議で沢山の事を学び、そして、自分の地本や支部での活動にも活かせるような、強い刺激を受けて帰ることが出来ました。その思いを綴り、開催地本とゆう大役のチャンスを与えてくださった中央本部、そして日本海地方執行部の皆さま、受け入れ態勢を整えてくださった伏木支部の皆さま、全国の青年部員の仲間達への感謝の言葉に代えさせて頂きます。
  私はこの青年対策交流会議で、我々若年層の強み、そして役割を考えさせられたような気がします。会議の冒頭に日本海地方本部鈴木執行委員長の話の中で、「幕末に活躍した者達は皆20代であった」とゆう事を聞かせて頂きました。彼らは私が考えるに、大人達が作って来た日本を時代や周りの諸外国に負けない、更に良い国にするために闘ったんだと思います。私よりも年下だった彼らが奮起し、学び成し得た事が今の日本の礎になってると思うと震えずにはいられません。そう言った話を聞き、私には何が出来るのかと考えた所、青年部ならではの仲間作り、学習、失敗の3点が思いつき、そして会議を通してそれは確信に変わりました。
 全国に沢山の仲間を作り情報共有することにより、自分の地本や支部に帰っても良い刺激を受けたり、与えながら切磋琢磨し、活動に活かせること。知らないことを知らないと恥じずに、知らないからこそ自ら学び、教えを乞う事が出来ること。失敗を恐れず色んな事に興味を持ちチャレンジをし、もっといい事は無いかと突き詰められること。
  我々には我々にしか出来ないことも必ずあると私は信じます。その強みを活かして今後の組合活動、仕事に活かして行けるよう努力していきたいと思います。貴重な経験を積ませて頂いた事に心から感謝致します。

日本海地方青年部書記長 竹仲 健人

 第19回全国青年対策交流会議に参加して、開催地方として、とても貴重な経験をすることが出来ました。今回、日本海地方で青対を開催すると決まってから、いろいろ準備をしてきて、これまで開催していただいた地方の皆さんの大変さを知る事が出来ました。
 まず、松本中央執行委員長から、全港湾のとりまく情勢の話しをしていただき、講座には、富山県平和センターの山崎氏を講師に向かえ、原発の問題について話していただきました。放射能の危険性について詳しく知ることができ、ためになりました。
 分散会では全国の人達と原発の取り組みについての話しをして、他の地方の取り組みなどを聞けたりして今後の活動にいかしていこうと思いました。
 初めは、本当に日本海で出来るのか不安でしたが、無事に3日間が終わったときに、日本海地方で開催できてよかったと思いました。次回の青対は是非、北海道でできるようにサポートして、できることはしていきたいと思いました。

 関東地方横浜支部 鈴木健一

 今回 青対に参加して、改めて感じたのは、労働組合の大切さでした。全国の組合員の方から、会社で、今起きている問題の報告を聴きましたが、これも、組合に入っていなかったら、簡単に解雇されているのではないのかと思う内容でした。毎回、集会で、誰かしらの演説を聴きますが、これも、ただ聴いて満足するだけでなく、鈴木委員長も言っていましたが、自分で掘り下げて、調べて裏を取り、そして、行動し、経験し、知識として、生かしていきたいと思いました。代表者会議にも参加させて頂き、とても、充実した4日間になりました。ありがとうございました。

関西地方大阪支部青年部部長 松下泰士

 第19回全国青年部対策交流会議に今回で4回目の参加でした。1回目、2回目、参加した時は話しの内容がなんとなくしかわからなかったのですが、今回参加して、勉強したなかで、前回、前々回よりも話しの内容、全港湾という組織が、どういうものかが、見えてきました。勉強とは、物事のぎゃくの事を見る(考える)そして調べる。なるほど!と思え、人生においても考えさせられました。こういった会議、勉強会(交流会)は何げないところの話しに大切な事を気付かせてもらえます。

関西地方大阪支部青年部副部長 横山 貴安基

 今回2回目の参加となりましたが、前回と比べて自分自身全国の仲間と深く繋がりがあると感じました。私は今年で青年部から退きますが、これからの青年部はもっと力を付けて様々な問題に団結して立ち向かい、闘って勝ち取る意識を強く持って頑張って貰いたいです。自分も今迄以上に頑張っていきます。ありがとうございました。

東海地方清水支部 山崎

 青年対策交流会議に初めて参加しました。参加してたくさんの人と話して思った事はどこの支部でもいろいろな問題を抱えていてそれについて考えて活動しています。清水でもいろんな問題がこれからもでてくると思うのでみんなと話し合ったりちょっとの事でもしっかりと考えて行動していけたらと思います。講座では放射能の影響がどれだけのものなのか、どれだけ恐いものなのかを改めて知り静岡も浜岡原発があるので、もっと知る必要があると思います。近くにあるにも関わらず、ニュースとかでやってる程度しか知らない自分が恥ずかしかったです。東京で脱原発集会に参加しましたが、ほかのデモ行進もあれば積極的に参加したいと思いました。分散会では原発の事についてどういった活動をしているか、各支部や地本での統一行動などの時間では支部でのいろいろな活動を聞けてとても参考になり清水に持ち帰り報告してみんなに伝えていきたいと思います。みんなの部費で行かせてもらい、ありがとうございました。これからもがんばりましょう!

九州地方関門支部 伊東俊介

  2016年2月13日~15日(土~月)の14時から富山県射水市にあるホテル第一イン新湊にて第19回全港湾青年対策交流会議が総数68名にて開催されました。始めに日本海地方青女部部長の下地さんから開会の挨拶があり、議長団選出では日本海地方の小島さんと川端さんが選出されました。 
 日本海地方委員長挨拶では鈴木龍一さんから「青年部活動は中央、地方ではなく地域、支部、職場で行ってほしい・先輩達にもおかしい事はおかしいと言ってほしい」とアドバイスをして頂きました。中央本部青年部担当挨拶では鈴木誠一さんから「全国の仲間達としっかりと情報交換をしてほしい」とのお願いをうけました。講座『全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの』では全港湾中央執行委員長の松本さんに講師をして頂きました。講座の内容は、団結とは何か・世の中の考え方・社会の力関係でかわる法律解釈・安倍政権の政策・これからの課題というものでした。様々な内容の中でも、最後の『これからの課題』というのが自分の中でとても勉強になることばかりでした。その後の質疑応答では「仲間が原発関連で働いている場合は」「産業別統一闘争とは」などの質疑があげられました。14日(日)には講座『放射線の影響と原発の問題点』を富山県平和運動センター議長の山崎さんに講師をして頂きました。講座の中の『放射能の半減期』という項目で半減期が短いものでは数日、長いものでは141億年という年月がかかるというのにはとても驚き勉強になりました。分散会『各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点・これからの課題』では7つの班に分かれて議論をしあいました。取り組みでは、デモ行進・原水禁への参加・住民へのビラ配りなどがあげられ、問題点では、参加メンバーの固定化・関心がない・意識が低いことなどがあげられました。これからの課題では、家族や身内などから取り組む・学校での教育・分かりやすい内容の学習会を開催するなどがあげられました。統一行動については、港のゴミ拾い・フラッシュモブ・千羽鶴を広島や長崎に送る・原発の署名運動・活動を同じ色の服で行うなどがあげられました。統一行動だけでなく、日頃の活動から全港湾全体で色を決めて、同じ色の服装で活動を行えば参加者全員の団結と意識向上・マナーアップ・全港湾の宣伝・組織拡大などに繋がりそうだと感じました。 
 15日(月)には全体討論(職場の問題・支部や地本の問題・今回の青年対策交流会議について等、なんでも自由な議論を)が行われました。その中では、5.15沖縄平和行進で後ろの人はシュプレヒコールが聞こえない・職場問題で仲間が去った・次回青年対策交流会議を北海道で開催したいなど様々な発言がありました。特に印象に残ったのは、会社に未払金を請求したら職場の移動や出勤停止などの嫌がらせをうけている仲間がいることでした。その仲間は嫌がらせをうけながらも「負けないで闘う」と現在も闘っています。アドバイスをしてあげられない自分の勉強不足をとても強く感じました。中央本部青年部担当からのまとめ、感想では鈴木誠一さんから「行動して経験して実になる、自分・家族・会社・労働組合の4つを大切にしてほしい」などの話しを聞かせて頂きました。年間スローガン選考/採択では自分たち九州地方からのスローガン『若い力は大きな力 声をあげて一歩前へ 青年部』が選ばれました。最後に団結がんばろうを次回青年対策交流会議開催予定地の北海道地方の今野さんの楽しい団結がんばろうで第19回全港湾青年対策交流会議は終了となりました。今回参加させてもらってたくさんの事を勉強することができました。仲間が困っている時にアドバイスができるように、自分なりに実例などを調べてみたりして勉強していきたいと思います。夕食の懇親会では年に数回しか会えない仲間達と食べて飲んで楽しい時間を過ごすこともできて嬉しかったです。また機会があればぜひ参加させてもらいたいと思います。ありがとうございました。

九州地方博多支部 橋本佑介

 2月13日から15日の3日間、富山県射水市にて行われた第19回青年対策交流会議に参加しました。まず始めに、開催地である日本海地方の皆さん各地方の受け入れ、準備ありがとうございました。私は青年対策交流会議に参加するのは4回目で、全国の仲間と再会することができ横の繋がりが出来てると感じました。横の繋がりとは、自分に対しての財産であると考えており少しでも多くの方々と交流を深めるようこの3日間を望みました。1日目は、日本海地方執行委員長である鈴木委員長のあいさつがあり、青年部の本来の目的、青年部としての行動とは?という問いかけがありました。中央本部からの動員だけが行動ではなく各地方、各支部にて地域の運動への率先しての参加等がこれからの青年部には必要だと話されてました。中央執行委員長の講座では「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」についての話がありました。労働者として誇りを持ち、お互いに信頼し合うこと。組合員として言いにくい相手、親しくない相手こそ会話が必要であり、会話することで新しい発見ができ、視野が広がると言われてました。
 2日目は、平和運動センターで議長をしている山崎議長から「放射線の影響と原発の問題点」についての講話がありました。放射線は、匂いや色、味もなく人体に入ってきても分からない。とても危険なものであること。放射線を浴びるということは将来、子供にも影響することを強く言われていました。この日本にも54基の原子力発電所があり危険な状況で生活している方々がいる。このような状況を作ったのも人だし、それを我々は排除していく運動を続けていくことを改めて強く感じました。そして、分散会に入り「原発運動の取り組みと問題点これからの課題」、「全国青年部統一行動について」といった2つの議題に沿って行いました。取り組みについては、各地方、各支部で地域で行われている脱原発運動に参加しており、今までと同じようにこれからも参加していく。問題点としては運動、活動に同じメンバーが参加している現状があり、ローテーションなどで参加していけるようする。その際は各地方、各支部で運動に対しての意味など、事前に知ることによりスムーズに運動、活動に参加できると思いました。全国青年部統一行動については日本海地方が行っているエコキャップ集めを全国で行う、全国の仲間と同じ日に各地方、各支部に集まり学習会を行うという意見が出ました。実現できるよう努力していきたいと思いました。最終日は全体討論と中央本部からのまとめがありました。全体討論の中で名古屋支部にて未払いなど、悲惨な出来事があり、現実を受け止めこれから先、全国の仲間で協力して助け合いたいと思いました。まとめでは、初日から言われていた各地方、各支部が地元にて行動、運動を行うことが大事。それから全国へ発信していくことがすべての運動に繋がっていける。最後にスローガン選考、採択があり「若い力は大きな力声を上げて一歩前へ青年部」に決定し、1年間このスローガンに沿って運動、活動を行っていくことを確認しました。この3日間、短い時間でしたけど全国の仲間と交流ができ各地方、支部の現状を少しでも知ることが出来ました。これから地方、支部に持ち帰り議論していきたいと思いました。参加された皆さん、お疲れ様でした。

九州地方長崎県支部 大平幸弘

 2016年2月13日~15日の日程で、富山県射水市で青年対策交流会議が開催されました。1日目、開催地の日本海地方青年部部長の下地真史さんの開会挨拶で始まりました。そして、日本海地方委員長挨拶と中央本部青年部担当挨拶があり、全港湾中央執行委員長、『全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの』講座があり、その中では集団的自衛権や労働組合、税金の話しがありました。夕方には、各地方の自己紹介で懇親会をして1日目は終わりました。
 2日目は富山県平和運動センター議長の、山崎 彰さんの『放射線の影響と原発の問題点』の講座があり、午後からは、7班に分かれ『原発運動の取り組みと問題点』と『全国青年部統一行動』と言う課題があり、みんなばらばらに班に分かれて議論をしました。私の班のまとめとして、とりあえず身近な人から原発の怖さなどの説明をして少しでも内容を分かってもらう事や政府が問題なら積極的に選挙に力をいれて参加して行こうと決まりました。3日目は、朝から全体討論があり年間スローガンの一本化、香川の職業問題、沖縄平和行進のぽい捨てゴミ問題、福島キャラバン、次回の青対開催地、とくに名古屋の職業問題未払い賃金、労働時間、職場追い出しの現状がある事を聞いてとても大変な状況におかれている事が分かりました。
 年間スローガンは九州地方の苅田支部の『 若い力は大きな力 声を上げて一歩前へ青年部 』北海道のガンバロー三唱で終わりました。この青年対策交流会議に参加して各地方の仲間との交流いろいろな問題について大変勉強になりました。全港湾の仲間は大切だと思いました。

九州地方苅田支部 堀本雄平

 2月13日~2月15日までの3日間富山にある第一イン新湊で第19回全港湾青年対策交流会議に参加してきました。自分は青年対策交流会議は、初めての参加でどんな事をするのか全くわかららないままスタートしました。最初に日本海支部青年部部長の挨拶がありその後、日本海地方委員長の挨拶で「青年部活動とは?中央から言われてやるのではなく自分達から積極的にみずから何をしたらいいか?考えてほしい」と言われ自分はなんでも言われからじゃないと動かないでそのへんを変えていかなければならないと思いました。その後中央本部の鈴木副委員長の挨拶があり講師・全港湾中央執行委員長の松本委員長の講座「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」があり1日目は終了しました。
 2日目は、講師富山県平和運動センター議長の山崎彰氏による講座「放射線の影響と原発の問題点」がありその後日本海地方の原発の現状と活動の報告があって分散会「各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」「全国青年部統一行動について」という課題があげられました。自分はc班になり初めて知らない人と議論したりしてすごく緊張しました。そこでは各地方いろいろな取り組みやいろいろな問題など自分の知らない事ばかりで、ほとんどどこの港も親は活動しているが青年部としてはその流れで活動するといったぐらいで実際その活動内容に対して勉強不足な部分があるなどがでました。なのでこれからは少しでも青年部から動きだせるようにしたいです。
 3日目は、全体討論で次の全港湾青年対策交流会議は北海道に案が出てるという事なんで少しでも協力していきたいし、もっともっと組合とはどういう事なのかを勉強して困った時は全国の仲間を助けあっていきたいと思いました。そして年間スローガンは九州地方苅田支部で出した「若い力は大きな力声をあげて一歩前へ青年部」に決まりました。今回学んだ事を少しでもいかせれるように支部にもちかえりもっともっと活躍できるように頑張っていきます。日本海地方のみなさんありがとうございました。

関東地方横浜支部青年副部長 寳納雅行

 第19回青年対策が日本海地方は伏木の地で開催されました。開催地でもあります日本海地方鈴木龍一委員長の挨拶があり青年対策の走り、青年部の声をもっと上に出す、そして上は良い考えをもっと取り入れる!青年部としてもっと元気よく活発に活動して行こうと激励を受けました。松本中央執行委員長による[全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの]と題した講座を開いて戴きました!難しい言葉の真実よりわかりやすいウソがまかり通っている現実!政治・経済、世の中の考え方!富山県平和運動センター議長、山崎氏による原発の問題について講義して戴きました。やはり原発は危ない、共存出来ないと再確認しました!
 分散会では各地方、脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題、全国青年部統一行動について議論しました。青対を通して感じた事は、昨今の港における情勢は大変に厳しいものとなっている!全国の仲間は色々な問題を抱えてることに無力さも感じた、考えさせられた!鈴木誠一中央執行副委員長が言われてました、調べて裏を取って行動する!反原発、反基地運動もそうですが知ることから初めてみようと思いました。最後になりますが日本海地方の皆様受け入れて下さりありがとうございました。

関西地方阪神支部 坪井雄志

 私はこの交流会議には今回で5回目の参加でした。松本委員長による講座「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」で思ったのは「全港湾の組合員は除外されるだろうが我々国民が政治に無関心だから安倍政権の分かりやすいウソに騙されているのだな」ということでした。この現実を親しい仲間内だけではなく主義思想が違う人たちにも伝えなければならないと感じました。山崎彰富山県平和運動センター議長による講座「放射線の影響と原発の問題点」では放射性物質の半減期が種類によっては「何億年」とか莫大な時間がかかるということにとても驚かされました。分散会では各地方の脱原発運動の活動内容や問題点などが聞けてとても参考になりました。この青対交流会議で学んだことをこれからの運動に活かしていきたいと思います。

関西地本阪神支部 松田直樹

 2月13~15日に行われた全港湾青年対策交流会議に今回初めて参加さして頂きました。その中で、放射線の影響と原発の問題点をテーマに講座が開かれ、話を聞くにつれ、私自身の勉強不足を痛感しました。関西が地元と言う事もあり、そこまで原発について感心を持っている仲間もあまり多くないので、今回知った事を少しでも伝えていきたいとおもいました。また、交流会や分散会の中で、全国の仲間と組合活動への取り組み方等々の話を聞く事ができ、今後の組合活動の参考にしていきたいと思いました。

日本海地方新潟支部 松田祐樹

 2月13日~15日富山県で行われた青年対策交流会議に参加しました。全国規模の会議に参加するのは、始めてだったので不安もありましたが、日本海地方の仲間や沖縄平和行進で共に汗を流した先輩後輩もいたので、不安も一気になくなりました。横のつながりの大切さを始めて実感しました。
 初日は全港湾中央執行委員長の松本委員長から講義を受けました。青年部活動は職場(地元)から。とても印象に残っている言葉です。いかに地元で活動が出来るかだと思うので、頑張りたいと思いました。
 2日目は原発問題について、講師の山崎さんの講義を受けました。高浜原発が再稼働をはじめこれから次々に再稼働に向けて動き始めると思います。原発がなくても、電気が足りなくなることもなく生活できていたのに何故稼働しなきゃいけないのか?動かす意味がわかりません。新潟にも刈羽原発があります。今は稼働していませんが、次期に再稼働という話が出るはずです。その時は、反原発の声をあげ阻止していきたいです。
 講義の後は、各班に別れて分散会を開きました。内容は「各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」と「全国青年部統一行動について」でした。各班様々な意見が出てとても良かったと思います。3日間という時間でしたが、全国の仲間と交流し仲良くなれて良かったです。いろんな話を聞く中で、知識の無さを感じました。勉強したいと思います。いい経験ができました。ここで得た横のつながりを大事にし、これからの組合活動にいかせればと思っています。

 日本海地方青年部副部長 稲井 太一

  私はこの青年対策交流会議で沢山の事を学び、そして、自分の地本や支部での活動にも活かせるような、強い刺激を受けて帰ることが出来ました。その思いを綴り、開催地本とゆう大役のチャンスを与えてくださった中央本部、そして日本海地方執行部の皆さま、受け入れ態勢を整えてくださった伏木支部の皆さま、全国の青年部員の仲間達への感謝の言葉に代えさせて頂きます。
 私はこの青年対策交流会議で、我々若年層の強み、そして役割を考えさせられたような気がします。会議の冒頭に日本海地方本部鈴木執行委員長の話の中で、「幕末に活躍した者達は皆20代であった」とゆう事を聞かせて頂きました。彼らは私が考えるに、大人達が作って来た日本を時代や周りの諸外国に負けない、更に良い国にするために闘ったんだと思います。私よりも年下だった彼らが奮起し、学び成し得た事が今の日本の礎になってると思うと震えずにはいられません。そう言った話を聞き、私には何が出来るのかと考えた所、青年部ならではの仲間作り、学習、失敗の3点が思いつき、そして会議を通してそれは確信に変わりました。
 全国に沢山の仲間を作り情報共有することにより、自分の地本や支部に帰っても良い刺激を受けたり、与えながら切磋琢磨し、活動に活かせること。知らないことを知らないと恥じずに、知らないからこそ自ら学び、教えを乞う事が出来ること。失敗を恐れず色んな事に興味を持ちチャレンジをし、もっといい事は無いかと突き詰められること。
 我々には我々にしか出来ないことも必ずあると私は信じます。その強みを活かして今後の組合活動、仕事に活かして行けるよう努力していきたいと思います。貴重な経験を積ませて頂いた事に心から感謝致します。

 日本海地方直江津支部 高橋

 青年対策交流会議にオブ参加として初めて参加しました。とても勉強になる事が多くて身のある3日間でした。でも自分の知識のなさ、勉強不足を実感した3日間でもありました。今後、このような思いをしない為にも知識を身につけ、勉強していきたいと思います。このような経験ができとても良かったです。

 日本海地方伏木支部 石原

  初めての青年対策交流会議だったので不安もありましたが交流もできいい経験になりました。

 日本海地方伏木支部 岩田

  今回初めて参加して緊張しましたがみんな意識が高くとても勉強になりました。

 日本海地方伏木支部 川岸

  他県の人と交流できとてもいい経験になりました。また機会があれば参加したいと思いました。

 日本海地方伏木支部 増神

  原発の講義を聞いて、解決していない福島の現状や政府がそういう事を報道しないようにしていると聞いて、驚きと恐怖をかんじました。 また、全国の青年部の方のそれぞれの抱える問題やそれに取り組む姿勢を見て、 自分たちは、あまっちょろいところでのうのうと仕事していたんだなと感じました。

 日本海地方伏木支部 末坂

  今回初めて全港湾青年対策交流会議に参加させていただきました。 三日間参加していろいろな講座、分散会などを行なって全国の仲間の青年部の活動や意見交換させていただきとても刺激的な三日間でした。 全体討論の際に各支部の抱えている問題、熱い気持ちなど聞いて、少しでも周りの青年部のみんなに伝えていきたいと思いました。

 日本海地方伏木支部 浜田

  青年対策交流会議で私は初の参加で無知な状態で参加させていただきました。 他県から来られた青年部の人達でも初の参加の人もおられましたがそんな人達は何回も来られてる人達に負けないように意見を出しあっていて正直流石だと思いました。原発や戦争反対、職場の状況など色々な話を集まってしまして元々あまり感心がなかったのですが周りの意見を聞いている内に感心が湧いてきかつ自分の勉強不足に心が痛かったです。次また参加することがあるばきちんと勉強して挑みたいと思いました。

 日本海地方伏木支部 若林

  今回初めて大会に参加させてもらって各地方の方の生の意見を聞いたとき、ニュースで放送されている事はほんの僅かで実際は原発で悩んでいる事が沢山あることが分かりました。この大会を機に自分の出来ることは小さいかも知れないですがこの大会での案を一つでも出来るように努力していきたいと思いました。

 日本海地方伏木支部 藤島

  2日目での分散会で他の地方の方と話す貴重な体験ができました。思ったことが伏木支部青年部の自分達と他の地方の組合員とのモチベーションの温度差を感じました。 それと原発について。富山には原発がないので頭のどこか片隅にでも [ 事故が起こらない ] みたいな考えがあるのかもしれない感じがしました。 話を深め原発の恐さと絶対に原発は無くさないといけないことを再確認しました。 自分では親から言われた活動や動員などできるだけ参加しているつもりだったが自分の未熟さや意識の低さを見つめ直さなくてはいけないと思いました。

 日本海地方伏木支部 見角

  日本海地方青年部では、青対に参加するのは三役まででした。今回は地元富山で開催されることになり、伏木支部青年部長として青対に参加出来て大変良い経験になりました。 会議では、全港湾の松本中央執行委員長の講座、富山県平和運動センター議長の山崎彰さんによる講座、7班に別れての分散会が行われました。松本委員長の講座では、安倍政権の政策に対する問題点や、デモ活動に取り組む上での注意点、そして青年部に求めていることについて分かりやすく話していただきました。山崎議長の講座では、日本海地方が多く抱える、原発問題について話していただきました。原発の危険性、再稼働問題、事故処理についてなど詳しく説明され、富山には原発が無いからと安心するのでは無く、日本の問題であることを強く意識しました。
 分散会では「各地方の脱原発運動への取り組み」と「全国青年部統一行動」について話し合いました。東北地方では、直接現地に赴き、身をもって学習や行動するなど、高い意識が感じられました。その一方で、原発と関わりの薄い地域ではあまり活動が無いなど、地方による温度差が問題点としてあげられました。改善するためにも、青年部同士が連絡を取り合い、積極的に行動していくことが大事になってきます。また支部単位でも、何故その活動をするのかをしっかり伝え、みんなで活動していく環境作りをしていかなければなりません。質疑や全体討論でも、各地方から多くの意見、報告等があり、大変盛り上がった会議になりました。他地方の青年部と交流する機会は貴重で、お互いの地方、支部の状況等の情報交換をしたりと、大会以外でも充実した話し合いが出来たと思います。今回得たものを「良い経験」で終わらさず、地方、支部、分会の青年部活動に活かしていけるよう頑張って行きたいです。

 日本海地方 七尾支部 青年部長 秋元良和

  今回、初めて青対に参加させてもらいました。原発のある県とない県での活動のあり方や温度差などの問題点など、全国の仲間達と情報・意見交換できた事、各地方・各支部での問題など、参加しないと経験できない事ばかりですごく良い経験になりました。
 まず自分達の支部で、そして地方と青年部がもっともっと行動して失敗や挫折をしながらでも、全港湾を盛り上げていきたいと思います。

 日本海地方 七尾支部 小堀一彦

  オブとして初めて青年対策交流会議に出てみて、全国の仲間たちと交流したり、色々な話を聞いて自分も組合活動を頑張っていかないと駄目やと痛感しました。自分にとってこの3日間は、とても良い勉強になりました。

 日本海地方青年部部長 下地真史

  全国のみなさんこんにちは。皆さん公私ともお忙しい中、日本海に集まっていただきありがとうございました。今回自分が学ばせていただいたこと、みんなで議論したことをご報告させていただきます。
 最初に今回参加された全国の青年の皆さま3日間(4日間の人も)本当にお疲れさまでした。2月の日本海ということで雪の心配をしていましたが天気にも恵まれ総勢67名もの仲間達が全国から集まってくれました。共に今回の青対を盛り上げて下さり本当に感謝しております。今回は代表者会議と青年対策交流会議がセットになっており初日の代表者会議では第19回青年対策交流会議の運営全般・今後の青年代表者会議、青年対策交流会議の開催・脱原発キャラバンについて議論しました。冒頭中央本部鈴木誠一副委員長から「青年部は横の繋がりを大事にして元気よく意見を上げてきてほしい」と激励の挨拶をいただきました。二日目から青年対策交流会議となり最初は中央本部松本委員長から「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められる」というテーマで講座を開いていただき、三日目(午前)は富山県平和運動センター議長 山崎彰氏より「放射線の影響と原発の問題点」というテーマで講座を開いていただき、午後からは「各地方、支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」「全国青年部統一行動について」という二つのテーマについて7つの班に分かれて分散会を行いました。4日目は御二人の講座と仲間達の議論のもと全体討論を行いました。以上が大体のスケジュールになります。
 私は今回の青対で二つのことを皆さんと考えていきたい。と開会の挨拶をさせていただきました。一つは脱原発についてチェルノブイリの事故は30年前に起きているのにいまだに原状回復はできていない、つまり福島第一の事故は30年後も片付いていないこれから私達青年層が一生付き合っていかなければならないということ。二つ目は私達青年層の現状について、私たちは数々の問題を抱えているのにその問題を執行部にお任せしていないでしょうか?ということ私達の労働条件はすべて勝ち取ってきたもの、戦う事を放棄していたらいつかなくなるんじゃないかということ。その思いが通じたのか山崎議長の講座の後の沢山の質疑がありました。30分の時間をとってあったのですが予定時間を超えても手が上がり山崎議長は大変驚いておりました。全体討論も、次回開催地本ついて、各々の職場の問題、全国の青年部の協力の在り方、運動の報告等々たくさんの議論がありました。スローガンについても今年は一つにしぼり一つの目標にむかって全国の青年部がガンバローということで九州地方苅田支部港運分会田中さんの「若い力は 大きな力 声をあげて 一歩前へ 青年部」が採択されました。
 最後になりますが、今回「第19回青年対策交流会議」を開催するにあたって全面的にご協力いただいた地元、伏木支部の皆さん、執行部の大先輩方、本当にありがとうございました。参加者を代表してお礼を申し上げます。

 日本海地方青年部 書記長 竹仲 健人

  第19回全国青年対策交流会議に参加して、開催地方として、とても貴重な経験をすることが出来ました。今回、日本海地方で青対を開催すると決まってから、いろいろ準備をしてきて、これまで開催していただいた地方の皆さんの大変さを知る事が出来ました。
 まず、松本中央執行委員長から、全港湾のとりまく情勢の話しをしていただき、講座には、富山県平和センターの山崎氏を講師に向かえ、原発の問題について話していただきました。放射能の危険性について詳しく知ることができ、ためになりました。
 分散会では全国の人達と原発の取り組みについての話しをして、他の地方の取り組みなどを聞けたりして今後の活動にいかしていこうと思いました。
 初めは、本当に日本海で出来るのか不安でしたが、無事に3日間が終わったときに、日本海地方で開催できてよかったと思いました。次回の青対は是非、北海道でできるようにサポートして、できることはしていきたいと思いました。

日本海地方敦賀支部 森北俊文

  第19回全国青年対策交流会議に初めて参加させていただきました。まず始めに松本中央執行委員長から「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められる」というテーマでお話をしていただきました。その後、富山県平和センターの山崎さんから「放射能の影響と原発の問題点」についての講座を開いていただきました。放射能がどのようなものかどれほど怖いものかを詳しく説明していただき知らなかった事を知る事が出来ました。
 分散会では、あらかじめ用意されていたグループに分かれて脱原発に対する各地方の取り組み、全国青年部統一行動について意見交換しました。脱原発について各地方がどのような取り組みをしているのか知る事が出来、地元での脱原発についての取り組みに繋げて行きたいと思いました。全国青年部統一行動についてグループの中で一番多く挙がった候補が千羽鶴を折り広島、長崎に贈るというものでした。その他にもエコキャップ運動や海の日の清掃活動などたくさんの候補が挙がりました。1つでも多く全国青年部統一行動として活動することが出来れば、全国との絆、団結力が深まるのではないかと思いました。
 この3日間なにも分からない状況での参加となりましたが、全国の皆さんと意見交換し合う事で見えていなかったものがだんだんと見えるようになり、横の繋がりを作ることも出来たと思っています。この3日間たくさんの事を学ぶ事ができ、本当に内容の濃い3日間になることが出来ました。今回初めて参加させていただきました。松本中央執行委員長をはじめたくさんの先輩方々このような貴重な経験を積ませていいただき感謝しております。本当にありがとうございました。

 舞鶴支部青年部部長 川端 勇志

  今回初めて青年対策交流会議に参加しました。全国の青年部の人達と交流するのは沖縄の平和行進以来で、いったいどんな会議になるのだろうと不安でいっぱいでした。その不安の中で、初めての議長という大役を新潟の小嶋さんとやらせていただきました。つたない進行ではありましたがなんとか無事やり遂げることができ、反省点も多かったのですが、その分達成感もすごく感じました。また「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」という議題での講座を中央本部の松本委員長にしていただきましたし、2日目の「放射線の影響と原発の問題点」という議題の講座を富山県平和センター議長の山崎彰さんにしていただきましたが、どちらもすごくわかりやすく、原発の話では日本海だけでなく東北や関東の人達も青年部としてたくさんの活動をしていて感動しましたし、まだまだ自分たちが勉強不足だなと感じました。青年対策交流会議は初めてで最後でしたが、本当に勉強になりましたし、いろんな地方や支部の人達と交流ができたのもいい経験になりました。

舞鶴支部青年部副部長 藤本 一輝

  今回、初めて全港湾青年対策会議に参加させて頂きました。初参加なので、どのようなことをする場なのかが分からず不安でいっぱいでしたが全国の青年部の方たちと交流ができ、お互いの職場のこと、支部のことなどの意見を聞くことができ自分達の支部と他の支部との違いを発見できとても勉強になりました。また、全く自分が知らないことも分かりやすい講義をして下さったお陰で理解することができました。それでもまだまだ自分の知らないことだらけなのでもっと勉強して、組合、青年部についてこれからどうして行けばいいか考えていきたいです。

 日本海地方境港支部 仁井創哉

  今回の全国青年対策交流会議は日本海地方開催となりオブ参加させていただきました。全国的な会議に出席するのは初めてでどのように会議が進んでいくのか、分散会ではどのような話し合いをするのか不安でした。中には難しい話しもあり支部に帰って聞いてみたりもしましたし自分でも勉強をしてみました。支部に帰って思った事はやはり同じ港湾で働く仲間なんだなこれからも団結して頑張って行こうと強く思いました。

四国地方本部青年部事務局長 辻 健一

 今回富山県で開催された青年対策交流会議に参加し、改めて何のための労働組合なのか?という原点に目を向ける事が出来ました。
 今、私達が取り組むべき色々な問題があります。絶対に戦争させない為にも戦争法案を廃案に追い込んでいかなければならないし、私達の生活を全てぶち壊してしまう原子力発電の再稼働も止めなければならないです。そして沖縄の新基地建設にも反対し、沖縄から全ての基地を撤去させなければなりません。原子力発電所や基地で働く人々の雇用問題もあるので慎重な考え方は必要ですが、諸問題を解決しながら前進していかなければなりません。
  しかし、まず見つめ直させなければならないのは私達の足元、つまり生活です。自分自身の為、そして大切な家族の為に仕事をし、日々の生活をしています。その仕事において労働条件をより良くしていく事や守る事が必要です。その為には個人や小数では会社と対等に渡り合っていく事が出来ません。その為に私達港湾労働者の属する労働組合『全港湾』があるのです。労働組合と聞けば(面倒くさい)と思ったり、押し付け感がどうしてもあったりします。しかし私達の生活を守る為にはどうしても必要です。そして先程述べた通り個人の力ではどうすることも出来無い問題ばかりです。
 私の働いている香川県の坂出港に於いても、政府の政策によって私達の仕事が奪われ、生活が脅かされようとしています。この問題に対しても、たたかう労働組合『全港湾』の力を最大限活かし、私達の生活を守っていかなければなりません。全国の仲間からも共にたたかってくれるという力強い言葉を沢山貰いました。
 私自身も、もっともっと知識を身につけ、そして行動しなければならないし、全国の仲間との横のつながりも大切にしながら、各地方問題はそれぞれありますが、問題と真摯に向き合い意識の中でも共にたたかって行けたら嬉しいですし、今回の青対に参加した意義があったと思います。

四国地方徳島支部 伊達健太

 2016年2月13日~15日に富山県射水市にあるホテル第一イン新湊において第19回全港湾青年対策交流会議が総数68名にて開催されました。四国地方から2名が参加しました。 
 1日目は、全港湾中央執行委員長の松本さんを講師に迎えて「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」の講座がおこなわれました。講座の中で「難しい言葉の真実」より「わかりやすいウソ」がまかりとおっている現実を私たちがどう理解してどう動いたらいいのかを詳しく教えて頂きました。
 2日目は、富山県平和運動センター議長の山崎さんを講師に迎えて「放射線の影響と原発の問題点」の講座がおこなわれました。講座の中で原子力発電は、何らかの緊急事態には止める・冷やす・閉じ込める事が安全の基本で一つでも出来ないと大事故が起こると教えて頂きました。その後の分散会では、7つの班に分かれて『各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点・これからの課題』について議論をしました。  3日目は、全体討論が行われました。討論の中で年間スローガンの一本化・5.15沖縄平和行進・福島キャラバン・次回青年対策交流会議を北海道で開催したいなど様々な発言がありました。その後の中央本部青年部担当からのまとめでは「自分・家族・会社・労働組合の4つを大切にしてほしい」というアドバイスがありました。年間スローガンは「若い力は大きな力 声をあげて一歩前へ 青年部」に決定しました。最後に、次回青年対策交流会議開催予定地の北海道地方の今野さんの団結がんばろうで、第19回全港湾青年対策交流会議が終わりました。
 最後になりますが、受け入れて頂いた日本海地方の皆さん本当にありがとうございました。今回学んだことを地本・支部に持ち帰り、今後の組合活動に生かして行きたいと思います。

日本地方新潟支部青年部長 小島祐介

 2月13日から15日にかけて富山県射水市にある新湊ホテルで開催された第19回青年対策交流会議に参加してきました。
 今回は日本海地方での開催ということもあり、初めての参加ながらも私が議長を務めさせていただくこととなりました。
 初めに開催の挨拶として、日本海地方執行委員長鈴木龍一さん、中央本部副委員長鈴木誠一さんよりお言葉をいただきました。その後に中央本部松本委員長による「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」というテーマに沿って抗議をしていただきました。全港湾の歴史や、青年部ができた生い立ちなどの内容の中でも特に印象ぶかかったのが青年部は各々の職場や地域で活動していくことの重要性を強く感じました。
 2日目の午前中は富山県平和運動センター議長の山崎彰さんより「放射線の影響と原発の問題点」というテーマで講義をしていただきました。東日本大震災があってから今まで、原発の再稼働が進みつつあります。放射線が人体に及ぼす影響は計り知れないほどのものであり、”核と人類は共存できない”人が制御できないものを安倍政権は動かそうとしているなどのお話を聞きました。新潟にも世界最大級の原子力発電所がありますが、再稼働をさせないためにも脱原発運動にこれからも取り組んでいこうと思いました。
 午後は1グループ10人程度に分かれての分散会を行いました。話し合いのテーマとしては「各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」、「全国青年部統一行動について」でした。戦術のテーマについての意見として、学習会を行い、知識を深めるや、デモ行進などの意見が聞かれました。後述については、前日の松本委員長のお話を参考に各支部青年部が同日同時刻にテーマの沿った学習会を開催することや、エコキャップ運動への取り組みなど多くの意見が聞かれました。
 3日目は全体討論ということで、職場の問題や、今回の青年対策交流会議についての意見交換をしました。各々が自由に発言できる場だったため、多くの意見が聞かれました。その後、総括として鈴木誠一さんより、今の全港湾の力が前より落ちているのは事実である。しかし、それを取り戻すのは青年部の役目であると激励のお言葉をいただきました。最後に北海道地方の今野さんの団結ガンバローで締めくくりました。
 今回の交流会議を通して、自分の為、そして家族の為にも今まで以上に活動に力を入れ取り組んでいこうと思うことができました。最後に初参加で初議長という大役を不安と緊張の中やりきることができたのも、”全国の仲間”の協力や多くの意見を出して下さった皆さんのおかげだと考えています。ありがとうございました。

関西地方建設支部太平ビルサービス分会執行委員 田村

 この度は、第19回全港湾青年対策交流会議にお招き頂きましてありがとうございました。今回で二回目となりますが、学んだ事、学習した事があります。それは実際に分散会で役割(今回私は発表役でした)を担当するとより深く学習出来るという事でした。発表の際は、緊張して上手く発表出来たか不安ではありましたがいい経験となりました。特に印象が残ったのは今回のテーマで、『各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点、これからの課題』という課題で分散会の青年部のメンバーで東北地方の方が、実際に原発周辺で仕事をされていて、沢山現場の環境や状況を発信して頂いたので、私もより深く考え込めたと感じます。実際に学習して原発の問題点として定義されたのが管理がずさん、いい加減だという課題で、実際の例として、避難計画住民への周知が出来ていないというのが挙げられました。これは、分散会で話しました内容の一部でありますが原発に関しては私は素人で何もわからない状態でありましたが、分散会や講義を通してしっかり学べたと思いました。次の機会がありましたら是非また多くの事、問題等学んでいきたいです。以上となります、ありがとうございました。

関東地方鹿島港支部青年部部長 栗俣和夫

 今回、日本海地方で開催された第19回全港湾青年対策交流会議に参加させていただきました。初日、講座「全港湾を取り巻く情勢とこれから青年部に求められるもの」、二日目、講座「放射線の影響と原発の問題点」、分散会「各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」、「全国青年部統一行動について」、三日目 全体討論、どれもが意義深い3日間でした。
 国政で労働者が不利にしかならない事。国の意向によって贔屓をされ災害があったにも関わらず、まるで無かったかのように押し進められている。政治を根本から変えなければならないその為に自分達は知識を持って理不尽に対して戦えるようにならなければならないと強く思いました。最後に暖かく迎え入れてくれた日本海地方の皆様ありがとうございました。三日間本当にお疲れ様でした。

関東地方鹿島港支部青年部事務局事務局長 佐々木恭平

 今回、自分にとっては2回目の青年対策会議でした。今回の青年対策会議は原発問題に重点を置いていて、講義では改めて原発の仕組み、放射能の恐ろしさを勉強させていただきました。分散会では、各地方が脱原発に向けて、どのような活動を行っているのかということを知り勉強になったと同時に自分達の支部でも集会に参加するだけでなく、何か行動を起こさないといけないなと感じました。最後になりますが、来年は北海道地方開催を目指すということで、出来ることがあれば協力したいと考えています。この三日間で各地方の近況を知ることが出来、また交流が出来て本当に良かったです。日本海地方の皆さま、お疲れ様でした!ありがとうございました。

沖縄地方青年女性部書記長 與儀泰寛

 青年対策交流会議で色々とお世話になりました日本海地方の皆様お疲れさまでした。今回、日本海地方では初めて開催された青対では個人的に昨年に続き2回目の参加になります。初めてお会いする方々が多かったのですが分散会等をするに至って交流を深めていくことができました。各地方でも様々な問題があり同様な悩みを共感することが多々ありました。組合活動等における組合員青年部の意識低下が何よりの悩みの種だと聞きました。また、東日本大震災がメディアにもあまり取り上げられなくなって風化されつつあり、あまり把握できなかったが、青対に参加されている人から被災地の現状を聞くことができました。書籍・文面では知ることのできない今を知らされて再度原発に対しての憤りを感じました。原発再稼働を推進している現日本政府には同じ過ちを二度と起こしてほしくない、そういう思いで原反対の意思を組合活動を通して意思表示をしていきたいと思います。今年の沖縄での平和行進に参加される人も数多くいると思います。その際にはまたより多くの人と語り合い、分かち合いたいと思います。

 沖縄地方青年女性部琉球港運分会 新里良平

 2月13日から15日までの間、日本海地方で開催された青年対策交流会議に初めて参加させてもらいました。1日目は「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」についての講座がありました。安倍政権の動向や、今後の青年部活動での課題など教えてもらいました。2日目は「放射線の影響と原発の問題点」についての講座がありましたが、沖縄には原発がなく、自分自身原発問題についての認識があまりにも低い為、学習会など学ぶ機会をどんどん増やせればと思いました。分散会では各班ごとに分かれ、各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点、これからの課題について議論しました。3日目は全体討論として、自分達の職場環境、支部や地本の問題など、さまざまなテーマで議論がありました。
 この青年対策交流会議を通して、自分は組合活動に関しての知識が浅く、とても勉強不足だと痛感しました。これから活動していくうえで、従うことや、ついていくことだけが組合ではなく、自分達で何を目指すか、何の為の活動なのか、を常に意識し考えることが大事だと思いました。

沖縄地本青年女性部部長 下條 智史

 2月13日~15日第19回青年対策交流会議に参加しました。今回、沖縄から3名、前日の代表者会議から参加しました。代表者会議では、各地方の活動報告や2016年青年部の活動に付いて話をしました。
 青年対策交流会議の初日は松本委員長が全港湾を取り巻く情勢とこらからの青年部に求められるものの講義で全港湾は、港湾規制を守って来た今の安倍政権が続投すると港湾規制に手をつけてくるのは間違いない、港湾で働く者の職を奪われる恐れがあるまた、9月の安保法案は、日本を守る為の改正じゃなくアメリカを守る憲法になるそれを聞いて夏のの参議院選挙で勝利したら憲法を変えると言っている安倍首相は、本当にアメリカと一緒なって戦争の出来る国に進んでいる。全港湾は、それを止めなくてはならないと思った。
 2日目 、富山県平和運動センター議長の山崎彰さんが講師に「放射線の影響と原発の問題点」政府は福島第一原発の事故は、収束しているかのように言っているが目に見えない放射線なので収束に何十年かかるか本当は、解らない。チェルノブイリ事故の時、立入できない基準にもかかわらず日本政府は、勝手に基準下げて安全と言っているだけで事故以来なにも解決してない人と原発は、一緒には、生存出来ないことを改めて確認できました。分散会では、各地方の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題が議題で、各支部ではおこなっいるが全国規模で運動が出来てないのが現状、汚染水が漏れても慣れてしまって震災時に比べたら全然メディアが取り上げてくれないし報道がされなくなった。問題点これからの課題では、今の政権は、原発推進政権で政治家を選ぶのも自分達国民なので、選挙運動をしていかないといけない、与党報道が多いメディアにも集会やデモ行進を行ってメディアに取り上げさせる事できるので参加をして風化させない運動をする福島県民大集会にも各地方青年部が行けるように頑張る事を決めました。
 今回の青年対策交流会議は、前日に代表者会議もあり4日間に渡りいろんな情報交換や今後の青年部の活動に付いて話が出来てとてもいい青年対策交流会議でした。今後の青年部の活動を頑張って若い青年部も引って頑張っていきます。

東海地方名古屋支部青年女性部副部長  上條清隆

 初めに、日本海地方の皆様へ先般は第19回青年対策交流会議を開催していただき深く感謝します。また、名古屋から急な追加人員で一名対応していただき重ねて感謝します。
 初日の代表者会議では各支部、地本の活動報告や今後の青対について会議が行われ、次回の開催地方についても案が出されました。この開催地方の持ち回りについて地元でも話し合いをしましたが、開催する地方によってはそれぞれ問題を抱えてる所もありその上で開催するとなったら大きな負担ではないか?なので今後、各地方で持ち回りを続けるのは難しいと私は思ってました。ですが、今回の青対で一つの答えをみつけました。去年の青対で開催地方候補として持ち帰った日本海地方青年部の方々が今回の青対を開催するにあたってどれだけ本気で取り組んでたか参加して分かりました。そして持ち回りで開催する意味も。青年対策交流会議はその名の通り青年部層主体で運営全般を行うわけですから、自分たちで考え、行動しそれが経験として培われた事は数年、数十年後に今の幹部や先輩組合員が引退したときにはもしかしたら支部や地本それこそ全港湾自体を運営する事に携わっている可能性があり、持ち回りで開催し運営を経験する必要があるからではないかと私は思いました。
 次の日の青年対策交流会議(一日目)では松本委員長の講座がありました。その中で特に考えさせられた事はこれからの青年部に求められるものです。その一つを挙げるのであれば、労働組合としての基本的な学習と経験です。私自身もそうなのですがどちらも足りていません。それを痛感したのは去年の暮れに職場を追い出され、出勤停止処分を食らって追い込まれた時のことです。これは私に限らず誰にでもあることです。いつ企業から攻撃を受けるか分からないので、労働組合として運動をしつつ学習をしながら経験を積み、自分自身を高める必要があるのではないかと私は思いました。そして先輩組合員の方々が全力で闘い、勝ち取った産別協定や地元、職場での労働条件を企業から守り向上していく義務も私たち青年部層は背負っている事を忘れないよう念頭に置いておきます。
 二日目は富山県平和運動センターで議長を務めている山崎氏から放射線の影響と原発の問題点についての講義がありました。私は去年、フクシマ連帯キャラバンに参加して原発の恐ろしさを知りました。それまで原発に対して関心が全くなく他人事だと思っていた私はキャラバンに参加して初めて原発の恐ろしさを理解し、震災や津波、原発事故等の関連で亡くなられた方や未だ避難されている方々へ心を痛めました。未だ電力会社や国の政策は原発の恐ろしさを理解しながらも原発に頼る依存社会を脱却しない事へ強い憤りを覚えました。全国各地にある原発に全部携わる事は困難かもしれないけど自分が出来る精一杯の行動でこれからも原発に対して反対の声を出していきたいです。
 三日目の全体討論では全国の仲間も自分の生活が危ぶまれる深刻な問題や次回の青対についての議論とキャラバンへの質疑等が出る中で私は自身の職場問題を訴え、会社に対して絶対に屈しない事、闘い続ける事を誓いました。
 全体を通して今回の青年対策交流会議は私にとってとても思いれ深いものとなりました。本当に日本海地方の皆さんありがとうございました。そして全国の仲間の皆さん、またどこかで再会しましょう。

 東海地方名古屋支部青年女性部部長 杉本 恒

 第19回青年対策交流会議に参加しまして、まず日本海地方本部そして、伏木支部また、日本海地方青年部の皆様には交流会議の開催準備と全国の青年部の受け入れ、誠にありがとうございました。
 今回、私は東北、関東に続いて3度目の参加となり、久しぶりに会う方や初めてお会いする方といましたが、やっぱり嬉しい!仲間との再会の喜びを握手やタッチ交わし、初めての方とは、「3日間宜しくお願いします。」と若干よそよそしい挨拶。しかし、それが最終日には「来年また会いましょう」と握手で別れる。こんな素晴らしいこと、地元でくすぶっていては絶対に味わえません。これが全港湾という組織の素晴らしさだと改めて思いました。
 今回の青対会議開催にあたり私は一つの目標を持って参加しました。それは第20回を『北海道』で開催することでした。北海道地方青年部の方からすれば突拍子もないことで大変驚かれたと思います。しかし、これは今元気を失いつつある北海道青年部の復活と、今一つ『横の繋がり』が出来ない全国の青年部が一致団結する為に必要だと思い提案させていただきました。実際、鈴木副委員長からも「日本海に対して進捗状況の確認をしていない」等のお叱りを受け、全くもってその通りだと反省しました。しかし、「このままでは終われない。過去の失敗から未来を見据え動き出さなければいけない」そういった気持ちが全員から伝わってきました。2日目の懇親会ではより深い交流が出来、最終日の全体討論では様々な討論がなされ、よりいっそう団結が深まる青年対策交流会議になったと思います。
 最後に『若い力は大きな力 声をあげて一歩前へ 青年部』のスローガンのもと反戦平和・脱原発。安心して暮らせる日本を目指し闘っていきたいと思います。


プルサ-マル反対 いわき集会に参加

プルサ-マル反対 いわき集会に参加

 皆様お疲れ様です。11月10日に平小太郎公園にて行われた「プルサーマルに反対するいわき市民集会、デモ行進」に参加してきました。
 まず初めに小太郎公園で集会が行われました。集会の中の決意表明で言っていたプルサーマルの欠点、原子力発電の安全性、核の恐ろしさなどを話してくれてとても危機感を感じ、家族や友人たち、全ての人たちが安心して生活できる福島県にするために今回行う市民集会、デモ行進を成功させなければならないと強く思いました。 
 次に小太郎公園からいわき駅までデモ行進を行いました。私たち小名浜支部青年部執行委員は行進団を車などから守る交通整理、行進団の誘導を行いました。列に車が入って行進の列を切らないようにとする参加してくれた方たちの思いにも助けられていわき駅までの短い距離でしたが何事もなく無事にやり遂げる事が出来ました。
 最後になりますが今回のプルサーマルに反対するいわき市民集会、デモ行進に参加して色々と考える事や学ぶ事が多くありとても為になりました。プルサーマル、原子力発電とは発電時に地球温暖化の原因とされる二酸化炭素を排出しない、酸性雨や光化学スモッグなど大気汚染の原因となる物を排出しない、発電量当りの単価が安いなどさまざまな利点があるかもしれませんが人的ミスなどで重大事故が発生すると周辺環境に多大な被害を与え、その影響は地球規模に及ぶ。国土の狭い日本において、一旦重大な事故が発生した場合放射性物質による国土の汚染は日本国内の非常に広範囲に及ぶらしくまだ安全性に疑問が残る物です。こんなに怖く未知数なエネルギーを簡単に許してよろしいのでしょうか?この日本という国は世界で唯一核爆弾を使われた国です。世界で核の脅威を身をもって体験しているからこそ私たちはプルサーマル、原子力発電のあり方を考え核をなくす運動をしていくべきだと思いました。今回のように多くの人が集まれば必ず日本の人たちそして世界の人たちを動かせる事が出来ると信じています。(小名浜支部青年部 小泉賀照)

東北地方青年婦人部スローガン
「集え!!若者よ!!青年部の名の下に。」


東北地方、青年婦人部学習会

ためになった危険予知の学習

 十月九日、十日に宮城県塩竃市塩竃公民館にて青年婦人部幹事会と学習会を開催しました。幹事会を始める前に塩竃支部の安倍委員長、仙台分会の吉田委員長、三陸輸送分会の早坂委員長からあいさつをもらいました。その中で、「今の組合は親と子が共に頑張っていかなければならない」という話しがあり、私は一層意欲が高まりました。
 幹事会は、高田部長のあいさつから始まり、各支部の活動報告、清掃活動の報告がありました。その中で、秋田支部では若手育成の勉強会をしたという話しを聞いて感心を持ちました。財政状況と統一活動については、原水禁の千羽鶴、募金、黙祷の中から決めたかったのですが、意見が分かれたため今回は決めることができず、沖縄平和行進の参加者と選挙管理委員を決め幹事会を終えました。
 学習会は、講師に塩竃支部の大橋副委員長、菅原さんを招き「KYT(危険予知訓練)」について学習しました。講義の後で実際に班毎に別れてシミュレーションをおこないました。
 我々港湾の仕事をしている者は危険と隣り合わせにあるため、今回の学習会はためになりました。懇親会では東北の方々と交流を深めることができました。これからもより一層団結して頑張りたいと思います。
 最後に、東北地方青年婦人部年間活動スローガンを紹介します。
「切り抜けよう不況の波、守り抜こう安定雇用と生活を!!一致団結全港湾」


田子の浦支部青年部、夏まつり

夏まつり、笑顔が成功を物語る

 全国の港湾労働者の皆さん毎日お仕事ご苦労様です。我々田子の浦支部は八月二十三日(日)に支部定期大会を行いました。組合員の熱い討議を終え、熱気覚めやらぬまま、定期大会の終了にあわせて、組合員と家族の交流する場として、青年部が主催となり、青年部としては三回目、自分が部長になってから初めての活動となる、夏祭りを行いました。
 日ごろ暑い中、港湾労働に従事している仲間とその家族、子供が集まり、二〇〇九年の夏の出会い、又思い出の一つとして残せるような、夏祭りになればという思いで開催しました。出店は、焼きそば、焼き鳥等、また、子供が楽しめるようにとヨーヨーすくい、クワガタ抽選会など多数のイベントを企画し盛り上がりを図りました。中でも子供対象のお菓子投げや祭りのメインイベントの大抽選会では、一等の全国共通商品券一万円分を争いみんな楽しみながらも自分が当てるんだと火花を散らしていました。
 出店では、多少の赤字覚悟の料金で組合員に提供しました。予想をはるかに越える売れ行きで、少しの赤字で済んだのは予想外でした。何よりも組合員、家族、子供達のたくさんの笑顔が今回の夏祭りの成功を物語っていたと思います。この夏祭りを行うにあたり青年部運営委員会で二ケ月前より計画を練りはじめ、一ケ月前には若手青年部員にも協力してもらいながら準備してきました。たくさんの苦労がありましたが、終わったときの達成感、充実感をみんなで味わえたことで田子の浦支部青年部が又一つ大きく、そして今以上に団結力が強まった事を実感しました。今後もこのようなレクリエーション活動等を行い今以上に田子の浦支部青年部を盛り上げていきたい上思います。


小樽支部で青年部の旗揚げ

若さで積極的に活動を確認
 
 この度、北海道地方小樽支部青年部を旗揚げしたことを、報告します(八月七日結成総会)。
 

 元々、北海道地本青年部というものは在りましたが、支部には無く、今回、小樽で旗揚げとなりました。今になって何故支部なのかと言うと、この不況の中、小樽港も仕事の量が減って来ています。北海道全体を見てもそうですし、この小樽も例外ではありません。そんな中、僕たち青年部がまとまり、そして団結していく事により、組合自体を盛る上げ、そして港を盛り上げていこうとの熱い思いです。小樽支部青年部規約の目的の中に「本青年部は全港湾の闘う路線を堅持し、強化発展させ、後継者の育成を図り情報交換並びに交流を行うものである」とあります。小樽支部青年部は四分会で構成され、人数は二十一名を確認しました。今後、団結していく為にも、集会など意見交換の場やレクリエーションなども行い、仲間意識を深めて行きたいと思います。
 港湾労働などを読んでいても、各港の青年部の皆さんは、色々な取り組みや活動を行っていて、いつも感心しています。僕達も、まず青年部らしい若さで活動して行きます。
 最後になりますが、各地方の青年部の皆さん、この小樽支部が、今後皆さんと共に発展出来るよう、頑張っていきますので、よろしくお願いします。
(小樽支部青年部部長 和田宏治)


東京支部青年女性部交流学習会

 東京支部青年部が再編成されて十一ヶ月、二月二十八日~三月一日の二日間に亘り第二回東京支部青年女性部学習会を開催しました。
これまで、組合の知識・魅力を知ってもらうにはどうすれば良いのか?長い間のテーマになっており、私たちは定期的に青年女性部の定例会を開催し青年層に参加を要請してきました。

(さらに…)