小樽支部で青年部の旗揚げ

若さで積極的に活動を確認
 
 この度、北海道地方小樽支部青年部を旗揚げしたことを、報告します(八月七日結成総会)。
 

 元々、北海道地本青年部というものは在りましたが、支部には無く、今回、小樽で旗揚げとなりました。今になって何故支部なのかと言うと、この不況の中、小樽港も仕事の量が減って来ています。北海道全体を見てもそうですし、この小樽も例外ではありません。そんな中、僕たち青年部がまとまり、そして団結していく事により、組合自体を盛る上げ、そして港を盛り上げていこうとの熱い思いです。小樽支部青年部規約の目的の中に「本青年部は全港湾の闘う路線を堅持し、強化発展させ、後継者の育成を図り情報交換並びに交流を行うものである」とあります。小樽支部青年部は四分会で構成され、人数は二十一名を確認しました。今後、団結していく為にも、集会など意見交換の場やレクリエーションなども行い、仲間意識を深めて行きたいと思います。
 港湾労働などを読んでいても、各港の青年部の皆さんは、色々な取り組みや活動を行っていて、いつも感心しています。僕達も、まず青年部らしい若さで活動して行きます。
 最後になりますが、各地方の青年部の皆さん、この小樽支部が、今後皆さんと共に発展出来るよう、頑張っていきますので、よろしくお願いします。
(小樽支部青年部部長 和田宏治)


被爆64周年原水禁世界大会


2020年までに核兵器を全廃させよう

8月4日から6日まで原水禁ヒロシマ大会、8月7日から9日まで原水禁ナガサキ大会が開催されました。原子爆弾の投下から64年を経た今なお、被爆者の補償問題も解決しておらず、人類は核兵器の脅威にさらされています。しかし、世界の核兵器の排除を約束した4月5日のオバマ大統領プラハ演説、それを受けた平和市長会による「核兵器廃絶のための緊急行動」の提起など、核廃絶の動きが高まってきており、核廃絶への大きな期待が寄せられる中での原水禁大会であった。

参加者の声:

ナガサキ大会に参加して

 八月七日(金)~九日まで核兵器廃絶二〇〇九平和ナガサキ大会に参加して参りました。七日(金)は、長崎県立総合体育館・メインアリーナで十五時三十分から開催されました。全体で三九〇〇名が参加し、全港湾からは九州地方、中央本部から三名が参加しました。
 開会のあいさつ、主催者代表、来賓あいさつでは長崎県知事・金子原二郎氏、長崎市長・田上富久氏らが、「被爆六四周年原水爆禁止世界大会長崎大会」を通して多くの人々が、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けた平和行政の推進に努めてまいりますとのメッセージがあり、海外来賓のあいさつと続き被爆者からの体験談を聞かせていただきました。一瞬にして大勢の方が亡くなり、帰宅中にも水を求めながら息絶える人々や、火傷で苦しんでいる人々を自分の力では助けてあげる事もできずに、家にたどり着いた時には自分の家族も亡くなっていた話などを聞き、原爆の脅威をあらためて感じました。その後、全国高校生平和大使の報告と決意表明がありました。彼等は毎年国連に派遣されているそうです。また、「核兵器の廃絶と平和な世界の実現を目指す」高校生一万人署名活動に取り組んでいるとの報告があり、高校生で出来る活動に感動しました。スローガンでは、「すべての核兵器をなくし世界の恒久平和を実現しよう!」など、平和アピールが行われフィナーレで「原爆を許すまじ」を合唱し、大会の一日を終えました。
 八日(土)二日目は、八つの分科会の中の第五分科会に参加しました。「ヒバクシャ三―交流・討論編―被爆二世・三世問題の現状と課題」で約一〇〇名が参加し、講師に振津かつみ(医者)の放射線の「継世代影響」の講義があり、その後被爆二世・三世の今現状の報告があり、家族・いとこの人たちが、いろいろな病気にかかり亡くなっていると聞いて放射能で二世・三世まで放射線障害の苦しみから消えることのないなど、また差別の問題でも病院にも行きづらいなどを聞き、二世・三世にも放射能の影響があり、改めて原爆の恐ろしさを認識しました。
 九日(日)三日目は、長崎県立総合体育館でまとめ集会に参加し、原水禁「非核平和行進」のタスキリレー返還(長崎から沖縄)の後、大会まとめがあり非核平和行進を爆心地まで歩き、十一時二分に黙とうをし、大会を終えました。今回初めての参加で、実際に被爆者からの原爆の恐ろしさ、被爆二世・三世の放射能に遺伝する怖さを改めて感じました。「反戦・平和」を、今後組合員の方々に伝えていき、全国の皆さんと平和運動に力を入れていきたいと思います。最後になりますが、長崎支部の皆さんありがとうございました。(博多支部 庄司初則)
・・・・・・・・・・・・

ヒロシマ大会に参加して  
   
 今年の広島大会へ参加する貴重な機会をいただきました。
 初めて参加した長崎大会から一〇年以上ぶりになります。当時は「長崎」「原爆」「原水禁運動」について何も知らずに、出発前にほんの少しだけ永井隆先生の事などを聞きかじって参加し、八月九日の長崎はただただ暑く、長崎の被爆者はこの暑さの中で想像を絶する原爆の熱風にさらされたのだと大きな怒りがこみ上げてきた事を覚えています。今回の広島はその時の長崎で身に付けた認識を持ったつもりで参加しました。
 八月四日の朝、政府は一九連敗中の原爆症認定訴訟の控訴を取り止め一審で勝訴している原告も含めて認定する事を決定し、八月六日の慰霊式、平和祈念式後に調印したいとの意向である。とのニュースを見て自宅を出発しました。初めての広島です。新幹線を降りて感じたことは「暑い!」でした。
 原爆投下から六四年、原爆被爆者の方々は高齢化が進み、壮絶で悲惨、凄惨な事実を強い勇気を持って語り継ぐ貴重な方々が少なくなっています。
 『被爆者の訴え』では柳川良子さんが、頬の肉が破れ垂れ下がり、その頬の肉を教師がボロ布となった衣服を包帯の代わりにし治療された事、全身の皮膚が焼けただれ、そしてガラス片が突き刺さっていた等々のご自身の悲惨な状態と、壮絶極まりない周辺の様子を生々しくも力強く語られました。
 また、被爆したピアノを再生させ全国で平和コンサートを続ける調律師の矢川さん、その被爆ピアノを演奏してくれた延藤成美ちゃん。そして、胎内被爆者でピアニストの芳井一條さんによる演奏を聞かせていただきました。
 原水禁をはじめ主催者のヒロシマ大会実行委員会の被爆体験を風化させない、核兵器廃絶、世界恒久平和実現への闘う執念を強く感じました。
 翌日、参加した入門編の第八分科会では平和記念資料館原田浩元館長と被爆二世協の田村 正さんの講演が行われました。原田元館長は被爆者として最後の館長とのことでした。
 原爆死没者慰霊式、平和祈念式で秋葉市長は『平和宣言』を行い、人類滅亡兵器である核兵器廃絶と世界平和を望む我々のほうが世界の多数派であると語り、プラハでのオバマ大統領の演説を絶賛し自らをオバマジョリティーとしYes, we can!と締めくくりました。大変に歯切れ良く世界の多数派として核廃絶と恒久平和へ長崎市と共に渾身の力を振り絞ることを誓う。と高らかに宣言しました。前日の原田元館長はオバマ発言について歓迎するも、慎重に今後の取り組みを見届けたいと見解を示していました。とても印象に残っています。
 反対に麻生首相のあいさつは中身が感じられず印象に残っていません。私はこども代表による『平和への誓い』をどのように受け止めたのか、麻生首相、舛添厚労相など出席した大臣の方々に聞いてみたいと思いました。世界大会には各政党からも追悼と過ちを繰り返さないとの意と賛同のメッセージが届いていますが同様に思いました。
 平和記念資料館をじっくりと拝観することができました。当時の米国をはじめ連合国の動向なども詳しく展示されていました。核兵器の保持はもとより核兵器の使用はいかなる理由を持ってしても決して許されるものではありません。先の戦争さえなかったら、日本が侵略戦争を起こさなければと考えさせられました。
こども代表による『平和の誓い』のむすびに「私たちは決してあきらめません。話し合いで争いを解決する、本当の勇気を持つために、核兵器を放棄する、本当の強さを持つために、原爆や戦争という「闇」から目をそむけることなく、しっかりと真実を見つめます。そして、世界の人々に、平和への思いを訴え続けることを誓います」とあります。
 こどもたちに負けるわけにはいきません!今回、参加する機会をいただいた事に感謝し、平和は闘い勝ち取るものと信じて、労働者の生活を守るために反戦平和の運動を取り組んでいきたいと思います。
(横浜支部 鈴木誠一)
・・・・・・・・・・・

ヒロシマ大会に参加して

 被爆六四周年原水爆禁止世界大会ヒロシマが、八月四日から六日に開催され、初日の「折り鶴平和行進」から始まり、「核兵器廃絶二〇〇九平和ヒロシマ大会」、二日目の分科会「見て、聞いて、学ぼうヒロシマ入門編」、三日目の「平和祈念式典」まで今回初めて参加しました。
 九州地方青年部が行っている運動に参加した時、長崎で被爆体験者の話を聞いて原爆の恐ろしさは解っていましたが、更にとの三日間で脅威を痛感しました。この四月にオバマ米大統領が「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任がある」と、原爆投下の責任を認め、核廃絶の「先頭に立つ」とプラハで宣言し核軍縮が少しずつ進んでいます。
 一方、世界ではイランや北朝鮮など新たな核拡散ヘの不安が拡がっています。被爆者の被爆による人体の障害は今なお癒えることなく、その後遺症に多くの方々が苦しんでおり、平均年齢七五歳という被爆者の方々が、一日でも早く救済されなければなりません。被爆者の様々な苦悩を長年にわたり強いられてきた、被爆者の体験の継承に努め、被爆者二世、三世、在外被爆者と共に歩んで行かなければと思いました。「すべての核兵器をなくし、世界の恒久平和を」「ノーモア・ヒロシマ!」「ノーモア・ナガサキ!」「ノーモア・ヒバクシャ!」。この場を借りて、川田委員長はじめ中国支部のみなさんありがとうございました。
(横浜支部 中村直樹)


東京支部浪速通運分会闘争、東京地裁が会社側の申し立てを「却下」

東京地裁が会社側の申し立てを「却下」、
正当な組合活動が認められる

 東京支部浪速通運分会四名を昨年九月二十九日に不当解雇したことに対し、全港湾東京支部は、浪速通運東京支店に対し、平成二十年十月一日と同年十一月四日の二度にわたり社前抗議要請行動を行いました。
 しかし会社側は、この行動に対して、昨年十一月十四日東京地裁に「街頭宣伝活動禁止等仮処分命令」を申立ててきました。
 その裁判の判決が九回の公判をへて平成二十一年八月十日東京地裁は、「本件申立てをいずれも却下する」という東京支部が正当な組合活動であった事を認める判決を下しました。

(さらに…)