全港湾第89回定期全国大会開催

真島委員長を選出、新執行体制を確立

全日本港湾労働組合の第89回定期全国大会を、9月12日、13日の2日間、沖縄かりゆしアーバンリゾート・ナハにて開催した。全国から大会代議員89名、中央本部役員19名、傍聴者を含め281名が出席、議長団は木村貴弘代議員(関東)、土井慎次代議員(東海)が務めた。役員については投票の結果、日本海地方出身の真島勝重氏を中央執行委員長に、九州地方出身の松永英樹氏を書記長に選出、新執行体制を確立した。
第89大会の開会にあたり、松本中央執行委員長は「安倍政権に茶番をやらせているのは我々労働組合の力が弱いからに他ならない。たたかう労働組合を再建し日本の労働運動をしっかりさせる必要がある」等と述べ、全港湾が先頭に立って運動して行くことの重要性を訴えかけた。
なお、松本委員長は大会において委員長職を退任したが、特別中央執行委員として当面様々な課題の任にあたることとなった。
全港湾第89回大会 大会宣言
全港湾第89回大会 特別決議
全港湾第89回大会 新役員一覧


全国港湾第11回定期全国大会開催

中央執行委員長に糸谷氏、中央執行委員長代行に松本氏を選出

全国港湾は、9月19日、20日、シーパレスにおいて第11回定期大会を開催した。大会にはオブザーバーを含めて295名が出席、全港湾からは55名が出席した。来賓には港運同盟、ITF東京事務所、全労済が出席、大会議長団は乾代議員(日港労連)と中辻代議員(全倉運)が務めた。
役員については、全港湾関係では松本耕三前中央執行副委員長が全国港湾中央執行委員長代行に選出された。また、真島勝重前中央執行委員が中央執行副委員長となり、新たに中央執行委員に法本健吾氏が選出された。
糸谷中央執行委員長(日港労連)、柏木中央執行副委員長(日港労連)、遠藤中央執行副委員長(検定労連)、瀬戸中央執行副委員長(検数労連)、玉田書記長(全国港湾)、市川書記次長(検定労連)については引き続き再任された。
全国港湾第11回大会 大会宣言


夏季一時金闘争、昨年を大幅に上回る勢い〔終報〕

回答額平均468、034円(+4、077円)
妥結額平均468、551円(+9、435円)

夏季一時金闘争が大詰めとなってきた。関東地方では昨年を25、506円、関西地方では昨年を28、368円上回る回答を得ている。四国地方、沖縄地方でも昨年を1万円以上上回る回答を得ている。このまま妥結が進めば、昨年を大幅に上回る勢いだが、東北地方の交渉が長期化し、回答の示されない分会もでている。本来なら、もう少し回答を待ちたいところではあるが、定期大会議案日程の関係上、本日をもって18夏季一時金闘争の集計は打ち切りとせざるを得ない。その点、ご了承頂きたい。
faxn1802


ILWU第37回定期大会開催される

ILWU(国際港湾倉庫労働組合)の第37回定期大会がオレゴン州ポートランドで6月4日から8日にかけて開催され、全港湾より真島書記長が参加した。大会においてはロバート・マクウェルラス委員長が退任を表明した。また、全港湾とILWUとの間で締結してきた「友好連帯協定」については、締結更新をおこなった。
2018年 全港湾とILWUとの友好連帯協定書


全港湾春闘、昨年をやや上回る結果〔終報〕

速報分会妥結額平均4、059円(+229円)
闘争分会妥結額平均3、773円(+217円)

全港湾の春闘交渉が概ね終結した。ここ数年、春闘交渉が長引く傾向も見られ交渉の続いている分会もあるが、速報分会の9割、闘争分会の8割が解決したことを受け、常任中央執行委員会を前に集計としては区切りとした。
5月15日現在、全港湾の賃金闘争は全闘争分会の84%に有額回答が示され、回答額平均は3、720円、妥結額平均は3、773円となり、昨年の妥結額平均を217円上回る結果となった。
faxn1717


回答額平均3、601円(前年比+37円)

全闘争分会の76%に有額回答、内78%が妥結

4月24日現在、全港湾の賃金闘争は全闘争分会の76%に有額回答が示された。回答額平均を見ると、昨年よりわずかではあるがプラスとなっている。関西地方では妥結が進み、概ね妥結となっている。全港湾全体での解決は5月連休明けになる見込み。
faxn1716


中央港湾団交仮合意、8日のストは解除

定年延長や港労法適用拡大で回答前進
産別賃金問題は労働委員会の場へ

第5回中央港湾団交が4月5日開催された。4月8日に24時間ストを構え、業側がどんな修正回答をするか注目されていたが、定年延長課題については「2025年度までに65歳とする」と言い切った回答が示され、港労法課題については「港湾労働法の全港・全職種適用について合意する」と“合意”という回答が示されるなど、評価に値する回答が示された。また、産別賃金の問題については労働委員会の場で結着をつけていきたいとし、16時10分仮協定書にサイン、産別賃金についてを除いて仮合意とするとし、4月8日(日)のストライキについては解除し、中央港湾団交を終えた。
faxn1713


フクシマ連帯キャラバン活動報告

3月14日から21日にかけて今回で5回目となる「フクシマ連帯キャラバン」を実施しました。キャラバン隊は新潟から出発し、福島、茨城、東京と移動しながら各地で脱原発を呼びかけ、最終日の21日、東京・代々木公園にゴールしました。全港湾、全国一般、全日建連帯、自治労、日教組、国労から総勢26名が参加しました。参加者からのレポートを掲載します。

 

2018フクシマ連帯キャラバンで団長を務めさせていただきました。キャラバン行動も今年で5回目となりより多くの人が参加する運動になりました。まず新潟で結団式を行い、柏崎刈羽原発について学習しました。事故を起こした福島第一原発とは違う原子炉をだから安全と言いますが、そもそも原子力発電は暴走すれば人の手に負えず安全ではありません。それでも安全と言いきることに不安を感じ、福島第一原発事故の教訓は活かされているのか疑問に感じました。巻原発建設阻止運動の中心だった中村さんの講演では、今こういった行動力が求められていると考えさせられました。16日には福島県の復興庁に要請書を提出しました。原発事故があり苦労している福島県は、被災者支援や避難生活を強いられている方々への補償など、最後まで先頭に立ってやるべきです。福島県楢葉町での県民集会では、帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の方からの悲痛な訴えに心が痛みました。この地区沿いの国道114号線は、車内に置いた線量計の警報が鳴り止まず、未だに線量が高い場所がいくつもあります。事故後除染もできず人が住める状態ではないですが、ここが故郷という方がたくさんいます。帰りたくても帰れない人を生み出した原発許せません。茨城では3班に分かれ自治体へ要請行動をしました。原発は止まっていても危険があり、一刻も早い実行可能な避難計画策定を求めますが大変困難な状況です。東京では経団連、東電、省庁に要請書と共に自分たちの訴えと福島の現状を訴えてきました。そして最終日にさよなら原発全国集会でキャラバンの活動報告をさせていただきました。この他に各地で行ったシール投票では、たくさんの反対意見がありました。小さい頃外で遊べなかった、特別扱いやいじめが起きるから。若い世代の人たちにこんなにも苦労をかけているのです。福島県民として、この世から原発を無くすために運動の先頭に立ち続けます。キャラバン行動は早朝から寒い中で街宣など大変でしたが、力を合わせやり遂げられたことを誇りに思います。この活動をさらに大きな運動にしていくためにも今後も頑張っていきます。(キャラバン隊団長 東北地方小名浜支部 丹野泰希)

2018フクシマ連帯キャラバンに3日間参加しました。17日に福島県民集会で原発事故により避難された方からの訴えを聞き、18日は避難指示が解除された地域のフィールドワークを行いました。最初の飯舘村は一部が帰還困難区域になっており、許可が無ければ入れない場所があります。線量計を確認すると、あちこちで警告音が鳴り響いており、たった数十cmの間に、境界線があるという事に疑問を感じました。次に川俣町から国道114号線を通り、浪江町に向かいました。昨年9月に通行止めが解除となりましたが、道の両側にはバリケードが張り巡らされており入ることはできません。道中に「帰還困難区域内につき長時間の停車はご遠慮ください」と書かれた看板がありました。正直、それを言うなら通行止め解除そのものが間違っているだろうと思います。請戸に着くと震災当時のまま墓石は倒れ、建物は損壊したままの状態でした。小学校は津波での死者を出さずに済みましたが、請戸では原発事故により被災者の救助に立ち入れない事態が起こり、多くの方が亡くなりました。大平山霊園にある慰霊碑に刻まれた犠牲者の名前から当時の無念さ伝わりとても胸が痛みました。富岡町は昨年3月に一部を除き避難指示解除になりましたが、住民の多くは帰還せず、復興も進んでいるようには見えません。富岡駅付近は立派な建物が出来ていても、道路の周りはやはりバリケードがあり、人が住めるような場所ではないと感じます。放射能は目には見えず、風が吹けば拡散します。本来は線を引いて避難区域を決めるような代物ではないのです。政府はしきりに復興は進んでいると言いますが、自分の目には震災から7年経過しても変わっていないと映りました。東京オリンピックで新しい物を建設する前に、福島や被災地の復興が大切なはずです。今回学んだことや感じたことを活かし、さらには仲間と団結し、これからの脱原発運動、震災を風化させない取り組みを強化していきたいと思います。(東北地方青年婦人部部長 井坂雄太)

第5回フクシマ連帯キャラバンは新潟で始まりました。今回は昨年参加者を中心に実行委員会を組織し、改善点を議論し修正や新たな取組みが盛り込まれた内容です。まず新潟での柏崎刈羽原発や巻町原発闘争の学習では、運動とはどういうものか考える機会となり、我々にとって非常に大きな収穫がありました。また、新たに街宣に併せてシール投票を各地で行いました。多くの市民の生の声が集められ、8割が原発再稼働反対という結果は我々を勢いづけるものとなりました。福島では県民集会や福島第一原発周辺の視察で原発事故がもたらしたものを再確認しました。この惨状を国や東電はどう見ているか、疑問と憤り、悔しさと悲しみが湧き上がり、福島で何が起き、どうなっているかを国民に知らせることが必要と感じました。茨城では17自治体に対し、東海第二原発に関する要請を行いました。当原発は廃炉基準の運転開始40年を迎えますが、原電は20年延長運転を企てています。茨城は多くの原子力関連施設と日立製作所を抱え、強力な原子力事業の地盤があり、黙っていれば原発推進に向かうのは必至です。東京での経団連、東電、経産省との意見交換においても、自分達がいかに大きな相手と闘っているかということを実感しつつ、経済優先を謳い原発を推進する姿勢にはもはや狂気を感じました。しかし、我々はそれに屈することなく、市民の先頭に立ち粘り強く、確固たる信念を持って闘い続ける使命があります。最後にキャラバンで多くの方と出会い、語り、共に行動し人間として成長できたこと、やり通せたことは私の誇りであります。仲間との絆は切れないものであり、必要不可欠な連帯です。脱原発社会の実現は地域から運動を盛り上げ、成果を結集することが近道と信じています。仲間と再会の日をみんなが胸を張って迎えられるよう、離れていても心は一つ、共に頑張っていきましょう!(東北地方ひたち支部青年女性部部長 古内厚志)

フクシマ連帯キャラバンに参加させて頂き新潟、福島、茨城、東京の各地でフィールドワークや地元の方々との交流、街頭宣伝、福島県民大集会参加、茨城県の各自治体や東電、経産省への要請行動、さようなら原発院内集会、さようなら原発全国集会参加という8日間の日程でした。20日の行動では水戸を出発し経団連前行動の予定でしたが渋滞に遭い到着が遅れ、団長によるキャラバン報告のみで終わりました。その後東京電力に対し、福島第一原発事故の早期収束、柏崎刈羽原発の廃炉、被災者への補償継続などの申し入れと意見交換を行いました。回答は火力発電がトラブル続きで安定しないため、原発は電力供給に必要ということでした。被災者への補償については一人一人の状況を確認し補償を継続していくとの事でした。次に経産省、厚労省と意見の交換を行いました。汚染土の処理など検討中の事が多く、未だ線量の高い場所へ帰還するのを推進していることの指摘に言葉を詰まらせ、返答に困るなど対策も出来ていないのが現状でした。さようなら原発院内集会では韓国での原発事情について講演を聞きました。21日のさようなら原発全国集会では悪天候によりデモ行進は中止になりましたが沢山の方々が集まりました。キャラバン中は移動先の方々からのサポートもあり、とてもスムーズに行動出来たと思います。反省として、意見交換は前もって質問事項などをみんなで話し合う場を設ければよかったと思いました。シール投票の結果を見ても、原発反対が多いのに政府や東電が再稼働に動いているのはどうかと思います。民主主義とは何なのかを考えさせられます。日本は広島、長崎で原爆被害を受け、福島で原発事故を起こしました。原子力の被害を三度も受けながら、利権と保身に目が眩んだ政府や企業のために国が間違った方向へ進んで行くのは許せません。日本こそ原発を廃し世界に向けて脱原発、核廃絶を主導していかなければなりません。そしてさようなら原発全国集会のステージ上で見た沢山の傘が集っている景色は感動しました。ずっと忘れません。(東北地方八戸支部青年婦人部 佐々木聖也)

昨年は郡山市で行われた県民集会だけの参加でした。今年はメディアで報道されていない事や活動を通じ、様々な人との交流の中でより深い話を知りたいと思い参加しました。14日新潟での結団式で事務局の朴さんからスタートを新潟にした理由は巻原発建設を住民投票で白紙にした事、3・11の震災以降、新潟県が柏崎刈羽原発の再稼働に慎重な動きを見せている事などがあったためとの事でした。自己紹介の後、副団長に全国一般川口さん、全日建橋本さん、団長には全港湾丹野さんが選出され、団長による団結ガンバロー!で結団式は終了しました。15日は柏崎刈羽原発PR館見学と、地元団体の方のお話を伺いました。東電は震災を教訓に地元住民の避難計画をしっかりと立てていると思っていました。しかし、現状は自治体に計画を丸投げしており、防潮堤も液状化現象が起きた場合は役目を果たさない恐れがある事を知りました。16日は新潟市で街宣とシール投票を行いました。反対70、賛成3、どちらとでもない6という結果でした。反対意見は「怖い」「政府は自分達の方針の事ばかりで住民の事を考えていない」等、賛成は「地元が潤う」等の意見が出ました。新潟は世界一の原発がある県だと聞きましたが、原発は廃炉にすべきと思う人が多いことがわかりました。投票していただいた中高生の中にはどちらでもないの回答が多く、その大半は「わからない・興味がない」という理由でした。そういった意見を通し、学生にも興味を持ってもらえるような活動をすることが課題ではないかと思いました。今後は若い世代に興味を持ってもらえるような機会を作って知識にしてもらい、福島第一原発事故を後世に伝えてもらえるような活動を出来たらと思いました。行動を通して巻原発建設計画を住民が行政と闘い、住民投票で計画を白紙にさせた事がとても印象に残りました。色々な支部、団体との交流で多くの事を聞く事ができ、この経験はこれからの糧になると思いました。(東北地方酒田支部青年婦人部 田中俊介)

今回初めてキャラバン隊に参加しました。漠然と反核を訴えるのではなく、様々な人の話を聞き、知識を深め、自分の声で「原発はいらない」としっかりと言えるようになりたいと思いキャラバンに臨みました。14日から17日までの参加でしたが、丹野団長を中心に団結を深め、新潟で柏崎刈羽原発見学、巻原発住民投票の講演、地元団体の方と交流、新潟市内での街宣活動を経て福島県に移動しました。16日福島では最初に復興庁を訪れ県知事への要望書の提出を行いました。15分と短い時間の中、要請書提出と川口・橋本副団長、丹野団長の訴えで終了となりました。県側から特に回答はなく行政との温度差も感じました。その後行われた交流集会では地元労組や高校生平和大使OBの講演を聞きました。その中で「微力だけど無力じゃない」という平和大使のスローガンが特に印象に残りました。前日に聞いた巻原発住民投票も同じで個々の力は小さくとも、それは意味のある大きなものである事を表していると思いました。17日は福島県民集会に向かう前に福島駅前で街宣を行いました。私は新潟での街宣まで経験が無く、いざ現場に出るとなかなか声が出ず、思ったように意見を聞くこともできなかったのが自分の課題として残りました。街宣で行ったシールアンケートには約80人の方から貴重な意見をいただきました。福島県民大集会では3300人が集まり被災者のため、そして未来のために原発はいらないと改めて感じさせるものとなりました。今後の課題として脱原発を訴える中で一般の方にもより深い意識を持ってもらう事が必要と感じました。賛成・反対に関わらず幅広い層に意識づけできるようなワークショップや学校で学習の機会があればと思います。今後は自分自身の声でこの経験を多くの人に伝え、意識をしてもらえるような活動を行いたいです。そしてフクシマ連帯キャラバンに一般の方を巻き込むことで、運動がさらに広がり発展していけると感じました。(東北地方酒田支部青年婦人部 本多紘二)