衆議院法務委員会の「共謀罪」法案の強行採決に抗議

衆議院法務委員会の「共謀罪」法案の強行採決に抗議

5月19日、衆議院法務委員会において「共謀罪」法案が、怒号の中、強行採決された。この事態を受け、各所から抗議の声が続出している。

平和フォーラムの抗議声明
平和フォーラム 衆議院法務委員会の「共謀罪」法案の強行採決に対する抗議声明


第40回沖縄平和行進に参加して

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地方阪神支部 坪井雄志

 

私はこの平和行進は3回目の参加です。

1日目に行われた全国結団式では各人の話を聞いて共謀罪法成立を狙う与党、そして、米軍基地を沖縄に押し付ける政府に対し、不安と怒りを感じました。

三単産結団式内で行われた崎原真弓氏による平和学習会は歌、芝居、琉球空手等これまでの学習会と違って大変斬新な内容ではありましたが「沖縄の歴史」が理解しやすく、また、普段は意識できませんが私たちが生活していく上で「平和がいかに大事か」また、平和な日常は決して当たり前ではない」ということが分かりました。

行進1日目はレンジャーをしましたが自分自身が思うようにはうまくいきませんでした。しかし、黒レンジャー、班長、行進に参加された皆さんの協力のおかげで最後までやり抜くことができました。

行進2日目は天候悪化が予想されたため午後からは中止になり、非常に残念ではありましたが、1日目の行進の疲れ、翌日の県民大会を前にいい休息になったとも感じました。

行進3日目は県民大会終了後、行進が行われましたが辺野古の海を眺めながらの行進はとても爽快な気分にさせられたとともに連日、辺野古新基地建設工事に抗議するカヌー隊の私たちに対する歓迎はとてもうれしく感じました。

行進終了後の視察学習会では辺野古の浜を歩きましたが米軍新基地建設予定の砂浜にはフェンスが張られ、数メートル先の砂浜がとても遠くに感じられました。

嘉数高台では一番高い所に登ると普天間飛行場が目に入り、オスプレイが数機停まっているのが見受けられました。また、戦闘に使用された塹壕、銃弾を受けた石、京都府出身者、朝鮮出身者の慰霊碑等々があり、穏やかな雰囲気の場所にあるにも関わらず、なぜか重い空気を感じました。

沖縄が本土に復帰して45年が経ちましたが今もなお、在日米軍基地が70%も存在し、辺野古への県内移設という政府の圧力を受けています。この現状に対し、私は「勝つ方法はあきらめないこと」という言葉を柱とし、運動に取り組まなければと感じさせられました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

横浜支部 有賀 悟

 

今回、初めて参加して何もわからず参加しましたが命の大切さや戦争の悲惨さを改めて感じる事が出来ました。最初はキツイなぁと思いながらやってたんですけど地元の人や行進団の方々の応援や思いを感じて最後の行進の日のシュプレヒコールを1発目に、やらせていただいたんですけどものすごく気合を入れて思いを込めてやることが出来ました。また参加したいと思いますけど少しでも早く平和行進という運動が無くなればいいなと思いました。ありがとうございました!

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地方神戸支部   中川 秀直

 

今回、初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。平和学習会でのお話しを聞き自分の子供と重ねてしまい、もの凄く悲痛な思いをしました。行進では沖縄の戦時の中で一番の激戦区である、南コースを歩きました。行進を重ねる度に沖縄の歴史と悲惨な戦争の爪痕、そして今沖縄が抱える現状を身を持って感じる事が出来ました。この貴重な経験を持ち帰って、分会で話しをし一人でも多くの人に伝えていきたいと思います。このような貴重な経験をさせて頂いた全国の仲間への感謝と沖縄から米軍基地が無くなる日まで共に闘いましょう。本当にありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関東地本横浜支部東分会 清水 聡

 

2017年5月15日沖縄平和行進を終えました。三日間、レンジャーという形で参加し、行進をする中でたくさんの事を感じ、学びました。正直、メディアの情報程度の知識しかない状態で、県民の方々が抱えている問題も客観的な感覚でした。しかし、一日目の崎原真弓さんによる、学習会で、その客観的感覚が一気に消えていくのがわかりました。崎原さんのおばぁの語りで、気が付くと、涙を堪えていました。戦争は二度としてはいけない。戦争は悲しみしか生まないという言葉を34年間生きてきて、初めて心から思えた気がしました。そのために、自分達が沖縄県に来て、平和行進をやる事の意味を知りました。

又、自分がやれる事を考え、レンジャーを志願し、行進団を守り抜き、平和行進を完成させる事で形にしました。沿道から、拍手や手を振ってくれる県民の方々、すれ違う車の中から手を振ってくれた方々もいらっしゃいました。同じ思いを持っていても、行進に参加できなかった方々の思いも乗せた行進団を、レンジャーとして守れる事を誇りに思えました。行進二日目は雷雨により、午後から中止になってしまい、最終日の行進を心配しましたが、三日目には暑いくらいに晴れて、中部コースと戦跡コース、心を一つにして行進しました。右翼団体勝っていたシュプレヒコール。それに答えるようにいつも以上に声を張り上げる行進団。「団結」を目で見る事ができました。全国の仲間との交流も深まり、また必ずどこかで。と挨拶をし、沖縄を離れました。今回、2017.5.15 沖縄平和行進に参加でき、本当に良かったと思います。

沖縄に、もう慰霊碑や、戦争の傷跡はいらない。

一日でも早く基地問題が解決し、綺麗な海と自然がいつまでも守られ、素晴らしい県民の方々が静かな沖縄で幸せに暮らせる事を祈る思いです。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地方神戸支部 西尾優次

 

今回、2017年の第40回沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。私個人的な話になりますが、私の親が沖縄出身であり、沖縄の日本返還を目の当たりにしてきた世代で、少しながら話を聞く機会がありました為、私自身も普段行き慣れた沖縄とはまた違った、沖縄の事情を知るいいきっかけになればと思いました。

初日は空港で沖縄地方本部の方に暖かく迎えて下さり、ホテルからは全国から集まった多くの仲間と合流し、3日間の平和行進を一致団結して頑張りぬこうと誓い合いました。行進初日は天候にも恵まれた暑い陽射しの中、沖縄県庁からスタートし、ひめゆりの塔へ行進。私は慣れない日差しや暑さに負けそうになりましたが、皆の熱い気持ちや、地元の温かな応援おかげで自分の気持ちを奮い立たせて完歩することが出来た。

2日目は生憎沖縄の梅雨入りと重なり、激しい雨風の中、平和祈念公園から行進。生憎悪天候の為に、予定していた行進を全て完歩出来ずに終わったのが、大変残念でならなかった。

3日目は瀬嵩の浜から大浦湾を行進、その後、辺野古と嘉数高台を視察。辺野古は基地を移設し新しく建設しようと計画されていますが、昔からの守られている自然や風景などを見て、壊されようとしているのをなんとしてでも阻止すべきだと感じた。

各地域を自分の足で歩き、実際にその目で見て、戦争当時、戦争とは無関係な人々が、争いの火に焼かれ逃げ惑い、見つかれば敵に殺されてしまう、悲惨な状況の中で犠牲になってしまうことを思うと、とても胸が締め付けられた。米軍基地に関しても、基地がある事によって潤っていた、かつての時代は終わりました。一日でも早く沖縄にある基地を全て日本に返還され、私達自身の自らの手で沖縄の平和と発展を守る為に行動する時代がきたのです。また、かつての無益で愚かな戦争を繰り返さない、自分達の手で未来の子ども達のために、そして自身の大好きな家族がいる、母なるこの素晴らしい沖縄の平和を守るべきだと強く願い、そしてこの平和行進で学んできた事を、今後の活動に繋げ、役立てていきたいです。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部部長 與儀泰寛

 

本土復帰45周年になるこの沖縄の地で今年も第40回「5・15平和行進」が行われた。今年は「中部・基地コース」と「南部・戦跡コース」の2コースに分かれて行進をした。私は「南部・戦跡コース」の副団長という大役を担い参加させてもらいました。初めて南コースの行進団の副団長をしましたが、不慣れで多々ご迷惑をおかけしたと思いますが周りのサポートもあり責務を果たせたかと思います。

初日は、炎天下のなか県庁前の県民広場をスタートし、ひめゆりの塔までのゴールを目指し、戦争はしない、静かな生活を守るため、辺野古への新基地建設反対などの思いを胸に力強いシュプレヒコールを掲げ行進した。二日目は雷雨の中、糸満市の平和記念公園を出発した。行進中、幾度となく雷鳴が響く最中、大雨にもひるむことなく行進団はゴールの南風原町役場のゴールを目指し行進したが、天候の悪化により不本意ではあるが行進を中止せざるを得なかった。今では舗装された道路を使っているが、戦時中は道なき道を暗闇の中どこから銃弾が飛んでくるかもわからないし、砲撃される不安を背に歩いていた当時の戦況を思うと激しく胸が痛む。その恐怖は計り知れない。最終日は、「平和とくらしを守る県民大会」が名護市の大浦湾・瀬嵩海岸にて行われ、短い距離ではあるがわんさか大浦パークまでの約二キロの道を平和を願う思いを一心に行進団一致団結して平和行進を終えた。

沖縄ではオスプレイの夜間飛行訓練は午後11時を過ぎても爆音を響かせながら我々の上空を飛んでいるのが現状である。騒音被害も日に日に増している。また、緊迫状況が続いている北朝鮮の情勢を考慮すると、基地のある地域にとっては標的にされるリスクが高い事もふまえると、やはり基地の撤去はどうしても必要不可欠なのである。戦争をしても何ら得はしない、何も生まれない。ただ、憎しみと痛みだけが残るだけである。現世の我々が戦争の重みを受け止め後世の平和な暮らしを守ることを第一に考えていくことが大切だ。基地のない平和な島を実現させるために、国民の自由を奪われないために沖縄県民のみならず日本国民全体で重要だと改めて痛感した。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関東地本横浜支部青年副部長 鶴岡勇輔

 

今年で40回目となる、5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。私は去年に引き続き二回目の平和行進と言うこともあり去年勉強したこと、失敗したこと、持ち帰ったこと。今年一緒に行く初参加の仲間達と共有し三日間完歩出来たと思います。

これは去年私が肌で感じた、先輩達が作り上げてきた運動を「継ぐ」に近い事やと思ってました。ですが、初日に沖縄地本の永山書記長から頂いた挨拶の「来年、再来年にでもこの運動は終わらせて欲しい。」この言葉を聞いて見えてなかった事がすぐ解りました。

受け継ぐ事だけに慢心せず、目的を達成する為にどうするか、何が出来るか、を支部に持ち帰って仲間と話したいと思います。

初日の崎原真弓さんの講話、辺野古の浜で基地反対派の私達に向けられた現地の方のあの表情、嘉数高台で聞いた激戦の話もとても勉強になりました。そして、改めて戦争の悲惨さ、平和の有り難さ、今日本が抱えてる問題を認識し、これからに活かして行きたいと思いました。

最後になりましたが、一緒に行進した全国の皆さん。そして、今年も細部まで気に掛けて我々を受け入れて下さいました沖縄地本の皆さん。本当にありがとうございました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

日本海地方七尾支部   古濱陽介

 

5月11日~14日、沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。不安と緊張のなか沖縄に到着し、5・15全国結団式に参加しました。ホテルに移動し三単産の平和学習会では、講師に崎原真弓さんを迎えて、沖縄戦争、琉球の歴史を学びました。そこで自身の戦争・平和への知識の低さに痛感しました。悲惨な戦争の話には胸が苦しくなり、明日からの平和行進への意気込みが強くなりました。

行進初日は天候にも恵まれ出発式を終え、ひめゆりの塔を目指して、戦争激戦地の南部コースを行進しました。不馴れながらシュプレヒコールにも挑戦し沢山の命が奪われたこの地を一歩一歩踏みしめて行進しました。

二日目は雷、ゲリラ豪雨のなかレンジャーとして行進に参加しました。雨で足が重く疲れた体には、地元の人の声援が心強く最後まで行進することができました。

三日目は県民大会に参加し、わんさか大浦パークを目指し最後の行進をしました。シュプレヒコールにも力が入り、参加者が一体となって平和を訴えました。現地で体感した平和行進は貴重な体験であり平和への願いを改めて考えさせられました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地方阪神支部 篠崎謙悟

 

沖縄が本土に復帰して45年目となる節目の年に沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。出発前はテレビやインターネットなどのメディアでしか沖縄の現状を知ることができず、何が本当のことなのか分からないというのが正直なところでした。沖縄の地を歩き本当の現状というものを自分の目でしっかりと見てこようと心に決めていました。

実際に沖縄に着き移動する中で至る所にアメリカ軍の基地があり、フェンスが道や町を分断しているのを目の当たりにして衝撃を受けました。

また、行進最終日には辺野古の海を歩きこのような美しい海を埋め立てて自然を壊して新しい基地が建設されようとしていることにとても憤りを感じました。

嘉数高台からはオスプレイが配備されている普天間飛行場を望み、かつて沖縄戦で一番の激戦地であった地に今もアメリカ軍の基地が堂々と存在していることにとても違和感を覚えました。

平和行進は無事に貫徹することができましたが、行進を終えたから沖縄の事を考えるのも終わりではなくこれからも沖縄の基地問題についてずっと考えて行動していこうと思います。

基地問題と共に、戦跡地を歩いて学んだ戦争の悲惨さや無意味さ、初日に講話をしていただいた崎原真弓さんの話のなかで学んだ命の大切さなど、沖縄に来て自分が見たこと聞いたこと学んだことを一人でも多くの人に伝えて沖縄の問題について興味をもってもらえるようにすることが平和行進の最大の責務だと考えています。今回の経験を普段の組合活動にも活かし邁進して参ります。このような機会を与えていただき本当にありがとうございました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

東海地方清水支部副部長 新庄 巧

 

みなさんお疲れ様でした。今回初めて参加させていただきました。去年から副部長になり青対とは何をしているのかわからず、今回は少しでも勉強しようと思い参加を決意しました。今回参加させてもらいよかったなと思うことは全国の仲間と意見交換、また、話をしたり仲良くなれたのが1番よかったかなと、率直な感想です。

労働講座では、いままでの全港湾の歴史、法律の話、組合の話、色々ありました。また分科会では全国の港湾の人と話し合い、みんなで考えて答えを出していきました。自分の考えと全然違うなとか、そんな考えもあるんだと、すごい参考になりました。今回の自分が思ったのは、港湾の仕事は決して楽ではありません。昼も夜も働いて肉体的にも大変だと思うのでもっと賃上げをしてもらいたいなと思いました。

そのためには自分一人では何もできません。自分が大事、生活が大事、仲間が大事みんなで同じ意見をもち戦っていかないと行けないと思います。組合に入っている以上、逃げない。

清水支部の青年部のみんなにも、どんどん話をして意識を変えて行けたらいいなと思いました。今回は自分が参加したんですけど、まだまだ勉強不足な所もありますが1つ1つ覚え仲間に伝えていきます。もっといろんな人に青対に参加してもらいたいと思います。

ありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

東海地方清水支部 斉藤竜樹

 

今回初めて青対、労働講座に参加させていただきありがとうございました。自分は現在、東海埠頭(株)の執行委員をやっています。今回の青対、労働講座に初の参加の為、不安もありましたが、執行委員を通して多少組合業務には関わりがあるので、ちょっと自信もありました。ですが、労働講座が始まり全然分からない事だらけでした。そして、この労働講座を通じて、組合の事をもっともっと勉強したいと思いました。

特に気になったのが、時間外分母です。2025年までに149時間になるとの事ですが、本当に149時間になるのかな?と疑問に思います。また、東海埠頭(株)は港湾年金に加入していないので、これからの港湾年金の動向も気になります。また、全国の青年部の方々と貴重な話、いろいろな話が出来ました。6大港の役割や地方港の役割、各地方により労働条件もさまざまだと思いました。懇親会では、熱い議論もしました。その中で沖縄の方との話の中で、米軍基地やオスプレイの問題等、現地の方に聞かなければ分からない話も沢山し、沖縄平和行進にも行ってみたくなりました。今回の青対で一番感じた事は、今回来ている皆の思いは一つで、皆の団結が目に見えて分かりました。

現在東海埠頭(株)の青年層では、組合に対する意識がかなり低いと感じます。今回の労働講座、青年対策交流集会で勉強した事を一人でも多くの仲間に伝え、浸透していけるように頑張ろうと思います。今後、縁があれば、青対等に積極的に参加し勉強したいと思います。今回の労働講座、青年対策交流集会は本当に勉強になりました。ありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

東海地方田子の浦支部  小泉好秀

 

4月21日から24日にかけて、小樽港湾センターで行われた第50期労働講座・   第20回青年対策交流会議に参加させていただきました。今回は労働講座と青年対策交流会議の合同開催で、全港湾の歴史や労働組合の基礎知識、問題など、この講座を聞かなければ知らなかったことがたくさんありました。これからもっと港湾を取り巻く環境は厳しくなると思うので、知識を身につけて今後に生かしていきたいです。

分科会では各支部、各地方により温度差があり、いろいろな意見や各地方の活動を知ることができこれからの青年部活動の参考になりました。

今回参加して、大変貴重な体験をすることが出来ました。学んだことを青年部員伝え、もっと一人一人の意識を高めて行きたいです。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

東海地方田子の浦支部 佐藤伸行

 

2017年4月21日から24日にかけて小樽港湾センターで第50期労働講座・  第20回青年対策交流集会に参加しました。開催地の北海道地方の方々ありがとうございました。労働講座では松本委員長、真島書記長、鈴木副委員長、鈴木中執より講演をして頂き、全港湾の歴史、労働組合の取り組み方、港湾労働法制定のたたかい、地方港について学びました。その中で鈴木福委員長が「私もまだ勉強している。これからも続いていく」といったお話しがあり、自分も頑張らないといけないと思いました。

分科会では全港湾の長所・短所、団交の取り組み等の討論を行いました。

各支部同じ悩みを抱えていて、他支部の取り組み方を知る事ができこれからの活動に生かしていきたいと思います。この4日間で学んだ事を組合員と協力しより良い職場を築けるように、組合活動をがんばります。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

北海道地方 工藤恭平

 

5月11日~14 日まで第40回5・15沖縄平和行進に参加させて頂きました。今回初めての参加と共に三単産の団長を勤めさせていただきました。

行進の初日も不安とプレッシャーに押し潰されそうになりながらスタートしましたが、行進経験者の仲間や沖縄地本の青年部にサポートして頂きながら炎天下の中シュプレヒコールをし、声を掛け合いながら無事にひめゆりの塔まで完歩することができました。疲労を忘れさせるくらいの達成感が見に染みたのを今でも忘れられません。  2日目は雨風と雷に見舞われ、行進事態が中止になるかいなかになる中、出発式で我々はこの天気にも負けないぞという言葉と共に始まりました。今まで体験したことのないスコールに逢い、皆ずぶ濡れになり行進しました。残念なことにそこでシュプレヒを途切れさせてしまった事を自分の非力さに憤りを感じました。無事に休憩地点に到着しましたが午後からの行進が中止になってしまいました。仲間からここまで来たのだから最後まで歩き抜きたかったと聞こえとても残念でした。  そして最終日、コースは短いもののこれまでの集大成とも言える素晴らしい行進になりました。皆一丸となり声を上げ拍手まで起こり、思い出すだけで鳥肌が立ちます。  今回の体験で「平和」という二文字がどれ程重い言葉かを改めて実感しました。いつ米軍が堕ちるかわからない恐怖、米兵の減らない犯罪、いつ我が身に犯罪が降りかかってもおかしくない状況の中、暮らす人々がいること、本当にこの沖縄、そして日本という国を今一度見つめ直す機会を頂きました。そしてこれから共謀罪という壁が我々の前に立ちはだかってきます。平和を訴えただけで犯罪になってしまうかもしれない、些細な冗談すら犯罪として取り締まられ自分の生活、家族、そして人生までも狂わされてしまうかもしれない状況がこれから始まろうとしています。  この沖縄平和行進で皆と共に一歩一歩前に進み貫徹できた力、そしてです手を取り合って作った絆があればどんな事にでも立ち向かって戦っていけると思います!!これからも全港湾青年部団結して頑張っていきましょう!!最後になりますが受け入れ体制を取って頂いた沖縄地本の皆様、全国から集まった三単産の皆様本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

北海道地方 伊藤勇武

 

この度、5/12~15の日程で開催された5・15沖縄平和行進に参加させていただきました。

行進初日は、気温30度を超える中で目的地のひめゆりの塔を目指し約19kmを完歩いたしましたが、浴びた事のない日差しが容赦なく照り付け宿舎に戻る頃には腕が見事にツートンカラーになっており、現地の方がなぜ長袖を着ているのかを理解しました。

2日目は行進開始前から荒天に見舞われ、北海道にはない梅雨というものを体験し約3時間雷雨の中行進させていただきました。いずれの中での行進は非常に辛く、休憩中も言葉を発する事すらできない位に疲弊しておりましたが、72年前いつどこから飛んでくるかも分からない銃弾に怯えながら暮らしていた方々の日々を思うと現在の日本の向かおうとしている所が非常に危険で絶対に阻止しなければならない状態である事を再認識いたしました。

今回の経験を地元に持ち帰り、他組合員に留まらずに共有したいと思います。本当にありがとうございました。また、本行進開催に際しましてご尽力いただいた中央本部の方々、現地受け入れ・期間中にご協力いただいた全港湾沖縄地本の皆様。そして、全国各地より終結する仲間の路程を完璧にご手配いただいたリウボウ旅行サービスの盛田様には紙面をお借りして重ねてお礼を申し上げます。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

日本海地方直江津支部 井田一馬

 

今回、沖縄平和行進は初めて参加させてもらいました。沖縄の戦争の話を聞いて、とても悲しい気持ちになり、戦争は2度と起こしてはいけないという気持ちが一層強くなりました。行進ではとても暑くて距離も長く疲れましたが、シュプレヒコールやレンジャーなど積極的に参加できて良かったです。あと、海がとても綺麗で感動しました。

今は、平和なのが当たり前ですが、それを当たり前と思わずこれからも何か自分にできる事があれば積極的に取り組んでいきたいです。このような機会を与えてもらってとてもいい経験になりました。ありがとうございました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関東地方鹿島港支部 高木 涼

 

5月11日から5月15日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に参加しました。

15日には講師の崎原真弓さんによる「琉球の歴史から学ぶ平和行進のちむぐくる」

という内容の学習会がありました。この学習会で改めて戦争の悲惨さや平和と命の

大切さ「命どう宝」の意味を知りました。

12日から行進が始まりました。 12日はとても暑い中での行進だったのですが皆で歩き

きりました。行進 2日目は、雨、雷が酷く午前中の行進のみとなってしまいました。

行進最終日には、前日に悪天候でできなかった分、凄く大きな気合いの入った

シュプレヒコールで鳥肌がたつくらい凄いものでした。現地の方々からも「ありがとう!」

や「頒張って!」と声をかけてもらい、微々たるものですが少しでもカになれたのかなと

思います。

5日間という期間ではありましたが様々な機会を通して沖縄の基地問題への無関心を

無くすよう伝えていきたいと思いました。最後になりますが、受けいれて下さった沖縄地方の皆様ありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関東地方鹿島港支部 山本 恭平

 

1日目は平和学習会で琉球の歴史を学びました。自分が知らなかった事もたくさんあり戦争の恐ろしさ、争いは憎しみや悲しみや痛みしか生まれないなどの話を聞き、戦争はもう絶対にやってはいけないと思いました。沖縄の混状や新基地問題などを知ることができました。この学習会を聞いて気持ちが変わり、平和行進を沖縄のため、日本のためにやらなくてはいけないと思いました。5月12日から 3日間の行進が始まりました。

5月12日は南コースでした。南コースは那覇市役所からひめゆりの塔まで行進をしました。沖縄の中で1の激戦区を歩き、心が痛みました 5月13日は、悪天候により午前だけしか歩けなくて残念でした。しかし、この雨が鉄の弾じゃなくてよかったです。もし戦争だったら雨ではなく鉄の弾だったと考えると恐ろしく、今は平和でよかったなと思いました。

行進最終日は先日の雨で歩けなかった分、この最終日で気持ちを入れて行進しました。この行進3日間、沖縄住民の皆さんの声援が凄くて声援をされる度に体が震えました。私は初めての平和行進参加でしたが、参加して本当に良かったです。全国の仲間と交流をし、紳を深められて良い関係を築きあえました。沖縄から基地が無くなる日が来ることを願っています。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部 垣花勇樹

 

今回5.15平和行進へ初めて参加させてもらいました。三日間レンジャーとして、不慣れながらもなんとか行進団と一緒に最後まで歩くことが出来て一安心しました。

私自身、今回の南部コースで初めて通る道も多くなぜこのコースを行進するのか分からずに歩いていましたが、山形の塔や白梅の塔など戦時中に沢山の人がここで命を落としたのだと知って、戦争の悲惨さを感じながら南部コースを歩きました。

平和行進三日目、辺野古での行進後、辺野古の浜と宜野湾の嘉数高台へも視察に行きました。テレビでしか見たことがなかった辺野古の海を実際に見て、とてつもない面積を埋め立てして基地を造ろうしているのだと初めて実感しました、こんな綺麗な海に基地はいらない、絶対に基地は造らせてはいけないと強く思いました。

今回の平和行進に参加して、沖縄にいる私自身が普天間基地の問題や辺野古移設の問題に関して一番無関心だったと改めて気づかされとても考えさせられました。

平和行進を通して感じた思いを忘れることなく、これからの活動に活かしていきたいと思います。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部書記長 金城雄介

 

今年も、無事に5.15平和行進が終わりました。 初日は、暑い中30分遅れで完歩できたので良かったと思います。 途中、もっと遅れるのではと思ったが30分遅れなので皆んな頑張ったと思います。 2日目は、大雨の為に午前中で打ち切りになったので、物足りないと思います。しかし、雷や雨、風が強い為、中止にするのは仕方ないな事です。 BBQでは、雨のため皆んなが集まって飲食が出来なかったのがとても残念です。来年はもっといい方法を考えたいと思います。 最終日は、レンジャーの一員として参加しました。レンジャー自体が慣れてない人達だったので、私が後列から前列まで行ききし、レンジャーに声を掛けながら歩行者にも声を掛けて約2キロぐらいを歩きました。 今年は、裏方という、とても大変なポジションになり、色んな勉強を出来たことを、また来年に活かしたいと思います。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部会計監査 松原 翔

 

5月13日〜14日の二日間5.15平和行進に参加しました。去年に続き今年も先導車で行進団の皆さんの先頭をやらしてもらって去年よりはスムーズにできるかと思ったんですが行進団との距離やスピードなどまだまだな所もたくさんありました。また雨で行進が中止になったり夜の懇親会のバーベキューの時も雨が降りうまくいかないことがありましたがこの経験を無駄にしないで来年にいかしていきたいと思います。お疲れさまでした。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部副部長 白石善秀

 

初めて行進、黒服レンジャーをしました。 初めは最後まで歩けるのか?黒服レンジャーを任せられて最後までレンジャーをまとめきれるのかなど色んな心配が正直ありました。 でも、全港湾を初め色んな人の協力、助け合い、を肌で感じて正直直ぐ終わった感じです。 こんなにも全国の協力が有るとは正直思いませんでした。 自分自身の考えもかわりました。正直余り興味がなかったのが正直な所です。 でも今は全国の色んな平和運動に参加してみたいと思いました。 また来年も参加して楽しみたいです。 ありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部副部長 山城 隼

 

私は全港湾沖縄地本青年女性部副部長の山城隼です。 私は沖縄平和行進レンジャーを5年連続務めています。 最初の2年は赤レンジャーの班長を務めて3年目からは交通責任者のアンカーを務めてきました。 今年の平和行進はこれまでより行進者が年々少なくってる事で従来通りの東コース西コース南コースとは違って南部コースと中部コースの2コースになってしまった事が悔しかったです。今回も南部コースの交通責任者のアンカーを務めてさせて頂きました。 今年は平和行進が行われる中の梅雨入り予報があり心配でしたが行進の初日どうにか晴れてくれて県庁前からのスタートでした。行進を始めて約400メートル歩いた所の交差点ですぐに警察官の誘導により行進団半分ぐらいから赤信号で止められてしまい、これではデモ行進にはならないと警察官に抗議するも全然聞いてくれず、しまいには勝手に交差点の交通誘導するなって言われどうしようもなくなり、それからは交差点では行進団止められては、前の行進団たちまで追い付くように駆け足させてはの繰り返しをさせてしまい初日の行進は後方の行進者には大変な思いをさせてしまい反省とこれからの課題になってしまいました。この問題は来年の平和行進に向けて平和運動センターとも沖縄地本青年女性部で話し合いをして解決したいと思います。 行進の二日目は梅雨入りに入りスタート直前から雨に見舞われてしまいましたが交差点も少なく順調に行進してましたが午前中の途中から大雨と雷注意報が発令してしまい午後からは中止となってしまい今まで自分が参加してからは初めての中止だったのと二日目の行進が完歩出来なかった事がとても悔しい思いでした。 三日間は辺野古での行進で梅雨入りにもかかわらず天気に恵まれて2㎞と短い行進でしたが無事に完歩できました。今年も三日間行進団を事故ケガもなく無事に完結する事ができ良かったです。 2017年沖縄平和行進のまとめとして今年もたくさんの本土参加者がレンジャーのご協力もあり、また懇親会などで全国の青年女性部と懇親を深める事ができました。 三日間お疲れ様でした。本当にありがとうございました。 これからも全港湾沖縄地本青年女性部は辺野古新基地を絶対作らさない、そして沖縄から全基地撤去訴えていきます。未来の子供たちの為、沖縄の平和目指して戦っていきます。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部八重山港運分会 宮城光都

 

沖縄平和行進に参加するにあたってレンジャーとして皆様と行進を共に行いました。

私が参加したコースは南部・戦跡コースとなり一日目は那覇市の県庁前県民ひろばより出発し最終目的地の糸満ひめゆりの塔までのコースでした。

二日目は糸満市の平和記念公園より出発し最終目的地である南風原町役場までの予定でしたが初日の天気とはうってかわって雨の中での行進となり、時折雷や目の目が見えなくなるほどの豪雨に見舞われ、思うように行進が捗らず、午後の行進は中止となりとても残念な結果となりました。

三日目の最終日は名護の瀬嵩海岸にて県民大会が行われ多くの方々が参加されました。瀬嵩海岸より行進を行い、わんさか大浦パークまでの短い距離でしたが、合計三日間という期間の中で誰一人として事故にもあわず行進できたことに達成感と安堵感を感じることができました。

今回私は二回目の参加となりましたが、全国から集まる仲間がいることを再認識することができ、沖縄の現状が全国各地に伝わることが何よりも大切な事だと思いました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部八重山港運分会 上地 圭

 

今回初めて平和行進に参加させてもらいました。石垣島からの参加で、わからない事が多く、不安な気持ちでの参加でした。

私は、行進を安全に整然と進めるためのレンジャーという交通整理部隊として参加しました。何組かのチームに分かれて行動したのですが、他府県から来た初めて会った仲間達と大きな声を出しながら頑張ることで、最後まで任務を果たす事ができ、一体感や達成感を感じることができました。

夜の懇親会では全国の仲間たちの明るく友好的な人柄で会話も盛り上がり、楽しい時間を過ごすことができました。また、話をしている中で、皆さんが日頃から組合活動に積極的に参加している事がわかり驚きました。自分の勉強不足や意識の足りなさを恥ずかしく感じました。私の分会の仲間達にも参加してもらい、同じように感じ、意識を変えてもらいたいと思いました。

一番強く感じたことは、全国にはこんなにも頼もしい仲間たちがいるのだと、三日間一緒に行進した事で実感しました。平和行進に参加して戦争の悲惨さ、恐ろしさを学び、もう二度と戦争を起こさない世の中を作るために全国の仲間たちと一緒に闘っていこうと思いました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

香川県支部   尾崎   達也

 

5月11日から15日の5日間の日程で三単産結団式、5・15沖縄平和行進に参加をしました。四国地方からは私を含めて5名が参加をしました。11日の夕食後に平和学習会があり、講師としてNHK「プロフェッショナル  仕事の流儀」でも取り上げられた崎原真弓さんの「琉球の歴史から学ぶ、平和のちむぐくる」というテーマでお話を聞きました。沖縄は元々、日本ではなく独立国家「琉球王国」であったが、江戸幕府の命令により薩摩藩に侵略されて日本の一部になった事、侵略によりいかなる事にも耐え抜くために琉球空手を作った事や日本との出会いがなければ琉球芸能もここまで華やかに多彩に発展していなかったのかもしれないと琉球の先人たちの災い転じて福となすような素晴らしい生き方で生き抜いてきた事を知りました。そして70年前の戦争の話では、避難先の壕の中で敵に見つかるまいと泣き止まぬ赤子を母親が自分の手で殺したといった悲しい話を聞き戦争の恐ろしさや残酷さ、犠牲者の悲しみが自分の中に刻まれた気がしました。

12日から14日の3日間で5月15日の「本土復帰の日」にあわせて戦争の放棄や基地の撤去を訴える「第40回5・15沖縄平和行進」が始まりました。私は初めての参加という事もあり、少しの緊張と戸惑いもありましたが、平和行進初日ではレンジャーとして参加をしました。また、一般車両にはクラクションを鳴らされたりしましたが、手を振って応援してくれる現地の方もいてこの活動は最後まで精一杯やり遂げたいと改めて思いました。シュプレヒコールも行いましたが、大きな声を上げた時に参加者との団結力には感動を覚えました。この3日間で日差しが強い日もあれば、大雨にうたれた日もあり温度差で体調を崩す人もいましたが、たくさんの人の想いが1つになり行動をし、一致団結できたことは非常に意味のあることだと感じました。

今回、「5・15沖縄平和行進」に参加をして私は沖縄の歴史を見て触れることができ、自分が感じた事や学んだ事を自分の身内や友人そして次世代の人たちに伝えていかなければいけないと強く思いました。また、全国の仲間と一致団結をし交流を深めたことで自分の身の周りの人たちを大切に想う気持ちが平和に繋がるのではないかと思うようになりました。平和行進に参加された皆様、応援してくださった現地の皆様、交流会を受け入れてくださった沖縄地本の皆様、本当に有難うございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

徳島支部 上野浩幸

 

今回、初めて沖縄平和行進へ参加させていただきました。今回の平和行進に参加するにあたり、事前に沖縄について学んではいましたが、やはり、直接現地で、自分の体で感じる、考えることの大切さ、重要さを学びました。

まず、初日に行われた結団式では、全国から沖縄に集まり、安倍首相について・沖縄の過去について・国や政府への思い・日本国憲法について・安保条約、共謀罪について、本当に多くの様々な事柄から沖縄はもちろん、日本全国への問題として講演をいただきました。

また、同日、ホテルでの平和学習会では、72年前の戦争・歴史について学びながら、平和の素晴らしさ、戦争の辛さ、命の尊さについて講和いただきました。戦争からは何も生まれない、本当にそうだと思います。講演中、自然と涙が流れ、本当の意味で沖縄の歴史、戦争について考えることができました。

そして、沖縄平和行進についてですが、今回は天候に恵まれず、二日目の行進では途中で中止という状況になってしまいました。中止となったと聞いたときは、もっと全国から集まった仲間と戦いたい、訴えたいという感情も芽生えるなど、少し複雑な気持ちになりました。ですが、三日間の平和行進を通じて、様々なことを学びました。

正直、完歩できるとは思っていなかったのですが、共に歩く仲間、沖縄の人たち、それぞれの強い思いを考えながら歩いていると自然と足が前に一歩一歩進んでいました。今まであまり経験することのないような感覚でした。

行進をしながらはもちろん、講和や平和学習での視察を含め、まだまだ沖縄のこと何も知らなかったな、分かっていなかったなと改めて感じました。沖縄の現状等をあらゆるメディアで耳にしていましたが、現地で自分の足で、自分の耳で、感じることの大きさ、重大さ、逆に怖さまでも感じてしまうくらい、貴重な経験をさせていただいたと強く感じています。講和や平和学習では、本当に心を打たれました。他人事ではなく、自分のこととして考え、行動していかなくてはならないと。

今回の沖縄平和行進に参加することができ、これまでの自分、そして、これからの自分について考えることもできましたし、沖縄、日本、世界について、もっと真剣に物事を考えていかなくてならないと強く感じた数日でした。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

四国地方 新居浜支部 村上 真也

 

今回初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。沖縄で白兵戦が起きたことは知っていたのですが、実体験を聞きくと全く印象がちがいました。沖縄の4人に1人が戦争の被害に合っていたり、子供たちが逃げるために出した船が沈まされたり学校では教えてくれないような話が多かったです。戦争は自分が思っている以上に残酷だなと思い現政権が行おうとしている事の愚かさを再度痛感しました。行進では三日間レンジャーをしました。初めてのレンジャーで不安でいっぱいでしたがみなさんに教えてもらいみんなと協力して大きな問題もなく無事行進が終えてよかったです。レンジャーをしていて周りから「車に気をつけて」、「頑張ってね」と声をかけていただいた陰で体は限界でしたが歩くことができたと思います。  最後に受け入れをして下さった沖縄地本の皆様、全港湾をはじめ全国から行進のために集まった皆さんありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

松山支部 菅 智彦

 

第40回沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。沖縄を肌で感じて自分のいる場所と何が違うのか、また沖縄の歴史を学んで帰りたいという思いを胸に参加をしました。

現地に到着し、まず県武道館にて5.15平和行進全国結団式があり、その後ホテルに戻り三単産・結団式、その後平和学習会が行われ、講師で語り部の崎原真弓さんが『沖縄の歴史について』のお話しをしてくださいました。戦争の辛さ、悲惨さ、平和の大切さ、笑顔の大切さを教えてくださいました。この話を聞いてこの活動に対して改めて身を引き締めて取り組みたいと感じました。

行進一日目は、那覇市役所からひめゆりの塔までの予定となっており、この日私はレンジャーをさせて頂きました。行進団の隊列が途切れないように皆で声を出し合い、目的地まで怪我なく安全に辿り着くことができました。

二日目は、平和記念公園から南風原町役場まで行進をする予定でしたが天候が悪く残念ながら南城市中央公民館までで行進は中止となりました。しかし、午前中雷雨の中シュプレヒコールで声を出して団結し少しでも行進ができ良かったと思います。夕方には、沖縄地本にて青年BBQ交流会を行いました。全国の仲間とお酒を飲み交わし色んな話題で仲間の絆を深めることができたと思います。

三日目最終日は、瀬嵩の浜からわんさか大浦パークまで行進をしました。この日は2000人余りの全国の仲間が集まり力強い行進ができ、皆の思いが一つになった瞬間だと感じ、少しでも早く基地撤退など現実化してほしいと改めて思いました。その後辺野古の浜や嘉数高台に平和学習・現地視察に行き、辺野古の浜の生命や綺麗な海を基地で潰すのは許せないと思いました。嘉数高台では戦争の跡が残っており、戦争の恐ろしさや平和の大切さが身に沁みました。

日程最後の夜、三単産での懇親会を行いました。皆で楽しくお酒を交わし、最後に沖縄伝統の踊りや歌を歌い盛り上がり青年部員の方々と交流を深めることができ沖縄平和行進全日程が終了しました。

今回の参加で全港湾の組合員の方々と絆を深め離れていても仲間がいるということを改めて知り、これからも活動などを積極的に取り組んでいきたいと思いました。平和行進に参加された皆様、そして受け入れて下さった沖縄地本の皆様、本当にありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

四国地方高知支部 長田 篤

 

5月11日から14日の4日間の日程で、「第40回5・15平和行進」に初めて参加させていただきました。私たちが行進した南コースは沖縄戦があった中でも凄惨な地上戦が行われた地域としてしられるところのコースでした。

三日間の行進中まわりの風景はきれいでのどかに映りましたが、かつて沖縄戦で20万人の犠牲者が出たことや、米軍基地がある為に騒音、事件、事故などの基地問題あることを思い出しました。今、自分ができることは声を出して行進する事で沖縄の人々の平和で安心して暮らせることだと思いました。

そしてレンジャーやシュプレヒコールにも参加ができて暑さや雷雨にも負けずにこの三日間全国の仲間と団結して精一杯取り組むことができました。

今回、平和行進に参加して自分自身沖縄の歴史や米軍基地問題の現状を肌で感じることができました。また米軍基地問題に対する意識が沖縄と全国との大きな差があり、この差を少しでも縮まるよう自分たちの問題として職場や家族に平和行進で感じたことを伝えていきたいと思いました。

この沖縄平和行進は私にとっていい経験と平和な世の中について考えさせられる充実した4日間でした。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地本大阪支部青年部員 高田剛士

 

5月11日(木)から15日(月)まで4泊5日で沖縄平和行進に初参加しました。5月に入って間もないのに日差しが強く暑かったです。

初日の全港湾顔合わせでは同世代の人が多かった事もあり、すぐに仲良くなれました。

2日目は19.2キロの初行進に参加し、レンジャーをさせていただきました。このデモコースは、かつてここで戦争があり多くの人が亡くなった場所とは思えないほど整備されていましたが、戦時下の沖縄県民にしかわからない戦争の恐怖を思い「もう二度と戦争は起こさせたくない」そんな気持ちでいっぱいになりました。全国の人が団結し、1日でも早く戦争の恐怖がなくなるように声をあげ、米軍基地を撤退させなければなりません。

3日目は朝から雨が激しく途中で中止になりましたが、雨にも負けない力強いシュプレヒコールが街に響き渡りました。

4日目は「復帰45年5.15平和とくらしを守る県民大会」が大浦湾瀬嵩(セダケ)海岸で開かれ、私たちは「基地のない沖縄を」というハチマキを巻いて参加しました。国内外から約2200人が集まり、中には韓国や中国の人、驚いた事にアメリカの人たちもおり、米軍や自衛隊基地の拡大・強化に反対し、日米地位協定の抜本的改正を求める大会宣言を採択し、ガンバロー三唱で平和への強い意志を確認しました。しかし、その願いとは裏腹に目の前には、新基地建設のためのフロートや、大型作業船が浮かぶ厳戒態勢の海が広がっていて、怒りと悲しみの入り混じった複雑な感情になってしまいました。

5日目は抗議船に乗り、海上行動、大浦湾視察、ゲート前視察に参加しました。この5日間で一番衝撃的な1日で、ゲート前に到着した時に、炎天下で座り込みしていた年配の方々が機動隊員に両手両足を4人がかりで持ち上げられて、痛そうにしていたのです。辺野古新基地建設に必要な土砂を運搬するトラック運転手、機動隊もみんな沖縄出身の人です。トラック運転手の方が悲しそうな顔していたのも印象的です。機動隊の人はこんな事をするために機動隊になったわけではないのに強制でやらされているそうです。この光景を知っている人は日本に何人いるのでしょうか。知っている人は少ないと思います。年配の方々が必死で戦っているのに私は呆然としてしまいなにもできませんでした。ですがこの光景を1人でも多くの人々に伝えていく事は私たちにもできる事だと思いました。

この沖縄平和行進に参加できた事で、多くの頼もしい仲間と出会い、沖縄に美しい海と平和で静かな街が来る日まで私たちは闘い続けます。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地本大阪支部青年部副部長 岡田 大

 

5月11日「木」から5月15日「月」から沖縄平和行進に参加させて頂きました。

初日沖縄につくと全港湾の仲間達と県立武道館で平和行進団結式に参加しました。約700人の人が集まりいろんな人が平和行進団にエールをくれました。その中でも平和運動センター山城博治議長の言葉、安倍内閣のやり方、憲法改悪、共謀罪、辺野古移設反対に対する思いに明日からの平和行進に気合いがはいりました。ホテルに戻り全港湾、全国一般、日建連帯で三単産結団式をしました。関東、東北、日本海は沢山と人がきていて関西は少なく残念に思いました。結団式では歌や踊りで沖縄の歴史に触れました。戦後72年、20万人の犠牲、不発弾の後処理に何年もかかる事、未来の子供達に平和な街を作りたいと願う思いなどでした。2日目約19キロの道のりを全港湾先頭で歩きました。戦争の激戦区でいまだに不発弾がある可能性が高く建物が高く建てらないなど戦争が終わった後でも苦しみが残っていました。3日目大雨の中の行進でした。この日はレンジャーをやらせて貰いました。道中に地域の人に手を振られ頑張る事ができました。カミナリが強く、人に落ちる可能性がある為この日は昼で中止になりました。夜は沖縄地本でバーベキューをして貰い楽しめました。4日目県民大会に参加しました。全国からまた仲間が集まり大阪支部の仲間の労組も来ていました。約2200にが集まり瀬嵩海岸からわんさか大浦パークまでの2キロを声をあげ歩ききりました。2200人はとても少なく反対しているはずの沖縄県の人の参加が少ない事を痛感させられました。行進が終わりバスガイドさんの案内で戦争の姿が残る嘉数高台に行き亡くなった方、名前がわからない方へ黙祷しました。オリオンビールの星の意味や、かりゆしの意味、希望や先人の敬いだと知らせれ勉強になりました。最終日大阪支部の活動で現地のに基地座りこみ、海上行動に連れていってもらいました。トラックを止める為警官隊との戦いは凄まじかったです。ここではなんか少し悲しくもなりました。埋め立てるためのジャリや砂、コンクリートを運んでいるのも沖縄ナンバーのトラック、警官隊のなかにも沖縄の人、反対のはずの沖縄の人が米軍基地の為に沖縄の人達と戦わなくてはならない事はこの国の本当に残念な所だと思いました。この戦いで泣く警官もいたみたいで胸が熱くなりました。

沖縄にきて自分の目で見て、自分の足で歩き、しっかりと一人一人が沖縄、米軍基地、戦争、今の日本を考え行動に移し、県内外にとわずしっかりと活動するべきだと思いました。ありがとうございました。