第40回沖縄平和行進に参加して

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地方阪神支部 坪井雄志

 

私はこの平和行進は3回目の参加です。

1日目に行われた全国結団式では各人の話を聞いて共謀罪法成立を狙う与党、そして、米軍基地を沖縄に押し付ける政府に対し、不安と怒りを感じました。

三単産結団式内で行われた崎原真弓氏による平和学習会は歌、芝居、琉球空手等これまでの学習会と違って大変斬新な内容ではありましたが「沖縄の歴史」が理解しやすく、また、普段は意識できませんが私たちが生活していく上で「平和がいかに大事か」また、平和な日常は決して当たり前ではない」ということが分かりました。

行進1日目はレンジャーをしましたが自分自身が思うようにはうまくいきませんでした。しかし、黒レンジャー、班長、行進に参加された皆さんの協力のおかげで最後までやり抜くことができました。

行進2日目は天候悪化が予想されたため午後からは中止になり、非常に残念ではありましたが、1日目の行進の疲れ、翌日の県民大会を前にいい休息になったとも感じました。

行進3日目は県民大会終了後、行進が行われましたが辺野古の海を眺めながらの行進はとても爽快な気分にさせられたとともに連日、辺野古新基地建設工事に抗議するカヌー隊の私たちに対する歓迎はとてもうれしく感じました。

行進終了後の視察学習会では辺野古の浜を歩きましたが米軍新基地建設予定の砂浜にはフェンスが張られ、数メートル先の砂浜がとても遠くに感じられました。

嘉数高台では一番高い所に登ると普天間飛行場が目に入り、オスプレイが数機停まっているのが見受けられました。また、戦闘に使用された塹壕、銃弾を受けた石、京都府出身者、朝鮮出身者の慰霊碑等々があり、穏やかな雰囲気の場所にあるにも関わらず、なぜか重い空気を感じました。

沖縄が本土に復帰して45年が経ちましたが今もなお、在日米軍基地が70%も存在し、辺野古への県内移設という政府の圧力を受けています。この現状に対し、私は「勝つ方法はあきらめないこと」という言葉を柱とし、運動に取り組まなければと感じさせられました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

横浜支部 有賀 悟

 

今回、初めて参加して何もわからず参加しましたが命の大切さや戦争の悲惨さを改めて感じる事が出来ました。最初はキツイなぁと思いながらやってたんですけど地元の人や行進団の方々の応援や思いを感じて最後の行進の日のシュプレヒコールを1発目に、やらせていただいたんですけどものすごく気合を入れて思いを込めてやることが出来ました。また参加したいと思いますけど少しでも早く平和行進という運動が無くなればいいなと思いました。ありがとうございました!

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地方神戸支部   中川 秀直

 

今回、初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。平和学習会でのお話しを聞き自分の子供と重ねてしまい、もの凄く悲痛な思いをしました。行進では沖縄の戦時の中で一番の激戦区である、南コースを歩きました。行進を重ねる度に沖縄の歴史と悲惨な戦争の爪痕、そして今沖縄が抱える現状を身を持って感じる事が出来ました。この貴重な経験を持ち帰って、分会で話しをし一人でも多くの人に伝えていきたいと思います。このような貴重な経験をさせて頂いた全国の仲間への感謝と沖縄から米軍基地が無くなる日まで共に闘いましょう。本当にありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関東地本横浜支部東分会 清水 聡

 

2017年5月15日沖縄平和行進を終えました。三日間、レンジャーという形で参加し、行進をする中でたくさんの事を感じ、学びました。正直、メディアの情報程度の知識しかない状態で、県民の方々が抱えている問題も客観的な感覚でした。しかし、一日目の崎原真弓さんによる、学習会で、その客観的感覚が一気に消えていくのがわかりました。崎原さんのおばぁの語りで、気が付くと、涙を堪えていました。戦争は二度としてはいけない。戦争は悲しみしか生まないという言葉を34年間生きてきて、初めて心から思えた気がしました。そのために、自分達が沖縄県に来て、平和行進をやる事の意味を知りました。

又、自分がやれる事を考え、レンジャーを志願し、行進団を守り抜き、平和行進を完成させる事で形にしました。沿道から、拍手や手を振ってくれる県民の方々、すれ違う車の中から手を振ってくれた方々もいらっしゃいました。同じ思いを持っていても、行進に参加できなかった方々の思いも乗せた行進団を、レンジャーとして守れる事を誇りに思えました。行進二日目は雷雨により、午後から中止になってしまい、最終日の行進を心配しましたが、三日目には暑いくらいに晴れて、中部コースと戦跡コース、心を一つにして行進しました。右翼団体勝っていたシュプレヒコール。それに答えるようにいつも以上に声を張り上げる行進団。「団結」を目で見る事ができました。全国の仲間との交流も深まり、また必ずどこかで。と挨拶をし、沖縄を離れました。今回、2017.5.15 沖縄平和行進に参加でき、本当に良かったと思います。

沖縄に、もう慰霊碑や、戦争の傷跡はいらない。

一日でも早く基地問題が解決し、綺麗な海と自然がいつまでも守られ、素晴らしい県民の方々が静かな沖縄で幸せに暮らせる事を祈る思いです。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地方神戸支部 西尾優次

 

今回、2017年の第40回沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。私個人的な話になりますが、私の親が沖縄出身であり、沖縄の日本返還を目の当たりにしてきた世代で、少しながら話を聞く機会がありました為、私自身も普段行き慣れた沖縄とはまた違った、沖縄の事情を知るいいきっかけになればと思いました。

初日は空港で沖縄地方本部の方に暖かく迎えて下さり、ホテルからは全国から集まった多くの仲間と合流し、3日間の平和行進を一致団結して頑張りぬこうと誓い合いました。行進初日は天候にも恵まれた暑い陽射しの中、沖縄県庁からスタートし、ひめゆりの塔へ行進。私は慣れない日差しや暑さに負けそうになりましたが、皆の熱い気持ちや、地元の温かな応援おかげで自分の気持ちを奮い立たせて完歩することが出来た。

2日目は生憎沖縄の梅雨入りと重なり、激しい雨風の中、平和祈念公園から行進。生憎悪天候の為に、予定していた行進を全て完歩出来ずに終わったのが、大変残念でならなかった。

3日目は瀬嵩の浜から大浦湾を行進、その後、辺野古と嘉数高台を視察。辺野古は基地を移設し新しく建設しようと計画されていますが、昔からの守られている自然や風景などを見て、壊されようとしているのをなんとしてでも阻止すべきだと感じた。

各地域を自分の足で歩き、実際にその目で見て、戦争当時、戦争とは無関係な人々が、争いの火に焼かれ逃げ惑い、見つかれば敵に殺されてしまう、悲惨な状況の中で犠牲になってしまうことを思うと、とても胸が締め付けられた。米軍基地に関しても、基地がある事によって潤っていた、かつての時代は終わりました。一日でも早く沖縄にある基地を全て日本に返還され、私達自身の自らの手で沖縄の平和と発展を守る為に行動する時代がきたのです。また、かつての無益で愚かな戦争を繰り返さない、自分達の手で未来の子ども達のために、そして自身の大好きな家族がいる、母なるこの素晴らしい沖縄の平和を守るべきだと強く願い、そしてこの平和行進で学んできた事を、今後の活動に繋げ、役立てていきたいです。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部部長 與儀泰寛

 

本土復帰45周年になるこの沖縄の地で今年も第40回「5・15平和行進」が行われた。今年は「中部・基地コース」と「南部・戦跡コース」の2コースに分かれて行進をした。私は「南部・戦跡コース」の副団長という大役を担い参加させてもらいました。初めて南コースの行進団の副団長をしましたが、不慣れで多々ご迷惑をおかけしたと思いますが周りのサポートもあり責務を果たせたかと思います。

初日は、炎天下のなか県庁前の県民広場をスタートし、ひめゆりの塔までのゴールを目指し、戦争はしない、静かな生活を守るため、辺野古への新基地建設反対などの思いを胸に力強いシュプレヒコールを掲げ行進した。二日目は雷雨の中、糸満市の平和記念公園を出発した。行進中、幾度となく雷鳴が響く最中、大雨にもひるむことなく行進団はゴールの南風原町役場のゴールを目指し行進したが、天候の悪化により不本意ではあるが行進を中止せざるを得なかった。今では舗装された道路を使っているが、戦時中は道なき道を暗闇の中どこから銃弾が飛んでくるかもわからないし、砲撃される不安を背に歩いていた当時の戦況を思うと激しく胸が痛む。その恐怖は計り知れない。最終日は、「平和とくらしを守る県民大会」が名護市の大浦湾・瀬嵩海岸にて行われ、短い距離ではあるがわんさか大浦パークまでの約二キロの道を平和を願う思いを一心に行進団一致団結して平和行進を終えた。

沖縄ではオスプレイの夜間飛行訓練は午後11時を過ぎても爆音を響かせながら我々の上空を飛んでいるのが現状である。騒音被害も日に日に増している。また、緊迫状況が続いている北朝鮮の情勢を考慮すると、基地のある地域にとっては標的にされるリスクが高い事もふまえると、やはり基地の撤去はどうしても必要不可欠なのである。戦争をしても何ら得はしない、何も生まれない。ただ、憎しみと痛みだけが残るだけである。現世の我々が戦争の重みを受け止め後世の平和な暮らしを守ることを第一に考えていくことが大切だ。基地のない平和な島を実現させるために、国民の自由を奪われないために沖縄県民のみならず日本国民全体で重要だと改めて痛感した。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関東地本横浜支部青年副部長 鶴岡勇輔

 

今年で40回目となる、5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。私は去年に引き続き二回目の平和行進と言うこともあり去年勉強したこと、失敗したこと、持ち帰ったこと。今年一緒に行く初参加の仲間達と共有し三日間完歩出来たと思います。

これは去年私が肌で感じた、先輩達が作り上げてきた運動を「継ぐ」に近い事やと思ってました。ですが、初日に沖縄地本の永山書記長から頂いた挨拶の「来年、再来年にでもこの運動は終わらせて欲しい。」この言葉を聞いて見えてなかった事がすぐ解りました。

受け継ぐ事だけに慢心せず、目的を達成する為にどうするか、何が出来るか、を支部に持ち帰って仲間と話したいと思います。

初日の崎原真弓さんの講話、辺野古の浜で基地反対派の私達に向けられた現地の方のあの表情、嘉数高台で聞いた激戦の話もとても勉強になりました。そして、改めて戦争の悲惨さ、平和の有り難さ、今日本が抱えてる問題を認識し、これからに活かして行きたいと思いました。

最後になりましたが、一緒に行進した全国の皆さん。そして、今年も細部まで気に掛けて我々を受け入れて下さいました沖縄地本の皆さん。本当にありがとうございました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

日本海地方七尾支部   古濱陽介

 

5月11日~14日、沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。不安と緊張のなか沖縄に到着し、5・15全国結団式に参加しました。ホテルに移動し三単産の平和学習会では、講師に崎原真弓さんを迎えて、沖縄戦争、琉球の歴史を学びました。そこで自身の戦争・平和への知識の低さに痛感しました。悲惨な戦争の話には胸が苦しくなり、明日からの平和行進への意気込みが強くなりました。

行進初日は天候にも恵まれ出発式を終え、ひめゆりの塔を目指して、戦争激戦地の南部コースを行進しました。不馴れながらシュプレヒコールにも挑戦し沢山の命が奪われたこの地を一歩一歩踏みしめて行進しました。

二日目は雷、ゲリラ豪雨のなかレンジャーとして行進に参加しました。雨で足が重く疲れた体には、地元の人の声援が心強く最後まで行進することができました。

三日目は県民大会に参加し、わんさか大浦パークを目指し最後の行進をしました。シュプレヒコールにも力が入り、参加者が一体となって平和を訴えました。現地で体感した平和行進は貴重な体験であり平和への願いを改めて考えさせられました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地方阪神支部 篠崎謙悟

 

沖縄が本土に復帰して45年目となる節目の年に沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。出発前はテレビやインターネットなどのメディアでしか沖縄の現状を知ることができず、何が本当のことなのか分からないというのが正直なところでした。沖縄の地を歩き本当の現状というものを自分の目でしっかりと見てこようと心に決めていました。

実際に沖縄に着き移動する中で至る所にアメリカ軍の基地があり、フェンスが道や町を分断しているのを目の当たりにして衝撃を受けました。

また、行進最終日には辺野古の海を歩きこのような美しい海を埋め立てて自然を壊して新しい基地が建設されようとしていることにとても憤りを感じました。

嘉数高台からはオスプレイが配備されている普天間飛行場を望み、かつて沖縄戦で一番の激戦地であった地に今もアメリカ軍の基地が堂々と存在していることにとても違和感を覚えました。

平和行進は無事に貫徹することができましたが、行進を終えたから沖縄の事を考えるのも終わりではなくこれからも沖縄の基地問題についてずっと考えて行動していこうと思います。

基地問題と共に、戦跡地を歩いて学んだ戦争の悲惨さや無意味さ、初日に講話をしていただいた崎原真弓さんの話のなかで学んだ命の大切さなど、沖縄に来て自分が見たこと聞いたこと学んだことを一人でも多くの人に伝えて沖縄の問題について興味をもってもらえるようにすることが平和行進の最大の責務だと考えています。今回の経験を普段の組合活動にも活かし邁進して参ります。このような機会を与えていただき本当にありがとうございました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

東海地方清水支部副部長 新庄 巧

 

みなさんお疲れ様でした。今回初めて参加させていただきました。去年から副部長になり青対とは何をしているのかわからず、今回は少しでも勉強しようと思い参加を決意しました。今回参加させてもらいよかったなと思うことは全国の仲間と意見交換、また、話をしたり仲良くなれたのが1番よかったかなと、率直な感想です。

労働講座では、いままでの全港湾の歴史、法律の話、組合の話、色々ありました。また分科会では全国の港湾の人と話し合い、みんなで考えて答えを出していきました。自分の考えと全然違うなとか、そんな考えもあるんだと、すごい参考になりました。今回の自分が思ったのは、港湾の仕事は決して楽ではありません。昼も夜も働いて肉体的にも大変だと思うのでもっと賃上げをしてもらいたいなと思いました。

そのためには自分一人では何もできません。自分が大事、生活が大事、仲間が大事みんなで同じ意見をもち戦っていかないと行けないと思います。組合に入っている以上、逃げない。

清水支部の青年部のみんなにも、どんどん話をして意識を変えて行けたらいいなと思いました。今回は自分が参加したんですけど、まだまだ勉強不足な所もありますが1つ1つ覚え仲間に伝えていきます。もっといろんな人に青対に参加してもらいたいと思います。

ありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

東海地方清水支部 斉藤竜樹

 

今回初めて青対、労働講座に参加させていただきありがとうございました。自分は現在、東海埠頭(株)の執行委員をやっています。今回の青対、労働講座に初の参加の為、不安もありましたが、執行委員を通して多少組合業務には関わりがあるので、ちょっと自信もありました。ですが、労働講座が始まり全然分からない事だらけでした。そして、この労働講座を通じて、組合の事をもっともっと勉強したいと思いました。

特に気になったのが、時間外分母です。2025年までに149時間になるとの事ですが、本当に149時間になるのかな?と疑問に思います。また、東海埠頭(株)は港湾年金に加入していないので、これからの港湾年金の動向も気になります。また、全国の青年部の方々と貴重な話、いろいろな話が出来ました。6大港の役割や地方港の役割、各地方により労働条件もさまざまだと思いました。懇親会では、熱い議論もしました。その中で沖縄の方との話の中で、米軍基地やオスプレイの問題等、現地の方に聞かなければ分からない話も沢山し、沖縄平和行進にも行ってみたくなりました。今回の青対で一番感じた事は、今回来ている皆の思いは一つで、皆の団結が目に見えて分かりました。

現在東海埠頭(株)の青年層では、組合に対する意識がかなり低いと感じます。今回の労働講座、青年対策交流集会で勉強した事を一人でも多くの仲間に伝え、浸透していけるように頑張ろうと思います。今後、縁があれば、青対等に積極的に参加し勉強したいと思います。今回の労働講座、青年対策交流集会は本当に勉強になりました。ありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

東海地方田子の浦支部  小泉好秀

 

4月21日から24日にかけて、小樽港湾センターで行われた第50期労働講座・   第20回青年対策交流会議に参加させていただきました。今回は労働講座と青年対策交流会議の合同開催で、全港湾の歴史や労働組合の基礎知識、問題など、この講座を聞かなければ知らなかったことがたくさんありました。これからもっと港湾を取り巻く環境は厳しくなると思うので、知識を身につけて今後に生かしていきたいです。

分科会では各支部、各地方により温度差があり、いろいろな意見や各地方の活動を知ることができこれからの青年部活動の参考になりました。

今回参加して、大変貴重な体験をすることが出来ました。学んだことを青年部員伝え、もっと一人一人の意識を高めて行きたいです。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

東海地方田子の浦支部 佐藤伸行

 

2017年4月21日から24日にかけて小樽港湾センターで第50期労働講座・  第20回青年対策交流集会に参加しました。開催地の北海道地方の方々ありがとうございました。労働講座では松本委員長、真島書記長、鈴木副委員長、鈴木中執より講演をして頂き、全港湾の歴史、労働組合の取り組み方、港湾労働法制定のたたかい、地方港について学びました。その中で鈴木福委員長が「私もまだ勉強している。これからも続いていく」といったお話しがあり、自分も頑張らないといけないと思いました。

分科会では全港湾の長所・短所、団交の取り組み等の討論を行いました。

各支部同じ悩みを抱えていて、他支部の取り組み方を知る事ができこれからの活動に生かしていきたいと思います。この4日間で学んだ事を組合員と協力しより良い職場を築けるように、組合活動をがんばります。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

北海道地方 工藤恭平

 

5月11日~14 日まで第40回5・15沖縄平和行進に参加させて頂きました。今回初めての参加と共に三単産の団長を勤めさせていただきました。

行進の初日も不安とプレッシャーに押し潰されそうになりながらスタートしましたが、行進経験者の仲間や沖縄地本の青年部にサポートして頂きながら炎天下の中シュプレヒコールをし、声を掛け合いながら無事にひめゆりの塔まで完歩することができました。疲労を忘れさせるくらいの達成感が見に染みたのを今でも忘れられません。  2日目は雨風と雷に見舞われ、行進事態が中止になるかいなかになる中、出発式で我々はこの天気にも負けないぞという言葉と共に始まりました。今まで体験したことのないスコールに逢い、皆ずぶ濡れになり行進しました。残念なことにそこでシュプレヒを途切れさせてしまった事を自分の非力さに憤りを感じました。無事に休憩地点に到着しましたが午後からの行進が中止になってしまいました。仲間からここまで来たのだから最後まで歩き抜きたかったと聞こえとても残念でした。  そして最終日、コースは短いもののこれまでの集大成とも言える素晴らしい行進になりました。皆一丸となり声を上げ拍手まで起こり、思い出すだけで鳥肌が立ちます。  今回の体験で「平和」という二文字がどれ程重い言葉かを改めて実感しました。いつ米軍が堕ちるかわからない恐怖、米兵の減らない犯罪、いつ我が身に犯罪が降りかかってもおかしくない状況の中、暮らす人々がいること、本当にこの沖縄、そして日本という国を今一度見つめ直す機会を頂きました。そしてこれから共謀罪という壁が我々の前に立ちはだかってきます。平和を訴えただけで犯罪になってしまうかもしれない、些細な冗談すら犯罪として取り締まられ自分の生活、家族、そして人生までも狂わされてしまうかもしれない状況がこれから始まろうとしています。  この沖縄平和行進で皆と共に一歩一歩前に進み貫徹できた力、そしてです手を取り合って作った絆があればどんな事にでも立ち向かって戦っていけると思います!!これからも全港湾青年部団結して頑張っていきましょう!!最後になりますが受け入れ体制を取って頂いた沖縄地本の皆様、全国から集まった三単産の皆様本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

北海道地方 伊藤勇武

 

この度、5/12~15の日程で開催された5・15沖縄平和行進に参加させていただきました。

行進初日は、気温30度を超える中で目的地のひめゆりの塔を目指し約19kmを完歩いたしましたが、浴びた事のない日差しが容赦なく照り付け宿舎に戻る頃には腕が見事にツートンカラーになっており、現地の方がなぜ長袖を着ているのかを理解しました。

2日目は行進開始前から荒天に見舞われ、北海道にはない梅雨というものを体験し約3時間雷雨の中行進させていただきました。いずれの中での行進は非常に辛く、休憩中も言葉を発する事すらできない位に疲弊しておりましたが、72年前いつどこから飛んでくるかも分からない銃弾に怯えながら暮らしていた方々の日々を思うと現在の日本の向かおうとしている所が非常に危険で絶対に阻止しなければならない状態である事を再認識いたしました。

今回の経験を地元に持ち帰り、他組合員に留まらずに共有したいと思います。本当にありがとうございました。また、本行進開催に際しましてご尽力いただいた中央本部の方々、現地受け入れ・期間中にご協力いただいた全港湾沖縄地本の皆様。そして、全国各地より終結する仲間の路程を完璧にご手配いただいたリウボウ旅行サービスの盛田様には紙面をお借りして重ねてお礼を申し上げます。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

日本海地方直江津支部 井田一馬

 

今回、沖縄平和行進は初めて参加させてもらいました。沖縄の戦争の話を聞いて、とても悲しい気持ちになり、戦争は2度と起こしてはいけないという気持ちが一層強くなりました。行進ではとても暑くて距離も長く疲れましたが、シュプレヒコールやレンジャーなど積極的に参加できて良かったです。あと、海がとても綺麗で感動しました。

今は、平和なのが当たり前ですが、それを当たり前と思わずこれからも何か自分にできる事があれば積極的に取り組んでいきたいです。このような機会を与えてもらってとてもいい経験になりました。ありがとうございました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関東地方鹿島港支部 高木 涼

 

5月11日から5月15日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に参加しました。

15日には講師の崎原真弓さんによる「琉球の歴史から学ぶ平和行進のちむぐくる」

という内容の学習会がありました。この学習会で改めて戦争の悲惨さや平和と命の

大切さ「命どう宝」の意味を知りました。

12日から行進が始まりました。 12日はとても暑い中での行進だったのですが皆で歩き

きりました。行進 2日目は、雨、雷が酷く午前中の行進のみとなってしまいました。

行進最終日には、前日に悪天候でできなかった分、凄く大きな気合いの入った

シュプレヒコールで鳥肌がたつくらい凄いものでした。現地の方々からも「ありがとう!」

や「頒張って!」と声をかけてもらい、微々たるものですが少しでもカになれたのかなと

思います。

5日間という期間ではありましたが様々な機会を通して沖縄の基地問題への無関心を

無くすよう伝えていきたいと思いました。最後になりますが、受けいれて下さった沖縄地方の皆様ありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関東地方鹿島港支部 山本 恭平

 

1日目は平和学習会で琉球の歴史を学びました。自分が知らなかった事もたくさんあり戦争の恐ろしさ、争いは憎しみや悲しみや痛みしか生まれないなどの話を聞き、戦争はもう絶対にやってはいけないと思いました。沖縄の混状や新基地問題などを知ることができました。この学習会を聞いて気持ちが変わり、平和行進を沖縄のため、日本のためにやらなくてはいけないと思いました。5月12日から 3日間の行進が始まりました。

5月12日は南コースでした。南コースは那覇市役所からひめゆりの塔まで行進をしました。沖縄の中で1の激戦区を歩き、心が痛みました 5月13日は、悪天候により午前だけしか歩けなくて残念でした。しかし、この雨が鉄の弾じゃなくてよかったです。もし戦争だったら雨ではなく鉄の弾だったと考えると恐ろしく、今は平和でよかったなと思いました。

行進最終日は先日の雨で歩けなかった分、この最終日で気持ちを入れて行進しました。この行進3日間、沖縄住民の皆さんの声援が凄くて声援をされる度に体が震えました。私は初めての平和行進参加でしたが、参加して本当に良かったです。全国の仲間と交流をし、紳を深められて良い関係を築きあえました。沖縄から基地が無くなる日が来ることを願っています。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部 垣花勇樹

 

今回5.15平和行進へ初めて参加させてもらいました。三日間レンジャーとして、不慣れながらもなんとか行進団と一緒に最後まで歩くことが出来て一安心しました。

私自身、今回の南部コースで初めて通る道も多くなぜこのコースを行進するのか分からずに歩いていましたが、山形の塔や白梅の塔など戦時中に沢山の人がここで命を落としたのだと知って、戦争の悲惨さを感じながら南部コースを歩きました。

平和行進三日目、辺野古での行進後、辺野古の浜と宜野湾の嘉数高台へも視察に行きました。テレビでしか見たことがなかった辺野古の海を実際に見て、とてつもない面積を埋め立てして基地を造ろうしているのだと初めて実感しました、こんな綺麗な海に基地はいらない、絶対に基地は造らせてはいけないと強く思いました。

今回の平和行進に参加して、沖縄にいる私自身が普天間基地の問題や辺野古移設の問題に関して一番無関心だったと改めて気づかされとても考えさせられました。

平和行進を通して感じた思いを忘れることなく、これからの活動に活かしていきたいと思います。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部書記長 金城雄介

 

今年も、無事に5.15平和行進が終わりました。 初日は、暑い中30分遅れで完歩できたので良かったと思います。 途中、もっと遅れるのではと思ったが30分遅れなので皆んな頑張ったと思います。 2日目は、大雨の為に午前中で打ち切りになったので、物足りないと思います。しかし、雷や雨、風が強い為、中止にするのは仕方ないな事です。 BBQでは、雨のため皆んなが集まって飲食が出来なかったのがとても残念です。来年はもっといい方法を考えたいと思います。 最終日は、レンジャーの一員として参加しました。レンジャー自体が慣れてない人達だったので、私が後列から前列まで行ききし、レンジャーに声を掛けながら歩行者にも声を掛けて約2キロぐらいを歩きました。 今年は、裏方という、とても大変なポジションになり、色んな勉強を出来たことを、また来年に活かしたいと思います。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部会計監査 松原 翔

 

5月13日〜14日の二日間5.15平和行進に参加しました。去年に続き今年も先導車で行進団の皆さんの先頭をやらしてもらって去年よりはスムーズにできるかと思ったんですが行進団との距離やスピードなどまだまだな所もたくさんありました。また雨で行進が中止になったり夜の懇親会のバーベキューの時も雨が降りうまくいかないことがありましたがこの経験を無駄にしないで来年にいかしていきたいと思います。お疲れさまでした。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部副部長 白石善秀

 

初めて行進、黒服レンジャーをしました。 初めは最後まで歩けるのか?黒服レンジャーを任せられて最後までレンジャーをまとめきれるのかなど色んな心配が正直ありました。 でも、全港湾を初め色んな人の協力、助け合い、を肌で感じて正直直ぐ終わった感じです。 こんなにも全国の協力が有るとは正直思いませんでした。 自分自身の考えもかわりました。正直余り興味がなかったのが正直な所です。 でも今は全国の色んな平和運動に参加してみたいと思いました。 また来年も参加して楽しみたいです。 ありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部副部長 山城 隼

 

私は全港湾沖縄地本青年女性部副部長の山城隼です。 私は沖縄平和行進レンジャーを5年連続務めています。 最初の2年は赤レンジャーの班長を務めて3年目からは交通責任者のアンカーを務めてきました。 今年の平和行進はこれまでより行進者が年々少なくってる事で従来通りの東コース西コース南コースとは違って南部コースと中部コースの2コースになってしまった事が悔しかったです。今回も南部コースの交通責任者のアンカーを務めてさせて頂きました。 今年は平和行進が行われる中の梅雨入り予報があり心配でしたが行進の初日どうにか晴れてくれて県庁前からのスタートでした。行進を始めて約400メートル歩いた所の交差点ですぐに警察官の誘導により行進団半分ぐらいから赤信号で止められてしまい、これではデモ行進にはならないと警察官に抗議するも全然聞いてくれず、しまいには勝手に交差点の交通誘導するなって言われどうしようもなくなり、それからは交差点では行進団止められては、前の行進団たちまで追い付くように駆け足させてはの繰り返しをさせてしまい初日の行進は後方の行進者には大変な思いをさせてしまい反省とこれからの課題になってしまいました。この問題は来年の平和行進に向けて平和運動センターとも沖縄地本青年女性部で話し合いをして解決したいと思います。 行進の二日目は梅雨入りに入りスタート直前から雨に見舞われてしまいましたが交差点も少なく順調に行進してましたが午前中の途中から大雨と雷注意報が発令してしまい午後からは中止となってしまい今まで自分が参加してからは初めての中止だったのと二日目の行進が完歩出来なかった事がとても悔しい思いでした。 三日間は辺野古での行進で梅雨入りにもかかわらず天気に恵まれて2㎞と短い行進でしたが無事に完歩できました。今年も三日間行進団を事故ケガもなく無事に完結する事ができ良かったです。 2017年沖縄平和行進のまとめとして今年もたくさんの本土参加者がレンジャーのご協力もあり、また懇親会などで全国の青年女性部と懇親を深める事ができました。 三日間お疲れ様でした。本当にありがとうございました。 これからも全港湾沖縄地本青年女性部は辺野古新基地を絶対作らさない、そして沖縄から全基地撤去訴えていきます。未来の子供たちの為、沖縄の平和目指して戦っていきます。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部八重山港運分会 宮城光都

 

沖縄平和行進に参加するにあたってレンジャーとして皆様と行進を共に行いました。

私が参加したコースは南部・戦跡コースとなり一日目は那覇市の県庁前県民ひろばより出発し最終目的地の糸満ひめゆりの塔までのコースでした。

二日目は糸満市の平和記念公園より出発し最終目的地である南風原町役場までの予定でしたが初日の天気とはうってかわって雨の中での行進となり、時折雷や目の目が見えなくなるほどの豪雨に見舞われ、思うように行進が捗らず、午後の行進は中止となりとても残念な結果となりました。

三日目の最終日は名護の瀬嵩海岸にて県民大会が行われ多くの方々が参加されました。瀬嵩海岸より行進を行い、わんさか大浦パークまでの短い距離でしたが、合計三日間という期間の中で誰一人として事故にもあわず行進できたことに達成感と安堵感を感じることができました。

今回私は二回目の参加となりましたが、全国から集まる仲間がいることを再認識することができ、沖縄の現状が全国各地に伝わることが何よりも大切な事だと思いました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

沖縄地方本部青年女性部八重山港運分会 上地 圭

 

今回初めて平和行進に参加させてもらいました。石垣島からの参加で、わからない事が多く、不安な気持ちでの参加でした。

私は、行進を安全に整然と進めるためのレンジャーという交通整理部隊として参加しました。何組かのチームに分かれて行動したのですが、他府県から来た初めて会った仲間達と大きな声を出しながら頑張ることで、最後まで任務を果たす事ができ、一体感や達成感を感じることができました。

夜の懇親会では全国の仲間たちの明るく友好的な人柄で会話も盛り上がり、楽しい時間を過ごすことができました。また、話をしている中で、皆さんが日頃から組合活動に積極的に参加している事がわかり驚きました。自分の勉強不足や意識の足りなさを恥ずかしく感じました。私の分会の仲間達にも参加してもらい、同じように感じ、意識を変えてもらいたいと思いました。

一番強く感じたことは、全国にはこんなにも頼もしい仲間たちがいるのだと、三日間一緒に行進した事で実感しました。平和行進に参加して戦争の悲惨さ、恐ろしさを学び、もう二度と戦争を起こさない世の中を作るために全国の仲間たちと一緒に闘っていこうと思いました。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

香川県支部   尾崎   達也

 

5月11日から15日の5日間の日程で三単産結団式、5・15沖縄平和行進に参加をしました。四国地方からは私を含めて5名が参加をしました。11日の夕食後に平和学習会があり、講師としてNHK「プロフェッショナル  仕事の流儀」でも取り上げられた崎原真弓さんの「琉球の歴史から学ぶ、平和のちむぐくる」というテーマでお話を聞きました。沖縄は元々、日本ではなく独立国家「琉球王国」であったが、江戸幕府の命令により薩摩藩に侵略されて日本の一部になった事、侵略によりいかなる事にも耐え抜くために琉球空手を作った事や日本との出会いがなければ琉球芸能もここまで華やかに多彩に発展していなかったのかもしれないと琉球の先人たちの災い転じて福となすような素晴らしい生き方で生き抜いてきた事を知りました。そして70年前の戦争の話では、避難先の壕の中で敵に見つかるまいと泣き止まぬ赤子を母親が自分の手で殺したといった悲しい話を聞き戦争の恐ろしさや残酷さ、犠牲者の悲しみが自分の中に刻まれた気がしました。

12日から14日の3日間で5月15日の「本土復帰の日」にあわせて戦争の放棄や基地の撤去を訴える「第40回5・15沖縄平和行進」が始まりました。私は初めての参加という事もあり、少しの緊張と戸惑いもありましたが、平和行進初日ではレンジャーとして参加をしました。また、一般車両にはクラクションを鳴らされたりしましたが、手を振って応援してくれる現地の方もいてこの活動は最後まで精一杯やり遂げたいと改めて思いました。シュプレヒコールも行いましたが、大きな声を上げた時に参加者との団結力には感動を覚えました。この3日間で日差しが強い日もあれば、大雨にうたれた日もあり温度差で体調を崩す人もいましたが、たくさんの人の想いが1つになり行動をし、一致団結できたことは非常に意味のあることだと感じました。

今回、「5・15沖縄平和行進」に参加をして私は沖縄の歴史を見て触れることができ、自分が感じた事や学んだ事を自分の身内や友人そして次世代の人たちに伝えていかなければいけないと強く思いました。また、全国の仲間と一致団結をし交流を深めたことで自分の身の周りの人たちを大切に想う気持ちが平和に繋がるのではないかと思うようになりました。平和行進に参加された皆様、応援してくださった現地の皆様、交流会を受け入れてくださった沖縄地本の皆様、本当に有難うございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

徳島支部 上野浩幸

 

今回、初めて沖縄平和行進へ参加させていただきました。今回の平和行進に参加するにあたり、事前に沖縄について学んではいましたが、やはり、直接現地で、自分の体で感じる、考えることの大切さ、重要さを学びました。

まず、初日に行われた結団式では、全国から沖縄に集まり、安倍首相について・沖縄の過去について・国や政府への思い・日本国憲法について・安保条約、共謀罪について、本当に多くの様々な事柄から沖縄はもちろん、日本全国への問題として講演をいただきました。

また、同日、ホテルでの平和学習会では、72年前の戦争・歴史について学びながら、平和の素晴らしさ、戦争の辛さ、命の尊さについて講和いただきました。戦争からは何も生まれない、本当にそうだと思います。講演中、自然と涙が流れ、本当の意味で沖縄の歴史、戦争について考えることができました。

そして、沖縄平和行進についてですが、今回は天候に恵まれず、二日目の行進では途中で中止という状況になってしまいました。中止となったと聞いたときは、もっと全国から集まった仲間と戦いたい、訴えたいという感情も芽生えるなど、少し複雑な気持ちになりました。ですが、三日間の平和行進を通じて、様々なことを学びました。

正直、完歩できるとは思っていなかったのですが、共に歩く仲間、沖縄の人たち、それぞれの強い思いを考えながら歩いていると自然と足が前に一歩一歩進んでいました。今まであまり経験することのないような感覚でした。

行進をしながらはもちろん、講和や平和学習での視察を含め、まだまだ沖縄のこと何も知らなかったな、分かっていなかったなと改めて感じました。沖縄の現状等をあらゆるメディアで耳にしていましたが、現地で自分の足で、自分の耳で、感じることの大きさ、重大さ、逆に怖さまでも感じてしまうくらい、貴重な経験をさせていただいたと強く感じています。講和や平和学習では、本当に心を打たれました。他人事ではなく、自分のこととして考え、行動していかなくてはならないと。

今回の沖縄平和行進に参加することができ、これまでの自分、そして、これからの自分について考えることもできましたし、沖縄、日本、世界について、もっと真剣に物事を考えていかなくてならないと強く感じた数日でした。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

四国地方 新居浜支部 村上 真也

 

今回初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。沖縄で白兵戦が起きたことは知っていたのですが、実体験を聞きくと全く印象がちがいました。沖縄の4人に1人が戦争の被害に合っていたり、子供たちが逃げるために出した船が沈まされたり学校では教えてくれないような話が多かったです。戦争は自分が思っている以上に残酷だなと思い現政権が行おうとしている事の愚かさを再度痛感しました。行進では三日間レンジャーをしました。初めてのレンジャーで不安でいっぱいでしたがみなさんに教えてもらいみんなと協力して大きな問題もなく無事行進が終えてよかったです。レンジャーをしていて周りから「車に気をつけて」、「頑張ってね」と声をかけていただいた陰で体は限界でしたが歩くことができたと思います。  最後に受け入れをして下さった沖縄地本の皆様、全港湾をはじめ全国から行進のために集まった皆さんありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

松山支部 菅 智彦

 

第40回沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。沖縄を肌で感じて自分のいる場所と何が違うのか、また沖縄の歴史を学んで帰りたいという思いを胸に参加をしました。

現地に到着し、まず県武道館にて5.15平和行進全国結団式があり、その後ホテルに戻り三単産・結団式、その後平和学習会が行われ、講師で語り部の崎原真弓さんが『沖縄の歴史について』のお話しをしてくださいました。戦争の辛さ、悲惨さ、平和の大切さ、笑顔の大切さを教えてくださいました。この話を聞いてこの活動に対して改めて身を引き締めて取り組みたいと感じました。

行進一日目は、那覇市役所からひめゆりの塔までの予定となっており、この日私はレンジャーをさせて頂きました。行進団の隊列が途切れないように皆で声を出し合い、目的地まで怪我なく安全に辿り着くことができました。

二日目は、平和記念公園から南風原町役場まで行進をする予定でしたが天候が悪く残念ながら南城市中央公民館までで行進は中止となりました。しかし、午前中雷雨の中シュプレヒコールで声を出して団結し少しでも行進ができ良かったと思います。夕方には、沖縄地本にて青年BBQ交流会を行いました。全国の仲間とお酒を飲み交わし色んな話題で仲間の絆を深めることができたと思います。

三日目最終日は、瀬嵩の浜からわんさか大浦パークまで行進をしました。この日は2000人余りの全国の仲間が集まり力強い行進ができ、皆の思いが一つになった瞬間だと感じ、少しでも早く基地撤退など現実化してほしいと改めて思いました。その後辺野古の浜や嘉数高台に平和学習・現地視察に行き、辺野古の浜の生命や綺麗な海を基地で潰すのは許せないと思いました。嘉数高台では戦争の跡が残っており、戦争の恐ろしさや平和の大切さが身に沁みました。

日程最後の夜、三単産での懇親会を行いました。皆で楽しくお酒を交わし、最後に沖縄伝統の踊りや歌を歌い盛り上がり青年部員の方々と交流を深めることができ沖縄平和行進全日程が終了しました。

今回の参加で全港湾の組合員の方々と絆を深め離れていても仲間がいるということを改めて知り、これからも活動などを積極的に取り組んでいきたいと思いました。平和行進に参加された皆様、そして受け入れて下さった沖縄地本の皆様、本当にありがとうございました。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

四国地方高知支部 長田 篤

 

5月11日から14日の4日間の日程で、「第40回5・15平和行進」に初めて参加させていただきました。私たちが行進した南コースは沖縄戦があった中でも凄惨な地上戦が行われた地域としてしられるところのコースでした。

三日間の行進中まわりの風景はきれいでのどかに映りましたが、かつて沖縄戦で20万人の犠牲者が出たことや、米軍基地がある為に騒音、事件、事故などの基地問題あることを思い出しました。今、自分ができることは声を出して行進する事で沖縄の人々の平和で安心して暮らせることだと思いました。

そしてレンジャーやシュプレヒコールにも参加ができて暑さや雷雨にも負けずにこの三日間全国の仲間と団結して精一杯取り組むことができました。

今回、平和行進に参加して自分自身沖縄の歴史や米軍基地問題の現状を肌で感じることができました。また米軍基地問題に対する意識が沖縄と全国との大きな差があり、この差を少しでも縮まるよう自分たちの問題として職場や家族に平和行進で感じたことを伝えていきたいと思いました。

この沖縄平和行進は私にとっていい経験と平和な世の中について考えさせられる充実した4日間でした。

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地本大阪支部青年部員 高田剛士

 

5月11日(木)から15日(月)まで4泊5日で沖縄平和行進に初参加しました。5月に入って間もないのに日差しが強く暑かったです。

初日の全港湾顔合わせでは同世代の人が多かった事もあり、すぐに仲良くなれました。

2日目は19.2キロの初行進に参加し、レンジャーをさせていただきました。このデモコースは、かつてここで戦争があり多くの人が亡くなった場所とは思えないほど整備されていましたが、戦時下の沖縄県民にしかわからない戦争の恐怖を思い「もう二度と戦争は起こさせたくない」そんな気持ちでいっぱいになりました。全国の人が団結し、1日でも早く戦争の恐怖がなくなるように声をあげ、米軍基地を撤退させなければなりません。

3日目は朝から雨が激しく途中で中止になりましたが、雨にも負けない力強いシュプレヒコールが街に響き渡りました。

4日目は「復帰45年5.15平和とくらしを守る県民大会」が大浦湾瀬嵩(セダケ)海岸で開かれ、私たちは「基地のない沖縄を」というハチマキを巻いて参加しました。国内外から約2200人が集まり、中には韓国や中国の人、驚いた事にアメリカの人たちもおり、米軍や自衛隊基地の拡大・強化に反対し、日米地位協定の抜本的改正を求める大会宣言を採択し、ガンバロー三唱で平和への強い意志を確認しました。しかし、その願いとは裏腹に目の前には、新基地建設のためのフロートや、大型作業船が浮かぶ厳戒態勢の海が広がっていて、怒りと悲しみの入り混じった複雑な感情になってしまいました。

5日目は抗議船に乗り、海上行動、大浦湾視察、ゲート前視察に参加しました。この5日間で一番衝撃的な1日で、ゲート前に到着した時に、炎天下で座り込みしていた年配の方々が機動隊員に両手両足を4人がかりで持ち上げられて、痛そうにしていたのです。辺野古新基地建設に必要な土砂を運搬するトラック運転手、機動隊もみんな沖縄出身の人です。トラック運転手の方が悲しそうな顔していたのも印象的です。機動隊の人はこんな事をするために機動隊になったわけではないのに強制でやらされているそうです。この光景を知っている人は日本に何人いるのでしょうか。知っている人は少ないと思います。年配の方々が必死で戦っているのに私は呆然としてしまいなにもできませんでした。ですがこの光景を1人でも多くの人々に伝えていく事は私たちにもできる事だと思いました。

この沖縄平和行進に参加できた事で、多くの頼もしい仲間と出会い、沖縄に美しい海と平和で静かな街が来る日まで私たちは闘い続けます。

 

 

第40回沖縄平和行進に参加して

 

関西地本大阪支部青年部副部長 岡田 大

 

5月11日「木」から5月15日「月」から沖縄平和行進に参加させて頂きました。

初日沖縄につくと全港湾の仲間達と県立武道館で平和行進団結式に参加しました。約700人の人が集まりいろんな人が平和行進団にエールをくれました。その中でも平和運動センター山城博治議長の言葉、安倍内閣のやり方、憲法改悪、共謀罪、辺野古移設反対に対する思いに明日からの平和行進に気合いがはいりました。ホテルに戻り全港湾、全国一般、日建連帯で三単産結団式をしました。関東、東北、日本海は沢山と人がきていて関西は少なく残念に思いました。結団式では歌や踊りで沖縄の歴史に触れました。戦後72年、20万人の犠牲、不発弾の後処理に何年もかかる事、未来の子供達に平和な街を作りたいと願う思いなどでした。2日目約19キロの道のりを全港湾先頭で歩きました。戦争の激戦区でいまだに不発弾がある可能性が高く建物が高く建てらないなど戦争が終わった後でも苦しみが残っていました。3日目大雨の中の行進でした。この日はレンジャーをやらせて貰いました。道中に地域の人に手を振られ頑張る事ができました。カミナリが強く、人に落ちる可能性がある為この日は昼で中止になりました。夜は沖縄地本でバーベキューをして貰い楽しめました。4日目県民大会に参加しました。全国からまた仲間が集まり大阪支部の仲間の労組も来ていました。約2200にが集まり瀬嵩海岸からわんさか大浦パークまでの2キロを声をあげ歩ききりました。2200人はとても少なく反対しているはずの沖縄県の人の参加が少ない事を痛感させられました。行進が終わりバスガイドさんの案内で戦争の姿が残る嘉数高台に行き亡くなった方、名前がわからない方へ黙祷しました。オリオンビールの星の意味や、かりゆしの意味、希望や先人の敬いだと知らせれ勉強になりました。最終日大阪支部の活動で現地のに基地座りこみ、海上行動に連れていってもらいました。トラックを止める為警官隊との戦いは凄まじかったです。ここではなんか少し悲しくもなりました。埋め立てるためのジャリや砂、コンクリートを運んでいるのも沖縄ナンバーのトラック、警官隊のなかにも沖縄の人、反対のはずの沖縄の人が米軍基地の為に沖縄の人達と戦わなくてはならない事はこの国の本当に残念な所だと思いました。この戦いで泣く警官もいたみたいで胸が熱くなりました。

沖縄にきて自分の目で見て、自分の足で歩き、しっかりと一人一人が沖縄、米軍基地、戦争、今の日本を考え行動に移し、県内外にとわずしっかりと活動するべきだと思いました。ありがとうございました。

 


青年対策交流会議・労働講座に参加して

青年対策交流会議・労働講座に参加して

 

関東地方横浜支部関東港運分会 山本 拓矢

第20回青年対策交流会・第50回労働講座に参加出来て良い勉強になりました。青年部の交流の方も全員と出来たので嬉しく思います。

会社の現場で感想や質問を分会長をはじめ執行委員のメンバーに伝え、これから少しづつでも全港湾の歴史や文化、政治経済等も勉強していかなければと考えてます。今後は、まだ若い組合員に参加してもらい私達執行部と同じ考えで職場で働くように出来たら良いかなと思います。現地北海道の方々と各担当の講師の方々に感謝の気持ちとお礼を言ってレポートを終わりたいと思います。ありがとうございました。

関東地方横浜支部 道村 昭

4月21日(金)~4月24日(月)にかけて、北海道小樽市にある小樽港湾センターで行われた第50期労働講座(第20回青年対策交流会議兼務)に参加しました。

初日は17時から開校式が行われ、終了後全体懇親会が行われました。2日目は松本中央委員長のあいさつから始まり、講義(港湾産別闘争と全港港湾の歴史)について話を聞きました。全港湾の成り立ちから、今の全港湾までの歴史について学びました。法の整備から携わり形にしていく組織力に驚きました。また、これまでの労働組合からこれからの労働組合にどのようにしていくか意識付の話を聞き、今後何ができるか考える事ができました。

午後からは真島書記長の講義(労働組合とは何か、基礎知識、問題提起)についていくつかの問題提起の話を聞きました。現在、自分の職場で問題になっていたアライアンスの再編で船社の共同運行で船社の集約が行われ荷役業者が仕事を失うという事態になっています。世界経済の流れには逆らえないため、現状の6大港で多い縦割りの荷役形状が機能しなくなりつつあり、今後どのような連携体制とっていくのかが大きな課題だと思いました。また、コンテナラウンドユースでは空バンの状態での運行を減少させようとする事で、運送運賃の値下げ適正料金が支払われないことが危惧され、コンテナターミナルのバンプールの機能が成り立たなくなる事に強い危機感を感じました。

3日目は初めに鈴木副委員長の講義(港湾運送事業法と港湾労働法制定のたたかい)について話を聞きました。労働者を守る戦いの歴史で港湾事業は波動性の特色が多い職種で船が入れば人が多く必要で船がなければ、仕事にあぶれると言う事があったために日雇い労働者を守る戦い、正規雇用者に負けない制度づくり、あぶれ手当や退職金制度などを制度勝ち取り正規雇用者に追いつき追い越すまでの制度を作りあげた事におどろきました。またストライキでは、はしけ船からコンテナ船に機械化が進んだ際には80隻ものはしけ船を港に浮かべ、コンテナ船の入港を拒否と聞き全港湾に組織力と行動力のすごさを感じました。二人目は鈴木勝也中執の地方港の労働運動について、地方港の厳しい現状や地方港ならではの事情を聞き、今後どのような対策をとればいいのか考えさせられました。

3日目の午後は分科会が行われ各班に分かれて議題にそって全港湾の長所、短所、経済闘争と社会運動を話し合いました。中でも最も多い意見は一般組合員の組合に対する意識力の低下が多く挙げられて、各地域で若い世代への意識レベルの向上が課題とされました。今回初めて参加して各地方の方と交流を持つことができて、今まで自分の知らなかった事や、全国の仲間の現状を知ることができて貴重な体験をさせていただきました。このことを、各地区に持ち帰り地区の運動に力を入れていきたいと思います。


日本海地方伏木支部 末坂紘基

公演では、松本中央執行委員長、鈴木誠一中央副委員長、真島中央書記長、鈴木勝也中央青年対策中執の4名の講演でした。講演内容は青年部としてのあり方、全港湾の歴史、全港湾の基礎になっていることと今からの港湾における問題点など、私の知らないことわからないことをわかり易く、また興味を持たせてくれる講演をしていただき、私自身成長できたとても貴重な講演でした。

分科会では、今の全港湾の長所、短所について話し合ったり、他の地方本部、支部や分会などで行なっている取り組み、活動や問題点などの意見交換ができ刺激的な分科会でした。

最終日に今年の全港湾青年部のスローガンが『「団結!絆!」で繋がろう南から北の全港湾青年部』に決まり、今年1年このスローガンに基づき分会、支部での絆、団結をしっかり築き、他の労組、団体、日本海地方青年部そして全港湾青年部に繋がっていきたいと思います。

 


日本海地方敦賀支部 森北俊文

今回第50期中央労働講座・第20回全国青年対策交流集会に参加させていただきました。僕自身参加するのは2度目で今回は中央労働講座と合同開催ということで身の引き締まる会議となりました。

まず初日に、松本耕三中央執行委員長より「青年部よ、大志を抱け!」というテーマについて講演をしていただきました。その後、真島勝重中央書記長より二部制の講演をしていただきました。第一部は「全港湾を取り巻く社会情勢と労働運動」がテーマとなり、第二部は「全港湾の基本と各労働法の違いについて」という二つのテーマについて講演をしていただきました。

二日目は、鈴木誠一中央副委員長より「港湾運送事業法と港湾労働法制定のたたかい」について講演をしていただきました。その後、鈴木勝也中央青年対策担当中執より「地方港の取り組み・運動について」を講演していただきました。その後、あらかじめ決まっていた班に分かれて①労働組合とは?組織とは?②経済闘争と社会運動の将来③スローガン選考についてグループ討論を行いました。また、真島中央書記長からお題された「アライアンスVSコンソーシアム」「インランドデポVSコンテナラウンドユース」についてもグループ内で話し合いました。携帯を使って検索してもそれといった答えが出ませんでしたが、分からないことについてみんなで考える時間は貴重だと再認識することができました。これからの青年部をより良いものにするために、各地方の取り組み等良いところは盗んで今後に繋げていきたいと思いました。

また、今回第50期中央労働講座が全国青年対策交流集会の前にあり、聞いた事もないような言葉や聞いた事はあるけどどんな意味か知らなかった言葉が山ほどありました。正直3日間すごく頭が痛くなるような内容で潰されそうになりました。しかしその反面、今の世代を引っ張って行くのは僕たち青年部の役目なのではないかと実感することができました。

今回参加してたくさんの人たちと出会いまた中には再会できた人もいました。こういった横の繋がりを今後大事にしていきたいと強く思いました。この三日間すごく難しい言葉がたくさんありましたがその言葉以上にたくさんのことを学習することができました。未だに分からない事だらけですが参加して本当に良かったと思っています。開催にあたり準備等していただきました中央執行部の皆様、北海道地方の皆様本当にありがとうございました。

 


日本海地方境港支部  安部宅造

まず初めに今回の全港湾青年対策交流会議に参加させていただく中で貴重な全港湾の資金を使っていただき、ありがとうございました。今回の全港湾青年対策交流会議に当たり、自分の目的と境港支部での目的があり全国の青年部員との交流を通して全国の青年部員の活動を知り、この対策交流会議で学んだ事を支部に持ち帰り今後の活動に活かすという目的があり参加しました。

結果、北海道地方の青年部のみなさまのサポートのおかげで懇親会もでき、また、中央労働講座での仲間の発言で、本当にいろいろな活動を知りました。その発言の中で様々な問題が全国でありそれに対しての組合活動について深く感銘を受けました。この思いを自分なりに支部に青年部員に伝え、これからの青年部活動に活かしていきたいと思います。労働講座では分からない事がたくさんありましたが心に残っている事があるのでそれを持ち帰り支部の委員長に話を聞きそれについて青年部員と話し合うなどし、今後の活動につなげていきたいと思います。

最後に今回の全港湾青年対策交流会議、労働講座は本当に貴重な体験でした。この体験は当たり前じゃないと強く思っているので、絶対に今後の境港支部の発展につなげていきたいです。


日本海地方直江津支部 高橋竜児

北海道の小樽で行われた第50回中央労働講座、第20回青年対策交流集会に4月21日~24日にかけて参加してきました。今回参加してみて一番感じたことは、自分の勉強不足です。労働講座では、難しい事だらけで正直ついていくのが大変でした。今回講座で学んだ事を少しずつでも整理していき、自分の支部の若い人たちに伝えていけたらなと思います。交流集会では、色々なテーマについて話し合いましたがその中でも悩みで多く共感されたのが組合の中での温度差があって活動に参加している人がほぼ同じである。活動に参加したくなるような催しなどはないか?などでした。各地方での悩みなどが自分の支部でも言えることなので、どうしていくべきなのかいろいろと参考になることがありました。支部に持ち帰り少しでも組合ばなれをなくしていけたらと思います。青年対策交流集会に参加して勉強不足な点がありましたが全国の青年部の仲間たちと交流や雑談などができ横のつながりがより一層深まったと思います。

今回、労働講座の講師をしてもらいました松本委員長、鈴木副委員長、真島書記長、鈴木中執、諸見書記次長貴重な経験をさせていただきありがとうございました。「熱意」「希望」「学ぶことの大切さ」が感じられた4日間でした。また、開催地方でもあります北海道地方川村委員長、青年部の方々4日間大変お世話になりました。全港湾の組合員として名を恥じぬようこれからも日々精進していきたいと思います。


日本海地方舞鶴支部青年部長 藤本一輝

今回、4月21日から24日まで北海道で開催された第50期・中央労働講座(第20期青年対策交流会議兼務)に参加させて頂きました。自分は、労働講座は初めての参加なんですが青年対策交流会議は2回目の参加となります。

初めて労働講座を受けてみて思ったことは、分からないことが多く理解するのが難しかったです。自分の知識不足ということもありもっと勉強しないと駄目なんだなと実感しました。また、2日目の午後から行われた分科会では南から北までの全港湾の青年部が集まって一緒に様々な意見交換をすることができ他の支部で取り組んでいることなどを知ることができとても良い体験ができました。

あっという間に終わってしまいましたが貴重な体験をすることができ自分の中での全港湾に対する思いがより一層強まりました。今回学んだことを支部に持ち帰ってしっかり伝えていきたいです。今回は参加させて頂きありがとうございました。

 


日本海地方新潟支部 松田祐樹

北海道の小樽で開催された、第50期労働講座・第20回青年対策交流集会に4月21日~24日の日程で参加してきました。

初日は、全体夕食懇親会に参加しました。久しぶりに会う全国の仲間、初めて会う仲間と親睦を深めることができよかったです。

2日目、開講式ののち、午前中は松本中央執行委員長の講演を聞きました。印象に残っている言葉がたくさんありましたが、中でも印象に残っている言葉は、「肩書きが暴走してはダメ」という言葉です。自分も今期から青年部長をしています。また、分会の執行委員会にも参加しています。部長だからと天狗にならず、青年部員と同じ目線で活動していきたいと思いました。午後からは、真島中央書記長から2部制の講演聞きました。まず冒頭に、共謀罪や非指定港などの話を聞きました。質問形式の講演だったので笑いもあり面白かったです。全港湾の弱点でもある女性組合員のはなしがありました。男性部員と女性部員の考え方の違いが大きい。圧倒的に男性が多い組合なので、大変だと思う。でも、このまま放置すれば意識の差がひらく一方になると思います。うちの分会にも女性の組合員がいます。青年部でなにができるかわかりませんが、できることがあればなと思っています。その夜はジンギスカンを食べさせてもらいました。「うまい」の一言でした。

3日目は、まずは鈴木中央副委員長の講演を聞きました。昔の全港湾はすごい闘いをしていたんだなと改めて感じました。勉強不足の自分にはどれもが難しかったです。副委員長からは「分からなくて当たり前、日々勉強、勉強することをやめるな。」などといった言葉をもらいました。簡単なことから勉強していこうと思いました。

つぎに、中央青年対策担当中執の鈴木委員長から「地方港の取り組み・運動に」の講演を聞きました。冒頭清水港の歴史、仕事内容などの話がありました。地方港がこれから生き抜いていくには様々な取り組みをしていかなければならないそう思いました。昼からは分科会がありました。班分けをしてから、各班テーマに沿って話し合いをしました。全国の仲間と話をしていると、地方、支部での問題や若手あるあるだったり、たくさんの話が聞けました。テーマの中に全港湾の長所と短所というのがありました。大体でてくる長所だったり、短所がほぼ一緒でした。みんな思っていることが同じ様なことで共感できました。

最終日は、分科会のまとめ報告会をしました。各班の報告を聞き、思ってること、考えていることを共有できよかったです。

4日間終わってみればあっというまでした。勉強になりました。なにより、仲間と交流でき、新しい仲間もできました。横のつながりもできました。大切にしたいです。今回のことを支部、分会に帰ってどれだけ伝えられるか分かりませんが、がんばって活動していきたいです。ありがとうございました。

 


日本海地方青年部部長 小堀一彦

平成29年4月21日から24日に小樽港湾センターにて第50期中央労働講座、第20回青年対策交流集会が総数57名で開催され、日本海地方からは7名参加させて頂きました。

まず始めに、開催地である北海道地方の方々には各地方の受け入れや準備等などをして頂きありがとうございました。

松本執行委員長を始め、真島書記長、鈴木副委員長、鈴木中執の講義を受けてきました。

今まで労働組合の労働運動や全港湾の歴史、労働組合の重要性や労働条件などを学び、先輩方々の成し得た歴史があるからこそ我々があるのだという事を痛感しました。

2日間の講義の中で「労働組合が協力して戦争させない。家族を守り、子供たちを幸せにする事が労働組合の役割である。また仕事をするためには労働組合が必要。本物の全港湾を目指す。」という言葉が強く印象に残りました。

分科会では、4班に別れて議論し、若年層の青年部の方々が組合離れで、青年部の人数が減少している状態の地方や支部が多い事を理解しました。そのため、将来へ繋ぐ組織作りが出来るのかどうか自分自身不安になりました。

私は今回2回目の参加ですが、正直「他の支部は頑張っている」という印象を受けました。恥かしい話ですが、他の地方、支部と比べると組合活動の取り組みが少ない感じがしました。当事者側からお話をお聞きする事で、とても分かりやすく興味を持つ事が出来ました。

全国の仲間との横の繋がりがもてた事や沢山学んだ事を、全国の青年部の皆さんと協力して今後の組合活動に活かし、若い組合員や女性などが参加出来る活気のある労働組合を作っていければ良いと思いました。

 


四国地本青年部長 辻 健一

皆さんの血と汗の結晶である組合費を使わせてもらい、北海道小樽市で開催された第50期中央労働講座、第20回青年対策交流会議に参加してきました。松本中央執行委員長はじめ、真島書記長、鈴木副委員長、諸見書記次長、鈴木中執の講義を受け大変有意義でありました。

特に印象に残ったのが、分科会においてアライアンスとコンソーシアムについて議論した事です。国の判断と企業判断の違いはありますが、私達地方港の問題に勝手に置き換え、自分なりに考えてみました。国際競争力に勝つ為に荷物を一極に集中させて無駄を省き、コスト削減していくというものだと理解しました。荷物を奪われた港はそのままではますます衰退していきます。中央執行部の説明の中、国際的な荷物の移動であるから荷物を追いかけて行って向こうで作業する訳に行かないという話でありましたが、地方において荷物が奪われていった先に、全港湾が無くても同じ話になると思います。日立港におけるスバル自動車の問題を去年の青対で聞いていて、自分とよく似た環境に置かれていると気にかけていました。荷物が出ていってしまう港と入ってくる港両方に共闘する組合組織があり、うまく落とし所を見つけWIN-WINとまではいかなくても、両港で作業を残せたのは素晴らしいと思います。この様な例を見ても全国的に全港湾を組織できれば、少なからず地方港、特に取り扱い貨物量の少ない港が生き残っていける道があるのではないかと思います。今すぐという訳にはいきませんが、中央執行部はじめ地本、支部、分会で協力して実現して欲しいと思います。

そして全国の仲間と意思共有できた事、横の繋がりを強化できたという事は、今回の青対で得た大きいものだと思います。

また、全国の仲間の置かれた状況や悩みが似ているという事を知りました。その一つは一般組合員との温度差です。これについて鈴木副委員長からも悩みもがき苦しみなさいという事で、この問題を解決することは中央執行部含めて全国的テーマであります。

そして労働組合は、誰かがやってくれる、自分には関係ないなど、自らは何もせず人任せにしていたら組織全体が腐っていってしまいます。「木を見て森を見ず」とあります。松本中央執行委員長の講義にもありました。労働組合とは何のためにあるのか?それは家族、仲間、そして自分自身の生活を守る為、より良くしていくために私達が手に入れた手段であります。

たたかう労働組合である全港湾は、必ず私達の為に力を発揮してくれます。その為にはこの組織を守り、より良く強くしていけばさらなる力を発揮出来るでしょう。やらされているのではなく、私達の大切なものの為、自分自身の為にすすんで行動していきましょう。全体的な組合に対する意識レベルの温度差の穴埋めは1人や少数では不可能であり、皆さんの協力無くしてはあり得ません。全港湾の力を存分に発揮する為にも理解とさらなる協力をお願いして今回の報告とさせていただきます。

 

 

関東地方横浜支部青年副部長 寳納雅行

4月21日から24日にかけて北海道地方本部小樽港湾センターにて第50期中央労働講座、第20回青年対策交流会議が中央本部合わせ総勢57名で松本中央執行委員長の挨拶で開催されました。

松本中央執行委員長の講義では「青年部よ、大志を抱け!」と題したアメリカ人のクラークにもじった内容でした!港湾労働にも掲載された中身で「木を見て森を見ず」私自身も組合や生活において木しか見れてなかったと思います。物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失う事が多々ある。青年層の組合離れもここにあるのだと思う。労働組合と言う森の中で木も森も見れるように頑張りたいと思います。「要求」「希望」「怒り」を話し合う事が大切だとも話されていました!やはり職場討論に意味が在るのだと再確認しました。

真島中央書記長の労働講座では全港湾を取り巻く社会情勢と労働運動、全港湾の基本と各労働法の違い(問題提起)について講義して頂きました。そもそも労働講座は敷居の高い講座だと冒頭中執は言われてました。難しすぎて耳を傾けるのでいっぱいで頭の整理がつきませんでしたが、少しずつ整理していきます。話の中で島国である日本の労働組合組織率がたったの17%しかない事に驚きました!それに対しフランスは90%も占めるそうで本気で生活の向上や職場改善など資本に向き合った労働運動を展開してるんだなと自分なりに解釈しました。労働組合に入ったら組合員としての権利と義務が発生する民主的な労働組合を運営するのにルールが必要とも言われてました。コンソーシアム、アライアンス、インランドデポ、コンテナラウンドユース難しい横文字も出てきました。インランドデポ、コンテナラウンドユースに関しては反対です!開港から離れた内陸部に通関物流基地を設置して輸出入貨物の通関機能と保税機能をするそうだが、新規参入になりかねない、コンテナラウンドユースもそうだ!空バンを港に返却しないで継続利用するという事は港湾現業にとって雇用不安につながると感じました。ドレー会社に往復の料金も払わない可能性も秘めてる。

鈴木中央執行副委員長の講座では港湾運送事業法と港湾労働法制定のたたかいを学びました。この講義に関しても理解するのには時間がかかります。一般港湾運送、港湾荷役、港湾関連事業、その他と港湾において種類分けを細かくしていくと色んな業種が関わり港を運営している。六大港、地方港、否指定港。この中でも又種類分けされているらしく即答で答えるのには難しいと思いました。港湾労働法制定は全港湾が港の夜明けを作ったのだと確信しました。法整備に関しても日雇い労働者の登録制度を組織化し、港湾年金の復活も全港湾だと聞いている。単一組織なのに労使間との力関係に凄さを感じました。

鈴木勝也青年対策中執の講義では「地方港の取り組み・運動について」を学びました。清水港の歴史、立地、仕事内容など各地方港の役割を聞きましたが、二種港においても厳しい港間競争の現実があると知って驚きました。六大港もそうですが地方港、否指定港も労働条件確立に目指し声をあげていこうと思いました。再三申し入れをしてる三島川之江港指定港化もその一つなんで問題提起して行きたいと思います。家族、組合員を大切にして下さいのひと言に胸を打たれました。

分科会ではそれぞれ班に分かれて労働組合についてと集団交渉の取り組みについて意見交換をしながら議論をしました。長所、短所をそれぞれあげて長所は継続する。短所に対しての対策をあげて発表しました。中執も同じ共通認識だと確認し方向性がはっきり見えました。集団交渉の取り組みは各地方分会によってやり方が違うみたいだが職場集会を開いて周知してるとの事。北海道地方本部川村委員長が挨拶の時に目標を持って挑めば必ず叶うからと言ってた事も記憶に残りました。何か1つでも負けない目標を立てたいと思います。

この労働講座、青対を通して感じた事は私達青年部がどうあるべきかを考え主体性を持って労働組合に参加する事だと思います。講師の方々も口をそろえて言われてました。動員も大事だがこれからもっと港湾を取り巻く環境は厳しいものになると思うので知識を身につけ前進あるのみだと感じる集会になりました。最後になりますが、北海道地方本部の皆様迎えて下さり有り難う御座いました!

 

 

留萌支部 五十嵐和哉

地元北海道で開催された労働講座・青年対策交流会に参加しました。今年は合同開催と、今までにない日程で行われました。初日に行われた労働講座は自身初めての参加でした。講師の真島書記長の講座では、とても難しい話で理解するのが大変でしたが、とても勉強になりました。
2日目に行われた青年対策交流会議事は2回目の参加でしたが、今回も勉強になったことばかりで特に分科会では各地方の人達との議論や、他地方ではどの様な活動をしているのか実態を知ることができ、今後の組合活動にとても参考になりました。今回の会識を通じて、改めて組合の重要性を強く感じました。そして今回学んだ事は自分より若い世代へしっかり伝えて行きたいと思います。

四国地方青年部 伊達健太

2017年4月21日から24日に小樽港湾センターにて第50期中央労働講座、第20回青年対策交流集会が開催されました。四国地方青年部から2名で参加しました。  初日・二日目と、第50期中央労働講座として松本執行委員長、真島書記長、鈴木副委員長、鈴木中執の講義を受けました。全港湾の歴史、先輩方の功績などが学べて大変良かったです。
二日目の午後から第20回青年対策交流集会として分科会が行われました。4班に別れて、出されたテーマに沿って議論しました。いろいろ議論していく内に、全国離れているけれど抱えている問題は一緒な事に驚きました。会社や社会に負けないように、日頃から分会・支部で意思統一をしなければならないと思いました。今年の全港湾青年部のスローガンは「『団結!絆!』で繋がろう 南から北の全港湾青年部」に決まりました。  今回、第50期中央労働講座・第20回青年対策交流集会に参加させていただいて、学んだ事や全国の仲間と交流を大切にしていきたいと思いました。最後になりますが、今回受け入れをしていただいた、北海道地本の皆さんありがとうございました。

沖縄地方本部 青年女性部部長 與儀泰寛

北海道で開催された労働講座・青年対策交流会議に参加して改めて良かったと実感できたことに感謝します。松本中央執行委員長、鈴木誠一中央副委員長、真島中央書記長、鈴木勝也青年対策中執の四名の方々の講義では青年部の在り方、共謀罪、地方港と六大港の比較、歴史などを講演していただきました。初めて参加される青年部の方々が多勢いたと思いますが、そのような内容を一から理解・把握できた人がどれだけ居たかは定かではありませんが、鈴木中央副委員長が「分からなくて当たり前。これから興味を持って勉強して成長して行くことが大切だ」とおっしゃっていたように、青年部が日々成長していく為には少しでも組合活動に参加し、交流して情報を現地で仕入れその情報を共有し合い助け合って互いに成長していく過程が最も大切だろうと感じました。

全港湾青年部には全国にたくさんの仲間が居ます。横のつながりを強くすることを前提に全国各地の動員の場所を与えてもらっているので積極的に仲間と交流し絆を深めて互いに切磋琢磨して少しずつ分かり合えるだけでもいいのではないでしょうか。青年部のテーマでもある組合意識の低下などの問題も、青年部の結束力で補えばより強化でき活発な青年部を構築できると確信しています。

最後になりましたが、労働講座・青年対策交流会議を向かい入れてくださった北海道地本ならびに青年部の皆様に感謝を申し上げたいと思います。迎いいれ先の現地は大変だったと思いますが有意義な交流会議ができたと思います。本当に有難うございました。そしてお疲れさまでした。

沖縄地方本部青年女性部書記長 金城雄介

今年は中央労働講座と青年対策交流会議が合同開催という事で、話が少し難しかったです。 今年で、2回目の参加ですが、やはり、話が難しすぎて頭が混乱してました。難しい法律や、制度、6大港と地方港の違いが少しは勉強出来たかと思います。 今、皆んなが注目してる共謀罪についても話されました。今後、組合活動、青年部活動が萎縮するのではと思います。どんどん、戦争に近づいているので、とても心配です。今後は、全港湾、全国港湾、他の組合組織と団結して、戦争反対運動をして行かないと行けないと思います。今の日本が、昔の日本に戻らない事を願って、組合活動をして行きたいと思います。

沖縄地方本部青年女性部副部長 白石善秀

全港湾沖縄県地方本部青年女性部副部長の白石善秀です。初めて青年対策交流会、労働講座を初めて参加させていただきました。正直6大港の話、難しかったです。自分の会社に関わりが有るのかなー?港湾事業に関わってるのかなー?など色んな事を考えながら講座を聞いてました。自分は鈴木副院長の話が素直に響きました。自分は今自分の分会で色んな事を闘ってます。青年層の正社員の雇用がおろそかで、分会長に相談しても流され会社に相談しても流されどうしれば聞いてもらえるのか?など、考えて沖縄地方青年部の役員に相談して動いてもらって約一年半で要約会社、自分の会社の分会に話を聞いてもらい青年層の正社員の雇用を勝ち取る事が出来ました。難しい話は正直分からないけど身近な行動、横の繋がりを感じて今沖縄地方の青年部の副部長をしたいと思い、今回の青年対策交流会、労働講座を参加をお願いして参加しました。自分の行動が当たってるのかな?間違ってないのか?とか正直分からないけど鈴木副院長の話を聞けて自分の中では間違ってないのかなーと思えました。参加出来て良かったと思いました。ありがとうございました。

 

 

 

 


さようなら原発 さようなら戦争 9.22大集会に参加して

さようなら原発 さようなら戦争 9.22大集会に参加して

四国地方 伊達健太

2016年9月22日に代々木公園で、「さようなら原発 さようなら戦争 大集会」が開催されました。降りしきる雨のなかでしたが、全国から約9500人もの方が原発を止め、戦争を止める為に集いました。集会の中で、原発事故被災者の現状を福島県飯舘村の酪農家・長谷川健一さん(原発事故被害者団体連絡会共同代表、原発被害糾弾・飯舘村民救済立団団長)を始め11名の方がお話をしてくれました。心に残ったのが避難解除をするにあたって政府からは何の確約も保証もなく、「自己責任で帰れ」ということかという言葉と、閉会のあいさつでの、今日はデモ行進はやらないが、雨の日に闘い抜いた記憶を胸に刻み、今後にエネルギーを蓄えてください。みなさん、がんばろう!という言葉です。短い時間ではありましたが、この集会に参加することができ11人の話を聞いて大変勉強になりました。この経験を今後に役立てたいと思います。


原水禁止大会広島大会に参加して

原水禁広島大会に参加して

九州地本関門支部 伊東俊介

2016年8月5日~6日(金・土)に九州地方平和学習会として、広島県広島市で開催された「被爆71周年原水爆禁止世界大会」に各支部代表者4名で参加しました。

5日には、数あるひろば・フィールドワークの中の「⑧ヒバクを許さないつどい」に参加をし、プログラム最初の主催者あいさつでは、「原発はごめんだ!ヒロシマ市民の会」代表の木原省治さんから「会場には様々な年齢の方々がいるがもっと多くの若者に参加をしてほしい」との挨拶をいただきました。

講演・「5年を経た避難者の現状と思い」では、「退職女性教職員の会」副会長の橘柳子さんから、福島原発事故以降1年余りで10カ所を転々と避難した話や、現在の避難者たちの悩みなどの話を聞かせていただきました。

講演・「私たちはなぜ、福島から避難したのか」では、「原発賠償関西訴訟原告団代表・東日本震災避難者の会、Thanks&Dream代表」の森松明希子さんからは、母子避難の話や、逃げる権利などについての話を聞かせていただきました。

全体討論では、母子避難時の心境・これからの若者がどうするべきかなど様々な意見や質問があがりました。講演の中で私が心に残ったのは、母子避難をする前の話で3歳と5ヶ月の子供に放射線物質が検出されている飲み水を飲ますことが親としてどれだけ辛い決断だったかと聞いたことでした。私も同じ親として、小さな子供に身体に悪いと分かっている物をあげなければいけないというのがどれだけ辛いかは計り知れないことだと思いました。

最終日の6日には、平和公園で開催された広島市主催の平和祈念式典へ参加をしました。平和祈念式典では広島の方々だけでなく、日本人だけでもなく、様々な国の方々も参加しているのを見て、平和を願う気持ちというのは世界共通なんだと改めて強く実感させられました。平和祈念式典終了後には県民文化センターホールで開催された「まとめ集会」へ参加をしました。まとめ集会には600人もの人々が集まっていて、黙とうをして主催者川野浩一大会実行委員長からのあいさつ・海外代表からのアピール・特別報告などがおこなわれました。特別報告では沖縄の辺野古新基地建設問題なども話されていました。

全港湾で沖縄平和行進に参加させてもらったことがあったので、話の内容・風景をとてもよく理解することができました。広島大会まとめ・ヒロシマアピール後には会場に参加した全員で「原爆を許すまじ」を歌い、まとめ集会は閉会となりました。

今回、原水爆禁止世界大会・広島大会に参加をしてみて改めて平和の大切さ・核と人類は共存できないと感じることができました。

私たち若者にできることは聞いた話を少しでも多くの人達に伝えて、後世に残していくことが大切だと思うので、まずは家族・友達・会社などで勉強したことを伝えていきたいと思います。ありがとうございました。

 

原水禁広島大会に参加して

九州地本博多支部 橋本 佑介

2016年8月4日から6日まで行われた被爆71周年原水爆禁止世界大会広島大会に5日、6日の2日間参加しました。

5日は、フィールドワークが行われヒバクを許さない集いに参加し、主催者あいさつでは「原発はごめんだ!ヒロシマ市民の会」代表である木原 省治さんより、「数多くの参加者がいて嬉しいが若者が少なく、もっと多くの若者が参加してほしい。そして、後世に伝えていき運動を行ってほしい」と話されました。

退職女性教職員の会で副会長を務めている橘 柳子さんの講演では、東日本大震災があった日から5年経った今も仮設住宅での生活を余儀なくされています。私たちは被災者の悩み、思いを訴えていくことを強く思いました。

森松明希子さんの講演「私たちはなぜ、福島から避難したのか」では、強制避難区域ではなく自主避難区域だったけれど夫は福島に残り、母は子供2人を連れて大阪に避難した。ここ日本で生活していく中で、身の危険に直面したら誰もが逃げるのが当然で、逃げることは簡単にできると思い込んでいます。でも、原発事故を経験して当たり前のことが出来ない状況があると身をもって知らされた。これが現実であり、私たちは日頃から考えて行動しないといけません。生の声を聞くと想像以上に悲惨な出来事があったと強く思いました。

最終日は、平和公園にて広島市主催、平和祈念式典が開催され、会場に行く途中から数多くの参加者がいて、平和への思いは世界共通だと改めて思いました。平和祈念式典終了後には、県民文化センターにてまとめ集会が開催され、参加人数が約600名と数多くの参加がありました。まず、全員にて黙とうを行い、主催者あいさつ、海外代表からのアピール、特別報告がありました。特別報告の中で沖縄辺野古新基地建設問題の話がありました。以前、沖縄平和行進に参加する機会があり、分かりやすく現状を聞くことができました。広島大会まとめ、ヒロシマアピールがあり、最後に全員で「原爆を許すまじ」を歌い閉会となりました。

今回、原水禁広島大会に参加して、平和の大切さ、核はいらないと強く思いました。2日間と短い時間でしたが、一つでも多くのことを学び、これからの生活に生かしていきます。また学んだことを家族、職場、同世代に広げていき、原発事故、戦争について知識をつけこれから先も、風化させずに運動、活動を行っていきます。ありがとうございました。

 

原水禁広島大会に参加して

九州地本長崎県支部 大平幸弘

8月5日、1日目、RCC文化センターでヒバクを許さないつどいPart17(フクシマとヒロシマ、ナガサキを結び、国の責任による被災者の補償をもとめて)に参加しました。

主催者あいさつとして、(ヒロシマ市民の会代表)木原省治さんの挨拶で始まりました。

橘 柳子さんの(退職女性教職員の会)副会長の講演で、福島原発で5年を経た避難者の現状と思いで、橘さんは、福島出身の福島原発の避難者で、帰りたくても帰れない故郷、現在の避難者の悩みを話されてました。

次に、森松明希子さん私たちはなぜ、福島から避難したのか『放射線被ばくから免れ健康を享受する権利』の講話がありました。その中の話しでは、3年たっても5年たっても変わらない所もある事や、国から水に放射性物質があるので子供に水を与えるな、補養システムなどを税金とかでなんとかならないのかと訴えていました。避難者あるある五七五などを紹介され、特に印象にあるのが『尿検査、子の体から、セシウムが…』や『マイホーム、今ではただの、核のゴミ』でした。

建部暹さんの国の年間20ミリシーベルト基準による被害者切り捨ての問題点の講話では、事故発生当時、年間20ミリシーベルト以下の地域には避難指示されず、また避難先も放射能汚染されているなどで、住民は放射能汚染が続く中での生活を余儀なくされ、被ばくさせられてきた。福島だけでも、今なお約9万人が避難生活を余儀なくされている事を話されていました。夜は全国から集まった全港湾の方と懇親会をして盛り上がりました。

2日目は、朝の8時から原爆死没者の霊を慰め、世界の恒久平和を祈念するため、平和記念公園の原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)前において、原爆死没者の遺族をはじめ、市民多数の参加のもとに平和記念式典の中で広島市長によって行われる平和宣言は、世界各国に送られ、核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を訴えっていました。

また、原爆の投下された8時15分には平和の鐘やサイレンを鳴らして、式典会場では原爆死没者に哀悼の意を表し、あわせて恒久平和の実現を祈り、1分間の黙とうを行いました。

式典の後は、9時30分から被爆71周年原水爆禁止世界大会、広島大会まとめ集会が広島県民文化センターにあり参加しました。集会では、海外代表からのアピールや特別報告として沖縄の辺野古新基地建設問題や愛媛の伊方原発再稼働問題などがありました。そして、集会に集まった600人で最後の項目で、原爆を許すまじの歌を歌い閉会の挨拶で終わりました。今回、この平和学習会で学んだ事や戦争、核兵器の恐ろしさなどを周りの人や子供達に伝えられるようにもっと運動に参加して勉強して行こうと思います。

 

原水禁広島大会に参加して

九州地本苅田支部 田中伸和

2016年8月5日、6日に広島県原水禁に参加させてもらいました。私は原水禁に参加するのは初めてでした。1945年8月6日午前8時15分、71年前広島に原子爆弾投下されました。投下された原子爆弾は、強烈な「熱線」、「爆風」、「放射線」のもと、その年の内に14万人もの命を奪い去りました。その日から71年、「核戦争起こすな、核兵器なくせ」、「ふたたび被爆者をつくるな」と、被爆者は今日まで声の出るかぎりに訴え続けてきてくれました。

被爆者は高齢化し、残された時間で、戦争、被爆を知らない世代と一緒になり伝え続けてくれています。なのにもかかわらず、安倍政権が進める原子力政策では、福島原発事故の反省もなく、国民世論の6割以上が脱原発を求めているにもかかわらず、原発推進政策を打ち出し、強引に進めています。だから今こそ、私たちは被爆者たちが訴え続けているその声を「継承」していく責任、そして世界で唯一被爆した国、日本人として脱核、脱原発を訴え続けていかないといけないと思いました。参加された皆さんお疲れ様でした。ありがとうございました。


第39回沖縄平和行進に参加して

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方阪神支部青年部員 松本宏樹

5月12日~16日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に参加させて頂きました。5月12日は久茂地市民劇場での全国結団式、ホテルに戻り、三単産・全造船機械結団式、平和学習会が行われました。平和学習会では講師として、沖縄県マスコミ労協議長の与儀さんの話しを聞き、沖縄の現状、基地の歴史、新基地問題など詳しく知る事が出来ました。
13日から3日間の行進がスタートします、僕達は南コースという事で出発式は南城市陸上競技場で行い、ひめゆりの塔を目指して歩きました。南コースは沖縄の戦時の中で一番の激戦区であり、もの凄く心が痛みました。
14日の行進は糸満市役所から東風平運動公園競技場まで午前中を行進し、昼食をとり午後は、ひめゆりの塔と平和記念資料館を視察しました。
15日の行進は奥武山運動公園のびのび芝生広場から国道58号線を北上し新都心公園を目指し歩きました。この日はレンジャーという行進を安全に行う為の警備部隊を任されまして、行進団とは別に感じるものがあり、皆さんが声を出し、意気揚々と行進している姿を見て、自分も最後まで頑張れました。その後新都心公園に東、西、南コース約2500名が集まり、集会をしてその後、ホテルまで移動し三単産・全造船機械の方々と懇親会をし、3日間本当にお疲れ様でしたと握手を交わしました。
初めての沖縄平和行進はとても貴重な経験ができました。この実際に目で見て肌で感じたことを一人でも多くの人に伝え、行動し沖縄に米軍基地がなくなるまで頑張っていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方大阪支部青年部副部長 横山 貴安基

自分自身初めての平和行進でした。貫徹できるのか不安でいっぱいでした。しかし仲間の励ましによって貫徹することが出来ました。特に2日目の視察の後、色々考えさせられて、今までの沖縄の歴史や人々の思いをしっかり背負って行進する事で自分が少しでも沖縄の平和に貢献出来るのかと思いました。そして最終日の3日目に精一杯出し切る事が出来たと思います。また自信にもなりました。解散後大阪支部として辺野古へ行き、会場視察と座り込み行動を経験しました。
辺野古の現状を目の当たりにして、更に平和運動に取り組む決意を新たに頑張らないといけない。現地での行動には中々参加出来ませんが、大阪に持ち帰り自分に何が出来るのかを再度考えたいと思います。そして自分の経験を周りに伝え、今まで以上の行動を仲間と一緒に団結して頑張っていきます。今の日本を守るのは我々青年層である、そういう思いを全国の仲間と共有し闘っていきたいと思います。皆さん大変お疲れ様でした。また、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関東地方横浜支部 山本 弥

僕の人生の中で初めて沖縄に行かせていただくことになったのが今回の沖縄平和行進でした。沖縄にもつイメージはリゾート地で観光客が沢山居て賑やかで華やかな場所だと思っていました。もちろん今回、僕たちが滞在した那覇市より北に行けばイメージ通りのリゾート地はあるのでしょ。しかしながら僕が沖縄南コース行進で経験した事は決して忘れない忘れてはならない語り継がなければならない現状でした。
初日の結団式には480人の仲間が集まり安部政権に負けずに頑張ろうと全員が決意を胸に沖縄平和行進は始まりました。正直な所、沖縄に来ることも初めてで普段、横浜で暮らしている僕には注意をしなければなかなか沖縄のニュースや現状は目や耳に入ってきませんでした。その中で沖縄でのモチベーション向上は目の前にいる沖縄の仲間と同じ方向に視野を広げ同じ方向を見ることから始まりました。地元の方の熱い言葉を耳にして韓国平和団体の言葉を聞きそして山城実行委員長の熱い魂の言葉を胸に刻みながら行進をスタートしました。関東の5月とは比べ物にならないほど暑く、日焼け止めを塗っていても日差しに肌を焼かれ一日目にして顔が赤々としてしまいました。ここ何年間も出していない大声を張り上げ全員が同じ訴えを掲げて歩きました。39回目の行進という事もあり沿道では手を振る地元の人々、幼稚園の子供が応援をしてくれてこの人々の為に、この子供達の未来の為にと恥ずかしながら行進の中で一つ一つ自分が行進をしている意味を積み重ねていきました。右翼との衝突もありながら炎天下の中、怪我人も出ずに無事に初日を終えた達成感が僕の脳を刺激しました。運動をしない僕の足には水ぶくれができていましたが痛みや疲労は寝る前になってようやく体に伝わってきました。良いことなのかそれほど歩いている時は脳が刺激を受けて覚醒していたのだと思います。
二日目の行進も炎天下の中でのスタートとなり前日から積み重ねてきた行進の意味を胸に刻み歩きました。南コースの僕は糸満市役所を出発して南風原町役場がゴールとなります。そこへ向かう道中には残酷な過去があり、シュフレヒコールも止めて歩いているとここで起きた悲惨な出来事の大きさが伝わってきました。午後になり僕は【ひめゆりの塔】【平和祈念資料館】を視察に行きました。この視察こそが僕の胸に衝撃を与え、本当の意味での行進の意味を知る事になりました。資料館の中に入ると僕が今まで訪れた資料館とは違っていました。中に展示されている資料や写真は戦争の恐ろしさや残虐性の強さを訴える物ばかりでした。テレビでは決して写ることない焼け焦げた戦死者の写真、体が真っ二つに引き裂かれた犠牲者の写真。見渡す限り目を背けたくなる資料が沢山展示されていました。そこには伝えていかなければならない戦争の実態、犠牲者の悲しみ、怒り、叫びが僕の胸の中に深く刻まれました。ここまで行進中の僕は【暑い 日差しで肌が焼かれる 足の水ぶくれが痛い 疲れた 喉が乾いた】などさまざまな愚痴が頭を駆け巡っていましたが火炎機で人体を丸々焼かれ、逃げ回る中で治療も出来ずに足は膿み、見つかれば殺されるという環境の中で数多くの犠牲者が感じていた恐怖や痛み、なにものにも例えられない感情に比べたら僕の今までの感情はあまりにも小さな事で頭に浮かんでいた事すら恥じるべきだと感じました。改めて自分の現状がどれだけ恵まれていてどれだけ自分が幸福だと感じたのと同時に政治的な事は深く分からないですが、僕が沖縄にきてやっている行動の意味は頭と体でしっかりと理解ができました。今回の活動内容について自分自身、心から活動や行動に責任を持つことの意味を気づくのが遅いですが心から感じる事が出来ました。これから僕は何をしていくのか何を伝えていくのか、本当の意味で行動にうつせるのはこれからだと思います。今回の経験は僕の人生観が変わる大事な活動だった事は確かです。貴重な経験が出来たこと心から感謝します。
あまり詳しく話せる内容は感想文には書ききれませんが全国の仲間との交流も沢山出来て、団結力の強さを感じる事が出来ました。帰宅後、残念な事に茨城県を拠点に大きな地震がありましたが今回の活動で出会った茨城県に住む仲間とお互いに連絡を取り合い【無事だよ】と報告しあったり全国の仲間から【大丈夫ですか?】と連絡が来て本当に嬉しかったです。

第39回沖縄平和行進に参加して

関東地方横浜支部 山本拓矢

今回の平和行進で感じた事は本当に参加して良かったと感じてます。全国の仲間との交流をし絆を深め情報を交換しあい良い関係を気づきあえました。地元に帰り後輩達に感想を伝え機会があれば参加してもらうよう述べたいと思います。また参加した事により今後の動員やその他の活動をする上での良い経験になりました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関東地方横浜支部東分会 鎌田 徹

私はこの感想文を書くにあたって沖縄の事をどう伝えるか迷いましたが、文では伝わらないと思いました。それは沖縄に行った者にしかわからない事、それを肌で感じないとわからないからだと思ったからです。そのくらい沖縄平和行進に参加している人達の気持ちは熱く、そして強い気持ちを持っていたからです。今回は3日間で県外参加者1200人余りを含むのべ約4500人が平和という二文字を願い沖縄の熱い日差しにも負けず行進しました。
私はこの人数のシュプレヒコールに鳥肌が立ち、また同時に武者震いがしました。このような経験は初めてで、自分はこれからすごい事に参加するのだと改めて実感しました。
1日目、2日目が終わり3日目の朝、身体は相当疲れているはずなのに、その疲れは殆ど感じず、むしろ調子が良いくらいでした。3日目の最終目的地、新都心公園直前での最高潮に達したシュプレヒコールは本当に力強く、最高の団結だと感じました。
この平和行進の合間に私は「沖縄県平和祈念資料館」と「ひめゆりの塔」を視察に行かせてもらいました。ここで見た光景に我が目を疑いました。これが現実に起きた事だとは信じられませんでした。しかし全てが沖縄で起き、そしてたくさんの人の命を奪った事だと知り、この悲しい現実を突きつけられ目頭が熱くなりました。私はこの日本で、この世界でこのような事は絶対に起こしてはいけないと思い、その為にこれから自分は何をしなくてはならないのか考えました。
この移動日を含む5日間でたくさんの仲間との出会いがありました。初めはなかなか打ち解けず話をするまでに時間はかかりましたが、お酒も少し入り一人一人と話すと個々が持つ熱い気持ちに深く感動を受けました。沖縄で見て、感じた事は冒頭で話した通り行った者しかわかりませんが、しかしそれで済ませるのではなく、自分なりの言葉に変え伝えたいと思います。また、伝えるだけではなく行動で示します。

第39回沖縄平和行進に参加して

横浜支部上組名古屋分会 堀

お疲れ様です。沖縄平和行進参加にあたり、お世話してくださった沖縄地方本部ならびに各地方の参加者の方々、暑い中本当にお疲れ様でした。初めての平和行進参加の中で日を重ねるごとに各地方の交流も深まり、また行進を重ねるごとに沖縄の歴史と悲惨な戦争の爪痕、そして今沖縄が抱える現状等、身をもって感じることができた貴重な時間でした。この経験を持ち帰り、忘れかけている戦争の卑劣さや辺野古新基地問題を初めとする数々の米軍に関する問題、九条改憲を柱とする憲法改悪を推し進めようとする安倍政権の企み等、地方、支部、分会だけに留まらず家族や友達等幅広く伝え広めて今後の活動の発展に繋げていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

関東地本横浜支部  河西通雄

今回、二回目の参加となる沖縄平和行進でしたが、三日間天気も良く暑い中での行進となりました。横浜支部から宣伝カーを出すということで、1日前入りして12日は参加者を空港からホテルへ折り返し送迎しました。13日からの行進では南部コース、沖縄戦で多くの犠牲者が出たところです。看護学生のほとんどが10代で南部へ逃げる中、怪我や病気で動けない人を置き去りにしなければならない、そして最後は自らも命を絶った人達の気持ちを思うと心の底から悲しくなり、痛ましく思いあらためて同じ過ちをしてはならないと強く思いました。
横浜支部の執行委員をさせていただいている事もあり、中央本部の動員によく行く事もあるのですが、これから自分が出来る事は、反戦平和運動、国民的諸課題などの動員に積極的に参加し、一人でも多くの人達に伝え、広めて行く事が大事だと改めて思いました。 沖縄や神奈川から基地が無くなるまで自分は生きているかわかりませんが、諦めずに続けていきます。

第39回沖縄平和行進に参加して

北海道地方留萌支部   指田大介

5月12日から15日までの日程で沖縄平和行進に参加して来ました。北海道からの参加だったので日差しの強さ、温度差にまず驚きを感じました。5月12日に北海道を立ち、到着後の団結式、決起集会、平和学習会、三単産・全造船機械交流会を経て13日、14日の平和行進並びに15日の県民集会に参加させて頂きました。12日の平和学習会では、沖縄県マスコミ労協議長の与儀武秀氏より、沖縄の基地の歴史や沖縄の今の現状などについての講義をして頂きました。その中でも、辺野古への新基地建設、日本全体の米軍施設の専用面積の内、沖縄の米軍基地の面積が75%近くあるなど、それらのたとえ話として「甚大な被害を被った福島に、もう一度原発を作る事が出来るか?」「47人の学級。1人が35人分のランドセルを背負い続けてるとしたら?」と言うのが特に耳に残り、とても考えさせられた。今の沖縄の現状を少しでも理解するのに分かりやすい言葉だった。
13日からいよいよ行進に入りました。今回初めての沖縄平和行進参加、また、北海道からは1名の参加という事で緊張と不安でいっぱいの中、更に副団長を任せて頂き、緊張が一気に高まりオドオドしていたのを思い出します。行進中はシュプレヒコールを切らせてはいけないと、声を掛けて歩きましたが、皆心良く引き受けて下さり、次第に皆率先してシュプレヒコールしてくれるようになりました。また今回団長を務めてくださった、日本海地方 直江津支部の稲井太一さんが行進団をとても強く引っ張ってくれた事、全国の仲間が一致団結して行進できた事、ケガ人、リタイアが出る事もなく3日間行進できた事に感謝と共に、とても誇りに思います。今回の経験で、今までより少しは胸を張れるようになったのかなと感じています。また受け入れして下さった沖縄地本の皆さん、共に行進した全国の皆さん、ありがとうございました。そして大変お疲れ様でした。そして基地の無い平和な沖縄を目指して全港湾一致団結して頑張りましょう!

第39回沖縄平和行進に参加して

全港湾日本海地方直江津支部 稲井太一

「島唄よ、風に乗せて、沖縄の悲しみを本土に届けてほしい」
この詞はみなさんも知っている「島唄」の一節の本来の意味だと、今回の沖縄平和行進の2日目の視察の時に教えて頂きました。
私はこの歌詞を教えて頂いた時に、私たちがこの平和行進に参加する意味、そして、この行進で学び、経験した事をどうするのかと言うことを強く突きつけられ、考えさせられました。
沖縄は日本で最も凄惨な地上戦が行われた事は知っている人も多くいると思いますが、私たちが行進した南コースは最も激戦地であった糸満市や、南風原町等を行進し、大戦当時の沖縄の住民たちが、悲しみ、苦しみながら逃げ歩いた土地を当時を思いながら歩きました。
戦争法案が可決された今、このような出来事は決して過去の出来事ではなく、これからも起こり得る時代になってしまった今、我々平和行進参加者がすべき事は、沖縄の悲しみを、冒頭の唄の一節のように本土に届けなくてはならないのではないかと、考えました。
我々青年層に出来ることは声を上げ反戦平和を訴えることの他にも、自分で見て学んだ事を更に追求し、地元に持ち帰り、学んだ事を広め、そして仲間達を鼓舞する事なのではないかと思います。
それを私はこの行進を終えて考え悩み、実行出来るように邁進したいと思いました。
最後になりましたが、このような貴重な体験をさせて頂きました関係各所の皆様、受け入れ体制を取ってくださった沖縄地本の皆様、我々行進団を無事に貫徹させてくださったレンジャーの皆様、そして、私のような団長についてきてくださった三単産及び全造船機械の行進団の皆様本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部部長 下條智史

5月12日~15日にかけて5・15平和行進に参加しました。12日は、本土参加者の受け入れ全港湾61名全国一般11名全日建連帯4名全造船機械9名、計85名で那覇市にあるパレット市民劇場にて全国結団式に参加しました。全国結団式には、全国各地から500名の参加者で冒頭に沖縄平和センター議長の山城博治議長が挨拶で戦争をさせない国にしていくために、沖縄の平和に対する思いの強さを行進を通して全国に発信していくと東コース・西コース・南コースの5・15平和行進がスタートしました。また、ホテルにもどり、3単産・全造船機械結団式を行い本土団長には、日本海地方直江津支部の稲井太一さん副団長には、北海道地方留萌支部の指田大介さん全国一般は、松井一貴さん全日建連帯は、磯谷紘平さん全造船機械は、山口俊輝さんに決まり団長の団結ガンバローで結団式を終え学習会にはいりました。学習会の講師としてマスコミ労協力議長の与儀武秀さんから、米軍基地の問題を知ってもらえるように米軍基地の歴史や今の現状の話をしてもらい初日を終えました。
1日目の平和行進南コースの出発は、南城市陸上競技場~ひめゆりの塔まで16㌔の車道の広く平坦なコースで沖縄の海や空を眺めながら無事ひめゆりの塔に到着し2日目の出発は、糸満市市役所広場~南風原町役場まで17,5㌔の道幅が狭くアップダウンなコースで糸満市は、沖縄戦の激戦区で71年前に、この地をたくさんの人が逃げ回り戦争の犠牲者がいたことを思うと二度と同じ過ちを犯さないよう行進団ひとりひとりの思いを踏みしめて行進をしました。3日目は、奥武山運動公園広場~天久新都心公園まで6㌔と午前中のコースで新都心は、米軍基地が返還された、まだ新しい土地でたくさんのデパートや住宅地、飲食店が多くたくさんの観光客が訪れることで、米軍基地が返還されれば沖縄の雇用は、増え観光客も増える事を目に見える形にした町なので平和行進をしめくくるには最も適した場所なので平和行進、参加者に沖縄の現状を見てもらえて良かったです。また午後から新都心公園で5・15平和とくらしを守る県民大会に東コース・西コース・南コースに別れていた行進団が集結し無事に第44回5・15平和行進を貫徹しました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関東地本横浜支部  鶴岡勇輔

お疲れ様です。この度沖縄平和行進に参加させて頂きました鶴岡です。初参加が決まった当初は無知な私でしたが沖縄の歴史や置かれてる現状を学ぶにつれ事前学習会の決意表明の時には「今の時代を生きる我々大人が、自分の子供達の世代に平和な世界を残したい」という漠然な感情が芽生えるに至りました。
平和行進の2日目の午後、視察で平和祈念資料館とひめゆり平和祈念資料館に訪れ凄惨な戦争の事実を学ばせて頂きました。目を伏せたくなる様な写真が多々ありましたが、一番心が痛かったのはガイドさんから聞かされた慶良間列島での集団死の話です。愛が故に捕虜になる前に我が子を、兄弟を、妻を、、、そんな曲がった愛情を強いる戦争が本当に怖いと思いました。
今日、安保法が可決され様々な場所で緊張が高まってますが我々大人がやる事は決まってると私は思います。また、今回初の平和行進を貫徹して実感しました。応援してくれる一人。嫌な顔する人。激しく嫌な顔をし、騒ぐ人。でも全国から同じ意志で集まり、日に日に支え合える仲間が増えること。その全ての人が居て汗かいて、初めて今年も平和行進を次に繋ぐ事が出来たんやなと。
身の丈に合わない大それた事を言いましたが、貴重な経験をさせて頂いた全国の仲間への感謝と、沖縄から基地が無くなるその日までたたかい続ける仲間の意志を確認し、この言葉を持って終わりとしたいと思います。本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

阪神支部 松田直樹

5月12日から16日にかけて、沖縄平和行進に参加させて頂きました。その中で、全港湾青年部として南コースを行進しました。南コースは沖縄戦があった中で一番戦火の激しかった地域を巡るコースでした。そのコースを平和を訴えながら歩いて、それだけでも沖縄の暑さを感じてしんどかったですが、当時の沖縄の被災した方々は飢えや苦しみ、恐怖の中でこの暑さに耐えながら、南へと下って行ったのかと思うとやはり二度と戦争など繰り返してはならないと身を持って感じました。
今回、平和行進に参加してシュプレヒコールを初めて経験する事もできたし、全国の青年部の仲間と交流する事もでき、いい経験をする事が出来ました。

第39回沖縄平和行進に参加して

東海地方清水支部青年部部長 山崎圭祐

今年もみなさんの貴重な部費で平和行進に参加させていただき本当にありがとうございました。自分は今回の参加で去年に引き続き2回目の参加になります。今年は部長としての参加になり去年よりさらに熱い思いできました。初日の団結式でさらに熱くなり二日目からの行進に気合いが入りました。
行進初日は行進団として参加しシュプレヒコールでは一番後列まで聞こえるくらい大きな声をはりました。天気もよく、火傷するくらいの日差しの中でしたけどみんなの団結力が強く、暑さに負けない行進でした。二日目の行進ではレンジャーとして参加しました。初めてのレンジャーで不安でいっぱいでしたけどみなさんに教えてもらいみんなと協力して大きな問題もなく無事帰ってこれて夕方元気に交流ができてうれしく思いました。若い力の団結力というものはすごいと思います。
バーベキューでは沖縄地本の方々本当にありがとうございました。焼いてくれた肉で三日目、最終日の行進に気合いが入りました。最終日では二日目に引き続きレンジャーとして参加し、これまでの行進と違い妨害も半端なかったです。道をとめていれば罵声をあび、右の人達の妨害、それを耐えられたのは地元の人達の熱い声援、子供達のガンバレーと言う声があの妨害がうるさいなかでも耳に入ってきたのでがんばれました。行進が終わりレンジャーとしてみんなの安全の確保、無事に帰ってこれて感動しました。最後の夜の懇親会もみんなの団結が目に見えてわかりとても感動しました。みなさんありがとうございました!交流はとてもいいものですけど、こういった平和活動は1日でも早くなくなり平和な生活ができればと思います。来年もあるならば清水からも1人でも多く参加してがんばって活動したいと思います。平和行進おつかれさまでした。ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

東海地方清水支部   新庄 巧

初めての平和行進12日~15日までドキドキしながら初日を迎えました。12日は5,15全国結団式をやりました。会場についていきなり『労働組合出て行け』って言っている沖縄の人達がいました。あれ?俺たち歓迎されてないの?とかちょっと思ったりしました。
結団式が終わり夜は3単産、全造船機械の結団式がホテルで行われました。初めて平和行進に参加した自分は周りが知らない人だらけで黙って座っていました。終わった後は沖縄地方の方が交流の場を用意してくれて他の支部の人達とちょっと話すことができました。
13日は朝早く起きスタート地点までバスで行きました。出発式が行われ清水支部の青年部長が先頭のほう行くぞと言って先頭のほうに並びました。気候も朝は風があってこれなら大丈夫だと思っていたら昼前には日差しが強く汗だくになりました。声を出して歩いていると地元のおじいちゃん、おばあちゃんたちが『ありがとね』と言って拍手してくれたり、幼稚園の前を歩いたときは、子供が『がんばれ』と応援してくれました。自分たちがやっていることは無駄じゃないんだ。応援してくれている人もいるんだって、気持ちになりました。そんなこともあり行進初日は歩き抜くことができました。
14日は糸満市役所を出発しました。みんなシュプレヒコールやっている中自分はやろうかやらないかモジモジしていました。全港湾の団長がやってきなと言ってくれて初日にできなかったシュプレヒコールをやらさせてもらいました。思ったより緊張もなく読めました。行進は午前で終わり午後は平和記念公園の資料館を見学したり、ひめゆりの塔にいきました。そこで自分はこんなすごいことがあったんだと知ることになりました。
資料館では沖縄戦争のときの写真とかありました。壕の中におびえながら隠れている人、隠れていても見つかって米兵に射殺されている人、燃やされている人、もう死んじゃって虫がたかっている子供の写真とか見ていて言葉が出てきませんでした。ひめゆりの塔でもこんなに狭いとこで治療していたり、隠れていたんだなって今じゃ考えられないことが起きてたんだと悲しく複雑な気持ちになりました。
15日は奥武山運動公園を出発し最終日ってこともありみんなで一致団結して声を出しました。
自分はまだまだ勉強不足で沖縄のことを知らないしどんな現状かもまだまだわかりません。まだ見たことないとこも行ってみたいって気持ちになりました。この平和行進では色々学んだ部分もあり考えさせられました。この学んだとこをいろんな人達に伝えて行きこれからどうするのか考えて行きたいと思います。ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

東海地本清水支部      松下綾太

今回初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。沖縄へ行くのは3回目でした。今までは旅行で行き、きれいな空きれいな海の観光地で華やかなイメージがありました。しかし、平和行進のために集まった全国からの仲間の熱い思い、沖縄の人達の悲しみや平和への強い思いに心打たれて、この平和行進で自分ができることを精一杯出し切る決意をしました。
行進で歩いた南コースの激戦地、ひめゆりの塔、平和祈念資料館では沖縄の歴史を知り衝撃を受けました。そして行進中に沿道で応援をしてくれるおばあさんや保育園児が手を振って「頑張れ」と応援してくれる子供を見て感じた想いを地元へ持ち帰り、周りに発信することがこれから自分達がやっていかなくてはならないことだと強く感じました。
最後に受け入れをして下さった沖縄地本の皆様、全港湾をはじめに全国から行進のために集まった皆さんありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

東海地方清水支部   野口寛敏

今回初めて沖縄平和行進に参加させて頂きました。沖縄到着後団結式に参加し皆さんの行進に対するパワーを感じました。私は南コースを行進する事になり1日目は南城市からひめゆりの塔までを歩く道でした。団長の稲井さんや副団長の指田さんを中心に皆でシュプレヒコールをし子供達や地元の方も応援してくださり歩きながら行進をする事の意味を実感していきました。
2日目は糸満市役所から東風平運動公園まで午前中歩きました。激戦の地を通る時は、シュプレヒコールをしないと聞きました。シュプレヒコールをしない時間が長ければ長い程戦争の悲惨さを身にしみて感じました。
午後には平和祈念資料館・ひめゆりの塔を視察に行かせて頂きどちらも戦争の悲惨さがわかるものばかりで実際に起きた事なのにその現実を受け入れるのに時間がかかりました。 その時行進を行う意味を更に強く感じました。限られた時間の中だったので今度は個人で訪れてゆっくり見たいです。最終日3コース全部が集まり無事安全に行進・県民集会を終える事が出来た事により少しかもしれませんが成長出来たように思います。
最後の懇親会の時の話しで今村さんだったと思いますが来年はこの平和行進が無くなると良いと思いますと言いました。行進が無くなると言うことは私達の訴えてきた基地の無い平和な沖縄が実現された事になる、そんな日が1日でも早くきてほしいです。最後ですが中央本部の鈴木誠一さんが皆で一つの事に向かってまとまって下さい!一致団結して下さいと!
この3日間本当に一致団結して一つの目標に向かって行進し大きな力を感じる事が出来ました。この中にいれて経験出来た事が自分にとっての宝です。皆さん今回本当にありがとうございました。

第39回 沖縄平和行進に参加して

東海地方田子の浦支部  原 洋貴

5月12日~16日の5日間、5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。自分自身初めての平和行進に参加して、沖縄の現状や歴史、新基地問題など、自分の知らなかったことをたくさん学ぶことができ、充実した5日間でした。
自分が特に印象に残ったのは、2日目の午後に行ったひめゆりの塔」、「平和祈念資料館」の視察でした。資料館の中には、戦争の恐ろしさや残虐性の強さを訴えるものばかりで、戦争の怖さや犠牲者の悲しみ、叫びが自分の胸の中に深く刻まれました。それと同時に沖縄に来て自分たちがやっている行動の意味を理解することができました。
今回学んだ経験を周りに伝えていきながら、平和に関してより一層意識を高めていきたいと思います。今回貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。

第39回 沖縄平和行進に参加して

東海地方田子の浦支部  土井 康裕

5月12日~15日にかけて、5・15沖縄平和行進に参加させていただきました。自分は沖縄に行くまで、沖縄の歴史や、置かれている状況を全く知りませんでした。今回南コースを行進する事になりました。南コースは沖縄戦で米軍に追い詰められた最後の激戦地でした。南コース行進中、家族全員が戦争で亡くなり、住む人がいなくなった家の跡が今もなお所々にあることに驚きました。そして平和祈念資料館・ひめゆりの塔を視察し、犠牲者の写真や遺品を目の前に愕然と立ち尽くし、当時のあまりに悲惨な戦争だったことを思い知らされました。
平和行進中、自分たちに向かって声援や手を振ってくれる年配の方達がいました。戦争当時の事を知る年配方達の事を考えると、何度も心が打たれる気持ちになり、一層平和を願うシュプレヒコールへの思いが高まりました。
沖縄戦が終了して71年、本土に復帰をして44年を経た現在でも本土に届かない情報が多々あり、現地に居なければ知らなかった事を今回の平和行進で学ばせていただきました。自分の役目は沖縄の現状、戦争の残酷さ、戦争は2度と起こしてはいけない事を周りに伝えていくことです。今回平和行進に参加して、一生忘れることのできない貴重な経験をさせていただき、本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方建設支部 田村勇樹

近年もいま現在も沖縄では様々な問題が起こっています。周囲に住宅地が密集している普天間基地、辺野古への移設、日常的な不発弾処理、オスプレイの事故や米兵の犯罪の問題です。つい先日にも沖縄県うるま市の女性会社員が元米兵によって殺害されました。私自身も浦添市の不発弾撤去の交通規制にあい、このような問題を身に染みて感じました。
沖縄平和行進で思った事は実際に行進してみて、地元からの住民の皆様から手を振って応援してくださった事です。嬉しかったです。地元の方から応援があればこの活動に意味があるのだと実感しました。行進三日間は晴れて厳しい暑さでしたが、完歩出来て良かったです。
今回の平和行進では南コースを歩きました。1日目は南城市中央公民館からひめゆりの塔まで。2日目は糸満市役所から東風平運動公園まで、昼からはひめゆりの塔、平和祈念資料館の視察に行き、3日目は奥武山運動公園から那覇市の新都心公園まで歩きました。
特に、ひめゆりの塔、平和祈念資料館の視察で沖縄の歴史・戦争の悲惨さを学び、平和行進中は長閑(のどか)なさとうきび畑を歩いて思った事は、この悲惨な戦争の歴史を忘れてはならないと感じました。
非常に充実した3日間でした。この度は沖縄平和行進に参加させて頂きまして本当にありがとうございました!

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方  大阪支部  松崎翔

今年初めて沖縄平和行進に参加して、全国の港湾組合の人達100人弱と3日間歩いてきました。中には気合いの入ってる人、初めてで戸惑ってる人、様々な人がいてました。
歩くのはほとんど田舎道だったので、大阪市内で行われるデモに比べたら、交通量も圧倒的に少ないので、そんなにしんどくないだろうと、なめてました。案の定、初日に両足に水膨れができ、後の2日間は本当にキツかったです。人通りの少ない、田舎道ばかり歩いて、どれだけの影響力があるのか、わからないですが、こんな活動もあるんだなと、思いました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地本阪神支部 坪井雄志

私は今回の沖縄平和行進は2回目の参加でした。結団式ではたくさんの人々が集結し、「戦争しない国にするために沖縄の平和に対する強い思いを行進を通じて全国に発信したい。天気が心配ではあるが雨にも負けずアベにも負けずに頑張ろう」と力説した沖縄平和運動センター山城博冶実行委員長には迫力があり、びっくりさせられました。その後、全港湾を含む、4単産(全国一般労働組合全国協議会、全日本建設運輸連帯労働組合、全日本造船機械労働組合)でも結団式が行われ、行進に向けての事前学習会として与儀武秀沖縄県マスコミ労協議長(沖縄タイムス記者)を講師として招き「沖縄/基地問題を考えるために」が行われました。
与儀講師が「あるところに47人学級の小学校があってなんでも頼みやすい使いパシリの子が1人いて毎日35人分のランドセルを背負い登下校しているとしたらあなたはどう思いますか?」というたとえ話が非常にわかりやすかったのですが非常に悲しい気持ちになりました。
13日から15日の行進はキャンプ・シュワブゲート前を出発し、キャンプ・ハンセンゲートを経由する東コースなど、三つのコースに分かれて行われました。4単産は南コースの先頭を全港湾の宣伝カーと共に「辺野古新基地建設反対」、「米兵の犯罪糾弾」、「日米地位協定を見直せ」等々のシュプレッヒコールを力強く、訴えながら歩を進め、行進団全体を盛り上げました。
3日間の行進はとても日差しの強い中行われ、恥かしながらしんどくて吐き気がしました。しかし、そのような中でも周りの参加者やレンジャーの方々に励まされ何とか最後までやり遂げました。
行進最終日には米軍関係施設跡地の新都心公園で県民大会が行われました。「私たちは、平和行進と本大会の成功をともに確認し、日米両政府によって推し進められる米軍基地の強化、拡大に強く反対することを表明する。さらに続発する米兵による凶悪犯罪を糾弾し、日米地位協定の抜本的改正を強く要求する。戦争への道を踏み出そうとする政府の戦争政策、憲法改悪に抗し、わが国とアジア近隣諸国、そして世界平和のために闘い抜く。このことを本大会で宣言する。」(一部抜粋)の大会宣言案が採択され、最後は参加者全員で「沖縄を返せ」を熱唱し、大会を締めくくりました。
私はこの行進に参加して「沖縄の米軍基地は、県民にとって危険で、沖縄経済に対しての最大の阻害要因である」ということが強く伝わってきました。沖縄が本土に復帰してから44年が経っていますが未だに米軍基地が存在しています。辺野古新基地建設阻止を始め、沖縄からのすべての基地を撤去しなければならないと改めて感じました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方築港支部 吉田充宏

昨年に続いて2回目の参加となった沖縄平和行進。早い段階で喉が壊れてしまったため、仲間たちが次々と勢いよくシュプレッヒコールをする中、シュプレッヒコールが出来ずに悔しい思いをしました。しかしながら、今年は昨年と違い、辛い状況で仲間を鼓舞したり、皆の疲れを吹っ飛ばすために場を盛り上げたりと、自分に出来ること「役割」を意識しながら全体の成功のために行動できました。ただしこれは自分だけで成し遂げたのではなく、沖縄地本の皆さんや今回団長を勤め上げた稲井くん、竹仲くん、大野さん、鎌田さん、山田さんなどの下支えがあってこそのものでありました。この場をお借りして再会と新しい出会いに感謝申し上げます。
さて、話しは変わりますが、沖縄に行くと深く感じることがあります。それは「表」と「裏」がハッキリしているということです。海や山、自然の全てが綺麗に見える素敵な場所ですが、そのような場所で決して繰り返してはいけない過去があったと思うと感慨深い気持ちになりました。激戦区となった場所を沖縄の有名な歌「童神」を聞きながら歩いた時は、本当に本当に心の奥底から悲しい気持ちになりました。それまで平和に暮らしてきた全く戦争に関係の無い一般人が生きるか死ぬかの選択をさせられる。生があれば死があることは当然ですが、自分が殺めることを選ばなければいけないという状況は本当に残酷であり人としての道理に反した行為です。
このように、沖縄には他府県では見ることができない豊かな自然と残酷な過去があります。私は今回の沖縄平和行進を通して、人としての「道徳観」というものを改めて考えさせられました。ただし答えは簡単です。私はこれから「徳を積む」ことをします。自分のことばかりを気にして生きている人たちが多数を占める現代において、まずは自分自身を戒めながら人の役に立つことを積極的にしていきます。そして、自分の人生をもっと笑顔で楽しいものにしていきます。
最後に、沖縄の地で学んだ多くのことを無駄にしないためにも必ず地元で還元したいと思います。最高の仲間たちとの日々、成長させてくれた皆様に心より感謝致します。本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地方青年女性部副部長 知念裕太

普天間基地返還合意から20年たちますが、いまだに基地は変わらずあります。その間に米軍による凶悪な事件、事故があるたびに怒りが込みあげ、いつになれば沖縄に平和が来るのか?と考えたりします。私にも家族、子供ができて以前よりもより一層平和への思いが強くなりました。沖縄、日本から基地がなくなり、平和になるまで全港湾一致団結して頑張りましょう!

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部書記次長 金城雄介

今年の南コースは、毎年歩いてるコースとはまったく違うコースでした。距離も少し長めで、正直完歩できるか心配でした。
1日目は、学校などが多くシュプレヒコールがなかったりと行進に参加された方にはもの足りなかったと思います。
2日目は、距離も長くアップダウンが激しかったです。ですが、参加者の熱い思いがシュプレヒコールに現れてました!皆、疲れていると思っていましたが、声がかれるまで声を大にして訴えていたと思います。
3日目は、新都心公園に着くまで、シュプレヒコールがやむことはなく、邪魔が入っても負けてませんでした。これには、とても感動しました。また、今年も赤レンジャーとして、班長をしました。毎年、参加者の交通安全の為に体を張って、声を上げれることに感謝します!これから、辺野古移設反対、軍事基地撤去のためにさらに力を入れて頑張って行きたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部全検分会 義元勇多

自分は、初めて平和行進に参加してレンジャーの班長やらしてもらいました。最初は何をやるのか解らなかったけど周りの人にサポートしてもらい3日間無事終えることができました。後、この3日間で色んな人と話すことが出来てとても良い体験ができました。皆さんお疲れ様でした。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部会計監査 河野貴博

横浜支部の皆さん宣伝カーを出してくださりありがとうございました。3単産、全造船機会さん4日間大変暑い中、平和行進お疲れ様でした。今年も怪我や事故も無く完結出来た事皆さんの力のお陰です。沖縄青年分もまだまだ勉強不足ですが、少しずつ勉強していき原発問題、反戦反基地問題、全国の仲間達と団結して頑張って行きましょう。4日間大変お疲れ様でした。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部書記長 與儀泰寛

今年の5・15平和行進は猛暑の中での行進でした。今回の平和行進で私は行進団のサポートに徹しました。行進団の中には年配の方や小さな子供まで参加していたので昼食時間の際に沖縄地本青年女性部として、行進団の疲労を少しでも和らげてもらおうと思い、かき氷を提供させていただきました。やはり、暑い中での行進だったので喜んでもらえて何よりでした。来年以降も参加者の皆様にはより良い平和行進をして頂けるようサポートしていきたいと思います。
今、沖縄には米軍基地があるが故に基地の近隣住民のみならず沖縄県民にとって騒音問題や凶悪事件など、生活環境に影響を及ぼしています。教養施設等の真上を戦闘機やオスプレイが飛行する度に園児や子供達は両手で耳を塞ぎその恐怖に怯えているのが現状です。さらに、軍用機による夜間飛行訓練の時間帯も夜分遅くまで実施されているのである。県民の民意を無視して訓練している米軍には憤りが募るばかりです。昨年の戦争法案の可決により、戦地に派遣される恐れのある徴兵制のようなj法案を断じて許してはいけない。次世代を担う子供たちにとって決してあってはいけないのである。これからも平和行進を通じて基地撤廃、平和な生活を送れるよう民意を主張していきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

沖縄地本青年女性部副部長 山城 隼

今年で2回目となる南コースの交通責任者のアンカーを務めました。今年も初日から3日間気温も上がりかなりの暑さになる予報となってましたので行進団の皆さんの体調なども気にかけながらの交通誘導をしました。また、平和行進前に行われた交通責任者会議で今年も初日から右翼団体の妨害があるとの話がありこれまで以上に気を引きして行進しました。予想通りに初日から最終日まで気温も上がりかなりの暑さになり、また右翼団体の妨害などもあり大変でしたが無事に3日間行進団の皆さんを事故、怪我もなく完結する事ができました。今年は初日から最終日までずっと右翼団体の暴言妨害などもあり行進に影響を受けましたが行進団と交通責任者との団結で大成功する事ができました。また3日間の本土参加者との懇親会でも大いに盛り上りとても楽しかったです。これからも、未来の子供たちのために沖縄の平和の為に沖縄地本青年女性部としても全基地撤去目指してしつこく諦めず最後まで戦っていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方伏木支部 田中光春

今回、初めて沖縄平和行進に参加させて頂き、沖縄の現状や問題を感じることができ大変良い経験をすることができました。沖縄での行進のコースはもっとも激戦が行われた南コースを行進しました。
1日目、南城市中央公民館で出発式が行われ、「基地の県内移設に反対しよう」「辺野古への新基地建設反対」とシュプレヒコールを上げながら、ひめゆりの塔まで行進が行われました。2日目、午前中に糸満市役所を出発し、東風平運動公園まで行進が行われた。この地域には、未だ沢山の戦没者が眠っているため、シュプレヒコールを控えての行進でしたが、妨害があったため、中央本部鈴木副委員長自ら、迫力あるシュプレヒコールを上げる場面もありました。午後からは、平和記念資料館、ひめゆりの塔などを視察しました。中へ入り資料や話を聞くと、沖縄戦の悲劇、無残さを痛感させられました。3日目、奥武山運動公園を出発し新都心公園での「5・15平和とくらしを守る県民大会」に参加しました。道中大変厳しい妨害もありましたが、行進団の迫力あるシュプレヒコールにより無事、県民大会に参加できました。
総勢2500人、3日間で4500人が平和への願いを込めて歩みを進めました。最後の懇親会では、歌と踊りで盛り上がるなか、中央本部諸見書記次長が昔を思い出し涙を流す場面もありました。最後に中央本部鈴木副委員長より「一致団結し強大な力に声を上げて行きましょう」とお話があり日本海地方直江津支部総団長稲井君のガンバロウ三唱で、全日程を終えた。復帰44年、未だ沖縄県民、日本国民の声は届いていない。「基地の無い平和な沖縄」この熱い気持ちをこれからも声に出し訴え続けていかなければならない。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方伏木支部 石原良樹

5.15沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。沖縄といえば観光地という漠然としたイメージしかなく、沖縄の現状についてはほとんど知らない状態での参加でした。しかし、沖縄は戦争の悲惨さを生々しく伝えてくれる場所でもありました。
3日間での行進は炎天下の中、体力的に非常に辛いものでしたがみんなの励ましや、地元の方たちからの差し入れなどもあり無事に完歩することができました。シュプレヒコールも何度かさせていただき、とてもいい経験になりました。この3日間の行進で戦争と平和について深く考えることができるいい機会になりました。沖縄で起こった惨状を風化させる事なく次世代に伝えていくのが私たちの役目だと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方敦賀支部 竹仲 健人

5月12日から行われた5.15沖縄平和行進に参加してきました。今回で2回目の参加でしたが、日本海地方の団長として行進することができました。  初日は、まず全国結団式が行われ、各コースの団長、副団長、本土代表が紹介されました。全港湾から南コース副団長として沖縄地本の下條さんが出て、熱い決意も聞くことができました。その後に三単産、全造船機械の結団式があり、団長として日本海地方の稲井さんがやることになり、同じ日本海地方の仲間として支えていこうと思いました。その後が学習会があり、講師として報道の方に来ていただき、昔の沖縄の話しや、今の沖縄の問題などを聞くことができ、とてもためになりました。
2日目は、朝9時から南コースの出発式が行われ行進しました。シュプレヒコールをし、元気に行進できました。沿道から小さな子ども達からの声援があり、この子ども達のためにも沖縄から基地をなくし安心して生きていってほしいと思いました。
3日目は、糸満市役所を出発し、過去に悲惨な戦争があった地を歩き、シュプレヒコールをせずに歩くことで、いろんなことを考えさせられる行進となりました。午後からは視察で平和祈念資料館とひめゆりの塔に行き、2回目ではあったのですが何度行っても考えさせられます。もう絶対このようなことはあってはならないと思いました。
最終日は、奥武山運動公園を出発し、国道58号を歩きました、昼の県民大会に向けて元気よく歩いたのですが、右翼からの妨害がありどうなるかと思いましたが無事、新都心公園に到着することができました。県民大会には総勢約2500人が集まり、3日間の平和行進は終了しました。
39回沖縄平和行進は終わりましたが、これで終わりにせずに、みんなにこの経験を伝えていき、これからもこの運動を続けていこうと思います。沖縄地本の皆様、受け入れ準備など、本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方新潟支部 平岩 良

5月12日~16日の5日間5.15沖縄平和行進に参加してしました。初日は、パレット市民劇場で全国団結式に参加しました。北は北海道、南は鹿児島、そして今年は、韓国の人たちも参加し、5.15平和行進に向けて全国の仲間が沖縄の地に集結し、団結を深めました。その後、ホテルに移動し、沖縄県マスコミ労協議長の与議武秀さんを講師に平和学習会が行われました。そこでは、「沖縄基地の歴史」「辺野古問題」「沖縄基地と抑止力」についての説明がされました。漠然と参加していた私にとって、自分自身の気持ちを変えることができる学習会になったと思います。
行進初日、バスで南城市陸上競技場に移動し、出発式の後、行進がスタートしました。行進は、東、西、南の3つのコースに分かれ、私たちは、南コースの行進に参加し、シュプレヒコールをしながらひめゆりの塔を目指しました。
2日目は、午前と午後に分かれ、平和祈念資料館、ひめゆりの塔の視察に行き、沖縄戦、そして戦争の恐ろしさを痛感しました。
最終日は、東、西、南それぞれ新都心公園に集まり、5.15平和と暮らしを守る県民大会が行われました。行進、視察を終え、全てにおいていい経験になりました。2度と戦争はおこしてはいけない、「1人1人が立ち上がり、声に出し戦わなければいけない!」と強く感じた4日間でした。普段では体験することが出来ない貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方新潟支部リンコー運輸分会 前田 正明

5月12日に新潟を発ち、到着後すぐにパレット久茂地市民劇場において5・15全国結団式が開催されました。会場には約500人が集結し沖縄平和センター議長の山城 博治氏の熱い挨拶に、自分自身も士気が高まりました。終了後、ホテルに移動し南コースをともに歩く三単産・全造船機械結団式を行い、その後、沖縄県マスコミ労協議長の与儀 武秀氏による学習会が開催されました。学習会では沖縄の現状、基地の歴史、辺野古新基地問題など事前学習で学んだこと以上に詳しく知ることが出来ました。
5月13日から南城市陸上競技場に移動し出発式の後スタートしました。途中、沿道からは小さい子供からお年寄りまでたくさんの声援をいただき無事に平和記念公園を経てひめゆりの塔まで到着しました。
5月14日は糸満市役所で出発式を行いました。この日は半日行進、半日視察という日程ではありましたが、行進の道中では悲劇の戦場の場もありシュプレヒコールを止め、静寂の行進の場が多数ありました。我々は昼から平和記念公園とひめゆりの塔へ視察に行きました。どちらの資料館も目で見るには耐え難い写真や展示物があり、心打たれるものがたくさんありました。
5月15日奥武山運動公園で出発式を行い、国道を北に向け3日間で一番大きなシュプレヒコールを挙げながら行進し県民大会の行われる新都心公園を目指しました。公園には南コースの団が1番に到着しましたが、すぐに残りのコースも合流し、総勢約2500人の集会が開催されました。安部政権の辺野古新基地建設に反対し、安保法制を強行採決しアジアでもっとも危険な国になろうとしていることを再確認し、また、原発の再稼動を許さず、脱原発の社会の実現を確認し団結ガンバローをして閉幕しました。
この度は沖縄平和行進に参加させて頂きありがとうございました。最初は不安がいっぱいで貫徹できるか心配でしたが、無事に暑い3日間ではありましたが、周りの励ましもあり怪我もなく3日間やり遂げることが出来ました。現地に行かなければわからない事がたくさんあり、勉強になりました。この経験を少しでも多くの人に伝え、関心を持ってもらうようにしたいと思います。また、沖縄の基地問題が早期に解決することを願いたいです。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方舞鶴支部 島崎 雷

私は、今回初めて沖縄平和行進に全港湾舞鶴支部代表として参加させていただきました。沖縄平和行進には初めて参加するので、これまでに参加されたことがある舞鶴支部の青年部の人達と執行部の方とで事前学習会をし、今の沖縄の抱える問題をDVDや話を聞いて、現地でどのように活動するのかを勉強してから、今年度の沖縄平和行進に参加してきました。
5月12日に現地入りし、三単産と全造船機械の方達と平和学習会をし、13日から15日の3日間で平和行進と県民大会という日程でした。
平和学習会では、沖縄の基地の歴史や、辺野古新基地問題、沖縄の基地と抑止力について学びました。沖縄タイムスの記者の方も来ていただき、話をしていただいて改めて沖縄の様々な問題を再認識し、沖縄に対する気持ちが大きく変わりました。
平和行進では、およそ2000人もの人達が行進に参加したそうです。これだけ多くの人達が団結し、沖縄の基地問題についてシュプレヒコールで訴えました。2000人もの人達の中でシュプレヒコールをした時は凄く緊張しましたが、とても良い経験になりました。平和行進で学んだ事や体験した事を、もっと多くの様々な人達に伝えていきたいです。もう二度とあんな悲惨な戦争をおこしてはなりません。また、いつかこの沖縄平和行進をしなくてもいい日が来ることを願ってこれからも闘っていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方七尾支部 大野 悟

5月12日から16日に、2016年5.15沖縄平和行進に参加しました。今回初めて沖縄平和行進に参加しました。今年は日本海地本直江津支部の稲井さんが団長をするという事もあり、同じ日本海地本として、わからないなりに精一杯活動に取り組み、少しでもサポートできればと思い平和行進にのぞみました。
5月12日にパレット市民劇場で「5.15全国団結式」が行われました。地元の人達の言葉から、体験した悲惨さと戦争への憤りが伝わってきました。そして、平和行進にかける意気込みと熱意に圧倒されました。
平和行進は初日から3日間とも天気に恵まれました。今回、南コースとして行進する事になり、初日はシュプレヒコールをしながら全国の人達と共に一致団結して、5.15沖縄平和行進に取り組みました。2日目、3日目はレンジャーとして参加し、行進の人達の誘導や交通整理のため通行を止めたりして、どれも大変な作業でした。
今回、初めて平和行進の参加であり、行進の心構え、沖縄の方々の平和への意識など、参加しなければわからない事が沢山ありました。平和行進に対する思いが低かった事、そして勉強不足など反省点は多かったですが、平和行進に参加して良かったです。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方境港支部青年部 安部宅造

5月13日から5月15日、沖縄平和行進に参加させていただきました。参加前の正直な思いは、歩くのが大変そうだなとか、訴えかけている内容や現地でどのような問題があるのか、人の話やニュースなどでしか把握していないのが現状でした。しかし、行進が始まると現地の人の思いや懸命さを知り、次第に若い世代に広めていきたいと強く思うようになりました。この強い思いを若い世代に積極的に訴えかけ、団結して頑張れば平和な沖縄、基地のない安心して生活していける沖縄が絶対に取り返せると思います。
しかし、沖縄の戦争の傷跡は深く、傷つき、悩んでいる人はたくさんいると肌で感じました。絶対に同じ過ちを繰り返さないためにも自分なりに出来ることをコツコツやっていき、これからの組合活動を増やしいろいろな世代に行進で学んだことを広めていきたいです。これからも全港湾一致団結して頑張っていきましょう。最後に皆さんの組合費を使って沖縄平和行進に参加させていただき、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方新潟支部 小鍛冶 司

5月12日~16日の5日間の日程で第39回5.15沖縄平和行進に参加させて頂きました。実際に平和行進がスタートしたのは翌日の、5月13日からでしたが、沖縄に着いた当日の12日は、久茂地市民劇場での全国団結式、夜には三単産、全造船機結団式、平和学習会が行われ参加しました。
私たちは、沖縄平和行進の中でも1番ハードだと言われている南コースを行進しました。最初に「南コースはつらいよ~」と言われた時は、3日間無事に貫徹できるだろうかと少し不安になりました。
行進初日、南コースのスタート地点、南城市陸上競技場で出発式を行い、その日のゴールであるひめゆりの塔を目指して、2016沖縄平和行進が始まりました。途中平和祈念公園で昼食を取り、無事にひめゆりの塔へ到着することが出来ました。
2日目の行進は、糸満市役所から東風平運動公園を目指しての行進でした。このコースは沖縄戦の中でも1番の激戦区であり、なんの罪のない多くの人々が逃げ回り、犠牲になった人々のおこつが、今も土の中に沢山埋まっているという地域でした。道が細くアップダウンも激しかったですが、時々、山と山との間から見えるとてもキレイな海を見た時、本当にこんなに景色がキレイなこの島で、戦争が行われていたのだろうかと思い、胸が痛み、今回の行進の必要性、意味を再確認させられました。
3日目の5月15日、5.15沖縄県民集会当日の行進は、奥武山運動公園から会場となる新都心公園を目指しての行進でした。平和行進最終日ということもあり、右翼の妨害行動も激しさを増していました。ここで自分が感じた事は行進団の団結力です。激しい妨害に負ける事なく、全員で団結して阻止できた事に改めて、“団結”という意味を思い知った場面でした。3日間の行進を1人のリタイアも出す事無く、無事に貫徹できた事は、行進団全員の団結力があったから出来た事だと実感しました。今回、沖縄平和行進で学んだ過去、現在の現状、これらを持ち帰り自分の身の回りの人達に伝えていきたいと思います。
最後になりますが、日常生活では体験できない貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。そして、沖縄地方本部の皆さん、各地方の参加者の方々本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方直江津支部 稲井 太一

私は今回の沖縄平和行進に全港湾、全日建、全国一搬、全造船機械の団長とゆう立場で参加をさせて頂きました。私自身2度目の沖縄平和行進の参加だったのですが、三単産及び全造船機械の団長とゆう事で、色々な思いを胸に今回は参加させて頂きました。沖縄は梅雨前とは思えないぐらいのカラッとした陽射しが強く暑い日が続いていました。その暑い沖縄に5月13日から3日間の間、全国からの仲間が結集し沖縄を守ろう、歴史を学び本土へ届けようとゆう熱い思いのこもったシュプレヒコールが絶える事なく響き渡りました。
私は二度目の参加ではありましたが、改めて沖縄の歴史、米軍基地がある恐怖を目の当たりにしました。子供たちが戦闘機等の騒音の中勉強する事が当たり前になってしまっている事実。大戦時、日本で唯一凄惨な内陸戦が起こり、沢山の尊い命が奪われてしまったとゆう事実。どちらの事も本土で暮らしている私たちには想像も出来ない事実と歴史。それを身近に感じ、学び、訴え、それで終わりでは無く、沖縄で学んだ事、経験は地元に持ち帰り更に突き詰め、広めて行く事が大事ではないかと考えました。そして、団長とゆう立場で参加させて頂いた事で、人間としても沢山学ばせて頂きました。
参加する前までは、しっかりやらなきゃ、みんなをまとめなきゃとゆう思いで頭が一杯でしたが、参加して1日1日が過ぎていく中で、きちんと示せば仲間はついて来てくれる。団長だからと気張りすぎるのでは無く、一緒に頑張っている仲間を信じて鼓舞していく事で盛り上げる道もあるとゆうこと。  私は今回の平和行進で沢山の事を学び経験し、そして、仲間との絆を得て帰ってくる事ができました。私も地元で、平和への願いを追求し広めて行くことを約束し、感想に変えさせて頂きます。最後になりますが、貴重な経験を積ませて頂き、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

日本海地方直江津支部 丸山謙太

今回、平和行進に参加して様々な問題を抱える沖縄の姿を知る事が出来ました。「沖縄問題」と一言で言っても様々でありますが強く訴えるのは、戦争反対と米軍問題です。
3日間シュプレヒコールを含め、平和を訴え行進してきましたが、途中妨害される事も多くありました。そのような中、保育施設の前を通った時、幼い子供達が「頑張れ~」と声援してくれる姿にとても強く胸を打たれました。私も2人の子供を持つ父親ですが、米兵による犯罪、基地の爆音、オスプレイ等と日々この様な問題に直面され、毎日何が起こるか分からないその様な中で、子供達は安心して暮らして行けるのかと考えた時、とても恐ろしく感じました。また、戦争の恐ろしさも平和祈念資料館やひめゆりの塔など、途中様々な所で改めて思い知る事が出来ました。亡くなった子供の写真など、生々しい当時の様子を観て、やりきれない思いに涙が出ました。将来子供達が戦争の被害にあう様な事は、何があっても許される事ではないのです。
この様な問題は決して沖縄だけの問題ではなく、日本全体の大きな問題として捉え考えていくべきです。この沖縄の様々な美しい場所も、米軍によって奪われていく事はとても許しがたい事であり、静かな平和な沖縄になって欲しいと、心からそう願っています。この様な事を一人でも多くの人に伝え、知ってもらう事が今の私の役目だと考えています。今回は貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

四国地方松山支部 竹政 良一

第39回沖縄平和行進に初めて参加させて頂きました。事前学習で資料を読み、沖縄が日本で初めて起こった地上戦であり、そして10万人以上もの人々が亡くなったことを知り、現地に行って沖縄の歴史をもっと知り学んで帰りたいという思いを胸に参加をしました。
早速到着するとパレット久茂地市民劇場にて平和行進団結式があり、その後ホテルに戻り三単産・全造船機会結団式をしてから平和学習会が行われ、基地があることで起きる問題が分かり早く基地の無い沖縄になってほしいと、この活動に対し改めて身が引き締まる思いを感じました。
行進1日目、南城市中央公民館からひめゆりの塔まで行進をしました。街宣車に乗り緊張したけどシュプレヒコールを上げることができ、初日ということで大変でしたが、とても良い経験をすることができたと思います。
2日目は視察班と行進団に分かれての行動ということで、午前中は南部視察でひめゆりの塔と平和祈念資料館を見学しました。写真や資料を見ていると命の重さが身に染みてこれからも戦争のない暮らしが読いてほしいと思いました。午後からは東風平運動公園陸上競技場から南風原町役場を行進で、レンジャーをさせて頂きました。行進中一般車両にはクラクションを鳴らされ、怒鳴られ辛かったけれど、手を振って応援してくれる現地の方もいてこの活動は最後まで精一杯やり遂げたいと改めて思いました。その夜は沖縄地本の職場で青年部BBQ交流会を開いて頂き、各地方の青年部員の皆様と親しくなり連絡先を交換し合い繋がりが出来てとても良かったです。これからもこの広い繋がりを他の活動にも生かして行きたいと思いました。
3日目最終日は約2500人もの行進団が集まったということでした。奥武山運動公園から出発し、この日もレンジャーをさせていただき、大勢の行進団の交通整理には不安もありましたが、同じレンジャーの仲間や行進団の皆様、現地の皆様から応援をもらえたことにより、無事に新都心公園に到着し行進を終えることができました。この夜は最終日ということでホテルにて中央本部副委員長の鈴木誠一さん、書記次長の諸見力さんも参加されての懇親会が盛大に行われました。沖縄の歌を歌い盛り上がり、青年部員の方々との交流もさらに深めることができ日程が終了しました。
最後になりますが全港湾という組合は各地方から集まり、繋がりがあることを改めて知り、学ぶこともできても良い経験をすることがでたと思います。平和行進に参加された皆様、交流会を受け入れて下さった沖縄地本の皆様本当にありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

四国地方新居浜支部浜栄分会 井上

5月12日から16日の5日間の日程で5・15沖縄平和行進に参加させて頂きました。12日は久茂地市民劇場で全国結団式、ホテルに戻って、三単産、全造船機械結団式、平和学習会がありました。平和学習会では与儀さんの話しを聞き沖縄の現状を知る事ができました。13日、南コースを行進することになり、私たちが行進した南コースは最も激戦地でした。沖縄の住民たちが、悲しみ、苦しみながら逃げ歩いた土地を思いながら歩きました。
視察で、ひめゆりの塔、平和祈念資料館にいきました。資料館では沖縄戦争のときの写真がありました。米兵に射殺されている人や、燃やされている人、死んでる子供に虫がたかっている写真とか見てたら戦争の恐ろしさや、残酷さ、犠牲者の悲しみが自分の中に刻まれました。今回平和行進に参加して、一生忘れることのできない貴重な経験をさせていただきました。沖縄地本の皆さん、一緒に行進した全国の皆さん、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

四国地方徳島支部共正陸運分会 藤本 浩二

5月12日から15日にかけ、沖縄平和行進に初めて参加させていただきました。四国地方からに参加は、私を含め4名の参加者で松山空港で合流し沖縄へ向かいました。着いた初日は、久茂地市民劇場にて結団式をし、ホテルに戻りそこで平和学習会をしました。事前学習会をしてきましたが、学習会では沖縄の生々しい現状などの話を聞くことが出来ました。
2日目は、行進が始まりました。私たち4単産は南コースを担当し大勢の仲間と一緒に行進しました。コースは、南城市陸上競技場から出発しひめゆりの塔を目指しました。途中シュプレヒコールをさせてもらったのですが、参加者との団結力には感動を覚えました。
3日目には、午前中視察をしました。平和記念資料館では、戦争の痛ましさばかりを感じる資料に胸が痛み、平和のありがたみを改めて痛感させられました。戦争の怖さは忘れてはいけない。次世代に残す重要な資料だと思いました。
最終日は、出発式を終え奥武山運動公園から新都心公園までのコースを行進しました。最終日の行進では、非常にたくさんの人が集まり行進団の長い列と共に行進しました。たくさんの人の想いが1つになり行動し「一致団結」できたことは非常に意味のある事だと思います。5.15沖縄平和行進を通じ、私は沖縄の歴史に見て触れることができました。ここで感じ取った事を忘れず、平和の意味を考えていきたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

四国地方香川県支部 大谷 徹

2016年第39回5・15沖縄平和行進」に初めて参加させて頂きました。今年も全造船機械労働組合が加わっての四単組で行動することになりました。宿泊ホテルに到着後、パレット市民劇場へ移動し、「5・15平和行進全国結団式」、ホテル会場にて「平和学習会」に参加しました。学習会では沖縄県マスコミ労使議長の与儀武秀氏の「沖縄/基地問題を考えるために」のお話しを聞き、その中の「沖縄の基地の歴史」で日本の国土の0.6%の面積しかない沖縄県が日本の在日米軍施設の73.8%を負担している事や「沖縄の基地と抑止力」では駐留米軍の部隊で最も規模が大きい沖縄海兵隊について学ぶ事が出来ました。
平和行進初日、南城市陸上競技場で出発式を行い、行進をスタートしました。行進してから間もなく沿道から住民の皆様が「暑いけど頑張って下さいね」と声を掛けて頂いたり、保育園の前を通ると園児たちが「頑張ってね」と手を振ってくれました。住民の皆様の暖かい御声援を聞いて改めて身が引き締まる思いになりました。
平和行進2日目、2班での行動となった為、全員揃っての行進ではありませんでしたが私の班は午前中、ひめゆりの塔・平和祈念公園を視察しました。ひめゆりの塔では、沖縄戦末期に陸軍病院第三外科が置かれた壕の前で説明を聞き、奥にある「ひめゆり平和祈念資料館」を見学しました。資料館には戦前から戦後までの彼女たちの生活、そして戦地での彼女たちの役割などが詳しく写真などを基に紹介されていました。まだ十代半ばでの彼女たちの生き方を見て、2度と戦争はしてはいけないと強く思い、今まで以上に戦争について真剣に考えなければいけないという思いが込み上げてきました。次に向かった平和祈念公園の中にある「摩文仁の丘慰霊塔」で最後の沖縄戦の司令部として使われていた壕を視察しました。この地へ命懸けで逃げてきた多くの住民がこの丘から身を投じて集団自決を図った事をガイドさんから聞いた時、胸が熱くなりました。その後、資料館では第二次大戦から終戦までの資料などがありました。印象に残ったのが住民や軍人が殺されてそのまま放置されている写真があり今では考えられないような当時の惨状を目の当たりにし、一瞬目を背けたくなるような気分になりました。がしかし、家族や友人に伝えなければという思いから端から端まで見学しました。午後は東風平運動公園陸上競技場から行進しました。行進の途中、現地の子供が一緒になって横断幕を持ってくれて南風原町役場を目指して行進しました。
平和行進3日目、奥武山運動公園から歩いている途中、反対する団体に道を塞がれる妨害を受けましたが行進の隊列を乱す事なく、大きな声でシュプレヒコールを上げてゴール地点である新都心公園まで歩きました。県民大会では総勢2500人が集まり、辺野古新基地建設反対や平和な島沖縄を返せと訴えました。平和行進を終えてまずこの思いを自分の身内や友達等に伝えて一緒に考えていける場を設け、職場でも組合でもこの貴重な経験を生かしていけるようにしたいと思います。
最後になりますが行動を共にした四単組の皆様をはじめ、現地でお世話になりました沖縄地本の仲間の皆様暑い中、本当にお世話になりました。

第39回沖縄平和行進に参加して

鹿島港支部青年部部長 栗俣和夫

今回、2016年5・15沖縄平和行進に参加させていただきました。自分は今回で三回目でしたが初参加の方が多い中で一人も脱落者も怪我人も出さず最終日夕食懇親会では中央本部から「今回、最高のメンバーでした」の一言をいただき、今回行進できたことをとても誇らしく思います。
現在、沖縄では基地に対して無関心な人が増えてきているという話を聞きました。しかし、過去の戦争の悲惨を語り継ぐ人たちが未来を担う子供達が安心して暮らせる為にも「基地は無くさなければならない」と強く言い続けなければと再確認でき本当に良かったです。最後に参加された四単産の皆様三日間本当にお疲れ様でした。

第39回沖縄平和行進に参加して

鹿島港支部 坂本真彦

今回、沖縄平和行進に参加させていただき、とても貴重な体験が出来ました。ニュース等で普天間、嘉手納基地の問題、辺野古基地移設問題をより詳しく知れたことがとても勉強になりました。とても天候に恵まれて、子供たちやお年寄りの声援を受けながら行進できたのはとても嬉しかったです。沖縄の暑い日差しに負けず最後まで行進ができたのは地元の人の声援があったからだと思います。最後に受け入れて下さった沖縄支部の皆さん、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

九州地方苅田支部 佐藤仁志

2016年5月12日私は5.15沖縄平和行進に参加するために沖縄にむかいました。那覇空港には沖縄地本の青年部の方が出迎えてくれホテルまで送迎をしてくれました。ホテルに着くと全港湾中央本部の鈴木副委員長、諸見書記次長に出迎えて頂き、「お疲れ様、一緒に頑張ろう」と有り難い声まで掛けて頂き、沖縄平和行進を向かえるに当たっての覚悟や自覚を強く感じました。  その後5.15全国結団式に参加するためにパレット久茂地市民劇場に移動しました。結団式の会場には入りきれない程の人が集結しており遠くは韓国より参加している人達もおり沖縄平和行進の偉大さを実感しました。そして色々な人達の話を聞き、今まで知らなかった沖縄の現状、沖縄の方々の思い、強い叫びを知りました。強い気持ちを持ちこの平和行進をやり遂げようと心に誓い会場を後にし、次の三単産、全造船機械結団式の会場である琉球サンロイヤルホテルに移動しました。
結団式では各代表者が自己紹介、決意を述べ団結を固めました。その後、平和学習会が行われ、沖縄/基地問題を考えるために、という題名で講師であるマスコミ労協議長である与儀武秀氏による学習会が行われました。沖縄の基地の歴史や辺野古新基地問題、沖縄の基地と抑止力について分かりやすく話をして頂きました。一番衝撃的だったのは日本全体の米軍施設専用面積のうち、沖縄の米軍基地の面積がおよそ74%にも及ぶという事です。1972年に沖縄の施政権が米国より日本に移り日本復帰となったはずが、基地負担は変わっておらず、沖縄県民の望んだ「復帰」はまだ実現していないという事でした。何故、沖縄じゃなければいけないのか、沖縄にそしてこの日本に米軍基地はいらないと私は思い沖縄の初日を終えました。
そして沖縄2日目、沖縄平和行進の始まりです。出発式のある南城市陸上競技場にバスで移動し、出発式を迎えました、私はあらかじめレンジャーに志願していたためにレンジャーとして平和行進がスタートしました。最初は何をしていいかもわからずレンジャー経験者や責任者の方達にアドバイスをもらいながら平和行進の隊列を守りながらの行進をしました。途中右翼の妨害もありましたが平和行進を行っている仲間達は強い信念を持ち堂々と行進をし、力強いシュプレヒコールで街のかたに訴えを行っており平和行進の一体感を肌で感じ感動の連続でした。特に心に残ったのはお住まいの方々や仕事中の方々などがわざわざ沿道まで出て来て頂き、手を降り応援をしてくれた事です。レンジャーをしながら地元の方々の応援を受けることにより絶対に沖縄平和行進を成功させよう、もっと声をあげて訴えて行こうと気持ちが益々高ぶりました。。昼からもとても暑くみんな汗だくでしたが、とても力強いシュプレヒコールに駆り立てられみんな力強く行進を行っていました。この日のゴールはひめゆりの塔だったのですが、修学旅行生などがバスの窓から手を振ってくれて強い応援となり無事ひめゆりの塔に着く事が出来ました。
5月14日平和行進二日目は私達は午前中は視察班という事でひめゆりの塔~平和祈念資料館に視察に行きました。ひめゆりの塔では当時、病院として使われていた洞窟、そして資料館での展示物を見て衝撃を受けました。病院と言われていた施設も今見れば只の洞窟、そしてその洞窟の中でひめゆり学徒隊と言われる16歳位の少女達が看護活動をしていた事、きっとその当時は選択の余地はなく、与えられた命令を当たり前のように受け入れるしかなかった状況だったのではないかと私は思います。そう考えると戦争の恐ろしさ、むごさを感じ、二度とそのような事があってはならない、してはならないと強く感じ戦没された方々のご冥福を祈りました。  午前中の視察を終え、午後からは二日目の平和行進の再開です。午後からの行進という事もあり気温も高かったのですが、沖縄の方々の思いや自分達の未来の平和を強く願い、高々とシュプレヒコールを上げ一丸となり平和行進を行いこの日のゴールである南風原町役場に無事に到着する事ができました。  その後はホテルに戻り一旦休憩をし、夜は沖縄地本の方々の計らいでBBQ交流会を開催して頂きました。沖縄地本の方々、お忙しい中、段取りや片付けと本当にありがとうございました。
そして5月15日平和行進最終日の始まりです。徒歩にて奥武山運動公園に移動し、出発式をむかえました。この日が5.15沖縄平和行進の最終日という事もあり、参加人数は私達、南コースだけでも780人程になっており沖縄の平和、日本の平和を一緒に訴えれる仲間がいるという事が凄く心強く感じました。行進がスタートして間もなくしてから右翼団体による妨害もありましたが、中央本部鈴木副委員長、諸見書記次長が先頭に立ち、盾となり身を呈して平和行進の隊列を守ってくれました。その姿を見て信念の強さ、背負っている物の重みを感じ、先輩方に負けられない、今日の姿を心に焼き付け今後の活動に役立てようと心に誓いました。そして行進中には私も街宣車に乗りシュプレヒコールを上げさせてもらいました。みんなに訴えをする事、声をあげる事は、何事に関しても大切な事だと思い大変、貴重な体験をさせて頂いた事を深く感謝します。
皆様の協力もあり無事、県民大会の会場である新都心公園に到着し、県民大会を迎える事が出来ました。県民大会には2500人程の参加があり、色々な地本の色々な団体が参加しておりました。普天間基地移設による、辺野古への新基地建設、地位協定の見直し、そして一番歌われていた「沖縄をかえせ」どれも深く考えさせられるものばかりでした。沖縄の人々が沖縄をかえせと訴える、最初はよく理解出来ませんでしたが色々な話を聞くうちに理解できた気がします。自分の住んでいる場所で昔あった忌まわしい悲惨な出来事に、結びつく不安材料があればそれは安心した平和な暮らしなんて、送れるはずがないのです。戦闘機が飛び回り米軍施設施設があらゆるところに点在する沖縄が日本に返還されたと言えるのでしょうか?戦争をしない日本に米軍がいるのでしょうか?子供達の未来のため、そして今を生きる私達のために政府はもっと考えなければいけないことがあるのではないでしょうか、私は今回沖縄平和行進に参加させて頂き今までに見れなかった角度から物事が見れ、今まで気がつく事ができ無かった事にも少しは気づけるようになったのではないかと思っています。人は体験しないとわからない事沢山あると思いますが、わからない人に対してきっかけとなるように少しでも伝える事は必要だと思います。この様な貴重な体験を皆様の力を借り身をもって体験が出来たという事に心から感謝をし今後の組合活動、私生活に活用させていただこうと思います。
最後に今回の5.15沖縄平和行進にあたり盛大な受け入れから色々な心遣いをして頂いた沖縄地本の方々、そして色々な面で手本となり道標となって頂いた全港湾中央本部鈴木副委員長、諸見書記次長、そして、今回沖縄平和行進に快く送り出してくれた苅田支部白濱委員長を始め組合員の仲間達、皆さのお陰でこの様な素晴らしい体験が出来たことを本当に有り難く思い、レポートの締めとさせて頂きます。皆様本当に有り難うございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関門支部青女部 今村なおみ

5月13日~15日の三日間にわたって行われた「第39回沖縄平和行進」に参加させて頂きました。5月12日那覇空港に到着後「5.15全国団結式」会場へ、平和運動センターの山城博治議長(実行委員長)の「辺野古新基地建設を絶対再開させない。必ずや、そのままの状態で中止の判断を求める」「ここ沖縄から基地をなくすこと、憲法九条を守り戦争法案を許さない、私達は、最後の最後まで戦い抜こう」と挨拶を受け、明日から行われる平和行進の各コースの代表者からの決意表明があり、最後に議長の力強い団結頑張ろうで全員が平和行進の完歩を誓い終了しました。
その後、三単産・全造船機械団結式と平和学習会が行われ、講師から「復帰44年になるが、基地がある限り県民の望んだ復帰まだ実現していない。沖縄に基地があることは、東アジアに対する抑止力、地理的理由による中国、北朝鮮の脅威から沖縄に基地が集中していると言われているが、何の根拠もないでたらめである。なぜなら沖縄に駐屯している米兵は2600人で、内7割が海兵隊であり軍事的には沖縄でなくてもよい訳である。沖縄の基地集中は、政治的に沖縄が最適であって「軍事的」「地理的」理由ではなく「政治的」理由だけである」とのことを聞き、私は、辺野古新基地建設再開を阻止し、75%もの基地を沖縄に押し付けるのではなく本土も受け入れて、沖縄県民の問題ではなく全国民の課題として取り組み沖縄の基地負担を軽減しなくてはいけないと思いました。
13日から三日間かけ、涙の南部と呼ばれている南コースを全港湾は団の先頭で行進を行いました。
「基地のない沖縄に」を訴えながら、地上戦のすえ戦火の中を逃げ南へと追い込まれた市民の犠牲者が多数いる南コースを「二度と戦争という過ちを繰り返さない」ことを誓い、最終日15日の「5.15平和とくらしを守る県民集会」が開催される新都心公園会場まで完歩しました。会場には、各コースの行進参加者ら約2500人が集結(延べ4500人が行進)し県民大会が開催されました。
大会登壇者からは、基地問題・参議院選勝利等の訴えがあり、特に平和センター山城議長から「辺野古新基地建設を絶対再開させない。必ずそのままの状態で中止の判断を求める」「この国を主権者である私たちが、闘い抜き変えていこうと」と力強い訴えがありました。
最後に「戦争へと踏み出そうとする政府の戦争政策、憲法改悪に反対し、世界平和のために闘い抜く」との大会宣言を採択し終了しました。
私は、この沖縄平和行進を通して「戦争をするのも人間ですが、戦争をしない事ができるのも人間です」今後も平和運動に積極的に参加し、戦争の悲惨さを語り継ぎ、二度と過ちを繰り返さないこと・命の大切さを子供達に教えていきたいと思いました。

第39回沖縄平和行進に参加して

関門支部 山田憲司 

2016年5月12日から16日沖縄県那覇市で「5.15沖縄平和行進」が開催された。関門支部より4名の参加をさせて頂き全国の仲間と行動を行なって来ました。初日には、「5.15平和行進全国結団式」に参加をしました。結団式では、沖縄平和センター山城博治議長より新基地建設反対運動の取り組み状況や次期参議院選挙をオール沖縄で安倍政権に立ち向かい本当の意味での本土復帰を果たしていく決意を述べられていました。私は、山城議長の話を聞き今日から始まる平和行進の取り組みに対して、「本気でやれば何でもできる、やらなければ何にもできない」ように、基地建設反対等に本気になってやらないと行けないと感じました。その後、三単産・全造船機械団結式に参加をし(沖縄県マスコミ労協)与儀武秀議長より「沖縄基地を考えるために」を題材に沖縄の基地の歴史・辺野古新基地問題・沖縄の基地と抑止力について学習をしました。その中でも気付いたことは、沖縄県の米軍基地の面積の割合は74%も占有しており県民が望んだ復帰はまだ実現していない事やなぜ、沖縄に基地がなければならないのか地理的・軍事的に考えても必ずしも当てはまらない、単に政治的に見て沖縄が最適の地域である理由について深く考えるべきだと思いました。結団式に参加をして学んだ事を胸に平和行進をしっかり歩んで行く事を自分自身また参加をした仲間と確認をしました。
私たちの行進は南コースでありました。沖縄の南では戦争の最終激戦地域でもあり悲惨な地域になっていました。初日は(南城市陸上競技場)から(平和記念公園)を経て最終地(ひめゆりの塔)まで沖縄を照らす激しい日差しではありましたがシュプレヒコールを行ない歩きました。ホテルでの懇親会では自己紹介を行ない親睦を深めることが出来ました。
二日目では、午前中に(ひめゆりの塔)と(平和記念公園)に視察に行き戦争の爪痕を見て学習をし、午後から(東風平運動公園陸上競技場)から(南風原町役場)までシュプレヒコールを行ない歩きました。夕食交流会では、沖縄地本の方がBBQを振る舞って頂き大変お世話になりました。
三日目は、沖縄本土復帰記念日であり出発地の(奥武山運動公園)に「沖縄平和センター」山城博治議長が来られ平和の大切さを力強く声をあげ最後まで完歩して行く決意を述べられ全体で団結しスタートしました。最終地の(新都心公園)では、「5.15平和とくらしを守る県民大会」が開催され全体の総括と大会決意案を採択し県民大会参加者2,500名と平和行進延べ4,500名の参加についても確認され終了しました。
沖縄平和行進に参加して学習と全国の仲間と交流をさせて頂き有難うございました。今後の取り組みの糧とさせて頂き平和運動を進めます。

第39回沖縄平和行進に参加して

関門支部門港船内分会 小原拓也

2016年5月12日から16日まで、5・15沖縄平和行進に参加させてもらいました。空港から降りて沖縄に到着したら、沖縄地本の方に迎えて頂きました。ホテルで荷物を降ろした後、5・15全国結団式の会場のパレット市民劇場に移動しました。会場では講師の琉球大学法科大学院教授の高良鉄美氏から、「沖縄を返せ」に込められた民族の怒りの事や、昔あった米軍のB52墜落事故で、万が一にも核が搭載されなくて良かったなど、聞かせてもらいました。全国結団式には、同じく米軍基地のある韓国からの参加者もいました。最後は、センター議長の山城博治氏の団結ガンバローで閉会しました。
ホテルに戻ってからは、三単産・全造船機械結団式から平和学習会まで行われました。講師の沖縄県マスコミ労協議長の与儀武秀氏から、日本全体の米軍施設専用面積のうち、沖縄の米軍基地の面積は約74%や、辺野古新基地問題で、仮に普天間飛行場が全面返還されても、沖縄の基地負担は、たったの2%しか減らないなど、知らないばかりでした。何より一番驚いたのは、沖縄の基地集中は「軍事的」「地理的」な理由ではなく、「政治的」な理由という事でした。最後に与儀氏は「福島にもう一度原発を作れるのか?47人の学級1人に35人分のランドセルを背負い続けているとしたら?」と二つの例え話をなげかけると、会場に重い空気が流れていたのを覚えています。
次の日、いよいよ平和行進が始まりました。出発式を終えた後、約20キロの道程をシュプレヒコールをしながら歩きました。シュプレヒコールでマイクを持たせていただいた時は緊張しましたが、やり始めたら、自分でも気付かないうちに気持ちがこもって、大きな声を出せていました。最後までコースを歩ききれるか不安でしたが、道中の沖縄の人達の声援や差し入れなどで、助けられ歩ききる事が出来ました。
14日午前中は、ひめゆりの塔、平和祈念資料館を見学してまわり、戦争当時の人達の写真や行動が、事細かに残されている事に、驚くとともに、陰鬱な気持ちになりました。午後の平和行進からレンジャーをさせて頂き、交通整理や隊列の誘導、声かけなどの御手伝いをさせて頂きました。夜には沖縄地本の方達が、バーベキュー交流会を設けてくれて楽しかったです。
15日、5・15平和とくらしを守る県民大会に向けて平和行進が始まると、レンジャーに慣れてきた事もあり、初日からレンジャーに参加出来なかった事を残念に思うくらいになりました。県民大会が始まると、皆の熱気がひしひしと伝わり、改めて気持ちが引き締まりました。最後は会場皆で「沖縄を返せ」を大合唱して締めくくりました。沖縄での最後の夕食は、三単産・全造船機械夕食懇親会が行われました皆で歌ったり踊ったりして楽しかったです。
今回の平和行進を振り返って、沖縄の人達の現状や素直な気持ちを肌で感じる事が出来、この活動がいかに大切なのかを、身をもって知る事が出来ました。この気持ちを少しでも福岡の人達と共有出来るように広められたらいいなと思いました。御世話になった沖縄の人達、ありがとうございました。

第39回沖縄平和行進に参加して

門港船内分会 西川朋由樹

2016年5月12日(木)~16(月)まで「5・15沖縄平和行進」に九州からは7名参加してきました。沖縄に着いてから、すぐに「5・15全国結団式」に向かいました。沖縄平和運動センター実行委員長の山城博治議長より熱い言葉、沖縄のこれまでの歴史の話を聞きこれからの沖縄、米軍基地移設の問題、などの話しを聞きました。次に韓国から海外ゲストとして平澤平和センター幹事カンミ氏の挨拶などがありました。みなさんの決意を知り明日からの平和行進に向けて自分自身もしっかりと決意を固め歩く事を心に誓いました。その後ホテルに移動し三単産・全造船機械結団式をおこないました。
13日(金)には南城市陸上競技場にて出発式をおこない行進がスタートしました。皆で列を組みシュプレヒコールをおこないながら、戦争中もっとも激しかったと言われる南コースを歩きました。普段は見ないサトウキビ畑やキレイな海、こんなに美しい島で、あまりにも悲惨な戦争、大変な犠牲、にもかかわらず今の沖縄の現状、色々な事を考えながら皆で声をきらさず一日中歩きました。
14日(土)は朝から南部地方視察に行きました。ひめゆりの塔→平和祈念資料館を見学しました。午後からは東風平運動公園陸上競技場から平和行進をおこないました。
15日(日)いよいよ最後の行進、皆で最後の力をふりしぼり、声を上げゴールの新都心公園に、その後、5・15平和とくらしを守る県民大会に参加し3日に及ぶ5・15沖縄平和行進を終了しました。その後ホテルにて三単産・全造船機械夕食懇親会をおこないました。北海道~沖縄までの仲間1人ずつ自分が感じた今回の平和行進について感想を発表し今回の5・15沖縄平和行進の幕が下りました。
今回、はじめて参加させていただいて、平和がどれほど大事か沖縄の問題は、日本全体の問題であり、もっと真剣に向き合わなければならないと思いました。自分の家族、子供、また会社の皆に自分が経験したこと、感じた事を伝えたいとおもいます。貴重な体験をありがとうございました。
命どう宝。

第39回沖縄平和行進に参加して

長崎県支部 佐々木 清人

戦後71年…復帰44年、第二次世界大戦最後の本土決戦の地、沖縄…あの忌まわしく、そして悲しい戦争を二度と繰り返してはならない…今年も熱い戦いの日が来た…。今回の沖縄平和行進全日程は快晴に恵まれ、5・15本集会は参加人数4000人を数えた大集会になった。私は来年、定年退職を迎える私にとって最初で最後の平和行進になるだろう。そして意義ある貴重な体験となりました。
私も戦争を知らない世代の1人です、生まれて今日まで当たり前のような「平和な日」を送って来ましたが、改めて平和の有り難さ、命の尊さを教えられました。テレビ、新聞等マスコミでは終戦後から今日まで、沖縄基地問題、外国人の犯罪等が報道されて来ましたが、正直、あまり深刻に考えたことはありませんでした。しかし、思えば佐世保も同じ基地の街です、沖縄だけの問題ではありません、「第二の沖縄」になり得る可能性は十分考えられます。将来、あってはならない事ですが、日本も戦争に巻き込まれる危機が訪れるかもしれません、再びあのような悲劇を起こさないためにも今、日本国民も基地問題、平和について考える時です、そんな不安を抱いたのは私だけではないと思います。
平和フォーラム、そして学習会での沖縄米軍基地問題、その中での辺野古への基地移転問題、戦前戦後の沖縄の歴史についての講演、学習会は有意義な大変勉強になった会でした。行進中での平和資料館、ひめゆりの搭見学では戦争終決の時、沖縄住民の悲惨な光景、米軍に追い詰められ、死を覚悟し、自らの手で命を絶った若者や住民、何百何千の尊い命が奪われた現実、さぞ無念だったであろう。そのような現実を目の当たりにし、益々戦争の愚かさ、そして命の尊さを改めて感じさせられました。沖縄の問題だけじゃなく日本そして世界の平和問題として受け止め、本当の平和の意味を認識するべきだと思いました。
今回の平和行進参加で自身の勉強不足を痛感したのも事実です。地元沖縄県人の怒りと希望で反基地、反戦の運動が続いて行く事を願っています。本当の「復帰」には、まだまだ時間がかかりそうです。  今後も全国の労組、その中でも全港湾青年部の若い力を中心に全港湾の長い歴史と誇り「戦う全港湾」の志を受け継いで取り組んで行ってくれる事を願っています。子供、孫達の未来のためにも…断じて戦争の道を歩んではいけません。何ものにも代えがたいもの、それは命です。
【命どう宝!】合掌。

第39回沖縄平和行進に参加して

長崎県支部 大平幸弘

2016年5月15日全国結団式が5月12日(木)那覇市の久茂地のパレット市民劇場で行われました。実行委員長を務める沖縄平和運動センターの山城博治議長は「沖縄からあらためて反戦平和を訴えよう。安倍政権が戦争へとまい進する中、沖縄の状況をつぶさに確認し、後悔しないために何をすべきか考えよう」と語られていました。
1日目は、3コースに分かれて、全港湾は南コースで、南城市陸上競技場から出発しました。昼食地点の平和祈念公園では、沖縄戦終焉の地であり、沖縄戦で亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ「平和の礎」、戦没者の鎮魂と永遠の平和を祈る「平和祈念像」、そして摩文仁の丘の上には国立沖縄戦没者墓苑や府県、団体の慰霊塔が50基建立されている。実際に地中に埋まっている不発弾も床がガラスばりで出来ている為に見る事もでしました。
また、広場の中央には「平和の火」が灯されていて、この「平和の火」は、沖縄戦最初の上陸地である座間味村阿嘉島において採取した火と被爆地広島市の「平和の灯」及び長崎市の「誓いの火」から分けていただいた火を合火し、1991年から灯し続けた火を、1995年6月23日の「慰霊の日」にここに移し、灯したものであるそうです。 ひめゆりの塔では、平和祈念資料館で特に印象があったのは、沖縄戦で生き残った教師が犠牲になった学徒隊の黒髪を神棚に上げたり、親族が我が子の黒髪や白骨など必死にかき分けて探してる事が文章で残っていました。
2日目の午前は視察団として1日目に行ったひめゆりの塔、平和祈念資料館へと行きました。午後からは、東風平運動公園陸上競技場で昼食後行進で出発して、陸軍病院壕跡を経由して南風原町役場まで行進しました。夜は沖縄地本にて懇親会の青年・BBQ交流会で自己紹介など他の地方のかたと飲んだり騒いだりしてあっという間に楽しい時間が過ぎとてもいい交流ができました。
3日目は朝から奥武山運動公園で、出発式をしてから途中に休憩ポイントで休憩をして新都心公園まで歩きました。5・15平和とくらしを守る県民大会の会場では、南コース、東コース、西コースの3コースが集まり約2000人が集結しました。3日間での行進は全国から集まり約4500人で、1コース約30~40キロだそうです。
今後このような活動には積極的に参加し、周りに伝えて活動していこうと思います。
『子供の未来を守ろう』

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方神戸支部 魚住 幸一

今回、私が沖縄平和行進に参加するのは初めてで、山陽分会としても初参加でした。 今までに参加した人がいないので沖縄平和行進について話を聞いたりアドバイスを貰う事も出来ず、右も左も分からないまま知らないメンバーと5日間も行動するのは少し不安がありました。 しかし、懇親会を兼ねた勉強会が4月にあったので平和行進とはどのようなものなのか。また、平和とは何かという題材について語り合い、夜には懇親会で交流を深め、平和行進に向けて一致団結しました。 そのお陰で不安もなくなりました。
山陽分会では平和行進で学んだ事を皆に知ってもらおうと思い勉強会も開きます。 今回の経験を活かし来年に平和行進へ参加する人へアドバイスなどをしたいと思います。

第39回沖縄平和行進に参加して

関西地方青年部部長 小林 進

4度目の参加になると文章を考えるのもなかなか大変になると思っていたが今回の平和行進は数年の中で一番に印象深かった。まず、違ったのがコースだ。南コースは歴史を学ぶ道といっていたので目的地はほぼ同じだったが今までとは違うルートを歩くことがなによりも新鮮だった。最終日にいたっては大道路を行進した。それだけ平和行進やこの行進の意味を世間にアピールしようという想いがあったのだろうと感じた。そして今回の平和行進、自分が参加してきたなかでこれほど行進の妨害を受けたことはなかった。これが今の沖縄の現状を表しているような印象を受け、これこらもこの平和行進が続き闘っていくのだろうとも思えた。
初めて参加した5年前からシュプレヒコールの内容は差ほど変わっていないにも関わらず沖縄の今がこれほど激化していくと平和行進の終わりはいつむかえることができるのかと疑問をうかべる時もある。それでも全港湾はきっと最後まで闘い続けることを信じてまた来年も歩くのだろう。そして自分は今後参加するだろ人達の後押しができるようつとめていこと思っている。
この文章を考えている中で再び沖縄で米軍関係の暴行事件がおきている。極論から言えばこの事件も基地がなければ起きることのなかった事件であって。これから沖縄にある米軍基地の抗議活動も増えていくのだろ。来年はさらに激化するだろう平和行進もきっと全国から集まる仲間たちとぶじに終えて、いつか平和行進が勝利とともに終わる日を望んでいる。


第19回青年対策交流会議に参加して

第19回青年対策交流会議 (4)青年活動年間スローガン

「若い力は大きな力 声をあげて一歩前へ 青年部」に決定

 

 

第19回青年対策交流会議に参加して

 日本海地方青年部部長 下地真史

 全国のみなさんこんにちは。皆さん公私ともお忙しい中、日本海に集まっていただきありがとうございました。今回自分が学ばせていただいたこと、みんなで議論したことをご報告させていただきます。
 最初に今回参加された全国の青年の皆さま3日間(4日間の人も)本当にお疲れさまでした。2月の日本海ということで雪の心配をしていましたが天気にも恵まれ総勢六七名もの仲間達が全国から集まってくれました。共に今回の青対を盛り上げて下さり本当に感謝しております。今回は代表者会議と青年対策交流会議がセットになっており、初日の青年対策会議では第19回青年対策交流会議の運営全般・今後の青年代表者会議、青年対策交流会議の開催・脱原発キャラバンについて議論しました。
 冒頭中央本部鈴木誠一副委員長から「青年部は横の繋がりを大事にして元気よく意見を上げてきてほしい」と激励の挨拶をいただきました。2日目から青年対策交流会議となり最初は中央本部松本委員長から「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められる」というテーマで講座を開いていただき、3日目(午前)は富山県平和運動センター議長・山崎彰氏より「放射線の影響と原発の問題点」というテーマで講座を開いていただき、午後からは「各地方、支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」「全国青年部統一行動について」という二つのテーマについて七つの班に分かれて分散会を行いました。4日目は御二人の講座と仲間達の議論のもと全体討論を行いました。以上が大体のスケジュールになります。
 私は今回の青対で二つのことを皆さんと考えていきたい。と開会の挨拶をさせていただきました。一つは脱原発についてチェルノブイリの事故は30年前に起きているのにいまだに原状回復はできていない、つまり福島第一の事故は30年後も片付いていないこれから私達青年層が一生付き合っていかなければならないということ。二つ目は私達青年層の現状について、私たちは数々の問題を抱えているのにその問題を執行部にお任せしていないでしょうか?ということ私達の労働条件はすべて勝ち取ってきたもの、戦う事を放棄していたらいつかなくなるんじゃないかということ。その思いが通じたのか山崎議長の講座の後の沢山の質疑がありました。30分の時間をとってあったのですが予定時間を超えても手が上がり山崎議長は大変驚いておりました。全体討論も、次回開催地本ついて、各々の職場の問題、全国の青年部の協力の在り方、運動の報告等々たくさんの議論がありました。スローガンについても今年は一つにしぼり一つの目標にむかって全国の青年部がガンバローということで九州地方苅田支部港運分会田中さんの「若い力は 大きな力 声をあげて 一歩前へ 青年部」が採択されました。
 最後になりますが、今回「第19回青年対策交流会議」を開催するにあたって全面的にご協力いただいた地元、伏木支部の皆さん、執行部の大先輩方、本当にありがとうございました。参加者を代表してお礼を申し上げます。

 日本海地方青年部副部長 稲井 太一

  私はこの青年対策交流会議で沢山の事を学び、そして、自分の地本や支部での活動にも活かせるような、強い刺激を受けて帰ることが出来ました。その思いを綴り、開催地本とゆう大役のチャンスを与えてくださった中央本部、そして日本海地方執行部の皆さま、受け入れ態勢を整えてくださった伏木支部の皆さま、全国の青年部員の仲間達への感謝の言葉に代えさせて頂きます。
  私はこの青年対策交流会議で、我々若年層の強み、そして役割を考えさせられたような気がします。会議の冒頭に日本海地方本部鈴木執行委員長の話の中で、「幕末に活躍した者達は皆20代であった」とゆう事を聞かせて頂きました。彼らは私が考えるに、大人達が作って来た日本を時代や周りの諸外国に負けない、更に良い国にするために闘ったんだと思います。私よりも年下だった彼らが奮起し、学び成し得た事が今の日本の礎になってると思うと震えずにはいられません。そう言った話を聞き、私には何が出来るのかと考えた所、青年部ならではの仲間作り、学習、失敗の3点が思いつき、そして会議を通してそれは確信に変わりました。
 全国に沢山の仲間を作り情報共有することにより、自分の地本や支部に帰っても良い刺激を受けたり、与えながら切磋琢磨し、活動に活かせること。知らないことを知らないと恥じずに、知らないからこそ自ら学び、教えを乞う事が出来ること。失敗を恐れず色んな事に興味を持ちチャレンジをし、もっといい事は無いかと突き詰められること。
  我々には我々にしか出来ないことも必ずあると私は信じます。その強みを活かして今後の組合活動、仕事に活かして行けるよう努力していきたいと思います。貴重な経験を積ませて頂いた事に心から感謝致します。

日本海地方青年部書記長 竹仲 健人

 第19回全国青年対策交流会議に参加して、開催地方として、とても貴重な経験をすることが出来ました。今回、日本海地方で青対を開催すると決まってから、いろいろ準備をしてきて、これまで開催していただいた地方の皆さんの大変さを知る事が出来ました。
 まず、松本中央執行委員長から、全港湾のとりまく情勢の話しをしていただき、講座には、富山県平和センターの山崎氏を講師に向かえ、原発の問題について話していただきました。放射能の危険性について詳しく知ることができ、ためになりました。
 分散会では全国の人達と原発の取り組みについての話しをして、他の地方の取り組みなどを聞けたりして今後の活動にいかしていこうと思いました。
 初めは、本当に日本海で出来るのか不安でしたが、無事に3日間が終わったときに、日本海地方で開催できてよかったと思いました。次回の青対は是非、北海道でできるようにサポートして、できることはしていきたいと思いました。

 関東地方横浜支部 鈴木健一

 今回 青対に参加して、改めて感じたのは、労働組合の大切さでした。全国の組合員の方から、会社で、今起きている問題の報告を聴きましたが、これも、組合に入っていなかったら、簡単に解雇されているのではないのかと思う内容でした。毎回、集会で、誰かしらの演説を聴きますが、これも、ただ聴いて満足するだけでなく、鈴木委員長も言っていましたが、自分で掘り下げて、調べて裏を取り、そして、行動し、経験し、知識として、生かしていきたいと思いました。代表者会議にも参加させて頂き、とても、充実した4日間になりました。ありがとうございました。

関西地方大阪支部青年部部長 松下泰士

 第19回全国青年部対策交流会議に今回で4回目の参加でした。1回目、2回目、参加した時は話しの内容がなんとなくしかわからなかったのですが、今回参加して、勉強したなかで、前回、前々回よりも話しの内容、全港湾という組織が、どういうものかが、見えてきました。勉強とは、物事のぎゃくの事を見る(考える)そして調べる。なるほど!と思え、人生においても考えさせられました。こういった会議、勉強会(交流会)は何げないところの話しに大切な事を気付かせてもらえます。

関西地方大阪支部青年部副部長 横山 貴安基

 今回2回目の参加となりましたが、前回と比べて自分自身全国の仲間と深く繋がりがあると感じました。私は今年で青年部から退きますが、これからの青年部はもっと力を付けて様々な問題に団結して立ち向かい、闘って勝ち取る意識を強く持って頑張って貰いたいです。自分も今迄以上に頑張っていきます。ありがとうございました。

東海地方清水支部 山崎

 青年対策交流会議に初めて参加しました。参加してたくさんの人と話して思った事はどこの支部でもいろいろな問題を抱えていてそれについて考えて活動しています。清水でもいろんな問題がこれからもでてくると思うのでみんなと話し合ったりちょっとの事でもしっかりと考えて行動していけたらと思います。講座では放射能の影響がどれだけのものなのか、どれだけ恐いものなのかを改めて知り静岡も浜岡原発があるので、もっと知る必要があると思います。近くにあるにも関わらず、ニュースとかでやってる程度しか知らない自分が恥ずかしかったです。東京で脱原発集会に参加しましたが、ほかのデモ行進もあれば積極的に参加したいと思いました。分散会では原発の事についてどういった活動をしているか、各支部や地本での統一行動などの時間では支部でのいろいろな活動を聞けてとても参考になり清水に持ち帰り報告してみんなに伝えていきたいと思います。みんなの部費で行かせてもらい、ありがとうございました。これからもがんばりましょう!

九州地方関門支部 伊東俊介

  2016年2月13日~15日(土~月)の14時から富山県射水市にあるホテル第一イン新湊にて第19回全港湾青年対策交流会議が総数68名にて開催されました。始めに日本海地方青女部部長の下地さんから開会の挨拶があり、議長団選出では日本海地方の小島さんと川端さんが選出されました。 
 日本海地方委員長挨拶では鈴木龍一さんから「青年部活動は中央、地方ではなく地域、支部、職場で行ってほしい・先輩達にもおかしい事はおかしいと言ってほしい」とアドバイスをして頂きました。中央本部青年部担当挨拶では鈴木誠一さんから「全国の仲間達としっかりと情報交換をしてほしい」とのお願いをうけました。講座『全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの』では全港湾中央執行委員長の松本さんに講師をして頂きました。講座の内容は、団結とは何か・世の中の考え方・社会の力関係でかわる法律解釈・安倍政権の政策・これからの課題というものでした。様々な内容の中でも、最後の『これからの課題』というのが自分の中でとても勉強になることばかりでした。その後の質疑応答では「仲間が原発関連で働いている場合は」「産業別統一闘争とは」などの質疑があげられました。14日(日)には講座『放射線の影響と原発の問題点』を富山県平和運動センター議長の山崎さんに講師をして頂きました。講座の中の『放射能の半減期』という項目で半減期が短いものでは数日、長いものでは141億年という年月がかかるというのにはとても驚き勉強になりました。分散会『各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点・これからの課題』では7つの班に分かれて議論をしあいました。取り組みでは、デモ行進・原水禁への参加・住民へのビラ配りなどがあげられ、問題点では、参加メンバーの固定化・関心がない・意識が低いことなどがあげられました。これからの課題では、家族や身内などから取り組む・学校での教育・分かりやすい内容の学習会を開催するなどがあげられました。統一行動については、港のゴミ拾い・フラッシュモブ・千羽鶴を広島や長崎に送る・原発の署名運動・活動を同じ色の服で行うなどがあげられました。統一行動だけでなく、日頃の活動から全港湾全体で色を決めて、同じ色の服装で活動を行えば参加者全員の団結と意識向上・マナーアップ・全港湾の宣伝・組織拡大などに繋がりそうだと感じました。 
 15日(月)には全体討論(職場の問題・支部や地本の問題・今回の青年対策交流会議について等、なんでも自由な議論を)が行われました。その中では、5.15沖縄平和行進で後ろの人はシュプレヒコールが聞こえない・職場問題で仲間が去った・次回青年対策交流会議を北海道で開催したいなど様々な発言がありました。特に印象に残ったのは、会社に未払金を請求したら職場の移動や出勤停止などの嫌がらせをうけている仲間がいることでした。その仲間は嫌がらせをうけながらも「負けないで闘う」と現在も闘っています。アドバイスをしてあげられない自分の勉強不足をとても強く感じました。中央本部青年部担当からのまとめ、感想では鈴木誠一さんから「行動して経験して実になる、自分・家族・会社・労働組合の4つを大切にしてほしい」などの話しを聞かせて頂きました。年間スローガン選考/採択では自分たち九州地方からのスローガン『若い力は大きな力 声をあげて一歩前へ 青年部』が選ばれました。最後に団結がんばろうを次回青年対策交流会議開催予定地の北海道地方の今野さんの楽しい団結がんばろうで第19回全港湾青年対策交流会議は終了となりました。今回参加させてもらってたくさんの事を勉強することができました。仲間が困っている時にアドバイスができるように、自分なりに実例などを調べてみたりして勉強していきたいと思います。夕食の懇親会では年に数回しか会えない仲間達と食べて飲んで楽しい時間を過ごすこともできて嬉しかったです。また機会があればぜひ参加させてもらいたいと思います。ありがとうございました。

九州地方博多支部 橋本佑介

 2月13日から15日の3日間、富山県射水市にて行われた第19回青年対策交流会議に参加しました。まず始めに、開催地である日本海地方の皆さん各地方の受け入れ、準備ありがとうございました。私は青年対策交流会議に参加するのは4回目で、全国の仲間と再会することができ横の繋がりが出来てると感じました。横の繋がりとは、自分に対しての財産であると考えており少しでも多くの方々と交流を深めるようこの3日間を望みました。1日目は、日本海地方執行委員長である鈴木委員長のあいさつがあり、青年部の本来の目的、青年部としての行動とは?という問いかけがありました。中央本部からの動員だけが行動ではなく各地方、各支部にて地域の運動への率先しての参加等がこれからの青年部には必要だと話されてました。中央執行委員長の講座では「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」についての話がありました。労働者として誇りを持ち、お互いに信頼し合うこと。組合員として言いにくい相手、親しくない相手こそ会話が必要であり、会話することで新しい発見ができ、視野が広がると言われてました。
 2日目は、平和運動センターで議長をしている山崎議長から「放射線の影響と原発の問題点」についての講話がありました。放射線は、匂いや色、味もなく人体に入ってきても分からない。とても危険なものであること。放射線を浴びるということは将来、子供にも影響することを強く言われていました。この日本にも54基の原子力発電所があり危険な状況で生活している方々がいる。このような状況を作ったのも人だし、それを我々は排除していく運動を続けていくことを改めて強く感じました。そして、分散会に入り「原発運動の取り組みと問題点これからの課題」、「全国青年部統一行動について」といった2つの議題に沿って行いました。取り組みについては、各地方、各支部で地域で行われている脱原発運動に参加しており、今までと同じようにこれからも参加していく。問題点としては運動、活動に同じメンバーが参加している現状があり、ローテーションなどで参加していけるようする。その際は各地方、各支部で運動に対しての意味など、事前に知ることによりスムーズに運動、活動に参加できると思いました。全国青年部統一行動については日本海地方が行っているエコキャップ集めを全国で行う、全国の仲間と同じ日に各地方、各支部に集まり学習会を行うという意見が出ました。実現できるよう努力していきたいと思いました。最終日は全体討論と中央本部からのまとめがありました。全体討論の中で名古屋支部にて未払いなど、悲惨な出来事があり、現実を受け止めこれから先、全国の仲間で協力して助け合いたいと思いました。まとめでは、初日から言われていた各地方、各支部が地元にて行動、運動を行うことが大事。それから全国へ発信していくことがすべての運動に繋がっていける。最後にスローガン選考、採択があり「若い力は大きな力声を上げて一歩前へ青年部」に決定し、1年間このスローガンに沿って運動、活動を行っていくことを確認しました。この3日間、短い時間でしたけど全国の仲間と交流ができ各地方、支部の現状を少しでも知ることが出来ました。これから地方、支部に持ち帰り議論していきたいと思いました。参加された皆さん、お疲れ様でした。

九州地方長崎県支部 大平幸弘

 2016年2月13日~15日の日程で、富山県射水市で青年対策交流会議が開催されました。1日目、開催地の日本海地方青年部部長の下地真史さんの開会挨拶で始まりました。そして、日本海地方委員長挨拶と中央本部青年部担当挨拶があり、全港湾中央執行委員長、『全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの』講座があり、その中では集団的自衛権や労働組合、税金の話しがありました。夕方には、各地方の自己紹介で懇親会をして1日目は終わりました。
 2日目は富山県平和運動センター議長の、山崎 彰さんの『放射線の影響と原発の問題点』の講座があり、午後からは、7班に分かれ『原発運動の取り組みと問題点』と『全国青年部統一行動』と言う課題があり、みんなばらばらに班に分かれて議論をしました。私の班のまとめとして、とりあえず身近な人から原発の怖さなどの説明をして少しでも内容を分かってもらう事や政府が問題なら積極的に選挙に力をいれて参加して行こうと決まりました。3日目は、朝から全体討論があり年間スローガンの一本化、香川の職業問題、沖縄平和行進のぽい捨てゴミ問題、福島キャラバン、次回の青対開催地、とくに名古屋の職業問題未払い賃金、労働時間、職場追い出しの現状がある事を聞いてとても大変な状況におかれている事が分かりました。
 年間スローガンは九州地方の苅田支部の『 若い力は大きな力 声を上げて一歩前へ青年部 』北海道のガンバロー三唱で終わりました。この青年対策交流会議に参加して各地方の仲間との交流いろいろな問題について大変勉強になりました。全港湾の仲間は大切だと思いました。

九州地方苅田支部 堀本雄平

 2月13日~2月15日までの3日間富山にある第一イン新湊で第19回全港湾青年対策交流会議に参加してきました。自分は青年対策交流会議は、初めての参加でどんな事をするのか全くわかららないままスタートしました。最初に日本海支部青年部部長の挨拶がありその後、日本海地方委員長の挨拶で「青年部活動とは?中央から言われてやるのではなく自分達から積極的にみずから何をしたらいいか?考えてほしい」と言われ自分はなんでも言われからじゃないと動かないでそのへんを変えていかなければならないと思いました。その後中央本部の鈴木副委員長の挨拶があり講師・全港湾中央執行委員長の松本委員長の講座「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」があり1日目は終了しました。
 2日目は、講師富山県平和運動センター議長の山崎彰氏による講座「放射線の影響と原発の問題点」がありその後日本海地方の原発の現状と活動の報告があって分散会「各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」「全国青年部統一行動について」という課題があげられました。自分はc班になり初めて知らない人と議論したりしてすごく緊張しました。そこでは各地方いろいろな取り組みやいろいろな問題など自分の知らない事ばかりで、ほとんどどこの港も親は活動しているが青年部としてはその流れで活動するといったぐらいで実際その活動内容に対して勉強不足な部分があるなどがでました。なのでこれからは少しでも青年部から動きだせるようにしたいです。
 3日目は、全体討論で次の全港湾青年対策交流会議は北海道に案が出てるという事なんで少しでも協力していきたいし、もっともっと組合とはどういう事なのかを勉強して困った時は全国の仲間を助けあっていきたいと思いました。そして年間スローガンは九州地方苅田支部で出した「若い力は大きな力声をあげて一歩前へ青年部」に決まりました。今回学んだ事を少しでもいかせれるように支部にもちかえりもっともっと活躍できるように頑張っていきます。日本海地方のみなさんありがとうございました。

関東地方横浜支部青年副部長 寳納雅行

 第19回青年対策が日本海地方は伏木の地で開催されました。開催地でもあります日本海地方鈴木龍一委員長の挨拶があり青年対策の走り、青年部の声をもっと上に出す、そして上は良い考えをもっと取り入れる!青年部としてもっと元気よく活発に活動して行こうと激励を受けました。松本中央執行委員長による[全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの]と題した講座を開いて戴きました!難しい言葉の真実よりわかりやすいウソがまかり通っている現実!政治・経済、世の中の考え方!富山県平和運動センター議長、山崎氏による原発の問題について講義して戴きました。やはり原発は危ない、共存出来ないと再確認しました!
 分散会では各地方、脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題、全国青年部統一行動について議論しました。青対を通して感じた事は、昨今の港における情勢は大変に厳しいものとなっている!全国の仲間は色々な問題を抱えてることに無力さも感じた、考えさせられた!鈴木誠一中央執行副委員長が言われてました、調べて裏を取って行動する!反原発、反基地運動もそうですが知ることから初めてみようと思いました。最後になりますが日本海地方の皆様受け入れて下さりありがとうございました。

関西地方阪神支部 坪井雄志

 私はこの交流会議には今回で5回目の参加でした。松本委員長による講座「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」で思ったのは「全港湾の組合員は除外されるだろうが我々国民が政治に無関心だから安倍政権の分かりやすいウソに騙されているのだな」ということでした。この現実を親しい仲間内だけではなく主義思想が違う人たちにも伝えなければならないと感じました。山崎彰富山県平和運動センター議長による講座「放射線の影響と原発の問題点」では放射性物質の半減期が種類によっては「何億年」とか莫大な時間がかかるということにとても驚かされました。分散会では各地方の脱原発運動の活動内容や問題点などが聞けてとても参考になりました。この青対交流会議で学んだことをこれからの運動に活かしていきたいと思います。

関西地本阪神支部 松田直樹

 2月13~15日に行われた全港湾青年対策交流会議に今回初めて参加さして頂きました。その中で、放射線の影響と原発の問題点をテーマに講座が開かれ、話を聞くにつれ、私自身の勉強不足を痛感しました。関西が地元と言う事もあり、そこまで原発について感心を持っている仲間もあまり多くないので、今回知った事を少しでも伝えていきたいとおもいました。また、交流会や分散会の中で、全国の仲間と組合活動への取り組み方等々の話を聞く事ができ、今後の組合活動の参考にしていきたいと思いました。

日本海地方新潟支部 松田祐樹

 2月13日~15日富山県で行われた青年対策交流会議に参加しました。全国規模の会議に参加するのは、始めてだったので不安もありましたが、日本海地方の仲間や沖縄平和行進で共に汗を流した先輩後輩もいたので、不安も一気になくなりました。横のつながりの大切さを始めて実感しました。
 初日は全港湾中央執行委員長の松本委員長から講義を受けました。青年部活動は職場(地元)から。とても印象に残っている言葉です。いかに地元で活動が出来るかだと思うので、頑張りたいと思いました。
 2日目は原発問題について、講師の山崎さんの講義を受けました。高浜原発が再稼働をはじめこれから次々に再稼働に向けて動き始めると思います。原発がなくても、電気が足りなくなることもなく生活できていたのに何故稼働しなきゃいけないのか?動かす意味がわかりません。新潟にも刈羽原発があります。今は稼働していませんが、次期に再稼働という話が出るはずです。その時は、反原発の声をあげ阻止していきたいです。
 講義の後は、各班に別れて分散会を開きました。内容は「各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」と「全国青年部統一行動について」でした。各班様々な意見が出てとても良かったと思います。3日間という時間でしたが、全国の仲間と交流し仲良くなれて良かったです。いろんな話を聞く中で、知識の無さを感じました。勉強したいと思います。いい経験ができました。ここで得た横のつながりを大事にし、これからの組合活動にいかせればと思っています。

 日本海地方青年部副部長 稲井 太一

  私はこの青年対策交流会議で沢山の事を学び、そして、自分の地本や支部での活動にも活かせるような、強い刺激を受けて帰ることが出来ました。その思いを綴り、開催地本とゆう大役のチャンスを与えてくださった中央本部、そして日本海地方執行部の皆さま、受け入れ態勢を整えてくださった伏木支部の皆さま、全国の青年部員の仲間達への感謝の言葉に代えさせて頂きます。
 私はこの青年対策交流会議で、我々若年層の強み、そして役割を考えさせられたような気がします。会議の冒頭に日本海地方本部鈴木執行委員長の話の中で、「幕末に活躍した者達は皆20代であった」とゆう事を聞かせて頂きました。彼らは私が考えるに、大人達が作って来た日本を時代や周りの諸外国に負けない、更に良い国にするために闘ったんだと思います。私よりも年下だった彼らが奮起し、学び成し得た事が今の日本の礎になってると思うと震えずにはいられません。そう言った話を聞き、私には何が出来るのかと考えた所、青年部ならではの仲間作り、学習、失敗の3点が思いつき、そして会議を通してそれは確信に変わりました。
 全国に沢山の仲間を作り情報共有することにより、自分の地本や支部に帰っても良い刺激を受けたり、与えながら切磋琢磨し、活動に活かせること。知らないことを知らないと恥じずに、知らないからこそ自ら学び、教えを乞う事が出来ること。失敗を恐れず色んな事に興味を持ちチャレンジをし、もっといい事は無いかと突き詰められること。
 我々には我々にしか出来ないことも必ずあると私は信じます。その強みを活かして今後の組合活動、仕事に活かして行けるよう努力していきたいと思います。貴重な経験を積ませて頂いた事に心から感謝致します。

 日本海地方直江津支部 高橋

 青年対策交流会議にオブ参加として初めて参加しました。とても勉強になる事が多くて身のある3日間でした。でも自分の知識のなさ、勉強不足を実感した3日間でもありました。今後、このような思いをしない為にも知識を身につけ、勉強していきたいと思います。このような経験ができとても良かったです。

 日本海地方伏木支部 石原

  初めての青年対策交流会議だったので不安もありましたが交流もできいい経験になりました。

 日本海地方伏木支部 岩田

  今回初めて参加して緊張しましたがみんな意識が高くとても勉強になりました。

 日本海地方伏木支部 川岸

  他県の人と交流できとてもいい経験になりました。また機会があれば参加したいと思いました。

 日本海地方伏木支部 増神

  原発の講義を聞いて、解決していない福島の現状や政府がそういう事を報道しないようにしていると聞いて、驚きと恐怖をかんじました。 また、全国の青年部の方のそれぞれの抱える問題やそれに取り組む姿勢を見て、 自分たちは、あまっちょろいところでのうのうと仕事していたんだなと感じました。

 日本海地方伏木支部 末坂

  今回初めて全港湾青年対策交流会議に参加させていただきました。 三日間参加していろいろな講座、分散会などを行なって全国の仲間の青年部の活動や意見交換させていただきとても刺激的な三日間でした。 全体討論の際に各支部の抱えている問題、熱い気持ちなど聞いて、少しでも周りの青年部のみんなに伝えていきたいと思いました。

 日本海地方伏木支部 浜田

  青年対策交流会議で私は初の参加で無知な状態で参加させていただきました。 他県から来られた青年部の人達でも初の参加の人もおられましたがそんな人達は何回も来られてる人達に負けないように意見を出しあっていて正直流石だと思いました。原発や戦争反対、職場の状況など色々な話を集まってしまして元々あまり感心がなかったのですが周りの意見を聞いている内に感心が湧いてきかつ自分の勉強不足に心が痛かったです。次また参加することがあるばきちんと勉強して挑みたいと思いました。

 日本海地方伏木支部 若林

  今回初めて大会に参加させてもらって各地方の方の生の意見を聞いたとき、ニュースで放送されている事はほんの僅かで実際は原発で悩んでいる事が沢山あることが分かりました。この大会を機に自分の出来ることは小さいかも知れないですがこの大会での案を一つでも出来るように努力していきたいと思いました。

 日本海地方伏木支部 藤島

  2日目での分散会で他の地方の方と話す貴重な体験ができました。思ったことが伏木支部青年部の自分達と他の地方の組合員とのモチベーションの温度差を感じました。 それと原発について。富山には原発がないので頭のどこか片隅にでも [ 事故が起こらない ] みたいな考えがあるのかもしれない感じがしました。 話を深め原発の恐さと絶対に原発は無くさないといけないことを再確認しました。 自分では親から言われた活動や動員などできるだけ参加しているつもりだったが自分の未熟さや意識の低さを見つめ直さなくてはいけないと思いました。

 日本海地方伏木支部 見角

  日本海地方青年部では、青対に参加するのは三役まででした。今回は地元富山で開催されることになり、伏木支部青年部長として青対に参加出来て大変良い経験になりました。 会議では、全港湾の松本中央執行委員長の講座、富山県平和運動センター議長の山崎彰さんによる講座、7班に別れての分散会が行われました。松本委員長の講座では、安倍政権の政策に対する問題点や、デモ活動に取り組む上での注意点、そして青年部に求めていることについて分かりやすく話していただきました。山崎議長の講座では、日本海地方が多く抱える、原発問題について話していただきました。原発の危険性、再稼働問題、事故処理についてなど詳しく説明され、富山には原発が無いからと安心するのでは無く、日本の問題であることを強く意識しました。
 分散会では「各地方の脱原発運動への取り組み」と「全国青年部統一行動」について話し合いました。東北地方では、直接現地に赴き、身をもって学習や行動するなど、高い意識が感じられました。その一方で、原発と関わりの薄い地域ではあまり活動が無いなど、地方による温度差が問題点としてあげられました。改善するためにも、青年部同士が連絡を取り合い、積極的に行動していくことが大事になってきます。また支部単位でも、何故その活動をするのかをしっかり伝え、みんなで活動していく環境作りをしていかなければなりません。質疑や全体討論でも、各地方から多くの意見、報告等があり、大変盛り上がった会議になりました。他地方の青年部と交流する機会は貴重で、お互いの地方、支部の状況等の情報交換をしたりと、大会以外でも充実した話し合いが出来たと思います。今回得たものを「良い経験」で終わらさず、地方、支部、分会の青年部活動に活かしていけるよう頑張って行きたいです。

 日本海地方 七尾支部 青年部長 秋元良和

  今回、初めて青対に参加させてもらいました。原発のある県とない県での活動のあり方や温度差などの問題点など、全国の仲間達と情報・意見交換できた事、各地方・各支部での問題など、参加しないと経験できない事ばかりですごく良い経験になりました。
 まず自分達の支部で、そして地方と青年部がもっともっと行動して失敗や挫折をしながらでも、全港湾を盛り上げていきたいと思います。

 日本海地方 七尾支部 小堀一彦

  オブとして初めて青年対策交流会議に出てみて、全国の仲間たちと交流したり、色々な話を聞いて自分も組合活動を頑張っていかないと駄目やと痛感しました。自分にとってこの3日間は、とても良い勉強になりました。

 日本海地方青年部部長 下地真史

  全国のみなさんこんにちは。皆さん公私ともお忙しい中、日本海に集まっていただきありがとうございました。今回自分が学ばせていただいたこと、みんなで議論したことをご報告させていただきます。
 最初に今回参加された全国の青年の皆さま3日間(4日間の人も)本当にお疲れさまでした。2月の日本海ということで雪の心配をしていましたが天気にも恵まれ総勢67名もの仲間達が全国から集まってくれました。共に今回の青対を盛り上げて下さり本当に感謝しております。今回は代表者会議と青年対策交流会議がセットになっており初日の代表者会議では第19回青年対策交流会議の運営全般・今後の青年代表者会議、青年対策交流会議の開催・脱原発キャラバンについて議論しました。冒頭中央本部鈴木誠一副委員長から「青年部は横の繋がりを大事にして元気よく意見を上げてきてほしい」と激励の挨拶をいただきました。二日目から青年対策交流会議となり最初は中央本部松本委員長から「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められる」というテーマで講座を開いていただき、三日目(午前)は富山県平和運動センター議長 山崎彰氏より「放射線の影響と原発の問題点」というテーマで講座を開いていただき、午後からは「各地方、支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」「全国青年部統一行動について」という二つのテーマについて7つの班に分かれて分散会を行いました。4日目は御二人の講座と仲間達の議論のもと全体討論を行いました。以上が大体のスケジュールになります。
 私は今回の青対で二つのことを皆さんと考えていきたい。と開会の挨拶をさせていただきました。一つは脱原発についてチェルノブイリの事故は30年前に起きているのにいまだに原状回復はできていない、つまり福島第一の事故は30年後も片付いていないこれから私達青年層が一生付き合っていかなければならないということ。二つ目は私達青年層の現状について、私たちは数々の問題を抱えているのにその問題を執行部にお任せしていないでしょうか?ということ私達の労働条件はすべて勝ち取ってきたもの、戦う事を放棄していたらいつかなくなるんじゃないかということ。その思いが通じたのか山崎議長の講座の後の沢山の質疑がありました。30分の時間をとってあったのですが予定時間を超えても手が上がり山崎議長は大変驚いておりました。全体討論も、次回開催地本ついて、各々の職場の問題、全国の青年部の協力の在り方、運動の報告等々たくさんの議論がありました。スローガンについても今年は一つにしぼり一つの目標にむかって全国の青年部がガンバローということで九州地方苅田支部港運分会田中さんの「若い力は 大きな力 声をあげて 一歩前へ 青年部」が採択されました。
 最後になりますが、今回「第19回青年対策交流会議」を開催するにあたって全面的にご協力いただいた地元、伏木支部の皆さん、執行部の大先輩方、本当にありがとうございました。参加者を代表してお礼を申し上げます。

 日本海地方青年部 書記長 竹仲 健人

  第19回全国青年対策交流会議に参加して、開催地方として、とても貴重な経験をすることが出来ました。今回、日本海地方で青対を開催すると決まってから、いろいろ準備をしてきて、これまで開催していただいた地方の皆さんの大変さを知る事が出来ました。
 まず、松本中央執行委員長から、全港湾のとりまく情勢の話しをしていただき、講座には、富山県平和センターの山崎氏を講師に向かえ、原発の問題について話していただきました。放射能の危険性について詳しく知ることができ、ためになりました。
 分散会では全国の人達と原発の取り組みについての話しをして、他の地方の取り組みなどを聞けたりして今後の活動にいかしていこうと思いました。
 初めは、本当に日本海で出来るのか不安でしたが、無事に3日間が終わったときに、日本海地方で開催できてよかったと思いました。次回の青対は是非、北海道でできるようにサポートして、できることはしていきたいと思いました。

日本海地方敦賀支部 森北俊文

  第19回全国青年対策交流会議に初めて参加させていただきました。まず始めに松本中央執行委員長から「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められる」というテーマでお話をしていただきました。その後、富山県平和センターの山崎さんから「放射能の影響と原発の問題点」についての講座を開いていただきました。放射能がどのようなものかどれほど怖いものかを詳しく説明していただき知らなかった事を知る事が出来ました。
 分散会では、あらかじめ用意されていたグループに分かれて脱原発に対する各地方の取り組み、全国青年部統一行動について意見交換しました。脱原発について各地方がどのような取り組みをしているのか知る事が出来、地元での脱原発についての取り組みに繋げて行きたいと思いました。全国青年部統一行動についてグループの中で一番多く挙がった候補が千羽鶴を折り広島、長崎に贈るというものでした。その他にもエコキャップ運動や海の日の清掃活動などたくさんの候補が挙がりました。1つでも多く全国青年部統一行動として活動することが出来れば、全国との絆、団結力が深まるのではないかと思いました。
 この3日間なにも分からない状況での参加となりましたが、全国の皆さんと意見交換し合う事で見えていなかったものがだんだんと見えるようになり、横の繋がりを作ることも出来たと思っています。この3日間たくさんの事を学ぶ事ができ、本当に内容の濃い3日間になることが出来ました。今回初めて参加させていただきました。松本中央執行委員長をはじめたくさんの先輩方々このような貴重な経験を積ませていいただき感謝しております。本当にありがとうございました。

 舞鶴支部青年部部長 川端 勇志

  今回初めて青年対策交流会議に参加しました。全国の青年部の人達と交流するのは沖縄の平和行進以来で、いったいどんな会議になるのだろうと不安でいっぱいでした。その不安の中で、初めての議長という大役を新潟の小嶋さんとやらせていただきました。つたない進行ではありましたがなんとか無事やり遂げることができ、反省点も多かったのですが、その分達成感もすごく感じました。また「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」という議題での講座を中央本部の松本委員長にしていただきましたし、2日目の「放射線の影響と原発の問題点」という議題の講座を富山県平和センター議長の山崎彰さんにしていただきましたが、どちらもすごくわかりやすく、原発の話では日本海だけでなく東北や関東の人達も青年部としてたくさんの活動をしていて感動しましたし、まだまだ自分たちが勉強不足だなと感じました。青年対策交流会議は初めてで最後でしたが、本当に勉強になりましたし、いろんな地方や支部の人達と交流ができたのもいい経験になりました。

舞鶴支部青年部副部長 藤本 一輝

  今回、初めて全港湾青年対策会議に参加させて頂きました。初参加なので、どのようなことをする場なのかが分からず不安でいっぱいでしたが全国の青年部の方たちと交流ができ、お互いの職場のこと、支部のことなどの意見を聞くことができ自分達の支部と他の支部との違いを発見できとても勉強になりました。また、全く自分が知らないことも分かりやすい講義をして下さったお陰で理解することができました。それでもまだまだ自分の知らないことだらけなのでもっと勉強して、組合、青年部についてこれからどうして行けばいいか考えていきたいです。

 日本海地方境港支部 仁井創哉

  今回の全国青年対策交流会議は日本海地方開催となりオブ参加させていただきました。全国的な会議に出席するのは初めてでどのように会議が進んでいくのか、分散会ではどのような話し合いをするのか不安でした。中には難しい話しもあり支部に帰って聞いてみたりもしましたし自分でも勉強をしてみました。支部に帰って思った事はやはり同じ港湾で働く仲間なんだなこれからも団結して頑張って行こうと強く思いました。

四国地方本部青年部事務局長 辻 健一

 今回富山県で開催された青年対策交流会議に参加し、改めて何のための労働組合なのか?という原点に目を向ける事が出来ました。
 今、私達が取り組むべき色々な問題があります。絶対に戦争させない為にも戦争法案を廃案に追い込んでいかなければならないし、私達の生活を全てぶち壊してしまう原子力発電の再稼働も止めなければならないです。そして沖縄の新基地建設にも反対し、沖縄から全ての基地を撤去させなければなりません。原子力発電所や基地で働く人々の雇用問題もあるので慎重な考え方は必要ですが、諸問題を解決しながら前進していかなければなりません。
  しかし、まず見つめ直させなければならないのは私達の足元、つまり生活です。自分自身の為、そして大切な家族の為に仕事をし、日々の生活をしています。その仕事において労働条件をより良くしていく事や守る事が必要です。その為には個人や小数では会社と対等に渡り合っていく事が出来ません。その為に私達港湾労働者の属する労働組合『全港湾』があるのです。労働組合と聞けば(面倒くさい)と思ったり、押し付け感がどうしてもあったりします。しかし私達の生活を守る為にはどうしても必要です。そして先程述べた通り個人の力ではどうすることも出来無い問題ばかりです。
 私の働いている香川県の坂出港に於いても、政府の政策によって私達の仕事が奪われ、生活が脅かされようとしています。この問題に対しても、たたかう労働組合『全港湾』の力を最大限活かし、私達の生活を守っていかなければなりません。全国の仲間からも共にたたかってくれるという力強い言葉を沢山貰いました。
 私自身も、もっともっと知識を身につけ、そして行動しなければならないし、全国の仲間との横のつながりも大切にしながら、各地方問題はそれぞれありますが、問題と真摯に向き合い意識の中でも共にたたかって行けたら嬉しいですし、今回の青対に参加した意義があったと思います。

四国地方徳島支部 伊達健太

 2016年2月13日~15日に富山県射水市にあるホテル第一イン新湊において第19回全港湾青年対策交流会議が総数68名にて開催されました。四国地方から2名が参加しました。 
 1日目は、全港湾中央執行委員長の松本さんを講師に迎えて「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」の講座がおこなわれました。講座の中で「難しい言葉の真実」より「わかりやすいウソ」がまかりとおっている現実を私たちがどう理解してどう動いたらいいのかを詳しく教えて頂きました。
 2日目は、富山県平和運動センター議長の山崎さんを講師に迎えて「放射線の影響と原発の問題点」の講座がおこなわれました。講座の中で原子力発電は、何らかの緊急事態には止める・冷やす・閉じ込める事が安全の基本で一つでも出来ないと大事故が起こると教えて頂きました。その後の分散会では、7つの班に分かれて『各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点・これからの課題』について議論をしました。  3日目は、全体討論が行われました。討論の中で年間スローガンの一本化・5.15沖縄平和行進・福島キャラバン・次回青年対策交流会議を北海道で開催したいなど様々な発言がありました。その後の中央本部青年部担当からのまとめでは「自分・家族・会社・労働組合の4つを大切にしてほしい」というアドバイスがありました。年間スローガンは「若い力は大きな力 声をあげて一歩前へ 青年部」に決定しました。最後に、次回青年対策交流会議開催予定地の北海道地方の今野さんの団結がんばろうで、第19回全港湾青年対策交流会議が終わりました。
 最後になりますが、受け入れて頂いた日本海地方の皆さん本当にありがとうございました。今回学んだことを地本・支部に持ち帰り、今後の組合活動に生かして行きたいと思います。

日本地方新潟支部青年部長 小島祐介

 2月13日から15日にかけて富山県射水市にある新湊ホテルで開催された第19回青年対策交流会議に参加してきました。
 今回は日本海地方での開催ということもあり、初めての参加ながらも私が議長を務めさせていただくこととなりました。
 初めに開催の挨拶として、日本海地方執行委員長鈴木龍一さん、中央本部副委員長鈴木誠一さんよりお言葉をいただきました。その後に中央本部松本委員長による「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」というテーマに沿って抗議をしていただきました。全港湾の歴史や、青年部ができた生い立ちなどの内容の中でも特に印象ぶかかったのが青年部は各々の職場や地域で活動していくことの重要性を強く感じました。
 2日目の午前中は富山県平和運動センター議長の山崎彰さんより「放射線の影響と原発の問題点」というテーマで講義をしていただきました。東日本大震災があってから今まで、原発の再稼働が進みつつあります。放射線が人体に及ぼす影響は計り知れないほどのものであり、”核と人類は共存できない”人が制御できないものを安倍政権は動かそうとしているなどのお話を聞きました。新潟にも世界最大級の原子力発電所がありますが、再稼働をさせないためにも脱原発運動にこれからも取り組んでいこうと思いました。
 午後は1グループ10人程度に分かれての分散会を行いました。話し合いのテーマとしては「各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」、「全国青年部統一行動について」でした。戦術のテーマについての意見として、学習会を行い、知識を深めるや、デモ行進などの意見が聞かれました。後述については、前日の松本委員長のお話を参考に各支部青年部が同日同時刻にテーマの沿った学習会を開催することや、エコキャップ運動への取り組みなど多くの意見が聞かれました。
 3日目は全体討論ということで、職場の問題や、今回の青年対策交流会議についての意見交換をしました。各々が自由に発言できる場だったため、多くの意見が聞かれました。その後、総括として鈴木誠一さんより、今の全港湾の力が前より落ちているのは事実である。しかし、それを取り戻すのは青年部の役目であると激励のお言葉をいただきました。最後に北海道地方の今野さんの団結ガンバローで締めくくりました。
 今回の交流会議を通して、自分の為、そして家族の為にも今まで以上に活動に力を入れ取り組んでいこうと思うことができました。最後に初参加で初議長という大役を不安と緊張の中やりきることができたのも、”全国の仲間”の協力や多くの意見を出して下さった皆さんのおかげだと考えています。ありがとうございました。

関西地方建設支部太平ビルサービス分会執行委員 田村

 この度は、第19回全港湾青年対策交流会議にお招き頂きましてありがとうございました。今回で二回目となりますが、学んだ事、学習した事があります。それは実際に分散会で役割(今回私は発表役でした)を担当するとより深く学習出来るという事でした。発表の際は、緊張して上手く発表出来たか不安ではありましたがいい経験となりました。特に印象が残ったのは今回のテーマで、『各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点、これからの課題』という課題で分散会の青年部のメンバーで東北地方の方が、実際に原発周辺で仕事をされていて、沢山現場の環境や状況を発信して頂いたので、私もより深く考え込めたと感じます。実際に学習して原発の問題点として定義されたのが管理がずさん、いい加減だという課題で、実際の例として、避難計画住民への周知が出来ていないというのが挙げられました。これは、分散会で話しました内容の一部でありますが原発に関しては私は素人で何もわからない状態でありましたが、分散会や講義を通してしっかり学べたと思いました。次の機会がありましたら是非また多くの事、問題等学んでいきたいです。以上となります、ありがとうございました。

関東地方鹿島港支部青年部部長 栗俣和夫

 今回、日本海地方で開催された第19回全港湾青年対策交流会議に参加させていただきました。初日、講座「全港湾を取り巻く情勢とこれから青年部に求められるもの」、二日目、講座「放射線の影響と原発の問題点」、分散会「各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題」、「全国青年部統一行動について」、三日目 全体討論、どれもが意義深い3日間でした。
 国政で労働者が不利にしかならない事。国の意向によって贔屓をされ災害があったにも関わらず、まるで無かったかのように押し進められている。政治を根本から変えなければならないその為に自分達は知識を持って理不尽に対して戦えるようにならなければならないと強く思いました。最後に暖かく迎え入れてくれた日本海地方の皆様ありがとうございました。三日間本当にお疲れ様でした。

関東地方鹿島港支部青年部事務局事務局長 佐々木恭平

 今回、自分にとっては2回目の青年対策会議でした。今回の青年対策会議は原発問題に重点を置いていて、講義では改めて原発の仕組み、放射能の恐ろしさを勉強させていただきました。分散会では、各地方が脱原発に向けて、どのような活動を行っているのかということを知り勉強になったと同時に自分達の支部でも集会に参加するだけでなく、何か行動を起こさないといけないなと感じました。最後になりますが、来年は北海道地方開催を目指すということで、出来ることがあれば協力したいと考えています。この三日間で各地方の近況を知ることが出来、また交流が出来て本当に良かったです。日本海地方の皆さま、お疲れ様でした!ありがとうございました。

沖縄地方青年女性部書記長 與儀泰寛

 青年対策交流会議で色々とお世話になりました日本海地方の皆様お疲れさまでした。今回、日本海地方では初めて開催された青対では個人的に昨年に続き2回目の参加になります。初めてお会いする方々が多かったのですが分散会等をするに至って交流を深めていくことができました。各地方でも様々な問題があり同様な悩みを共感することが多々ありました。組合活動等における組合員青年部の意識低下が何よりの悩みの種だと聞きました。また、東日本大震災がメディアにもあまり取り上げられなくなって風化されつつあり、あまり把握できなかったが、青対に参加されている人から被災地の現状を聞くことができました。書籍・文面では知ることのできない今を知らされて再度原発に対しての憤りを感じました。原発再稼働を推進している現日本政府には同じ過ちを二度と起こしてほしくない、そういう思いで原反対の意思を組合活動を通して意思表示をしていきたいと思います。今年の沖縄での平和行進に参加される人も数多くいると思います。その際にはまたより多くの人と語り合い、分かち合いたいと思います。

 沖縄地方青年女性部琉球港運分会 新里良平

 2月13日から15日までの間、日本海地方で開催された青年対策交流会議に初めて参加させてもらいました。1日目は「全港湾を取り巻く情勢とこれからの青年部に求められるもの」についての講座がありました。安倍政権の動向や、今後の青年部活動での課題など教えてもらいました。2日目は「放射線の影響と原発の問題点」についての講座がありましたが、沖縄には原発がなく、自分自身原発問題についての認識があまりにも低い為、学習会など学ぶ機会をどんどん増やせればと思いました。分散会では各班ごとに分かれ、各地方支部の脱原発運動の取り組みと問題点、これからの課題について議論しました。3日目は全体討論として、自分達の職場環境、支部や地本の問題など、さまざまなテーマで議論がありました。
 この青年対策交流会議を通して、自分は組合活動に関しての知識が浅く、とても勉強不足だと痛感しました。これから活動していくうえで、従うことや、ついていくことだけが組合ではなく、自分達で何を目指すか、何の為の活動なのか、を常に意識し考えることが大事だと思いました。

沖縄地本青年女性部部長 下條 智史

 2月13日~15日第19回青年対策交流会議に参加しました。今回、沖縄から3名、前日の代表者会議から参加しました。代表者会議では、各地方の活動報告や2016年青年部の活動に付いて話をしました。
 青年対策交流会議の初日は松本委員長が全港湾を取り巻く情勢とこらからの青年部に求められるものの講義で全港湾は、港湾規制を守って来た今の安倍政権が続投すると港湾規制に手をつけてくるのは間違いない、港湾で働く者の職を奪われる恐れがあるまた、9月の安保法案は、日本を守る為の改正じゃなくアメリカを守る憲法になるそれを聞いて夏のの参議院選挙で勝利したら憲法を変えると言っている安倍首相は、本当にアメリカと一緒なって戦争の出来る国に進んでいる。全港湾は、それを止めなくてはならないと思った。
 2日目 、富山県平和運動センター議長の山崎彰さんが講師に「放射線の影響と原発の問題点」政府は福島第一原発の事故は、収束しているかのように言っているが目に見えない放射線なので収束に何十年かかるか本当は、解らない。チェルノブイリ事故の時、立入できない基準にもかかわらず日本政府は、勝手に基準下げて安全と言っているだけで事故以来なにも解決してない人と原発は、一緒には、生存出来ないことを改めて確認できました。分散会では、各地方の脱原発運動の取り組みと問題点これからの課題が議題で、各支部ではおこなっいるが全国規模で運動が出来てないのが現状、汚染水が漏れても慣れてしまって震災時に比べたら全然メディアが取り上げてくれないし報道がされなくなった。問題点これからの課題では、今の政権は、原発推進政権で政治家を選ぶのも自分達国民なので、選挙運動をしていかないといけない、与党報道が多いメディアにも集会やデモ行進を行ってメディアに取り上げさせる事できるので参加をして風化させない運動をする福島県民大集会にも各地方青年部が行けるように頑張る事を決めました。
 今回の青年対策交流会議は、前日に代表者会議もあり4日間に渡りいろんな情報交換や今後の青年部の活動に付いて話が出来てとてもいい青年対策交流会議でした。今後の青年部の活動を頑張って若い青年部も引って頑張っていきます。

東海地方名古屋支部青年女性部副部長  上條清隆

 初めに、日本海地方の皆様へ先般は第19回青年対策交流会議を開催していただき深く感謝します。また、名古屋から急な追加人員で一名対応していただき重ねて感謝します。
 初日の代表者会議では各支部、地本の活動報告や今後の青対について会議が行われ、次回の開催地方についても案が出されました。この開催地方の持ち回りについて地元でも話し合いをしましたが、開催する地方によってはそれぞれ問題を抱えてる所もありその上で開催するとなったら大きな負担ではないか?なので今後、各地方で持ち回りを続けるのは難しいと私は思ってました。ですが、今回の青対で一つの答えをみつけました。去年の青対で開催地方候補として持ち帰った日本海地方青年部の方々が今回の青対を開催するにあたってどれだけ本気で取り組んでたか参加して分かりました。そして持ち回りで開催する意味も。青年対策交流会議はその名の通り青年部層主体で運営全般を行うわけですから、自分たちで考え、行動しそれが経験として培われた事は数年、数十年後に今の幹部や先輩組合員が引退したときにはもしかしたら支部や地本それこそ全港湾自体を運営する事に携わっている可能性があり、持ち回りで開催し運営を経験する必要があるからではないかと私は思いました。
 次の日の青年対策交流会議(一日目)では松本委員長の講座がありました。その中で特に考えさせられた事はこれからの青年部に求められるものです。その一つを挙げるのであれば、労働組合としての基本的な学習と経験です。私自身もそうなのですがどちらも足りていません。それを痛感したのは去年の暮れに職場を追い出され、出勤停止処分を食らって追い込まれた時のことです。これは私に限らず誰にでもあることです。いつ企業から攻撃を受けるか分からないので、労働組合として運動をしつつ学習をしながら経験を積み、自分自身を高める必要があるのではないかと私は思いました。そして先輩組合員の方々が全力で闘い、勝ち取った産別協定や地元、職場での労働条件を企業から守り向上していく義務も私たち青年部層は背負っている事を忘れないよう念頭に置いておきます。
 二日目は富山県平和運動センターで議長を務めている山崎氏から放射線の影響と原発の問題点についての講義がありました。私は去年、フクシマ連帯キャラバンに参加して原発の恐ろしさを知りました。それまで原発に対して関心が全くなく他人事だと思っていた私はキャラバンに参加して初めて原発の恐ろしさを理解し、震災や津波、原発事故等の関連で亡くなられた方や未だ避難されている方々へ心を痛めました。未だ電力会社や国の政策は原発の恐ろしさを理解しながらも原発に頼る依存社会を脱却しない事へ強い憤りを覚えました。全国各地にある原発に全部携わる事は困難かもしれないけど自分が出来る精一杯の行動でこれからも原発に対して反対の声を出していきたいです。
 三日目の全体討論では全国の仲間も自分の生活が危ぶまれる深刻な問題や次回の青対についての議論とキャラバンへの質疑等が出る中で私は自身の職場問題を訴え、会社に対して絶対に屈しない事、闘い続ける事を誓いました。
 全体を通して今回の青年対策交流会議は私にとってとても思いれ深いものとなりました。本当に日本海地方の皆さんありがとうございました。そして全国の仲間の皆さん、またどこかで再会しましょう。

 東海地方名古屋支部青年女性部部長 杉本 恒

 第19回青年対策交流会議に参加しまして、まず日本海地方本部そして、伏木支部また、日本海地方青年部の皆様には交流会議の開催準備と全国の青年部の受け入れ、誠にありがとうございました。
 今回、私は東北、関東に続いて3度目の参加となり、久しぶりに会う方や初めてお会いする方といましたが、やっぱり嬉しい!仲間との再会の喜びを握手やタッチ交わし、初めての方とは、「3日間宜しくお願いします。」と若干よそよそしい挨拶。しかし、それが最終日には「来年また会いましょう」と握手で別れる。こんな素晴らしいこと、地元でくすぶっていては絶対に味わえません。これが全港湾という組織の素晴らしさだと改めて思いました。
 今回の青対会議開催にあたり私は一つの目標を持って参加しました。それは第20回を『北海道』で開催することでした。北海道地方青年部の方からすれば突拍子もないことで大変驚かれたと思います。しかし、これは今元気を失いつつある北海道青年部の復活と、今一つ『横の繋がり』が出来ない全国の青年部が一致団結する為に必要だと思い提案させていただきました。実際、鈴木副委員長からも「日本海に対して進捗状況の確認をしていない」等のお叱りを受け、全くもってその通りだと反省しました。しかし、「このままでは終われない。過去の失敗から未来を見据え動き出さなければいけない」そういった気持ちが全員から伝わってきました。2日目の懇親会ではより深い交流が出来、最終日の全体討論では様々な討論がなされ、よりいっそう団結が深まる青年対策交流会議になったと思います。
 最後に『若い力は大きな力 声をあげて一歩前へ 青年部』のスローガンのもと反戦平和・脱原発。安心して暮らせる日本を目指し闘っていきたいと思います。


止めよう辺野古埋め立て9・12国会包囲行動に参加して

止めよう辺野古埋め立て9・12国会包囲行動に参加して

関門支部青女部部長 伊東俊介

 9月12日、東京都千代田区にある国会議事堂の周辺で「止めよう!辺野古埋立て9.12国会包囲」が行われました。 九州地方からは関門支部青女部部長の伊東と副部長の石原の2名で参加をさせて頂きました。国会議事堂に到着すると、たくさんの人達が旗・のぼりを立てて色々な地方から集まってきていました。市民団体や個人の他に平和フォーラム・全労協・戦争をさせない1000人委員会・解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会・戦争する国づくりストップ!憲法を守り、いかす共同センターなどの人達が参加をしていました。 国会議事堂周辺では4つのエリアに分かれており、ステージは国会議事堂正門前の1カ所しかありませんでした。全港湾は残念ながらステージが見えるエリアではありませんでしたが各所に設置されたスピーカーのおかげで音声ははっきりと聞こえました。 オープニングが始まると「沖縄を返せ」・「座り込めここへ」などのうたがスピーカーから聞こえてきて、みんなで口ずさみました。14時になるとリレートークが開始され沖縄からの訴えが始まりました。訴えではヘリ基地反対協議会・共同代表の安次富浩さん、次に島ぐるみ会議・事務局長の玉城義和さん、最後に基地・軍隊を許さない行動する女たちの会・共同代表の高里鈴代さんからの訴えがありました。その後、「沖縄を返せ」を集まったみんなで大きな声で唄い、最後には沖縄方式(つないだ手を挙げる)でシュプレヒコールをおこない「止めよう!辺野古埋立て9.12国会包囲行動」は終了しました。終了後には各地方から集まった全港湾の仲間で、参加できる地方のみの夕食懇親会がおこなわれました。懇親会はこれからの青女部・各地方の取り組み・それぞれの悩みなどを話しとても楽しい時間を過ごすことができました。日頃携帯で連絡を取り合ってはいますが、実際に会って顔をみながら話すことができ良かったです。 また、今回の国会包囲行動の参加では民意を無視して暴走をする安部政権の人達に目で見て分かる民意が伝わってくれればと思います。これからも未来を担う若者の一人として、反戦・反核の行動に参加をして行きたいと思います。

松山支部 竹田英弘

 今回9月12日(土)に東京にて、『止めよう、辺野古埋め立て9・12国会包囲抗議行動』に、四国地方青年部を代表して、高知支部の渡辺青年部員と2名で参加をしてきました。当日は空港に降りたったときからむし暑く、関東地方は地震も起こっていたということで、現地への移動など大丈夫か?と心配をしましたが、何事もなく無事に行動団と合流することができました。今回、北海道地方・九州地方・沖縄地方から各青年部員が参加されており、沖縄からはオブ参加として2名の増員での参加ということでした。また、関東地方から自主的に参加された仲間の方もおられ、抗議行動参加者は、主催者発表で2万2000人ということを知り、まずこの抗議行動の規模の大きさに驚きました。我々全港湾は、「平和フォーラム」・「全労協」・「戦争をさせない1000人委員会」の共闘する人たちと、国会記者会館前(Bエリア)で抗議行動を行うこととなりました。この抗議行動は、辺野古の埋め立ても安保法案審議どちらも県民の声、国民の声を無視した現政権の強行姿勢にみんな怒りを感じているということだと思い、私もその気持ちは皆と同じ「基地を作るな!辺野古に作るな!日本政府は沖縄の声を聴け!」と、抗議行動としてできるだけの声を張り上げシュプレヒコール繰り返し声をあげてきました。短い時間ではありましたが、このような大規模な抗議行動は、なかなか地方では体験できない事だと感じ、今回組合活動として本当に良い経験をさせてもらうことができました。今後も青年部運動方針である平和運動、「辺野古埋め立て、新基地建設には断固反対!」の姿勢で取り組んでいきたいと思います。ありがとうございました。

高知支部 渡辺義隆

 2015年9月12日、東京都にて開催された「止めよう!辺野古埋立て 9.12 国会包囲」に四国地方青年部代表として、松山支部の竹田さんと私の2名が参加しました。総勢25名で参加してきました。私は今年、初めて沖縄平和行進にも参加し、現地での抗議行動、シュプレヒコールをしてきました。現地の人達の熱い思いも肌で感じてきたばかりでしたが、今回またこの抗議行動への要請があったので立候補し、参加することになりました。当日、国会議事堂南側Bエリアに到着し、全港湾の旗を立て抗議行動が始まりました。今回の参加者数は、実行委員会発表で22、000人の市民が参加し、米軍普天間飛行場の返還に伴う辺野古(大浦湾)の新基地建設反対を訴えてきました。この日は、沖縄から駆けつけて下さっていたヘリ基地反対協議会の安次富浩氏より「今朝、沖縄防衛局がボーリング調査に伴い、フロートの準備作業が始まった。」と聞き、強く怒りを感じました。沖縄県民の声や日本国民の声は届いておらず、民主主義は機能していないと感じ、改めて安倍政権に失望しました。自分より若い一般の学生団体専修大学辺野古ゼミやシールズ琉球の熱い思いに感銘を受け、私は辺野古新基地建設を撤回させ、平和憲法を否定する戦争法案に断固反対し、青年部層にこの思いを広げていきたいと思います。最後になりましたが、このような大規模な抗議行動に参加させて頂き、有り難う御座いました。また、抗議行動に参加された皆さん、本当にお疲れ様でした。今後もこの活動を続けていきたいと思います。

沖縄地方青年女性部  與儀泰寛

 9月12日に、全港湾沖縄地本青年女性部からは部長、書記長、書記次長、琉球港運分会の4名で国会包囲行動に参加した。国会議事堂周辺には老若男女問わず、全国の仲間が約22000名が集結した。辺野古新基地建設や安保法制の強行可決など多くの民意に反した政治をし続ける現政権に対して、今まで政治に無関心だった若年層の若者達でさえも声をあげて全国各地の集会やデモ行動に自主的・積極的に参加してきている。このような背景はもはや他人事ではないのです。このままでは、年齢に関係なく子供たちまでも戦場派遣を強いられる危険性があるので是が非でも反戦・反核・反基地を主張していかなければならない。戦後70年恒久平和を誓ってきた日本が戦争のできる国に再び戻る事は決して許される事ではありません。沖縄青年女性部も辺野古新基地建設阻止、安保法制廃案に向けて行動を取り組みます。


原水禁広島大会に参加して

原水禁広島大会に参加して

 今回初めて原水禁広島大会に参加させていただきました。8月4日から6日までの3日間で、折鶴平和行進、被爆70周年原水禁広島大会、7つの分科会(平和と核軍縮 1、沖縄と東北アジアの非核化への課題)、国際会議、広島市主催平和祈念式典、原水禁結成50周年シンポジウムに参加しました。
 被爆70周年原水禁広島大会での原爆被害者の原爆投下直後の惨状の語り、高校生代表のスローガン「微力だけど無力じゃない」と「年が経ち記憶が薄れ忘れてはならないことを語り継ぐ語り部が減ってきている、原爆投下の当事者の第一世代の孫の第三世代の私たちが語り継いでいかなければならない」、広島県原水禁代表の「私たちは、確かに原爆の被害者だが同時に原爆投下の原因たる戦争の加害者でもある」という言葉に、もう二度と同じ悲劇をくりかえしてはならない、原爆を、その投下原因になりうる戦争を無くさなければならないと強く思いました。
 今回三日間参加して、知識としては知っていましたが、広島に住む人たちの非戦争、核兵器廃絶の願いに強く共感する三日間でした。一人一人の声では小さいでしょうが皆で集って声を上げ続けなければならないと、絶対に戦争を起こしてはならない核兵器廃絶を目指して団結して頑張りましょう。
 最後に暖かく迎えてくれた地本広島の全港湾の仲間の皆さん三日間本当にありがとうございました。(関東地方鹿島港支部 青年部長 栗俣和夫)


長崎平和学習会に参加して

長崎平和学習会に参加して

 七月十九日に、長崎市において長崎平和学習会が開催されました。総勢で七〇人の参加でした。四国地方青年部から私と新居浜支部の村上さんとで参加しました。
 まずはじめに、A・B・Cの3コースに別れ被曝遺構巡りをしました。私は、Bコース(山王神社コース)でした。一番印象に残ったのは、被曝鳥居(爆心地から三〇〇メートル)です。強烈な爆風により片方の柱は吹き飛ばされ残った片方の柱の上の部分の笠石がねじれて角度が変わっていたこと、熱線により石の表面が剥がれ落ちて、その部分の奉納者の名前が読めなくなっていたことです。私は、目と体で当時の原爆の爆風と熱線を感じることができました。
 次に、被曝講和として下平さくえさんの話を聞きました。お話の中で、米軍は原爆の威力を知るために偵察機も一緒に飛んで記録を残している事知り、私は腹立たしくおもいました。次に、高校生平和大使の活動についてお話がありました。全世界を駆け巡り活動しているのを知りました。次に、中川拓弁護士による安保法制(戦争法)による憲法破壊の講義を受けました。今の政権がどのように憲法を変えようとしているか、変わればどのようになるのかを丁寧に教えていただきました。
 私は、この学習会で学んだことは戦争の恐ろしさと原爆の恐ろしさ、そして今戦争のできる国になろうとしている事です。絶対に戦争はよくないので国民一人一人が自覚を持って抗議していかなければならないと思いました。地元にこの気持ちが伝わるようにこれからは活動していこうと思いました。そして、この学習会に一人でも多く参加できるように考えていこうと思います。(伊達 健太)

 長崎平和学習会に参加して

  今回、七月十九日の長崎平和学習会に参加させていただきました四国地方の村上です。
 高校生一万人署名活動実行委員会の活動報告を聞いて、すばらしい活動をしているんだなと思いました。高校生が世界に向けてこのような活動をしていると思うと日本の平和だけでなく世界の平和に繋がっていくんだなと思いました。
 長崎の証言の会・山川さんによる山王神社コースに参加して、原爆の爆風は秒速二〇〇メートル、熱線は一〇〇〇度以上と説明を受けました。話だけでは想像がつきませんでしたが、実際に山王神社二の鳥居、大楠を見ると原爆の威力に驚きました。鳥居の表面は熱線でとけ、大楠の中には大きな石入っていました。すさまじい威力の原爆を二度と使わせたくないためにできる限りがんばろうと思いました。
 下平さんの被爆体験談を聞いて、自分の家族のこと、友達のこと、周りの人々のこと全て耳をふさぎたくなる内容でした。戦争、核爆弾の恐ろしさを再度痛感しました。今後戦争を起させないよう活動できたらと思いました。
 今回の平和学習会に参加して得た知識や話を少しずつでも周りの人に伝えていきたいと思いました。(村上真也)

 


第38回沖縄平和行進に参加して

第38回沖縄平和行進に参加して

建設支部太平ビルサービス分会 松岡昭二

 5月14日から四泊五日で〝5・15沖縄平和行進〟に行って来ました。初日、市民劇場で「復帰43年 第38回5・15平和行進全国結団式」が行われました。テーマは、『全国の力を結集して止めよう辺野古新基地建設』です。次に、三単産・全造船結団式で、全港湾沖縄地方本部執行委員長より、沖縄の現況説明と歓迎の挨拶を受けました。その後、元宜野湾市長・伊波洋一講師による沖縄平和学習会にて、辺野古新基地建設反対の闘いと日本の平和について講義を受けました。
・沖縄戦での戦死者は約20万人(内訳:沖縄県民約12万人、県外約7万人、米兵約1.3万人)が戦争の犠牲になった
・米軍は住民を捕虜収容所に入れている最中に、必要な土地を確保(接収)して米軍基地を建設したという事実が特に印象に残りました。
 二日目、早朝にホテルを出発。快晴の中、瀬嵩海岸(せたけ海岸:大浦湾を挟んで辺野古の反対側)で、出発式。大浦湾の青く透き通った海を見ながら抗議行進。その後、キャンプ・シュワブゲート前にて「埋め立て阻止!」の座り込み行動と『5・15平和とくらしを守る辺野古現地全国集会』に参加しました。
 三日目、ギラつく太陽の下、宜野湾市役所にて出発式。普天間包囲コースを宜野湾海浜公園野外劇場まで平和行進。後、集約集会に参加しました。午後からは、南風原(はえばる)陸軍壕病院跡、糸満平和祈念資料館を見学、戦争の痛ましさを肌で感じました。
 四日目、米軍嘉手納飛行場を遠目に見学、午後より沖縄セルラースタジアム那覇にて県民大会。『戦後70年 止めよう辺野古新基地建設!』をテーマに35,000人が集まり、新基地反対を訴えました。稲嶺進名護市長、翁長雄志沖縄県知事の言動は力強く、沖縄県民の民意を代表するすばらしいスピーチでした。
 *翁長知事「どうか、日本の国が〝独立は神話〟だと言われないように安倍総理、頑張ってください。沖縄人(うちなーんちゅ)をないがしろにしてはいけない!」

オスプレイが事故

 私たちが帰阪した5月18日に、また輸送ヘリ「オスプレイ」が事故を起こしました。米ハワイ州オアフ島のベローズ空軍基地で墜落。事故機から黒煙が立ち上り、炎上する様子が映し出されました。乗っていた海兵隊員1名が死亡(後日もう1名死亡)、21名が負傷して病院に搬送されたとの事でした。事故機は沖縄県宜野湾市の米海兵隊普天間基地に配備されている24機と同型です。乗組員の死亡はこれで累計40人に達しました。沖縄の人たちは常に事故の危険に脅かされています。
 来年はまだ行ったことのない人が参加して、この沖縄の現状を感じて運動していってほしいと思います。

辺野古座り込みに参加して

建設支部 飯塚淳平

 沖縄平和行進と同じ時期に辺野古座り込みに参加してきました。キャンプシュワブゲート前のテント村では、朝6時に集合し、7時頃の海保入場阻止座り込み(警察の引き剥がし・拘束)、昼前に島ぐるみバスが到着しゲート前をデモ行進、午後からも工事車両進入時は随時対応、参加者からのアピールや歌を交えた集会、テントを排除しようとする国交省との対峙、という闘いを毎日展開されています。この闘いは沖縄だけの問題ではなく、反戦・平和を希求する気持ち、自然環境、民主主義、法治主義、人権、地方自治、そのすべてが蹂躙されています。この事実は、本土に住む私たちにとっても他人事ではありません。
 非暴力直接行動でたたかうにはとにかく数の力ということで、辺野古に行ける人は行って、行けない人は関心を寄せて情報を広めることや、「戦争につながるものはいやだ」と発信したり、地元のデモに参加したり、取り組み強化してやっていきましょう。
 現地で聞いた「仲間が集まれば、なんとかすることができる」という言葉は、私たちが労働現場でたたかう時と同じです。5・17大阪市解体の住民投票に対する闘いは「オール沖縄」にならったものでもありました。辺野古新基地を止めて安倍政権の暴走を止めよう!