東北地方ひたち支部青年部へ訪れた際の活動報告〔東日本大震災〕

阪神支部 井上友寛

 2011年3月11日、阪神大震災を越える未曾有の大震災が起きました。
 地震の影響で、大津波や原子力発電所の放射能飛散の事故などで、東北に大多数の被害が出ました。各地で一斉にメディアが報道する中、関西に住む私たちは、過去に大震災を経験したことで誰よりも辛さと苦しさを理解していました。
 全国で義援金やボランティア活動の動きがある中、私たち全港湾の青年部で何か出来ないだろうか?という思いが全国各地で起こってきました。そこで私たち関西地本のそれぞれ青年部の幹部で話し合った結果、期間は1ヶ月と短いですがそれぞれ支部の青年部で義援金を集めて、ゴールデンウイークを利用して被災地へ激励に行こうという事になりました。そして行き先は、以前から交流のあったひたち支部へと決まった次第です。日程は5月3日~4日で新幹線と鉄道で茨城県大甕(おおみか)へと向かったわけですが、当日万全を期して行けるようになるまでには、私たちにも幾つもの障害がありました。ですが、皆さんのご協力もあって当日を迎える事が出来ました。現地へ向かったのは、阪神支部の井上氏、神戸支部の倉本氏、建設支部の飯塚氏の3名です。現地へ着くと高田氏と井坂氏が代表で出迎えてくれました。無事だった事を喜びながら、力強く握手を交わしました。2人の案内でまず、仕事場でもある港へと向かいました。岸壁は殆どが隆起及び陥没していました。港湾施設としては、辛うじて機能できる具合に応急処置が成されていた。津波に遭った沿岸部は手付かずの部分も残っていた。そこには被災して廃車同然となった自動車やトラックなどが大量に集められていた。岸壁を視察した後、彼らの会社の会議室を利用して、他にも集まってもらった5人のひたち支部青年部の方、総勢10人で意見交流会をひらき、それぞれ当時の状況及び救援物資の配布や今現在の仕事の現状などを話し合い、総じて今後の支援の仕方を考える為、これからの状況をしっかり把握する事を確認し、熱い心と固い絆を感じ元気をもらいました。話の中で仕事の量はというと、震災前の約8割減だといいます。これからの回復の見通しも全く立たない様です。市街地にも視察に出向いたのですが、多数の家屋から瓦が落ちていたり、壁にひびや津波による浸水の痕跡などがあり、道路にも隆起や陥没が見受けられました。公園や空き地には、集められた瓦礫の山が何箇所も目に入ってきて、非常に心が痛みました。一時ガソリンや食料、生活用品が不足し、電気、ガス、水道も長い期間止まっていた為に、日常生活が非常に困難でした。これからも継続した支援活動が復興への道のりだと思う。


第14回青年対策交流会議に参加して

阪神支部 井上友寛

 今年は2月26日、27日、28日の日程で長崎県佐世保市に於いて全国青年対策交流会議は開催され、阪神支部からは青年部の中から2名が参加してきました。総勢55名の方が参加していました。
 会議1日目は議長団として関門支部の藤原氏と長崎県支部の高山氏が務め、中央支部の伊藤委員長の挨拶から始まりました。続いて中央本部青年部担当の鈴木委員長からこれからも青年部の活動していくうえでの問題提起を述べられました。休憩を挟み、ビデオ鑑賞に移ります。
 タイトルは「佐世保激動の記録」で、昭和42年に起こった米軍の空母エンタープライズ寄港に対する学生と警察、市民を巻き込んでの対立でした。その後、反戦平和に関する事や今各支部が取り組んでいる事など意見交換がなされました。先輩方のこうした過去の運動が今につながっている様に感じました。その日はこれで終了し、夜は懇親会が開かれました。初めて会った人、久しぶりに会った人それぞれがまるで旧友の様な仲間たちと交流を深めました。
 2日目は原爆講話として、長崎原爆被爆者体験者の下平作江さんが当時10歳の時に8月9日原爆が投下された日からの生い立ちを話してくれました。参加した人たちの殆どが実際に当事者からの話を聞くのが始めてらしく、皆固唾を呑む様な感じで真剣に話を聞いていました。テレビなどで見るのとは別物で、想像がはっきり頭の中を駆け巡ったので、恐ろしさを覚えた様に思えます。続いて「高校生平和大使」として第13代の高校3年生片山さん、青木さんそしてトルコ原爆展派遣、高校2年生平さん他2名の方が来られて「高校生1万人署名活動実行委員会」の活動内容を報告されました。昼食後、3班に分かれて被爆遺構めぐりに向かいます。案内人は山川さん、城だいさん、森口さんのみなさんが詳しく解説してくださいました。行き先は3コースになっており、合わせると平和公園、浦上天主堂、被爆鳥居、山王神社、城山小学校、爆心地公園、岡まさはる記念長崎平和資料館、原爆資料館です。皆さんそれぞれの思いで心に刻んでいた事でしょう。そして交流会へ。昨日よりも打ち解け合っている方が多いらしく親しくなっている様でした。最終日は佐世保港及び軍港視察で、ピースボートで湾内を解説を交えながら巡ります。港湾施設の約8割が自衛隊や米軍の施設で、何か戦々恐々とした重々しい様相を漂わせている感じに思え、人があまり見受けられなかったせいか殺風景な港と言うのが感想です。
次に佐世保支部へ移動後、全体討論に入りました。3日間の集大成として勉強になった事、まだまだ力不足を感じた事などそれぞれ感謝の意を述べ、元気を貰った様に感じました。閉会挨拶後、団結ガンバローで全日程は終了。自分たちの青年活動の糧になる良い体験が出来たと思います。