第15回全国港湾労働セミナー


 

 

 

 

 

5月21日から23日にかけて、福島県内において、第15回全国港湾労働セミナーが開催され、総勢64名が参加した。開会にあたり全国港湾糸谷委員長は「私たち港湾労働者の置かれている位置をつかみ深めながら今後どうあるべきかを考えてほしい。そして、産別運動を拡大し地域の運動に役立ててほしい。今後は皆さんが主役、受け継いだものを更に発展させてほしい」と呼びかけていた。

 


全港湾青年部:第41回沖縄平和行進に参加して

第41回沖縄平和行進に参加して

平和行進3単産団長
名古屋支部青年女性部 太田 光

私が沖縄平和行進に参加するのは3回目になります。前年度では三単産の副団長としての参加をしていましたが、今年度は三単産団長としての参加となりました。

行進初日は天候にも恵まれ暑い陽射しの中、沖縄県庁からスタートし、ひめゆりの塔へと行進を始めました。私は慣れない日差しや暑さに負けそうになりましたが、皆の熱い気持ちや地元の温かな応援のおかげで自分の気持ちを奮い立たせて完歩することが出来ました。ゴールのひめゆりの塔では、ひめゆり平和祈念資料館を見学しました。

初めて平和行進に参加した時にも、ひめゆり平和祈念資料館を見学しました。あまり時間がなく少しか見学できませんでしたが、とても衝撃を受けたのは、ひめゆり学徒隊の写真とプロフィールでした。自分よりも一回り以上も下の子供たちが戦争に参加させられていたということを、一枚一枚見ているうちに段々目頭が熱くなり、涙がでそうになったことを覚えています。今回は真っ先に写真とプロフィールの展示してあるブースに向かい時間の許す限り見入ってしまいました。私は帰りのバスの中で展示を思い出し、改めてどこの場所であろうが戦争は絶対駄目なのだという気持ちになりました。

行進二日目には、行進団と視察班とにわかれての行動となり、南風原陸軍病院壕と平和祈念公園の二カ所に行きました。南風原陸軍病院壕は、湿度が高く真っ暗な壕内で、実際に多くの方たちが亡くなられた場所を肌身で感じ、気持ち的には憂鬱な気分になりましたがいい経験になりました。

行進最終日には普天間基地を中部基地コースと南部戦跡コースで包囲するように行進しました。最終日ということで行進団一同、力が入っていると感じました。右翼団体に勝っていたシュプレヒコール、それに答えるようにいつも以上に声を張り上げる行進団、私は「団結」を目で見る事ができました。たくさんの人の想いが一つになり行動をし、一致団結できたことは非常に意味のあることだと感じました。

今回、行進団が無事に完結する事ができ本当に良かったです。不慣れなために、行進団の皆さんには迷惑をかけ続けたと思いますが、仲間のサポートを受けながら責務を全うできました。

この場を借りて私のことを支えてくださった全国の仲間の皆さん本当にありがとうございました。この平和行進は私にとって、いい経験と平和な世の中について考えさせられる充実した日々でした。
南部・戦跡コース副団長
沖縄地方本部青年女性部書記長 金城雄介

本土復帰46周年になる沖縄の地で、第41回「5.15平和行進」が行われた。今年も、「中部・基地コース」と「南部・戦跡コース」の2コースに分かれて行進を行った。私は、「南部・戦跡コース」の副団長という大役を担い参加させてもらいました。初めて、南コースの副団長をしましたが、不慣れで、多々ご迷惑をおかけしたと思いますが周りのサポートもあり責務を果たせたかと思います。

今年は、全国結団式を、男女共同参画センターてぃるるの方で行われた。前日入りした、各地方の代表者にお願いして、一緒に那覇空港で本土参加者をお迎えして、てぃるるの方に行った。沖縄青年部の連携ミスで、流れ作業に不備が出た事を、ここでお詫び申し上げます。すいませんでした。初めて、全国結団式の壇上に立ち一言と言われましたが、何を言ったか覚えていません。それだけ緊張していたと思います。

初日は、県民広場から出発し、ひめゆりの塔までのゴールを目指しました。戦争はしない、辺野古への新基地建設反対、安保法案廃止などの思いを胸に、力強いシュプレヒコールを掲げ行進した。平日にも関わらず、約330人が集まり、思いを1つにし、ひめゆりの塔にゴールした。

2日目は、平和の火から南風原町役場までのゴールを目指しました。平和の火の前で出発式を始める前に、国籍や軍人、民間人を問わず沖縄戦で亡くなった約24万人の方に黙祷をし、戦争をしてはいけないと心に誓った。今年は、天気が良く、暑い中で南風原の役場まで完歩出来ました。途中の昼食中に、熱中症が1名でてしまいましたが、それ以外のケガなどの報告はありませんでした。平和の火を出発した後に、辺野古で歌われている歌手の生歌を入れながらのシュプレヒコールもとても良かったと思います。いつもとは違い、シュプレヒコール、生歌、生演奏、CDなどで、日本人の平和の暮らしを想像する事が出来ました。2日目は、約350人が集まりました。道幅が狭く、三列縦隊だったので、初日の倍は人数がいると思っていました。

戦争中は、銃弾などが飛び交う中、暗闇の中でこの道を歩いてると思うと本当に心が痛みます。自分の両親、子供、孫には絶対にさせたくない。そして、いつの日もさせてはいけない。そう思いながら、2日目を歩きました。3日目は、最終日とあり、南部コースは約570名が行進しました。普天間基地を取り囲むように北ウィング、南ウィングで歩きました。ゴール地点の宜野湾海浜公園の県民集会では、約3500人が参加して日本政府に訴えた。沖縄県民の意思を心から尊重して欲しいです。

 

東北地方ひたち支部 酒井人士

はじめての沖縄平和行進参加でした。初日の結団式では、気合いを入れるためにみんなで意気込みを発表しました。全国から青年部の方々が集結し、組合とはすごいなと本当に思いました。

行進初日には初めてながらレンジャーをやりました。不安を感じていましたが、みんなで力を合わせ、大きな声を出し、先回りしては交差点を封鎖したり、周囲に注意喚起をしたりと、役目をしっかりとやり通すことが出来たと思います。

3日目は三単産の仲間と共に行進団の方に入りました。初めて行うシュプレヒコールはとても緊張しましたが、自分の声に続き全員がとても大きな声を上げてくれて、とてもやりやすかったし、やっているうちに慣れてきたため、気持ちも乗せられるようになりました。このようなことは中々出来ないので、とてもいい経験となりました。その日はバーベキューが行われ、みんなと仲良くなることが出来て、とても楽しい夜を過ごせました。

平和行進最終日も行進しながらのシュプレヒコールを行いました。本当に暑い中でしたが、みんなで一生懸命声を出し、最後まで頑張ることが出来たと思います。最終ゴール地点に着いたときは、今までの活動の中で一番の達成感を味わうことが出来ました。

最後の懇親会では、みんなで歌って踊って参加者全員が一つになって楽しめたこと、その中の一員でいられることがとても誇らしかったし、嬉しかったです。

沖縄を去る時は別れが本当に辛かったですが、また会える機会があると信じ、様々な活動に参加していきたいと思いました。今回はとても貴重な経験をすることが出来たし、良い勉強になり、今後の自分のためになりました。本当にありがとうございました。

 

東北地方ひたち支部 井坂雄太

今回で平和行進への参加は3回目になります。初参加の時は全日程を行進し、2回目は全日程でレンジャーを担当しました。今回は初日を行進団として、2日目からはレンジャーとして参加しました。平和行進に先立ち、結団式前日には代表者会議がありました。今後の青年部の活動について全国の仲間と様々な話をしました。こうして各地方の代表者が集まることで、参加者全体の意識向上にも影響したと思います。

初日は約19キロの道のりであり、沖縄県庁前の県民広場からひめゆりの塔へ向かいシュプレヒコールを上げながら行進しました。歩いていると、お年寄りや小さい子供達が手を振ってくれたり、頭を下げてくれたりしてくれることが度々あり、疲れていても元気が湧いてきます。こういう人たちのためにも、頑張らなければという気持ちになりました。ひめゆりの塔では、当時の生々しい写真や、記録を見ると苦しい気持ちになり、絶対に同じことは繰り返してはならないと強く思わせられます。行進2日目はレンジャーを務めさせていただきました。やはりレンジャーの役割は厳しく、ダッシュで先回りし、車を止めているとクラクションと罵声を浴びせられるのはこたえました。ただ、今年の参加者は皆さんとても気持ちのいい人達ばかりで、きつい時でも前に詰めてもらうように声をかけると息を切らしながら笑顔で前に詰めてくれたり、お礼を言ってきてくれたりと、思わず泣きそうになりました。レンジャーをやっていると、沖縄の風景は全然見ることが出来ませんが、行進している人達のことは常に見ることができます。地元から参加されているお年寄りや小さい子供達は若い人たちと同じ距離を同じペースで歩き、大きい声を出しています。辛いはずなのに、外から手を振られればそれに笑顔で応えていました。レンジャーの役目は厳しいですが、それ以上に頑張って歩いている人達の姿を見させてもらえた事がとても良かったです。

東北地方では震災から7年が過ぎてもなお、辛い思いをしている人が数多くいます。そういった人達の暮らしが早く元通りに戻ることが出来るよう、仲間たちと闘っています。同じように、沖縄の地で辛い思いをしている人達のためにも、基地の無い平和な沖縄を取り戻せるように、これからも全国の仲間で団結し頑張っていきましょう!

最後に、沖縄地本の方々には毎年のように大変手厚く受け入れていただき、本当に感謝しています。また、団長の大役をやり遂げた名古屋支部の太田さん、代表者会議での無茶振りで副団長になった南谷さんのお二人は、最後まで先頭に立ち三単産の行進団を無事にまとめてくれたと思います。皆さん、本当にありがとうございました。

 

東北地方ひたち支部 相馬流星

初めての沖縄平和行進参加であり、家を出るときから果たしてちゃんと辿り着けるか、現地はどんな雰囲気なのか、様々不安を感じながら沖縄に向かいました。結団式の後も知らない人ばかりの中で、同じ東北地方の人とばかりしか会話できませんでした。

翌日は朝早くから平和行進が始まり、暑い中でしたが夕方まで歩き通しました。何回かシュプレヒコールもやらせていただき、初めての経験で恥ずかしながらもしっかりと大きな声でコールすることが出来ました。2回目以降は少しずつ慣れてきて、さらにしっかりと言えることが出来たと思います。行進2日目と最終日はレンジャーもやらせていただきました。行進中に一般の方々が手を振ってくれる場面や、「頑張って!」と応援の声を掛けてくれることがあり、とても励みになりました。中には交差点で一般車両を止めていた際に、車から降りてきた方に苦情を言われ、言い返すことも出来ずにひたすら我慢することもあったし、最終日には右翼団体も現れて慌ただしくなる場面もありました。

沖縄県の方々には、米軍基地の存在に反対の方もいれば、賛成の方もいて、様々な意見があることを肌で感じることが出来ました。また、いろいろと見学する時間もあり、戦時中の写真や遺品などを実際に目の当たりにし、戦争の悲惨さ、残酷さを改めて感じて悲しい気持ちになりました。

最後の懇親会では、全国各地の方々と仕事やプライベートのことについてなど、様々な話をしました。人にはいろいろな事情や目標、思いがあります。この沖縄平和行進を通して、沖縄の地において沖縄で暮らす方々の声を聞き、共に運動した仲間の声を聞き、様々な思いがそこにはあることを実感しました。また、今回仲間となれた方々との繋がりを大事にし、今後も頑張っていきたいと思いました。とても貴重で良い経験をすることが出来たし、楽しい思い出も作ることが出来た沖縄平和行進でした。
東北地方塩竈支部 佐藤宏信

5月10日~14日、2018年5.15沖縄平和行進に参加しました。私は、今年初めて沖縄平和行進に参加しました。今年は初参加の方が多く、その中でもわからないなりに、精一杯活動に取り組みたいと思いました。

5月10日、ホテルで三単産団結式と平和学習会がありました。沖縄戦争の悲惨さと戦争への憤りが伝わって来ました。現地の方から聞くとまた違う沖縄戦争だと思いました。

5月11日、天候にも恵まれた平和行進初日、県民広場で出発式をしました。県民広場からひめゆりの塔までおよそ20キロの行進でした。基地周辺を通ったときには戦闘機の音がうるさく現地の方はひどい思いをしていると感じました。

また、ひめゆりの塔には一度行ったことがあったのですが学習会で話を聞いた後に行くと戦争の悲しさが強く伝わって来ました。

5月12日平和行進2日目、午前中は視察部隊として参加しました。南風原陸軍病院壕に行き当時病院として使われたところを見てきました。まともな薬もなく中も狭い為とてもひどかったと思います。

午後は南城市中央公民館から南風原町役場まで平和行進をしました。現地の方から「がんばれ」と声援をもらい大きな声を出して南風原役場まで行進することができました。

5月13日平和行進最終日、3日間集大成として全体が一致団結してのぞむ、空気がありました。右翼の妨害もありながら皆が全力尽くし歩き切り無事感動のゴールをすることができました。

この4日間の経験で沢山得られる物がありました。初めて会った三単産の仲間と交流し団結でき沖縄戦争から現在に至るまでの事を学ぶ事ができました。これからの組合活動に十分活かしていきたいと思います。

 

東北地方塩竈支部 佐々木麻耶

私は沖縄と米軍について「なんで日本は米軍を追い出そうとしているのだろう」とかいろんな疑問があり、前から沖縄平和行進の活動に興味をもち、今回12日~14日の2泊3日で行進最終日に参加させていただきました。私が参加した行進最終日の距離は9キロぐらいで気温30度の猛暑の中の参加でした。3000人以上の参加者たちは暑さにも負けないくらい大きな声をあげ熱い訴えが町中に響き渡り、私が参加してきた中でも一番みなさんの気持ちが強く圧倒される勢いでした。

オブでの参加でしたので移動手段はタクシーかモノレールでした。ほとんどタクシーで移動していたのですが「沖縄平和行進に参加するために沖縄に来た。」と話をしていると、運転手さんの気持ちや考え、住民の人達が思っていることなど、いろいろと話を聞くことが出来ました。最初は中が良かった米軍の人達がいろんな事件を起こし、しだいに日本が怒りを覚えたことや、オスプレイの部品が小学校に落下した事件をきっかけに、オスプレイが小学校の近くを飛んでいると、校舎に避難する行動を1日になん十回も行っていることなど、ニュースで報道されていない地元ならではの話を聞くことが出来ました。まだ小さい子供がオスプレイを見るたびに不安と恐怖に怯えていることを想像すると可哀想だと思いました。

何もせず、堂々と子供達が外で遊べる環境を早く作ってあげたい、大人たちみんなの力でこれからも訴え続け、米軍を追い出すことができ平和な沖縄を作ってあげたいと思い、今回自分が学んで来たことをたくさんの人に伝え、一人でも多くの人に沖縄の過酷な環境をしってもらい平和行進などに興味をもってもらいたいと思いました。

1日の参加でしたが、参加できてとても良かったです。

 

東北地方八戸支部 佐々木純樹

本土復帰46周年 5.15沖縄平和行進に初めて参加させてもらいました。行進前日には全国結団式に参加し、今の沖縄の現状や沖縄と憲法の関係性について教わりました。その後は、三単産結団式の平和学習会で、今の沖縄が抱える問題を再認識してこの次の日の平和行進にのぞみました。

行進初日は、南部•戦跡コースでの行進で、昔の戦争でアメリカ兵から沖縄の人たちが逃げた道を約20キロ歩きました。今の私達はいい靴や服などを着ているけど昔は今みたいな靴などがなくこの長い道を必死にアメリカ兵から逃げていたのだと思うと心が痛くなりました。

行進2日目の午前は、沖縄陸運病院と沖縄平和祈念資料館を視察しました。最初に沖縄陸運病院を視察し、この病院は長さ70メートルの人工の横穴壕で、ここで怪我をした人たちの治療や入院、あと手術などをおこなっていたそうです。初めてこのような横穴壕をみてこのような所でしかできなかったのだと思うと胸が苦しくなりました。次は、沖縄平和祈念資料館を視察しました。ここには戦争を経験した人たちの文書が残されていて、どのような戦争だったのかの映像がありました。あと私が1番印象に残っているのは子供たちが亡くなっているところの写真があったことです。なぜ子供を殺してしまうのか、あと子供が泣き止まないから子供の親が石に自分の子供を叩いて殺したりしたと聞いて本当に胸がいたくなりました。本当に色々とみたり聞いたりして戦争の残酷さを体験し、もう二度と戦争がないことを心に思い午後のシュプレヒコールを大きな声をだして行進しました。

行進3日目は、自分たちが歩いている南部•戦跡コースと初日から違うコースを歩いている人たちと一緒に米軍普天間飛行場を囲むようなコースを歩き普天間の返還などを求めて行進することができました。そして宜野湾海浜公園で行われた「平和とくらしを守る県民大会」に参加し、そこでまたさらに戦争はしてはダメだ、基地をつくってはダメだと、またさらに思いましたし子供達にもこのような思いをさせてはいけないと思いました。

あと最後に受け入れや色々とやっていただいた沖縄地本の皆さんありがとうございました。この経験を自分の支部にもってかえり若い人たちにも教えていきたいと思いました。

 

東北地方八戸支部 夏堀 陸

5月10日〜5月14日まで、5・15沖縄平和行進に参加してきました。沖縄平和行進に参加するのは初めてだったので、沖縄の歴史や現在の沖縄の状況などしっかりと感じてこれからの活動に活かしていきたいと思い参加しました。

実際に行進をしてみて、普通の住宅街の真上を戦闘機が騒音を立てて飛んでいるのを見て、周辺に住んでいる人々は、常にこの恐怖を感じながら生活しているんだと恐ろしさを感じました。また、騒音だけではなく様々な事件も起きています。1995年に米兵による少女暴行事件、最近では米軍のヘリから降下した部品が、保育園の屋根に落下したという事がありました。このような事があっては基地の周辺に住んでいる人々は安心して生活することはできません。1日でも早く米軍基地を無くさなければいけないと強く感じました。

2日目に行った視察では、平和祈念資料館へ行き、沖縄の歴史を深く知り、考えることができました。その中でも、実際に戦争で被害に遭われた人の写真や戦争を体験した人の日記などを見て、とても心が痛くなりました。その思いも込めて、三日間しっかりと行進出来たと思います。

この5日間を通して感じた事がありました。それは、私1人の力は微力ではありますが無力ではない。そして、全港湾は様々ある組織の中の1つですが、組織の全員が力を合わせて全力で行動すれば、それは大きな力になる。という事です。初日は、初めて会う人が多かったのですが、行進をして、懇親会で親睦を深め、最終的には全港湾が三日間を通して、南部コースを引っ張っていけたのではないかと思っています。

私は2日目、3日目でレンジャーをやったのですが、南部コースの全組織を見ても全港湾の力は大きく感じました。その全港湾に所属している事に胸を張って、しっかりとレンジャーの役目を果たせました。また全港湾だけではなく、この沖縄平和行進に三日間を通して延べ5400人もの参加がありました。この大きな力があれば、沖縄県も変えることができるし、日本も変えていけると思います。そのためにもこれからもっともっと日本の平和のために声を上げていかなければいけないと感じました。私自身、組合活動をやっている期間は長くはありません。でもこの沖縄平和行進で確実に大きく組合活動の意識を変えることができました。これからも全港湾の一員としての誇りを持って全力で活動して行きたいです。

沖縄と同様に青森県にも三沢米軍基地があり、また原子力発電所もあります。この問題を解決するためにもこれからも行動を起こし、声を上げていかなければいけません。青森県から米軍基地、原子力発電所を無くし、日本全国へと広げていく事を目標に頑張っていきたいと思います。

この5日間を通して、沢山の経験をさせていただきました。この経験を無駄にしないようにこれから一生懸命活動して行きたいと思います。

 

東北地方小名浜支部 武田陽介

5月10日から4日間にかけ、第41回沖縄平和行進に参加しました。私が初めて平和行進に参加したのは6年前で、当時は歩く事が精一杯で、沖縄の米軍基地問題や平和運動について深く考えることが出来ませんでした。今回参加にあたり、沖縄が抱えている問題について、今の私達に何が出来るのか、また労働組合として何をするべきなのかを実際に現地で感じたいと思い、今年の平和行進に参加しました。

4日間の中で一番印象に残ったのは、2日目の現地視察でした。今年はひめゆりの塔、平和記念公園資料館などの視察もあり、戦時中に何があったのか、当時の人たちがどんな思いをしていたのかなど知ることが出来ましたが、とても残酷で目を覆いたくなるものばかりでした。戦争をしなければいけなかった人達の思いや当時の日本軍の非情さなど色々考えさせられて、今までの沖縄の歴史や人々の思いをしっかり背負って行進する事で自分が少しでも沖縄の平和に貢献出来るのではないかと感じました。私の支部でも事前学習会を行い、過去の沖縄戦の出来事を勉強していくのですが、やはり現地で見るものや、話を聞かせてくれる人たちの声はとても生々しく、だからこそ、戦争をしてはいけないと改めて感じる事ができた貴重な時間にもなりました。

行進については、同じ気持ちをもった仲間と反戦平和を訴え、何百人の仲間と一緒に行動したからこそ労働組合の団結力の素晴らしさを改めて感じることが出来ました。

毎年参加した人達から感想を聞きますが、平和行進が無くなることが沖縄にとって一番平和になることだと思います。今回参加したからこそ感じられたこと、来年はもう平和行進をやらなくてもいいように、地方、支部に帰ってしっかりと伝えていきたいと思いました。また、沖縄の問題と同じ気持ちで地元、福島の原発問題もしっかりと向き合い運動していきたいと強く思いました。

最後に沖縄地方の皆さん、4日間に渡り、段取りや受け入れ等含め本当にありがとうございました。

 

東北地方小名浜支部 八幡勇哉

本土復帰46周年 5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。今回初めての参加で、今までに参加してきた仲間達からの体験を聞いてきて、考えさせられてきた中での参加でした。

行進前日に行われた5.15全国結団式の講演では平和憲法の意義として、基本的人権の重要性や日本の憲法が世界を意識している事、沖縄と憲法の関係性について教わりました。また実行委員長の冒頭の挨拶で、中北部・基地コースでは辺野古のゲート前からスタートをして、もし辺野古埋め立てのトラックが来たら、そこで座り込みをしようと仰っていて、緊張の中での平和行進なのだと思いました。その後、三単産結団式の平和学習会では、今の沖縄が抱える基地の現状と問題を再認識して、平和行進への意欲がより一層湧きました。

行進初日は南部・戦跡コースでレンジャーをさせて頂きました。初めての行進でのレンジャーには不安がありましたが、行進団や他のレンジャーの皆様の協力のおかげで、約20kmの凄く達成感のある行進が出来ました。また行進中に戦闘機の爆音を聞いてかなりの衝撃を受け、こんな物が街に落ちてきたらひとたまりもないと恐怖しました。

行進2日目の午前中は沖縄陸軍病院と沖縄県平和祈念資料館を視察して、戦争の不条理と残酷さを体験し胸が苦しくなり、午後の行進ではその思いを胸に、大きなシュプレヒコールを上げました。

行進3日目は中北部・基地コースと南部・戦跡コースで米軍普天間飛行場を包囲するようなコースで歩き、辺野古の新基地建設反対や普天間の返還、平和憲法の維持を求めて、戦地の跡を当時の思いを馳せながら、完歩する事が出来ました。そして、宜野湾海浜公園で行われた「平和とくらしを守る県民大会」に参加しました。

今回、沖縄平和行進に参加して、今までに聞いていた話と実際に聞いた話、触れたものとでは誤差があり、戦争の辛さや残酷さと命の尊さに触れ、二度と戦争のできる国にしてはいけない、子供達にそんな思いをさせてはならない闘いをしなければいけないと感じました。そして、沖縄の自然を破壊する新基地建設、危険な戦闘機が昼夜飛び交い、県民が安心して生活が送れない米軍基地は、沖縄・日本にはいらないと強く思い、政府に訴えていかなければならないと強く思いました。最後になりましたが受け入れ等、沖縄地本の皆様ありがとうございました。そして行進団との団結が出来た事に感謝致します。この経験を広げていき、次の世代に受け継げるように活動していきたいと思います。

 

東北地方小名浜支部 青木勇祐

5月10日から14日までの4泊5日で第41回沖縄平和行進に参加してきました。自分自身3回目の参加になりましたが、支部での事前学習会を受け改めて戦争の悲惨さを感じた上で平和行進に臨みました。

参加初日、全国結団式を行った後、ホテルで三単産での結団式と平和学習会を行いました。学習会では沖縄タイムスの方から米軍基地問題について学習しました。沖縄に米軍基地が集中している事は知っていましたが、今でも騒音問題や米軍機の事故が多発しているという現状を知り、沖縄に基地はいらないと再確認する事が出来ました。

行進初日、三単産は南部、戦跡コースに参加しシュプレヒコールをしながらデモ行進をしました。初日はレンジャーを担当し、交通整備をしながらの参加になりましたが、戦闘機の爆音や地元の方の暖かい声援などもあり、現地の現状を実際に感じる事が出来ました。

行進2日目はデモ隊での参加になりました。この日は午前中に沖縄陸軍病院跡地の南風原壕と平和祈念資料館を視察しました。南風原壕では中を見学する事ができ、当時の過酷さを実感しました。また平和祈念資料館でも、当時の映像や使われていた物などを見学し、戦争の悲惨さを実感しました。そんな事もあり、午後からの行進では自分が感じた事を胸にシュプレヒコールをしながら歩く事が出来ました。

行進3日目、初日と同じ交通整備をしながらの参加になりましたが、妨害行動にも負けず最後まで歩き抜き、平和とくらしを守る県民大会に参加しました。集会には3500人もの方達が集まり、反戦、反基地を訴えました。

今回の平和行進で、改めて戦争の悲惨さと基地の危険さを再確認する事が出来ました。終戦から72年が立ち風化しつつある戦争問題ですが、戦争が起きると悲しむ人が増え、また、基地が増えると周りに住む人達の被害が大きくなります。そんな想いをさせない為にも沖縄、日本から基地がなくなるまで反戦、反基地を強く訴えていこうと思います。また、地元には原発問題があります。風化させない為にも今回の平和行進を見習い、原発がなくなるまで訴えていきたいと思います。

 

東北地方塩竈支部塩釜分会 相澤拓也

今回5月10日~14日と全日程参加しました。初めての沖縄平和行進参加でしたので、色々な事を現地で学び全国の人達と出会ってとても貴重な経験をさせていただきました。

その中でも心に残っていることは米軍の戦闘機と沖縄の人達の熱い想いです。まず戦闘機は行進している最中に飛んでいて予想をはるかに越える爆音でビックリしたのを覚えています。この様な爆音が毎日していたらすごく迷惑ですし安全で安心な生活を送ることができないと感じました。

次に沖縄の人達の熱い思いです。行進1日目からデモ行進をしている時に声がけをしてもらったり、手を振ってくれたりと応援していただいたので、暑くても頑張ろうと言う気持ちになりました。沖縄の人達の話を聞いて戦争に対する気持ちがすごく伝わってきて平和行進に参加するまで、自分の中であまり気にすることはありませんでした。

しかし色々な話を聞いて、自分の考えが変わりました。これは参加しないとわからない事だと思います。皆が一つになって行動を起こして平和な日本に変えていくと言う想いが出来ました。この様な考えを1人1人持つことが大事だと思います。

自分が今回の沖縄で学んだ事を参加していない人達に伝えて行きたいと思います。

 

東北地方塩竈支部塩釜分会 小野田冬馬

今回、塩竃分会として、全日程参加者2名、オブ参加13日(行進最終日)参加2名と、言う形で参加させていただきました。

私は、全日程参加が2回。そして今回のオブ参加で3回目の沖縄平和行進参加になりました。沖縄の問題、変化しない現状等色々な話がありました。その中でも、平和な沖縄を勝ち取る為に、立ち上がっている人達の呼び掛けはとても熱いものがありました。基地の撤去や辺野古の埋め立て問題、米軍の問題、そして安保法による問題。すべてを、阻止して初めて平和な沖縄が出来上がるのを改めて認識させられました。

「戦争が起きたときに米軍が入れば戦える」などと考えたりしますが、その米軍が沖縄で色んな問題を起こしています。もし自分が沖縄県民だったら、毎日が心配で夜も眠れないと思います。

小学校でも、オスプレイや米軍ヘリが来たとき校庭から避難する事もあるという話がありました。それも多いときには29回も避難する事があるそうです。避難訓練ではなく、避難なのです。町中や学校まで飛ぶのは違反ではないのか。将来を担う子供達にまで危害が出ている事を政府は問題視しているのかわかりません。

「平和な沖縄」になる為には、沖縄平和行進が無くなったときに平和が訪れるという話がありました。国際化が広がる中、平和を取り戻すまで行進は続きます。平和な沖縄を、取り戻すまで私達も沖縄の仲間と一緒に戦っていきましょう。

 

日本海地方伏木支部海陸分会 米林拓朗

2018年の沖縄平和行進に初めて参加しました。5月10日沖縄に到着し、全国結団式を行うために会場(男女共同参画センターているる)に行き、山城博治さんの平和憲法についての話を聞きました。ホテルに戻り三単産(全港湾・全日建・全国一般)・結団式を行い、鈴木誠一副委員長の話の中で「私たちがこの活動で何に気づいて、何を持ち帰るか!」という話を聞き私の今回の目標を「行進から何かを感じ、得るもの持って帰る」としようと思いました。

行進一日目では、沖縄本土で激戦が行われていた時に、住民が南の方に戦火を逃れて通った道を追体験しながら、平和へのシュプレヒコールを上げ行進を行い一日目の目的地のひめゆりの塔へ到着しました。ひめゆりの塔資料館では終戦間際の過酷な戦揚において、女学生動員の献身的な行動そして壮絶な最後を見て平和への活動に対しての考え方もより強く変わりました。

二日目は、午前中に視察に向かい南風原(はえばる)町陸軍病院壕・平和記念資料館を視察しこの中での学生動員や縄住民の犠牲者数や戦地状況などを見て愕然とし、私たちが歴史の授業で知りえていたポツダム宣言での戦争終結は知っていましたが、その宣言を一回先延ばしにしたことによって長崎や広島に原爆が投下されたことに繋がったと初めて知り自分の知識の希薄さそして事実の残酷さを感じ戦争に対して強い憤りを感じました。

三目目は、普天間基地の近くで行進を行い戦闘機の爆音やヘリの音など基地の騒音問題を実感でき基地の近くに住んでいる住民の方の苦悩を少しだけ感じることが出来ました。最終日の行進では右翼の妨害もありましたが、私たちは毅然とした態度で足を進めることが出来、最終目的地の宜野湾(ぎのわん〉海浜公園まで完歩することが出来ました。

最後の県民大会では3500人もの多くの参加者で行い、日本各地の基地問題や原発問題について話を聞きました。この人数で行う団結ガンバローは壮観でした。

青年部の活動の中で平和についての活動が多くありますが、私は、後輩に「なぜ青年部は平和活動が多いのか?」と聞かれることがあったが体験をしていない私は想像でしか答えることが出来ませんでしたが、この平和行進に参加しやり遂げたことで実感した一人一人の小さな力も、それをまとめる事で大きなカになるということと、継続して行動することの大切さ、重要さということが組合の活動にも通じることがあると答えたいと思います。

この行進に参加して、例年の沖縄平和行進と違い3日間とも天気に恵まれ体力的に不安もありましたが、同じ日本海地方の仲間たちと声を掛け合い励ましあって完歩することが出来ました。この行進を共にやり遂げた全港湾の仲間との絆をこれからも大切に、また完歩したことを自信にこれから何事にも挑戦していきたいと思います。

 

日本海地方伏木支部富山港分会 川岸徹郎

5月10日~14日の5日間5.15沖縄平和行進に参加してきました。初日は、ティルルにて全国団結式に参加しました。北海道から鹿児島、また韓国の人たちも参加し、5.15平和行進に向けて団結を深めました。その後、ホテルに移動し、沖縄タイムズの銘苅一哲さんを講師に平和学習会が行われました。そこでは、現在沖縄が抱える問題、辺野古新基地問題、辺野古問題を巡る現状についての説明がされました。自分自身の気持ちを変えることができる学習会になりました。

出発初日は県民広場にて出発式の後、行進がスタートしました。私たちは、南コースの行進に参加し、シュプレヒコールをしながらひめゆりの塔を目指しました。ひめゆりの塔では沖縄戦、戦争の恐ろしさを痛感しました。

2日目は、午前は視察と午後は行進という日程で南風原町陸軍病院壕、平和記念資料館を視察し戦争の生々しさを肌で感じる事が出来、このような事は二度とおこしてはならないと感じました。

最終日は、宜野湾市役所を出発し最終ゴール地点である宜野湾海浜公園を目指し行進しました。途中、右翼の妨害にもあいましたがシュプレヒコールをきらさず最後まで行進することが出来、今までにない達成感を感じることが出来ました。

今回、初めて平和行進の参加であり、不安は多々ありましたが無事に行進を貫徹できた事は、全国の団結力があったからこそできた事だと思います。今回、沖縄平和行進で学んだ沖縄の過去、現状、これらを自分の身の回りの人達に伝えていきたいと思います。

 

日本海地方直江津支部 伊倉巧真

人生で初めて沖縄に行くのが、今回の沖縄平和行進でした。行進中も、上空を飛ぶ戦闘機を何度か目にしました。沖縄の人達は、毎日戦闘機などの爆音を聞かされそしていつ空から物が落ちてくるかわからないそんな不安な気持ちで生活しているのが今の沖縄の現状です。米軍基地問題は、沖縄だけではなく、日本の問題だと思うのでこの問題を多くの人に知ってもらいたいと思いました。今回、貴重な経験を積まして頂きありがとうございました。

 

日本海地方敦賀支部 辻 弘成

私は、今回5月10日~14日の5日間第41回5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。10日は男女共同参画センター(てぃるる)で5.15全国団結式が行われ、ここでは在日米軍の7割を保有する沖縄の現状や、平和についての考え方の講義を聞き、沖縄に到着する前はどのような気持ちでこの沖縄平和行進に臨めば良いのか分からずにいた私ですが、この行進を成功させたいという気持ちが湧きました。

私は11日~13日の3日間レンジャーをさせて頂きました。最後尾から先頭までの隊列整理、行進の進路上にある交差点や住宅街からの車の交通整理等、他のレンジャーの皆さんと連携を取りながら取り組みました。最初のうちは勝手がわからず思うように動けない場面もありましたが、レンジャーの指揮を取っているレンジャーの方々の的確な指示のおかげで最後までやり遂げることができました。3日間レンジャーということで、先導車でのシュプレヒコールをする事ができませんでしたが、行進の途中米軍基地付近での戦闘機の爆音、沖縄の戦場跡、沢山の犠牲になった方々の礎、行進を応援する声や現在沖縄に住んでいる人の体験談等を実際に見聞きして、普天間基地の返還の代わりに、辺野古への新基地建設を要求する政府はおかしいのではないかと心から思いました。今までは何となくニュース等のメディアを通して入ってくる情報であったのが、平和行進に参加したことで少し違う見え方になったと実感しています。

全港湾の一員として沖縄平和行進に参加させて頂き、日本海地区の皆さんはもちろん、日本各地区の皆さん、全日建連体の皆さん、全国一般の皆さんともこの活動を通して交流を深めることができて良い経験になりました。沖縄だけに限らず日本各地で沢山の活動が行われているというお話を聞いて、次に沖縄平和行進や他の活動に参加する人や身の周りにもこの経験を伝えていこうと思います。

 

日本海地方舞鶴支部青年部 西岡一樹

2018年5月10日~5月14日私は、今回初めて5.15沖縄平和行進に全港湾日本海地方舞鶴支部代表として参加させていただきました。

沖縄平和行進に参加するのは初めてだったので、どんなことをするのかという不安な気持ちでいっぱいでした。事前学習会では、以前参加したことのある舞鶴支部青年部の仲間に現地でどのような活動をするのかなど色々なことを聞きました。私はそれを聞いて舞鶴支部代表として頑張ろうと思いました。平和行進の前日に平和学習会が行われました。沖縄の米軍基地問題についてという内容でした。嘉手納基地、普天間飛行場、辺野古新基地建設問題など様々な悩みを抱えているということを知りました。

行進初日は、県民広場で出発式があり、ひめゆりの塔まで歩くというコースでした。行進の途中には実際に戦闘機が目の前を飛んでいくという場面もあり、私はその戦闘機が飛び去っていくのを見て住民は毎日この騒音に悩まされているのかと思うと胸が苦しくなりました。

行進2日目は、現地視察として沖縄陸軍病院南風原壕群、平和祈念資料館を訪れました。そこには数多くの資料が展示されていて沖縄戦争の歴史を学ぶことができました。

行進3日目は、平和とくらしを守る県民大会に参加しました。沖縄に対する同じ思いの人達がこの県民大会に参加し、辺野古への新基地移設反対を訴えました。

この沖縄の地で体感した平和行進は私自身にとって貴重な体験であり平和への願いを改めて考えさせられました。基地のない平和な沖縄をつくるのは難しいことかもしれないですが、この平和行進が続くことで実現できれば良いなと思います。

 

日本海地方七尾支部 小堀一彦

人生で初めての沖縄平和行進に5月10日(木)から14日(月)の日程で参加させて頂きました。初日は全国結団式と平和学習が行われ、沖縄の米軍基地問題と、今の沖縄の現状について学習し、改めて沖縄の危機を再確認しました。

行進が行われた三日間は、天候にすごく恵まれ厳しい暑さとなりましたが、完歩する事が出来ました。私たちが行進した南コースは、沖縄戦争があった中で一番戦火の厳しかった地域とのことでした。

1日目は県民広場からひめゆりの塔までの行進。2日目の午前中は南風原町陸軍病院壕と、平和記念資料館の視察を行い、午後から南城市中央公民館から南風原役場までを行進しました。3日目は宜野湾市役所から県民大会が行われる宜野湾海浜公園野外劇場まで行進しました。その後の平和と暮しを守る県民大会では、日米両政府によって強行される米軍基地の強化及び拡大に反対するとの大会宣言を採択し、基地のない平和な沖縄を実現させ、闘い抜く決意をしました。

私は、米軍基地問題に対する意識が、沖縄と全国(本土)との間には大きな差があり、これを少しでも縮まるよう自分たちの問題として考えていきたいと思いました。

今回、5.15沖縄平和行進に参加し、実際に沖縄の歴史を見て、そして触れることができました。自分が感じた事、学んだ事を身内や友人、そして若い次世代の人たちに伝えていかなければいけないと改めて強く思いました。また、全国の仲間と一致団結し、昼夜を問わず交流を深めたことで、私たち周辺の人々がお互いがお互いを大切に想う気持ちが、平和に繋がるのではないかと思いました。

七尾支部のある石川県には、小松自衛隊基地があり、F15戦闘機騒音問題、部品落下問題、米軍との合同練習強化の問題があります。また、戦後直後に石川県内灘町の砂丘に米軍の試射場に対する反対運動があり米軍を撤去させた歴史があります。このことからも私たちにとって沖縄は決して遠い存在ではないのです。

平和行進に参加された皆様、応援してくださった現地の皆様、交流会を主催し、沖縄平和行進初心者の私たちを優しく受け入れてくださった沖縄地本の皆様、本当に有難うございました。

 

日本海地方境港支部 向井涼太

5月10日~14日の4日間で沖縄平和行進に参加させていただきました。私は正直、この沖縄平和行進に参加させていただく前は、恥ずかしながら沖縄の現状や過去の傷跡について詳しく知ったわけではありません。なので、沖縄平和行進に対する思いや気持ちも正直そんなにありませんでした。そんな気持ちのまま、参加した私でしたが、この4日間でその気持ちは大きく変わりました。

実際に歩き始めたのは、2日目の11日からでした。梅雨入りした沖縄でしたが、真夏のような暑さの中での行進でした。この日はひめゆりの塔を目指して歩きました。歩いている道中に、「頑張れ」と声をかけてくれるお年寄りの方、それと反対に、レンジャーとして道をふさいでいるとクラクションを鳴らしたり「邪魔だ」と言ってくる若い人、この2者を見て思ったことは、今の若い人にとって平和が当たり前になっているんだなと感じました。過去を知り今を知っているお年寄りの方は、今の沖縄の現状ではまた同じ過去を繰り返すかもしれないという気持ちから頑張れという声援をくれたのではないかなと思います。その思いの中無事にひめゆりの塔まで歩ききることができました。初めての平和行進で初めてのレンジャーとして歩き切れた初日はとても達成感がありました。

行進2日目午前中は、視察でした。南風原壕群と沖縄平和祈念資料館へ行きました。私がこの2つの場所を訪れて思ったことは、今ある幸せや平和が当たり前ではないのだなと強く思いました。それは実際に自分の目で見たり耳で聞いたり肌で感じなければ分からなかった事だと思いました。それと共にこの平和行進の意味や平和に対する使命感も更に分かり芽生えてきました。そしてそれをふまえた上での午後からの行進では、昨日に引き続きレンジャーとして頑張りました。やはり、実際に視察に行ったことで行進に対する思いも変わり、前日よりも気持ちの入った行進ができました。

そして行進最終日の3日目。宜野湾海浜公園を目指し歩きました。私は、この行進3日間レンジャーを務めて思ったことがあります。1日目より2日目、2日目より3日目と行進団の方の数が増えっていったことを感じました。この日は右翼の方との衝突もありましたが、誰一人欠けることなく怪我をすることなく、宜野湾海浜公園の大きな門を目の前にした時とても鳥肌が立ちました。そして3日間とも無事にゴールできたことがとても嬉しかったです。宜野湾海浜公園の中へ入ると国内外から3500人の方が集まっており、この運動に対する思いの強い方の多さに驚きました。そして私もこの運動を通じて平和に対する気持ちも強くなり、興味がないからとか今が平和だからとか目を背けていれば、いつかまたこの沖縄で起きた悲惨な時代がくるのではないかと思います。

辺野古新基地建設問題や、憲法9条の改正がされてからではもう手遅れになります。そうならないために今の自分には、今回この沖縄平和行進で学んだことを、しっかり周りに伝え、行動に移すことが大事だと思いました。いつかこの運動がなくなるまで頑張っていきたいと思います。

 

関東地方横浜支部上組東京分会 岩本 拡

今回私ははじめて沖縄平和行進で緊張と不安の中参加しました。まずはじめに沖縄に着いて思ったことは非常に暑いということでした。こんななか本当に三日間も歩けるのだろうか、そう不安を感じていました。しかしそんな不安も束の間、三単産の結団式や平和学習での沖縄の現状を知り三日間ただ歩くだけではなくしっかりと声をあげ、沖縄のことをしっかり学ぶ三日間にしようと自分の中で決意を固めました。

そんな沖縄平和行進は本当に学ぶことが多くひめゆりの塔、平和祈念資料館での視察で実際に戦争を体験した方の体験談やその後の米兵からの理不尽な暴力や暴行被害に遭われた方の手紙などから沖縄の戦争体験を直に感じることができ自然と涙がこみあげてきました。

行進の方では初日から三日間ほぼ天候に恵まれ晴天の中行進することができました。日差しが強く心が折れそうになる時もありましたが三単産の仲間の声が励みになり三日間完歩することができました。その声に負けないよう私も腹の底から声を出しシュプレヒコールをやらせてもらいました。

今回の平和行進では全国の仲間たちはもちろん同じ関東の先輩にも引っ張ってもらい本当に多くのことを学ばせていただきました。この学びや感じたことを今後、多くの人に伝えていきたいと思います。最後にお世話になった沖縄地本の方々、全国の三単産の皆様、本当にありがとうございました。

 

関東地方横浜支部港栄分会 道村 昭

5月10日から14日にかけて沖縄平和行進に関東地方6名で参加してきました。初日は結団式で辺野古新基地建設阻止、基地のない沖縄を作る、憲法改悪を推し進める政権に強く抗議することを団結しました。

2日目から平和行進が3日間の日程で始まります。私は南部、戦跡コースを2日間、3日目が宜野湾海浜公園で決起集会をおこないました。南部コースと言うのは、沖縄戦の時にもっとも激戦が繰り広げられた場所をめぐるコースで白梅の塔、平和の礎がある平和記記念資料館、南風原町陸軍病院壕をめぐり、戦争の悲惨さを改めて感じました。中でも2日目に訪れた南風原町陸軍病院壕が衝撃的でした。壕の中は長さが70m高さは、高い所が180cmぐらいで低い所は140cmほどで、まともにたって歩けない場所でした。壕の中では、けが人を麻酔もせずに手術を行い、乳飲み子は鳴き声で敵軍に見つかるからといって日本軍にミルクに毒を盛られたと聞き衝撃的でした。私から見ればただの洞窟でこんな所が病院と呼ばれる事が戦争という行為がものすごく異常で、悲惨な事で絶対に起こしてはならないと強く感じました。

こんなにも大きな犠牲を伴い傷ついている沖縄に戦後72年、返還46年たった今なお、基地がこんなにもたくさんあり、新たに辺野古新基地を作ろうとしている安倍政権に強く抗議して、全国の仲間とともに戦って行きたいと強く思いました。今回このような貴重な体験をさせていただきありがとうございました。今後、私の活動に生かして全国及び地区に広げていきます。

 

関東地方横浜支部青年副部長 寳納雅行

三単産で構成された本土復帰46年、第41回5・15沖縄平和行進お疲れ様でした。全国結団式で日本国憲法の上に日米地位協定があると述べられ、日本の憲法では米軍の犯罪、事故を取り締まれないのが現状だと強く避難された事が印象に残りました。デモ行進では、南部、戦跡コースを全港湾が先頭を牽引して声をあげ完歩しました。

三日間レンジャーを務めさせてもらいましたが、沖縄地本の方々のレクチャーと行進団の皆様に助けられ無事完歩する事が出来ました。隊列に目を配り声かけをする中で行進は自分達レンジャーが守るとの責任感がより芽生えました。行進団のシュプレヒコールに背中を押され平和を願う団体の一員の中で仲間の中で活動出来た事は、自分をまた一回り成長させてくれました。

国は危険な軍用機をいつまで黙認するつもりなのか、危険な基地をいつまで放任するのか!私達は未来の子供達の為に危ない物にはノーと声をあげなくては行けません。平和な世の中を願って全国の仲間で声をあげて行きたいと思います。最後になりますが、準備段取りをして迎え入れて下さった沖縄地本の皆様ありがとうございました。

 

東海地方清水支部青年部 河原崎裕司

今回、沖縄平和行進に参加させて貰おうと思ったきっかけは、いつも周りの人達に助けて貰ってばかりなので、こんな自分でも何かの形で人の力になれたらという思いから参加させて頂こうと思いました。

4日間の行進では、今も残る戦跡や資料館を見学させて貰ったり説明を受けながら、当時の人達が米軍に追い込まれていったとされる道のりを、1歩1歩の足どりに思いを込めて約40kmを行進しました。行進の最中は暑い沖縄に負けないくらいの熱いシュプレヒコールが途切れる事なく青い空に響き渡っていました。また、初めて顔を合わせた仲間達が「頑張れ!」「大丈夫!」等、励まし合う場面が多く見られたのも印象的でした。自身も何度かシュプレヒコールをあげさせて貰いましたが、中でも右の方に妨害された後に順番がまわって来た時には仲間を鼓舞しながらシュプレヒコールをあげ、街宣車を降りて自分の列に戻ろうとした時に「良かったよ!」とハイタッチを求められた時は、こんな自分でも少しは人の力になる事が出来たのかなと思いました。今回、行進しながら感じた事は、自分達の子供達が大人になる頃には基地が無くても皆が平和に暮らせる世界、武力ではなく対話による平和が訪れる世の中になってくれたらと思いました。

最後に、今回の平和行進には大勢の参加希望者が居たと後で聞きましたが、そんな中、自分を選出して頂いた青年部長さんをはじめとする職場の皆さん、現地では沖縄地本の皆さんをはじめ、行進団の交通整理にあたられたレンジャーの皆さん、コース各所に給水所を設置して下さった地元自治体の皆さん等、本当に多くの人達の支えがあったからこそ無事に完歩出来たと思います。行進を通して貴重な体験をさせて貰う事が出来ました。本当にありがとうございました。

 

東海地方清水支部青年部 杉山雄一

2018年5月10日~14日まで沖縄平和行進に東海地方清水支部から4名で参加しました。那覇空港到着後すぐに、5.15全国結団式に参加し、終了後ホテルにて、沖縄タイムスの銘苅一哲さんによる平和学習会が行われ、嘉手納基地や普天間飛行場や辺野古新基地建設など、米軍基地問題について学習しました。行進初日にレンジャーをやらせて頂き、R58を行進していた時、飛行場の近くで、飛行機を間近に見ながら行進していましたが、突然聞いた事の無いような爆音と共に戦闘機が飛んできてこんなにうるさい戦闘機が間近に飛んでいるのかと怒りと恐怖を覚えました。

2日目は午前中南部視察に行きました。平和記念資料館で見た戦争の写真は、学生の頃に教わった戦争とはまったく別物で、沖縄の歴史を改めて勉強できました。子供達が大きくなったら絶対連れて行きたいです。

3日目は宜野湾市役所から県民大会が行われる宜野湾海浜公園まで、行進を行いました。

3日間を通して全国の仲間と交流でき、仕事の事など各港の現状が知ることが出来て、沖縄の歴史と現状を目で見て肌で感じられた事はこれからの自分の財産になります。初めて平和行進に参加しましたが、これから行く若い人達にはしっかりと伝え、清水支部青年部の温度差を無くして行きたいです。

最後に沖縄支部の皆さん、行進やレンジャーやバーベキューの段取りお疲れ様でした。全国の仲間が安心して平和行進出来るのは沖縄支部のおかげです。ありがとうございました。

 

東海地方清水支部青年部  杉田満

今回2018年、第41回沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。沖縄に行くのも初めてということもありましたが、沖縄の空気は思った以上に清々しく、何か懐かしい感じがしました。

空港では沖縄支部の方々が温かく出迎えてくれました。その後、他支部の行進メンバーと雑談し交流しながら結団式へと移動します。同じ港で働く全港湾のメンバーなのか、初対面でも自然と話題も出てきてコミュニケーションもすぐにとれました。結団式では様々な方から話を聞くことができ、平和行進の大切さを学びました。その夜の勉強会でも、沖縄タイムズの銘苅さんから米軍基地問題について話を聞けて、米軍基地の過去の問題から現状、そしてこの先の不安視される沖縄のことについて考えることができました。

行進においては、思った以上の団体と人に圧倒されないように一歩一歩思いを込めて歩き、シュプレヒコールも普段出さないような声で気持ちを込めて叫んできました。そして私が高校生の時にサザンオールスターズのライブで聞いて、ずっと心に残っていた曲、平和の琉歌。この曲を20年以上経った今、最大の地上戦となった糸満市を歩きながら聞くことになるとは思ってもいませんでした。この曲は戦争や平和についての風刺曲、テーマはアメリカ軍による沖縄領土の占領、現在も残る米軍基地について作られたようで、ただ聞いていた昔とは違う感情が湧いてきました。

視察においては、ひめゆりの塔、沖縄陸軍病院南風原壕、平和祈念資料館をまわりました。私としては戦争というと小学校で学んだり、本やメディアの他で、自分の祖父が昔、東京で食料品関係の会社で働いていたため、兵役は免除されていましたが、3月の大空襲で防空壕に避難していたにもかかわらず、命をおとしたこと。その前に祖母は長男(私の父親)を抱え、新潟に疎開し、終戦後に実家のある清水に越してきたそうです。終戦後は食料も少なく、サツマイモのつるを食べていた事もあったそうです。それから子供の頃に家族旅行で広島と長崎にも行き、原爆関係の資料館の中も見たことがありました。

しかし、沖縄においては地上戦です。人が人を殺めてしまう。米軍はもちろんだが、軍人も罪もない人達を守らない、そして最後は自決。平和祈念資料館から見えた、戦争とは関係のない人達が逃げまどい最後は米軍と海からのアメリカ艦隊に挟まれ身を投げたという崖からは、何か寂しくなるような風を感じ、未来の子供達のためにも無益で愚かな戦争を繰り返してはいけないと改めて思いました。

全港湾の組合員になり、16年以上経ちます。組合活動としてこのような全国的な活動は初めてで、沖縄の過去から今に至る問題、全国の組合員の皆さんの声をこんなに深く聞けるとは思いませんでした。青年部としての活動は今年が最後となりますが、今回の沖縄平和行進で学んできた事を組合関係だけでなく、友人、家族、とくに子供達にも伝えていき、これからも平和活動、護憲運動に力を入れていきたいです。

 

東海地方清水支部青年部  斉藤竜樹

今年初めて沖縄平和行進に参加させていただきました。ありがとうございました。

初日の団結式で、昔の沖縄の話、今の沖縄の現状等々、いろいろな方からの貴重な話しを聞き、胸が熱くなりました。

行進初日はレンジャーとして参加しました。今まで参加した人達に右の人達の妨害などの話しを聞いていたので、気合いを入れてのぞみましたが、大きな妨害も無く、無事にレンジャーとしての責務を果たせました。

二日目の行進は、午前中視察で午後行進でした。視察では、当時の悲惨な沖縄の現状を資料や写真を通して生々しく見れました。本当に悲惨だったんだなと感じました。午前中に降っていた雨もやみ、強い日差しと暑さの中、午後の行進を頑張りました。この日の夕方、沖縄地本の方々がバーベキューをして下さり、ありがとうございました。全国のみんなと交流が出来て、三単産の団結力は凄いなと思いました。

行進最終日、初日・二日目とは違い、妨害がありました。その妨害にも負けないよう、妨害の声をかき消すような大きな声でシュプレヒコールをして、一致団結して行進出来ました。

行進を頑張れたのは、みんなの団結力もそうですが、地元の人達の頑張れと言う熱い声援、子供達やお年寄りの方々のありがとうと言う声援があったからだと思います。

大きな問題も無く、平和行進が無事終わり感動しました。

最後の懇親会ではみんなの団結力が一つになったと思います。

平和活動が一日も早く無くなり、みんなが平和だと言える生活がおくれるように、来年以降も機会があれば参加していきたいと思います。

貴重な体験をありがとうございました。

 
関西地方阪神支部大運分会 福井一晃

5月10日から5月14日まで沖縄で開催された「第41回5.15沖縄平和行進」に参加しました。阪神支部からは初参加の私と今回が2回目になる篠崎さん松本さんの3名での参加でした。

到着初日は5.15全国結団式を行い各代表の方が沖縄平和行進に対する挨拶があり、「団結ガンバロー」で気勢を上げました。その後ホテルにて三単産の結団式が行われ、平和学習会として、沖縄が抱える問題、米軍基地施設の過重な負担や嘉手納基地での戦闘機による騒音問題、世界一危険な基地と言われる、普天間飛行場によるオスプレイの度重なる墜落や落下事故による住民の不安など基地により沢山の人が悩まされている現状を教えて頂き現地で暮らす方から直接抱えている問題を聞き、今まではニュースなどで人ごとのように聞いていましたが、耳を傾けて行く事が必要だと感じました。

行進1日目は県民広場から出発しひめゆりの塔まで20km程の道のりを行進しました。

我々全港湾が歩くコースは多くの方が犠牲になり戦跡が残るコースであり、行進しながら何十年前は、この地で悲惨な事が起きていると思うと胸が痛くなりました。

行進2日目は午前と午後で地方グループに分かれ行進と南部視察を行いました。私は午前行進を行い午後から視察でした。視察では、南風原文化センターにて沖縄の歴史を見て本当に悲惨な光景を目の当たりにし言葉に出来ない気持ちでした。

行進最終日の3日目は宜野湾市役所から出発し宜野湾海浜公園野外劇場までの10km程の道のりを行進しました。行進途中に上空から凄い爆音と共に戦闘機が空を駆け抜けていき、沖縄の現地の方はこれが日常かと思うと負担が掛かっているなと思いました。ゴール地点の宜野湾海浜公園野外劇場では「平和とくらしを守る県民大会」で一致団結をし、2018年5.15沖縄平和行進の幕が閉じました。

今回、初めて参加させて頂き沖縄の地を自分の足で実際に歩き戦争のつめ跡を目の当たりにし決して他人事ではなく国民の皆さん一人ひとりの問題なんだと思い知らされた4泊5日の沖縄平和行進でした。

 

関西地方阪神支部青年部 松本宏樹

5月10日~14日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に参加させて頂きました。5月10日は那覇市内のてぃるるというホールでの全国結団式、ホテルに戻り、三単産・全造船機械結団式、平和学習会が行われました。平和学習会では講師として、沖縄タイムスの銘苅さんの話しを聞き、沖縄の現状、基地の歴史、新基地問題など詳しく知る事が出来ました。

11日から3日間の行進がスタートします、僕達は南コースという事で出発式は県民広場で行い、ひめゆりの塔を目指して歩きました。南コースは沖縄の戦時の中で一番の激戦区であり、もの凄く心が痛みました。

12日の行進は平和記念公園から南城市中央公民館まで午前中を行進し、昼食をとり午後は、南風原文化センターで旧陸軍病院壕跡と平和記念資料館を視察しました。

13日の行進は宜野湾市役所から宜野湾海浜公園野外劇場を目指し歩きました。この日はレンジャーという行進を安全に行う為の警備部隊を任されまして、行進団とは別に感じるものがあり、皆さんが声を出し、意気揚々と行進している姿を見て、自分も最後まで頑張れました。その後、宜野湾海浜公園野外劇場に東、西、南コース約3500名が集まり、集会をしてその後、ホテルまで移動し三単産・全造船機械の方々と懇親会をし、3日間本当にお疲れ様でしたと握手を交わしました。

今回は2回目の沖縄平和行進となりましたが、また違った観点から感じたものがあり、とても貴重な経験ができました。この実際に目で見て肌で感じたことを一人でも多くの人に伝え、行動し沖縄に米軍基地がなくなるまで頑張っていきたいと思います。

関西地方阪神支部 篠﨑謙悟

5月11日から13日にかけて沖縄県で開催された「第41回5・15沖縄平和行進」に参加しました。私は昨年に引き続き2回目の参加でした。今年はカラ梅雨ということもあり嫌な蒸し暑さもなく快適に行進をすることができました。昨年と同じ南戦跡コースを歩き、南風原文化センターや平和祈念資料館では沖縄戦に至った経緯や復興の歴史を学びました。当時使われていた病院豪跡の中を実際に歩き、当時日本軍や一般市民がいかに追い詰められて悲惨な状況下にいたのかを思い知りました。

行進では3日間に渡り行進団が安全に行進できるようにレンジャーを務めました。皆で協力をして事故やトラブルもなく無事に成し遂げることが出来たことを非常に嬉しく思いました。

私は、昨年、平和行進に参加した際に初めて沖縄へ来たのですが、沖縄の地を行進して自分の目で沖縄の現状を見て、沖縄に住まれている方からも直接沖縄の現状についてお話を伺う中で、今まで自分がいかに沖縄の基地問題について無関心で無知であったかを痛感しました。そこから自分なりに沖縄の問題について勉強をして青年部の総会や平和行進の事前学習会でお話をさせていただく機会をいただきました。

平和行進に参加する意味は、沖縄の地で平和についてや基地反対をアピールすること以外に、参加者全員が地元に帰って周りの人に沖縄の現状を伝えることが非常に重要な役割だと思っています。今回の行進でも色々と感じることが多くあり、地元にいると見えないようなことを知ることができました。そのことをまた一人でも多くの人に伝えていけるように努めていきます。これからも”沖縄のため”ではなく”日本のため”に自分にできることを考え、行動していこうと思います。

 

関西地方大阪支部青年部事務局次長 小玉貴文

2018年5月10日(木)〜14日(月)第41回沖縄平和行進に初めて参加しました。参加するまでは、沖縄で起こっているさまざまな問題、苦悩や困難について深く考えた事がありませんでした。しかし実際に足を運んで色々な話を聞いたり見たりすると徐々に事の重大さに気づきました。1日目に那覇空港に降り立った時、航空自衛隊の戦闘機やヘリなどが民間航空機と同じように並んでいて驚きました。その後平和行進団結式を行い、学習会、交流会が行われました。2日目からは行進が始まりました。[命どぅ宝ー!]とシュプレヒコールをしながら約20キロの道のりを行進し、道中ではひめゆり資料館へ立ち寄りました。そこでは、沖縄で起こった戦争について写真や資料を通じて学び、目をそらしたくなるような写真等が多く展示されてたのを見て、改めて戦争は二度と繰り返してはいけないと強く思いました。3日目は2日目と同様シュプレヒコールをしながら行進し、夜には全国の仲間と親交を深めるBBQが行われました。3日間約40キロの道のりを歩き、時折現地の住民の方に声をかけていただき激励を受け、沖縄の人たちがどれほど犠牲を強いられているのか、平和を望んでいるのかを痛感しました。最終日は辺野古海上視察やゲート前の座り込みに参加しました。ゲート前の座り込みにおいては同じ日本人の警察に引きずられるようにして撤退を余儀なくする姿を見て理解できませんでした。一体日本の警察、政府はどちらの味方なのか、一瞬胸が熱くなりました。今回、沖縄平和行進に参加して色々なことを考えさせられ、本当に勉強になり、辛い事実もたくさん知りました。全体を通してとてもいい経験になりました。ありがとうございました。

 

関西地方大阪支部青年部 金津亮介

まず始めに「平和」とは何かと言う事を学びました。平和とは恐怖と結合からの自由だと。平和とは恐怖と結合から逃れられた状態だと。争いや戦争を力の行使で止めるのでは無く、差別や貧困等を無くし、そして支援する事によって争いを根源から無くす事で本当の平和が実現されるのだと。自分は始めて沖縄に来ましたが、そこには綺麗な海の近くには似つかわしくない米軍基地がありました。自分たちが行進していると、シュプレヒコールを簡単にかき消す程の爆音で戦闘機が空を縦横無尽に飛んでいました。戦闘機はこんなにもうるさいのかと正直びっくりし、毎日この音を地元の人達は我慢しているのかと思うと、自分にも我慢出来るのかと疑問になりました。しかし我慢せざるを得ないのだろうと思いました。戦争は良くない、戦争を起こしてはならない!ほとんどの日本人はそう思っていると思います。今までの自分はただ漠然と、戦争は良くないものだ!と思っていましたが、平和行進に参加させて頂き沖縄の激戦地の空気に触れ、まだ回収されていない爆弾などの存在を知り、沖縄の戦争はまだ続いているのだなと感じました。戦争で亡くなった人達の事を想うと、戦争の悲惨さをまだ尚、後世に受け継がないといけないと思いました。しかし基地は無くならず、むしろ新基地を作り武力の強化が促進されている。ものすごく綺麗な「沖縄の海」を埋め立ててまで作る基地とは一体なんなのだろうか。県民は納得していないのに着々と工事が進められるのはどう言う事なのだろう。米兵の事故や犯罪は、新聞やテレビ等のメディアで報道されていないものが多々あるのだと思います。そんな米兵達に怯えて沖縄に暮らす人達は果たして本当の幸せを手にしていると言えるのだろうか。恐怖との結合から逃れられていると言えるのだろうか。自分は決してそう思う事は出来ません。まだまだ沖縄は課題が山積みだと感じました。それでは何故?こんなにも訴え続けているのにも関わらず、まだ尚基地が存在し拡大されていくのか。平和を求めるには武力による牽制が必要だという人がいているからだと思います。つい最近尖閣諸島のニュースが取り上げられて日本が侵略されてしまうと感じたのではないだろうか。それをさせまいと綺麗な海を埋めてでも米軍と共闘し、武力によって自国を守るという考えがそうさせているのではないだろうか。日米地位協定を見直し、多くの人が本当の意味で1つになり心から平和と思える日が来るといいなと思いました。何が正解なのかは私には分かりません。そして正解も時代によって変わってくると思います。その中で自分達の出来る事は時代に沿ってより良い選択をし、これからも団結して活動していく事だと思いました。この沖縄平和行進は、こういった事を見つめ直し考えるこの時間、題材が1番大事だと。1番の報酬だと感じました。

 

関西地方築港支部 南谷尚孝

今回、初参加で、副団長を勤めさせていただきました。やったことの無いことをやるという不安とのたたかいでした。行進が始まってみると、副団長の役職の重要性が、よくわかり始め、必死に駆けずり回っていました。

気づけば、激戦地の高地にたどり着いて、ここで、戦争に巻き込まれた、住民と散っていった両兵士に、哀悼を現地で思えたのは、いい経験になりました。行進中に沿道より手おふっていただいた住民の方々に勇気と活力をもらいながら、沖縄の現状を体感しながら、行進を完歩できた、達成感は、短い人生ではあるが、一番の達成感でありました。

この駆けずり回った3日間自分では、何もできないという事実を突きつけられた3日間でした。周りの同士たちが、協力してくれて、何とか、やりとげられたと痛感しました。これからも、基地問題等、沖縄の苦しみに対して見方の変わった平和行進でした。皆さんありがとうございました。

 

関西地方築港支部 棚原功一

沖縄県外に住んでいると、沖縄の事を知る為には積極的に情報を収集しなければならず、今回この平和行進に参加したことで、自分がどれだけ沖縄の問題を知らなかったかという事と、沖縄が置かれている現状の両方を知る良い機会となった。

まず日本にある米軍基地専用施設面積の約70%が沖縄に過度に集中しているだけでなく、本土では軍用地の約87%が国有地なのに対し、沖縄の軍用地は国有地が約23%、公有地が約37%、民有地が約40%となっている。特に人口が多い中南部、嘉手納基地以南の軍用地は民有地が約88%であり、戦後沖縄の住民は土地を強制的に奪われた事を知った。

次に北谷町の砂辺では戦闘機の騒音が激しく、2017年の県の騒音測定調査では1回あたりの平均の音の大きさは95デシベル(90デシベルは騒々しい工場の中)であり、1日平均62回の騒音が発生している。もっともうるさい時には111デシベルの騒音となる(車のクラクションを2mの距離で聞くレベル)。行進中に飛行場から飛び立つ戦闘機を見る機会があったが、旅客機と比べものにならないほど激しい騒音であった。

次にひめゆりの塔、平和記念資料館や南風原町陸軍病院壕の見学。戦争時、沖縄は最も激しい戦地であったことが記されており、改めて戦争の悲惨さを痛感した。

最後となりましたが、全国からの仲間を快く迎え入れて下さった沖縄地本をはじめとする関係者の皆様、そしてこの沖縄平和行進と共にした三単産の皆様に、このような貴重な機会に参加させて頂きましたことを感謝いたします。ありがとうございました。

 

関西地方築港支部青年部 村田真規

5月10日~14日に実施された沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。不安と緊張のなか沖縄に到着し、10日の初日に5・15全国結団式に参加しました。結団式では沖縄の各代表そして韓国からも海を越えて応援に駆けつけてくれた方々の話を聞いて憲法改正及び森友問題をはじめとした様々な問題をかかえている与党、そして、米軍基地を沖縄に押し付ける政府に対し、改めて憤りを感じました。

その後行われた三単産結団式内で沖縄地本及び中央からの挨拶、全港湾・全日建・全国一般の三組合による決意表明があり、続いて沖縄タイムスの銘苅一哲氏による平和学習会では沖縄でかかえている米軍基地や飛行場の現状や県民の想いについて講和いただき、知識を深めていきました。

行進1日目は県民広場から最終ひめゆりの塔まで1日かけて行進し、その中で何度か初のシュプレヒコールもさせていただき、沖縄県民そして全国から集まった同志たちの想いを込めて努めさせていただきました。行進中の中でも、自衛隊や米軍の軍機が空中で騒音を立てながら飛行している姿を目の当たりにしてみて、改めて沖縄県民の方の怒りが我々にも伝わってきたことを身をもって感じました。

行進2日目は班を2つに分け我々の班は午前中に行進・午後から現地視察を行いました。午前の行進では平和記念公園から南城市中央公民館を行進しました。土曜日ということもあり全国から多くの仲間が集結した中で全港湾が先頭を行進し、その中でも私は横断幕を持ってさらに先頭を歩くという貴重な体験をさせていただきました。午後からの視察では資料館をはじめ、防空壕といった戦時中のものを間近で見て、改めて戦争の悲惨さを痛感しました。

行進3日目は公民館前から広場まで行進し、最終日ということもあって、全国から多くの仲間が結集し行進を行いました。行進中に多少の妨害行為はありましたが、機動隊やレンジャーの皆さんの対応で大きな問題もなく、3日間の行進を完徹することができました。午後からは県民大会が実施され、炎天下の中ではありましたが、無事最後までやり遂げることができました。

はじめての沖縄平和行進で関西地方築港支部の代表の一人として参加させていただけたことに、とても感謝しています。社会人となって中々経験できないことをこうしてできるのも組合の組織力あってのことだと思います。来年度以降は私が参加できるかどうかはわかりませんが、今回初参加者が多かったとも聞いていますし、是非多くの方に体験してもらいたいとも感じました。最後になりましたが全国からの仲間を快く迎え入れていただいた沖縄地本の皆様、そして3日間の行進をともに闘った三単産の皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

関西地方神戸支部 宮里圭太

今回、初めて平和行進に参加させて頂きました。初参加の不安と緊張がありましたが、1日目と3日目にレンジャーをさせて頂き、2日目はシュプレヒコールを掲げ行進に参加することが出来ました。行進を重ねるごとに沖縄の歴史や戦争の悲惨な爪痕、米軍基地や戦闘機の爆音などを身を持って感じることが出来ました。この貴重な経験を今後の組合活動に活かしていきたいと思います。そして、1日でも早く基地問題が解決し県民の皆さんが安心安全に生活できる日がくる事を願っています。最後に今回このような貴重な経験をさせて頂き、本当にありがとうございました。

関西地方神戸支部 木村浩暢

私は、5月10日~14日の5日間第41回5、15沖縄平和行進に参加させて頂きました。沖縄に到着した初日に5、15全国結団式が行われ、今回の行進に共に参加する各人の決意表明を聞き、必ずこの平和行進を皆さんと共にやり遂げようと1つの気持ちに団結しました。

翌日より始まりました、平和行進では1日目、3日目はレンジャーを志願させて頂きました。普段積極性に欠けている私ですが、この沖縄平和行進に参加するために集まった全国の仲間達と居ると、自分も少しでも何か協力をしたいと思い志願させて頂きました。行進中には戦闘機の爆音、南風原陸軍病院壕の悲惨な歴史、地元沖縄の方々の行進団への応援の声等の決して、ここに自分が実際に来なければ感じる事の出来なかった多くの事がありました。やはり、沖縄平和行進のように1人1人が団結し行動をし続ける事によって1人でも 多くの人に関心を持ってもらう事が重要であると学びました。今回参加させていた5日間で私は全国の仲間が協力し合う事の大切さや、1人1人が手を取り合って国や世界に声を上げる事の大切さを学びました。最後にお世話になった沖縄地本の方々、全国の三単産の皆様本当にありがとうございました。

 

沖縄地方青年女性部全検分会 玉城 俊

行進に参加された方々、本当にお疲れ様でした。今回僕は初めて行進に参加させていただき、今沖縄が強要されてる理不尽な情勢、人々の不満や不安、それを受け身のままでは良しとしない沖縄を守りたいという人々の強い意志を強く感じ、今までの自分の考えや認識、姿勢があまりにも脆弱だったことに気付かされました。対岸の火事ではなく、自分は沖縄に住む当事者として取り組んでいくべきだと考えを改める良い機会になりました。そして、行進に参加するためにわざわざ沖縄に来ていただいたり、サポートや応援をしてくれた方々には感謝するばかりです。今回本当に良い経験をさせていだたき、有難うございました。

 

沖縄地方青年女性部琉球物流運輸分会 稲嶺こうた

初日、2日目 レンジャーをしました。ピンクレンジャーの班長を務めました。行進団の列が途切れたり、はみ出したり、その度に注意を促しました。その中で協力してくれる人、してくれない人がいます。2日間もレンジャーをしていると疲労もストレス溜まり、表情にも出ていました。どうやったら平和行進が うまくスムーズに進むのか、どうゆう言い方で注意を促せばいいのか、まだまだ課題はあると思います。

 

沖縄地本青年女性部副部長 山城 隼

今年もレンジャーの責任者のアンカーを勤めさせて頂きました。今年で平和行進のレンジャーをして5年目になります。今年2月に前青年部長が離職する事になり沖縄地本青年女性部として急な事だったので今年の平和行進の副団長の件など不安などもあり毎週のように役員などでたくさん話し合い幹事会も開きながら皆で協力しながらの平和行進参加となりました。

今年の沖縄は平和行進前に梅雨入りもしてしまい心配でしたが梅雨空と逆に晴天に恵まれてとても暑い中の行進となまりました。今年の行進は従来のコースで慣れてるコースなので自分としては行進しやすかったです。平和行進一日目は約330名、二日目約350名、最終日は約570名と行進参加でしたが平年通りの参加人数で、今年は大きな交差点も警察の方が信号機も操作してもらい行進しやすかったです。2018年沖縄平和行進無事に三日間完結できた事がとても良かったです。沖縄地本青年女性部はこれからも平和運動で辺野古新基地建設阻止、全基地撤去目指して頑張って戦っていきたいと思います。

 

沖縄地方本部青年女性部副部長 山城 隼

5月10日に全国各地方の青年女性部を那覇空港にお迎えして那覇市にある「ているる」にて5.15全国結団式が行われました。沖縄地本青年女性部からは書記長で今回南コースの副団長を務めた金城雄介が参加して平和行進の決意表明を行いました。全国結団式終了後徒歩で宿泊先の琉球サンロイヤルホテルに移動して「三単産・結団式」を行いました。三単産の団長、副団長が舞台に上がり平和行進に向けての決意表明を行いました。それから全国各地方の青年女性部が前に出てきて各地方の代表者が挨拶をしました。三単産・結団式終了後に平和学習会を開き講習に沖縄タイムスである銘苅一哲様招き入れ沖縄の米軍基地問題について講和していただきました。辺野古新基地建設の問題や嘉手納基地、普天間基地の騒音問題やオスプレイの危険性など今の沖縄現状を勉強させていただきました。

三単産・結団式終了後に那覇市にあるバイキング居酒屋リオに懇親会を開き翌日から

始まる沖縄平和行進に向けて全国の仲間と交流を深め大いに盛り上がりました。行進初日の、11日は、県民広場から出発し、自衛隊基地前を通り西崎運動公園で昼食をとりました。西崎運動公園に入る前の豊見城道路では、ハンドマイクを持ちシュプレヒコールをしました。思いを一つにして日本政府に聞こえるように行進団一同、一生懸命でした。昼食をとり、ゴール地点のひめゆりの塔まで歩きました。

二日目は、平和の火の前から出発式をし、昼食地点の南城市中央公民館を通り、ゴール地点の南風原町役場まで歩いた。今年は、生歌、生演奏、シュプレヒコール、CDで去年とは違った感じがした。二日目は、初日の疲れも出てきて歩行者は大変そうでした。その中でも、シュプレヒコールをしているときは皆声がでていて疲れている様子がなかったです。それだけ、日本政府に思いを伝えたいと感じました。最終日は宜野湾市役所から出発し、北ウイング、南ウイングに分かれて普天間基地を包囲した後、宜野湾海浜公園野外劇上まで歩きました。私たち南ウイングは、右折が三回あり、一回目の右折ではレンジャー、歩行者も走ったりしてとても大変でした。二回目からは、走ることなく出来たのでとても良かったと思います。県民大会では、約3500人が参加して日本政府、米軍に思いを訴えました。最後の三単産・夕食懇親会では、一致団結して、カチャーシーをしながら卓上の周りを皆で回りました。とても楽しい懇親会でした。


全港湾青年部:青年代表者会議 報告

全港湾青年部:第1回青年代表者会議 報告

関西地方青年部長 築港支部 南谷尚孝

各自、自己紹介の後、第21回全港湾青年対策交流会の開催について討議しました。青年代表者会議を沖縄平和行進と同時開催すると、平和行進に毎年決まった人しか来ないと意見がでました。みな同じ意見で、今後も考えていくという方向性になりました。
青年対策交流会の開催について、日時場所は、本部の方が決めていただいたので、今回は運営と講義、分散会を主とした議題として進め,全国の意見を東北地方青年部長井坂氏が集約してくれた案を元に青年対策交流会議について、討議をしました。
講演内容については、6大港と地方港の違い、全港湾の歴史とこれからの在り方、青年担当からの講演、反戦反核学習が、青年部からの意見で、自動化(IOT)が中執から提議されました。
分散会においては、青年部の在り方今後の活動、全国青年部創設について、など集約された。
地方港開催の際、港見学ORレクリエーションに関して、取り入れてほしいと言う意見が出ましたが、取り扱いは、開催地方に一任することとなりました。

沖縄地方本部青年女性部書記長 金城雄介

2018年5月9日に、各地方の代表者が沖縄に集まった。その後、第1回全港湾青年代表者会議が行われた。オブ参加を含め12名の代表者が参加した。まずは、各地方の自己紹介を行なった。ほとんどが顔見知りで、青年対策交流集会や、5.15平和行進などの後、夜の懇親会で語り合った仲間達なので緊張はしなかった。
今回、代表者会議をやるにあたって前々から意見集約をしていました。沖縄地方については、全青年部長が退社してしまい、部長不在の中、役員皆んなで部長代理として穴を埋めています。全青年部長がいる間に、沖縄として意見をまとめていました。それが、この会議に使われているのは驚きました。初めての代表者会議に参加しましたが、何を決めるのか、何の会議をするのかわからないまま会議が始まりました。
まずは、日時と場所の確認です。次に、運営のあり方です。運営については、名古屋支部を中心にして、サポート役として東北地方、日本海地方に決まりました。今年の沖縄地方青年女性部は、サポート役としての力がないのが不甲斐ないです。来年は、サポートできる様に役員一同頑張っていきたいと思います。
青年代表者会議の開催についてですが、平和行進とは別に開催した方がいいと思います。なぜかというと、平和行進に、必ず代表者がいないといけないからです。各地方の代表者的にも、もっといろんな人達を経験させたいと思っていると思います。実際に、平和行進に参加して、一皮、二皮剥けて帰って来たと聞きます。その様な話を聞くと、平和行進と一緒にしたら、各地方の決まっている人数の一枠分がもったいないと思います。沖縄地方としては、定期全国大会に青年部代表者を参加させ、大会終了後の中央執行委員会と同時刻に開催してもいいのではと思っています。
次に、青年対策交流集会の開催についてですが、2年に1度の全国持ち回りがいいのかと思います。シーパレス開催の時は、視察はいいと思うのですが、他の地方の時は視察もしたいなと思っています。6大港の見学や、東北の地震があった場所などです。平和行進の時は、沖縄県の事を勉強してはいると思いますが、各地方の問題の事は知らないと思います。実際、沖縄でも各地方の問題を知っている青年部はいません。問題を理解する為に、視察をする事はとても大事なことだと私は思います。私は、初めての代表者会議に参加して、いろんな勉強が出来ました。次からは、先頭に立って引っ張っていきたいと思います。