第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方ひたち支部ポート分会 藤枝知博

今回の青対では、震災時の状況と原発のことについて詳しいお話を聞くことができ、貴重な体験をさせて頂きました。
震災時のお話では、執行部の方々が組合員の安否の確認や震災でダメージを受けた港での労働条件の確保など様々なことについて考えていると知りました。
仙台港の視察では、震災直後の港の写真を見させて頂きました。その中には、自分の想像を超えた写真が何枚もありました。ヤード一面に散らばったコンテナや岸壁に乗り上げている船、その写真を見て津波の怖さを思い知りました。こういった震災での経験を生かし、その時の対応を考えることにより港で働く人たちの安全や安心を守ることに繋がると感じました。
最終日の分散会では、2日間を通して学んだことについて各地の支部の方の意見を伺うことができました。
それぞれ自分の意見をしっかり持ち、これからの組合の活動を真剣に考えていました。私は、青年部の大きな集まりに参加したのはこれで2回目です。まだまだ組合の知識も足らず、今回の分散会ではなかなか意見を出すことはできませんでした。ですが、今後こういった集まりに積極的に参加し、組合の知識を深め、活発に発言ができるようになりたいと思いました。
懇親会では、初めて会った方たちばかりで自分から交流することがなかなかできませんでしたが、皆さんから声をかけて頂き、すごく暖かい気持ちになりました。
青年部の結束力を強めるため、これからも各地の青年部の方々と交流を深めていきたいと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年女性部ひたち支部 池田 博

2月8日から3日間で行われた青年対策交流会議に初めて参加しました。今回は、東北での青対ということもあって、主に震災、原発を中心にした会議になりました。あいにく天候が良くなく予定通りに進まなかった所もありましたが分散会、仙台港の見学などはとても中身が濃かったと思います。
分散会では、震災時の労働者を守るために必要なこと、現在の原発についての議題で意見交換をしました。座長を務めさせていただきましたが、一人一人の意見をうまく吸い上げられず、グループの話し合いはスムーズではなかった様に感じました。
仙台港の見学では、震災時の写真と現在の状況を比較しながら震災の体験者から当時の話を聞きました。物流の拠点ともいえる港は復旧がとても早く港湾労働者の皆さん一生懸命さが伝わってきました。
初めての参加でまだまだ自分が未熟だと感じました。これからは自分の周りだけではなく少しでも広い視野で物事を知っていこうと思いました。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方ひたち支部青年婦人部副部長 佐藤 貴昭

平成26年2月8日(土)~10日(月)の日程で宮城県塩釜市に於いて第17回全港湾全国青年対策交流会議が開催されました。今回の青年対策協議会は、首都圏で大雪をもたらした低気圧の影響で塩釜市でも大雪に見舞われ、交通機関にダイヤの乱れがあり、当初の予定とは大幅な変更もありましたが、全国から71名が参加しました。
1日目は、東北地本鹿糠委員長より、「震災前・震災後・そして今の東北港について」、その後、塩釜支部長南委員長・千葉副委員長より「災害時、組合員を守るためにどのように闘ったのか?またこれからの活動の課題とは?」のご講話をいただきました。東日本大震災から2年が経過し、日立港区もまだ完全復旧には至っていませんが、不自由のない安全・安心な生活を送れることで災害に対する危機意識が震災直後に比べ明らかに低下していることを感じました。2年前の経験を無駄にしないためにも、災害時には迅速また柔軟に対応することが大切であり、自分に出来ること(食料、飲料水の備蓄・非常用品の準備)を準備し、一人一人が災害に対する危機意識を高める必要があると思います。
2日目は、被災地(南三陸町)見学を予定していましたが、前日の大雪の影響でバスによる南三陸町には移動が不可能ということで行くことはできませんでしたが、塩釜港視察、松本書記長、小柳中執、鈴木中執のご講話をいただきました。鈴木中執の「悩め・あがけ・苦しめ」の一言が特に印象的でした。各支部が抱えている問題は多くあり、その中でも青年部の意識低下が進んでいると今回の青年対策交流会議で感じました。しかし、今回の青年対策交流会議に参加して、これだけ熱い気持ちを持つ仲間がいることを知り、又まだ自分は何も行動していないことが分かりました。問題を解決することは簡単ではないが、鈴木中執の、悩め・あがけ・苦しめの通り、魅力のある青年部になるように取り組んでいきたいと思います。
最終日は10班に分かれて分散会を行いました。少ない時間の中で①震災時にわれわれ労働者の条件を守るために今後組織としてどのような強化をしていくか②現在も収束していない原発について、それぞれの思いをぶつけ合いました。今後の青年部の取り組みに直結する議題であり、答えを出すのに苦労しましたが、やはり団結して訴え続けることが大切であると感じました。
 今回、3年連続で全港湾全国青年対策交流会議に参加して感じたことは、このような場に参加して発言することの大切さを知ることができました。全国のいろいろな考えを持った仲間と交流を深められることは今後自分の財産となります。
本当にありがとうございました。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方ひたち支部青年女性部 古内 厚志

「3.11東日本大震災」をテーマにした青対は記録的な雪の降る中の開催となりました。初日から悪天候によるスケジュール変更を強いられ、どうなることかと心配になりましたが、東北地方青年婦人部の臨機応変な対応と、全国各地の青年部の温かい協力もあり、見事に成功した青対だったと思います。
 今回の青対は、自分も味わった震災の恐怖や苦労を見つめ直す機会でありました。一瞬であらゆることが変わってしまったあの時から、ライフラインなどの復旧も進み、元の生活に近づきつつある現在までを振り返ると、被災したはずの自らが当時の気持ちを忘れ、風化させてしまっていると感じました。そんな自分を恥じるとともに、これから何をすべきか、何ができるかを真剣に考えるきっかけを与えてくれました。特に鹿糠委員長のご講話において、震災直後、組合員の安否確認を進め、残念ながら尊い犠牲が出てしまった事実を確認する経緯のお話を涙ながらに語っていただいた際は、私も胸が詰まる思いで耳を傾けました。仙台港視察の際には、塩釜支部の方々の説明を聴く中、「津波」がもたらしたこの経験と思いは必ず後世に伝えていき、今後いつ起こるとも限らない災害に対する備えとする必要があると思いました。
 この青対では震災に関してもう一つの大きな要素となる「原発」についても取り組みました。この問題は未だに収束しない福島第一原発の惨状がありながらも再稼働を進める国や東電の考えが理解できず、私自身ずっと考えてきたことでした。経済活動が優先的に考えられてしまう世間では、どうしても脱原発運動というものがただの感情論として捉えられがちと感じていたので、今回の講話を聴いて、きちんと問題のポイントや中身を理解しつつ訴えていくことも大切なのだと思いました。また、分散会においては全国各地で行われている脱原発運動の内容を聴くことができ、自分達が参加している運動に際して大いに参考とすることもできました。この時はたくさんの意見が飛び交い、私自身気付かされることも多々あり、支部の中でも発言が出来る場を設け、意見を吸い上げる努力をしなければと感じました。
 全国の仲間が集まる青対、沖縄平和行進と続けて参加させていただき、以前より一層深い交流や意見交換ができたと思います。私自身、全国の集会に初めて参加した時を振り返ると、これまで非常に大きな経験を積ませていただいたと感じました。今後も積んだ経験ともらった気持ちを武器に、支部や地域での活動をさらに盛り上げていく努力をしていきたいと思います。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部部長 瀧野 進哉

2月8日~10日の期間にて第17回全国青年対策交流会議が東北地方の仙台で開催されました。あいにくの悪天候の中、参加された皆さんには何度も予定を変更させてしまい大変ご迷惑をお掛け致しました。
今回の全国青年対策交流会議を東北地方で開催した経緯には中央本部の活動方針のひとつである『東日本大震災を風化させない取り組みを行なう』ことがやはり大きかったと思います。
震災から約3年が過ぎようとしています。当事者である自分たちですら、あの震災が風化してるのではと感じる時も正直ありました。しかし、今回の青年対策交流会議を通じて、あの経験をした自分たちがもう一度当時を思い出し、全国の仲間たちへ震災を伝える機会を頂いたことによって、改めて向き合う大変貴重な時間になったと思います。
今後日本のどこかで東日本大震災と同じ状況が必ず起こりうると思います。その際には自分たちが経験したことをしっかりと伝達し、全国の仲間たちから同じ凄惨な思いをする方たちを出すことがない様な取り組みをしていきます。
そのための取り組みとして、しっかりと若い次の世代である青年部員にも今回の未曾有な災害を10年、20年経っても風化させない継続した活動を行なうこと。また被災した自分たちだからこそ率先して今後の対策としての防災マニュアルを作成していきたいと考えています。
最後になりますが、全国の皆さんと有意義な時間を過ごしたことで改めて元気と勇気を頂きました。東日本大震災から立ち上がった姿を見せ続け、また原発ゼロを目指し、これからも東北地方青年婦人部一致団結していきます。これからも応援とご協力のほどお願いします。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部塩釜支部塩釜分会部長 菅原隆寛

この度2月8日~10日に行われた第17回全国青年対策交流会議に参加の報告です。
初日にあたる8日は悪天候の為交通機関が麻痺したため、時間に間に合わない人が多く予定していた時間から大きくずれ込む形の開始となりました。
開会式から終了までの時間帯には私も迎えに出ていたので参加が出来ませんでしたが、懇親会の会場にて全国から参加した方々と交流を深めました。
二日目の9日は今回のメインと言える南三陸の視察を予定していましたが、前日の大雪の為に皆で協議の上中止となり仙台港区視察となりました。
仙台港も震災の際には大きな被害を受けていたので移動中に塩釜支部の方々に助力を仰ぎ震災当時の説明などをして頂きました。自分も当時は震災経験をしていましたが数年たち周りの復興と共に記憶が薄くなっていましたが、資料を見ながら説明を受けていると当時の事を思い出しました。
三日目の10日は分散会を行い全国の方と班毎に議題に取組ました、震災や原発問題についての議題に対して皆が思い思いの考えを出し合う意義のある分散会でした。今回は残念な事に悪天候によって時間をかけて予定した事を大きく修正したのが悔やまれますが、その度その度地方三役と各支部長達と打ち合わせを行い結果として成功となりました。
今回の青対はハプニングが多かったですが、それに対して問題を皆で解消出来た事が参加した人の自信に繋がっていったと思います。青年婦人部だけではなく全港湾としての課題も問題もまだまだ山積みですが今回の様に皆が自分のやるべき事を理解して動いていけば時間はかかっても解決に近づいて行くと思えました。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方塩竈支部 今野穂高

今回の青年婦人部対策会議について、初の参加となりましたが、勉強になることが多く、全国の支部の方々の話は、とても面白いものでした。特に、同じ仕事でも作業手順が違ったり、内容も様々で、驚かされる事が多々ありました。組合活動に関しては分からない事がまだまだありますが、積極的に参加していき、自分なりに理解をして行こうと思います。

東北地方塩竈支部 高橋和也

2月9日は雪の影響で南三陸など被災地見学が出来なかったものの全国の支部の方々に仙台港を当時の写真などを交えて見てもらいました。各々感じることがあったと思うし、自分も当時の事を思い出しつつ改めて考える事が出来た貴重な時間になりました。

東北地方塩竈支部 五十嵐 知愛     

 今回、青年対策交流会議に初めて参加させて頂きましたが、震災についてのテーマとなる為、自分の体験が少しでも話せたら良いなと思い参加致しました。 
一日目は鹿糠委員長、塩釜支部の長南委員長、千葉副委員長より震災当時の話をして頂きましたが、当時は自分達の事で精一杯だった為、周りの状況を知ることは出来ませんでした。各支部への安否確認・支援物資の準備等、色々と動いてくださっていた事を改めて知り感謝すると共に、逆の立場になった際は同じように支部間で協力し合い行動に移すことが恩返しに繋がると感じました。 
二日目は予定が変更になり南三陸の視察に行けなくなってしまったのは残念でしたが、仙台港視察時にはバスの中で小名浜支部の郡司さんから当時の状況や避難についての話を聞いたり、他の支部の方に震災当時の体験を話すことが出来たりと充実した時間を過ごせました。ホテルに戻った後は松本書記長より原子力についてのお話を聞くことが出来ました。原子力は発電が安いと言われているが、それ以上に遺伝子を壊す恐ろしい存在であるという事・仮に暴走した場合に100%止める保障が何もないという事や、政府は大企業に弱く、日本としても核(武器)を持ちたいと思っている事、鈴木中央執行委員からは大量の核のゴミは最終的な処分先が決まっていない事、小柳中央執行委員からは核と人間とは共存出来ないという事など様々な話を聞くことができ、原発のありかたについて改めて考えさせられました。また、市民運動として労働組合が脱原発を訴えるべきだとおっしゃっておりましたが、そのような機会があれば出来る限り参加し、議論を重ねて脱原発を一緒に訴えていきたいと強く思いました。
二日間の参加となりましたが懇親会でも各支部の方と交流する事で皆さんの考え・思いにも触れることが出来てとてもいい経験が出来ました。今回参加させて頂いた事を忘れずに、今後も組合員の一員として行動していきたいと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方塩竈支部 菅原 龍之介

入社1年目の私は、震災時どのような行動をしたのか全くわかりませんでした。何が大変だったのか知るためには良い機会だと思い、交流会議に参加しました。最優先で行動したのが安否確認でした。震災は仕事中におこった為、各現場で作業している方が多くいました。安否確認をしようにも携帯や電話も通じないので安否確認には時間がかかってしまった。安否確認をよりスムーズに行うために、どうすればいいのか考えさせられました。
まず、災害時のマニュアルのようなものを作成するとともに、社内全体が知るべきである。必要に応じて社内で防災訓練も必要なのではないかと考えました。次に、各現場ごとの災害時の避難場所を確認し避難経路を知る必要がある。そうすることで、安否確認がしやすくなるのではと考えました。避難場所を知っている、知らないでは災害時の混乱も無くすことができますし、何よりも怪我や死亡などの確率が低くなると思われます。
今回の交流会議で、安否確認を最優先にすること、各現場にて避難場所の確認及び経路を知る必要性を改めて確認することができました。

東北地方塩竈支部 齋藤 拓哉

今回、私は初めてこのような場に参加させて頂きました。講義では、改めて震災で起きた悲劇やそこから学んだ事、感じた事を再確認すると共に、この出来事を後世に伝える重要性を感じることができました。
 懇親会では、全国の青年婦人部の方々と話す機会を設けて頂き、色々な労働や組合に関する話を聞くこともできましたし、そこからたくさんの考えを共有することができ、とても有意義な時間を過ごさせて頂きました。
 今回、この交流会議に参加させて頂けたことによって、自分自身得るものも多く、とても勉強になったと感じています。また、このような機会があれば積極的に参加していきたいと思います。

東北地方塩竈支部 信野かなえ

今回の第17回全港湾全国青年対策交流会議のテーマは「震災前後の東北港について」と「原発事故と福島の現状について」を主なテーマとして、被災地の一地域になった宮城県で3日間にわたり開催されました。悪天候の影響で、開始時間が予定よりも遅くはなりましたが、全国から約80人が参加し、2011年3月に発生した東日本大震災の発生当時から復興が進む現在、そして今後についての講義を受けました。
私は今回が初めての参加で、また1日目だけの参加となりましたが、大変有意義な時間を過ごすことができました。特に印象に残った講義は、東北地方本部の鹿糠委員長に講義していただいた東日本大震災直後の東北の港についてのお話です。私は東日本大震災が発生したとき、宮城県におらず、実際に震災を体験していません。ニュースや報道、ボランティアなどを通して震災の被害の大きさや復興を目指す方々の
思いを感じてきたつもりでいました。しかし、委員長のお話を聞いて、震災当時、各支部が当時どのように震災と闘っていたのか、国や市町村とどのようなやり取りをして、さらに現在もどのような活動を続けられているのかを知り、震災がもたらした影響を改めて感じました。また、港に関わる全ての方々が復興に向けて大変な力を尽くされてこられたのだということが分かりました。日ごろからの備えや民官の密接な関係が復興には必要不可欠だということを学びました。この震災での経験はこれからも全港湾の組合員の間で共有し、組合員からさらに多くの人に広めることで、次に起こるかもしれない災害への知識、被害縮小のために生かしていかなければならないと思いました。
その他、普段なかなか交流することができない組合員の方々とお話しすることができました。お互いの仕事内容から各支部の現状、活動内容などの情報交換をし、多くのことを知ることができました。今後も積極的に活動に参加していき、組合員同士の交友関係を広め、問題の共有をしながら解決、改善に向けてさらに団結力のある組織を目指していけたら良いと思いました。

東北地方塩竈支部 小野さやか

平成26年2月8日~9日に、第17回全国青年対策交流会議に参加しました。「東日本大震災を風化させない」ということで、震災時の状況や対応、原発の問題について、被災地視察などが今回の会議の内容でした。
震災時のお話については、自分自身の状況と重ねて色々と考えさせられました。長南委員長から、トンネル内を通行する時は非常通路を確認する、普段から避難場所を考えておくなどのお話がありましたが、普段から防災意識を高め、少しずつ意識して行動することが、いざというとき落ち着いて行動できるかに繋がるのだと改めて感じまし
た。
また、いつどこで起こるかわからない災害に備える為に、この震災の経験を伝えていく重要性を再確認することができました。
原発の問題については、松本書記長よりご講義を頂きました。原発問題についてはこれまでにも何回か反原発集会などに参加させていただきましたが、改めて自分の中で反原発の意識が強くなりました。今後も、反原発集会などに積極的に参加し、原発ゼロを目指して活動に取り組んで行きたいと思います。
被災地視察については、悪天候の為、予定では南三陸町の視察と仙台港の視察となっておりましたが、仙台港の視察のみとなりました。地元ではありますが、震災後自分が行った事がなかった場所も見学することができてよかったです。
また、移動中のバスの中でも他の支部の方の震災時のお話などを聞き、 震災のもたらした影響の大きさを改めて感じました。
 全国青年対策交流会議は今回で2回目の参加でしたが、前回よりも女性の参加が増えており、とても嬉しく思いました。私は1日目と2日目のみの参加でしたが、たくさんの方々と交流し、意見を共有することができ、本当に充実した会議となりました。
今回学んだことを今後の青婦部活動に生かしていきたいと思います。

東北地方塩竈支部 吉田 豊

平成26年2月8日~10日にかけて、第17回全国青年対策交流会議が開催されました。
私は2月8日の講習会、懇親会に参加させていただきましたが、天候は生憎の大雪。記録的な積雪となんというタイミング…という感じでした。おかけでスケジュールは大幅に変更を余儀なくされ、ある意味すごく印象的だったかと思います。
8日の講習会は震災当時のお話しと、組合員を守る為にはについてのものでした。話を聞きながら当時の自分の状況はどうだったかと改めて思いだし、津波が来るまでは甘く考えていた事、津波襲来後はどう行動すればいいか、明日はどうなるか等々並々ならぬ不安が押し寄せてきたのを覚えています。普段の小さな事でも注意し周りの状況をしっかり確認しながら行動する事が大事とお話があり、改めて考えさせられる内容でした。全国の方々に少しでも伝わってくれていれば良いなと思います。
今回初めて全国青年対策交流会議に参加させていただきましたが、こういった交流はとても良いものだなと感じました。全国の方々とお話ができ、色々な情報も教えていただけたりと、とても充実したものでした。今回学んだことを、今後の活動に仕事に生かしていきたいと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方塩竈支部 鹿郷 美貴

2月8日から2月10日の3日間、仙台塩釜港がメインで行われました。
今回は防災や震災を風化させないというテーマでした。私は今回始めて参加したのですが雪で交通機関の乱れる中、本当にたくさんの方に訪れていただきました。
まず東北地本の鹿糠委員長の挨拶及び、東日本大震災のときの体験及び復興についてというテーマで話を伺いました。各港がどれほどの被害を受けたか、どのように連絡をとったかということ細かいお話を伺いました。続いて塩釜分会の長南委員長と三陸分会の内海委員長の当時の様子を伺いました。話を聞いていて自分が当時どうしていたかを思い出しました。
夕方からは交流会でいろいろな支部から来た方と話することができました。私は2日目の視察は参加することはできなかったのですが、もともと南三陸町にはいけないと話になったとき「当時は復興している仙台港もとてつもない壊滅状態でもう2度と仕事ができないと思った。生きているのはラッキーで自分だって危なかった。ラジオで流れる南三陸町の様子など聞く限り、想像できない過酷さがあったと思うので、私にはそれを受け止めることはできない」という話をしたときに、泣いて励まして頂いた女性部員の方がいました。このとき私はそういう話はしたくなかったのは自分が思った以上にショックを受けたのだと思いました。改めて震災は風化させてはいけないと自分でも周りにも考えさせられました。

東北地方塩竈支部 小野田冬馬

2月8*9*10日の三日間の青対で、自分は初日(8日)の参加でした。
バスを取りに行くため朝早くから行動して昼前には仙台駅東口エリアに集合となっていたのですが、当日は昼少し前から雪が降り始めて少し焦りました。
雪の影響で新幹線、飛行機などが遅れてしまい、全体の予定の時間が大幅にずれてしまいました。
震災の話や震災時に組合の行動、などもっと詳しく聞きたかったです。
でも、それとは別で他県の震災被害地状況(特に福島)の事も知りたくなりました。
懇親会(キャッスル)、二次会(魚民)と行かせていただき、色々な支部の人たちと交流出来て楽しかったです。
もし塩釜で青対を開くチャンスがあるのでしたら、今回も良かったですが今回に負けない位の青対にしたいです。

東北地方塩竈支部 渡辺秀通

2月8日から青年対策交流会議に参加しました。
私は三回目の参加になりますが、
久しぶりに全国の仲間との組合活動に新鮮な気持ちで参加出来ました。
当日はあいにくの大雪で、今回の
交流会議は大丈夫かなと不安がありましたが、瀧野部長を中心に東北地方の仲間や、全国の仲間たちの協力の元、予定が狂っても成功できたんではないかと思いました。
会議の中身に関しては、
東日本大震災についてでした。
今回は地本委員長達が
経験など話してくれていましたが、いつかは自分達が話す立場になり
経験したことのない人に伝えなきゃいけない、今まで戦争の話を聞く側だけの人間だったので、改めて考えてみると、上手に伝えられるか不安になりました。
今回短い時間ではありましたが、
全国の仲間と会うことができ組合、仲間の大切さや、これから自分はどうしていけばいいのか考えさせられる良い会議だったと思います。

東北地方塩竈支部 宮澤伸之介

私は今回初めて、
青年対策交流会議に参加しました。
2月8日の参加だけでした。
当日、宮城県は20年ぶりぐらいの
大雪で、新幹線、飛行機がかなりの
遅れがでるほど凄い雪の中、
全国の仲間達が無事来れるか?
初日予定が狂うんではないか?
と思っていました。
少し時間が押してしまいましたが、
開始することができました。
初日は、会議でその内容は
「東日本大震災について」でした。
今回は委員長方が自分の経験談を
話しました。
私も震災を経験した身なので、
委員長方の話しはとても良く理解でき、心に来るものがありました。
また、話を聞いただけではなく、
私が話す側になった場合にきちんと
話せるように活かして行きたいです。

東北地方塩竈支部 今野

青年対策会議で初めに講義を聞きました、震災時の東北の状況や他の地方では、どんな事をしようとしていたかなどを聞きました。
私は、震災の頃はまだ学生だったので仙台港やコンテナターミナルなどの写真を見た時は、すごい光景になっていたので驚きました。
午後からは、実際に仙台港やコンテナターミナル、慰霊碑など震災の時の写真を見ながら見学をしました。震災から今まで復旧して現在では、普通に作業しているので驚きました。
会場に戻り今度は、別の講義を聞きました原発についてや小名浜の状況など原発で多くの人が大変な思いをしているなど震災を受けた県は、どこも大変なんだなと実感しました。
今回初参加でしたがいろいろ港によって違う事がわかりましたし色々な話を聞けてよかったなと思いました。

東北地方塩竈支部 菊池

今回私は宮城県で行われた全国青年対策交流会議,2日目の2月9日に参加させて頂きました。話の内容は原子力発電の実態でした。
2011年3月11日に起きた東日本大震災で福島を始め多くの原子力発電所そして、港が損害を受けました。私は大震災後に入社したのですが、自分の会社の被害を資料などを見て改めて深刻だったんだと感じました。
 まず、松本書記長から福島の原子力発電所の被害の説明や今後の対策などのお話を頂き、原発に対する政府の行いの悪さやこれからどうすべきなのかなどお聞きになり同じ労働者として脱原発反対を行っていかないと改めて感じました。
 それから、各支部の方々との交流を行い、今まで聞いた事のない話や行った事のない貴重な体験話を聞きました。その中の仕事内容では各支部工夫をしながら仕事を行っていたのでとても勉強になりました。この交流で体験した事を職場や各支部に持ち帰り今後の仕事や青婦部活動にいかしていきたいと思います!

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方塩竈支部 桜井俊秀

今回私は2月8日から10日まで行われた全国青年対策交流会議の2日目に裏方として参加させていただきました。
初めての参加で戸惑った部分もありましたが塩釜支部のみなさんのおかげでなんとか自分の役割を果たせたと思います。
懇親会では全国のみなさんと色々な話しをして楽しい時間をすごせました。

東北地方塩竈支部 桑島健太

私は今回、青年対策交流会議に参加させて頂きました。
今回は宮城県での開催ということもあり、震災、復興の話が ありました。
震災からもうすぐ三年が過ぎようとしている中、防災に対しての意識も徐々に薄れていました。
そんな中での震災の話ということもあり、当時の教訓を再認識することができました。
今回の活動で、全国の青婦部の方々にも震災の恐ろしさや、復興の現状を知っていただくことができたと思います。
これからも、震災の教訓を忘れないようにしていきたいと思います。

東北地方塩竈支部 佐々木祐一

今回の学習会は全国の人達に東北の震災の事などを観て聞いて今の状況を知ってもらうという学習会でした。
他の県の人達は初めは震災大変だったねなどと簡単に言っていたけど話を聞いていくにつれてすごい大変だったと言う事を知ってもらえたのですごく良かったです。

東北地方塩竈支部 菅野裕也

青年対策会議に出席して、原発のことなどを話して頂きましたが、とても、難しい話で理解出来ないことの方が多かったですが、今回初めてこういった活動に参加してみて、取り合えずは良かったと思います。なので、これからは原発などのことに対する知識などを取り入れていきたいと思いました。

東北地方塩竈支部 鶴家

自分は始めて青対に参加しました。内容は『震災について』と『原発』について各班に分かれて話し合ってまとめたものを各班の前で発表しました。始めての青対でわからないことだらけでした。でも、話し合いをしたり、交流をして他の県の人などと交流が深まるのはいい事だなと実感しました。これからも青対だけでなく色んな青婦部の活動に積極的に参加しようと思えた行事でした。

東北地方塩竈支部 佐藤宏信

青年対策会議では仙台港を見てまわり、震災後から比べると震災前に比べほとんど復旧していることがわかったがまだ手付かずの所もあり、原発問題もあるのでまだまだ改善していかなくてはいけないことが多いと思いました。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

秋田支部部長 藤田純平

平成26年2月8~10日、宮城県多賀城市を主会場に「全国青年対策交流会議」が行われました。今回は震災後初の東北開催という事で私始め、東北各支部のメンバーは準備段階から手伝う事となりました。今回初参加となる私は、青対とはどんな事をするのか全く分からないため不安でしたが、東北各支部のみんなと協力し合いながら準備を進めて行く中で、この仲間となら一致団結して頑張れると思いました。内容を計画、確認し合い当日を迎えましたが、当日は稀に見る大雪に見舞われ、参加出来ない地方がある中で1時間遅れての開会となりました。各挨拶の後、震災関係の講義をして頂き、3年経とうとしている大震災を今後も忘れずに、被災した方々の教訓を今後に生かしていきたいと思いました。
2日目は雪の影響で予定していた南三陸へは行けませんでしたが、中執松本書記長より講義をして頂きました。話の中で、現場の末端で働く青年部は今後、全港湾の重要なカギとなると言って頂き、これからもっと勉強して組合活動を頑張りたいと思いました。また原発の話では、今は市民運動中心の原発反対運動ですが、今後はそれに加え労働組合の反対運動を活発化させる事で、今よりも更に強い活動になるのだと感じました。同じ港湾労働者として仲間が少しでも良い環境で働く為には皆で協力し合う事が大切なんだと改めて実感しました。
3日目の分散会では、今後どのようにして震災で労働者を守るのかと、原発について話し合いました。東日本大震災の教訓を生かして、自分達で何を準備しておけば良いのか、何が被災者の為に役に立つのかなど活発な意見交換が行われました。ただ実際震災が起こるとどこまで冷静になっていられるかと思うと不安でしたが、今回話し合った内容を基に、各支部で震災マニュアルの作成や安否確認の方法等を確認し合う事で今後の自分達の為にもなるのだと思いました。また原発についてでは、現地と各地方での温度差があるためまずそれを無くす事と、今よりも更に活発的な反対運動を行う事が重要だという事になりました。
どちらも議論する内容が深く、2時間ではまとめきる事が難しかったですが、とても有意義な時間を過ごせたと思いました。
今回初参加でしたが、全国の皆さんと普段話す事の出来ない貴重な意見交換、また懇親会での交流で楽しく時間を過ごす事が出来て本当に良かったです。
また今大会の為に東北地方の皆と協力し合い無事成功する事ができ、改めて東北の絆を感じる事が出来ました。
今大会は自分にとってとても有意義な時間を過ごす事ができ、自分の為のスキルアップにも繋がると思いました。
また機会があれば参加したいと思います。
最後になりますが、天候に恵まれず予定変更が余儀無くされる中で、柔軟な対応で最後まで企画運営をされた東北地方青年婦人部三役の方々、本当にお疲れ様でした。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方宮古支部青年部長 金丸亮太

皆さんお疲れ様です。2月8日から10日まで行われた青年対策交流会議に参加してきました。「緊張するなぁ、大丈夫かなぁ」と東北での青対を開催する事が決まってからこんな事ばかり考えていました。ついにこの日がきました。このような全国規模の会議は初参加なので不安要素もありましたが、その反面全国の仲間に早く会いたい気持ちでいっぱいでした。ところが当日からあいにくの悪天候の為、全国からの到着が大幅に遅れるという事態になり約二時間遅れての開会となりました。
初日の会議では鹿糠委員長にご講義を頂き、改めて東日本大震災の被害、そして各港の復旧・復興するまでの経緯を知ることが出来ました。みなさん少し忘れかけていた部分もあったと思いますが再度胸に刻む事が出来たと思います。
二日間は、大雪の為南三陸視察は無くなり、午前中と夕方の二回に分けて、中央の松本書記長のご講義を頂き、震災と原発を交えながら東北地方の今までの取り組みのお話をとても分かりやすくしてもらいました。
あれから早くも三年たちますが、今も収束していない福島の原発問題。そして目に見えない放射線の計り知れない恐怖、報道されない内部事情、また戦争にも繋がりかねないものとして認識しておかなければなりません。原発は必要ない事を全港湾として声を出していかなければならないと実感しました。 午後には、仙台港の視察ということでコンテナターミナルと車両のフェリーについて塩釜支部さんの説明がありました。震災前後の写真を元に見学したのですが、復旧するスピードの速さに驚きました。見て感じた事があるのですが、仙台は平地で周りに高い山などがなかったので、自分だったら避難の際にはやはり近くの逃げ場を探すのが大変だろうなという印象を受けました
三日目、いよいよ最終日です。この三日間のまとめを分散会で話し合いしました。 
2つのテーマにそってみなさん活発な意見やアイデア、それぞれの熱い思いを伝え合う事ができた最高の分散会だったと思います。
まとめ発表でも、どの班も素晴らしい内容で、地方はそれぞれ違いますが、全港湾青年婦人部としての「志」は一つであるのだという事を実感出来ました。
最後になりますが、今回の青対で全国の仲間と出会えた事、つながりを持てた事が何よりの収穫となり有意義な時間を過ごす事が出来ました。東北の仲間、そして塩釜支部さん、全国の仲間のみなさん本当にありがとうございました。  

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方 塩釜支部三陸分会 小林 頌悟

今回初めて青年対策交流会議に参加させていただきました。ほとんどの地方が集まると、今までは経験した事のない規模、迫力の大きさを感じました。
その後、1日目の流れについての確認をしました。青対当日は、大雪のため予定がかなり変動し、私たち東北地方は裏方の人と、連絡を小まめにとって何が一番良い方法か話し合いました。そして、会場を移動し懇親会が始まりました。懇親会は班分けになっており、各地方がバラバラに座り親睦を深めました、そこでは今回の大雪の事、宮城のお酒は何が有名なのかを話しました。初めてお会いした方と話すのは、やはり緊張しました。
2日目が始まり、雪の影響もあり予定を変更し、中央本部の松本書記長に原発の話し、東日本大震災の話しとその震災について全港湾の取り組みについて話を聞きました。そこで一番印象に残っている言葉は「戦いは、団結と覚悟とタイミング」でこの言葉は何においても、言える言葉ではないかと思い印象に残っています。そこから、仙台港視察をしました、国際コンテナ港を見学し、太平洋フェリーを視察しました。そこで他の地方の方から、雪かきのやり方が変わっているねと言われ地元では当たり前の事が他から見たら新しい発見であることを実感しました。
そこから会場に戻り、中央本部の3方から話を聞きました。
松本書記長からは、何故原発を反対するのか?と言う話し、鈴木 誠一さんからは、原発で労働している方の話しを、小柳さんからは震災で福島から新潟へ避難していた方の話しを聞きました。原発の話は印象が強く残っています。質疑応答で原発に変わるエネルギーはあるのか?と言う質問では今原発が止まっていて電力が賄えていると言う事が分かり尚更、原発反対の意思が強くなりました。その後、懇親会で昨日と同じメンバーで更に交流が深まりました!
3日目は、分散会でテーマは1、震災時に労働者の条件を守るため、組織としてどのような強化をしていくか? 2、現在も収束していない原発についてで、我々2班は、まず震災について話しました。震災時何が一番困ったか、何をすれば役に立つかを決めるためです。分散会は懇親会とメンバーが同じで3回目の顔合わせなので様々な意見が出ました。全国の人と震災や原発について語り我々がやっていない活動他の地方に発信していかなくてはならない情報ついて深く話し合えました。
最後に、今回の青年対策交流会議を通して、全国の繋がり団結力そして各地方それぞれの取り組みなど自分が学ぶべきモノが今回の青対で見えた気がします。そしてその経験を受け継いでいきたいと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部副部長 佐藤 和也

2月8日から3日間第17回全国青年対策交流会議が宮城県で行われました。私自信青対参加が初めてで、東北地本の三役として参加する事になりました。
今回の青対は東日本大震災を風化させないというテーマだったので地震、津波、原発についての防災意識を参加者に考えて貰おうと思い、
色々考えた結果被害の大きかった南三陸町への視察、終息のつかない原発問題など肌で感じとって今後の活動に繋いで行って欲しいという思いで会議に望みました。
しかし会議初日、2日目とも雪で会議が予定通りに進まず、参加者の皆さんには大変迷惑をかけたなと思いました。被災地の語り部等色々用意していたのですが、雪の影響で現地に行けず被災者の生の声を聞けなかった事が残念です。
今回の青対で感じた事を各支部に持ち帰って震災についての防災意識を高めて頂ければいいなと思います。今後震災が万が一起きたときには、私たちが受けた支援、全国の仲間との絆を忘れずに今後の活動に望んで行きたいと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方塩釜支部三陸分会 佐藤直樹

2月8日9日10日に青年対策交流会議が行われました。私、塩釜支部三陸分会の佐藤直樹はこの青年対策交流会議に参加してきました。まず今回は宮城で開催ということで震災関連が中心の対策交流会議となりました。
8日の初日、まず塩釜市の公民館にて青対で使用する資料作りその後、鹿糠委員長の講話が始まり大震災当時と現在に至るまで、をお話して下さいました。
次に千葉副委員長の震災当時の話をして下さいました、千葉副委員長は同じ会社の上司ですが震災当時は全く違う現場にいたので自分とは違う地震直後の話を聞かせてもらいました。
その後、全員ホテルに移動して懇親会を行い、親睦を深めました。
次の日9日は当初南三陸町の視察を予定していましたが大雪の為急遽仙台港だけの視察となってしまいました。しかし参加者達は語り部の話を真剣に聞いてくれました。その後ホテルに戻り中央本部の松本書記長による原発の話をして下さいました。内容は震災による原発の被害や現在の福島について話してくれました。自分は原発についてそれなりに知識を身につけるつもりでしたが今回のお話で自分の知らない事をたくさん教えていただきとても勉強になりました。その後2日目の懇親会が行われ、前日よりもますます親交を深めることができました。
そして最終日の2月10日は今回のメインである分散会を行ないました。
分散会のテーマは震災時我々労働者の条件を守る為に今後組織としてどのように強化していくか、というテーマです。自分の班ではたくさんの意見が出たのですがその中で私は特に他の港と連携して震災の被害がある港に他の港の労働者が手助け出来れば、そういうパイプのようなものが必要ではないかという意見に深く共感しました。もう一つのテーマは現在も収束していない原発についてです。このテーマは他の班もとても悩んでいたと思います。最終的にどの班も脱原発運動の強化、続けて行くことの大切さを発表していました。
今回初めて青年対策交流会議に参加した私ですがこの3日で本当にいろいろな事を学び、そして考えさせられました。私が一番この3日間で感じた事はどの支部も真剣に取り組む姿勢、そして熱いハートを持っている、そう確信しました。自分も負けないように頑張りたいです。
地元宮城で青年対策交流会議にあたってやはり震災の怖さ、次の世代に伝えていかなければならないということを改めて実感しました。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

八戸支部 秋山 寛貴

今回青年対策会議に参加して、震災の話や原発の話をいろいろ聞いた中で一番印象に残ったのは鈴木中執の「組合で決まった事に後で文句を言うという事は、戦っている三役に後ろから石を投げているようなものだ」という言葉です。
決まった後で文句を言っている時もあったなぁと反省しました。
名古屋支部の部長が、青婦部に興味を持ってない人をどうしたらいいのかアドバイスくださいと言ったシーンも印象に残りました。
どこの支部もそのような問題があって、みんな悩んでいるのだと思いました。
自分の支部も全員が全員興味を持っているわけではないと感じていたけど、名古屋支部の部長の本気具合を見て、どうすればみんなが同じ方向を向くかもっと考えないとないと思いました。
慰霊碑や津波が来た時から止まったままの時計を見た時、片づけなどあれだけ大変な思いをしたのに自分の中で震災が風化していたことに気づきました。
震災を受けたことを忘れずに、命を落とした仲間がいた事を忘れずに生活なり仕事をしていくことが防災にもつながると思うので、支部で震災のdvdを見たりするなどして風化させない努力をしていきたいと思います。
最後に東北の三役をはじめ各支部の部長や参加者全員で協力して、悪天候の中青年対策会議を成功できて、東北のつながりはすごいと感じました。
そして懇親会は毎日楽しかったです。
初めて会う人がほとんどでしたが、いろいろな意見や考え方を聞けて、感心することや見習わなければならないことが多かったです。
今回青年対策会議を東北でやるということで参加できましたが、また機会があれば参加したいと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部八戸支部部長 栄田祐貴

今回この青対の準備として約一年、東北のみんなと、いろんな案を出しあい、青対を上手く進行して中身ある三日間にしよう。全国のみんなに東北地方青年婦人部の元気な姿を見てもらおう。と始まった2月8~10日第17回全国青年対策交流会議が、宮城県多賀城市で行われました。
しかし、78年ぶりの大雪を記録し、交通機関が麻痺し、スケジュールも大幅に乱れてしまいましたが、みんなと協力し、迅速にスケジュールの変更など行い、青対を無事に終える事が出来ました。
仙台港の視察では、震災時の状況や被害の大きさ、その後の対応など、詳しく説明を受け、改めて災害の恐ろしさ、命の尊さを実感しました。また、福島第一原発の問題は今もなお被害をもたらし、目に見えない放射能が人々の身体に襲いかかっていて、自宅に帰る事の出来ない人が沢山います。
二度とこのような事故が起こらぬよう、自分たちは、一致団結し原発ゼロを訴えていかなければなりません。
この三日間を振り返って、一人一人、意見は違うけど、目指す所は一緒なんだと実感し、全国の仲間と深い絆を作る事ができ、改めて全港湾の素晴らしさを感じました。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方八戸支部 佐々木聖也

僕が17回全国青年対策交流会議で一番思ったのは、全港湾の規模と目標がとても大きいという事でした。僕にとって初めての青対でしたが東北以外の全港湾の方々との交流会で自分の知らない事や支部ごとに違う意見を聞く事ができ、とても勉強になりました。原発問題や憲法改正問題についても、表面上の事だけではなく、安部政権の狙いやなぜ原発を稼働したがるのかという理由まで深く掘り下げて説明して頂きました。僕は青対に来るまでは全港湾とは利益を勝ち取るための組織だと思っていました。ですが原発反対、戦争反対を掲げ戦い、生活の向上だけでなく安全も勝ち取るための組織だということが分かりました。その他にも個人的に心に残っているのは民主主義は多数決ではなく少数の意見を汲み取ることという言葉です。今の国会が民主主義ではないと改めて思いました。これらの事は今回の青対に来なければ分からなかった事です。本当に来てよかったと思いました。それでもまだまだ分からないことがたくさんあるのでこれからも組合活動に参加し勉強していきたいです。

第17回青年対策交流会議に参加して

八戸支部 三浦太一郎

 私にとって初めての参加であり、開催地方の三役として重責を担って始まった、第17回全国青年対策交流会議は、75年ぶりという大雪に見舞われ、その後の進行に不安を感じさせるスタートとなりました。
しかし“東日本大震災から立ち直った東北を全国の仲間に見せよう”というテーマのもと、東北地方青年婦人部の強い団結力を発揮し、何とか成功させることが出来ました。共に成功へ導いてくれた東北や全国の仲間を始め、手助けしてくださった方々に深く感謝しています。
 自分の住む八戸も地震や津波の被害があり、会社や社有車、重機、その後の仕事に多大な影響を与えました。しかし、視察に行った仙台港の震災当時の様子を知り、改めて震災の怖さや命の尊さを知ることが出来ました。また、壊滅的な被害を受けながらも、復興が進む港の様子も見ることができ、貴重な経験が出来ました。
しかし、復興が進む港とは対照的に、福島第一原発の問題は全く見通しが立たず、今も多くの人が帰宅できずにいたり、目に見えない放射能の恐怖に怯えたり、将来に大きな不安を感じている現実があり、今後への課題も多くあることを知りました。
この状況を打開するためにも、また、同じような惨事を二度と起こさせないためにも、全港湾として一致団結し、原発ゼロを訴えていかなくては、と思いました。
 今回の青対は、全国の仲間と絆を深めるのは、もちろんのこと、仲間を守るため、生活を守るために、どのように行動するべきかを学び、また、そのための課題を見つけることができ、とても有意義な3日間になりました。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部八戸通運支部部長 古里昭太

第17回全国青年対策交流会議が2月8日から10日までの3日間ホテルキャッスル多賀城で行われました。自分は初めての参加で、さらに1人での参加だったので緊張と期待でいっぱいでした。
初日の脱原発の講義では自分なりに何ができるか、これからどう行動にうつしていけばいいのかなど考えさせられる講義でした。
2日目に、実際に被災地に行き慰霊碑や震災を受けて止まったままの時計など、
やはり時間はたったにもかかわらず、震災の爪痕は生々しく残っていて改めて胸にくるものがありました。
3日目には全国の青年部の人達とのグループになり、
分散会を行い、大変充実した意見交換ができたと思います。
3日間を振り返ってみると、被災を受けた人達、実際には被災を受けていない人達それぞれが、力を合わせてやっていかなければならないのだと改めて思いました。
まだ脱原発の問題や、復興がまだ進まず滞っている地域があるとゆうこともふまえて、
これから自分たちはどうしていけばいいのか、次の世代に途切れることなくどう伝えていけばいいのか、3日間の経験をいかして、自分にできることをやっていこうとおもいます。みなさん3日間本当におつかれさまでした。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部書記長 郡司 忠

2月8日から10日に宮城県「ホテル多賀城」で行われた第17回全国青年対策交流会議に参加させていただきました。今回の青対は「東日本大震災を風化させない」という題で開かれました。
初日には、東北地方本部委員長の鹿糠委員長、塩釜支部委員長の長南委員長、千葉副委員長から大震災当時と現在に至るまでのお話をお聞きしました。当時苦労されたのは、交通機関の麻痺、連絡手段がなかったため安否確認がすぐにできなかったことが大変だったとお話聞きました。組合員の雇用守るために賃金を法律通りに戻したり、津波で被災された瓦礫の処理や海上コンテナの回収、タイヤの洗車、冷凍関係などの処分作業を行いながら組合員の雇用を守ってきたとお話を聞きました。津波の対策としては、防災マニュアルを個人が各自把握し、避難経路を頭に入れてくこと、避難場所を会社が3階建ての建物を建てたとお聞きしました。
2日目には現地視察ということで南三陸町に行く予定でしたが、前日に大雪が降ったと言うことで仙台港の視察のみとなりました。視察後中央本部の松本書記長から原発事故についてお話がありました。昔アメリカが核の水爆実験を行った際に、マグロ漁船に乗っていた方が被曝した、その実験した地域は60年経とうとしている今でもまだ戻っていない、また放射能の危険性についてお話を聞きました。全国の50数カ所の原発を廃炉にするのにも100年かかると聞き驚きました。脱原発運動だけではなく他の運動でも今市民運動が中心になっているが、国を動かすのにも労働組合が中止になっていかなければいけないとお聞きしました。
3日目には「震災時に我々労働者の条件を守るために今後、組織としてどのような強化をしていくか?」「現在も収束していない原発について」の2つのテーマについて分散会が行われ様々な意見を聴くことができました。
私たち地元で恥ずかしい話でありますが、原発事故を経験したにもかかわらず、風化されつつ問題があります。様々な集会に参加していますが一番感じるのは若い人が少ないのではないかと思います。今若い私達が先頭に立って取り組んでいかなければ今後自然と風化されていくのではないかと思います。何このような事故を起こさせない、仲間たちに同じ思いもさせたくありません。正直何ができるかわかりませんがみなさんと共に頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

第17回青年対策交流会議に参加して

東北地方青年婦人部書記長 平子瞬也

 2014年2月9日・10日・11日の3日間に渡って、東北地方青年婦人部が受け入れを行い宮城県塩釜市の塩釜公民館と多賀城市のキャッスル多賀城で第17回青年対策交流会議の参加報告書です。東北では4年前に行われていますが、震災後ということもあり全国の仲間たちからの要望もあり東北での開催になりました。
 1日目は集合場所の塩釜公民館には午後からの大雪で予定を大幅に変更することになりました。我々東北の仲間たちは午前中の集合をかけていたため集合場所に着くことができましたが全国の仲間たちは飛行機が飛ばない空港もありました。何名か参加できない地方もありましたが午後三時からは始まりました。まず始めに東北地方青年婦人部部長瀧野進哉部長の挨拶で始まり、続いて東北地方本部鹿糠委員長の挨拶がありました。中央本部執行委員の鈴木中執・小柳中執の挨拶もありました。その後講演と題しまして鹿糠委員長に震災当時の体験談やどう動いたのか話していただきました。また塩釜支部執行委員長の長南委員長と千葉副委員長に支部を守るためにどのような行動をしたか、組合員を守るために会社とどう交渉したか、震災翌日からの町の様子などを話していただきました。
 2日目は視察を南三陸の方を予定していましたが、記録的な大雪で予定を変更して午前中は仙台港のみの視察と説明を塩釜支部の親の方々に行ってもらい震災が起きた時の状況や埠頭の状況などの説明を写真等使って分かりやすく説明していただきました。午後には松本中央本部書記長を講師に脱原発や組合活動について中央本部の取り組みやこれからの課題について自分たちに何が足りないのか、また脱原発への活動を何故するのかなど詳しく講演していただきました。自分は原発から54キロの所に住んでいます。福島は第一原発から30キロ圏内は放射能によってかなり汚染されていることは間違いありません自分たちの故郷へ帰れない避難者はかなりいます。国や東電にこれからも訴え自分たちの福島を取り戻せるために活動していかなければいけないと思います。
 3日目最終日は分散会を行い、大震災が起きたときの対策をテーマに分散会を行ってもらいました。全国の仲間たちが我々東北の仲間たちと共に対策を考えることはとてもいいことだと思いますし震災を經驗した東北の我々・違う観点から支援していただいた全国の仲間たちだからこそ組合のつながりが発揮した絆は計り知れないのだと実感しました。
 最後に自分は今回東北地方青年部書記長として準備してきましたが至らぬ点があり全国の仲間たちに迷惑をかけてしまいました。各地方のみなさん大変だとは思いますが受け入れをこれからもよろしくお願いします。来年は関東地方での開催になりそうですが関東地方のみなさん頑張ってください。本当にみなさん3日間お疲れ様でした。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

横浜支部相模船舶分会 鈴木 健一

 今回、全港湾の仙台 被災地 見学という事で、当日はあいにくの雪で、詳しく細かい場所まで、見る事は出来なかったけれど、建屋の、当日の時間で止まっていた時計や、フェリー乗り場の津波の写真を見て、東日本大震災の恐ろしさを肌で感じる事が出来ました。そして その日の懇親会では、東北の人達の話を聴いていると、震災を乗り越えてきた強さと、明るさに 逆に自分が 元気を貰った様な気がしました。
 3日間の勉強を経て、今一度 社員全員での 防災マニュアルの確認などをしていきたいと思いました。原発ゼロについての話など、有意義な3日間でした。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

関東地方鹿島港支部 高橋 匠

2月8日から10日にかけて第17回青年対策交流会議に初めて参加させていただきました。
何十年ぶりの豪雪に見回れて日程を大きく変更しなければいけない状況、交通網の麻痺により途中参加の方や、欠席になられた方がいるなかで自分は3日間参加できて非常に良かったと思いました。
初日は東北地方執行委員会の鹿糠委員長の講話で震災当時の東北地方の様子を知ることができました。
二日目は南三陸町の視察でしたが、雪の影響で行けなくなり仙台港の視察になりました。ここでは塩釜支部の方々の貴重な体験談や、写真などの資料を見て震災当時の様子がよくわかりました。
最終日は各班に分かれて分散会が行われました。いろいろ意見を言ったり聞けたりしてすごい勉強になりました。
最後三日間悪天候のためスケジュールが変更して苦労されたと思いますが、東北地方青年部の皆様本当にありがとうございました。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

青年部部長 井上 友寛

 今年は2月8日~10日の日程で宮城県多賀城市に於いて中央本部主催の全国青年対策交流会議が全国から101名の参加で開催されました。関西地本からは9名、うち支部から2名が参加しました。当日は、何十年かの記録的な大雪により、スケジュールの変更が多々ありました。交流会議の内容は講師として、東北地方本部鹿糠委員長、新妻副委員長、青年婦人部瀧野部長らが、東北港についてと大震災当時と現在に至るまでどの様な活動をしてきたかを話されました。当初は、南三陸町へ視察に行き、防災庁舎にて献花する予定でしたが、大雪による悪天候のため中止となり、仙台塩釜港視察と中央本部松本書記長による震災に対する中央本部の対策と経過及び東日本大震災によって起きてしまった原発事故と現在の福島についての学習会となりました。仙台塩釜港視察の途中、津波により不幸にもなくなられた組合員に対し、全員で黙祷と献花を行いました。日程の最後に10班に分かれての分散会を行い、①震災時に我々労働者の条件を守るために今後、組織としてどのような強化をしていくか?②現在も収束していない原発についてという内容で討議しました。
 皆それぞれ考えを述べましたが、そう簡単に結論の出るテーマではなく、これらの事をふまえて、これから一組合員として行政、国、財界相手にどれだけたたかっていくことが出来る組織であるかという方針でまとまり、全日程を終了しました。
 私は10年間、青年部で活動してきました。今年で青年部を降りるのですが、全国青年対策交流会議には5年前から参加しており、今年で6回目。5年前の初参加がこの宮城県でした。様々な出来事がありましたが、最初と最後がこの宮城であることは一つの区切りだと思っています。これまで全国の青年部員と学習し、交流そして絆が深めれたことが自分にとって何よりも自信になりました。本当に良い経験をさせてもらう事ができました。ありがとうございます。

第17回青年対策交流会議に参加して

神戸支部富士テクノトランス分会 小林 進

 出発日からひどく雪が降っていた、無事に仙台空港に着いたものの他の便の到着が遅れ、2時間ほど仙台空港で待機となった。そんな雪が降り続いたせいで当初の予定だった視察が中止になったのは残念だった。ほとんどの日程に講演会があった。震災の話と原発の話。震災の経験談から震災当時から今までの復旧の話。阪神大震災当時、自分はまだ小学生だったので神戸港がどうなっていたのかなんて知る由もなく神戸港もこんな復旧作業をしていたのかなと思っていた。なにより今、神戸で震災が発生したとき自分はどうするべきかを考え、津波対策は考えておかないと危ないだろうと思った。
 そして原発。普段テレビで放送されないことや原発について自分が知らないことがたくさんあって勉強になった。自分たちの扱いきれない力を無理にでも使おうとする行為にこれからも抗議しなければならないだろう。
 夕食の時には、最終日の分散会を話しやすくするために、他の支部の人と卓を囲むことになった。確かにこれはよかった。分散会も自己紹介を軽くすればスタートできるしなにより話しやすかった。分散会のお題から少しずれることもあったが、自分の支部の青年部がかかえる悩みとかも相談しあえた。分散会の時間だけじゃ話しきれないことが沢山あったが、また来年の交流会もいい話ができればいいなと思えた。知らない土地で知らない人と繋がりをもてればそれも強さや支えになることを学べた。

第17回青年対策交流会議に参加して

神戸支部姫路伊藤分会 梅村 健

 東北地本の皆さん、3日間、交通機関が麻痺するほどの大雪の中でしたが、本当にありがとうございました。大変有意義な時間を過ごさせて頂きました。私自身は、全国青対に参加するのは昨年に続いて2回目でしたが 一年ぶりに再会した仲間、初めて会った仲間、全国行脚した時にお世話になった仲間との再開で、非常に楽しい会議でした。 
 今年、印象に残ったのは、直に同世代から聞いた震災当日の話、避難生活の話、そして原発の問題でした 震災以後、仕事はどうなるかという不安、いつ地元に帰ることができるか判らない不安と、福島第一原発の事故で見えない放射能との闘いのなか、非常に不安定な精神状態だったんだと感じました。私は防災の意味合いからも原発には反対ですが、東北の若い仲間が主体的に、「原発に反対するんだ」、「福島第一から20キロ圏内がどうなっているのか、現状を直に見てほしい」、「自分たちで出来る事からアクションを起こそう」と話していることに共感しました。自分に何が出来るのか、どこまで出来るのか分かりませんが、この青年対策交流会議での出会いを今後最大限活用できたらなと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

関西地方建設支部太平ビルサービス分会 大森 健児

 2月8日~10日まで仙台で行われた青年対策交流会へ参加させていただきました。
 私自身、会社に入社して間もない事もあり、組合の事について右も左も分からない状態で参加したのですが、関西代表の方や全国から参加された方々に色々な事を教えて頂き大変勉強になりました。
 今回は大雪などの影響でスケジュールの変更を余儀なくされ現地視察などは出来ませんでしたが、震災についての講義を受け、震災や原発の恐ろしさについて再度強く反対運動を起こし今回の原発と同じような事故を起こさないように活動していかないといけないと感じました。印象に残っている事は、現地の人の話をたくさん聞けたことです。震災の被害の大きさはテレビなどのニュースにより強く感じてはいましたが、実際には私自身はその当時、普通に会社に出勤し普段とあまり変化の無い生活を送っていたため、言い方は悪いですが少し、自分には関係ないといった気持ちがあったと思います。しかし現地の人の話を聞き実際に亡くなられてもおかしくない状況を体験した人の話、原発の近くに住んでいて実家に住めなくなった方の話を聞いて、ニュースでは伝わらない程の苦労などが数多くあった事を知りました。
その他被災した現地に住んでいて活動に参加している方の元気な姿を見て私自身も色々と頑張っていかなければならないと元気と勇気をもらいました。非常に充実した3日間でした。有難うございました。

第17回青年対策交流会議に参加して

関西地方建設支部太平ビルサービス分会 東 尚貴

 私は初めて全国青年対策交流会議に参加しました。1日目は雪の影響がすごく予定より2時間程遅れてのスタートになりました。東北地方の方々、中央本部の方々の話を聞き勉強しました。2日目は今回の会議で一番関心があった現地視察の予定でしたが大雪のため、予定変更を余儀なくされて行く事ができず非常に残念でした。その代わりに仙台港に行くことになり現在は復興していましたが、被災当時の写真を見せてもらうと、数トン近くありそうなコンテナがすべて崩れており、津波の恐ろしさを強く実感しました。3日目には各班に分かれて2つの課題ついて討論をおこないました。2日間夜の懇親会で一緒にご飯を食べたメンバーだったため、積極的に取り組む事ができました。
 初めての参加でしたが充実した3日間を過ごす事が出来ました。有難うございました。

第17回青年対策交流会議に参加して

関西地本阪神支部全日検神戸分会 坪井 雄志

 2014年2月8日から10日にかけて第17回青年対策交流会議が開催されました。東北地方青年婦人部4役、鈴木、小柳中央執行委員による開会式に始まり、その後、鹿糠東北地本委員長による講演「震災前・震災後・そして今の東北港」が開かれました。「震災前、震災後の仕事量の変化」や「組合員の安否確認や雇用を守ろうとみんなで意思統一したこと」などを話されていました。 
 次に、長南塩釜支部委員長、千葉塩釜支部副委員長による講演「塩釜支部の取り組み」が開かれました。「10年後、20年後のことを考え放射線量を計測している。」や「道路の段差などを改善するよう市に申し入れたりしている。」等々を話されて1日目は終了しました。
 2日目は、バスで高砂コンテナターミナル、フェリーターミナル、などを視察しました。最後に訪れた三陸運輸仙台港事業所では震災により亡くなられた4名の方々に花を手向けました。その後、松本、鈴木、小柳中央執行委員による「労働組合の目的」、「原発関連」等々を中心に講演されました。内容としては「労働三権」や「原発の恐ろしさ」などを話されていました。
 3日目は、1班から10班に分かれての分散会が開かれました。「震災時、我々、労働者の条件を守るために今後、組織としてどのように強化していくか?」、「現在も収束していない原発について」の2つをテーマに各班で熱い議論が繰り広げられ、まとめの発表では、「会社側の突きつける条件に一時妥協することになると思うが、その際、期限や日程を決めておかなくてはならない」、「人の手によって収束できない原発は動かしてはならないし今より反原発運動を強めなければいけない」等々、様々な意見が出されました。
 その後、閉会式に入り、最後は、来年の開催地ということで関東地方横浜支部石原青年部長による「団結ガンバロー」で締めくくりました。私の感想としましては、地元の被災者の方々の話を聞き、非常に参考になりましたし、あれだけの大災害が起きたにも関わらず、町が復旧していたのがとても意外でした。そして、あれだけの大災害を乗り越えたせいなのか大雪によるたくさんのスケジュール変更があったにも関わらずみんなで協力して対応していた東北地方の主催者の方々には驚かされました。「私も頑張らなければならない」と改めて感じた3日間でした。

第17回青年対策交流会議に参加して

関西地方築港支部商船港運分会 貞金 俊和

 今回の青年対策交流会議に初めて参加させて頂きました。78年ぶりの豪雪に見舞われ、日程を大きく変更しなければならない状況と、交通網の麻痺により、途中参加の方、欠席になられた方がいる中で、全日程に参加出来た事は非常に幸運だと感じました。
 「震災前・震災後・そして今の東北港」では鹿糠東北地本委員長、長南塩竈支部委員長、千葉塩竈支部副委員長による被災者の生々しい被災時状況、避難方法、安否確認の難しさ、荷役機器の回収、貨物の洗浄、支援物資の配布、そして全港湾東北地方全体で雇用確保を業側へ要求した事を聞きました。この大震災にも関らず、仲間の安否確認を行い、使用者側へ雇用確保を訴えた組織力に驚きました。それと同時に震災に対する準備不足も考えさせられました。
 初参加で感じた事は、青年部として重要なのは他地方の組合員との交流であり、学習後の夕食、その後の二次会等でお互いの情報交換や、活動報告、世間話を通じて交流することで全港湾の繋がりを強化し、お互い切磋琢磨する事と痛感しました。
 最後になりますが、この悪天候でもスケジュール変更を行いながらも、滞りなく進行された東北地方青年婦人部の方々の組織力に感動しました。今後とも青年対策交流会議が継続される事をお願い致します。

第17回青年対策交流会議に参加して

大阪支部青年部長 松下泰士

 2014年2月8日(土)~10日(月)第17回青年対策交流会議が宮城県多賀城市にある、ホテルキャッスルプラザ多賀城で行われました。今回関西地本からは9名、大阪支部から1名で参加しました。今場(仙台)は何年に一度の大雪で飛行機が遅れたり、欠航になったりと交通に影響が出ました。
 今回は東北で開催されるという事で、3.11の東北地震、津波の経験そして今、津波で、問題になった原発問題の講義がありました。鈴木、小柳中央本部執行委員、松本中央本部書記長、鹿糠東北地本委員長、長南塩竃支部委員長が講師として講義していただき、地震、津波が来た時どのようにして逃げるべきか、原発事故というのは自然災害と密接していて、原発事故からの放射能の恐ろしさ、原発を今日本が再稼働させようとしているのは大企業のからみ、そして日本を核武装するために原発を残そうとしているといった話をしていただき、原発というものがどういうものかという事を、改めて確認できたと思います。
 最終日には、今後組織としてどのように強化するのか?現在も収束していない原発という難しいテーマを分散会し、同じ青年部員同士色々な意見を言い合えて、すごく刺激を受ける事ができました。また、初日、2日目と夜の交流会でも昨年の青対で知り合える事のできなかった人とも出会えて、今回自分自身が一番学び、得た物は新しい出会い(人)だと思いました。仲間との繋がりをこれからももっともっと大切にしていきたいです。来年も楽しみにしています。

第17回青年対策交流会議に参加して

神戸支部富士テクノトランス分会 倉本政治

 2月8日からの3日間、東北(仙台)で第17回青年対策交流会議に参加させてもらいました。「東日本大震災を風化させない」というスローガンのもと、現地で学び、見聞きしてきました。
 初日は、東北地本の鹿糠院長が震災当時、最初にしたことは組合員の安否確認でした。なかなか連絡も取れないなか、懸命にいろいろな支部の人の安否確認をしたという話に感動しました。
 青年部員から、「自分自身の家族は心配ではなかったのですか?」という質問が出されましたが、「家族は自立しているし、何よりも全港湾が大好きです」と返答してくれました。心を打たれた言葉でした。
 2日目は雪のため、予定を変更して仙台港を視察しました。写真を見ながら、今と震災当時を比べてみましたが、あらためて震災の恐ろしさが分かりました。
 3日目は分散会、震災対策や意見交換など貴重な体験ができました。これから支部に帰って、活用できたらいいなと思いました。
 あと、3日間変更などが多く、苦労されたと思いますが、3日間受け入れてくださった東北地本青年婦人部の皆さん、ありがとうございました。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

関東地方横浜支部 山下俊介

震災だけでも甚大な被害なのに原発事故は風評や放射能被害など街が復興した後もついて回ります。未だ燃料棒の最終処分も決まらずにいる中、再稼働を訴える人がいる…非常に恐ろしく腹立たしい事です。いつ何処で震災が起きるか解らない今、防災マニュアルを見直し脱原発に力を入れ行動していきたいと思います。 東北地方の皆様、3日間お世話になり、ありがとうございました。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

日本海地方青年部 小森徹也

 2月8日~10日にかけて東北の仙台で全国交流会議が開催されました。
 8日に小松空港を出発し、仙台空港の上空までいきましたが、仙台が78年ぶりの大雪のため着陸できず、大阪の伊丹空港に着陸することになり、大阪から新幹線の交通手段もありましたが、新幹線も運休しているという話があり、その日は、大阪の方で一泊し9日の8時代の便で仙台にいく事にしましたが、8時の便12時の便が欠航となり、昼からの便がすべて満席になっており、飛行機での手段がなくなり、新幹線は運行している事だったので新幹線で仙台に向かいましたが、着いたのが20時過ぎに着き、10日の午前中行われた、分散会にしか参加できませんでした。
 分散会では2つのテーマがあり「震災時に我々労働者の条件を守るために今後、組織としてどのような強化をしていくか」「現在も収束していない原発」について話し合いました。その中で災害マニュアルの大切さ、日頃の避難訓練、の重要性についていろんな意見を聞くことができました。また、実際に被害にあった方の貴重な話も聞く事もでき、改めて災害の恐ろしさを感じました。
 また、日本海から新潟と直江津支部の2名が8日から参加できており、今回の、会議では被災地などの視察中心で日程が組まれておりましたが大雪の影響で大幅に日程を変更して会議が行われたと話を聞きました。その中、東北地方の青年部は、焦ることなく、参加者に不安な気持ちにさせる事なく、そつなくこなしていたと、話を聞きました。
 大雪の影響で対応はとても大変だったと思いますが受け入れて下さった東北地本の皆様お世話になりました。ありがとうございました。

第17回青年対策交流会議に参加して

日本海地方 下地真史

 今回の青年部対策交流会議は78年ぶりの大雪で飛行機が小松から仙台上空そこから大阪伊丹空港へ戻されるというハプニングから始まりました。結局飛行機は飛ぶことなく翌日の午後から新幹線で大阪から仙台へ向かいました。会場に到着したのは20時を回っており二日目の懇親会からの参加となりました。3日目の分散会では東北地方の方々の3.11東北大地震の際の話を沢山聴くことが出来て大変良かったです。中でも会社が苦しくなって従業員の給料を一律10%カットして一人もリストラを出さなかった話等流石全港湾だと感じました。

第17回青年対策交流会議に参加して

日本海地方敦賀支部 藤田康弘

 2月8日~10日に東北地方で行われた第17回全国青年対策交流会議に初めて参加させていただきました。
今回悪天候の影響のため2日目の夜に到着し3日目の分散会にしか参加する事が出来ませんでした。その分散会では2つのテーマがありました。
 1つ目のテーマは「震災時に我々労働者の条件を守るために今後、組織としてどのような強化をしていくか?」について話し合いました。その中で災害マニュアルの大事さ、また日頃の避難訓練の重要性等色んな意見がでました。震災直後の写真や震災にあわれた方の貴重な意見を聞く事ができ改めて震災の恐ろしさを感じました。
 2つ目のテーマは「現在も収束していない原発」について話し合いました。原発のリスクの高さや事故が起きれば人の力ではすぐに止める事が出来ない等の意見がでました。
 今回の分散会を通じて全港湾の横の繋がりの大切さや助け合う事の大切さを知る事が出来ました。また反原発運動も今まで以上に参加して原発ゼロに向け取り組んでいきたいと思います。

第17回青年対策交流会議に参加して

日本海地方青年部副部長 斎藤智之

 歴史に残る、心に残る、青対に参加できて本当に東北地方の青年部の皆様に感謝しています。
 運が悪かったのか良かったのか、開催地の東北塩釜では、78年ぶりの積雪で突然の交通麻痺、予定時刻になっても人が集まらない、初日からのアクシデントにより大幅に遅れたスタートになりました。
 二日目は除雪が間に合わず、この日も大幅なスケジュールの変更で楽しみにしていた南三陸への視察ができなくなってとても残念でした。
 風化されつつある大地震の爪痕をしっかりと自分の目に焼き付け、地元に持ち帰ろうと言う意気込みで参加したので少し物足りない気持ちで二日目を終えようとしていた時に気付いたのですが、こんだけの最悪な状況の中、東北地方の青年部は慌てることなく、私たち参加者を不安な気持ちにさせることなく、そつなくこなしていたのです。
 この東北地方の団結力や行動力は震災後に得た力なのか元々の力なのかは分かりませんが東北の底力を見せつけられました。
 今すぐに真似できる事ではないですが、少しでも近づけたら良いなと思い本当に今回参加できて良かったです。東北地方の皆さんありがとうございました。


第17回青年対策交流会議に参加して

第17回青年対策交流会議に参加して

関東地方横浜支部 石原茂治

 絶対廃止!実際原発がなくなって、電気代等が上がると困るけど、今回の青対に参加して考えが変わった。まだまだ、苦しい生活を続けている方もいますし、あんな毒性のある物の再稼働を阻止し、震災を風化させない為にも、もっとデモや集会を開いてアピールを続ける必要があると思いますし、それに積極的に取り組んでいきたいと思いました。
 今回受け入れて下さった東北地方の皆さん大雪の中ありがとうございました。それと、全国の皆さん!また笑顔で会える機会を楽しみにしてます。今回はありがとうございました。